超常存在に「愛してやる」と言われて素直に「嫌だ」と言ったら更に愛された、解せぬ。   作:ていん

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 日結晶がぼんやりと室内を照らしている。淡い光に、二つの人影が浮き上がっていた。ベッドに眠りにつく人影と、その人影の手を持ち上げて、その手に口づけするようにしている人影。

 ある種、蠱惑的とも言えるそれを、概ねその印象を肯定するように現実は動いていた。

 

 俺の目の前には、一人の少女がいる。

 俺よりも頭一つ分大きな背丈と、引き締まった肢体。ニュウやレーアのそれと比べれば小ぶりだが、十分存在感を誇る女性的な身体は、絶世と呼ぶに相応しいものだった。

 青みがかった黒髪は、癖のある跳ね方をしながら腰のあたりまで伸び、今も俺の手をなめる彼女に合わせて、揺れている。

 

 特徴的なのは、その髪と腰に備わった部位だろうか。

 耳と尾だ。一言で言えば、獣人。そして、彼女はその身体的特徴も相まって、この世界では特徴的な存在だった。

 

 結局、眠ろうとしたが眠れなかった。

 

「――何をしているんだ、クロ」

 

 俺は観念して彼女に声をかける。

 彼女の名前は“クロン”。俺とレーアはもっぱらクロと愛称で呼んでいた。見た目通りといえばそのとおり、安直という感想は……クロ本人に言ってくれ。

 

「……起きたカ、レイト」

 

 俺の手をなめるのを止めて、こちらに視線を向ける。逆に俺は視線を外した。だって、なめるのをやめた結果身体が持ち上がって、見えてしまうんだから、色々。

 

「獲物を食べる前ニ、汚い部分をきれいにすル。自然なこト」

「俺は獲物じゃない、と言ってるだろう。服を着てくれ、目のやり場に困る」

「こまレ。その間にクロがお前を――」

 

 そっと、クロが耳元に口を近づけて、

 

 

「食ってやル」

 

 

 ぺろり、と俺の耳を撫でた。

 ――――!

 

「何すんだよ!」

 

 思わず、クロの肩を押して引っ剥がす。めちゃくちゃゾワゾワしたぞ、手をなめられている時の比じゃなかった!

 

「ふふ、効いたカ? 効いたナ? いいゾ、顔を赤くしているお前は可愛げがあって好みダ」

 

 ククク、とクロはいたずらっぽく笑いながら、俺に馬乗りになった状態へ体制を戻した。とはいえ、そこからどいてくれはしなかったので、まだ諦めているわけじゃないだろう。

 こいつは――俺を食おうとしている。

 

 主に、物理的な意味と、性的な意味で。

 

「どこで覚えたとか思ってんのカ? 安心しロ、こんな事するのはお前だけダ」

「そういうことを気にしているわけじゃない。……今日はレーアもいるんだ、また小屋一つ吹っ飛ばすつもりか?」

「ハハ、それもいいなァ。レーアは喰いがいはないガ、遊んでて楽しイ」

「……畜生、言った俺がバカだった」

 

 さて、こいつが何なのか。

 明らかに異質な耳としっぽ。さらには俺を食べるなんていいだす肉食獣みたいなこいつは、人間ではない。そしてこの世界に獣人という種族はいない。

 

「ククク、いいだろウ? なにせクロハ――」

 

 であれば彼女は何か――

 

 

「――魔障、なんだかラ」

 

 

 魔障。それがこの少女の正体であった。

 

「魔障の本懐は人間を喰らい尽くすこト。だったらクロがレイトを食らうのハ、自然なことダ」

「自然じゃない、そもそも食べるな」

 

 人間の魔障。

 そんなものがいるのか――と言われれば、普通はいない。そもそもクロにしたって、本来は人ではない。あくまでクロは自身の能力で人の姿を取っているにすぎないのだ。

 逆に悪鬼は人間以外の特徴を有していることもあるが、基本的には人型だ。

 であればクロは何なのか――それは、魔障の発生経緯によって説明できる。

 

 魔障とは基本的に、なにもないところから現れてくる存在だ。一度に生み出せる数は限界があるが、悪鬼なら生み出そうと思えば際限なく魔障を生み出すことはできる。

 だが、それはあくまで悪鬼が魔障を生み出した場合だ。

 歴史的に見ると、最初に誕生した魔障が悪鬼によって生み出されたものであるはずがない。この世界に出現した順番は最初に魔障、次に天騎、最後に悪鬼なのだから。

 悪鬼が出現するまでに、実に百年近い時間を要している。故に魔障が悪鬼から生み出されたのではないとすれば、どこから現れたか。

 

