愛され幼女   作:kouta5932

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 年内に間に合った!
 今回は時系列的に本編の続きなので、外伝ではなく第3話として扱いました。
 わりとシリアス風味です。


第三話

 

 

(1) 悩みの種

 

 

 存在Xの心変わりのせいでターニャの辿るべき道は変わった。100名にも満たない彼女の部下達と、ターニャにとっては上司であるが後の同士ともいえるレルゲン、全世界の総数から比べると極僅かな存在が、帝国の未来すらも変えたのだ。

 国の未来が変わったという影響は凄まじく、特にそれまで戦争をしていた隣国も例外ではない。むしろ帝国以上に歴史が変わったと言えよう。レガドニア協商連合、そしてフランソワ共和国。戦争と言う利を生まない病気に対抗するため、泣く泣く帝国と協力するはめになった二国であったが、敗戦国という恥を飲み込んだ価値は大きかった。

 何せ帝国は与える事を惜しまなかった。特に軍事支援に関しては格別だ。ターニャが編み出した新戦法が二国にも提供されたのである。最大のアドバンテージをさらけだす帝国に対し、二国は驚きを通り越して正気を疑ったほどだ。

 一応の制約はある。航空魔導師の演算宝珠をすべて帝国製にする事だ。過去の自国の宝珠をすべて廃棄し、新たなものに取り換える。それが二国に課せられた枷であった。この新たに配布された演算宝珠はもし二国が反旗した時、またはそのテクノロジーを盗もうと中身を解析しようとした場合、帝国の指示によっていつでも宝珠が自壊するようにプログラムされている。

 まさに命綱を握られているようなものであるが、新型である帝国軍演算宝珠エレニウム98式はそのデメリットを負ったとしても、型破りのハイスペックで、型落ちではなくその最新型を支給されるのは破格の対応である。特にシューゲルの発明で組み込まれた、二者による演算共有システムの試作機がそれまでの演算宝珠を過去のものとした。

 複雑な動作はまだ無理ではあるが、目的が一緒の場合の相乗効果は馬鹿にならない。それにこの演算共有システムはターニャが想定していた以上の効果を生んでいた。視覚の共有である。

 演算共有システムをざっくり解説すると、多少距離が離れていてもリンクできるという事なのであるが、役割の分担が離れていても出来るだけでなく、それぞれの情報の共有もできる。

 そこでターニャが目を付けたのが視覚である。演算宝珠には映像を録画する機能もあるが、それを回りの兵にリアルタイム配信できるのだ。要するにターニャが男だった最初の世界にあった、携帯端末のような事が出来るようになったのである。距離の縛りこそあるが今の時代の環境としては最強の機能だ。情報に勝る力はないのである。

 スマートフォンなど忘れかけていたターニャであったが、まさか演算宝珠が似たようなものになるとは思ってもみなかった。ともなれば一般人でも使えるような、電力で動くスマホの登場が早まるかもしれない。

 軍事利用のモノを民間に転用し、繁栄に至るという話は良く聞いてはいたが、歴史の証人になったような感覚は、ターニャにとってなんとも不思議な気分であった。

 そんな今の時代を過去にするようなぶっこわれた代物がエレニウム98式であり、相手が裏切らない限りは、最高の待遇を確約していた帝国はそれを二国へ惜しみなく提供した。

 何故帝国がここまで二国に尽くすか、それには無論理由がある。帝国としてはこれ以上の戦争を止めるために尽力しているが、絶対どこかで話を聞かない馬鹿が出てくる。もしも周辺国のどこかが開戦したら、帝国軍としてはフランソワ共和国とレガトニア協商連合にそれぞれの領土を自衛してもらわなければ困るのだ。

 帝国としては二国が攻められた場合、もちろん支援部隊を出す事は約束してはいるが、先制攻撃を止められるか否かでその後の展開が全く異なってくる。肝心なのは「これはいける!」と思わせない事だ。相手の出鼻をくじく事こそが最善手なのである。

 そのためにはフランソワ共和国も、レガトニア協商連合も強くなってもらわなければならない。というわけで今国内の軍事力が安定してきた帝国は、次の一手として協力関係にある二国の航空魔導師たちへの指導を行っていた。

 第203航空魔導大隊もその例にもれず、二国の特に有望株の部隊へ指導を行う事が決まっている。これもまたターニャの幸せのためと、意気揚々と迎えたヴィーシャだったが、事はその時に起こった。その中の一人にヴィーシャは見知った顔を発見してしまったのである。そんなヴィーシャの顔は苦虫をかみしめたようであった。

 

 つまりは望まぬ再会である。

 

 ヴィーシャはターニャと共に、前の世界で多くの難敵と対峙してきた。共和国特殊作戦軍第二魔導中隊司令の航空魔導師のセヴラン・ビアントや、連合王国の海兵魔導部隊指揮者ウィリアム・ダグラス・ドレイクなど、厄介だった相手は色々いたが、第203航空魔道大隊として一番強敵と言うか、面倒くさかったのが、合衆国のメアリー・スーである。

 親の敵と言う私怨で軍に入ったヒロインだ。その仇と言うのがこの第203航空魔導大隊だったらしく、長い間粘着される事になるわけだが。

 その彼女が眼を爛々に輝かせて、これから指導に当たるヴィーシャ達の話を聞いていた。カモが厄介ごとを背負ってやってきた状況に、ヴィーシャは己の上司の十八番を呟かざるを得なかった。

 

「どうしてこうなったの……」

 

 メアリー・スー、誰が言ったか、かつての世界の彼女を一言で表すと『無能な働き者』であった。何でも全力なのは良いのだが、見当違いの方に突っ走っていく一番厄介とされる人種だ。さらに言えば魔法の才能がありすぎたのが、彼女の無駄な行動を助長した。

 戦争のリアルを知らず、理想の綺麗な漫画の戦いの世界で生きていたメアリー。彼女の綺麗事で犠牲になった者は数知れず。しかし本人は良かれと思ってやっているので、振り返る事はしないし、どれだけ自制を施しても己の正義が揺らがないため、メンタルも無駄に屈強だ。

 あまりにもぶれないため、行きつくところまで行きついてしまい、何時しか孤立していた彼女は、最後には仲間から背中をハチの巣にされるという悲惨な最後を辿った。

 ヴィーシャの目の前にいるメアリーは純真そのもので、当時のどこかで夢を見ていた自分を思い起こさせられる。ヴィーシャの場合、そんな幻想はターニャによって叩き折られたわけであるが、目の前のメアリーはどうなのであろうか?

