あなたがたは彼女のことを知っていますか?
彼女だってちょっぴりいじっぱりで見栄張りで甘えたがりのただの女の子
ひとりぼっちは怖いんです
でも大丈夫
彼女には目がある、手がある
だからきっと乗り越えていけるはず
……5000字の予定だったはずが、気づいたら9500字
ちょっと筆が乗りすぎましたね!
ま、まぁその分作者は納得する出来に仕上がってます
色々と好き勝手やりたい放題やっているので読みにくいとは思いますし、人を選びますが、彼女の物語、見てやっていってください
それでは、どうぞ
ここは洛陽の街角、人だかり。
寂れつつある街並みにポツリポツリと豪奢な建物の交じる、違和感だらけのこの都。
ここにいるのはひとりの易者、天下一級の占い師なり。
「北の空に流星瞬くとき、天の御使い白布を纏って降り立ち、天下に平和を齎すだろう」
厳かに告げるのは、四尺八寸の小柄な少女。
これ、天下に名を轟かせる易者、管輅なり。
「そう! もうすぐ流星とともに天の御遣いが現れてあなた達を救ってくれるわ! その時を期待して待ちなさい!」
そう声を張り上げる彼女を見て、周りの民衆は盛大にどよめいている。
天下の洛陽で帝に楯突いていると思われてもおかしくないことを、意気軒昂に言い放ってみせたからだ。
また、それだけではない。内容自体も驚嘆に値するものだった。
天の御使いが流星に乗って現れ、天下を泰平へ導くというのだ。
到底信じられるようなものではない。
そもそも天子とは帝ただひとりである。
代替わりすることはあれど、それ以外の人物に天の冠をつけることはないのだ。
「確かに信じがたいことかもしれないけど、事実よ。なにせ私が占ったんだからね!」
「俄かには信じられない話だな……それこそ信じるに足る根拠はあるのかい?」
民衆たちは半信半疑だ。
それはそう、その話はあまりに突拍子もなく、いかに管輅の占いといえど簡単に信用する訳にはいかなかったのだ。
「根拠……? 根拠ならあるわ。今この天下は乱れている。それに対する世界の正当なリアクションだわ」
「りあく……? よくわからないけどそれは確かなことなのかい?」
管輅は慌てた様子を必死に押し殺しながら、誠実に対応する。
「もちろんよ! 私の言うことに間違いがあるわけないじゃない!」
民衆たちはその言葉に安心したようだ。
実際管輅の占いは有名だった。
外れないことでも、その内容の正確性でも当代群を抜いて断トツだったのだ。
彼女に頼めばどんなことでも占ってもらえる。
しかもその占いは外れない。
民衆たちが彼女に世の乱れについて相談するのも詮無いことだろう。
当然といったその流れは、彼女が立ち寄った先ほとんどの民衆に聞かれることであった。
彼女は、聞かれるたびに先のように懇切丁寧に天の御使いの話をしてやることにしていた。
彼女がその話をすれば民衆は安心したし、実際彼女は天の御使いが訪れることを微塵も疑っていなかった。
彼女は、この世界の管理人と呼ばれる存在の一歩下の存在だった。
余りにも易ができたために、その位置までたどり着いてしまったのである。
それが幸福なことであったのか不運なことであったのかのは今となってはとんとわからない。
しかし、彼女が今ふらりふらふらと放浪の占い旅をしているのはそれが原因なのは今更語るまでもないだろう。
「そこの女! 一体なにをしている!? 陛下に対する不敬を叫んでいたように聞こえたぞ!」
「む! それでは期待して待つが良い! さらばだ!」
そして、流石に街角に屯しすぎたのか衛兵がやってきたが、彼女は華麗に身を翻し、民衆たちの中へと姿をくらませてしまった。
こんなことを彼女は行く街来る街繰り返していたのであった。
「ふふふ、今日もまた働いたわね!」
彼女はあの街角を脱出し、適当な飯店に入って昼飯を食べていた。
お金に関しては占いを少しするだけで稼げるので、特に旅路においても困るということはなかった。
「いやぁ、天の御遣い様も早く降り立って欲しいところね。そうすれば私の名声はついに天元突破して、歴史に大々的に名を刻むのよ!」
彼女の精神は高揚していた。
そろそろ彼女の予言通りに天の御遣いがこの地に降り立つ時節なのだ。
「ふふふふふ、楽しみだわ。この私の名前が帝よりも知名度を持って語られる……ああ、なんて甘美な想像なの」
