先輩がうざい後輩の話

以前からハマっていたコレが2021年秋アニメとして放映され、双葉のおじいちゃんがあの声だったので書いた次第です。


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先輩がうざい後輩の話

流行れ


おじいちゃんもうざい後輩の話

雪が深々と降り積もる東北某所。

その街から程よく離れた一軒家。

窓から外を見つめるのは、深緑の髪をした、5歳ほどの幼い少女だった。

時は既に夕暮れ時。

祖父と二人暮らしの少女は、お昼を食べ終えた祖父が夕飯の調達に出掛けてからお留守番をしている。

歳の割にしっかりしている少女は、こうして祖父が帰ってくるのを、大人しく今か今かと待っていた。

 

「おじーちゃん、遅いなぁ。」

 

祖父が用意してくれていたおやつのカロリーメイトも、すでに少女のお腹の中におさまってしまっていた。

少女はチョコレート派だが、祖父はフルーツ派なので、ちょっと不服だったが、別に嫌いではないので問題なし。

だが育ち盛りの少女には些か物足りなかったのか、可愛らしい腹の音がリビングを支配した。

 

「お腹、空いたなぁ…。」

 

しかし、いくらしっかりしているとはいえ、5歳は5歳。親や人の温もりが恋しいお年頃。空腹と相まって、その脳裏に総悲観が浮かび始めてきた。

 

「双葉ぁ!今帰ったぞぅ!」

 

「………っ!」

 

待ち侘びた声が、ガラガラという玄関の開閉音と共に少女…五十嵐双葉の耳に飛び込んできた。

先程の泣きそうな表情はどこへやら、喜色満面の表情で玄関へと駆けていく。

そこにいたのは長身で右目に眼帯をつけた偉丈夫だった。

祖父という立場の年齢と思えないほどに鍛え抜かれた肉体は、外の気温など意に介さないと言わんばかりに、上半身全裸に下半身は迷彩服という、見てるほうが寒くなるような装いだった。

 

「おじいちゃん!!」

 

「お〜!待たせたな双葉ぁ、寂しかったなぁ…一人にして悪かったなぁ…双葉ぁ…!」

 

「お、おじいちゃん…ヒゲが痛いよぅ…!」

 

自らの胸に飛び込んできた愛しい愛孫を優しく受け止め、その小さな顔を自身の頬でスリスリ…いや、ジョリジョリしていた。もみあげから伸びた豊かなヒゲが、双葉の肌に容赦ない摩擦を与えていく。

 

「…?おじいちゃん、それは?」

 

ヒゲの拷問に耐えながら祖父の背後に目をやった双葉は、それに気づく。

 

「これか?どうだ双葉…!大物だろう!山で捕獲(キャプチャー)してきたんだ!」

 

モサモサした剛毛が全身を覆い、丸々とした猪がそこに横たわっていた。既に絶命しているのかピクリとも動かないようだ。

 

「今日は牡丹鍋にしような、暖まるぞぉ!」

 

「わーい!わたし、牡丹鍋大好き!」

 

「そうかぁ!なら腕によりをかけて作るとしよう!」

 

しばらくして、五十嵐家に赤味噌の煮える、それはそれは食欲をそそる香りが漂い、祖父と孫の仲睦まじい話し声がこだましていた。

 

 

 

 

 

「旨すぎる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…懐かしい夢を見たなぁ…。」

 

目覚まし前に覚醒した寝ぼけ眼で夢を思い返すのは、懐かしい幼い頃の思い出。

大好きな祖父と暮らしていた、それこそ20年弱前の。

高校入学と同時に上京して一人暮らしを始めた双葉。祖父と出会うのも、夏や冬の休暇で帰省する時ぐらい。『アイラブ孫』を地で行く祖父は、若干ウザいけど、でも大好きな祖父に変わりなかった。

 

「牡丹鍋…かぁ。」

 

冷えた夜に暖かな鍋。

これ以上にないごちそうだ。それに、猪の肉と赤味噌が加われば、祖父でなくとも『最高だ!』と歓喜に打ち震えるだろう。猪の肉は少しクセがあるが、それがまた良いのだ。

まだまだ3月上旬と言えど冷え込む。

まだだ!鍋の季節はまだ終わっていない!

