「まず、このチーム戦は昨日までの個人戦とは別物です。
「一年生にヴィランを当て、戦闘技術の低さを個性でカバーさせた。その結果、多くの一年が個性を大げさには使えなくなりました。
「足枷、と言えなくもない。だけど、それには二つの理由があるとボクは見ています。
「一つ、未熟な一年生に個性を暴発させない画面映えを狙ったもの。せっかくの雄英体育祭に、不格好な個性は不必要だと判断した。
「もう一つは、救助者を抱えた三年生と二年生がどのように行動するのか見せたかった、ということですね。
「ま、キミはクラスメイトに戦闘を任せて上手く立ち回ったんでしょう? 実戦なら役立たず、臆病者と謗られただろうけど、ファイナリストに成れなかったクラスメイトにとっては目立てるチャンスを作ってあげられて良かったじゃあないですか。
「ところで、なんでキミはヴィランを目の前に個性の使用を控えたんですか? もしかしてこれから本番だから温存した、とか腑抜けたクソみたいな理由じゃあ……ないですよね?
「ま、ま、良いさ、良いよ、大丈夫、キミみたいな間抜けはプロにもいっぱいいますから。フォローするなら……雄英で良かったね、矯正してもらえるさ。
「話を戻すけど、このチーム戦の最終目標には、気づいていますか?
「最後まで生き残る……。おかしいですよね、チーム戦? 一人欠けた時点で三人チームではなくなってしまうから敗退のはず。一人でも生き残るならゲリラ戦を見ようとしている? 違う違う、さあ、ここからだ、面白くなりますよ」
策束は笑って、携帯端末からどこかに通話をかけるようだ。
「こちら策束。爆豪チーム、合流しよう」
「爆豪……? だって……ダイナマイトは」
「ダイナマイトチームは主力兼リーダーを失って、残るは要救助者と爆豪のサイドキックを残すのみ。相手がヴィランなら要救助者は人質として見ることもできるけど、どこかの事務所のヒーローだと見れば、あなたはどう判断します?」
天犬は思考を巡らせた。そんなルールはないからだ。相手を倒せば勝ち……だと思っている。否、思っていた。
「ボクの判断は、ほかのチームを纏め上げて、一つのチームを作り上げること、だ」
「そんな勝手な!」
「ですね。だけどルールには明記されていない」
天犬があまりの拡大解釈に難色を示したのも束の間、策束は本題と言わんばかりに指を広げた右手を天犬へと向け、言葉の端々にその指を折り始めた。
「ヴィラン襲撃、ヴィランから要救助者を護衛しての移動、要救助者のトリアージ。この三つは、雄英のお膳立てだ。それらにはヒーロー事務所からヒーローを派遣し対処する。そして崩れていくチームが、一つ目標を前に他のチーム事務所が手を取り合って戦力を統合。……奇しくも、先の大戦の準備段階がなぞらえてあるんだよ」
その説明を噛みしめている天犬の頭上で、策束は「という解釈もできる」と小声で呟いた。
「なら雄英の本当の狙いは──」
「またあのような非常事態が起こったときに、ボクらにそれらを解決できる能力があると証明すること」
天犬は押し黙り、呆然とした様子で策束を見上げるのみとなった。
その様子に、今度は逆に策束が冷静さを失わせる。
「えっと、どうしました? なにか不足が……?」
「いえ、なんも……ないっス……」
立ち上がった天犬は策束を見下ろした。だが、その目に侮蔑の色はない。
策束の代わりにビルの隙間から顔を出して、指示を受けながら走り出す。
「なら急ぎましょう。気になったことは道中で。緑谷たちが最大派閥を組むと取り入る術がない。敵対チームを倒すのはルールの前提ですからね」
「どうすんスか」
「爆豪チームと合流したあとは、心操チームと合流します」
天犬は息を呑んで策束を振り返った。
そこには、不敵な笑みの策束がある。