 同じ女性、さらには今や魔王にまで昇格させられたターニャの副官、ヴィーシャに向けられる羨望の眼差しは居心地が悪く、ヴィーシャは頭痛が酷くなる。

 もし未来であんな事になるのなら、訓練中に不慮の事故で命を落としてもらうのが手っ取り早いわけであるが、まだ犯してもいない罪で殺してしまうのはいかがなものか。いや、この危険人物が今のタイミングでやってきたのはむしろ僥倖では? 因縁さえ作らなければきっと彼女が敵対する事はない。が、人の内面はそうそう変わらないわけで。何かの拍子にあの神の使途、メアリー・スーになる恐れは完全には消し去れない。

「はぁー……」

 過去に遡って以来の難問にヴィーシャは深いため息をついた。

 

 

 

 

 

(2)アンソン・スー

 

 

 メアリーが軍人になったのは何故か? 合州国と協商連合の違いこそあるが、いずれにせよ軍とはもしも戦になった時は、前線で戦わなければならない過酷なものであり、女性のみならず男性だってそうそう目指すものではない。

 かつての世界とは違い、アンソン・スーは存命であり、戦争も終わった。普通に少女として生きればよかったのだ。それでもメアリーは軍を目指した。

 かつてのメアリーは父親が戦死したからこそ軍に入ったわけであるが、今回はどうであったかと言うと、今回のきっかけもまた父親であった。

 

 

 アンソン・スーはくすぶっていた。戦争に負けはしたものの、生きて帰る事が出来た事は素直に嬉しい。また負けたからと言って軍人としての自分の生活が脅かされる事もなかった。そんな彼が違和感を持つようになったのは、帝国からの情報提供について、軍人として意見を求められた時であった。

 相手の射程外の高度へ到達し、一方的に銃弾の雨を振らせ続ける新戦術を見た時、開いた口が塞がらなかった。航空魔導師だからこそ分かるその戦術の恐ろしさに震える。そしてそんな最強の一手ともなりうる戦術だけでなく、その肝である実現するための方法すらも赤裸々に書かれているのだから溜まったものではない。

 共和国と協商連合は、誇張でもなく世界をひっくり返すような代物をノーリスクで手に入れてしまったのである。制限付きではあるものの、それをやるのに特化した演算宝珠すらも支給されるという破格の待遇。あまりにも満たされすぎて、判断をゆだねられたアンソンは吐き気がするほどであった。

 罠かもしれないという懸念はある。しかしそれを踏まえても、この協力は是が非にも得なければならない。断ってはならない。そう思わせるだけのものがあった。

 敵国に施しを受けなければならない屈辱もあるが、アンソンが一番感じたのは恥である。遥か上の相手に戦争を仕掛けた愚かさ、何故勝てると思ってしまったのか。軍人は命令に従うだけでアンソンが戦争を決定したわけではないが、それでも無知な自分達を恥ず事を禁じ得なかった。

 それでもまだギリギリのところで踏みとどまっていた。その一言さえなければ。

 

「すべてはラインの悪魔の思惑通りか」

 

 アンソンは驚愕で眼を見開いた。何故その人物の名が今ここで出てくるのか? 思惑通りとは一体どういう事なのか?

「ラインの悪魔でありますか? あの悪魔が本件と関係しているのですか?」

「関係も何もその悪魔こそが発案者だよ。戦えるだけでなく知恵も回る。化物、と言うよりかもはや魔王だな。我々の理解を超えている。でも最後には納得させられるのだからたまらない」

「………」

 アンソンは言葉がなかった。アンソンにとってラインの悪魔はすべてを壊した存在だ。あの悪魔はすべてが狂っている。

 

 思い返すのは初めて悪魔と会ったあの日。

 

 情報収集に当たっていた兵士が一人で突っ込んで来た時、捨て駒にされた敵兵を憐れんだが、まさかその一兵士に隊を半壊させられるとは。しかも後に聞いた話であるが、それが初陣だという意味不明さ。

 新兵だというのに、子供だというのに、死への覚悟は決まっており、恐れもなく明確な殺意を持って襲い掛かってくる理知的な獣、あまりにも常識外れであった。

 

 アンソンが悪魔と再び相まみえた時、悪魔はただでさえ手に負えない強さであったのに、さらなる成長を遂げ部隊を率いるようになっていた。悪魔じみたあの強さが量産され、指揮官である悪魔はより強くなっていた。一介の兵士が国の敗北を予期するほどに第203魔導大隊は強かった。

 

 アンソンの積み上げた軍人としてのキャリア、そのすべてを持ってしても悪魔には叶わなかった。もはや戦神と言ってもいいだろう。その彼女が政治にまで介入している? この詰みともいえる一手をあの悪魔が考えたと言うのか。

 怒りは湧いてこなかった。代わりに沸いたのは恐怖。すべては悪魔の掌の上での出来事でしかない。そう思うとアンソンは震えが止まらなかった。先の事をアンソンは覚えていない。彼は気づいたら家にいた。そして最愛の妻、娘を抱きしめた。

 

 それからのアンソンはどこか情緒不安定であった。己のラインの悪魔に対する思いを消化しきれなかったのだ。逃げる事も出来ず、何故、どうしてと問い続けた。他の者達のように「凄いから」という理由だけで、アンソンは思考を放棄する事は出来なかった。

 悪魔に真っ向から立ち向かい続ける行為は地獄のような苦しみであったが、それでもアンソンは考え続けた。続けた結果は必ず返ってくる。

 

 アンソンの中でいつしか恐怖は消え、悪魔に対する純粋な興味だけが残った。

 

 アンソンは強く思った。悪魔と一度さしで話し合いたいと。悪魔は良くも悪くも強烈なインパクトをアンソンに残した。故に一度興味に転じてしまえばその思いはとどまる事を知らない。

 アンソンは悪魔と会った事はあれど、戦場で戦っただけだ。人を知るという行為で最も有用なのは会話する事だ。胸の内でくすぶる何かを解消するにはもはや悪魔と会って直接話すしかない。

 軍人が戦争以外で他国の軍人と会うのはなかなかに難しい。国によってはそういう所もあるかもしれないが、基本的に軍人は国のブレインではないのだから。会いたいと思っても会えるものではないだろう。今までであれば。

 しかし奇しくも今は協力関係にある。協商連合としては望んだ関係ではないが、アンソン個人としてはその現状が追い風となった。己が協商連合の航空魔導師の中核となれれば、いずれ協議する機会は訪れるであろう。

 少なくとも今のアンソンは意見を求められる立場にある。国から直に航空魔導師として価値を見出されている。悪魔と戦って生き延びた者として。

 

 私には運がある。

 

 アンソンは率直に思った。そしてその運を生かすも殺すも自分次第と正しく理解していた。今の地位を盤石のものとするためには、帝国の戦術を真摯に学び、協商連合の航空魔導師の第一人者となり、帝国の戦い方の理解者になる。さすれば自ずと道は開かれるはずだ。

 脂の乗った時期は過ぎ、これからは老いていく身であるアンソンであったが、心を焦がす情熱は若者に引けを取らない。高度10000、協商連合で最初にこの境地に辿り着いたのはアンソンであった。

 己の航空魔導師としての実力は最早頭打ちで、これ以上は経験で補っていくしかないと決めつけていた。だからこそ高度10000の景色を見た時、アンソンは歓喜に震えた。同じ空の青でもすべてが違って見えた。

 まだ成長できるという喜びは代えがたく、アンソンはまた悪魔に対する興味を強くした。アンソンが心の充実を自覚したのはちょうどこの時である。初めこそ悪魔と会話するという私欲のためであったが、今、アンソンは間違いなく人生と言うものを楽しんでいた。

 それからもアンソンは意欲的に己の力の向上に励み、その情熱は協商連合が軍事の面で帝国に追いつくためのキーパーソンとして、不動の地位を築かせた。その実力たるや共和国の航空魔導師、セヴラン・ビアントと肩を並べるほど。

 セヴラン・ビアントは元より戦闘経験が豊富な古強者であったが、彼もアンソンと似たような立場にあったらしい。帝国との差に圧倒されたが、それでも共和国の未来のため、航空魔導師としての意地を貫いた勇将である。

 彼もまたアンソンのようにさらなる飛躍を遂げた一人だ。不思議な縁を感じつつ、アンソンは目標に向かって走り続けた。そしてその努力は実を結ぶ。

 

