予防接種に行ったハズなのになんでVtuberになってるの?? ~地味女子JKは変態猫や先輩V達にセンシティブにイジられるそうです~ 作:ビーサイド・D・アンビシャス
六時間目の授業が終わった。
結局、早乙女さんの噴気は止まることなく、チャイムが鳴る。
たった今、放課後を迎えて、私はごくりと喉を鳴らす。
クラスのみんなが思い思いに動いて談笑する中、私は未だ動かぬ早乙女さんの動向を見つめ続けて。
――――がたり、と立ち上がった。
来る。
端がぐしゃぐしゃになってる教科書を置いて、早乙女さんはくるりと踵を反転。
大人っぽくて綺麗な巻き髪が翻って…………アレ?
てっきり私の所に来ると思っていた早乙女さんは、ずんずんと反対方向の、三波くんの席へ向かっていく……ってアレ?
思わぬ動きに訳分かんないけど、とりあえず私も席を立って早乙女さんを追う。
追いついて早乙女さんの肩にそろそろと手を伸ばす。
「ぁ、ぁの、早乙女さ」
「三波・来い」
え?
手が止まる。
早乙女さんの声色があんまりにも怒っていて、更にその矛先が……三波くん?
アレ?
後ろで困惑する私をチラッと見てから、三波くんは早乙女さんに問い返す。
「なんで俺だ? 姫宮さんなら……」
「いいから来いッつってんだろぉおおおおおおおおおおおクソ男があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼」
足が地面から浮いた。
早乙女さんの大噴火に、ただ圧倒されて、呆然とする。
クラスのみんなも同じで、もうドン引きとかそういう次元を飛び越えた何かの状態に、精神がぶち込まれる。
「ごるらああああああああああああああぁぁああああっ‼ 来い、こらクソボットが‼ ボケ面ぎゅああぁあああああああああああああああああああああ‼」
「んぱぁあああーーーー?」
ごぎゅん‼‼ と掴んだ襟首が1080度捻じり込まれ、早乙女さんは三波くんを持ち上げた。
椅子から。座った状態から。
早乙女活火山は「んぱー」と謎の悲鳴を上げる三波くんを引きずり倒して、教室を出ていった。
――――って! 見てる場合じゃないよ⁉
私はダッシュで追いかけ……早乙女さんはッッッや⁉
人ひとり引きずって走ってるのに、全然追いつけない。ていうか……階段でも三波くん引きずってる⁉
「さ、早乙女サァ――――――ン‼ まって、死ぬ! 割とマジで三波くん死ぬぅうううううううううううううううううううう‼⁉」
雑に運ばれたキャリーバッグ状態の三波くんは最後、早乙女さんにテニスコートにぶん投げられた。
ごろごろごろと転がり続けてから、すっくと立ち上がる三波くん――――に早乙女さんはテニスラケットを投擲した。
投げ槍の如きラケットを、三波くんは難なくキャッチして、
「勝負だ、三波ィイイィィィィ‼ 姫宮さんとランチした挙句、泣かせた報いを受けやがれぁぁぁぁああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
火山弾。
いや、それはテニスボールだった。
噴火と共に火山弾と見間違える程のサーブを放った、早乙女活火山。その球威に追いつこうとラケットを伸ばす三波くん。
だけど……三波くん側のコートに深い弾痕が穿たれる。
「
「伽夜ちゃん⁉」
いつの間にかテニスコートのネット付近にいた妹を呼ぶ。すると伽夜ちゃんはちょいちょいと私を手招きした。
三波くんがぽーんとサーブを打ち返してる間に、私はひそひそ伽夜ちゃんと話す。
「どぅいう状況なのコレ⁉」
「なんで当事者が知らないの」
「知る訳ないでしょぉ⁉」
てっきり早乙女さんは私に不満持ってるのかと思ったら、いきなり三波くんを引きずり出して。
そしてどっから持って来たか分からないテニスラケットとボールで試合始めて。
……ていうか、なんで三波くん、秒で適応して試合やってんの?