「ええ、心操は信用しないように。物間潰したのアイツでしょう? 本当──やってくれたよ。キミの判断で心操を落とすのは構わないけど、彼のサイドキックは戦闘個性。長引きそうなら大人しくしておいてください」
「仲間割れも許容するって言うんスか」
「なんか天犬くんキャラ変わってない?」
「先輩ほどじゃないっス」
「まあ、良いですけど」
合流地点らしき場所には、すでに爆豪と心操のチームが揃っていた。爆豪チームの二人は天犬の姿を見つけると顔をしかめて警戒し始める。
「物間のことは悪かったな。隙があまりにもデカすぎて」
「ええ、気を抜いた彼が悪い」
策束は気兼ねする素振りもなく心操と会話を行っている。天犬が警戒を強めたが、《洗脳》された気配はなかった。
彼の様子を見て、心操は小馬鹿にするように笑った。
「今度は警戒してるんだな、一年。入れ知恵したか、策束」
「まさか。ご自身の高名を自覚したほうが良いですよ、ペルソナコード」
「いまここで脱落させたほうが良いんじゃねぇかと思うわ」
「あははー。まああとでね。や、真堂さん、さっきぶり」
策束は爆豪を失った爆豪チームにも挨拶をして、さきほど天犬に行ったような説明をかいつまんで行う。
「爆豪がいるとこの作戦はとれなかったですからね。優勝したし、十分目立ったでしょう、彼は」
悪戯っ子のようにくすくす笑う策束に、さきほどの妖艶さはなかった。
真堂と二年生も納得したのか、心操チームも入れて七人でべつの地点へと向かう。
「耳郎と青山は? 爆豪と組んでただろ」
「だからだよ。爆豪を速攻で落としたボクらを仲間に入れるわけがないだろ? 三チームの合同とは言っても、爆豪と物間がいない以上、組むメリットが一段低い」
じろりと策束が睨みつけると、心操はそっぽを向いた。
「物間の《洗脳》で爆豪を下し、その《洗脳》で物間を捕縛。まったく、強かになっちまって」
「戦闘個性じゃないからな、いざってときは常に用意しているさ。つぎは?」
「B組に声掛けはしていますが、ダメなときはデクと組みます。《ワン・フォー・オール》が弱体化したおかげで決戦のときのような無茶はすくなくなりましたからね」
「それよくわかんないんだよな。本当に弱体化してんのか、【あれ】で」
一年・二年と違い、心操は何度か緑谷とも授業を通して訓練を行っている。それに学外でのデクの活躍は聞き及んでおり、ヴィランの逮捕件数もプロヒーローに劣るものではない。
策束視点から見ても、オールマイトが出力の落ちた《ワン・フォー・オール》で天候や地形を変えていたが、それと比べれば大きく落ちた。
だが、入学当初の骨折を伴う超パワーは失われようとも、当時の爆豪を上回る身体能力の向上(デクの言葉を借りるならフルカウル五パーセント)は維持されている。
今後の継承者はそこから《ワン・フォー・オール》を組み上げていくのだろうと、策束はなんとなく理解していた。
説明を聞き入っていたチームメイトを代表して、真堂が質問をする。
「先輩が、継承するってことにはならないんですか……? できるんですよね?」
「する理由はないですよ。逆にしない理由なら挙げられますが。それを語るには時間が惜しい」
腕時計を見せつけ、三チームは移動を開始した。
策束の向かう先には、火柱が何度も上がっている。一歩踏み出すごとに気温の上昇が伝わってくる。
「地面に手を近づけてみて」
「わ! 冷た!」
コンクリートに触れた真堂が慌てた様子で手を振った。
心操はペルソナコードを調整し直し、口の端を僅かに上げる。
「骨抜対策に轟が地面を冷やしたんだろ。泳ぐには厳しい水温だ」
「泳ぐ?」
「B組の骨抜ってやつがな、地面を柔らかくしてその中をめちゃくちゃ速く泳げるんだよ。俺の《洗脳》も届かないから、もし骨抜が轟に勝っていたらちょっとだけまずいことになる」
「心操が物間倒しちゃうから」
「もう言うなって。油断しているアイツが悪い」
「あとでフォローするこっちの身にもなれ」
