ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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6話

 翌日早朝。俺は学生寮前で人を待っていた。相手は久しぶりに会う友人たちだ。見舞い品を渡す傍ら、一緒に登校するためである。

 

「おはよう、一刀! ひっさしぶりだな~。元気そうで何よりだ!」

「おはようございます、早坂先輩。久しぶりに会えて嬉しいです」

「おいおい、何だよその態度は――って、そうか、そうなるのか……。気を張ってるところ悪いが、俺相手には普通に接してくれ、頼むから」

 

 一番最初に姿を見せたのは早坂章仁だった。学同様、俺の親友である。

 当然の如く学生寮前にも監視カメラは存在している。昨日クラスメイトに注意を促した手前、俺が率先してミスを犯すわけにはいかない。なので後輩らしい態度で接してみたのだが……。

 あろうことか、章仁のヤツは苦虫を噛み殺した様な顔で、そう俺に懇願してきた。

 まあ先輩の頼みなら仕方ない。俺はアッサリと態度を一変した。

 

「それじゃあお言葉に甘えて。……わざわざ悪かったな、快気祝いなんて頂いちまって。クラスの親睦を深めるため、ありがたく使わせてもらったよ。――そっちから貰ったもんに比べれば大分グレードは下がっちまうけど、見舞いに対する礼品だ。使ってくれるとありがたい」

「ダチの間でグレードなんか気にするなよ! ありがたく使わせてもらうって!」

 

 中学の時は俺、学、コイツと及川の四人でつるむことが多かった。勉強出来る勢と出来ない勢。厳しいヤツと緩いヤツら。いろんな意味で、バランスが上手いこと噛み合っていたのだ。……その時々でプラスαが加わることはあったし、他にも遊ぶヤツらはいたが、大半はこの四人だった。

 まあ時間の経過は往々にして変化を齎すもので、章仁のヤツは俺が向こうに飛んでいる間に大成長を遂げたらしい。料理や紅茶は得意なままに、再び剣道を学び直し、勉学にも相当力を入れたようだ。

 

「しっかし、お前がDクラスねぇ? 事情を鑑みりゃ仕方ないのかもしれないが、評価を下したヤツの判断を疑っちまうね、俺は。お前を直に知るヤツだったら、俺と同じ意見のヤツが大半だと思うぜ?」

「買い被るなよ。……ま、その期待に応えるってわけじゃないが、評価を覆していくつもりだよ」

「そう言うってことは、やっぱある程度気付いてるってことか……。期待させてもらうぜ?」

 

 そんな世間話をしていれば、他のヤツらもやって来た。三年の日向(ひゅうが)、二年の風吹(ふぶき)丙家(へいけ)だ。

 これに学を含めた計五人が、三年と二年のフランチェスカ出身者だ。この数を多いと見るか少ないと見るかは、人によって分かれるだろう。……なお、学は生徒会長の仕事があるため不参加である。

 

「おはよう、北郷。元気そうで何よりだ」

「おはようございます、北郷先輩! ――って、今は俺が先輩か……」

「おはようございます、北郷せ……さん。これは、慣れるように頑張らないといけませんね」

「おはようございます、お三方。その節はお世話になりました」

 

 挨拶を交わせば、章仁同様、何とも言えない顔になる三人だった。そしてこれまた章仁同様、普通に接する様に頼まれた。

 おそらく、入学して暫くは新入生に対し表立って話すのが禁止されていることがあるのだろう。

 道中の会話は、所々詰まったり、いちいち回りくどい言い回しが目立った。旧交を温めるにしても、彼らがこの学校に入学してからのことを話さないのは不自然になる。故にこの学校の話題も出るのだが、やはり普段との齟齬があるのだろう。知らされている者といない者という違いが、円滑な会話の進行を妨げた。

 結果、会話の内容は俺が眠っている間に起こり、かつ彼らがまだ中学生だった時のことが多くなった。

 特に驚いたのは章仁の変化の原因についてだ。見違えたとは思っていたが、なんと大財閥『不動グループ』の御令嬢と交際関係にあるらしい。それを聞けば、然もありなんと急成長に納得してしまう。……まあ他にも色々とあったようだが、気まずそうなその顔を見れば興味本位で訊くわけにはいかないだろう。

 

「じゃあな、一刀。今度の休日にでも遊びに来いよ。俺の手料理と紅茶を御馳走してやるぜ」

「ああ、是非お呼ばれさせてもらうよ」

 

 そんな会話で締めくくり、章仁たちとは校舎の入り口で別れた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 授業の大半は勉強方針の説明だけだった。初日の授業ということもあるのだろうけど、それ以外の理由も見え隠れしてならない。

