超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
俺たちの集落を、大人たちは「ファリーソ」と読んでいた。意外と歴史のある名称で、俺達の誇りなのだとか。この世界に名字という文化はない――なくなった――が、敢えて俺たちが名字を名乗るなら、ファリーソこそが相応しいのだろう。
『できた!』
幼いレーアが、手にしたナイフを掲げて嬉しそうに笑みを浮かべる。
それは石を削って作った荒削りなナイフで、俺が普段から常用しているものと同じ作りをしている。「ファリーソ」の集落ではこのナイフを一人前の証として作るのだ。
俺がそうであったように、レーアもナイフを作った。俺が手伝いをしながらではあったものの、自分が作り上げたナイフをレーアは感慨深げに見つめている。ひとしきり眺めると、今度は俺にそのナイフを見せる番だ。
『どう? お兄ちゃん、きれいに出来た?』
『ああ、すごいいい感じだ。レーアは手先が器用だな』
『えへへ』
まぁ、石を削って作るナイフに出来も何もあったものではないのだけれど、だからこそナイフの形には性格が出る。俺の場合は刃の部分を太めに、切るための道具というよりはつっかえ棒にしたり日結晶を叩き割るハンマーにしたりと、万能に使えるようにしている。
逆にレーアは、細く鋭く、刺したり切ったりと刃物としての役割を強くしているようだった。
『どうしてレーアはその形にしたんだ?』
『お兄ちゃんは色んなことを全部やろうとするし、できるでしょ? でも、できないこともあるから、私はそのできないことだけは絶対にできるようにするの』
まぁ、たしかに俺は集落では色んなことを率先してやる立場だった。責任感、というのとはまた違うけれど、俺は同年代の子供より経験的にできることが多く、この厳しい環境ではそれに全力を尽くさなくてはならないと思っていたのだ。
だって、
『俺は……別に全部をやろうとしているわけじゃないよ。ここで生きている人たちは全力で生きてるんだから、俺も全力で生きないのは嘘だろ』
――この記憶よりも更に幼い頃、レーアが生まれる以前。この理不尽な世界に絶望していた俺は、無気力で何も行動を起こそうとしなかった頃があった。
と言っても本当に物心がついてすぐの頃で、それでも何も可笑しくはなかったのだけど。
でも、周りの人たちはそれに何も言わなかった。それでもいいと受け入れた上で、自分たちは生きているのだということを日々の生活で見せてくれた。
開墾、何もない土地に種を植えるという行為は、文字通り不毛とも言える行為だ。種が出てこないことなんて日常茶飯事、芽が出た上で枯れた日には、一日中そのことを悲しんだりもする。
でも、それらを乗り越えて作物を収穫し、それを共に開墾した者たちと食す。
その食事は、美味しかった。前世のそれと比べると泣けてくるくらいに貧相で、調味料だってかけていないというのに。
とても、美味しかったんだ。
『私、お兄ちゃんのそういうとこが好きだよ、お兄ちゃんも、お母さんも、お父さんも好き。ファリーソが好き!』
『ありがとな』
そうやって笑うレーアの頭を撫でる。
満面の笑みで、両手を広げて好意を表現する姿は、まさしく子供らしい愛らしさだ。そうして、こういう時にきまってレーアはこういうんだ。
『私ね、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる!』
――と。
今にして思えば、これは本気だったのではないか、と思うことが時たまある。
でもしかし、レーアは聖女に覚醒したのだから、レーアにとってもっとも優先すべきは天騎のはずだ。なにせ、聖女にとって天騎とは己よりも優先すべき存在。
それは時に、試練にすら関わってくる。
たとえばそれは、天騎が試練として魔障が集落を襲うのを見逃したとき。
天騎が聖女にもそれを天啓として命じれば、聖女は――
+++
「とまぁ、レーアは家族思いのできた妹だったんだ。俺のことを助けるためのナイフを作るくらいだからな」
「…………アタシ、人間のことはよくわからないけどさ。ホントにそれ、家族思いなだけか?」
「いや…………うーん、でもなぁ。レーアが家族のことが大好きだったのはホントだ。いつも寝るときは母さんと一緒だったし、父さんに肩車してもらうのが何よりの楽しみだったし……」
単純に俺がレーアに限らず、女性の機微に疎いからレーアの真意を確信できないだけなのだろうか。それとも、レーアは本当に純粋に家族思いの娘だったのか。
今となっては、正直よくわからない。
「でも、レーアが誰かのために頑張る子だっていうのは、今も変わらないと思うんだ」
俺に限らず、困っているだれかのために。
「レーアは聖女だ。各地で集落を守ったり、魔障を討伐したり。色々なことをやってのけた。その実力と功績から、今のレーアは、最強の聖女なんて呼ばれたりもする」
それだけは、間違いなく故郷にいた頃のレーアの性格に由来することだと俺は思っている。
そうでなければ――聖女として天騎の天啓だけを追いかけて生きているのだとすれば、それはあまりにもつらすぎる。