笑って心操から離れる策束の表情は、振り返ったときには警戒するための残心へと代わっていた。
その変貌ぶりを見ていた天犬は、二人の雰囲気に呑まれぬようにと気を引き締めた。
「そんな警戒しなくて良いですよ、心操がボクらを《洗脳》するときはキミからです。ボクのことはフィジカルで圧倒できますからね」
「……その、敬語……」
「おや、ボクが話しているように聞こえましたか? 口元が見えないのなら話さないように」
忠告を受け、天犬は押し黙る。
敬語を使い始めた策束が、別人になったかのような錯覚をずっと感じている。
──無個性ヒーロー、フェイカー。本名、策束業
不安抱える避難生活の始まりは、彼の記者会見から始まった。
謝罪もなく始まった会見で、淡々と状況を説明する彼の顔に張り付いていたのは笑顔だ。ずっと、ずぅっとにこにこと笑っていた記憶がある。
良い印象を抱いた人間などいないだろう。いつぞか、卵をぶつけられたというニュースを見たときはいい気味だと思ったくらいだった。
毎日、毎日、自身と大した年齢の変わらない無個性がヒーロー面してエンデヴァーたちの功績を読み上げている。
なにさまだと大人たちも言っていた。
公安の回し者だと言っていた。
なのに、この凄みは……なんだ。
「──間に合った。さあ、フェーズツー、状況を開始する」
不安に足元が揺らぐというのに、それでも、彼の策略は三年たちを手玉に取るように進んでいった──。
開始十分後──。
たった十分後には、十六チーム中、半数の八チームが脱落し【四チーム】になっていた。
大筋の狙いは策束が語った通りで、いくつかのチームが協力したまま、それを継続しているに過ぎないのだが。
轟・飯田・緑谷の三チーム合同が特出するほど強力で、そのチームに対抗するために周囲のチームがしかたなく手を取り合っている印象があった。
ビッグスリー候補ながらどちらも最終トーナメント初戦負けのベスト十六。そのおかげで二年・一年とトーナメント上位が固められている。
とくに飯田と轟の合体必殺技と言うべき移動方法はあまりにも法外であり、もはや兵器のような威力だった。
会場の端から端まで一分と掛からずビルをなぎ倒して走り続け、近くを通る衝撃波で吹き飛ばされる。
会場の中央であれば、加速が足りずにそのような速度は出せなかっただろうが、彼らの狙いは端で脱落者を待つチームだった。
結果、拘束を待たずして退場という名の搬送者は十人を超す。
チームメイトを守れず八百万・黒色・小森の三チームはリタイアを宣言。本人たちは無傷であるため、轟をして流石だと言わしめる──が、一人その報を聞いて頭を抱えていた。
「ごめん、負けたかもしれない」
「やっぱり八百万が協力者だったか」
「というより、ヤオモモに言えば味方になるだろうと思ってた。そうすりゃ六チーム合同。耳郎と青山も味方に引き込みやすくなる──はずだったのに……」
「結果が【これ】だけとは……」
歯のように見える唇を鳴らし続ける骨抜。チームメイトが炎を使う個性であったため、いまは焚き火で身体を温めている最中だ。
彼のチームメイトの話では、骨抜と小大の連盟で挑んだものの地面が氷で冷やされ、その隙をついて分断。骨抜の個性が十全に活かせればフォローできた距離で、小大チームは全員が捕縛されたという。
骨抜が寒さに耐えながら呟いた。
「轟……アイツ絶対一年のときのこと根に持ってる……」
「そうなのか?」
「講評で氷より炎のほうが良いって言ったんだよ……氷は《柔化》できるから相性悪いぜって……まさか地面の中身を凍らせるなんて……」
抗ったんだけどなと自嘲した骨抜はどこか疲れており、憧れのような視線をいまも戦い続けているヒーローたちに送った。
彼の視線の先では、巨大な《ダークシャドウ》が轟の炎と相対している。
そんな彼に声を掛けたのは、心操でも策束でもなかった。
