#モンハン愛をカタチに2021 飛び入り参加枠

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悠久に燃ゆる灯火を

 ヒトの一生は、駆け抜けるかのように短く、そして儚い。

 限られた時間しか生きることはなく、遺せるものはあまりにも少ない。

 

 なんのためにヒトは生きるのか。

 何を思ってその生を駆けるのか。

 

 多少は長く生きている自分でさえ、こんな人生なのだからと。

 そうやって自分を棚に上げて、そう思うのだ。

 

 そう、思っていたのだ。

 

 

 


 

 

 それは、何の変哲もないある一日でしかなかった。

 修繕の依頼を受けた防具のやすり掛けをし、鎧玉を溶かした釉薬を胸板を補強できるよう入念に塗り込んでいく。

 普段から行っている仕事を淡々とこなす日々。それだけの日々が、今日は違った。

 

 

「なぁなぁじーちゃん!」

「あ……? なんだ坊主」

 

 見たところいくつにもならないだろう歳の子供。

 どこから入り込んだ?と尋ねようと顔を上げようとして、工房のドアが開いていることに気がついた。

 てか爺さんってなんだ。白髪だからか。これでもまだ若い方なんだが。

 

「こんなとこ来たらあぶねぇだろうが。あっちに──」

「おれに武器作ってくれよ!」

「あァ?」

 

 連れ出そうとする(おれ)を遮って子供は言った。

 キラキラとした無邪気な笑顔でこちらを見上げるその姿は、しかし「武器」などという物騒な単語を発するにしてはあまりにも幼かった。

 

「……なんだってンなモンがいるんだ」

「あのさ、おれ、ハンターになりたいんだ!」

 

 子ども特有の、質問を無視したような受け答え。

 それでもまぁ理由はわかった。きっと憧れとかそんなところだろう。知り合いにハンターがいるとかそういう。

 

「だから、おれに武器作ってくれよ!」

 

 さてどうしたものか。

 断る理由はいくらでもある。まず、子供に武器を持たせるなんてのは言語道断だ。それに、今ここで武器を作ってやったところで使えやしないし、万一持てたところで満足に歩けるわけがない。金銭の問題もある。

 かといってここで無下にしたら騒ぎ出すのは想像するに難くない。もしそれで客足に響くようなことがあれば厄介だ。

 

「──ふむ」

 

 とすれば、子供でも持てて、安全性があって、それでいて満足感(ブキっぽさ)のあるもの。

 

「……ちょうどいいのを作ってやらァ。日暮れにでもまた来な」

「いいのか!?」

 

 やったやったと、跳ねるように工房を出ていくのを「あぶねーからコッチには来んなよ」と送り出してから、部屋の一角へと向かう。

 木箱の中から手ごろな木材を取り出す。窓から差し込む日に透かし、腐食がないことを確認してから、樹皮が剥けてささくれ立った木材を鉈と(かんな)を使って身を削り出す。

 

 作るのは木刀。鉄や鉱石を使ったおもちゃは危なっかしいし、一朝一夕でできるものでもない。

 対して子どもで扱える程度の木刀なら、これまでの技術を活かせば短時間でも作れるし、何より端材でもそれなりのものが作れるはずだ。

 

 ある程度の形ができてから、今度はやすりを使って形を整える。刃を模した部分は少しづつ湾曲するように、背となる部分は限りなく均一に。木目に沿って、丁寧に丁寧に削っていく。振り回しても危なくないように、刃の部分を丸く、脆くならないよう、削りすぎないよう慎重に。

 

 刀身を作り終えたら、柄となる部分を削り出していく。握りやすいように持ち手部分がちょうどいいサイズになるまでそぎ落し、程よい太さになったら、角を落としてより持ちやすく。

 最後に紙やすりをかけて、表面のざらつきをとる。木目に逆らわず、滑らせるように。最後にニスを塗って乾かし、表面を整える。

 

「うし……こんなもんだろ」

 

 木彫りの「ハンターナイフ」、そのレプリカの完成だ。

 窓から外を眺めれば、ちょうど日が暮れ始めた時分といったところ。

 あの坊主は来ているかなと店に出てみれば、昼間に来た子どもが店に備えたテーブルで寝こけていた。どこかで遊んできたのか顔や衣服は泥に塗れ、床やテーブルにも泥汚れがついていて、思わず顔を顰める。

 そんな自分を「相手は子供だぞ」と戒めて、よだれを垂らす彼を起こす。

 

「ほれ、起きろ……こら、起きろって。できたぞ」

 

 むにゃむにゃと寝ぼけ眼を見せた彼は、しかし差し出した木刀を見て目を見開いた。

 

「うゎ……すっげぇ!」

「コイツで満足かい?」

「うんうん! すげぇかっけぇ!」

 

 満足したらしい彼の様子に、「ンならさっさと帰んな」と促すと、ちょっと待ってと懐をゴソゴソとまさぐり出す。ややあって「あった!」と口にした彼は、儂の掌の上へ小さな黒い塊を乗せた。差し込んでくる夕日を鈍く跳ね返すそれは、大きさの割には重く感じられた。

 

「……コイツは?」

「泥団子だよ」

 

 見ればわかるじゃん!