 勉強に苦手意識や、そもそも興味を持っていない子たちにとっては、授業など苦痛なだけだ。特に――僕たちの推測が正しければ――Dクラスは『劣等生』や『問題児』の集まりである。昨日注意喚起を促したかいもあって大半の生徒は真面目に受けていたけれど、とうとう4時限目の授業中、極少数の生徒は堪え切れないように眠ったり携帯をいじりだしてしまった。見るからに厳格な教師が相手であれば緊張からそれも防げたかもしれないが、先生たちの誰もが明るくフレンドリーに接してきたのだ。拍子抜けしてしまうのも無理はないと言えるだろう。

 そして、居眠りやら携帯操作やらを目の当たりにしても、該当時間の先生は一切の注意をしなかったのだ。……これを『その先生が甘かったから』と捉えるのは見通しが甘すぎるだろう。

 そうは思っても、一刀くんや華琳さんがいなければ――いたとしても率先して動いていなければ――僕はそこで止まっていただろう。

 無秩序なままで平穏はあり得ない。平穏を得るにはある程度の秩序が必要だ。しかし、僕が秩序を齎すことは出来ない。現実として失敗してしまった過去があるからだ。

 だからこそ、僕だけであれば動くつもりはなかった。僕が動けば、笑顔が消えてしまうのは既に証明されているのだから。

 けれど、僕以外が秩序を齎してくれるのであれば話は異なる。そこには確かな可能性があるからだ。ならば、僕もまた奮起しよう。今度こそ笑顔を消させないために。

 

「池、山内、それに須藤。今回は検証として見逃すけれども次はないわよ? もしまた同じようなことをしたら、さてどうしようかしら? 話しかけられても無視するよう、クラスの女子に通達するのがいいかしらね? もし部活に入るなら、そこの先輩にちょっとしたお願いをするのも捨てがたいわね? どうすれば良いと思う?」

 

 昼休みになって早々、三人に対し、満面の笑顔で華琳さんがそんなことを言った。……正直に言おう。怖い。これを見れば、笑顔は最大の武器と言われるのにも納得してしまう。

 

「華琳さん、流石にそれは……」

「厳しいとでも言いたいのかしら? それは勘違いも甚だしいわね。私はむしろ優しい方よ。わざわざこうして忠告してあげてるんだから。

 昨日の話し合いで十分に危機感は抱いたはずよ。最低限の礼儀を示さなければクラスの足を引っ張るかもしれないし、成績如何では退学になるかもしれない……と。

 事実、この三人以外は真面目に授業を受けていた。中には眠気を堪えるために、頬をつねったりしてる者もいたのよ。

 三人の行いは、そうまで頑張った者を無下にしている。……そのことは誰かが言わなければならないでしょう?

 そして、こうまで言われてなお態度を改める素振りが見られないようであれば、その時こそ見捨てるだけよ。もはや関心を持つことも無くなるでしょうね。……まあそうは言っても、評価を下げないために動かざるを得ないでしょうけど。退学者なんて出したら間違いなく評価は下がるでしょうし」

 

 すまない、三人とも。僕はこの意見に言い返すことは出来ない。

 話す華琳さんの視線を追った際、勉強が苦手だと言っていた外村くんと軽井沢さんの片側の頬が赤くなっているのが目に入ってしまったんだ。君たちを擁護してしまえば、それは同時にあの二人を蔑ろにすることになってしまう。

 どちらにも非があるのなら、僕は可能な限り仲立ちしよう。妥協点を共に探すのにも否はない。……が、今回はそれに当て嵌まらないんだ。誘惑に負けてしまった君たちと、誘惑に打ち勝った二人。どちらに非があるかなんて、考えるまでもなく明らかなんだ。

 

「……言いてえことは分かる。眠っちまった俺が悪いのは確かに認める。だからってよ、人の部活にまで干渉しようとすんじゃねえよ。いや、まあ、まだ入っちゃいねえけどよ、俺にはバスケしかねえんだ。俺からバスケを取っちまったら、クズでしかなくなっちまうんだよ!」

 

 それは須藤くんの、心からの叫びだった。……彼は強面であり、それを裏切らないかのように口調も荒い。そして人というものは第一印象だけで他人への接し方を決めたがる。それがどれだけ残酷なことかも理解せずに。

 きちんと向き合えば、彼が根っからの不良でないことなど簡単に分かる筈なんだ。事実、彼は華琳さんの言葉に謝罪を示した。その場限りの嘘でないことは、彼の表情を見れば一目で分かった。

 

「なら、きちんと授業を受けなさい。学生の本分は勉強なのだから、それを疎かにするようではどの道どこかで躓くわよ? あなたの場合、英語には特に力を入れた方が良いでしょうね。海外に行ったら英語を主に使うでしょうから。

 分からないなら聞きに来なさい。私でも一刀でも、洋介でも清隆でも構わないから。四六時中とまではいかないけど、意思と姿勢を見せる者を拒みはしないわ。可能な限り根気よく付き合ってあげるわよ。……ああ、毒吐きに耐えられる自信があるなら、桔梗と鈴音に教えを乞うても一向に構わないわよ?