 ついにその日が訪れたのだ。

 

 もはや運命共同体となった、帝国、連合、共和国の防衛についての軍議。連合の代表としてアンソンはその場に呼ばれ、とうとう悪魔との再会を果たした。

 現れた悪魔はアンソンの記憶よりも、遥かに成長しており、少女から大人の女性へなろうとしているようであった。その成長速度の速さこそが、彼女がまだ二十歳にもならない若者である事を認識させられる。

 しかし悪魔の持つ空気は子供のそれでは決してない。一見可憐で簡単に手折る事が出来そうだが、この場ではその自然さこそが異常なのだ。油断しているわけじゃない。これはむしろ余裕の表れである。

 アンソンは思った。これこそが私が打ちのめされた悪魔なのだと。自身が成長したからこそアンソンは正しく悪魔の大きさを理解できた。このターニャ・デグレチャフはまさしく傑物だ。やっと悪魔と同じ尺度で物を見れるようになったのかと思うと、何か感慨深いものがあり、ふっと微笑む。

 後はもうなるようになれ、相手はどうせ魔王なのだから。固さが取れたアンソンは堂々とした態度で軍議に参加した。

 

 

 国の未来を決める重要な話し合いは滞りなく終わった。細かい修正はあれど、大まかな部分に変更はない。懸念があるとすれば情報の透明性くらいか。潔白すぎればお互い動きにくいし、透明性がなければお互いの信頼が失われる。ここはそれぞれお互いの立場があるし、永遠のテーマであろう。

 ひとまずは3国で連携できるシステムの雛型が出来上がったのは、素直に喜ばしい事であった。後は各々の国に成果を報告し、まとめるだけとなる。

 満足気な笑みを浮かべたターニャが退出しようとした際であった。アンソンは意を決してターニャに話しかけた。

「一つ、聞いてもいいだろうか?」

「何か疑問でも? 示し合わせは重要です。我々軍人が後になって十分理解していませんでした、などあってはならない。何なりと」

「いや、軍議の件ではない。あくまで個人的な事なのだがそれでも宜しいか?」

 ターニャは一度怪訝な表情を浮かべた。それもそのはず、ここはプライベートな話をする場ではない。それでもアンソンが切り出した事、そこに何か切実なものを感じたターニャはあえて続きを施す。アンソンはターニャの度量の大きさに感謝しつつ、己の積年の疑問をターニャに告げた。

 

「何故、貴官は軍人を目指したのだろうか? 貴官ほどの賢さがあれば何も戦いの世界に身を置かなくても良かったのではないか?」

 

 それまでもターニャの卓越した手腕を知っていたアンソンであるが、話してみて改めて彼は思った。その賢さを生かせる場は軍人に限った事ではないと。女性でしかも子供という身だ。まだ違った道があったのではないか。そう感じずにはいられなかった。

 例え軍属だったとしても、もっと後方で良かったはずだ。その頭さえあれば参謀にだってなれたはずである。しかしアンソンの問いに対するターニャの答えは辛辣であった。

「つまり女子供は黙って守られていろと?」 

「いや、そういう事を言いたいわけでは……!!」

 侮辱したいわけではないとアンソンは訂正するが、ターニャは頭を振る。

「いいえ、貴官の言いたい事は結局そういう事だ」

 怒りをたたえるターニャに、何とか軌道を修正したいアンソンであったが、次の言葉で何も言えなくなってしまった。

 

「本官は孤児でした」

「……っ!!」

 

 たった一言であったが、それで察せないほどアンソンは愚かではない。

 

「女性が戦場に出るのは間違っている? 子供が戦場に出るのは間違っている?」

 アンソンは言葉にこそしなかったが、その沈黙は肯定していると同義であった。彼にとって、妻と娘が戦場に出るなんて事はあってはならない事であったから。負けても男なら死ぬだけで済むが、女性の場合はもっと惨たらしい現実が待っている。それは夫として、父として到底許容できるものではない。

 しかしターニャの次の言葉はアンソンの心を貫いた。

「戦争に負けた際、真っ先に犠牲のなるのは誰か? そんな分かりきった質問をあなたはするつもりか?」

「それは……」

「逃げればいいとは言うまいな? それは金のあるものの特権だ。貧しいものは取り残され、蹂躙されるだけ。その未来が分かっていて、戦争に参加するなとは良くも言えましたな。弱者は黙って死ねとでも?」

 ターニャのねめつける視線にアンソンはたじろぐ。何せ協商連合は初めに戦争を仕掛けた側なのだから。仮に協商連合が勝利したとして、帝国の国民全ての身の安全を保障するとは口を避けても言えなかった。

「アンソン・スー大佐。本官も軍人だから国に異を唱える事はしない。開戦になり、命令されれば躊躇わずに実行するだろう。それはきっと貴官だって同じであろう。上が開戦を決め、命令されたから従っただけ。それが正しい軍人の姿でもある。勝つ事以外を考えるのは軍人に不必要なものだ。それでもあえて言わせてもらう」

 

「正義をかざしたいのなら、そもそも戦争を起こすな」

 

 アンソンは感服せざるを得なかった。ターニャは誰よりも戦争の悲惨さを知り、戦争を嫌っていた。だが世界は違っていた。どの国だって戦争に魅了されていた。戦争は必ずどこかで起こる。

 ならば己が身を守るためには軍人こそ最適解だった。唯一世界を正しく見る事が出来ていた彼女が軍人になるのは最早運命だったのだろう。

 

「勝てる訳がなかった。戦争には理想が必要だ。人を殺す悪魔の所業を正義で、大義名分で上書きする。理想に盲目した我らがどうして勝てよう。ラインの悪魔の戦争は現実そのものだ。あの冷めた視線の奥にはどれ程の怒りがうずめいているのか」

 

 戦争に対する覚悟がまるで違う。それがアンソンの悟った事。完膚なきまでに打ちのめされたアンソンであったが、その表情は晴れやかなものであった。

 

 

 かつての世界ではありえなかった、ターニャとの会合はアンソンの人生観を変えた。それまでアンソンは自分こそが妻と娘を守るのだと決心していた。だがターニャとの話し合いの後でふと思ったのだ。

 もし自分が何か不慮の事故でなくなってしまった場合、妻と娘はやっていけるのだろうか? この戦争が蔓延した血塗られた世界で、生き残れる保証などない。

 己が絶対的存在ではない事を今のアンソンは知っている。もしもが起こってしまった場合、妻と娘は自分の力で自分の身を守らなければならない。アンソンの助力なしで、この残酷な世界と戦っていかなければならない。

 ずっと綺麗な世界を見せ続け、急に現実と言う地獄に突き落とす。それは親の責任を放棄しているようなものかもしれない。この世界を生き抜くには力が必要だ。理不尽に屈しない力が……

 

 そしてアンソンは大きな決心をした。

 

「なあメアリー、話したい事があるんだが……」

 

 

 

 

(3)メアリー・スー

 

 

 メアリーにとって世界とは優しいものであった。両親の愛に育まれ、貴族などの上流でこそないが、中流家庭として不自由ない生活を送ってきた。贅沢こそできなかったが、上流ならではのしがらみ等ない分、一番恵まれていたとも言えるかもしれない。

 天真爛漫で勉学にも励む、メアリーは親であるアンソン夫妻にとってまさに理想的な子供であった。ただメアリーは現実を知らなかった。子に不自由させたくないのは親として当たり前の感情であるが、生き抜く力とは現実を知って初めて得られるものである。

