超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。 作:ていん
魔障は、やってきたレーアによって殲滅された。
俺たちが戦った魔障の数なんて、レーアが殲滅した魔障の数と比べればちっぽけなもので――もちろん、ニュウにだって同じことはできるけれど――魔障の殲滅は、ほぼレーア一人の功績と言ってよいだろう。
当然、魔障を殲滅したレーアに対し、集落の人々はそれを大歓迎で迎え入れた。
が、レーアはやってきて早々に。
「お兄様の手を煩わせる方々にかけられる言葉などありません」
と言い放ち、凍った空気の中でその場を去っていった。当然俺もその場になんかいられないので、ニュウを伴ってその場を離れてレーアを追った。
聖女ソラさんはといえば、そんなレーアを見て、不思議そうに首をかしげながらもどこか考えるところがある様子だった。
村人たちは、困惑が大きい。レーアは聖女の中でも英雄と言われる存在だ。そんな存在の言動に理解が及ばなければこうもなろう。
俺を引き合いに出さなければ、自分たちだけでも集落を守れるよう意識を高めろ、という単純なことなのだが。
ともあれ、レーアを追いかけた先で俺はレーアが四人の子どもたちに囲まれているのを見つけた。
「あ、あれはレイトになついてた子たちじゃないか、大丈夫なのか!?」
「いやニュウはレーアを何だと思ってるんだ?」
隣で心配そうに叫ぶニュウ。レーアを化物かなにかだと思っているのか、子どもたちが取って食われることを心配していた。けれども、そういった心配は必要ない。
レーアはといえば、四人の子どもたちに対して――
「皆さん、また大きくなりましたね」
腰を落として、視線を合わせた。
四人全員の頭を撫でると、嬉しそうに微笑む。その様子を受けて、子どもたちも楽しげにはしゃいでいた。
「あれ……?」
「言っておくけど、レーアはかなり子供好きだぞ。あの子たちに俺が懐かれたのも、レーアが一緒にいたからってのは結構大きい」
そう、レーアは結構子供が好きだ。
一緒に遊んであげることはよくあるし、俺もそれに付き合って、子どもたちに遊びを教える事が多い。故郷ファリーソでは俺が子どもたちのまとめ役で、その補佐をする立場だったレーアだ。面倒見がいいのも納得というか。
「あ、お兄様。来てくださったのですね」
「あの場に居づらくしたのはレーアだろ、この子たちは無事だったんだな」
「空から来たので見ていましたけれど、魔障はあの道以外から来ていませんでしたからね」
とにかく、集落が無事で何よりだ。
大人たちが怠慢であることが、この子達を守らない理由にはならない。もちろん、この子達がいなくたって俺は集落を守るが、それが一つのモチベーションになることだってある。
「レイトにいちゃん! また新しい遊び教えてよ! ましょーが来ても怖がってお父さんとお母さんを心配させなかったよ、俺たち!」
「ははは、わかった」
そうだな、教えていない遊びでいうと、ケンケンパとかどうだ?
とか考えつつ、子どもたちと遊ぶ。ニュウも楽しげだし、俺とレーアはそんな五人の様子を遠巻きに眺めて、心が暖かくなったりしていた。
さて、ちょうどいい機会だ。
「――ニュウ、少しいいか?」
俺はニュウへ手招きして彼女に呼びかける。
小首をかしげながら寄ってきたニュウに、俺は切り出した。
「この世界の人間と天騎のこと、だったな」
「……うん」
真面目な話だ。それまでの和やかな雰囲気から一点、ニュウが息を呑むのがわかった。
レーアはといえば……何か凄いニコニコしながらこちらを見ている。何を考えているのかは、読み取れそうにない笑みだった。
「まずは……悪かった。説明を怠った俺の責任で、お前に色々と誤解を招いてしまった」
「えっと……いや、こっちこそ勝手なこと言ったよ、ごめん」
そもそもの原因は俺がニュウを誤解させてしまったことだ。まさか、ニュウがそこまで俺に憧れを抱いているとは思わなかったというのもあるが。
……俺なんかに、という思いが心のどこかであったのだろう。
「ニュウは、あの四人の子供たちの名前を覚えてるか?」
「えっと……」
一応、簡単ではあるが四人は名乗ったはずだ。サラッと流してしまったので、覚えていなくても無理はないが――そうでなくとも天騎は名前を覚えない。普通の天騎なら、答えられないだろう。
「あの背が大きいやつが、ボワル」
「四人の中で一番体格ががっしりしていて、あの年齢でもう大人たちに混じって日結晶の採取をしてるんだ」
だけれども、
「一番背の小さい子が、ミルエ」
「優しくて、周りへの思いやりが強いいい子だよ」
「ちょっと細身の男子が、ロイン」
「手先が器用で、一番最初に四個のお手玉ができるようになってたな」
「声が一番大きいのが、シルル」
「元気も一番だ、あの四人のムードーメーカーだよ」
ニュウは、あの四人のことを覚えていた。
俺は少しだけ嬉しくなって、ニュウの頭を撫でる。
「やめろよぉ、子供じゃないって」
「いいんだよ。……人には、それぞれ違う名前があって、それぞれ違う個性があるんだ」
そして、本題にはいっていく。
「考え方も違えば、好き嫌いだって人それぞれだ。俺とレーアは兄妹だけど、その性格は全然違うだろ?」
「えへへ」
何故かレーアが嬉しそうにしている。本当になぜだ? どこで反応した?