実際彼女はそれだけ気分を高揚させることを許されていた。
彼女の占いが外れることなどないのだ。
そう、彼女の占いが外れたことなど今まで一度もなかったのだ。
「あは、今日はゆっくり休むことにしましょう。明日からは長旅になる。目指すは北……ね」
だから彼女には予想だにできなかったのだ。
まさか自分の予言が外れ、天の御遣いなどという存在がこの世界には降り立たないことを。
それからしばらくして、世は乱れ、黄巾の乱が起こった。
あとは諸君の知るとおりである。
天の御遣いなどという存在はおらず、歴史は正史のままに流れていったのだ。
本来訪れるはずだったみんなが手を取れる未来は消え失せ、そこに残ったのは血塗れの結末だけだ。
彼女が予言した未来よりも数多の人々の血が流れた。
彼女が予言した未来よりも沢山の人々が死ぬこととなった。
それでも、民衆たちは黄巾の乱が始まってもまだ信じていた。
管輅ほどの占い師が予言したのだ、決して違えることはないだろうと。
しかしその期待は裏切られる。
時が流れても流星は降らない。
天の御遣いなど訪れない
そう、彼らは悟ったのだ。
この世界に安易な救いなど訪れないのだということに。
だから彼らは恨んだ。
中途半端に期待を持たせた占い師を。
その無駄に整った顔に自信満々に告げた占いは騙りだったのだ。
彼らは憎んだ。
彼女は嘘つきだった。
ペテン師だった。
騙りだったのだ。
「出て行け、お前の居場所はここにはない」
今日もまたダメだった。
最近はどこに行ったとしても心の休まる暇などない。
人相書きが出回っているのか、どの街に踏み入れてもすぐに追い出される。
いや、追い出されるだけならまだいいほうだ。
場所によっては、女ひとり好きにできると襲いかかってくるような輩が出ることもあるし、私の正体を知った瞬間に包丁を振り上げられたことだってある。
最初は気のいい対応をしていた村人が私の名を聞いた途端、たとえようもないほどの軽蔑の目線を寄越したことだって片手では数え切れない。
わかっていた。
天下を揺らすほどの予言を流布したのだ。
それが外れればこうなることは想像に難くなかった。
でも、それでも、天の御使いは訪れるはずだった。
それこそ、なにかの悪夢じゃないのかと疑ってしまう。
自分の予言が外れることなどあり得なかった。
確かに易を習い始めたばかりの頃は、精度も低く聞けたものではなかった。
だが、今となっては失敗などまず起こらないのだ。
自分が大陸一の易者であることは自明どころか遍く知られている事実なのだ。
だからこそ、民を勇気づける予言を広めた。
天の御使いが全てをよい方向へと導いてくれるのだと。
それに従っていれば今よりももっと豊かで平和な世界で暮らすことができるのだと。
大陸一の易者としての矜持だった。責務だった。義務だった。
しかし、それは裏切られてしまった。
今の私は……ひとりぼっちだった。
荊州の外れ、幽州の程近くに私はいた。
ここまで長く、長い旅を続けてきた。
結果的に私を受け入れてくれる人などいなかったし、どんなに良心的な対応ですら無視が精々であった。
無視で済ましてくれるだけありがたい、と私が何度思ったことだろうか。
実際、私は今も村人たちの手によって荒縄で縛り上げられていたからだ。
こんなことは前にも何度もあった。
その度にこれはまずい、と逃亡を繰り返して今まで何とかしてきたわけだが、ついに年貢の納め時が来たらしい。
ひとりぼっちには流石に限界があるのだ。
私は逃げようとしたけれど回り込まれ、多勢に無勢、こうして縛り上げられてしまったというわけだ。
だが、私が予想していた展開とは多少以上に差異が生まれていた。
村人たちは私を辱めることもなかったし、縛り上げた以上の手荒な真似はしなかった。
ただ、ある女性の前に私を放り出し、判断を仰いだだけだ。
この女性こそが名にし負う水鏡先生、司馬徽その人であった。
「世話になったわね、貴女には感謝してもし足りないわ」
あのあと、村人たちを宥めた彼女は私を手厚く出迎えた。
彼女はここ荊州で学を授けているらしく、案内されたのは彼女の運営する学舎だ。
水鏡塾と言うらしいここは、将来有望な子女を集めて教育し、彼ら彼女らを一端以上の軍師やら官吏やらにすることを目的としているらしかった。
聞いた話では、設立目的というか外面はそういうことになっているらしい。
