予防接種に行ったハズなのになんでVtuberになってるの?? ~地味女子JKは変態猫や先輩V達にセンシティブにイジられるそうです~ 作:ビーサイド・D・アンビシャス
目を閉じて、耳をすませば、まだ「またね」「さよならー」と挨拶してる声が聞こえてくる。
そして更に遠くからは、野球ボールが打たれたり、サッカーボールが蹴られたり、テニスボールがバウンドしたりする音が、やまびこみたいに響いてくる。
夕陽はとっくに沈んでいて、照明スタンドの真白な光が夜の闇を散らしていた。
私と三波くんはアスファルトの段々に座ってから、ずっと黙り合っていた。
放課後の、部活でしか響かない音に耳を傾ける。
この一時が……なんだか心地よくて。
変だなぁ。
三波くんと話したくて、ここに来たのに――――無理に話さなくても良いやって思えている。
「……姫宮さんはさ」
「なに?」
三波くんが口を開いた。私はパッと振り向いた。
すると、彼は遠くから響いてくる部活の音に耳を澄ませながら、訊いた。
「なにか部活ってしてた?」
え?
私は目を見開いた。
だって、いつもの三波くんは、今までずっとレヴィアの、Vtuberのことしかお話してなくて……。
私の驚きを見て取ったのか、三波くんはハハッと苦笑して応えた。
「レヴィアたんはおやすみ中だし。喉が良くなるよう、いつまでも待ってるから……たまには他の話したいんだ」
「……………中学の時。陸上部だったよ」
「おっ、なんで?」
「用意しなきゃいけないものが比較的少なかったから。スパイクとユニフォームだけ。長距離だったから、体力はついたねー」
私は体育座りに座り直して、両膝の上に顎を乗せた。
そうしてちらりと横を見やって尋ねる。
「三波くんは部活何やってたの?」
「カバディ」
「―――――え?」
「けっこうガチでやってたぞー。
「衝撃的すぎるんだけど⁉ ていうかはちみつレモン食べてただけじゃないそれ」
「いやいやいや、しっかり凍ったポ〇リも飲んでた」
「ベンチもほっかほかだね、それ」
「姫宮さん休んでたんだよね? 授業のノートってどうすんの?」
「あー……どうしよ、ぜんぜん考えてなかった」
「数学けっこう進んだよ。新章入ったし、新しい公式出たし。……教えてやろうか」
「えぇ~~ww 三波くんよりはできるよぉ~~」
「お? 言ったな? 言ったなおい?」
「ふふふっ、言ったよぉ~。……どうする?」
「ノートを貸してやろう」
「やったぁ~。よかったぁ~」
その後も、つらつらと、私と三波くんはお喋りした。
体育の授業で男子の誰がバカやったこととか、窓を開けてたら布団に桜の花びらが入り込んだこととか。
教室にカナブンが入り込んで授業が中断になるくらいパニックになったこととか、妹の作る葛湯が大好きなこととか。
そんな、なんでもない話を語り合う。
こんな風に誰かと話すのなんて、いつぶりだろう。
三波くんと話す時はいつも、【レヴィア】がいた。
でも、今、この一時は―――――私と三波くんの間に、誰もいなかった。
二人きりの……たわいもない話を積み重ねていくうちに。
部活動の音が止んで、照明スタンドの光が弱まっていった。
空はとっぷりと暮れていた。見上げたら1等星の星以外、ほとんど見えないまっくらな夜空が広がっていた。
「――そろそろ帰ろっか」
「――ぅん」
私達はその場を立った。
じゃりじゃりと歩いていく三波くんの背中を見つめて――――羽織らせてもらったブレザーを、ギュっと握りしめる。
ぃやだ。
顔を伏せたら、爪先に影が落ちた。
帰り、たくなぃ。
足並みがだんだん、だんだん遅くなっていく。
じゃりっ、じゃりっと……足音が、止む。
「 姫宮さん 」
爪先から……先を歩く三波くんの背中へ、視線を移す。
彼は顔だけ振り返って――――綿毛のような笑顔で、この場所を指さした。
「また明日な」
「――――っ!」
手を伸ばす。
くいっ、と袖を引っ張る。
三波くんが少したたらを踏んで。
ぽすん、と。
彼の背中に、頭をつけた。
三波くん。
「ぁりがと……ね」
声が濡れる。
彼の背中は動かないまま、静かに……私を寄りかからせてくれた。
また、明日。
私が、姫宮紗夜が居ても良い――――居場所なんだ。