「だから、人間っていうのは一つの角度から見ちゃダメなんだよ。人間って言っても、さっき俺たちが相手したあの魔障の数百倍の人類がこの世界に生きているんだぞ?」
「うっ……そ、そっか」
数百倍、という単語で思わず戦いたのか、ニュウの言葉が詰まる。
――そうだ、誰か一人をさしてそれが人間だなんて言うことは出来ない。俺は確かに人としてはちょっと前に進もうとする気持ちが強いかもしれないが、中にはレーアのように愛に狂ったような変なやつもいる。
逆に、聖女ソラさんのように、聖女という枠の中で何も出来ない人だっている。
この集落の大人たちだって、全員が怠慢なわけではない。
「……そういえば、さっきレーアを出迎えた人たち、中には武器とかを持ち出してる人もいたな」
「そうやって、多少なりとも自分のできることをやろうとする人たちもいる。世界には、本当に色んな人間がいるんだ。だから――」
はっきりと、ニュウの眼を見ながら語る。そうだ、俺のいいたかったことは、もっともっと単純なことで――
「それがお前の、守った世界だ」
そうだ。別に人間が素晴らしいとか、人間の中にもまだ勇気を残してるやつがいるとか、そういうことを俺がいいたいんじゃない。ニュウに対して必要なことは、もっともっと単純な。
自分がその中にいるっていう説明だったんだ。
「アタシ……も」
少し言葉に迷って、それから意を決したように口を開く。
「そっか、アタシ……まだ他人事みたいに思ってた。違うんだよな、この世界を見るってことはこの世界で生きるってことなんだから。人間と天騎の中に、アタシもいたんだ」
「ああ、ニュウはこの世界にいっぱいいる人間と、それから天騎の中の一人なんだから。無理に考える必要はないんだよ、ニュウはニュウのやりたいことをやればいい」
「じゃあ、アタシは――」
少し考えて、ニュウはそれを口にする。
「アタシは……正直、聖女や天騎、この世界の人間が何を考えてるのか、どうしてレイトみたいに頑張らないのか……よくわからない。知らないからな」
「そうだな」
「だからアタシは、レイトと頑張りたい」
その言葉についてきたのは、朗らかな笑顔だった。
心を素直に解きほぐし、胸を張って口にする、そんな笑顔だった。
「アタシが最初に憧れたのはレイトだ。これから何があっても、アタシの中で一番の憧れは、きっとレイトだ。だから、レイトが頑張るように、アタシも頑張りたい。……だめか?」
「ダメなもんか。――よろしくな、ニュウ」
そして、
「――ああ!」
ようやく、ニュウの中にあった心の支えは、一つ解きほぐされたのだろう。
俺と出会った時の、変わらない無垢な顔で、ニュウは大きくうなずいた。
+++
――それから、レイトが聖女ソラに呼ばれてその場を去り、子どもたちも大人の手伝いがあると去っていった。あとに残ったのはニュウと、先程の話を笑顔で聞いていたレーアだけだ。
「それで――」
レーアは、その笑みを崩すこと無くニュウに声をかける。
二人になる機会を待っていたとでも言うかのように。
「改めて、私はレーアといいます。はじめまして、――天騎ニュウさん」
突如として暴かれるニュウの正体。おそらくこの場にレイトがいたら、慌てふためく彼の姿が見れただろう。しかし――
「
ニュウの反応は淡白なものだった。
そりゃあそうだろうな、と納得した様子でうなずいている。
「ええ、同じお兄様に“繋がる”ものとして、知らないはずはありません」
「やめろよ、こっちは勝手に入ってきちゃってるだけだぞ」
「ええー? 絶対にお兄様の行動を逐一観察しては楽しんでらっしゃるはずですよぉ。わかりますもの」
クスクスとレーアは楽しげに笑う。
これもレイトが見たら、意外に思う光景かもしれない。レーアは執着心が強い、とすれば当然独占欲だって強いはずで――事実、レイトと繋がりの深いとある少女を、レーアは大いに警戒している。
だというのに、ニュウに対しては非常にフレンドリーな様子だ。
その態度は、まるでレーアにとって、ニュウが、
「アタシとお前は……“同志”ってやつか?」
――で、あるかのようで。
それにレーアは微笑むだけで答えない、けれどもその微笑みに先程戦場で見せたような“怖さ”はないとニュウは思う。アレは本当に恐ろしかった、一介の聖女がアレだけの強さを有していることもそうだが、それを成し遂げるレーアの顔は、あまりにも怖い。