 と、小バカにしたような笑顔を浮かべる彼相手に「そうだけどよ」と頭を掻く。

 

「ニシシ、作ってくれてありがとな!」

「……あんま人様に向けんじゃねーぞ」

 

 店を出ていくなりこちらを振り返って木刀をブンブンと振り回す彼を見てこめかみを抑えてから、今度は手のひらに収まった小さな団子に目をやった。

 何のことはない、ただの泥団子。もはや竜人のなかでも大人となりつつある自分には、決して価値ある代物ではない。

 それでも。

 

「……まぁ、こんなこともあらァな」

 

 普段とは何かが違うと、そう感じた一日で。

 無邪気にハンターに憧れたあの子の行く末を、ぼんやりと想像してみたりするのだった。

 

 


 

「なぁなぁ爺さん」

「……お前、またこっちに来やがって。用があンなら店の方に来いって何度も言ってんだろうが」

「いいだろ別に」

 

 木刀を作ってやったあの日から、あの子供はちょくちょく店……というか工房に遊びに来るようになった。何かと覗きに来るものだから、最初は危ないからといちいち追い返していたものの、今となっては形骸化しているような気がしないでもない。

 どうやら懐かれたようなのだが、こんなところに勝手に入り浸っておいてよくもまぁ親は何も言わないものだなと思っていたり。

 

「ンで?今日は何しに来た?」

 

 といっても、いつも何をするわけでもない。ただただ俺と話すだけ話して帰ったり、黙々と俺が仕事をしているのを眺めていたり。たまに買い出しなんかに出ると手伝ってくれたりもしたもんだが、そのくらい。

 今日もさしたる用事はないのだろうと思っていた。

 ところが。

 

「俺の防具、作ってほしいんだ」

「……あァ?」

「だから防具作ってくれって言ってんの」

 

 あの木刀をくれてやった日からしばらくは「ハンターになりたい!」という話をたびたび聞かされた。が、次第にその話も減ってきて、最近ではあまり出ない話題となっていたのだが。

 

「てっきり諦めたもんだと思ってたんだが」

「誰もそんなこと言ってねーだろ」

 

 まぁ、それは確かにそうだ。

 軽く肩をすくめてから、続きを促す。

 

「今度な、隣街の養成所に通えることになったんだ」

「へェ。お前さんがねぇ」

「あ、今『コイツになれるわけがない』とか思ったろ!」

「そんなんじゃねぇよ」

 

 ただまぁ、意外ではあった。実際、なれるなれないは別としてハンター向きの性格だとは思っていなかったし、志すには少し線が細すぎるように感じてはいたから。

 

「まぁとにかく!初心者向けの防具が必要なんだよ」

「まぁ……作るのは良いんだけどよ」

 

 以前木刀を作ったのとはわけが違う。

 どんな簡単な防具であれ、今回はもう「仕事」の領域だ。前のように気まぐれで請け負ってやれるものではないのだ。

 

「ンなこと言ったって、お前さん金は──」

「これで、足りるかよ」

 

 眼前に差し出された、それなりに膨らんだ麻袋を受け取る。普段請け負うような少額の重さではない、大口の注文を受けたときの重さだ。

 中を見てみればおおよそ1500Zといったところ。本当にギリギリの金額だが──

 

「お前さん、こんな金どこで」

「コツコツ稼いだに決まってんだろ!」

 

 おかげで財布すっからかんだけどさ!

 などと乾いた笑いを浮かべる彼に、いくらか動揺に近い驚きを覚える。

 

 1500Zは、()()()()()()()()()としては少額だが、()()()()()()()()としては大金の部類だ。これに養成所に入るための金額も併せたら相応の額になる。

 それを彼は「稼いだ」といった。

 

「お前さんもしかして」

「?」

「……いや、何でもねェ」

 

 首を突っ込もうとして、やめた。

 彼がどんな人生を送ってきたか、それは儂が自分から踏み入って良い領域じゃない。

 彼はお金と依頼を持ってきた。それ以外の何でもないのだから、儂はそれに見合った仕事を依頼通りにこなすだけだ。

 

 だから、受け取った麻袋の中から5()0()0()Z()だけ受け取って、残りは麻袋をまんま突っ返す。

 

「いや、おっさんこれお金」

「黙って取っとけ」

 

 恐らくは、多少顔を見る機会も減るだろうから。

 つまりは餞別だ。

 

「もう少し飯を食え。そんなヒョロガリじゃなんもできねェぞ」

「いや、でも」

「いいから」

 

 半ば押し付けるように、袋を握りこませると、困惑する彼の背を押して店から出す。

 

「いつまでに仕上げればいい?」

「え、あ、えっと、入所が三週間後だからえっと」

「ンなら明日採寸な。10日後には仕上げて渡してやらァ」

 

 戸口から押し出した彼は、最後にこちらへと振り返ってこう言った。

 

「……よろしくお願いします」

「ハッ。()にふざけたモンは出さねェよ」

 

 最後に一礼して、彼は走り去っていく。

 いつかのように、夕日の中を、今度は振り返らずに。

 

 しかし、この前の彼はあんなにも大きかっただろうか?

 

「さァて、久々のでけェ仕事だ、気張るとしますかね」

 

 最初の防具なら何がいいだろう?