 かつてターニャが男として生きていた平和な世界なら、平和こそが現実のため何も問題ない。しかしここは戦争が当たり前の世界、本で読む物語の綺麗な世界こそが虚構。意を決したアンソンに話された現実の世界は、メアリーを打ちのめした。

 戦争とは悪の侵略者から皆を守る正義の戦い、非は敵国にあると信じ切っていたメアリーにとって、戦争がただの生存競争、否、利権争いでしかなかった事は衝撃的で、裏側の世界に初めて触れた事は吐き気がするほどであった。

 そしてその利権の為に多くの命が失われている現実、そのどうしようもなさにメアリーは幻滅した。争いのない綺麗な世界に突然現れた黒い異物、メアリーにとってそれは到底受け入れがたく、その怒りはそれまでずっと隠してきたのに、今になって話したアンソンに向かった。遅れてきた反抗期である。

 しばらくは訳もなく反抗し、情緒不安定に陥っていたメアリーであったが、ふとアンソンの話に出ていた帝国の恩人についての話を思い出した。メアリーと同年代か、さらに年下か、とにもかく少女と呼べる存在が軍人をしており、戦地にて獅子奮迅の活躍をしていたという。

 昔のメアリーであれば、単純にその英雄ともいえる戦神っぷりにこそ憧れたであろうが、現実を叩きつけられた今のメアリーにとってより興味を惹きつけられたのは、その少女がさらに幼い幼女の時に現実を正しく知り、地獄のような世界でも諦めず、己が力で道を切り開いていった事であった。

 力の強さではない。その心の強さこそが、道に迷うメアリーを強く惹きつけた。

 アンソンは少女に人生観を変えられたという。手塩にかけた部下達が死に、本人も死にそうな目に合った。戦争も負け、徹底的に打ちのめされた。

 どん底を味わったアンソンであったが、それでも少女と向き合い続け、少女から教わった戦い方を愚直に学んだ。そしてアンソンは対等かは分からないが、それでも少女と話ができるレベルまで昇りつめた。

 アンソンと少女との関係を客観的に見つめなおした時、メアリーの中でアンソンに対するわだかまりが氷解するのを感じた。メアリーが今味わっている苦悩はアンソンも辿った道である。

 生死にかかわる戦いをした相手に対し、過去の因縁すべてを忘れて学ぼうとする姿勢の凄さたるや。とにかく必死だったのだろう。いつしか父を理解したメアリーは、尊敬の念をアンソンに抱くようになっていた。

 自分のそれまでが間違っていたと否定するのは容易ではない。自分は嫌われても良いから間違いを正す、それが出来る人が世にどれ程いるか。これこそが愛である。メアリーは親の偉大さを知り、一つ大人になった。

 気が付くとアンソン親子の仲は元に戻っていた。むしろ腹を割って話した今の方がより結束が強くなっているほどだ。

 

 親が親であれば、子も子である。

 

 すべてを知った今、アンソンがそうであったようにメアリーが少女、ターニャ・デグレチャフに興味を持つようになったのは必然であった。

 

 アンソンからターニャの話を聞いているうち、メアリーの内にとある一つの思いが生まれていた。

 

「私も強くならなくっちゃ!」

 

 それまでなかった自立心が生まれ、この世の中で生きていくための力を欲したのだ。その決意を後押しするかのように運は彼女に味方する。

 アンソンが参加した軍議以降、協商連合と共和国の航空魔導師は、帝国軍から指導を受けられるようになっている。さらに優秀な人材であれば、かのターニャ率いる203航空魔道大隊から直々に教えを乞う事が出来る。

 幸いメアリーには父と同じく、高い魔法適性があった。戦場とはどれ程酷い世界なのかメアリーは父から聞いている。それでも憧れがあった。強くなりたかった。彼女が航空魔導師の道を目指すのは当然の帰結であった。

 

 アンソンはメアリーの決断を否定しなかった。

 

 戦いがすべてではないが、理不尽な暴力に理屈は通用しない。守るための力は今の時代には必要だ。娘が立ち向かうための力を得ようとしている姿は頼もしく、しかしそんな残酷な力が必要である時代である事を憂て、アンソンは悲しく笑った。

 

「我が娘に幸あらん事を」

 

 そうして軍に入ったメアリーであったが、アンソンはもちろん手助けなどしなかった。メアリーは生ぬるい世界を望んでいるわけじゃない。戦う力を必要としている。親として心配だったのは間違いないが、娘の成長のためアンソンは不干渉を貫いた。

 メアリーの教官に当たる人物は、メアリーが協商連合の航空魔導師第一人者のアンソン・スーの娘であると知ってはいた。しかし彼も帝国の航空魔導師と戦った経験がある故、二人の意図は察していた。

 教官はメアリーをあくまで一新兵として扱う事を約束し、メアリーに他と変わらない厳しい訓練を課した。

 メアリーの挑戦は案の定苦難の連続であった。覚悟はあってもそれに体が伴ってない。中流家庭と言っても下々の者から比べれば十分箱入り娘だ。体力がない。筋力がない。しかしそれはまだメアリーにとって想定内。全く持って予想だにしていなかったのは衛生面だ。

 訓練している時は集中しているから良い。問題は休んでいる時である。気が抜けた時ほど回りのものが気になるもので。特に匂いは気にしないようにしていても、呼吸は止められないためどうしようもない。

 戦いにおいて衛生面がまともであるという事は何気に重要で、協商連合の場合それなりにまともな方であるのだが、綺麗な世界で育ったメアリーがその落差に面食らったのは言うまでもない。休息が満足に取れない事はひたすらに辛かったが、それでも折れなかったのはメアリーの覚悟が本物である証拠であった。

 だが兵士として優秀であるかは別である。特に航空魔導師は敷居の高い兵科である。空中移動制御、酸素生成、防御隔壁、魔力探知、そして攻撃……

 高い魔法適性があろうとも、このマルチタスクの多さに脱落してしまう者が多く、選ばれし者のみがなる事が出来る兵種なのだ。

 初めての技術試験でメアリーが出来たのは高度維持から探知まで。攻撃対象であるダミーバルーンに射撃を行うまでは出来なかった。全体成績では中の上と言ったところか。半分より上なのは喜ばしい事なのか、メアリーは判断に苦しんだ。

 分かっているのはまだ全然足りないという事。とりあえず安心している者がいる中、メアリーは空を見上げていた。彼女が改めて感じたのは父の偉大さ。メアリーの父であるアンソンは今や協商連合の航空魔導師のトップにいる。空を縦横無尽に駆ける父を思い描き、メアリーは空へと手を伸ばす。

 

「選ばれし者だけが行ける高度10000の世界……私はそこに行きたい!」

 

 現実に打ちのめされても熱はまだ冷めない。

 

 最初こそ上品な振る舞いとその華奢な体から、金持ちのお遊びと見られ、回りから煙たがられていたメアリーであったが、ひたむきに頑張る姿勢に心打たれた者も多く、何時しか彼女の周りには人が集まるようになっていた。

 回りに支えられてただの少女が軍人として成長していく。その様子を教官は満足気に見つめていた。

「鷹の子は鷹か。普通であれば血筋なんて役に立たないものなのだが、なかなかどうして。戦士としての才能は父であるアンソン殿に劣るが、彼とは異なる面で人徳がある。人に好かれるのも才能の内だ。そしてあの視野の広さ、彼女もまた将となるべき器か。異なった才能なれど行きつく先は同じとは。実に面白い」