「諦めるにはずいぶんと早いな。らしくないぞ、骨抜」
「鱗? 隠れるって言ってたのに」
「速攻で麗日に見つかった。戦ってたら俺らのチームメイトが轢かれて離脱してな」
「あの二人絶対許さん!! というわけで、策束くんに作戦を考えてもらおうとね」
鱗と麗日という珍しいどころか初めて見る組み合わせで、物陰から姿を現した。背後にはチームメイトらしき三人の姿。
「これで十二人、ふふふ、ラストスパートかな」
「耳郎ちゃんは?」
笑顔の策束が固まった。
事情を知らぬ天犬が麗日に対して事情を語ると、彼女は頬を緩ませながら口元を両手で隠す。
「と、とにかく。ええと、轟チームが九名。ボクらが十二名。常闇、耳郎、青山が全員生き延びて九名だと想定して総勢三十名」
「これ雄英の判定的にはどうなんやろね?」
「さあ」
策束は肩をしゃくって答えた。その返答に驚いたとは天犬で、思わず身を乗り出して策束へと詰め寄る。
「あ、あんたが考えた作戦じゃないか!」
「作戦通りには進んでますよ。なんだったら麗日が加わったことで想定よりも良い状況だ。で、麗日の質問は、雄英がこの状況を許容するか否か……どうでしょうね? 協力は想定しているでしょうが、最後の一チームになるまで戦えってアナウンスが入ってもおかしくはない」
鱗と麗日は揃って顔を見合わせた。
二人は休戦して策束たちと合流しただけであって、最終的にはお互いを倒す気でいるからだ。
察した骨抜がようやく立ち上がって、借りていたコスチュームを後輩たちに返却する。
「ルールの穴だな。最後のチームになるまでって言葉を広く受け取って、雄英側に無理矢理条件を飲ませようとしてるんだよ、策束は」
「はー……身体温まった途端に柔らかな思考」
「柔軟やねぇ骨抜くん」
骨抜柔造──個性《柔化》。触れたものを泳げるほどに柔らかくする。本人もとても柔軟な思考を持つ三年A組のエースにして、ビッグスリー候補の一人。
空を支配すると自負する天犬にとっては、爆豪以上にやりづらい相手だった。
「天犬鴉くんだよね。優勝おめでとう」
「うっス」
それでも、敵愾心だけではないものがある。
憧れのヒーローたちに名前を覚えられるのは、満たされるものがあった。
嬉しくなって視線を逸らしていると、急に背後から引かれて数歩よろめく。そのスペースに無理矢理潜り込んだ策束が、骨抜を睨みつけるように笑っていた。
「裏切りは無しだ。ボクの読みが外れるまでは」
「外すなよ? じつは俺も勝ちたいんだ。ヒーローの……フェイカーに」
天犬に向けられていた手が、策束の胸を叩くに終わった。
それを見ていた鱗も、同じように策束の胸に拳を当てる。
「雄英入試のとき、覚えてるか? 俺は一生忘れないぜ……本当は諦めてたんだ。こんな個性じゃヒーローになんてなれるわけがないって。だけど策束、お前が俺の手を取った。俺は見返したい……いや、違うな」
頭を片手で掻き、視線を彷徨わせる鱗。たっぷりと時間を掛けて、彼は正しい言葉を見つけた。
「──お前に、認められたいんだ。……行こうぜ骨抜、一番槍は俺たちがもらう」
「日本語ずいぶん上手くなったんだな、鱗」
「いやそれポニーだから。小学生から日本語使ってんだよこっちは」
冗談を言いながら進む二人の、その表情を天犬は見ることはなかった。
だが、纏う空気が一変したのは理解していた。油断が消え、たとえ背後から攻撃したとしても、天犬程度では傷一つつけることは叶わないだろうと感じる。
感心する天犬をよそに、策束は胸を指で掻いて進む。伝えるべき言葉がわからずにボディーランゲージを行う子どものようだった。
「……なんですか麗日先輩」
覗き見するような麗日と視線が合い、策束は顔をしかめて歩き出す。
「なんていうか、みんな大人になったねーって」
「そうですか、先輩」
「あ、敬語やめて」
「合法ですよ」
「違法の敬語なんてないやん」