 ハンター? チェーン? レザーも悪くない。アロイは重くて少し扱いにくいだろうか。

 

 今まで防具を一式作り上げたことがないというわけではない。ただ、それ自体は結局一つの仕事でしかなく、その行為そのものにさしたる思い出はない。

 

 しかし、今回はなんだか違うように感じるのだ。

 どことなく高揚感があるというか、妙に心に残るというか。

 それがどうしてなのかは、よく分からないが。

 

 まぁ何にせよ──

 

「ま、ここはやっぱり『ハンター』、かねェ」

 

 これはきっと、いつもの仕事とは何かが違うものになると、そう感じていた。

 

 さて、巻き尺はどこにしまったんだったか。

 

 


 

 

「爺さん、いるかい?」

「初めて店側から声掛けたな……って」

「へへっ、どうよ、俺の初大仕事の成果!」

 

 防具を作ってやってから少しして。

 顔を出したかと思えば、アイツは妙に血なまぐさい袋を抱えてやってきた。

 というか──

 

「テメェその腕!」

「え、そっち?」

「そっちに決まってンだろうが!家で大人しくしてろバカ野郎!」

「いやいや、これくらい大したことねぇって」

 

 そういって持ち上げた彼の腕にはグルグルと包帯がまかれており、その上でなお隠し切れない量の出血が見て取れた。

 

「包帯真っ赤になる傷が大したことないわけがねェだろ……いや、まァいいや」

 

 結局のところ、命に別状はないようだし、これ以上は儂が立ち入る理由もないだろう。

 であれば、ここからは仕事の話をするだけだ。

 

「ンで? 何を作る?」

「話変わんのはっや……」

「来ちまったモンはどうしようもねェだろうが。それに、それ以外の話を狩人(おまえ)がしに来る理由はもうねェだろう?」

 

 それもそうかと笑いながら頭をガシガシと掻いてから。彼は切りだす。

 

「武器を頼むよ。片手剣が良い」

「片手剣……鉈系のものとナイフ型のモンがあるが、どうする?」

「ナイフっぽい方で」

 

 ナイフ型ってことは、鉱石で型を作ればいいな。ビスを打って握り手部分しっかりさせて、ナックルガードも付けられるか?

 最近作っていなかった初心者武器の構図を記憶から引っ張り出す。

 

「それと……」

「あ?」

「防具って作れそうかな?」

「余りでか」

「そうそう」

 

 防具も新調したいんだよね。

 そういった彼の防具に目をやれば、修繕ではごまかしきれないほど多数の細かい傷と、ところどころ背丈にあってないような部分が見て取れた。

 というよりこれは──

 

「テメェ、まだそれ着てたのかよ」

「そりゃ金ないし、まだ着られるしな」

 

 それに、そう簡単に壊れてもらっちゃ困る。

 そう言う彼に、呆れるような面映いような。初めて作ってやった防具もこれではあまり役目を果たせないだろうに。

 しかし、相変わらず背が伸びるのが早いもんだ。

 

「わぁったよ。まぁ、腕か頭かは作れんだろ。今度また採寸すっから、まずは腕を治すこった」

「助かる。さすがにこれだと怖くてね」

「ケチらず金を使え。命あっての金なんだから」

「だからケチったわけじゃないって」

 

 素材の詰まった袋と、大型の素材を運んできた荷車の受け渡しを行って、それから金額の見積もりに入る。

 初仕事と言っていたし、それなら多少サービスしてやってもいいか。

 

 そんなことを考えていたら、ズイと差し出されるものがある。

 

「相場だとこれくらいは絶対するだろ?先に渡しておく」

「いや、でもな」

「『サービスしてやろう』って顔してたぜ。そんなん最初だけで十分だよ」

 

 そういえば、前に防具を作った時も安く作ってやったんだったか。

 そうは言ってもなぁと、再びその防具へと目を向ける。

 いかにも貧相な感じで、なによりこれからもっと金がかかるだろう時期の職種。おまけにまだ食べ盛りだろうに。

 とはいえ、素直に受け取らなければ店前に居座りそうな雰囲気まである。

 

「はァ……ヒヨッコの分際で生意気になったもんだな」

「そりゃもうガキじゃないしな」

 

 渋々受け取れば、彼はにっこりと笑って。

 

「んじゃまぁ、よろしくたのんます」

「……おう」

 

 店を出た彼を見送ってから、受け取った素材群を工房へと持ち込む。青灰色の鱗や皮と、対照的に朱色の爪やトサカを慎重に運び出す。

 ところどころに血痕と刀傷の残るそれは、激闘の証。

 分類的には中型とはいえ、世間では大型モンスターとして認知されている。そんなモンスターを彼が狩ってきた事実に、妙な感慨深さを感じている。

 

 あんなに小さな子どもだった彼が、あっという間に大きくなって、宣言通りハンターになった。

 年が過ぎるのは何とも早いものだ。

 

「さァて、やるとしますか」

 

 最初に手を付けるのは片手剣。炉に火をおこし、(ふいご)で火を送る。

 鉄を炉にかけ熱する。やがて朱く灼けたそれを、玉箸で取り出し金床へと移す。

 

 金床に載せたそれは、無意味なただの塊から、意味ある道具へと形を変えんとする真っ只中。

 それはまさに、多様な可能性を秘めた彼のように、まだ形定まらず、しかし滾る熱をもって。

 そんな彼が握る武器を作る。なんとも心躍る仕事ではないか。

 

 玉箸を握る手に力が入る。

 鉄を打つその一振りひと振りに自らの熱を乗せて。

 

(つよ)くなれよッ!」

 

 武器に向けてか、あるいは使い手(かれ)に向けてなのか、儂自身よく分からなかったけれど。

 

 その思いだけは、間違いなく本物だ。

 

 


 

 

「爺さん、今いいかい?」

「おう、しばらくぶりじゃねェか」

 

 今日はどうした?