でも、私が学舎の中を歩いてもそんな印象を受けることはなかった。
むしろ、そこにいる生徒たちは生き生きとし、自らの知識を深め、智慧を身につけることに腐心し、そして、なによりそれらを傍から見てもとても楽しそうに行っていたのだ。
彼ら彼女ら、いや、ほとんどが女子で占められてはいたが、彼女たちは互いに切磋琢磨し、議論を交わし、ただし、一層仲睦まじく、そうやって暮らしているのであった。
私はこの塾の有様を見てとても感心したものである。
この塾に通っている生徒たちは次代の政治の中枢を担うような人材ばかりであるし、それぞれが違う勢力につくことだってざらにあるはずなのに、彼女たちはそんなことおくびにも出さず常に笑顔であったからだ。
ひとりの塾生に聞いてみた。「あなたたちはこれから先どんな風な道を歩くか理解しているの?」、と。
彼女は不思議そうな顔をしながらも迷うことなく私にこう告げた。「例えこの道の先に別離があったとしても、今ここでは私たちは仲間ですから。それに、例え道を別けたとしても、私たちは未来永劫水鏡塾の生徒であったことは忘れません。私たちはずっと同士のままなのですよ」、と。
実際彼女たちは聡明であり、慈悲深かった。
私の正体は初日のうちに水鏡が彼女たちに告げていたが、彼女たちはそれを知ってもなんら態度を変えることはなかった。
いや、本当は変えていたのかもしれないけれど、よそ者の私には違和感すら感じ取れなかった。
公明正大であり向上心に満ち、智慧に満ちた彼女たちは次代を背負うにふさわしい人材たちであった。
「いえ、こちらもいろいろと助けてもらいましたから」
そんな彼女たちの住処に厄介になって早数ヶ月、世の情勢はまた移り変わっていた。
天下では反董卓連合と董卓軍との戦いが佳境に入っていた。
虎牢関の戦いにおいて、猛将呂布と軍神関羽が一騎打ちを繰り広げている頃、私は水鏡塾において教鞭を執っていた。
水鏡とのいろいろな話し合いの末にこの水鏡塾に逗留させてもらうこととなったのだ。
それに際して、なんの仕事をしないというわけにも行かず、それでも村人たちは未だ私のことをよく思っていないという現実があった。
なので、水鏡に私のことを雇ってもらうことにしたのだ。
幸い私は教鞭を取れるだけの教養を備えていたし、私の得意分野である易を教えさせることにしてもらった。
もちろん易は特殊な才能のいるものではあるが、その考え方自体は単純な未来予測に基づいている。
つまり、軍師の卵たちが身につけるものとしてぴったりのものであったのだ。
彼女たちは今まで触れてこなかった易という題材にそれはもう貪欲に挑んできた。
中には易者としての才能を開花させるものもいたし、易の考え方を軍略に応用し、とてつもない大軍略を生み出すものもいた。
なんにしろ、この数ヶ月の授業でコツを掴んだ私は、水鏡塾で教鞭を執り続けるのも悪くはないのかもしれない、と思い始めていた。
教える科目などはこれから勉強していけばいいのだし、ここ以上に私を受け入れてくれる場所など考えつきもしなかったからだ。
そんなある日のことである。
流星が落ちた。
「冗談、私なんていなくても貴女も彼女たちもきっとうまくやってたわ」
水鏡塾でものを教えることにもこなれてきた頃、たまたま体の中で何かが疼いて眠れない夜があった。
その感覚にはとても覚えがある。
それこそが私が天の御使いの予言をしてきた時にも降りてきた、託宣の証だ。
きっと今占えば凄まじい、それこそ天下を変えるような易ができるのだと、私には理解できていた。
でも私は易を行うことはなかった。
それを行ったところでそれを信じる人など、この大陸には誰ひとりとしていないだろうからだ。
もしかしたら、この塾にいる人々は信じてくれるかもしれない、水鏡ならば信じないまでも考慮はしてくれるだろう。
でも、怖かった。
もう一度失敗しているのだ。
今一度天下を揺るがすほどの易を失敗してみろ。
多分私はこれから先、生きていけなくなる。
私は、天の御使いの易を失敗して以来、とてつもないトラウマに囚われ続けていた。
易を教えるにあたっても、自ら易を執り行うことは少なく、基本的には理論と演習の進行をする程度だ。
私はもう易が成功しないのではないか? 成功したとしてその易の結果を信じてくれるものなど誰もいない。易をする意味などあるのか?
