予防接種に行ったハズなのになんでVtuberになってるの?? ~地味女子JKは変態猫や先輩V達にセンシティブにイジられるそうです~ 作:ビーサイド・D・アンビシャス
ビィスコードに送った長い私の告白を、天海先輩はじっと静かに読んでいた。
膝の上に置いた両手が震える。
人にこんなことまで話したの、初めてだったから。
「――――わたしね、物心ついた時から『こう』でさ」
…………え?
何のことか分からなくて瞬きしたら、天海先輩は親指で自分の背後を指差してた。指の先には、可愛い服がたくさん詰まったクローゼット。
「服が好き、化粧が好き、アクセサリーが好き。強そうよりも可愛い、カッコ良いよりも綺麗なものが好き。でもね、親もみんなもこう言うんだー。
『そんなの天海くんらしくないよ』って」
私、びっくりした。
だって、違うところはたくさんあるけど、その掛けられた言葉は――――私のところにもやって来た言葉だったから。
天海先輩は唐突に仰け反って、天井を仰いで笑った。
「だからびっくりしちゃった!
だって学校の過ごし方が中高生のわたしなんだもん! 昼休み、教室に居づらいの分かるなー、それで学校うろついてたら自然と図書室に行っちゃうの。本読まないのに」
っ!!!
わかります!
思わず声に出した、と思ってたらハクハクと無音に喘いでいただけだった。
私はふんすふんすと息を荒くして、速攻でフリック入力していく。
胸に渦巻く共感をメッセージに変えたら、天海先輩は「あはっ」と吹き出した。
「そうそう、そのせいで『本好き』ってレッテル貼られる時なんか否定しづらいのよ! 図書室行ってるしなー……って!」
『そうなんです! それに何故か【本好き】ってことにしたら、周りの理解が得やすくて……最後は図書委員任されるんですよね』
「本好きだからイージャンってね! ほんとあれなんなんだろうねー?」
私がビィスコードにメッセージを送って。
それを読んで天海先輩が話して。
デジタルな筆談を交えても、天海先輩は嫌な顔一つせず談笑してくれた。
夕陽が地平線を染め上げて、先輩の部屋と私たちの横顔を照らした。
「だからね。すごく分かるよ。全部は無理だけど、わかる」
天海先輩が手を伸ばすのを見て、私はスマホをテーブルに置いた。テーブルの上で先輩の手がそっと私の手の甲に触れる。
「ハブられるのは怖いよ。怖くて周りに合わせちゃうなんて当たり前だよ。だから――――姫宮ちゃんは悪くないよ」
先輩の手が、私の手を強く握りしめた。
スマホで返信できないから……私はふるふると首を横に振る。
そんな私に、先輩は柔らかな眼差しを向けてくれて。
「わたしもね、ずっと怖かった。女の子みたいに、綺麗に、可愛くなりたかった。でも誰もそんなの認めてくれなかった。――【旭日リエル】になるまでは」
柔らかな眼差しが、懐かしそうに細まる。
胸の奥に閉じ込めた、宝物のような嬉しさを口にする。
「ヘブンズライブに入れて、Vtuberになって。クレアやステラ、ご主人様達と出会えた。みんな、『女の子』のわたしを受け入れてくれた」
……受け入れて。
私を、【宵月レヴィア】を、受け入れてくれたのは。
「まぁでも、姫宮ちゃんを囲んだその子達からすれば、わたしって本当は男なのに、ガワで女の子のフリをして、チヤホヤされてるだけなのかも」
「――――っ!」
ちがう……ぜったいちがう!
前のめりにそう言おうとしたら、私の鼻を先輩がつついた。
「わたしが言いたいことはね? 今、姫宮ちゃんが言おうとしてくれたことと……同じなんだよ?」
私の手をそっと包んで、ゆっくりと、まっすぐに、声を掛けてくれた。
――――【旭日リエル】の魂は、可愛くて綺麗で……優しい女の子そのものだった。
「大丈夫だよ。姫宮ちゃんは、眷属のみんなを否定なんてしてないよ。むしろすごく大切に想ってる。姫宮ちゃんの想いは、ぜったい眷属のみんなに伝わってるよ」
肩を震わせて鼻をすすりながら、私は声になってない不安を吐き出す。
――そぅ、かなぁ?
本当に……そうなの、かなぁ?
そしたら、ガタリと天海先輩が椅子から立った。
立って、テーブルの向こう側から体を伸ばして……自分のおでこを私と重ね合わせた。
「それでも不安な時は、会いに行きな。誰かが決めた『らしさ』じゃない、姫宮ちゃんが一番姫宮ちゃんらしくいれる人のところに」
私が……私らしくいれるところ?
そんなの家族以外に、伽夜ちゃんにいな―――――――ぁ。
昼真っ盛りの日差しが蘇る。校舎の陰で少し肌寒くて。
いつものお昼休み、いつもの校舎裏で話してる時の私は…………クラスの女子が言う『姫宮さんらしい』私じゃなかった。
おとなしくて便利な『図書委員』でもないし。
小さく縮こまって地味な『
勿論【宵月レヴィア】でも無かった。
――――三波くんと話してる時だけ、私は、【姫宮紗夜】だった。
ずっとずっと、初めて話すようになってからずっと。
私の目の中に誰かが映ったことを感じて……天海先輩はすぅっと身を引いた。
「そぅいうつながりを大事にすれば良いって、わたしは思ってる――――行って」
「~~~~っ!」
頷いた拍子に散った涙は、夕陽色だった。
声にならない感謝を込めて、お辞儀してから、私は天海先輩の家を飛び出た。
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[ 天海渚の
あの子ずっとパジャマだったけど大丈夫かなぁ~~~~~~?
背中を押した手前、そこだけがわたしの心配所だった。
いや言える雰囲気じゃなかったから言えなかったけど、駅前でパジャマ姿は目立つわ。すごい見つけやすかったもん。
まぁ、姫宮ちゃんが誰の所へ行くか知らないけど……警備員さんとかに捕まらないことを祈るわ。
夕陽は沈んで、部屋の中が夕闇に染まっていく。電気をつける気にならなかった。
「もう少し……浸ってたいな」
独り言が、紫煙みたいにくゆる。
目蓋の裏に、あの輝かしい涙を描いて。
「――少しは、先輩らしくできたかな?」
ティロンと、スマホが震えた。誰からだろうと思って、画面を見る。
そのメッセージはビィスコードから…………
ついさっき姫宮ちゃんに言ったことを思い出して、タイムリーさに頬が緩んだ。
「もしもし?」
『渚ぁ~! あんたのおすすめ美容オイル、めっちゃ肌になじむ~~~~!』
『おいアラサー、第一声で脱線すんな』
『はぁぁぁぁ⁉ 綾香はまだ20代だから、んな舐めたこと言えんのよ!』
「なに? 二人とも、外?」
クレアとステラのプロレスを流して、通話越しの環境音について尋ねた。
『そうそう。私も綾香も今、帰り。渚もこっち来なさいよ。女子会しましょ~』
『姫宮となに話したか聞きたいしな……先輩風は吹かせられたかよ?』
わたしらしさの詰まったクローゼットに。
「うん。行く。わたしも今ちょうど――――二人に会いたいって思ってたから」