 そう聞くより先に、店のカウンターに差し出されたものがある。

 黄金色に輝くそれは、爪や牙などといったありふれたものではない。とあるモンスターが頭上に戴く、唯一無二の()()の証。

 

「……ッ! テメェ、こいつァまさか──」

「そう。雷狼竜ジンオウガ、アイツの角だよ」

 

 雷狼竜といえば、野山を駆ける、獰猛さと屈強さを兼ね備えた強力な牙竜種だ。自然界の中でも特別な例を除けば生態系の最上位に位置していると言って間違いのない存在。

 そして、『空の王者』と呼ばれるリオレウスや『大海の王者』ラギアクルス、『絶対強者』ティガレックスと並んで、ハンターとしての格が試されるモンスターでもある。

 

 そんなモンスターの角がおいそれと手に入れられるわけもない。

 つまり、正真正銘彼は討ち取ったのだ。『無双の狩人』と恐れられる彼の竜を。

 

「おいおい、あのヒヨッコが、とんだ大物を仕留めて来やがった!」

「はは……正直、今でも実感わかないけどな……」

 

 そういった彼の恰好は、かつて店を訪れたときのようにあちこち生傷だらけの状態だった。火傷に裂傷、青あざと、オンパレードだ。以前とは違って、狩りの終わりに直行したわけではないらしい、というのが以前とは違うところだろうか。

 

「で、どうだったよ、かのバケモンと対峙した感想は」

「バケモンなんてレベルじゃないさ!一人だったらとっくに逃げ帰ってたね!」

 

 さすがに一人で行こうとは思えず、ギルドで仲間を募集したらしい。そうして集まった四人で渓流へと出向き、討伐に臨んだという。

 

 狩猟は三日にも及ぶ激闘になったと彼は言った。

 発見してから日が暮れて双方が疲弊しきるまで、何度となく彼の爪牙と自身の武器を交わし続けた。

 彼らの消耗は半端なものではなかったという。武器の刃はこぼれ、弓の弦は綻んだ。応急薬は底をつき、手持ちの回復薬の残りもわずかとなる状態まで追い込まれたのだと。

 しかし、それはジンオウガも同じだった。何度も撤退と再準備を繰り返し、出し得る限りのダメージを断続的に与え続けたのだといった。休息の暇を与えないよう、短期間で何度も攻撃を仕掛け、ジンオウガの逃走を防ぎながら追い詰めていった。そうしてとうとう討伐へとこぎ着けた。

 

 代償も大きかった。彼自身は何度となく浴びせられた電撃の影響で、最後には全身がしびれてうまく体を動かせなくなったという。他にも、一人はあちこちの骨が折れ、一人は武器を失った。最後の一人に至っては狩りが終わった瞬間に血を吐きぱったりと意識を失ったという。

 一人で挑んでいたら間違いなく死んでいただろう。そんな強敵だった。

 

 それでも。彼は続ける。

 あれだけ痛い思いをした。今後ないだろうレベルの苦痛を味わった。

 それでも、と。

 

「俺、ハンターになって良かったって、そう思ったんだ」

「皆そうだったよ。死ぬ一歩手前まで行って、普通ならもうやりたくもないだろうにさ、誰も『もうやめる』なんて言わないんだ」

「ジンオウガを討伐した時は限界ギリギリでよく分かんなかったけど、確かに俺たちはやり遂げたんだよなって」

「思っちゃったんだよ。『今の俺たち最高にカッコいい!』って」

 

 ぽつりぽつりと語る彼の眼は、怪我だらけのその姿となってなお、否、さらに闘志に満ちていた。

 

 一呼吸の後、再び口を開く。

 

「俺、ドンドルマに行く」

「そこに行くってこたァ、テメェもしかして」

「そうだよ。俺は──()()()()()()になる」

 

 だから。

「コイツを使って、最高の武器と防具を作ってほしい。上位に挑むのにふさわしい装備が欲しいんだ」

「……素材はどれくらいあんだ」

 

 報酬を分配した分では武器と防具一式の両方を作るのは難しいと、そう口を開こうとしたとき、思いもよらぬ言葉を聞いた。

 

「一頭分ある」

「……はァ?」

「報酬で出た素材全部、使えるだけ使ってくれて構わない」

 

 託されたのだと。

 

「皆、『どうせしばらく動けないから、先に行け』って。そういって全部押し付けてったよ」

 

 また会おうと、そう約束をして。

 

「そういわれたらなんか断りづらいし、どうせなら全部使ってもらおうって思ってさ」

「……そうかい」

 

 困ったような、嬉しいような、そんな笑顔を浮かべる彼が眩しく輝いて見える。

 そして、それを不思議と誇らしく感じる自分がいる。

 