そうやって常に自問していた。
それらの感情は旅の間にある程度霧散はしたけれど、ここに落ち着いて安定してきたからか、またぶり返すようになってきている。
旅の間に路銀を稼ぐために易をすることはあった。
でも、そこに自信はなかったし、相手がその結果を信じているかどうかなどどうでもよかった。
あの頃は自身の生がかかっていたのだ。
あまり深く考え込む余裕もなかった。
だからこそ、だからこそ今私は怖かった。
この易を執り行っていいのか? でも執り行わなかれば天下に響いたこの管輅の名が……そうやってどれだけ悩んだだろうか。
悩みぬいた私は、ただ何も考えず、ふと窓から外を見た。
そのとき起きた出来事を私は一生忘れないだろう。
星の煌くその夜空に、一筋の光が瞬いたと思った次の瞬間。
白に、黄金に、銀に、虹に輝く流星が、流れてきたのだ。
その光は一直線に塾の裏の山に落ちたかと思うと、夜空へ一条の眩い光線を放ち、消えて行った。
そのとき、私がどれだけ興奮したか、奮い立ったか。
きっと余人には想像することすらできないだろう。
この感情は世界で唯一私だけのものだった。
もちろんそれを見た瞬間、着替えることすら忘れて寝間着で私は飛び出した。
明かりだけを引っつかみ、今まで生きてきた中で最高の速度で駆け抜けた。
山を登るには些か不足していたはずの体力は、そんな事関係ないとばかりの火事場の馬鹿力でなんとかできた。
そうやって走って走ってたどり着いた先に、彼はいた。
「ええ、そうかもしれませんね。でも、貴女も頑張ってくれたことには変わりないわ。頑張ったんだから、ご褒美があるのだって当然のことでしょう?」
彼は、白く光り輝く服を纏い、腰には刀を帯び、そして威風堂々たる立ち姿で私のことを待っていた。
その姿を見た時の衝動! 感動! 感傷! すべてが言葉に表せられなかった。
私が彼の目の前に立ったのを彼が認めるのと、私が盛大に泣き出すのは、ほとんど同時だった。
「貴方が、貴方こそが、天の御使い様……」
私が泣き出したのを見て、彼は動揺したようだけれど、すぐに持ち直して彼はこう言った。
「ああ、俺こそが天の御使い、北郷一刀だ」
「ご、ご褒美なんて……そんなもんじゃないわ。こいつはもともと来る予定だったんだもの、むしろ遅刻よ、遅刻。大遅刻!」
「長らく……長らく、お待ちしておりました。貴方様がこの地に訪れ、天下に平和を齎す時を」
鼻をすすりすすり話す私はさぞ対応しづらかったのだろう。
彼はずっと困った顔をしていた。
「ああ、すまないな。随分と待たせちゃったみたいで」
そして、そのたった一言で報われる気がした。
彼は本当にやってきてくれた。
嘘なんかじゃなかった。
私の易は正しかった。
「いえ、来て……来てくださっただけで十分でございます。天下は乱れております。そのお力を存分に発揮されますよう……」
そう言った瞬間、彼は困った顔をしていたのを、苦り切った顔へと変えた。
なにかまずいことでも言っただろうか? いや、なにもおかしなことは口走っていないはずだ。
「いや、その……な。俺は確かに天の御使いなんだけどな?」
「はい、存じ上げております」
「別に天下に太平を、とかそういうために来たわけじゃないんだよ」
……このお方は何を言っているのでしょう?