正直、今の世界における人類の輝きってやつを、俺は疑問に思うことがある。聖女は天騎に命を捧げることを至上とし、そのために人類を守って散っていく。
それが本当の輝きと言えるのかは、疑問なところだ。ニュウだってそれをこの集落の人々から感じているから、こういう話を聞きたがるのだろう。
果たして、ニュウ以外の天騎が聖女を見て、今この世界を生きている、覇気の足りない人間を見て本当はどう思っているのか。
とはいえ、
「……レーアがそうやって高い実力を有するのは、本気で誰かを守ろうとしているからなんじゃないかと俺は思う」
「どうしてわかるんだ?」
「聖女ってのは、天騎への愛……感情の強さで覚醒する。それは、体内の日結晶が反応してるんだと思うんだが」
実際、太陽結晶で俺が力を手に入れたように。
日結晶の活性化によって、聖女は聖女としての力を手に入れる。そしてその力の強さは、天騎への愛の強さで決まる。ただ狂信的に愛を捧げる聖女よりも、誰かを守ろうと頑張る聖女の方が強いのなら、それはその愛とやらが天騎へ人類の輝き――勇気を示すことによる結果ではないだろうか。
「……なるほど、な」
「実際どうなんだ? 天騎として、聖女の愛を受け取ったりとかしたことはあるのか?」
「わかんないよ。アタシは聖女と契約したことはない。ただまぁ、聖女が力を発揮するのは“代償”によるものなんじゃないかとは思う」
「代償?」
初めて聞く単語だ。少なくとも、教団の資料にはそういう言葉は出てこなかった。
「天騎は何かを生み出すとき、その何かを生み出すための対価が必要なんだよ。さっきアタシたちの運んだ食料も、この衣服も全部対価を貰って生み出してる」
「……何だそれ、初めて聞いたぞ」
「天騎は人類の輝きに対する報酬として食料を与えてるって言うだろ? アレ、何でもいいんだよ。対価になるものであれば、何でも」
その話、マジだったのかよ。
天騎の気まぐれで食料を与えられているだけだと思っていた俺からすると、開いた口が塞がらない話である。あの食料、ちゃんとした天騎からの恵みだったのか。
天騎が気まぐれに与えたりしているものかと思っていた。
「そういえば、聖女との契約って言ったよな。聖女って特定の天騎と契約するものなのか? てっきり俺は、聖女として覚醒すればどの天騎からも天啓を受け取る事ができると思っていたんだが」
「ああ、それは――」
と、そこで気になったことがあるので話を移す。
もしそれが本当なら、俺は少し気になることがあるんだが。しかし、そのことを確認するよりも先に――
――鐘の音がなった。
低く、重苦しい鐘の音だった。
「な、なんだ!?」
「……魔障の襲撃だ!」
よりにもよってこんなときに、と口に出したくなるが、言っている場合ではない。
俺は、即座に街の入口にいるであろう聖女のところへ向かうべく駆け出す。
だが、なんとなくすでに、嫌な予感はしていた。
この集落には覇気がない。日結晶の鉱脈と恵まれた立地、近くに存在する教団の存在からどうやってもこの場所は他と比べて安全であると考える人間はでてきてしまう。
それを果たして、天騎がどう思うか。
俺は、最悪を想像しながら足を進めた。
++++
「――村の防衛は許可できません。信徒レイト」
「は――――?」
その言葉に、理解できないという声を出したのはニュウだった。
やはり、と俺は歯噛みする。想像していたとおりこうなった。目の前にいる聖女ソラは端的にこう言っているのだ。
魔障の襲撃を見逃し、村を見捨てろ、と。
「ま、待ってくれよ。アンタは聖女だろ!? 人間を守らなくてどうするんだよ!」
「人には力があります。誰の力を借りることなく人間だけで脅威に立ち向かう勇気があります」
「その勇気が報われる保証は!?」
「それは、彼らの努力次第です」
――不可能だ。
この集落に魔障へ立ち向かう勇気があるかどうかをさておいても、教団の歴史において、天騎が天啓によって聖女の介入を禁じた場合、集落が防衛できたケースは殆どない。
どちらにせよ、結果は同じだ。
「ニュウ、そこまでだ。今はこうやって揉めてる時間も惜しい」
「けど!」
「――ソラさん。その天啓は、あくまで聖女に対してだけの天啓だ。俺たち普通の人間はその天啓に従う必要はない」
「――――!」
ソラさんの名前を呼んで、俺は告げる。
そうだ、天啓ってのはあくまで天騎から聖女に対して行うもので、人類に対して行うものではない。だから俺はそれを守る必要はない。もうすでに何度そういう詭弁で独断行動を取ってきたかわからない程度には、その言動は手慣れている。
今の所、教団でもお咎めはないのだから、それで問題はないのだろう。
「行くぞニュウ」
「……わかった」
それに、とソラさんから離れて俺はニュウに告げる。
「それに、場合によってはこの方が都合がいい。魔障が集落に到達する前に。集落の人達が迎撃に出る前に――」
そうだ、とても単純な話。
俺たちには、力がある。
人の命がかかっているんだ。天騎がどうとか、人類だけの力で、とかそんなことを言っている場合ではない。