「いいぜ、テメェのための逸品物、作ってやろうじゃねェか!」

 

 かつてはハンターとしての出発を見送り、今度はハンターとしての新たな門出を見送る。

 これは二度目の餞別になるのだろうか。

 

「ただし!金はきっちりもらうからな! 生活費とか切り崩してあっちで食いっぱぐれても知らねェからな!」

「んなことしねーよ!」

 

 あぁ、これまでこんなにも喜ばしい依頼があっただろうか。

 差し出された立派な角を受け取る直前、彼は儂の目を見てこう言った。

 

「すごいの、期待してるぜ」

 

 無論、無論だとも。

 テメェが魅せてくれたのなら、儂はそれに応えるまでだ。

 

「任せときなァ!」

 

 


 

 

「爺さん爺さん、ちょっと頼まれちゃくれねーかい」

「……なんで工房(コッチ)に来てんだ」

「いや、表でこの話したくなくて……」

 

 珍しく工房に顔を出したと思ったら、やけに落ち着かない様子で彼は話を切り出してきた。

 ……というか、彼と工房で話をする機会が減っていたような。あの頃が酷く懐かしく思える。

 

「……まぁいいや。んで、何するんだ? 修繕か?それとも生産か?」

「一応、生産依頼……かな?」

「なんでテメェが疑問形なんだよ」

「いや、あのー……」

 

 妙に煮え切らない様子だったが、小さく一呼吸してから、その内容を口にした。

 

「指輪……」

「何だって?」

「……指輪、っつーかペアリング……作ってくれねーかと……」

「──なるほどねェ?」

 

 これは、もしかしなくても。

 そういうことだったりするのだろうか。

 

「ほうほうほうほう……いやァ、随分と面白そうな依頼じゃねぇの」

「んな面白れえ話になんてならねえよ……」

「そんなこたねぇさ。ほれ、依頼は安く受けてやるから、今夜は一杯付き合ってもらおうか?」

 

 普段は酒なんて飲まないが、今日なら美味い酒が飲めそうだ。なんせ肴が面白(うま)いこと間違いなし。

 

「謹んで遠慮するよ……ったく、今時こんな絡み方してくるの、中年の先輩方にもそうはいねえぞ」

「ハッ、そこいらのおっさんよか古臭い考え方だとは思ってるがな」

「それにここ田舎だし」

「そりゃ田舎で暮らすやつら全員に失礼だろうが」

 

 まぁ実際、儂はこのあたりから出歩いたことはないんだが。世の中の流行なんてさして詳しくはない。

 故にこそ、一つ聞いておかなければならないことがあった。

 

「ンで。どうしてここまで来たんだよ」

「……言ってる意味がよく分からないんだけど」

「いやな?今回作るのは人生で一度ぐらいしか作らんだろう大切なモンじゃねぇか」

 

 わざわざ故郷に戻ってきて、儂の店を訪ねてくれたことは嬉しいもので、こちらとしても断る理由はない。

 ないのだが。

 

「俺みたいな田舎モンに頼まなくても、ドンドルマにはもっと腕の良い細工師だっていんだろうがよ」

 

 大事なものだからこそ、そういうモノを専門に扱う店で作るのがふさわしい。こんな武骨な野郎が作るよりもその方がずっといいモノができるはずだ。

 だというのになぜここに来たのかと、そう聞くと、一瞬きょとんとしてからこんなことを言った。

 

「爺さん以外にこんな仕事頼めねぇよ、一生もの頼むんだから」

「……いや、だから」

「それに、初めて頼む他の細工師より爺さんに頼んだ方がずっと良いもの作ってくれるだろうしさ」

 

 その返答は、儂自身予想だにしないもので。そして何より、職人明利に尽きる言葉でもあった。

 

「……ったく。しょうがねえなァ」

 

 そう言われてなお「別のところで作れ」などという阿呆ではない。

 ……あぁクソ、にやけちまいそうだ。

 

「さて、やるからには全力でやるぞ。武器とか防具作るときの比じゃねぇ額になるかもだが……そこは覚悟できてんだろうな?」

「う……いや、大丈夫だ、それくらい払ってみせる!」

「よォし、よく言った。ヨメさんの指の太さとか分かったり……って、その面じゃ期待薄だな」

「婚約指輪すっ飛ばしてプロポーズしたんだよな……」

「アホかテメェは」

 

 まぁそこまで気の回るタイプには見えない……というのはさすがに失礼か。それが分からないと作ることはできないが、それは今すぐわからなくてもできることはある。

 

「サイズの件は後回しにして……テメェ、指輪の材質とかデザインとか」

「実は、その辺も含めて相談がしたくて……それぞれにフラヒヤモンドをはめ込みたいとは思ってるんだけど」

「ほぼノープランか」

 

 さて、どうしたものか。土台はドラグライト鉱石やカブレライト鉱石なんかを鋳造するのが指輪だと無難なところだが、デザインはどうするか。

 

「あ、そうだ。こういうのできる?」

「言ってみ」

「それぞれに火竜と雌火竜の素材を使ったデザイン、とか……どうかなと」

「……ふむ」

 

 火竜と雌火竜は夫婦円満の象徴として有名だ。特にドンドルマでは街の守護も司るモンスターとして知られている。

 なるほど、結婚指輪としてはこれ以上良いものはない。

 

 であれば、リングはカブレライト鉱石より色味の薄いレビテライト鉱石を鋳造し、中央にフラヒヤモンドをはめ込む。

 そして周囲を火竜夫妻の素材を使って装飾する。婚約指輪ならそれぞれを個別に使うよりは両方の素材を半々ずつ装飾に使うのは──

 

 ここまで考えてから、ふと閃いた。

 せっかくなら、もっと豪華に、そして強い絆を示すものとなってくれたら。

 であれば、原種の素材より()()の素材のほうが良いのではないか?

