予防接種に行ったハズなのになんでVtuberになってるの?? ~地味女子JKは変態猫や先輩V達にセンシティブにイジられるそうです~ 作:ビーサイド・D・アンビシャス
『温かい……みんな温かいなぁ……ぅぅぅごめん、ほんとうにごめん……優しい、ほんとやさしいぃなぁみんなぁ――――おわり、たく、ないなぁ』
初配信。
『あのねぇ? いまわかったんだけどねぇ? ヒトってねぇ? のみもの飲んでるとき息止まるんだよぉ? しってたぁ?』
お〇っこ我慢スマブラ。
『先輩が……っ! 悪いんですよ、私、もう……もうっ‼ 我慢! しません‼』
ASMRコラボ。
『お母さん⁉ ねぇお母さん‼ 思ったよりキッツイし恥ずかしいんだけどぉ‼⁉ ぅ、くっ、ふぐぅ……ぁ、足とお尻プルプルして』
お絵描きセクハラコラボ。
『と、いう訳でな? 妾にとってクレア先輩は、その……頼りがいのある……ぉ、お姉ちゃんって言うか……そんな、存在……んぬぅにゃあああああ~~~~~!!!!』
お泊り振り返りコラボ。
それらの切り抜きを見せられた早乙女さんは、
「ばぶーーーーーーーーーーーーーー‼」
エビ反りブリッジで赤ちゃんになった。
……なんでぇ?
トリップしていた早乙女さんは我に返って、悔しそうに三波くんにスマホを返す。
「くっ……Vtuber初めて見たけど……良いじゃない」
「だろう?」
「というか本当に姫宮さんそっくりね。もはや疑似姫宮さんだわ。実質あたしは今、姫宮さんのお〇っことASMRを聞いたのと同義」
「だろうだろう。意外と似てるよな」
「特に心音最高。子宮の中で聞きたい」
「ごめん、流石にそれは分かんない」
ごめん、逃げて良いですか。
『あなたの子宮に入りたい』と言われて、膝が恐怖で笑わない女子高生いるでしょうか? いやいない。
「ふふっ……同じ産道通った」
ちょっと妹? どや顔でぽつり呟いても聞こえてるからね?
なんのマウンティングなの、それは。
「あの……それで早乙女さん。分かってくれた? 私と三波くんは、その」
「えぇ理解したわ。二人は【宵月レヴィア】の推し語りをしてただけで特に深い仲でも何でもないのよね」
「そ! そうなの! だから三波くんとは何ともないの! ただのお、推し被り!」
「そーそー、共にレヴィアたんを崇拝する堕天使の眷属さ」
「――――そぅ。なら良いのよ」
早乙女さんはスカートの汚れをはたくと、すらりと立ち上がった。
その立ち姿はクラスのみんながよく見知ってるテニス部のエースだった。
「三波、悪かったわね……それじゃ、あたし部活だから」
大人っぽい巻き髪を翻して、早乙女さんが遠ざかっていく。
さっきまで
ひ、ひとまず誤解は解けて良かった……私はホッと胸を撫で下ろした。
『姫宮さん授業中に泣き出して‼ あんたへの怒りで一杯になったよ‼ あんたが姫宮さんに何か言ったんでしょお‼』
え……? 一歩一歩小さくなっていく早乙女さんの背中を見てて、どんどん息がしづらくなる。
「なんで…………ぁ」
頭の中に浮かんだ早乙女さんの言葉の意味に気付く。
するり、と締め付けが弱くなる。
そっか、早乙女さん――――――
私が、泣いたから。だからあんなに怒って。
『課題忘れたバカメス生徒にも微笑んで写さしてあげてるの優しい素敵すっっきぃい‼』
ラリーと一緒に口走っていた、早乙女さんの言葉の数々が……頭の中でバウンドする。
『おにぎり食べる時、両手ではむはむしてるの可愛い!』
『話しかけられたら、びくって肩すくめちゃうとこ可愛い!』
『どんな用事も笑顔で引き受けてるの偉い1京点!』
『家がメテオで大変なのに! 毎日バイトと学校頑張ってるの尊いぃぃぃぃいぃ!』
見て、くれてたんだ。
おとなしくて、便利な『図書委員』の私じゃなくて。
早乙女さんはずっと、ずっと――――私自身を見てくれてた。
そんな人が、今、遠ざかろうとしている。
「ま……」
呼び止めようと、声を出そうとした瞬間。
『なんか姫宮さんらしくないね』
不安が喉に張り付いた。
『なんか姫宮さんらしくないね』
地味で暗いけど、おとなしくて便利な図書委員が。
クラスの才女に話しかけるだなんて。
そんなの――――らしくない。
「あ……」
伸ばした手が空を切って、踏み出した足が地面に縫い付けられる。
立ちすくんでる間に、早乙女さんはどんどん遠ざかって行ってしまう。
あぁ――――こわい。
ただ、ここから、おういって……声を掛けるだけで良いのに。
私は、どうして
「おーーーうい、早乙女ぇ! なんか姫宮さんが話したいってぇーーーー‼︎」
私の耳を横切った三波くんの声が、届く。
早乙女さんが大人っぽい巻き髪を翻して、こっちに向かってくる。
「……三波く、ん? なんで」