「そりゃあそうだ」
「爆豪くんが最初に脱落って聞いたときは驚いたけど……どんな手を使ったの?」
「ふふふ、なんとボクはなにもしてないのだ」
「嘘でしょ」
「本当本当。なぁ、心操」
話しかけられた心操は、興味なさそうに歩調を早める。
先陣を切る二人が速度を上げたからだ。戦闘はすぐ。
「心操くんと爆豪くんが真っ先に呼びかけてた。策束くんを最初に潰すべきやって」
「やるねぇ心操。麗日も気を付けな、アイツ、全勝を目指してる」
「せやね」
二人は拳を合わせ、心操を中心に左右に展開していく。
天犬は策束のあとをついて、ビルとビルの間の細道へと入っていった。
「あの……さっきの……」
「ん?」
携帯端末を操作しながら歩く策束に、天犬は声をかけた。
「ダイナマイトが、あとあのペルソナコードが……あんたを真っ先に潰すべきってのは」
「あー、物間は曲者。キミは一年優勝者。で、ボクは無個性。物間を最初に潰せば──」
「違いますよね」
一瞬、策束の指が止まった。振り返った策束の顔には、笑顔が張り付いている。まるで、能面みたいだと天犬は思った。
渇く喉に唾液を送り言葉を繋げる。
「……ファントムシーフが《洗脳》を《コピー》する時間なんてなかった。俺の個性で移動して、ダイナマイトは先輩を警戒していた。その隙に接触……。すべては、ダイナマイトを潰すために」
「まあ、良いさ、ボクらは後詰。ひまだからね。続けて」
「ダイナマイトは、そのリスクを考えなかったんですか? そのリスクがあっても、先輩の警戒を優先したんじゃないんですか」
「無個性と? 一年優勝者のキミを並べて? 根拠が薄いね」
「根拠ならあります……。俺が……そう思ったからです」
雄英体育祭一年の部優勝者──天犬鴉。
強くなりたいと思い続けてきた。強くなれば家族を、家を、街を、日本を、守れる男に成れると思っていた。
実際、彼は勝ち続けた。
頑張った。結果を残した。
褒められるべきだ。尊敬されるべきだ。
そう、思っていた。
なら──自分は果たして、ほかの人を認めていただろうか。
「ダイナマイトは、先輩を認めてる」
「ははは、そんな殊勝なやつじゃあないですよ。あいつは特別視野が広い。見通しも立てている。作戦の狂いを嫌ったんでしょうね」
さきほどのリスクの話にも繋がる。策束を狙うことで生じるリスクを、作戦を狂わせるようなリスクが上回った。
それは──つまり。
「ダイナマイトは……あなたに負けることを見越していた?」
「惜しい」
顔を上げると、策束は笑っていた。
天犬の頭を撫でた彼は、視線を戦闘地帯へと戻す。
そこではすでに轟、飯田の二人が、鱗・骨抜チームの五人と向き合っていた。近くには拘束されることなく地面に倒れ伏す常闇の姿があった。
「私個人ではなく、いまのようにチーム戦になったときに集中砲火を嫌ったんですよ。私なら舌先三寸で爆豪対ほかのチームを対立させることができると思ったんでしょうね。いま一歩の踏み込みが足りませんね、天犬くん」
「……そうなんスかね」
「私に負けることを想定するなら、真っ先に落とすべきは物間です。ですが爆豪が最初に狙ったのは私。ふふふ、爆豪も温いことをする」
理に適っている話だと思う反面、本当にそうなのだろうかと疑問があった。
だが、それ以上の思考は許されなかった。
戦闘地帯に向け、策束がまるで横断歩道を渡るような歩調で進み出たからだ。左手を半端に上げて、ひらひらとそれを轟たちに見せびらかす。
「さすがに危ないからさ」
常闇の胸倉を掴み、彼を引き摺って元の位置にまで戻ろうとする。
それは、緊張した面持ちのファイナリストたちには徹底的な隙となった。
「なにしてんだ! 早く追いかけろ!」
轟の声に飯田はすぐに反応した。だが当の轟の視線は、鋭く心操へと向けられている。そして飯田は泥濘に足を取られて身を守ろうと両手を地面に付く。彼はすぐに、地面の冷たさに喘ぐことになる。