 

「せっかくなら原種じゃなくて、亜種の素材を使ってみようかと思うんだが……どうだ?」

「俺、まだ亜種狩ったことないから素材持ってないぞ……」

「バカたれ、装飾用の素材は別の市場があんだよ。持ち込んでも素材は使えんぞ」

 

 持ち込まれてはこの計画がパーになってしまうので、適当に噓を言ってごまかす。

 話を流しつつ案をいくつか示し、デザイン内容を決定し、後日野暮用がてらに結婚相手の指のサイズを測定することにしてその日は解散となった。

 

「あぁ、そうだ」

 

 だいぶ日が傾いた別れ際、思い出したかのような声を上げた。

 

「挙式上げるとき、招待状送るから、ちゃんと来てくれよな」

「……俺が出ていいもんじゃねぇだろ」

 

 俺はただの鍛冶屋だぞと、そう肩を竦めると。

 

「俺にとっちゃ、親みてぇなもんだよ」

「いつの間にそんな大層なモンになったんだよ俺は」

「いつからだろうなぁ」

「ンなこと言って、値切ろうってハラじゃねェだろうな?」

「ちげーよ!」

 

 大きくため息をついてから、「来てくれよ」と言い残して店を去る。

 

 儂自身、そんな大層な人間ではないと思っていること自体に偽りはない。それはこうして彼に「親みたいなものだ」と告げられても変わらない。

 ただ、そうした自負と、「祝ってやりたい」と思う気持ちは別物だ。

 

 店の引き出しから特別な素材を取り扱う素材問屋の注文書を取り出す。

 滅多に書かない複雑な誓約書に四苦八苦しながらあれこれ書き込んでいき、最後に取引素材を記入する。

 

()()()()()()()()()()()()、と」

 

「嘘はついてねェからな」と、したり顔になるのを自覚しつつ、郵送の手はずを整える。

『希少種』といえば特殊なように聞こえるが、有り体に言ってしまえば『珍しい亜種』である。実際嘘は言っていない。

 

 とはいえ。

 

「しっかし……コイツぁしばらく節約生活だな」

 

 亜種は亜種でも、『希少』とだけあって世間でいう『亜種』とは取引価格の桁が違う。

 依頼額は額面通り「亜種素材を使う」として、素材代金と作成費用分を元に決めたので、実際の製作費には遠く及ばない。

 足りない分は手元から出すことになるため、貧乏鍛冶屋の儂では節制必須になる。

 

 まぁでも。

「親みたいなもん」と言ってくれるのなら。

 これくらいの出費はしてもいいなと、そう思う。

 

「ご祝儀は出せねぇが……まぁ、コイツで()()にしてくれよな」

 

 これが親心というものなのかと、ガラにもなく考えながら。

 

 


 

 

「子供ができたんだ」

「おう、めでてェじゃねえか。大事にしろよ」

「ありがとう」

「んでだ」

 

 幸せな雰囲気を纏って上機嫌な彼を相手に。

 

「どうしてテメェはここで油売ってんだ」

「人聞きの悪いこと言うなよ……」

「そうは言うがな」

 

 そりゃあそうも思うだろう。子供を育てるのがいかに大変なことかは、所帯を持たない儂でもわかることだ。一番大変なのは当然母親だが、父親には子育てを含め母親を支える義務があるだろうに。

 そう言ってやろうとしたところ。

 

「まだ生まれてないし、今は安定してるし」

「……紛らわしいこと言うない」

「生まれたなんて言ってないだろ!?」

 

 なるほど、確かに言ってはいない。とはいえ素直に認めるのも業腹なので、ごまかして本題に入る。

 

「ンで、今日は何しに来た?」

「こんにゃろう、逃げやがった。服っつーか、なんつーか、作ってほしくて」

「俺は服屋じゃねェんだぞ……嫁さんのか?」

「子供用にだな。ドンドルマのは無駄に高くて手が出ないんだよ」

 

 なるほど、御包みってやつか。

 高級御包みというのがもう不思議ではあるが、一応聞いてみる。

 

「あっちじゃどんな素材使ってんだ、違いったってそこくらいだろう?」

「無難なガウシカとかケルビとか。あとは白兎獣とか雪獅子とか……まぁそのへんはちょっと高いんだけど、それでも大体売れちゃってるな」

「……続けろ」

「残ってるのだと、確か、巨獣とか氷牙竜とか……あっ」

「なんだ」

「金獅子の毛皮を使ったのもあった!」

「バカじゃねーのか」

「そうなるよなぁ」

 