 

 

 それはメアリーが訓練を終えた後の事であった。一周遅れであった体力と筋力がついてきて、ようやく苦にならなくなってきた頃である。何の用件か見当もつかないメアリーは恐る恐る教官のいる執務室のドアをノックする。

「メアリー・スーであります!」

「入れ」

「はっ」

 大分板についてきた軍の規律にメアリーは内心苦笑する。ポーカーフェイスは得意ではないが、己の不安を隠せるくらいには成長した。

「今回は貴様に良い知らせがある」

「良い知らせでありますか?」

 てっきり叱られるなど悪い面で考えていたメアリーは、真逆の展開に思わず首をかしげる。何せメアリーはこれまでよく叱られてきた。悪い事は一切していないが、疲労でぶっ倒れたり、腹を下したりなど、体調面で相当に迷惑をかけた。

 それこそ一度メアリーは久々の風呂が気持ち良すぎて、寝落ちして溺れかけた事もある。その時の教官はもう半泣きであった。曰く、厳しくする事に異存はないが、それで死なれたら私の首が飛ぶとの事。

 一人その事を思い出して申し訳ない気持ちになったメアリーであったが、教官の次の一言で全てが吹っ飛んだ。

「喜べ。貴様の帝国への出向が決まった」

「え? 嘘!?」

 思わず軍人口調を忘れて素に戻ってしまう程の衝撃であった。

「本当だ。貴様は帝国の航空魔導師育成プログラムに推薦されたのだ」

 喜びよりも何故が勝った。何故ならメアリーは自分がまだ実力不足である事を痛感している。他の優秀な皆を差し置いて自分が行くとは考えつきもしなかった。

「メアリー・スー少尉、貴様の疑問は最もだ。だがその疑問に思う姿勢こそ私は評価する」

「?」

 今一理解しきれないメアリーは首を傾げる。

「貴様は己の力量を正しく理解している。それは何かを学ぶ上で最も必要な事だ。己を知らなければそもそも何が必要かを理解できないからな。熱意については問うまでも無かろう。倒れてしまう程貴様が訓練に力を入れていたのは知っている。要約すればだ。我々は貴様の伸びしろに期待している」

「私の……伸びしろ……」

「まあ辞退するならそれでも良い。やる気のある候補はいくらでもいるからな」

「や、やります! わ、私が行きます!!」

 降って湧いたチャンスを霞めとられそうになって、メアリーは思わず即答してしまった。教官がにんまりと笑うのを見て、メアリーは担がれた事を知り、赤面した。

「良い返事だ。出発は明日、0800だ」

「あ、明日ですか!?」

「鉄は熱いうちに打て。鉄則だ。すぐに発てる様、準備しておくように」

「りょ、了解致しました! それでは失礼致します!!」

「ああ、そうそう。お前の出向先は203魔導大隊だ」

「え?」

「我が協商連合を敗北まで導いたラインの悪魔の部隊、得られるものはすべて持ってこい。これは命令だ!」

「はっ!!」

 退室した後、メアリーは直立姿勢で、さながら機械のように無言で歩き続けた。あまりにも現実感がなさすぎて頭が真っ白になっていた。外に出て宿舎に向かう最中、メアリーはふと空を見上げる。

 空の遥か彼方で帝国の英雄、ターニャ・デグレチャフと父、アンソン・スーの姿が見えた気がした。それと同時に実感が沸いてきてメアリーの喜びが爆発する。

「やった! やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 メアリーはターニャを強く思い続けた。縁とは思いの強さから生まれる。かつての憎しみとは真逆であるが、彼女の焦がれるような憧れは、今度は交わらないであろうと思われた両者を引きつけたのであった。

 

 

 

 

 

(4)無尽蔵の愛

 

 

 そんなこんなでメアリーを指導する事になったヴィーシャであったが、彼女の心配は他所にメアリーは優秀であった。ヴィーシャにとってすっごく困ったのが異様な程慕われてしまった事である。

 ヴィーシャはもうあのターニャの副官としてかなり名を知られている。となるとメアリーにとってヴィーシャもまた羨望の対象というわけで。

 ヴィーシャとしてはかつての世界の粘着っぷりがトラウマになりかけていたため、どうにか粗を探して追い払いたいわけであるが、あのキラキラした眼差しを向けられると後ろめたい事をしている気分になり、何とも言えなくなってしまう。

 もちろんヴィーシャも一流の軍人故、それが演技である可能性も考えたのだが、どんなに厳しい訓練を貸してもその笑みが崩れる事はないし、戦争の理不尽さを叩き込むため、叱りつけたり煽ったりして見てもメアリーはぶれなかった。というかむしろ「これが本物の203式訓練!!」とキラキラ度が増していた。

 ちなみにこれ、かつてターニャが経験した事である。滅茶苦茶厳しくして音を上げてもらうはずが、ターニャの威光が強すぎたため疑われる事がなかった。むしろこれが一流の訓練と誤解され、耐えきった者達によってやべー部隊が仕上がっていたという。

 上司に似るのか、自己評価が低いのはヴィーシャも同じである。戦略的に203魔導大隊の価値は理解していても、自分自身英雄として憧れの対象になる側面については無頓着で、なんで? どうして? と日々首を捻る毎日。

 

 溜まったフラストレーションはもはや限界近く、もう爆発するといったヴィーシャが選んだ発散先はなんと存在Xであった。 

 

「このクソ神! あいつ送り込むなんて一体何してくれるんですかぁぁ!!!」

「ち、違う。私何もしてない! まじで何もしてないって!!」

 

 もはやクソ神呼ばわりされている存在Xが、何故ヴィーシャと会話できているのか。それは存在Xがちょくちょく神の世界から遊びに来ているからであった。その姿はかつてターニャに姿現した時と一緒で、彼女に瓜二つの少女であったが、前とは違ってその髪の色を銀色であり、さながら2Pカラーのような姿をしていた。

 余程気に入ったのか、存在Xは最近よくこの姿を取るのだが、それがさらにヴィーシャの怒りを増長させる。一応神であるはずなのだが、ヴィーシャに責め立てられて、委縮している姿に威厳はまるでなかった。

「じゃあなんで彼女がここに来るんですか! きっかけになる父の死が起きてないのだから、一般人のはずでしょ!?」

「いや、それを言うならあ奴が悪い」

「我らが大隊長に何の非があるっていうんですか! ねじりますよ!?」

「ねじる!? な、なにを!?」

 全く持って意味不明なワードであったが、得体の知れなさが存在Xの恐怖をあおる。神が何と弱気なと思うかもしれないが、神においての力とはすなわち信仰である。ヴィーシャはやったら信仰があるターニャの眷属のようなものなので、普通に負ける可能性もあり、真面目に脅威なのである。

「まあ聞け。貴様らの大隊長は三国軍議でメアリーの父と会ったのだ。彼女が来たのはそこでたらし込んだ結果というわけだ。いかにターシャちゃんが凄いか力説していたからな」

「何でそこで阻止しないんですか!」

「私ターシャちゃんには不干渉貫くって決めてるし!」

「約束なんて守ってる場合ですか! そこは臨機応変に対応しなさいよ!」

「んな無茶苦茶な!!」

 あーだこーだやりあっていると二人に近づく影があった。

「セレブリャコーフ中尉(※ 階級上がりました)? こんなところで何している?」

 ターニャその人である。ヴィーシャの指導の様子を見に来たのであるが、訓練どころか幼女と喧嘩している光景に困惑気味であった。ここで幼女虐めと思わないのはヴィーシャの普段の行いのたまものである。