「インゲニウムゲット! ロン!」
「龍帷子だ!」
固めた地面を骨抜と鱗が駆け抜ける。轟が生成した氷を、鱗が飛ばした《鱗》で局所的ながら砕き続けた。
飯田のために封印していた炎へと切り替え、轟は三人を巻き込むように放つ。
「なめんなよ」
演舞のように腕を振るった鱗を中心に炎が散った。
「こっちは凡骨の意地背負ってんだ。やるなら全力でやれよ」
「なめたわけじゃねぇが……」
「行け! マッドマン!」
飯田に向かう骨抜を守るように、鱗が立ちふさがる。
彼が言ったように鱗は平凡だ。B組の回原、泡瀬、円場と揃って常識四天王と揶揄されるほどに目立った成績も、尖った思想もない。
それでも、雄英入学以来、ただの一度も諦めてないヒーローの一人だ。
「──死ぬなよ」
場は十分に冷え切っている。そこに限界まで熱した炎を加えればどうなるか。
「《赫灼熱拳》!!」
「それを舐めてるっつーんだ!!」
向かってくる鱗を巻き込むように爆炎が空へと奔った。風が砂塵を生み、それでも轟は爆心地を睨み続ける。
そしてそこには──だれもいなかった。
予想だにしていない光景に、轟は跳ねるようにその場を離れようとした。だが、足を泥に取られて沈み込んでしまう。
咄嗟の判断で、足元に氷を出現させ泥から抜け出す。
「冷たくねぇ……! クソ!」
封印していた炎を上手く利用された。その悔しさと、飯田を自身のミスで奪われたことに大きな悪態をつく。
「その口の悪さは直しておけよ」
《柔化》が解除され、ガラスのように融解した地面を割るように歩く三人を見る。
「ここで来るかよ……策束」
「おいおい、一年の一位と二位がいるっていうのに、ボクを警戒? ははは! 足元掬われちゃうぜ?」
そう言われても、轟は策束を鋭い眼光で睨み続けていた。
天犬鴉──個性《天狗》。
真堂真──個性《揺らす》。
そのどちらも強個性であり、警戒すべき二人のはずだ。
「だからって、お前を警戒しない馬鹿は三年にいねーよ」
「あはははは! 良い加減わかってくれよ。ボクがすごいんじゃあない。能力ってのは正しい場所で発揮すれば状況は回る」
策束は笑って右手を下げた。視線をすこしだけ下げて、地面の揺れを感じる。苦悶の表情で個性を発動させていた真堂の妹だったが、それは十秒ともたず、おまけに揺れも弱い。
本命──轟は空に向けて炎を飛ばした。
(フェイントも効かねぇのかよ!)
策束の腕の向きと真堂の個性で、視線と意識を逸らしたと思った。しかし、弱い揺れが逆に警戒を増してしまった。
轟の反応速度に天犬は対応出来ず、思考が遮られ空中で固まってしまう。
だが、その炎は命中することなく霧散していく。
「たーっち!」
「麗日!」
地面から【這い出た】麗日の手は、轟に届いていた。
炎と氷でバランスを保とうとするが、すぐに周囲のファイナリストたちによって阻まれる。
くるくると回る視界で、それでも轟は策束を見た。
まるでもう、用がないと言わんばかりの背中だ。
血が沸騰するほどに怒りを覚える。
「赫灼熱拳──燐」
「逃げろ!!」
その続く言葉を予想した策束は、恥も外聞もなく駆け出した。
数舜、轟は口を開けて呆気に取られ──笑った。
「あははは!」
「え!? 笑った!?」
「ショート可愛い!! 好きぃ!!」
麗日は轟の笑い声に驚き、真堂は顔を真っ赤にして喜んだ。
「逃げろって!!」
「逃がさねぇよ」
悲鳴のように叫ぶ策束を見て、笑いは深くなる。
轟にとって個性は呪いだった。
《半冷半燃》の半分という話ではない。
荼毘の話でも、ない。
みんな頑張って、努力し続けたからこそ、狂ってしまった。
轟炎司がもっと自分を大切にしていれば。
轟冷が氷叢のために身を犠牲にしなければ。
二人の間に、愛などなければ──。
轟燈矢が父に憧れなければ。
彼の個性の欠陥が、命を脅かすものでなければ。