そして、なんで伽夜ちゃんここにいるの⁉
「お姉ちゃんの教室にある盗聴器に反応あって、ドローンで見てみたらなんか面白いこと起きてたからスタンバりました。で、これ何の試合?」
「もーやめて。これ以上、私に新情報ぶち込まないで」
盗聴器? ドローン? ねぇちょっと妹何ヤッテンノ? ていうか何の試合か知らないで審判やってるの⁉
「
テニスは第5セットまでやって、1試合。
一区切りついたおかげか、早乙女さんはさっきより落ち着いた様子で語り始めた。
「あんたは……分かってんの? 姫宮さんだよ? 居るだけで空気が和み、見てるだけで優しい気持ちになれる、あたしの推しクラスメイトと! 二人っきりで! ランチだぞ、ランチィ⁉ あんた、その希少さを分かってんのぉお⁉」
What are you saying?
ナァニイッテンダッ、コノヒトォ?
新情報をぶち込まれて、処理落ちする私の脳。
でも早乙女さんの力説は止まらない。
「それほどの幸福を教授しておきながらぁ‼ なんだあんた、そのシケた面ァ‼ もっと喜べよ‼ あた、あたしだったら! カレンダーに丸つけるのに! 記念日にするのにぃいいいいいいい!」
「待て早乙女、俺だって初めて声掛けられた時は嬉しかったさ。だって姫宮さんに限らずクラスメイトの女子と話すことって早々無くね?」
「だまれ童貞がぁ‼ あたしの推しメイトを‼ 汚すんじゃねぇええええーーー‼‼‼」
「いやまず推しメイトってなぁーにぃー⁉」
私、そんな扱いだったのぉ⁉
思わず口を挟んだけど、私の声は早乙女さんのサーブの風切り音で掻き消された。
初めほどじゃないけど、凄まじい球威を誇る早乙女さんのサーブ。今
度はそれをしっかり返した三波くん。
テニスボールが互いのコートで跳ねて打たれて跳ねて打たれて……ラリーと会話が続いていく。
「思えば今朝から嫌な予感はしてたよ! 姫宮さん、あんたのこと見てすごく嬉しそうだったし!」
「えっ、そうなん」
ちがぁああああああああああああうっ‼⁉
違うから! そういう目で見てた訳じゃないから早乙女サァン⁉
ラリーは続く。
「そんな訳ないって思ったよ。だからあたし、姫宮さんに『もう少し相手考えたら』って言ったよ! 三波なんかより、姫宮さんに相応しい相手はいっぱいいるから!」
あれ、そういう意味だったの⁉
「そしたらお昼、二人がいるとこ見て! ひめっ、姫宮さんがあんたにあんな近寄って! マジあんたのこと睨み殺してやろうかと思ったワ‼」
あれ、三波くんを睨んでたの⁉
「昼休み終わって、心配で見守ってたら――――姫宮さん授業中に泣き出して‼ あんたへの怒りで一杯になったよ‼ あんたが姫宮さんに何か言ったんでしょお‼」
あれ、私に怒ってたんじゃなくて、三波くんに怒ってたのぉ⁉
早乙女さんの打球が三波くんの逆サイドを突く。三波くんは腕を伸ばすけど、ボールは届かなかった。
「
猛る感情の昂りか、早乙女さんは肩で息をしている。
紅潮した頬を伝う汗を拭い去って早乙女さんが三波くんに告げる。
「三波! あんたがどれだけ姫宮さんを想ってるか確かめてやる! あたしが勝ったら、金輪際、姫宮さんとはお喋り禁止よ‼」
「ほぉ……どうやって確かめるんだ?」
ニッと笑って、三波くんは早乙女さんにボールを放り渡す。
あ、三波くん悪ノリしてる……すっごい笑顔浮かべてる⁉
伽夜ちゃんもなんか腕振ってワクワクしてる!
三波くんの問を受けて、早乙女さんの眼光がきらりと煌めく。
そうしてラケットでとんとんとんとボールをバウンドさせながら、
「ボールを打つ度に、姫宮さんの好きなところを言いなさい。ラリーが続いたとしても、好きなところを言えなくなった時点で……あなたの負けよ」
「面白れぇ……乗ったぜ、その勝負」
「――――乗るんじゃないよぉぉおおおおお‼」
切って落とされた勝負の火蓋に、私の叫びは届かなかった。