「大佐殿(※ 同じく階級上ってます)! これはその……」

「うん? お前は……存在X?」

「ぐ、ぐーてんたーくターシャちゃん。お願い助けて」

「誤解を招くような事言わないで!!」

「ぐえぇぇー」

 

「……えぇー」

 

 前のように存在Xがターニャの姿を取っているのもいけ好かないが、そんないけすかない神がただの人(しかもその人物は自分の優秀であるはずの副官)に虐められている図、思わず拒否反応が出てしまうのも無理はない。ターニャは目の前の光景に軍人フェイスが崩れ、ひきつった笑みを浮かべる事しかできなかった。

「それで何がどうなってこのような状況になっているのだ?」

「このくそ神が余計な事をしてくれたからです!」

「だから私何もしてない! 不干渉は守ってます!!」

 ターニャはなんか存在Xが不憫になった。あれほど憎んでいたはずなのに今やクソ神と呼ばれる始末。神と言うのもなかなか大変そうだ。そして何よりも我が副官が逞しすぎる。ふとターニャが思ったのが、自分に記憶こそないが、かつての病死したらしい世界で、ヴィーシャにすべてぶちまけていたらどうなっていたかと言う事だ。

 なんか203魔導大隊の面子が神の世界に喧嘩吹っ掛けそうなヴィジョンが浮かび、慌てて頭を振った。これは開けてはいけない扉だ。ジャンルが変わってしまう。

「とりあえず一から話せ。それから判断する」

「分かりました…………あっ!?」

 それまで顔を真っ赤にしていたヴィーシャであったが、急に青ざめる。ターニャはその理由を察してヴィーシャに告げた。

「大丈夫だ。理由は大方この存在Xに聞いている」

「それって」

 過去にさかのぼった事を知られてはならない、それはターニャ除く203魔導大隊の皆で決めた不文律の掟であった。それを、あろう事か、この存在Xが破った。一度冷静になったヴィーシャの怒りが再点火するのは分かりきった事であった。

 思いっきりヴィーシャが存在Xを睨みつけると、存在Xは慌ててターニャの後ろに隠れる。ターニャは泣きたくなった。散々苦しめられてきたはずの存在Xが、こうも情けない姿を晒しているのを見ると、自分のあの苦労は何だったのだと悲しくなる。

「ヴィーシャ」

「は、はい。申し訳ありませんでした」

「いや、貴様の想いは嬉しく思う。ただこのままでは話が進まない。一度冷静に」

 ここで一度相手を肯定し、立てるのがコツである。さらにはあえての名前呼び、効果は抜群だ。ターニャの人心把握術を目の当たりにした存在Xは感心した様子であった。大分冷静さを取り戻したヴィーシャは改めて説明モードに入る。

「それでは説明させていただきます。大佐殿が初陣で戦った人物を覚えていますでしょうか?」

「アンソン・スーか。この前の軍議で久々に会ったがそれが何か?」

「彼ともそうなのですが、どちらかというとその娘の方が問題でして。前の世界で因縁つけられていたんですよね」

「ふむ、詳しく」

「はい、それでは」

 それからヴィーシャはメアリー・スーが軍属となった経緯、そして彼女が203魔導大隊に仇名す存在になった事、恨み故に私情で動く危険人物であった事を事細かく説明した。

「つまりはだ。我が203魔導大隊はアンソン・スーを撃墜した故に、その娘であるメアリー・スーに恨まれた。しかし当時は何の実力もない小娘でしかなく、復讐するための力がなかったが、存在Xがこれ幸いと彼女に恩恵を与えたと」

 ヴィーシャの説明を聞き終えたターニャは己の中で考えをまとめると、居心地悪そうな存在Xへと向き直った。

「存在X、貴様、本当に神なのか?」

 ターニャの軽蔑を通り越して呆れたような表情に存在Xはムッとする。

「なにをー!!」

「そんな力の与え方をしたら駄目になるに決まっているだろう」

 しかしターニャの次の一言は存在Xの興味を引くのに充分であった。

「一体どういう事だ?」

「何もかにも、単純な事だ。人は過剰に与えれば腐る。人とは本来我儘な生物だ。だが一方で群れなければならない。群れで生きるためには我儘のままではいけない。よってルールというものを敷いたわけだ。我慢しながらな。そんな人に力を与えたらどうなる? 秩序を破壊し、人に仇名す存在になるのは必然だろう?」

「だが大いなる力は信仰に繋がる。少なくとも昔はそうであった」

「存在Xよ。随分盲目的だな。それは物がない時代の考え方だ。農業革命、産業革命が起き、物が揃うようになった時代、信仰が科学に破れ始めた時代でもある。最低限生きる保障を得た人は、自由になった時間を思考に使えるようになった。今に合わせて限定的に言うと、物事に根拠を求めるようになった。大いなる力は言うなれば得体のしれない力だ。答えなき力は信仰ではなく、今ではむしろ恐怖の象徴だよ」

「っ!!」

 存在Xにとってターニャの言った真実は頭を金づちで殴られたような衝撃であった。

「賢くなった弊害だな。答えを知らないと納得できないんだ。まだそのメアリーとやらにカリスマ性があったのなら、話は違ったのかもしれないが、何も知らない子供、しかも憎しみに染まった子を選んだのは失策も良い所だぞ」

 ぐうの音も出ないとはこの事だ。正論とは一番の暴力である。何せ否定しようがないのだから。存在Xの自尊心はもはや木っ端みじんに打ち砕かれた。

「子供は力の使い方を知らない。その恐ろしさを知らない。私が何故ヴィーシャ達に恐怖を先に叩き込んだと思っている」

「脱落させるためでは……」

「力に溺れないようにするため、ですよね!」

 存在X渾身の反論も、ターニャ狂信者であるヴィーシャに潰される。ターニャの場合、動機はどうであれ結果が伴ってしまっているのだからたまらない。これ以上の抵抗はどうにもならないと思った存在Xは押し黙った。

「巨大な力を扱うための正しい知識、そして心構えが必要だ。しかしそれらは修練する過程があって初めて得られるものだ。力だけ得ても遅かれ速かれ自滅するのは必然だ」

 この過剰な力は現代的に考えると宝くじに例えられるかもしれない。宝くじの高額当選者はその後、幸せな生活を送るかと思いきや、不幸になるケースが多いという。お金の使い方を知らない故に、有効に活用できずに失ってしまうのだ。

「人を潰す最も確実な方法は与え続ける事だ。何故なら人は奪われる事には敏感だが、与えられる事には酷く鈍感だ。与えられた力を己の力と過信した時、人はどこまでも慢心し、堕落していく」

 ターニャの話を聞いて、ヴィーシャは言伝に聞いたメアリー・スーの最期を思い出していた。彼女の最期、それは仲間であるはずの者から受けた背後からの銃撃。きっと彼女は味方から撃たれるなんて思いもしなかっただろう。殺したいほど恨まれていたなんて。彼女は己の死をもって現実に帰った。

 メアリーは己が救世主だと信じていた。父を殺した悪魔は世に悪をばらまく魔王で、己自身は父の敵討ちをする正義のヒーローだと。その思いが強くなるにつれ、盲目的になればなるほどメアリーはさらに力をつけた。