燈矢にヒーローを諦めさせようとしなければ。
瀬古社岳に迎えに行けていれば──。
(俺の個性が親父を……燈矢兄を……押し上げちまった)
もし《半冷半燃》がなければ個性婚など無かったかのような、幸せな家庭だったのかもしれない。炎司と冷は不器用な個性を持った子どもたちを見守りながら、「炎と氷は相性が悪いね」などと笑っていたかもしれない。
完璧な調和の《半冷半燃》は、次代のヒーローを願う希望の光は、だれも望んでいなかった最悪の個性。
本当に逃げられないのは、自分なのだ。
それでも笑っていられるのは、策束のようにヒーローを心掛けているからではない。
守りたいものがあるからだ。
家族が、仲間が、大切な人たちがいるからだ。
『期待も、不安も、全部抱えて飛んでみせましょう』
友人の言葉を噛みしめる。
足りないと分かっている。覚悟も、向き合っていた時間も、なにもかも。
この一年で、すこしは埋まっただろうか。
「──大氷海嘯」
空中に浮かぶドローンすらプロペラが凍り付き、観客たちが見ていたモニターは固定の数台カメラ以外の視界を失ってしまう。
なのに、見えてくるものがある。
観客たちの心に産まれたのは、とある文言。
曰くその男は、災害から千人を救出した。
曰くその男は、ヴィランを一万人逮捕した。
曰くその男は、拳の一振りで天候を変えた。
男の名は──平和の象徴、オールマイト。
その鱗片を轟焦凍は見せつけた。
『坊や、聞こえてる? というか生きてる? 援護はもうできないわよ』
「は……い……」
凍ってしまった服を割ることができずに、策束は不格好なポーズでサイドキックに返答した。周囲を見渡し氷の世界を見る。
麗日や真堂など、周囲の面々は策束と同じように動けなくなっていた。骨抜は《柔化》することで抜け出せるが地中の温度はさきほどより低いはずだ。
「悪かったな」
轟が策束の背後から声をかける。その足取りはひどく重く、薄氷を砕くような足音が周囲に響いていた。
浮く身体を、無理矢理地面に縫い付けている。
そこまでしてなぜ対面を選ぶのか。
それは笑顔の轟が語ってくれた。
「ずいぶん待たせちまった」
「なんだそれ」
「追いついたかもってことだ」
「周回遅れって言ってる?」
動かぬ腕に手錠を掛けられ策束も笑い返そうとしたとき、口を氷で塞がれた。
轟は策束の肩を二度叩く。
「まだ敵はいるんでな」
鼻息で返事をする策束に対し、轟はもう一度声を上げて笑った。
改めて空にいる天犬を見上げたが、コスチュームは霜が降り羽根の動きも悪い。
麗日の《ゼログラビティ》の影響を受け轟は空へと昇っていく。
慌てて個性を解除する麗日だったが、上昇できぬ天犬はすでに轟の制空権を握られていた。
落下する轟と天犬との間には、細い氷の糸が張り巡らされていた。
轟の体重を支えても砕ける様子はなく、天犬ともども地面へとゆっくり落ちていく。
「一番に成りてぇんだろ、一年」
身体も空気も冷え切っているのに、その言葉だけで心が真っ赤に燃えた。
氷の割れる音とともに、天犬は大きく翼を広げた。
黒い短髪も巨大な羽根も、瞳すら、爛々を黄金に輝いている。
彼の周囲に舞う氷が、風に乗って光を反射した。光の反射は自然現象だが、風を起こしたのは天犬の個性。
本来であれば見えない念力はすでに轟の知覚の内にあり、轟自身には、万に一つの油断などない。
天犬が優勝者だから、ではない。ファイナリストだけの空間だから、でもない。
この学校にいる全員が、ヒーローを目指す全ての人が、諦めることのない大馬鹿野郎だと叩き込まれてきたからだ。
「うぉぉぉおおおお!!」
雄叫びを上げ轟に向かって落下する天犬。
受け止めてねじ伏せようとした轟は、慌てて天犬から距離を取る。
天犬も一瞬遅れて、会場に響き渡る【警報音】を認識した。
(これ、訓練の……!? ヴィランってことか……!?)