 ()()()()()()()()()()のだ。

 

 魔障は基本的にケモノの姿をしている。オークやゴブリンといった、ファンタジーにありがちなモンスターの姿をしているわけではないのは、動物が魔障の素体となっているから。

 魔障の知能が低いのも、もととなった動物の本能によって行動しているから、というのが大半の見方だ。

 

 とはいえ、魔障にも知能差というものは存在する。中には人並みの知能を有する魔障もいる、というのは以前も話したと思う。そして、そういう魔障はたいてい動物が変化した存在だ。

 一応、この世界はもとがファンタジー世界だったこともあってか、魔障と天騎と悪鬼に蹂躙されるまでは、特殊なケモノも存在した。人と寄り添い、共に生きる知恵のあるケモノが。

 そしてそういうケモノの中には魔障となっても、知恵あるが故に人を襲わなかったケモノも、存在した。

 

 クロンはその生き残りとも言うべき存在だ。魔障は天騎や悪鬼のように歳を取らない。クロは魔障となった当時、とある王国で生まれたばかりのケモノであり、その王国は魔障の脅威に百年の間さらされながら、生き残った。

 日結晶が出回るよりも前の話である。人類には魔障への対抗手段なんて殆どなかったというのに、その王国はなんとか文明を維持し、魔障に対抗し続けた。

 

 要因は様々、天騎の一人が力を貸したこと。知恵あるケモノ――この世界において“聖獣”と呼ばれる存在が魔障となった際、人々を襲うのではなく人々に力を貸したこと。何よりも、その王国の人々が最後まで諦めなかったこと。

 故に王国は他の文明よりも、百年の間滅びが遅れ、結果――

 

 

 悪鬼によって一夜にして滅ぼされた。

 

 

 力を貸していた天騎すら退け、魔障など赤子の手をひねるかのごとく。人の抵抗など無意味だった。あとに残ったのは、なんとかその王国から逃げ延びた生き残りの人間と、王国の奥で守られていた最後の“聖獣”。

 つまり、クロンだけだった。

 

 俺がクロンと出会ったのは、その王国の跡地を俺が訪れたことに端を発する。天騎について、悪鬼について。少しでも情報の欲しかった俺は、唯一文明の痕跡が残る王国跡地を訪れ、探索を行うつもりだった。

 しかし、王国の入り口にはクロンがいた。まるで、王国を守るように立ちふさがり、こちらを攻撃することこそないが、一歩でも王国に踏み込めば一口で噛み殺すと言わんばかりの気配を示していた。

 

 困ったのは俺だ。わざわざ何ヶ月もかけてやってきたのに、手がかり一つなしではいそうですかと帰るわけには行かない。

 じゃあどうしたのかと言えば、クロは俺の言葉を理解していた。自分は言葉を発することはなかったが、こちらの言い分を理解した上で、攻撃をしないという行動を取ったのだ。

 

 つまり、交渉の余地がある。

 

 そこで俺が取った手段はといえば――“座り込み”だった。

 

 我慢比べである。

 クロが折れて中に通してくれるのを待つことにした。それをクロは呆れた様子で眺めて――結果、それから一月の奇妙な共同生活が始まることとなる。

 そこで俺が持ち込んだ資料に興味を示したクロが文字と言葉を覚えたり、後からやってきたレーアとクロがマジの殺し合いを初めて大変なことになったり――色々あって、結局。

 

 

 クロは、人の姿を得て俺についてくることとなった。

 

 

 まぁ、この辺りのことは長くなるので割愛するが、その後の現状は非常にわかりやすい。

 人の姿を得たのは、俺を性的に捕食するため。今のクロは、俺を物理的に食べるか、性的に食べるかのどちらか――もしくは両方を目的として俺を追いかける、猟犬のような存在と化していた。

 

 で、それはそれとして。

 

 正直このやり取りは過去に何度も繰り返してきたことだ。

 夜中に俺の布団に全裸で潜り込むこと、幾度となく。馬乗りになって俺を攻め立てようとしたこと、限りなく。一度や二度の夜這いで済まない程度に、クロはこうして俺に襲いかかってくる。

 だが、正直なところそれはやったら絶対に後悔すると、俺は思っている。

 なにせクロは――

 

 と、その時だった。

 

 

「んもー、さっきから何だよぉレイト。アタシに内緒で楽しそうなことしてるのかぁ?」

 

 

 部屋の入口、扉を開けて一人の少女が覗き込んでいる。

 そこには、寝ぼけ眼のニュウがいた。

 いて、しまった。

 

「あ、誰だこいつ? どうして裸なんだ? もしかしてそういう遊びか? レイトはこういうの詳しいからな」

「あ、ちょ」

 

 ――寝ぼけ眼のニュウが、ぼやけた意識のまま、俺とクロを見て何かを勘違いしたのか、自分の服に手をかけている。ちょっとまて、それはもしかしてお前も服を脱ぐつもりかニュウ!?