 

「よし!今日の晩御飯は牡丹鍋にしよう!」

 

3月9日

ちょうど今日は自分の誕生日。

少し猪肉はお高いが、自分へのプレゼントにいいかも知れない。

そうと決まればと、ぬいぐるみが羅列するベッドから抜け出して台所へ向かう。

今日も一日が始まる。

ガチャリと冷蔵庫を開ければ、野菜類がかなり乏しい事になっていたことに気付く。

 

「むむ……猪肉と一緒に他の食材も買い足さないと…。」

 

手早くウインナーや卵などを取り出し、手際良く朝御飯を調理し始めていく。

高校生の頃から自炊をしている双葉にとって、これくらいは手慣れたものだ。

あっと言う間に卵焼きや焼いたウインナー、味噌汁やお浸し等を取り揃えた、見事な朝御飯が完成した。

 

「いただきます。」

 

いつもより少し早い朝食。

少しのゆとりが、なんとなく心地よい。

早起きは三文の徳という諺があるように、

今日はいい一日なるような気がする。

そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

そして、

あっと言う間に業務時間が終わりに近づいて来た。

 

 

 

 

 

 

「よし、五十嵐。今日は俺らの誕生日だ。プレゼントに、飯を奢ってやるよ!」

 

契約先の会社へ営業に出て、そのまま直帰の許可を貰った双葉。そして隣を歩くのは、先輩である武田晴海。その背丈は双葉の1.5倍はありそうな程の見事なもので、普段から鍛えられているその肉体はカッターシャツの上からもありありとわかる。曰く、柔道の紅白帯持ちとのことだ。

豪快で、声が大きくて、面倒見が良いのだが、

双葉にとってはウザかった。

まぁそれなりに?失敗したら一緒に謝ってくれるし、裏でこっそりフォローしてくれるし、愚痴も聞いてくれるし、ご飯にも誘ってくれるし、頼りになるし悪い人ではない。

だが子供扱いしてくるのがとんでもなく嫌なのだ。双葉はこれでもれっきとした大人なのだから、そのへんはデリカシーを持って弁えてほしいものだというのが双葉の願いである。

そして幸か不幸か、武田先輩と双葉の誕生日は同じ3月9日。

 

(そうだった!武田先輩と同じ誕生日だったんだ!)

 

今の今まで忘れていた双葉は、一気に顔を青ざめていく。

牡丹鍋のことで頭が一杯だった双葉はすっかり失念していた。

以前は営業帰りで立ち寄った花屋で、間に合わせだがお互いに買った花を交換して、誕生日プレゼントとした。

だが今日は何も武田先輩へのプレゼントを考えていなかったことに対し、双葉は自分の嫌悪感で頭が痛くなってくる。

 

「どうした?五十嵐。頭でも痛いのか?風邪か?」

 

「い、いえ…お構いなく…自分の浅はかさに頭痛かっただけなんです。」

 

「そ、そうか、用心しろよ?季節の変わり目だからな。」

 

心配してくれるのは有り難いのだが、如何せん双葉の心象は穏やかではなかった。

今から用意できるプレゼントなんて何があるだろうか。

何が良いのかとか、予めピックアップしてないし、かと言って今の財布には、今日の晩御飯の材料費+αくらいしか…

 

(そ、そうだ!)

 

ここで天啓が舞い降りた。

 

「せ、先輩!」

 

「ん?」

 

「よかったらウチで、鍋…しませんか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし牡丹鍋か〜!猪肉食ったことねぇけど、美味いのか?」

 

「美味しいですよ。クセがあるんですけど、それがまた美味しいって言いますか。赤味噌とよく合ってホントに美味しいですから。」

 

「そうか!まぁ五十嵐の料理は何でも美味いからな!牡丹鍋も楽しみだぜ!」

 

(全く…先輩はまたそういう事をしれっと言う…!)

 

あのあと二人でスーパーへ食材の買い出しに行き、野菜やツマミ、そしてケーキと酒類を買い込み、肉屋で猪肉を購入した。流石に二人分ともなれば予算オーバーなのでお金を下ろそうとしたが、武田先輩が

 

『金くらい、俺が出す!ごちそうしてもらうんだからな!』

 

と、結局双葉が出したのはお肉代だけであった。

何だかんだと他愛のない話をしながら歩いていけば、あっと言う間に双葉の住むアパートへ辿り着く。

と、

 

「あれ?宅配便かな?」

 

双葉の借りている部屋に大きなダンボールが置かれていた。その大きさたるや、大人が抱えねばならないほどに。

 

「そうみたいだな。」

 

「…誰からだろ…ハッ!?」

 

ここで双葉に電流走る。

大きなダンボール

自身の誕生日

そして未だ現れていないあの人…!