 神への信仰こそが彼女の力の源で、それ以外が全くなかった。だから他の軍人の強さがどのような修練の果てに生まれたなんて考えてこなかったし、軍における規律の必要性も理解していなかった。理解していなくとも力を得られたのだから。しかし理性なき力は誰も幸せにしない。

 

 いつしか彼女は孤立していた。

 

 メアリーは与え続けられたからこそ振り返れなかったのだ。その道に進むしかなかった。理解するとメアリー・スーという者は何と悲しい存在なのだろうか。ヴィーシャはこれまで厄介にしか思っていなかった彼女に思わず同情してしまった。

 一方で存在Xも流石に罪悪感を感じざるを得なかった。良かれと思ってやった事で、彼女を害する気持ちは微塵もなかったが、メアリーの信仰に応じ続けた結果が、彼女の死に繋がったとなっては流石に後味が悪すぎた。

 へこむ二人を見てターニャは肩をすくめるとヴィーシャに問いかける。

「それで今のメアリーとやらはどういった感じなのだ?」

「それこそ優等生ですよ。才能こそ並ですがやる気に溢れています。私が教えた事を一字一句聞き漏らすまいとしていますし、覚えられるものはすべて覚えるといった意気込みですね。軍歴が短い故に体力不足で、よく宿舎に戻る前に倒れたりするのが困りものですが」

「天才とは努力する凡才である。とある科学者の言葉であるが、やる気は何よりの才能だ。もしかすると化けるかもしれんな。それこそヴィーシャのようにな」

「力なければ大隊長殿の隣には立てませんから!」

 褒められて嬉しそうにヴィーシャ微笑む。ターニャの誉め言葉はヴィーシャにとって何よりの幸福なのだ。

「とにかくだ。話を聞く限りではそのメアリーとやら、問題ないと思うぞ」 

「信じても良いのでしょうか? 今はまだ素直で良い子ですが今後どうなるか……」

「簡単な話だ。こっちを信じさせろ」

「え?」

「相手から飛び込んでくれたんだ。しかも帝国式航空魔導師を学ぼうと躍起になっている。ここまでお膳立てされているんだ。染め上げるのなんて簡単だろう? 憎しみと信仰で我が203魔導大隊を苦しめるまで昇りつめた者だ。味方にしておけば心強い事この上ない。徹底的に帝国式で仕込んでやれ」

 なるほどと頷くヴィーシャに興味深そうに聞き入る存在X、人の導き方が分からなくなった存在Xにとって、ターニャの考え方は核心的であった。もはや神であるという事も構わずにターニャに尋ねた。

「正しい知識、心構えがあると何が違ってくるのだろうか? 過程があれば何が変わってくるのだ?」

 ターニャは答えた。

「人は己が行動した対価を欲する。自己の証明の為にな。これを言い換えれば『自信』だ。自分の行動が正しかったと証明できた人間は芯から強い。一方で与えられた力は『自信』ではなく『不安』を生む。己がその力を扱うのにふさわしいか、己自身納得できていないからだ。故に自滅する。それだけの話だ」

 感心した様子の存在Xにターニャは微笑みながら言った。

「存在Xよ。貴様は飴だけをあげていたようだが、人を育てるにおいて飴と鞭は基本中の基本だぞ?」

 

 

 

 

 

(5) そうして神は深みに嵌る

 

 

「貴様ら喜べ! 今日は我らが大隊長殿が視察にこられた! ターニャ・デグレチャフ大佐である!」

 ヴィーシャの威勢の良い声が飛ぶ。普段は物腰柔らかくても、副隊長としての彼女はターニャと同じく冷静な獣である。その眼差しは鋭く、ターニャに次ぐカリスマ性を持っている。

「敬礼っ!」

 ヴィーシャの号令に訓練兵たちは一糸乱れぬ動きで敬礼をする。

「ご苦労、セレブリャコーフ中尉」

 訓練が行き届いている様子を満足気に見ると、ターニャは壇上へ上がり、緊張している若き兵達へと語り掛けた。その中には無論渦中の人、メアリーもいる。彼女は緊張しながらもどこか光悦した表情でもあった。ターニャこそ彼女の憧れの人であるゆえに。

「ターニャ・デグレチャフ大佐だ。今回は諸君らの顔を拝みに来た」

 初めこそ小柄なターニャに戸惑いがあったが、その声を聞いた瞬間、兵達の顔が引き締まる。彼女から発せられる圧倒的な存在感、ただものではないオーラが、目の前の彼女こそが軍神であると嫌が応にも理解させられる。

「諸君らはここにきて地獄を味わったであろう」

 訓練生達は表情にこそ出さないものの、ターニャの言葉にヴィーシャの課した苛烈な訓練を思い出していた。そしてこの流れは褒めてくれるのではと淡い期待も抱いた。かの英雄から褒められたとなれば、皆に自慢できるくらいの栄誉だ。

 しかしターニャの次の言葉はそんな淡い期待を抱いた兵達をへし折った。

「喜べ。それはまだ入口にすぎない。貴様らにはさらなる地獄を味わってもらう」

 不満が思わず表情に出てしまった兵もおり、ターニャはそれを見て嗜虐的な笑みを浮かべた。バレたのを察した兵が慌てて繕ってももう遅い。

「不満などあるわけあるまい。貴様らは覚悟を持って、この203魔導大隊の訓練を受けているのであろう?」

 挑発的に言うターニャであったが、誰も文句は言わなかった。ここに集まった者達は国を守る力を得るためにやってきた。覚悟のない者と思われるなんてもってのほかだ。試されていると理解している訓練兵達は意地を貫き、もちろんとターニャへと強い眼差しを向ける。

 その負けん気の強さはターニャにかつてのヴィーシャ達を思い出させた。

 ターニャは思う。ここにいる奴らは狂人ばかりだと。だが狂人こそ乱世には必要なのだろう。故にターニャはさらに強い言葉で語り掛ける。

「やる気があるようで結構。そう、戦いとは、戦争とはすなわち避けられない地獄である。勝てと命じられれば必ず勝たなければならない。一度命じられれば貴様ら軍人に逃げる事は許されないのだ。戦って死ねと言われれば死ね。それでも生きたいと願うのならば……」

 

「地獄と隣人になれ」

 その言葉の重みに訓練兵の誰もが息を呑んだ。

 

「例え地獄であろうが、知ってさえいればどうって事はない。地獄を知り、恐怖を克服した時、貴様らに怖いものは何もなくなる。期待しているぞ? 我らが帝国の同盟国の諸君よ」

 訓練兵達はただただ圧倒された。ターニャは訓練兵達が思い描いた清廉潔白なヒーローとは真逆な存在だ。ヒーローよりむしろ魔王。だがターニャには空想のヒーローにはないリアリティがある。

 嗜虐的で、血生臭く、気高い。これこそが本物だと確信する。訓練兵達は心が震えるのを感じた。神に嫌われても己を磨き続け、運命を切り開いたターニャの堂々たる姿は、嫌悪感を感じる以上に訓練兵達を惹きつけてやまない。

 特にメアリーの感動は一際であった。女性、しかもメアリーより年下と言う身でありながら、誰もが威圧されるほどの鋭い眼光。見ているだけでもターニャが遥か格上なのが分かる。きっとここにいる訓練兵全員で戦っても全滅させられるであろう。そう思うくらいに。ここまでの強さを人一人が持っていいものなのか。