 ドンドルマはいったいどうなっているのか。

 最初の白兎獣や雪獅子なんかは北部の地域では使われることもあるモンスターの名前だったが、巨獣や氷牙竜なんてのは貴族層が作らせるような高級品だ。

 金獅子に至っては素材元の希少性と獰猛さから、火竜希少種に勝るとも劣らない価値を持つ特級品。おまけに防寒性は皆無と聞くから、話題性以外ではケルビの皮製のほうがずっと価値があるだろう。

 

「まぁそういうわけで、一つ爺さんの力を借りたいなと思ってさ」

「はぁ……まぁ良いけどよ」

 

 調子の良い顔しやがってと内心で溜息をつくが、これで巷では有望視されている注目株なのだから手に負えない。

 

「こっちの方なら、そうだな……ムーファなんかはどうだ」

「あー、あのモコモコしたやつ」

 

 ムーファ。別名を雲羊鹿という小型の草食種のモンスターだ。体毛はゴワゴワとしているが、柔軟性に優れながらも丈夫。人懐こい性格のために家畜として広まりつつあり、毛皮も比較的安価に済む。

 

「よく出回ってるモンでもいいが、ベルナ村で売られてる毛皮なんかはもっと上質でやわらかいってのは聞いたな」

「んー、ベルナ村かぁ……」

 

 ベルナ村の名を聞くと、彼は少し考えるようなそぶりを見せる。ベルナ村はドンドルマほどではないにしても比較的近隣に位置していて、この村からなら数日と掛からず行けるだろう。手元にはいくらかムーファの毛皮があるが、手に入るなら特産品として売り出されているものを使う方がきっといいものが作れるはずだ。

 

「一週間くらい時間もらえンなら俺が出向いて買ってくるが」

「あーいや、俺が行ってくるよ。護衛依頼ぐらい出てるだろうし、少し体動かしたいしな」

 

 子どもができたとわかってからあまり狩りに出ることができていなかったらしく、軽めの護衛依頼でもいいので仕事がしたいとのことだった。

 ドンドルマはしばしばモンスターの襲撃を受ける地ではあるが、この時期は比較的モンスターが大人しいため、護衛依頼であれば危険度は比較的低めになるようだ。

 

「ま、そういうならおつかいを頼むとするか」

「任せてくれ。どれくらい買ってくればいい?」

 

 必要になりそうな量を思案し、数量を伝えると、彼はうなずいて早速帰り支度を始めた。

 帰り際、彼は何か思い出したような声を出して、こちらへ振り向いた。

 

「もし爺さんが良かったらなんだけどさ、一緒に子供の名前考えてくれないか?」

「……それはテメェとヨメさんで考えなきゃいけねェモンだろうが」

「そりゃ最後に決めるのは俺たちだけどさ」

 

 そんなの儂よりふさわしいやつがいるだろう。

 そう伝えると。

 

「俺もあの人ももう親いねえし、俺たちだけで考えるより、いい名前が浮かぶかもしれないじゃん?」

「前にも言ったけど、俺にとっては親みたいなもんだしさ」

 

 本当は、それを伝えに来たのだと。緊張してあれこれ遠回りしたが、そのお願いに来たのだと、そういった。

 まったくもって謎の多い話だ。そんな大層なことを俺はしてやったとは思っていないのに。

 

「まぁ、考えといてやるよ」

「本当か?よし……!」

「いいから、とりあえず毛皮買ってこい。出産までに間に合わねえぞ」

「まだしばらくは時間あるから」

 

 気が早いなぁと笑う彼をシッシと追い払うように店から送り出す。

 家路につく彼の背を見ながら、さっきの提案に思いを馳せる。

 

 名前なんて考えたこともなかった俺が、名付け親になるかもしれない。

 指輪を作った時に「親代わり」と言われたときも不思議な気分になったが、それに輪をかけて不思議な気分になる。

 

「ちゃんと考えねぇとなァ……」

 

 頼まれたからには、いい名前を付けてやりたいと思う。

 そして願わくば。

 

「幸せに育ってくれりゃ何よりだわな」

 

 

 そう、願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 知らせが来たのは二週間ほどしてからのことだった。

 宛名書きの見知らぬ筆跡に首を傾げ、送り主の名を見て、それが彼の妻であると気付いた。

 ただ短く、「ドンドルマに来てほしい」と、ただそれだけ。

 深い理由が記されているわけでもなく、何かを言い訳するような文面もなく、たった二、三文が記載された手紙。

 

 予感がした。あまりにも不吉で、想像などしたくもない予感。

 しかし、この機を逃してはもっと後悔すると、そう感じてしまって。行きたくないと叫ぶ心を置き去りに、気づけばドンドルマへ向かう手はずを整えていた。

 

 向かう道すがら、竜車の中で手紙を開く。

 よく見てみれば、ところどころ文字は震え、紙はそこかしこが不自然な歪みを残していた。手紙をしまい、御者アイルーへ急ぐよう伝える。

 考えてみれば、彼の家に行くのは初めてかもしれないなと。不思議とそんなことを考えていた。

 

 

 

 彼の家は、ドンドルマの居住区画の一角にあった。けっして豪華な作りなわけではなく、しかしそこらの豪邸より温かみを感じる家。入口に、指輪と一緒に作ってやった表札がかけられていて、その割に綺麗だなと感心したり。