 

「先輩、気を付けてください。」

 

「何がだ?」

 

「あのダンボール、ヤバいです。」

 

手で武田先輩を制しながら、ゆっくり、またゆっくりとダンボールに躙り寄る。

 

「お、おい五十嵐…!」

 

「大丈夫!先輩は待ってて下さい…!」

 

一歩、また一歩、ダンボールとの距離を詰める。

ただならぬ双葉の雰囲気に、武田先輩は身動きできないでいる。

あのダンボールは何なのか。

双葉は知っているのだろうか。

そんな疑問符を浮かべながら…。

 

(あと…もう少し…!)

 

そして双葉とダンボールが手の届く距離まで詰めたとき…!

ガバッ!

そんな音と共にダンボールの天面が開き、なかから何かが立ち上がる!

その大きさたるや武田先輩と相違ないほどだ。

 

「ハッピーバースデー!双葉ぁ!」

 

それは、双葉の祖父だった。

上半身裸の。

 

「お、おじいちゃん…。」

 

「元気にしてたか?双葉ぁ〜。おじいちゃんだぞ〜?」

 

「そりゃ見ればわかるよ。」

 

「今日は双葉の誕生日だろう?おじいちゃんが一緒に牡丹鍋を食べようと思って、材料を…を?」

 

そこで祖父の言葉は止まった。双葉の後方、そこにいるのは…

 

「な、ななななんでお前がここにいる!?」

 

武田先輩である。

以前、同僚が撮った武田先輩とツーショット写真をひな祭りの加工をして、祖父に送ったところ、彼を『双葉に付き纏う悪い虫』と思っているようだ。

 

「あぁ。俺と五十嵐は同じ日の誕生日だからな。五十嵐の家で一緒に鍋をつつきながら祝おうって事になったんだよ。」

 

正直かつまっとうな理由だ。

だがおじいちゃんはそれが癪に障った。

 

「双葉の部屋に!?二人っきりで!?突き合う!?そんな…そんな大人の階段を一気に駆け上がるなんて!おじいちゃんは許しませんよ双葉ぁ!?」

 

「な!?なんでそーなるの!?」

 

「許さん…許さんぞこの獣め…!捕縛(キャプチャー)してやるからそこに直れぃ!」

 

構える祖父。

だがそんな祖父の懐に潜り込む小さな影があった。

 

「ふんっ!」

 

「うごっ!?」

 

その小さな体躯からは想像もつかないほどの鳩尾へ鋭い肘打ち。体重を全て乗せた見事なものだ。

如何な鍛えられた肉体を持つ祖父といえど、急所である鳩尾に一撃を喰らえばその体制を崩し、スキを晒す。

それを狙って小さな影…双葉は祖父の腕を肩掛けに掴む。

 

「とぉりゃぁ!!」

 

びたーん!

破裂音にも似た快音がアパートの廊下に響いた。

 

「お〜、凄え背負投げだなぁ。」

 

武田先輩が顎をさすりながら目の前で繰り広げられた一合に目を細めて感嘆の声をあげる。

双葉が繰り出したのは、柔道技である背負投げ。あの小さな体で、自身と同じくらいの体格の祖父を物の見事に投げ飛ばしたのだから、その力の入れ方は達人クラスだろう。

 

「ふ、双葉ぁ…。」

 

「…何?おじいちゃん。」

 

思わぬ一撃を食らってもなお、祖父の意識は健在だった。

しかし、その彼を見つめる孫の眼光は冷たく、そして鋭い。

 

「み、見事なCQC……益々強くなったなぁ…

 

いいセンスだ……ガクッ!」

 

そう言って祖父の意識はぷっつりと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「双葉ぁ…俺が悪かった…許してくれぇ。」

 

「………。」

 

双葉の部屋のリビングでは、牡丹鍋の下拵えをする双葉にガン謝りする大きな体格の祖父。

そしてそれを無視してひたすらに、そして淡々と準備をすすめる孫娘の姿。

 

(五十嵐のやつ…結構腕っ節が良いんだな…。そーいえば前に盗撮魔撃退したあとにからかったときも、スゲェ良い左を入れてきてたし…。)

 

武田先輩としてみても、格闘術に覚えがあるだけに、双葉の格闘術…CQCの練度は舌を巻くしかない。だがそれを教えたのは誰だろう?見るに、本格的な格闘術と言うよりも、護身術として身に付けたような…。