 

「アタシも混ぜてくれー」

「ダメに決まってるだろー!?」

 

 止めようとして、馬乗りになったクロをどかしつつ起き上がろうとする。

 ちょっとだけお腹の見えかかっているニュウ、これ以上はまずいと思いながらもしかし、間に合わない――そう思った時に、クロが俺の上から飛び退いてニュウの前に着地した。

 

「……興が削がれタ」

「う、うお!? 何だこいつ!? というか服を何も着てないのっておかしくないか?」

「クロはクロダ。……それデ? お前ガ――」

 

 ジロジロと、値踏みをするようにクロがニュウを眺める。ニュウが驚いた様子で、服にかけていた手を下ろす。ほっと一安心……と、俺が思うのもつかの間。

 

 

「――お前ガ、太陽結晶カ。天騎だったとはナ、少し驚いタ」

 

 

 その言葉に、ニュウのどこかボケたような目つきが鋭く変わる。おそらく、目が冷めたというやつだろう。そんな険しい顔つきにクロは楽しげな笑みを浮かべた。

 

「……お前、何だ? 何者だ?」

「クロはクロン、魔障ダ」

「ま、魔障!?」

 

 ククク、と皮肉げに笑うクロ。その姿が変化する。何も身にまとっていなかった肢体に、黒いツルのようなものが伸びていく。やがてそれは胸元、腰を覆うと黒塗りの衣服へと変化し、更には両手、両足にも同じものが伸びる。手足を覆う布のようなそれは、肘と膝のあたりまでをカバーした。

 最後に頭と尻尾を覆うように、腰巻きと頭巾が現れて、クロは衣服を身にまとった。

 

「な、なんだ今の?」

「力ある魔障や悪鬼ハ、特別な能力を有すル。とはいえそれは天騎にも言えるガ……クロの場合は“变化”ダ」

「へん……げ」

 

 そうだ、もとは一匹のケモノだったクロは、この能力で人の姿を得た。

 この衣服もクロの一部が変化したものだし、他にも変化を使ってクロは様々なことができる。

 

「お前の能力ガ、太陽結晶であるのと同じだヨ、天騎」

「あ、アタシは……アタシはニュウだ! 天騎ニュウ! 名前で呼べ!」

「ククク、わかっタ。それじゃ――よろしくナ? ニュウ」

 

 そして、その笑みのママ、いたずらっぽくこっちを見て――何だ?

 

 

「同じくレイトに喰われちまった仲ダ。よろしくやろうじゃないカ」

 

 

 そう、妖艶に目を細めるのだった。

 ……ちょっと待て、何を言ってるんだよ!?

 

 なお、ニュウは何を言っているのか理解できていないようだった。

 

 

 +++

 

 

 ――レイトとクロが出会ったのは、今から数年ほど前になる。

 教団に拾われたばかりで、周囲にその存在を認知されていなかったレイトは、ふらりと教団を抜け出して、クロが守護する王国跡へとやってきた。

 

 これまで、クロの眼の前に現れた連中は、王国に何かしらの宝物があるのではないかと考えるような奴らだ。クロはそれを適当に痛めつけて、適当な場所へ放り投げていた。

 それが、今から五百年ほど前のこと。それ以降は、めっきりそういう連中も減ってしまった。

 

 教団の発展とそれは無関係ではないのだが、そんなことクロの知ったことではない。

 久しぶりにやってきた人間は、王国に夢を見るような不届き者ではなく――どこかおかしな眼をした探求者だった。

 自分が前に進むことを何一つ疑っていない。心砕けて足が止まるなんて考えたこともない。そんな巫山戯た眼をした男だった。

 

 名前はレイト。

 クロのなにもない人生に爪痕を残した、罪深い男の名だ。

 

 あまりにも、輝きの強すぎるその瞳は、時に人を狂わせる。これを普通だと思うやつは、人間を何も知らないバカくらいなものだろうというくらい、わかりやすくレイトは異常だった。

 事実、そいつは金目のものではなく、知識を求めて王国にやってきた。悪鬼を討伐するのだと、高らかに宣言していた。

 

 それは不可能だと、誰よりもクロは知っていた。

 

 かつて、クロの生まれた王国を一夜にして滅ぼした怪物。悪鬼は天騎と比べても規格外な存在だ。それを倒すだなんてバカな話、無茶もいいところ。

 何よりも、悪鬼がやったのはそんな強さなんて関係もない、最悪極まりない方法。

 