 ドアをたたくと、彼の妻が顔を出す。何度か顔を合わせたことのある彼女のお腹は少し膨らみ始めていて、対照的にその顔は以前よりずっとほっそりと、そしてやつれて見えた。今更ながらに「妊娠疲れだといいな」などと生温い気休めを考えて。

 同時に漂った微かな錆臭さは、それが気休めにすらならないことを教えてくれた。

 

 

 酷い怪我だった。

 右足は包帯が何重にもまかれて重たそうで、左足は包帯こそ少ないがあまりにも足が短かった。上半身は全体が包帯で包まれていたが、腹はあまり強く巻けないのか薄らと血が覗き、胸から首にかけてはわずかに傷のない部分を埋めるように細かな裂傷があちこちに見て取れた。

 そんな彼の顔は、目が包帯で覆い隠され、息は小さく、か細く。ひゅうひゅうという独特な音が、まともな呼吸すらままならない現実を突きつける。

 

「……ここにいる、ってこたァ」

「えぇ。もういつ止まってもおかしくないって、先生は」

 

 儂も彼女も、いやに冷静だった。

 ここが終着点なのだと。そう言われてなお、そんな彼を目の前にしてなお、儂は落ち着いていた。

 

 知っていた。

 その生は短いものだと。

 貧弱な肉体だと。

 であればこそ、これは遅からず起こっていたかもしれないことだ。

 

 知っていて、それでも儂は止めなかった。

 こうなるかもしれないと、分かっていて止めなかった。

 

 だから、これは仕方のないことなのだと。

 無意識のうちに、そう言い聞かせていた。

 

「手を、握ってあげてくれませんか」

 

 ()()わかるはずだからと。

 言われなくてもきっとそうしていたのだろう。聞くとほぼ同時に自然と体は傍らへ向かっていた。

 

 ここまで近づいてなお、なんと呼気の弱いことか。

 横たえられた手をそっと握る。すると、うめくような声を上げて、彼はこちらを向いた。

 

「ぁ──爺さん、だろ」

「……バカ野郎。どれだけでけェ怪我負ってんだ」

「シシシ……今回のは、ちょっと、がんばりすぎた……」

 

 もうまともに笑うことさえできないのだ。

 漏れ出たような笑いが、()()()()()さえ苦しいのだと教えてくれる。

 

 それでも。儂は会話をやめられない。

 

「ンで? 今回は何とやりあったんだ。護衛依頼ごときじゃ大したモンは出てこねェだろうがよ」

「俺も、そう思ってたんだけどなぁ……」

 

 小さくむせた彼の口から、血が流れ出る。

 

「突然風がつよくなってよぉ……でっけぇ灰色のりゅうに襲われて……」

「そりゃァ──」

「強かった。すげえ、強かったんだ」

「……そうかい」

「おっぱらえないか、やってみたけど。すぐむりだって、分かっちまった」

 

 だけどな?

 ほとんど止まりかけの息が蘇る。

 

「やられっぱなしはいやだったから……やれるだけやってみよう、って、そう思って」

 

 イテテとうめき声を漏らしながら、彼はのそのそとベッド脇に備えられたテーブルへと手を伸ばす。

 小さな包みを持ち上げようとして、つかみきれずに下へと落とす。

 

 包みから現れたのは、ほんの小さな、けれど存在感のある棘のような何かだった。

 

「……本当にバカだよ、テメェは。ンなあぶねェのを相手に真正面から突っ込んだな?」

「すげぇだろ……? 頭に良いの入れてやったんだ……!」

 

 どうやら火事場のなんとやらでへし折ったらしいそれが、何のモンスターの角か、儂は知っている。

 それがいかに無茶で、無謀で、そして奇跡に等しいことなのかを、この世界の人間は知っている。

 

「頼みが、あるんだ」

「……なんだ?」

 

「そいつでさ、嫁さんにお守り、作ってやってくれよ」

「そういうのはテメェで守るもんだ。お守りなんぞに頼ってんじゃねェ」

「爺さんは、厳しいなぁ」

 

 彼の手を握る両手に力が入る。四本じゃ足りないから八本で、今にも抜け落ちそうな彼の手を必死につかむ。

 

「なぁ爺さん」

「おう」

「俺は……()()()()()()()になれたかなぁ?」

「ハッ、生まれる前にくたばる親父なんざ呆れてものも言えねえよ」

「は……違いないや」

 

 けれど。たとえ生まれる前にいなくなるような父親だったとしても。

 

「まぁでも、カッコよかったんじゃねぇか」

「──そっか」

 

 満足そうに息をつく。

 

「そりゃ、光栄だ」

 

 吐息はいつしか止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁなぁじーちゃん」

「あ……?なんだ坊主」

 

 見慣れない子供だった。見たところ七、八才くらいか。

 というかどこから工房に入ってきたのか。顔を上げれば、工房のドアが半開きになっている。この前直したばかりだから、子供に開けられるとは思えないが……

 

「……まァいいか。ンで?何しに来た?」

「武器!武器作ってくれよ!」

 

 無邪気に言う子供の姿が、いつかの記憶を呼び覚ます。

 あれからちょうど百年くらいは経つのだろうか。

 

 なぁなぁと袖を引っ張る子供をよそに、儂は少し思い出に耽ってから、「そうだな」と少し考える素振をして。

 

「分かった。ちょうどいいのを作ってやらァ」

 

 そう、頷いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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