 

「…なぁ、爺さん。」

 

「…何だ?」

 

「アンタが五十嵐に格闘術教えたのか?」

 

この鍛えられた肉体からして、双葉の祖父は何らかの格闘術をしているのだろうという予想は容易くついた。

 

「当たり前だ。俺の可愛い双葉に悪い虫がくっついても自分で身を守れるよう、上京する前に仕込んだんだ!」

 

どやぁ!と言う音が聞こえんばかりに胸を張る祖父。

確かに双葉は小柄で、ともすればそう言った体型が趣味の極めて特殊な変態に目を付けられかねないだろう。ならば家族としてそう考えるのは自明の理かもしれない。

 

「俺は可愛い双葉にこんな技術を身に着けてほしくなかったんだ…!だが上京して、都会の悪い狼に拐かされるなんて、俺には耐えられん!だから心を鬼にしてだなぁ…!!」

 

「はーい、できましたよー」

 

「おぉ!出来たか!」

 

祖父の言葉を遮るように昂揚なき棒読みで双葉は蓋で閉じられた土鍋をテーブルに置かれたカセットコンロに運ぶ。

 

「双葉ぁ…おじいちゃんは双葉が心配で…!」

 

「心配してくれてるのは、小さい頃から嫌ってほど知ってるよ。…でも、

今日は心配じゃなくて、おじいちゃんが育ててくれた私が、一つ歳を重ねたことを祝ってくれたほうが…私は嬉しいよ。」

 

「双葉…何て出来た子なんだ…!流石俺の孫だ…!」

 

「はいはい、じゃ、開けますよ〜。」

 

土鍋の蓋を開ける。

中から顔を出したのは、濃密な湯気と共に広がる赤味噌の芳醇な香り。グツグツと煮え滾る鍋の中には、よく煮えた沢山の猪肉と、赤味噌を吸ってほんのりと赤く染まった野菜達。

双葉と武田先輩の想定では、ここまで猪肉を多く買い込んではいなかった。だが予想外にも、双葉の祖父が持参した猪肉が、この牡丹鍋をさらなるボリュームアップさせていた。

最後に春菊を加え、さっと煮汁にくぐらせる。

 

「おぉ…すげぇな。テレビとかで見たことはあったが、実際に見ると美味そうだ。」

 

「百聞は一見にしかずですよ、先輩。」

 

お玉で鍋の中身をバランス良く掬うと、お椀に装い、武田先輩に手渡す。

サンキュ、と彼が受け取ると、次は祖父に取り分けて渡す。それだけで何で泣いているのか不明だが。

最後に自分の分を装い、いよいよ実食の時だ。

 

「「「いただきます。」」」

 

そう言い終えるやいなや箸を手に、武田先輩が摘んだのは、メインたる猪肉だ。

ホカホカと湯気が立ち、見事なまでに脂身と赤身であった部位とが分かれている。一見、豚のロースのようなそれを、思い切って口に運んだ。

 

「おぉっ!こりゃ美味いな!」

 

噛みしめると、赤味噌の風味とともに感じる、肉の確かな歯応え。溢れる旨味は豚とは違い、確かに双葉の言ってた通りクセがある。獣臭さというか、野性味というか…だがそれがまた武田先輩にとっては良いアクセントだった。

 

「双葉の手料理……

 

最高だ!!

 

「おじいちゃん、近所迷惑だから、も少し静かに食べて。」

 

やはり号泣し、感動を声高らかに叫ぶ祖父を双葉は窘めながら、自身も猪肉を口に運ぶ。

懐かしい。

祖父に食べさせてもらったあの味だ。

寒い日に、身も心も温まる思い出の味。

 

「おぅ!お前さんもイケるクチか?」

 

「当然だぜ!」

 

「え?」

 

目を見開けば、どこから取り出したのか、祖父が底に何か沈んだ日本酒一升瓶を武田先輩のコップになみなみと注ぎ入れ、自身も注ぐとぐいっと煽るように飲み始めた。

ぷはぁっ!と、二人揃って酒臭いであろう一息を吐き出すと、飲めや飲めやと二杯目を注ぎ始める。

 

「お〜、すげぇなこれ…なんの酒だ?」

 

「ハブ酒だ。」

 

「ハブ酒!?」

 