思い出して、少しだけ身震いがしてしまった。
「……天騎と聖女の間にあるのは“契約”だ。天騎は聖女の自分への愛を対価に、戦うための力を与える。これは、アタシとレイトの関係と同じだ」
太陽結晶を通じたレイトとニュウの関係。それはすなわち両者の間に繋がったパスによるものだとニュウは思う。
それ自体は、レイトが思っている通りで何ら問題はない。だが、ポイントはこれがそっくりそのまま天騎と聖女の関係にも言えるということで。
「聖女が契約する天騎ってのは天騎全体を指すんじゃなくて、個人の天騎を指すんだな。天騎は人類の輝きを対価にすることができる。その輝きの中から、自分への愛という輝きを抜き取ってそのもとを辿り契約を結ぶ」
「ですから、天啓を送る天騎というのはそれぞれ聖女によって違うのですねぇ」
――この辺りは、教団の資料にも書かれていない事実だ。天騎として聖女と言葉を交わしたことのないニュウと、聖女だからこそそのシステムを直接把握できたレーアを除いて、この事実を知る人間はいないだろう。
「大事なのは、二つ。一つは天騎と聖女はお互いに感覚を共有できるんだ。だからそれを使って天騎は天啓を送るし、聖女を通して視界を得る。逆に聖女の方からのそういった情報を受信することをシャットダウンすることができる」
そして、もう一つ。大事なのはこちらの方だ。
「――契約は言ってしまえば主従契約ってことだ。天騎が主で、人間が従。だけど――アタシは違う」
逆なのだ。
太陽結晶にまつわる契約は、ニュウが結晶という対価を差し出し、それにレイトが感情で応えることで成立している。レイトが主で、ニュウが従だ。
つまり、
「だから、アタシにはレイトの見ているものが伝わってくる」
眠っている状態でレーアの話が聞こえてきた、というのはそういうことだ。
逆にレイトの方はその関係に自覚がないため情報の受信ができない。自覚した上で訓練すればそれも可能になるのだろうが、敢えてニュウはそれを教えていなかった。
その絡繰に気付いたのがついさっき――聖女と天騎の送受信を見て初めて気がついた――というのが一番の要因だが、もう一つ理由がある。
それは――
「だったらつまり、聖女レーア、アンタは――」
レーアに関わってくる。レイトに確認を取るよりも先に、レーアに話を聞くべきだと思ったからだ。
「ええ、そうです。私は決して、天騎を愛したがために聖女として覚醒したわけではございません」
微笑むように、レーアは語る。
「契約とは日結晶の活性化によって行われる現象。でしたら、天騎のように意識的に出来ない以上、可能性は万に一つもなく、出来たとしても天騎に向けるよりも更に大きな愛が必要になるでしょうが――」
大げさな、踊るような身振りをして、
「
そうだ、レーアは。
「ですから私は、この世界で唯一、人間を――レイトお兄様を愛することで覚醒した聖女なのですわ」
ある意味で、レイトやニュウ。太陽結晶よりもさらに希少な、例外極まりない存在であった。
「私には天啓というものが降りてきません。ですから自由に行動し、自分で守りたいものを選ぶことができる」
聖女ソラは天啓によって集落を守ることを禁じられた。だが、レーアは構うこと無く魔障を殲滅し集落を守った。それができたのはレーアが天騎の聖女ではなく、レイトの聖女だったからできたことなのだ。
「このことをレイトには――」
「もちろん、伝えていません。“まだ”」
ニュウは、それを聞いて難しい顔をして黙る。
くるくると、それを見ながらレーアは楽しげに回った。
「だってお兄様は、まだ悪鬼を討伐できておりませんもの。そのような状態で、
「……じゃあ、やっぱりレーアもそうおもうのか」
「ええ、いずれ」
そう、いずれ――
「お兄様は、天騎をも敵に回すときが、やってくるのでしょうねぇ」
確信を持ってレーアは断言した。
そしてそれを、ニュウもなんとなく感じているからこそ、レイトには話さないのだ。話せば、きっとレイトは止まらない。
だから話はここで終わり、代わりにニュウはレーアにどうしても聞きたいことを尋ねることにした。
「なぁ、レーア……どうしてお前はそんなにもレイトを愛せるんだ? 自分でも、自分が異常だって自覚はあるだろう」
「――異常? 私が?」