「――俺たちだけで、魔障を全滅させるぞ」
そう、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
ちらりと視線を向ければ、ニュウは先程まで聖女ソラに向けていた、こわばった顔から目を輝かせた顔へと変わっていた。
「……おう!」
勢いのいい返事が、辺りに響くのだった。
+++
信徒レイト。
教団でも知らないものは少ない有名人。あの聖女レーアの兄としても有名だが、何よりも本人の行動が有名だ。レーアに関してはそもそも教団どころか世界中でも知る人の多い英雄とされるほどの聖女なのだが、流石にそれには少し劣る。
レイトが有名なのは、彼が関わった魔障の襲撃で起こる悲劇が極端に少ないということだ。死者がいないというわけではないが、それは大抵の場合彼と共に行動し、魔障を迎撃した戦士だ。
つまり、彼がいる場所ではたとえ聖女でなくとも、日結晶と武器を手に立ち向かう。もちろん、それが自分の居場所を守ろうとする人間として、天騎の求める“輝ける人類”として当然なのだが。
けれども今の時代、魔障から人間を守るのは聖女の仕事だ。人々は聖女がいればそれでいいと思い、戦いへ積極的にならない。
いつの間にか、そうなっていた。
いつからだろう、聖女さえいれば人類は安泰だと、自分たちは日結晶を掘り起こして聖女たちから“恵み”を受け取ればいいと考える人間が現れたのは。
当然それは教団の発展とリンクしているのだが、教団の歴史は魔障出現以来続くとされている。
――正確に、いつ教団が発展したのかを知る人間は、どこにもいなかった。
(――信徒レイトは、どうしてそこまで無茶をするのだろう)
聖女ソラはそう疑問を浮かべた。
彼が有名なのは、その行動が無茶であるがため。今のように、聖女の天啓を無視して集落の人間とともに戦うことなど珍しいことではないそうだ。
だからこそ、そんな行動の中に聖女ソラと信徒レイトの出会いはあった。
かつて、レイトとソラは共に戦ったことがある。大規模な魔障の襲撃。対して自分たちはごく少数。その場にいたのは聖女と信徒のみ――守る必要のある人間はいなかったが、同時にあまりにも多勢に無勢が過ぎた。
その中でレイトは活躍し、ソラは聖女の一人として戦った。
だからソラはレイトのことが強烈に頭に残っていたが、レイトはソラのことなど、何人かいた聖女の一人としか思わなかっただろう。
そう、思っていたのに――
(信徒レイトは、私のことを覚えていた)
とても意外だった。最初顔を合わせた時に言及がないものだから、てっきり忘れられていると思っていたのに。
(覚えていて……くれたんだ)
そうやって、ソラは胸にぎゅっと手を当てる。心のなかに――聖女として集落を見捨てる度に、急速に冷えていった心に少しだけ熱が灯る。
それが何なのかはわからないが。
それでも、今はその暖かさが心地よかった。
――聖女とて、集落を見捨てることを善しとしているわけではない。少なくとも、初めてソラが天騎にそう天啓を受けたとき、激しくソラは拒否感を覚えた。
如何に愛する天騎と言えど、守るべき人々を見捨てるという天啓を素直に受け取ることはできない。
だが、ソラに天啓を与える天騎は言うのだ。
『ボクは君が他の何もかもをなげうっていいという想いに応えて、君の愛を対価に君へ力を与えているんだよ? 君は聖女なのだから、ボクの言うことを聞くのが代償というものではないかな? もしそれができないなら、君が聖女である必要はないよ』
そう、ハッキリと。中性的な少女の声で、嗤うように。
――言われた瞬間、ソラは自分でも驚くくらい感情が冷えていくのを感じた。捨てられたくないと感じた。何も言えなくなって、言葉が口からでなくなった。
そして――集落が滅んでいくのを間近で見届けた。
以来、ソラの心は冷え切ったままだ。
それが、ある種の洗脳であることなど、ソラが気付くはずもなく。そもそも最初に湧き上がった恐ろしいほどの恐怖が、一体どこから来ているのかも解らず。
ソラは、天啓にそむけなくなってしまった。
今もこうして、レイトが人々を守るために戦っているのに、自分はまったく身体が動かなくなっている。物理的に、金縛りにでもあったかのように。
『第一、人間は結局聖女に頼り切ってしまっているじゃないか。聖女を頼らず生きる道もあったのに、それができない人間に価値なんてないよ』
天騎は語る。
『あーあ、またあいつらみたいに、見どころのある人類は出てこないものかなぁ。そうしたら、ボク――ふふふ』
そこからは続かなかった。
天騎からの天啓は、いつもこうだ。ソラには時折、天騎が何を考えているか解らなくなる。彼らはまるで、人間を弄ぶかのようで。
天騎とは、人類の愛に応える存在ではなかったのか――?
レイトは、教団の教えは、天騎は、何も応えてはくれない――――
お察しの通りニュウ以外の天騎は碌でもないです。
ベータ姉様に関してはまだ秘密。
感想返しは大変滞っておりますが全て読んでおります。
ありがとうござます。
なんとかそのうち返せればと思うのでもうしばらくお待ちください。