知り合い(エイハブ)のお手製だ。俺の部下でも特別優秀なやつでな。俺が沖縄で捕獲(キャプチャー)したハブを使って15年熟成だ。」

 

「ほう!」

 

「ハブは生でもイケるんだが、酒に漬けるとこうなるとは、俺も目からウロコだったよ。」

 

「お、おう…。」

 

改めて飲んでみれば、まろやかな旨味と共に、ブレンドされた香草の風味が鼻を突き抜ける。見た目はアレだが、口にしてみれば成程、熟成の年月は伊達ではないらしい。

 

「今日は双葉と、ついでにお前の誕生日だ。上物のやつを持ってきてやったんだから、もっと飲め!双葉も飲むか?」

 

「遠慮しとく。」

 

双葉の作った牡丹鍋を肴に、主に酔った二人のおっさんによるどんちゃん騒ぎが、残寒吹き荒ぶ東京に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更けて日付が変わり、日も登ろうかという時間帯。

アパートのベランダに出た祖父は、そっとポケットからそれを取り出して口に加える。

茶色く、そして太い、彼が愛用する葉巻だ。

手慣れた動作でライターを添加し、葉巻のその先端に火を押し当てて着火。

やや待って口から息を吸い込めば、慣れ親しんだその味が口腔内を満たしていく。

旨い

かれこれ人生の半分以上を葉巻と共に過ごしてきた。いわば人生の伴侶に近い。

葉巻独特の風味と、そして酔った身体を撫でる冷たい風がなんとも心地よい。

振り返れば、愛しい孫と、その先輩が酔い潰れて大きなイビキをかいて夢の世界へと旅立っている。

 

「平和なもんだ。」

 

『だが、悪くはないだろう?ボス。』

 

「…カズか。」

 

片耳につけたイヤホンから、葉巻と同じく長年慣れ親しんだ男の声が聞こえる。

スマホのBluetoothを通じて入った電話だ。

 

『随分お楽しみだったな?双葉ちゃんのメシは美味かったか?』

 

「まぁな。我が孫ながらいい子に育ってくれたよ。」

 

『全くだ。アンタの悪癖が引き継がれてなくて安心したよ。』

 

カズヒラ・ミラー

中年時代に共に会社を立ち上げた仲だ。

流石に二人共、迫る歳には勝てずに若い連中に任せて身を引いているが、カズは会長としてアドバイザーとして、時折口を出している。

 

『で、どうだったんだ?その双葉ちゃんの先輩とやらは?』

 

「まぁ、やっぱり悪いやつではないな。酔った飯の中でも双葉への気遣いはしてるし、諜報班の調査通り、面倒見も良いようだ。」

 

何やら穏やかではない言葉が飛び出してきた。

というのも、彼が経営していた会社の『ちょっとした裏稼業』で、双葉達の勤める糸巻商事に探りを入れていたのだ。目的は、『武田晴海と言う男の素性調査』だ。探偵稼業にも似たそれで、勤務中はもちろんのこと、帰宅中や在宅中、そして休日の過ごし方に至るまで、ありとあらゆる武田先輩の行動は見張られていた。結果としては問題ない、強いて言えば、面倒見が良い体育会系の男だった。

ちなみに、

誰か諜報するかを決める際、社の誰も彼もが挙手していた。

その目は血走り、我こそはと立候補。

曰く

『双葉ちゃんを毒牙にかける不届き者に天罰を!』

とか、

『双葉ちゃんは誰にも渡さねぇ!』

とか、

『合法ロリ…(;゚∀゚)=3ハァ…ハァ…!』

とか、

『ウホッ!武田…いい男…!』

といった具合に、妙な熱気に包まれていた。

後半二人は、一週間の社内清掃を命じられていたが。

ともあれ、孫である双葉は、社にとってアイドルなのであった。

で、報告内容を精査すべく、彼が直接出向いて今日に至るわけである。

 

「カズ。諜報班の奴等に伝えといてくれ。御苦労だった、俺のツケで良いから打ち上げにでも行ってくれ。とな。」

 

『了解だ。ボス、たまには社に顔を出してくれ。皆喜ぶ。』

 

「そうさせてもらう。オーバー。」

 

そう言ってイヤホンのスイッチを押せば、何気ない電話は終わりを迎えた。

確かにしばらく社の方に顔を出していなかったことに彼は気付く。

カズことカズヒラ・ミラーはもちろん、社の営業として世界各地を飛び回っている師匠の息子、フランス支社で働くパリジェンヌ、故郷の支社で働く姉弟、最新のAIを生み出さんと息子と頑張る偏屈な博士、アメリカの大佐として働く旧友………だが不祥事を起こして左遷(ボート流し)されたメガネ、テメーはダメだ。

 

(ボス…もしアンタがいたら、こんな俺を笑うか?)

