ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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もう一作が行き詰まり、気分転換に久遠を見たら書きたくなりました。
男からも愛されるハーレム系主人公を上手く書けたらいいな。


プロローグ

 眩しい。

 それが真っ先に感じたことだった。

 目を瞑っているにも関わらず眩しさを感じてならない。

 日常生活の中でもなくはない事ではあるが、それでもここ最近では全然起こっていなかった事でもある。

 薄目を開けてはすぐに閉じる。二度三度ではすまない回数を熟した頃に、ようやく眩しさに慣れることが出来た。

 改めて目を開ける。……まあ薄目だが。

 真っ先に目に付いたのは見慣れた蛍光灯。優しくも眩しい光を放っている。視線を少し下げれば、ベッドを隠せるようにカーテンもある。壁際には窓。閉められているが、太陽光を取り込んでいる。

 

(はは、まるで病室だ……な……ッ!?)

 

 未だかつて特段入院するようなことはなかったが、ドラマなりアニメなり目にする機会は幾らでもあった。

 大部屋ではなく個室だろう。……以前に画面の向こうで見たものを参考にして自分の現状に目星をつけたところで、ようやく異変に気付いた。

 

(病室……だって!?)

 

 それはおかしい。何故ならば自分は――北郷一刀は何の因果か三国志の時代にいた筈だからだ。それもただの三国志ではなく、大半の著名な武将が女性化し、なおかつ時代を考えれば色々とオーバースペックな三国志だ。……まあ確かに異質な三国志ではあったが、まかり間違っても蛍光灯は存在していなかった。

 困惑と驚愕を抱きながらも更に視線を動かし、そこでようやく俺の近くにいる人物に気付いた。

 女性だ。少女といった年頃か。

 椅子に座り、カバーの掛けられた文庫本に目を落としている。

 ここが真実病院だとするならば、位置関係的に俺への見舞客なのだろう。

 真っ先に目を惹くのは長い綺麗な黒髪だった。その顔立ちは整っており、可愛いよりも綺麗という印象を抱く。

 さて、三国時代に飛ばされる前の知人にこの様な人物はいただろうか。何せ体感だけで何度も何度もあの時代を繰り返していたのだ。

 

(記憶を探るのも一苦労……だッだだだッッ!?)

 

 途端に頭が痛くなった。無差別に、無遠慮に、あの時代の情報が浮かび上がっては沈み、沈んでは浮かび上がる。

 そして――

 

「っあ~……」

 

 再び目を覚ました時、室内は真っ暗となっていた。蛍光灯の明かりは消されており、窓から差し込む光もない。

 どうやら情報の奔流に耐えきれず、意識を失っていたようだ。

 既に頭の痛みはない。気絶中に記憶の整理がされたのだろう。飛ばされる前も、飛ばされた後も、思い出すのに支障はなかった。……まあ、流石に細かい部分までは思い出せなかったが。

 見当が正しければ、見舞客の少女は堀北鈴音だろう。俺の親友にして同級生たる文武両道の優等生、堀北学の妹だ。自身の記憶よりも些か大人びてはいたが、それ以外に該当人物は思い当たらなかった。

 向こうにいた頃に自覚する事はなかったが、三国志の時代を何周もしている事や、今こうして病室にいる事を鑑みると、結構長く入院していてもおかしくはないし、だとするならば記憶より成長していても不思議はない。

 不思議なのは俺に起きた現象の方だ。

 飛ばされる前の俺は聖フランチェスカ学園の中等部二年生だった。しかし、向こうの自分は北郷一刀をフランチェスカの高等部二年生だと認識していた。この時点でも相当のものだが、初期の手持ちが携帯だったりスマホだったりとその時々で一致せず、その事を疑問にも思っていなかった。

 おかしいのは記憶も同じだ。課外授業の一環で歴史資料展に見学に行き、それを機に三国時代へ飛ばされたことは普通に思い出せる。だが、向こうにいた時は飛ばされる直前の事がハッキリしなかった。正確にはその時々で――寝て起きたらここにいた、悪友と遊んでいた筈、などと――全く異なることを言っていた。

 繰り返す歴史の中では、もう一人の自分に会ったこともある。

 

「全く以て不思議なものだけど……考えるだけ無駄だな」

 

 考えても答えは出ない。推測は出来るが、合っているか確かめることも出来やしない。ならばそこには見切りを付けるべきだ。

 

「体は……動かせなくはないけど、やっぱり重いな。どのくらいの期間かは分からないが、寝たきり状態だったなら無理もないか……」

 

 目は冴えて眠れそうにない。そして今はとにかく情報が欲しい。

 結果、傍迷惑と承知の上でナースコールを押す事にした。 

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 喉元過ぎれば何とやら。

 目覚めた当初はてんやわんやだったが、数週間も経てばそれなりに落ち着きを取り戻している。

 それだけ経てば目下必要な情報は相応に手に入る。

 記憶の通り歴史資料展の見学中に俺は倒れ、それから約二年間寝たまんまだったらしい。

 入院費用は学園と資料展の運営会社が出してくれたとの事。詳しい理由は聞けなかったが、見舞いに来てくれた悪友たる及川の言によれば展示品の中には何やら曰く付きの物もあったそうだ。……それだけ聞けば話は簡単だ。今まで各所で展示してきて誰にも何も問題が起こらなかったのだが、栄えある――と言っていいかは疑問だが――第一号に俺がなってしまったのだろう。当時の見学者は俺たちだけではなく、趣味人や暇を持て余した近所の大人たちもいたのだ。どうしたって情報の拡散は避けられず、同時にイメージダウンも免れない。そんな中でプラスに持っていく手段など限られている。