私には、彼が何を言いたいのかさっぱり理解できなかった。
彼は天の御使いであると自称した。
ならば彼の目的はこの地を平らげることであって、それ以外にはないはずだ。
一体彼は何のためにこの地へと訪れたというのだろうか。
「俺はさ、たったひとりの女の子のためにここに来たのさ」
衝撃だった。
天下のためなどではなくたったひとりの女子のため! 彼の輝きが途端に薄れて見えた。
「聞いてくれ。あるところにな、それはそれは可哀想な女の娘がいたんだよ」
聞きたくなかった。
そんな結末はおかしい。
それじゃあ私の易は……結局……。
「彼女はそれはそれはすごい子でな、周りの人達からも賞賛されて生きてきたんだ」
彼が何かを言っている。
でも、今の私にはなんだか遠い世界の出来事としか受け取れない。
膜でも通して世界を見ている気分だ。
「そして、彼女は人々を救おうと、一世一代の行動を起こした。もちろん彼女の信用は高かった。どの街に行っても彼女の言うことは人々に受け入れられた」
あはははは、これからどうしようか。
このひとりの女の娘のために来たとか抜かす男をまずなんとかしなければ。
とりあえず水鏡にでも引き渡せば悪い扱いは受けないだろう。
「だがな、彼女の言ったことは起こらなかった。それでも人々は彼女のことを信じ続けたが、人々は彼女を信じ続けることに疲れてしまった。人々は彼女を信じることをやめてしまったんだ」
どこかで聞いたような話を彼が語っている。
でも、私はその話に興味が全くと言っていいほど沸かなかった。
「そうして、彼女はひとりぼっちになってしまった。もちろんそれから彼女はたくさんの苦労をした。村を追い出されることも、慰みものにされかかることだって数えられないほどあったのさ」
そんなありふれた悲劇がどうしたというのか、私だってそのくらい体験している!
「それでも、彼女は諦めずに生き続けた。そして彼女はやっと落ち着いて腰を据えられる場所を見つけた」
私だって! 私……だって……?
「彼女はそこで一生懸命頑張った。落ち着けてしまったからこそ襲って来る不安や恐怖と戦いながら、彼女は日々を過ごしてきたんだ」
おかしい、その話は、だって、その話は。
「そんな彼女の姿を見て、俺は思ったのさ。あの子のことを救ってあげたい。あの子の支えになってあげたいって」
「それ、それは……」
「なぁ、管輅。この外史にはな、本当は救いなんてどこにもないんだよ。天の御使いもそれに匹敵するなにかもなく、ただ粛々と正史のごとく歴史は流れていく。しかし、そこに管輅という稀代の占い師だけが存在して」
「そんな、そんなことって……」
「なぁ管輅、お前はここまでよく頑張ってきたよ。俺はな、その姿を見てさ、本当にすごいやつだなって思ったんだ。本当に、健気な素敵な女の子だなって思ったんだよ」
彼はそれはそれは優しい笑みを浮かべて、私に手を伸ばす。
「ぁ……」
彼の腕の中は暖かかった。温かかった。
「管輅……君のことが好きだ。天下なんて投げ出して君の隣にいたいくらい……愛してる」
星明かりだけが照らす中で、彼の腕に抱きしめられて、告白されて。
私はそのとき世界で一番幸せだった。
認めるのも癪だけれど、私ほどの果報者はこの世にひとりも存在しないだろう。
劉備だろうと曹操だろうと孫権だろうと、私より幸せな奴なんていない。
そう実感できるだけの幸福の渦中に私はあった。
それからのことは覚えていない。
余りにも感極まってしまって気を失ってしまったからだ。
でも、これだけは覚えている。
彼の腕の中の暖かさ、そして、隠すこともできないこの心臓の高鳴りを。
私は、彼に愛されてしまっているのだと、一発で自覚させられた。
私が愛し返すともわかっていないというのに、彼は馬鹿だ。大馬鹿だ。
私のためだけに天下太平を捨てたというのだから、ほんっっっっっとうの大馬鹿者だ。
だけど、それでも、こんな馬鹿げた世の中でひとりだけ輝く、流星のような馬鹿者だ。