天犬が周囲の確認をしようとしたころには、轟は周囲の氷を溶かし始めていた。もっとも範囲が広大で溶かしきれるわけがない。
だが、轟にとっては一部で十分だった。
「策束、麗日」
「ボクは要救助者。手錠かけられてる」
「あ、そっか……ウチらだけでやるしかないね。天犬くーん! なにか見えるー!?」
「骨抜たち溶かしてくるけど、どこにいるんだ……?」
「あー……怒らない?」
「なんだ」
「緑谷たちの確保に向かってる。で、たぶん全員、要救助者」
「やってくれたな……」
矢継ぎ早に行われる会話に、天犬は目を白黒させる。
警報音は収まったが、それでも麗日に指示を受けたため、懸命に周囲を見下ろして警戒していた。
その間に氷から抜け出したファイナリストが集まって、今後の状況を相談し合う。
手錠を掛けられたメンバーも揃っており、その中には爆豪もいた。リタイアする以外は会場に残されている、という設定のようだ。
その証拠に、雄英高校の教師が現状のアナウンスを行い始めた。
『雄英敷地内にヴィラン侵入。訓練を中止せよ。繰り返す。雄英敷地内にヴィラン侵入、訓練を中止せよ』
『リタイアした者は会場の外でそのまま待機。そして拘束された者も、そのまま待機よ。あら、ヴィランに見つかったら大変ね。ヴィランがその場に到着までおよそ五分。どうするのかしら』
『……ほら相澤くん台詞、台詞』
『チッ!』
『なによその舌打ちは! 生徒たちの親御さんに聞こえてるわよ』
『……大変だー……ヴィランがー……うわー……』
『ぶは、はははは!』
『ふふ! オールマイト先生ダメですって笑ったら!……ふ、あはは!』
『ミッドナイト先生だって』
『うわーって!』
『うるさい! いまからオールマイト先生が【フル装備】で向かう! ファイナリスト! 絶対に勝て!』
『あ、うん、じゃあ向かうね』
『はぁい。えーっとそれじゃあ、いまからオールマイト……いえ、ダークマイトの到着予定は五分後。頑張って倒してね』
『雄英高校は負傷に対して万全を期している。腕が捥げても手加減しないように。だが怪我はするな、放送できなくなる』
苛立った相澤が通信を切ったことで、聞き入っていた一年、二年たちは呆気に取られた。
一転、三年生は放送が終わった途端に騒ぎ出す。
「出久てめぇなんで負けとんだ!!」
「言い訳のしようもないです……心操くんが上手でした……」
「……ああそうかよ」
「それ、だけ? えっと、もしかして──」
「てめぇなんでこんなときだけ察しが良いんだよ! んで! どうすりゃ良い、策束」
固まっていた後輩たちが、ダイナマイトが真っ先に無個性である策束を頼ったことでざわついた。
だれよりも動けなかったのが天犬だ。
いまさら策束の能力を疑っているわけでも、自身が尊重されていないことでもない。
「オールマイトと……戦うんですよ」
三年生──否。あの【決戦】を経験した者たちは、その発言を聞いて首を傾げた。
「「「だから?」」」
その返答を聞き、策束は歯をむき出しにして笑った。
「残り四分半! 生き残りのメンバーは戦闘組と護衛組に分かれろ! 護衛組はボクらに傷一つ付かないように! 逃げ遅れた一般市民だ! これを見ているやつらに、自分がどれだけ安心を齎すかを証明しろ! 戦闘個性はなにがなんでもダークマイトを叩き潰せ! 一年二年関係ねぇ。ヴィランが自分より強かったら引き下がるのか? はいどうぞと財布を差し出すか? ヒーローだったら泣いている人を一人でもすくなくするために戦え!!」
怒鳴り声を収め、今度はまるで歌うように優しい表情を浮かべる。
「さあみんな──ヒーローに成ろう」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
オリキャラ二名登場しておりますし、世界線はあまりにふわっとしています。本当に「もしも」の世界ということで。
無個性ヒーローの後日談は、原作完結後に書き始める予定なので、気してくださっている方はご一読ください。
アニメ7期、楽しんでいきましょう!