 ――王国の人々は疲れていた。百年の終わることのない戦い、いつ自分が死ぬかもわからないような状況。頼りにできるのは天騎と魔障となった聖獣――どちらも、当時の人間からすれば信用の出来ない存在だ。

 百年という時間で、聖獣が信仰されていた時代を知っている人間はいなくなってしまったのだから。

 

 だから悪鬼はそれを利用した。本当に一言、まるで毒を一滴たらしこむように。

 悪鬼というのは天騎とついとなる存在。彼らは人の“堕落”を好んだ。故に悪鬼は王国と正面から戦える力を持っていながら、裏から王国に潜り込み、一言呟いたのだ。

 

 

 もう、いいんじゃないか――と。

 

 

 決壊は早かった。それこそが、一夜にして王国の滅んだ歴史。クロにとっても忘れがたい最悪の一夜だった。

 

 とはいえレイトは王国をバカにはしない。だったら、わざわざ攻撃する理由もないだろう、と。

 そのうち諦めて帰るだろうとクロは思っていたのだが――

 

 レイトは帰らなかった。

 きっと、何もなければあのまま、死ぬまで自分の前に居座り続けていたはずだ。

 

 可笑しい、そんな耐久力が人間にあるはずがない。

 物理的な意味ではなく、精神的な意味で。

 

 人とは、諦める生き物だ。諦めるから失って、失ってから後悔する生き物だ。王国の歴史からクロはそれを嫌というほど知っている。それだっていうのにレイトは諦めない。バカなんだろうと思った。

 

 クロがレイトを食べたいと思うのは、レイトが自分と同じだからだ。

 だって、そうだろう?

 

 レイトは故郷を滅ぼされ、生き残ったんだから。

 

 それはクロと同じだ。クロもまた、王国の人々、己の親であるケモノにおいていかれた。レイトのことを知る度に、レイトを愛しく思うたび、自身の本能がクロを襲うのだ。

 魔障、それは決して何の目的もなく人を襲うわけではない。

 彼らの目的は、一つの本能から来るものだった。

 

 

 人を喰らい、一つになりたい。

 

 

 故に魔障は人を“喰らおう”とするのだ。

 ニュウと初めて出会った際に、レイトは魔障に襲われた。あの時狼の魔障は、レイトへ喰らいつくように牙を向いた。それはつまり、レイトを食べ尽くすための行動だったわけだ。

 同じように、クロの中にもその本能は存在する。もちろん、その本能は抑えることもできる。王国で生まれた聖獣の魔障は本能を抑え王国の人々とともに襲い来る魔障と戦ったのだから。

 

 それでも、レイトを見る度に、レイトに近寄る度に、クロの中で本能は訴える。レイトを喰らえ、と。お前が食らう人間はレイトだけだ。レイトを愛するならレイトだけを喰らい、完全にレイトと一つになれ――と。

 

 だから、レイトはそれを嫌うのだ。たとえそれが物理的なものであっても、性的なものであっても。

 その本能に従ったら最後、クロはただの魔障と何も変わらなくなる――と。

 もちろんクロもそれはわかっている、だからこそこうして定期的に襲いかかる“フリ”をすることで発散しているわけだ――が。

 

 今の問題は、そこではなかった。

 クロ本人のことはさておいて、今レイトが抱える問題は非常に単純だ。

 

 レイトは太陽結晶を手に入れた。

 

 それはとても喜ばしい、クロとしても世界各地を飛び回って反応のあった日結晶の鉱脈をレイトに教えたかいがあったというもの。

 しかし、結果見つけた日結晶は天騎そのものだった。

 

 天騎ニュウ。レイトの希望そのもの。

 

 ああしかし、レイトはずっと言っていたよな?

 

 

 自分は、天騎の力を借りずに悪鬼を討伐する、と。

 

 

 であれば、どうなんだ?

 今自分の手の中にある太陽結晶が天騎であったという事実に、お前はどういう答えを出すんだ? クロに――そして、ニュウ本人に。

 お前は、なんと応えるのだ?

 

 もし、お前が答えをだせないようならば、クロはいつものように“悪役”を買って出る。

 だってクロは孤独だからな。まずは――ニュウを連れ去ってみるとするか。




クロ、エロい行為をしてくる孤独な狼系聖獣の成れの果て。
孤独であるために、自分が嫌われて済むならそれで自体の解決を図ろうとする泣いた赤鬼の青鬼みたいな存在。
本作のヒロインで唯一性的な知識を有しているヒロインでもある。
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