 昨今の教育事情では中学で留年など早々あり得ることではなく、その例に漏れず俺もまた入院しながらにして卒業した扱いとなっている。……が、学園の方もそれで良しとしているわけではなく、可能な限り便宜を図ってくれるとの事。退院したら週に何日かは放課後に時間を取ってくれるそうだ。今現在も復習を兼ねたプリントを幾らか貰っている。

 いつ目覚めるかも分からない事から、両親は地元での仕事を辞めてこちらに越して来たらしい。迷惑をかけてしまったが、同時に嬉しく思う。寮に置いてあった荷物も回収済みとの事だ。

 学を始めとした何人かは就職・進学にほぼ100%応える全国屈指の名門校、『東京都高度育成高等学校』へと進学したらしい。入学したら基本的に外部と連絡を取れない事になっているそうで、それは家族でも例外ではない。その旨はパンフレットにも間違いなく載っていた。

 進学前はちょこちょこ見舞いにも来てくれていたみたいなので、再会が遠のいたのは素直に悲しい。

 まあ、それはそれとして『東京都高度育成高等学校』についてだ。……正直な話『おいしい』としか言いようがない。

 あの時代を彼女たちと過ごした身にしてみれば、『恥じない自分でいたい』というのが本音だ。だが、ただ漫然と過ごすのでは俺が納得出来ない。よって一つの目標を掲げることにした。

 すなわち――歴史に名を遺す。

 とは言え、俺は天才でも何でもない。ノーベル賞やら何やらを取って、というのは無理筋だ。無論、犯罪者として、なんてのは言語道断だ。

 しかし、俺の掲げた目標は確固にして曖昧だ。その点で鑑みれば『東京都高度育成高等学校』は非常においしい。パンフレットによると倍率は非常に高いらしいが、受かった際のリターンも大きい。そんな学校を目指して受かる位だ。『人材』という点で見れば非常に優れているだろう事は想像に難くない。特化型であれオールマイティであれ……だ。繋がりさえ持てればいい。人脈もまた力なのだから。

 とは言え、上手い話には裏があるのもまた道理。何かしら厄介な点や面倒な部分もあるに違いない。三年間の外部連絡不可という点がその考えを助長する。――同時に、それを差し引いても旨味の大きさが目立つ。

 そんなわけで、今はまだリハビリやら何やらで入院中だが、目下の第一目標として『東京都高度育成高等学校』への進学を目指す事にした。勉強の遅れを取り戻す必要もあるので、鈴音の高校進学とタイミングを合わせる形だ。その旨は既に学園にも伝えてある。

 

「あ~、やっぱ結構忘れてるなぁ~」

 

 一通りプリントを終えたところで頭を掻いた。

 授業分野に関しては、細かなところが曖昧となっているし、中にはまだ習ってない高校分野で覚えている部分もある。……が、共通して英語が酷い。向こうでは使うことが無かったのだからさもありなん。

 授業に関係ない分野では、薬草として使える野草や漢方の知識、鍼灸の知識があったりする。とある歴史の中で華佗に教えてもらった五斗米道(ゴットヴェイドォー)の賜物ではあるが、我ながら非常にカオスだ。

 

「…………そうですね。自分が同じ状況になったことが無いのであまり強くは言えませんが、それでも英語は酷いです。それ以外の科目はマチマチですね。合ってはいるんですが、何故か旧漢字を使用していたり、無駄に難解なやり方で解いたりしてますし。と言うか、このやり方は習ってないので私からは何とも言えません。旧漢字の方も同じですね。これはもう先生の判断次第です」

 

 とは、仮採点を終えた鈴音の言だ。

 ありがたいことに鈴音は学園とここの仲介役を務めてくれており、最低でも週に四日は来てくれる。おかげで復習も捗るというものだ。プリント以外にも暇つぶし用の本を持ってきてくれたりもするため、本当に頭が上がらない。

 

「兄さんにも頼まれてますから」

 

 少し前に訊いた際は上述の回答を戴いた。あのシスコンにしてこのブラコンありと些か呆れたものだったが、ありがたい事に変わりはない。

 まあ、それを踏まえた上でも今日の鈴音はどこか機嫌がいいように思える。

 

「何か良いことでもあったのか?」

「ええ。今日の昼休み、兄さんから電話があったんです。……まあ内容は一刀さんが目覚めたかを聞かれただけだったんですけど、久しぶりに兄さんの声を聞けたことには違いありませんから」

 

 素直に訊けば、返って来たのはこの答え。

 

「学から? 高度育成高等学校ってのは外部連絡禁止の筈だろう?」

「ええ。兄さんもこれは例外で学校からの許可も得ていると言っていました。……ああ、一刀さんが起きたことは伝えましたけど構いませんでしたよね?」

「……ああ、それは構わない。むしろありがたいぐらいだ」

「もういい時間ですし、今日はこれで失礼しますね」

「ああ、今日もありがとう。これで飲み物でも買ってってくれ」

 

 日頃の礼として五百円を渡し、鈴音を見送った。

 

(学が俺の目覚めを気にかけるのは分かるが、学校側がそれを許可した理由は何だ……?)

 

 その一点が気になって止まない。学の優等生ぶりが評価されたにしても、それだけでは弱いように思える。……その答えが分かるのは、もう暫く後の事だった。  


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