 

空を見上げ、最愛の師に思いを馳せる。

自身と、そして国に忠を尽くした彼女。戦い方を教えてくれた彼女に何を報えたのだろう。

今は彼女の言っていた『世界は一つになるべき』と言う思い。世界は変わらず各国で睨み合いが続いているし、戦争の為の、抑止力の為の技術を高めている。未だ彼女が望んだ世界の様相には程遠い。

だがそれでも、少なくとも、彼とカズが立ち上げた会社は世界各国から入社した老若男女国際色豊かな人材が集い働いている。もちろん、その中で諍いや歪みが起こるのは人である以上は致し方無い。

だがそれを乗り越えてより強固な仲間…家族としての確かな絆を結んでいるのもまた確かだった。

 

(自分に忠を尽くす、か。)

 

未だそれを果たせているか分からない彼にとっては空虚のような言葉だった。

不意にスマホを取り出し、とある大型動画サイトを立ち上げて検索ワードを入力する。

すると、2人の女性が映し出される。

人気の外人2人ユニット『FOREVER17』だ。

片やパス・オルテガ・アランドーネ。

フリフリの服を着てノリノリで歌って踊れるアイドルだ。元々は双葉の祖父が経営する会社に努めていたが、アイドルにプロデュースされてそのまま今に至る。何故かプロデュースされて以降、歳を重ねていることに変わりないのだが、外見が全く変わらないと言う、摩訶不思議な女性だ。

そしてもう一人が問題だった。

 

『私はヴォエヴォーダ。永遠の17歳!』

 

「おいおい。」

 

ヴォエヴォーダ。

あくまでもこれは芸名であり、本名は不明。

だが彼は知っている。

 

「自分に忠を尽くした結果、か。」

 

彼女の本質を知る彼は頭を抱えるしかなかった。

なんのタガが外れたのか知らないが、パスと共にスカウトされた際にユニットを組み、あれよあれよとトップアイドルと化していたのだ。

 

「相変わらず無茶をするな…俺よりも年u」

 

そう言いかけたとき、彼の携帯が呼び出しを鳴らす。

ディスプレイを見れば、何の事か。先程考えていた人物。

 

「…もしもし?」

 

『ジャック…今あなた、変な事考えてなかった?』

 

「いや…俺は別に何も…?」

 

『そう…今度変な事を考えてみなさい。コブラ部隊をけしかけるから。』

 

「お、おう。」

 

言うだけ言って電話は切られる。

ジャック…いや、元はコードネーム『スネーク』及び『ビッグボス』。

ザ・ボスことヴォエヴォーダを超えた男。

だが未だ彼女の尻に敷かれる悲しき男だった。

 

「…そろそろ出るか。アルコールも抜けた事だし。」

 

そう言って室内に入ると、爆睡する二人を起こさぬよう手荷物をまとめて部屋を出る。鍵をかけてポストに投函し、己の愛車である『トライアンフボンネビル』のエンジンに火を入れる。長らく乗り親しんだ相棒の心臓部からは心地よい振動がシートを伝ってくる。

 

「じゃあな、武田先輩よ。双葉を頼むぜ。」

 

そう言って走り出す一台のバイク。

東京の朝は未だ開け切らず、そのエンジン音が薄暗い夜に木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のだが、

 

『もしもし、五十嵐双葉さんの携帯でしょうか?』

 

「ふぁい…?」

 

寝ぼけ眼を擦りながら、双葉は携帯の着信で目を覚ます。

 

『こちら警視庁〇〇のものですが。』

 

「はぁ……え?警視庁!?警察!?」

 

『貴女のお祖父さんを任意同行して頂いたので、身元の引受をしに来ていただけますでしょうか?』

 

「え?え?おじいちゃ…祖父がなにかしたんですか?」

 

『えぇ……先刻バイクで走っているのを職務質問させて頂いたんです。なにせ、上半身裸だったもので。』

 

「………なんですと?」

 

『上半身裸、だったので。』

 

 

……

 

………

 

「おじいちゃんのバカぁぁぁぁ!!!」

 

双葉の悲痛な叫びが、町中に響き渡った。


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