ふと、意外だと言った様子で動きをとめたレーアが、ニュウを見る。
「どこが? 私のような未熟者を、異常だと、どこを見て、ニュウさんはそう思ったのです?」
「いやだって、普通じゃないだろ。レイトみたいに、まっすぐ普通の――」
「アハッ」
そして、ニュウの言葉を真っ向から鼻で笑って切り捨てた。
「アハハ、アハハハハ! ニュウさん、本気でそれを言っています? ……だとしたら、私達の中で一番“普通”なのはニュウさんですよぉ。人間じゃないのに、人間よりも人間らしい普通の女の子です、ニュウさんは」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろ!?」
「でもですよぉ」
くすくすと、楽しげに笑う。あまりにも可笑しくて笑いが止まらないとお腹を抑えて笑い転げる。そんな大げさなレーアの動作が、その時。
「一番異常なのはお兄様の方ですわ」
ピタリととまり、表情は能面のように無機質となった。
「――私、怖いんです。お兄様を失うことが。私にはお兄様しかいないのです。お父さんも、お母さんも、ファリーソの皆も死んでしまって、お兄様しか私にはないんです! だから! それを守りたくて、失いたくないのです!」
「……!」
「怖くて怖くて怖くて怖くて――でも、お兄様はそんな私を守ってくれて。お兄様がいてくれるから私はまだ生きています。お兄様を愛することしか、私に残されたものはないのです!!」
そして、そんな無機質な能面が剥がれ落ちた後には――
「お兄様がいなくなってしまったら。私はもう、一人じゃなんにもできないの」
――ニュウでも分かるほどに年相応な、普通な少女の言葉が残った。
そうか、と納得する。レーアは狂ってしまうほどに兄を愛さなくては正気を保てないのだ。そう考えれば、たしかに異常なのはレイトの方である。レイトは狂っていない、正気のまま悪鬼を討伐するという目標に対し疑いなく前進している。
人間の機微というやつにニュウはさっぱりだが、間近で見続けてきたレイトのことだからこそ、ニュウはなんとなくレーアの言うことを理解できた気がした。
ただ、それと同時に――
「……お前ら、やっぱり兄妹だよ」
同時に思う。レイトとレーア。二人の言動はあまりにもかけ離れていて、似ているものといったら、目つきくらいなものではないだろうか。
それでも、こうして底を吐き出して、言葉にされてよく分かる。
失いたくない、守りたいから戦う。
その意志は、まぎれもなくレイトにも、レーアにも、等しく備わっているものだから。
血の繋がりとはこういうものを言うのだろうな、とニュウはその時初めて理解するのだった。
+++
――其の夜、俺たちは集落へそのまま宿泊することとなった。
魔障がまた襲ってくるかもしれない。天騎からは、次の襲撃は好きにしろという天啓があったと聖女ソラは言っていた。それを聞くとなんだか不貞腐れた子供のようだが、まさか千年も生きる天騎がそんな子どもじみた理由で天啓を送らないだろう、と思いつつ俺はこの場に残った。
教団の人間が来た時に止まるための小屋に部屋を与えられた俺は、一日の疲れを拭うために、ベッドに潜る。
正直なところ、そこまで疲れといえる疲れはないが、若干手が痛い。
やけどをしたようにヒリヒリする辺り、あの程度の使用でも結構太陽結晶は俺にダメージを与えるようだ。とはいえ無理をするほどではなく、数日放っておけば元通りになる程度の痛み。
あまりにもダメージがひどければ、ニュウに代償でキズを癒してもらうということもできるが、今回はそれほどではないとやめておいた。
が、しかし。
ふとそんな俺の手に違和感がある。
何か、ザラザラしたものが手を撫でるような感触。
なんともいい難い、独特なムズ痒さに俺は目が覚めてしまった。
そして、そこで見た。
淡い日結晶の光に照らされて――
褐色の少女が、全裸で俺の上に馬乗りとなり、俺の手をなめている光景を。
そして、俺は寝た。
だってこれは、見なかったことにしたほうが後々楽になるものだったから――
ああ……急にどうしてここに来たんだ?
――クロ。
というわけで狂ってるように見えて狂うことでそれ以外の部分で正気を保つ妹とナチュラル異常者の兄でした。
そしてようやく名前だけ出てきたヒロインのエントリーです。