「へ? だって姫宮さん、レヴィアたんを布教したかったんでしょ? だからあんなもじもじしてたんじゃないの?」
――いや、違うねぇ⁉
なんで自分で自分を布教しなきゃいけないのかなぁ⁉︎
そんな当然みたいな目されても困るよぉ‼
そんな気も知らずに、三波くんはフッと目を細め親指を立てる。
「安心しろ……早乙女はもう堕ちかけ寸前。あと一押しですぐ【眷属】になる。奴をきっかけに、姫宮さんは布教の喜びを知るべきさ」
「ふ、布教って! ……そんなの何話したら良いか分かんな」
「普通に姫宮さんが感じた、宵月レヴィアの好きな所を言えば良いんだよ」
「む、むむ無理だよ! そんな、三波くんみたいにできないよ! それに私みたいな地味なのが、早乙女さんと話すだなんて……吊り合わないよ」
「吊り合わない、かぁ」
三波くんは顎を触って、考え込む。
私は自分で口にした言葉の苦みに、俯いた。
早乙女さんは美人でテニスも勉強もすごくて。私みたいなハブられ気味の図書委員とはキャラというか、立ち位置がそもそも違くて。
「それを決めてるのって、姫宮さん自身じゃない?」
爪先と地面だけの視界に、三波くんの眼差しが割り込んできた。
見開いた目がひやりと乾く。
しゃがみ込んだ三波くんは、私を見上げる目を細めて……口の端を持ち上げた。
「話の合う合わないで遠慮するのは分かるけどさ、そうじゃないならお話しなよ。俺にはそうしてくれたじゃん?」
「そ、れは……」
「姫宮さん。話って何かしら?」
「ぅひゃあんっ⁉︎」
飛び上がって顔を上げたら、もう早乙女さんが目の前にいた。
切れ長の瞳に、口をパクパクさせた私が映る。
心臓がばくばくと不安を刻む。
どうにか……どうにかこの静かな空気を! 破る一言を……!
「ぁ、ぁぁぁあのっ、早乙女さ」
「時間、大丈夫なの?」
……え? 何のことだか分からなくて頭が真っ白になる。
どういう、意味だろう?
目をぱちくりさせて、早乙女さんを見上げていたら、
「一度だけ」
ぽたり、と。
雨垂れみたいなか細い声が、私の目に落ちてきた。
「一度だけ、カラオケに誘った時、姫宮さん、すごく申し訳なさそうにバイトだからって断って……あたし後からメテオのこと知って……」
雨粒が振り注いで、私の耳に沁み込む。
沁み込んで――――あっ、と声を上げた。
2年になった春、クラスの親睦会《カラオケ》で、ハジけたら総スカン喰らって。 バイトで放課後空いてないから、どんどんクラスに居辛くなって。
でも早乙女さんは……声を、掛けてくれていた。
「家のこと大変そうで、バイト忙しそうで……無理に誘うの、迷惑かなって思って」
胸を抑えて、早乙女さんは途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
切れ長の瞳が、憂いで潤んで、揺れた。
「もう……大丈夫なの?」
私はバカだ。バイトに忙殺されて、こんな大切なことを、忘れていた。
早乙女さんはずっと――――私のこと思いやってくれてたのに。
すぅっと息を吸った。
ちょっぴり滲んだ涙を、引っ込めて。
「もう、大丈夫だよ」
私は早乙女さんの手を取った。
一瞬、強張りを感じたけど見上げれば、それ以上に緩んだ笑顔が咲いていた。
「よかったぁ……っ!」
私も嬉しくて顔がほころぶ。
――ほころんだその表情のまま。
「じゃ、じゃあ早乙女さん」
早乙女さんに「なんだろう」と見られながら、私はスカートのポケットからスマホを取り出して…………イヤホンの片方を、早乙女さんに差し出した。
「レヴィアたんのは、鼻歌聞きませんか?」
「は?」と早乙女さんが眉間にしわを寄せた。
うぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~っ‼
はずかしはずかしはずかっっし!!!! 耳と頬とリンゴみたいに発火する。
三波くんの真似をしたのが間違いだった! 『寝言聞く?』を真似したのがミステイクだったぁぁ~~~~~~!!!!
後悔先に立たず……あぅぅぅ、きっと早乙女さんもドン引ki――――。
「kwsk」
「……え? あ! そ、そのココ〇〇ドルの鼻歌らしくて。か、可愛いって評判で。……どう、思う?」
「――うん、声が可愛くて透き通ってる。姫宮さんの歌声と似てる気がするけど……」
「そ、そそそそんな訳ないじゃん! ――――っ、あはははっ!」
早乙女さんの耳と私の耳をイヤホンコードが繋ぐ。
一つのスマホの画面に肩を並べて、ちょっとずつお話する。
家にメテオが落ちてから初めて、私は
そうして夕陽で私たちの影が長くなるまで話し込んで。
「……あれ? 三波くんは?」
ふと周りを見回したら、三波くんはどこにもいなかった。