「期待に沿うよう精進いたします!!」 

 気づくとメアリーはそう叫んでいた。彼女はその場を去ろうとしていたターニャに何か残したくて必死だった。後になってしまったと思ったメアリーであったが、声にあげてしまった以上はもう誤魔化せない。

 回りがざわつく中、振り返ったターニャの視線にメアリーは耐える。ここで目をそらしてしまってはわざわざ聞こえるように声を上げた覚悟を疑われる。メアリーとしてはそれだけは避けたかった。ターニャは尋ねた。

「貴様、名前は?」

「メアリー・スーであります!」

「メアリーか」

 ターニャは何か考え込むような仕草を見せる。緊張で固まるメアリーにとって、それは永遠にも近いような時間であった。

「その度胸を評価して一つアドバイスしてやろう」

 意外な申し出にメアリーは固まる。メアリーとしては一体何を言われるのか気が気でなかった。そんな事はお構いなしにターニャはメアリーの肩に手を置いて言った。

「決して地獄に魅入られるな。理性なき力は己を破滅させる。強さを目指すのであれば、あるべき正しい軍人の姿も学べ」

 何故地獄を学ぶのか。それは狂わないようにするためだ。地獄に取りこまれないようにするために、あえて隣人となる。まさに毒を以て毒を制すだ。

 メアリーがすぐに返事を返せなかったのは過去の自分を思い出したからであった。単純に正義と悪で分けていた幼稚な自分、今彼女は父に教えられ、この厳しい訓練で現実を知りつつある。かつてのメアリーなら分からない。でも今なら。

 ターニャの言葉はメアリーの心にすっと入っていた。己の過ちを戒めるように胸に手を置くと、メアリーはターニャに今度こそ返事をした。

「はっ、了解致しました! 肝に銘じておきます」

「宜しい」

 ターニャは満足そうに頷くとヴィーシャに声をかける。

「セレブリャコーフ中尉、せっかくの熱意ある者だ。特別にみっちり仕込んでやれ」

「了解であります!」

「えっ……」

 満面の笑みを浮かべるヴィーシャに、思わず顔がひきつるメアリー。ただでさえ厳しいのに今後の訓練は一体どうなってしまうのか? いつもはやる気十分のメアリーでも流石に不安にならざるを得なかった。

 

 

 ターニャの視察から数時間発った後、彼女の訓練兵達に対する対応を見届けた存在Xは首をかしげていた。

「これのどこが飴と鞭なのか……ただ鞭だけにしか見えないのだが……」

「だからあなたはポンコツなんですよ」

 いつの間にかヴィーシャが背後に立っており、存在Xはぎょっとして飛び退く。彼女の言葉は相変わらず辛辣であった。

「副官である貴様には違うように聞こえているのか?」

「確かに恐怖を克服する訓練というのは紙一重です。何故なら人を追い込むという行為は快楽を生みます。己が絶対的優位であるがままに支配できる。その優越感は抗いがたいものです。しかし大佐殿は私達を鍛える時そんな素振りは一切見せなかった。大佐殿は何時だって一番危険な位置にいて、地獄のそばにいました。実際の戦いになってからはなおの事です」

「だがそれは貴様らが強くなればターシャちゃんの生存率が上がるからに過ぎないのでは? 合理的な判断を好むターシャちゃんの事だ。目先の快楽よりも将来を重視するだろう」

「もちろんそれもあるでしょう。むしろそれこそが本音なのかもしれませんね。でもですね? だからと言って実際にやれますか?」

「む?」

「人に嫌われても構わない覚悟で徹底的に鍛え上げ、それだけに終わらず戦闘になったら危険を顧みず我先にと突入し、部隊の長として回りを鼓舞する。この人についていきたいと思わせる。どんな思惑があろうとも私はそこに愛しか感じませんよ」

 存在Xはヴィーシャを通して見える、ターニャが持つカリスマ性が恐ろしく映った。目の前にいる彼女はまさしく狂人だ。しかし一方でヴィーシャの言葉は存在Xの心に強く刺さった。

「奴は己の発言が正しい事を己の身を持って証明して見せたのか」

「だから私達はあの地獄を生き残った。大佐殿がずっと道を示してくれたから」

「正直まだ私には貴様らの価値観は理解できん。だが結果がどうなったかは知っている。きっと貴様らは正しいのだろうよ」

 ターニャを認める発言にヴィーシャは満足そうに頷く。ここまでターニャを慕うヴィーシャを見て、存在Xは思った。ヴィーシャも知らない一番最初、ターニャになる以前の男は人に恨まれて殺された。

 存在Xが思うに男とターニャに差はさほど感じない。二人の人生観は徹底している。それでも嫌われる者と好かれる者へと運命が分かれた。これは一体どういう事なのか。ターニャを慕うヴィーシャがおかしいのか。男によって失業されられた者の我慢が足りなかったのか。

「生まれる場所、生まれる時期が間違っていたのか……」

「一体何の話です?」

「もしもの話だが、もしターシャちゃんが平和な世に生まれていたらどうなっていたと思う?」

「きっと死んでいたかもしれませんね」

 ヴィーシャの解答は明白であった。

「即答だな」

「私達は思い知りましたから。一度戦いを知った者はそこから離れる事はできないって。苛烈さをもって鼓舞をする大佐殿であれば尚更の事。世界にとって平和な世は良い事なのでしょう。でも私達にとってそこは緩やかな死を迎える牢獄です」

「歪んでいるな」

「あなたに言われるのは癪ですが自覚はありますよ。でも……」

「でも、なんだ?」

「そんな自分が嫌いじゃないから問題はないですよ」

 それがどうしたといった様子のヴィーシャに存在Xは呆れたように笑った。

「まったく貴様らには叶わんな」

 信仰とは程遠い悪魔達、それに魅入られた自分はどれ程愚か者なのか。しかし存在Xは思った。

 

 この生意気な娘と同じ心境なのは癪だが、私もそんな自分が嫌いじゃないと。

 

 

 

 

 

 




 創作物において俺つえ―のダメな代表とされるメアリー・スー(本家)ですが、俺つえ―は一人だけ世界から外れてしまうのが欠点なんですよね。本来であればいくら力があっても、価値観を共有できないはぐれ者は仲間を得る事が出来ず、孤立していかざるを得ない。
 力だけでは賛同を得られず、最後に仲間に裏切られてしまうメアリー・スー(幼女戦記)の最期はかなり現実的に思えます。俺つえ―系、普通はまあこうなるよなぁって。主人公補正(魅力値)がないばかりに!
 非業の最期を遂げたメアリーはWEB原作版で、そこではただの狂信者なので、アニメ、漫画とは別人なのかもしれませんが、描写されていないだけでアニメらと同じ過程をたどっていると仮定するのであれば、メアリーは心が弱った時に存在Xにそそのかされている事になります。
 弱った時の導きは天啓のように思えるだろうし、実際心のスキマを狙われるのはよくある事。こうした間の悪さも実にらしく、エンタメのラノベのはずなのに、メアリー・スーは妙に現実に生きている人だよなぁと。
 今作ではメアリーを、染まりやすい純朴な若者というイメージで書きました。きっかえさえ違えばここまで変わる、みたいな。今回は心の弱った時に『ターニャの存在を知った』にすげ替わっておりますので、こんな結果に。
 本家とはもう別人ですが、これこそが若者の可能性だ!! とか言っておきます。
 ではでは今回もお読みいただきありがとうございましたー!!

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