だから、少しだけ、ほんの少しだけ優しくしてあげることにした。
私と一緒にいたいって言うから、同じ部屋にも居させてあげたし、私のことを手伝いたいというから、易だって教えてあげた。
他にもいろいろな常識も教えてあげたし、いっぱいいっぱいのことをしてあげた。
彼が塾生たちと話すのはちょっとだけ気に入らなかったけど、それだって我慢してあげた。
彼が水鏡と二人きりで今後について話し合うことだって許してあげた。
あ、愛してるとか言ったくせにあんまりそういう素振りを見せないから、本当にあのときの言葉は本当だったのかな? って不安になることもあったけど、そんな夜は抱きしめて寝てくれた。
手の届かない所にあるものを、しょうがないなぁって言いながら取ってくれることもあったし、私のために手作りのお菓子を用意してくれたこともあった。
そ、その……え、Hなこととかは全然しなかったし、させなかったのよ! ただ、彼に抱きしめてもらうととっても良く眠れたし……彼だってずっと微笑んでたもん、きっと私を抱きしめられてご満悦だったんでしょうね。
ええ、きっとそうに違いないわね、ふふ。
そんな風に、私たちは、幸せな日々を過ごしていた。
「ひどい言われようだな、もう少し評価してくれたっていいんじゃないか?」
「嫌よ! もう、今日だって私が起こさなければずっと眠ってるつもりだったんでしょう? 今日は休みの日じゃないって昨日あれほど言ったじゃない!」
「いや、だからそれについては謝ったじゃないか……」
「ふん! もっと反省しなさい!」
私たちのやりとりを見て、水鏡は口元に手を当てて上品に微笑んでいる。
「ふふ、本当に仲睦まじいわね。貴女たちの絆があれば、きっとこれから先も大丈夫なはずよ。稀代の易者管輅、天の御使い北郷一刀、貴女方に多くの幸あらんことを」
「ありがとう、水鏡。改めて礼を言うわ。ありがとうね、そしてさようなら」
「ああ、俺もすっかり世話になっちまったな。この借りはいつか返すさ。いつでも呼んでくれ」
「なに勝手なこと言ってるのよ! それは私が決めることよ!」
「なんだ? 助けを求められても無視するのか? 薄情なやつだな?」
「べ、別に助けを求められたら、そりゃ急いで駆けつけるわよ? で、でもそれとこれとは話が別でしょ! 主導権は! 私にあるの! この管輅様の手にね!」
見送りに来ていた塾生たちも、水鏡も、彼すらも目を丸くしたあとに、大笑いする。
「そうだな! そうに違いない! 天の御使いを従えるのはなにせ天下稀代の占い師、管輅様だからな! この世界だってその手の内で回り続けるに違いないさ!」
彼は手を広げて叫ぶ。
「笑ってんじゃないわよ! いい? 私たちはね、これからこの世に太平を齎すのよ。言うだけじゃなにも起こらない。だから、今度は殴ってでも信じさせてやるんだから!」
私も手を広げて叫ぶ、誰もが笑顔だった。
「今に見てなさい! この管輅様が! この世界を! 平和にしてやるんだから! この世界を導くのは私よ! 歴史に残るなんて甘えだわ! 私が歴史を作るのよ!」
「そうさ! お前がこの世界を作っていくのさ! この世界の中心はお前なんだからな!」
「ふふふ、さぁ、行くわよ一刀! 世界が私を呼んでいるわ!」
私の目の前には道がある。未知がある。
でも、それだって一刀がいれば、易があれば、見通せる、踏み越えていける。
もう怖いものなんてなかった。
だって、この世界はこんなにも広くて、自由なのだから!
さぁ、この世界の隅々まで見通して、この世界で生きていこう。
もう私は、ひとりぼっちじゃないのだから!!!
いかがだったでしょうか?
ちなみに作者はこれを書きながら砂糖を吐いて死にかけていました
この甘さが皆さんにうまく伝わるといいのですが……
感想批評評価批判文句質問疑問指摘推薦、荒らし以外の全てを歓迎しております
それではそれでは