 部活を頑張るというのなら、その上でやりなさい。知識でしか知らないけれど、バスケットボールとはチームプレイが必須なのでしょう? なら、Dクラスというチームに貢献するべく努力することも不可能ではない筈よ? それが出来ないようでは、先の言葉が陳腐なものに成り果ててしまうわよ?」

 

 須藤くんに対し、華琳さんは優しい笑みを浮かべてそう答えた。

 それを見て僕は思った。格が違う……と。統率者として、彼女は圧倒的なまでの格を有している。

 確かに華琳さんは厳しい。言葉にも容赦がない。けれど、決して優しさが無いわけじゃない。ただひたすらに、意思と姿勢を示さない者を認めないだけなんだ。

 逆に言えば、意思と姿勢を示す者は認めるということだ。実際、須藤くんは認められた。

 言葉を信じるなら、育った施設において、彼女は曹操と呼ばれていたらしい。『治世の能臣』、『乱世の奸雄』と称される、三国志に名高き、かの偉人の名を冠されたのだ。そして曹操の名を聞けば、誰もが思い浮かべるだろう言葉がある。

 

「唯才あらば、是を挙げよ」

 

 唯才是挙。簡単に言えば、出自も人格も犯罪歴すらも問わないから才能を示せ、ということだ。

 曹操の名を冠されるだけあって、華琳さんもまた同じような部分があるのだろう。

 

「池、山内、それはあなたたちも同じよ? その上で、彼女が欲しいというならば自分の才を自覚し、磨き上げ、自信をつけなさい。長所と短所は紙一重なのだから、努力次第で出来ないことはない筈よ。自信が付けば、それは余裕となって普段の態度に現れる。そしてその余裕にこそ女性は惹かれるのよ。……胸が大きいだのといった外見的特徴だけですり寄ってくる男を女性が嫌悪する様に、外見だけで寄り付く女なんて所詮はただのミーハー、碌なのがいやしないわよ」

 

 華琳さんの言葉は池くんと山内くんにも向けられた。その内容から察するに、彼女は彼らの中にも何らかの『才』を見出しているのだろう。その慧眼は、とても同年代とは思えないほどだ。

 

「あ、ああ……」

「わ、分かった」

 

 そして池くんと山内くんは、気圧された様に頷くことしか出来ていなかった。

 

「皆にも改めて言っておきましょう! 確かに行儀よく振る舞うことは大切よ。事を円滑に進める上でなくてはならない力と言えるでしょう。――しかし、お行儀が良いだけの者に一体何を成せようか! 問題児! 劣等生! 大いに結構! 己が才を自覚し磨き上げたならば、周囲の評価など容易く一転する! あなたたちにはそれだけのポテンシャルがあると、この私が認めましょう!

 故に努力なさい! 如何な才とて研鑽しなければ路傍の石も同然! そして世は、路傍の石を気にかけるほど優しくなどない! 自らが石ころでないと謳うならば、己が力で抜け出してみなさい! その努力を意思と姿勢で示しなさい! そうある限り、私があなたたちを見放すこともまた無いと誓いましょう!」

 

 それは正に『王』の言葉だった。その身に纏う空気そのものが違う。否応なく、絶対者として認めてしまうほどの『何か』があった。

 この光景を見て、僕はこの上なく彼女に惹かれてしまった。失敗して、挫折してしまった僕とは違う。彼女は眩いほどに輝いているのだ。

 この輝きを曇らせたくはない。……ならば、そのために僕も頑張ろう。折れてしまった僕に何が出来るのかは分からないけど、出来る何かはある筈だから。

  

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「華琳のヤツ、飛ばしてるな~」

 

 呑気な感想を零しつつ、俺は昼食に手を付けていた。

 この時代に飛ばされて来て多少丸くなったとは言え、華琳が覇王であることは否定しようのない事実だ。飛躍のために必要とあれば面従も辞さないだろうが、最初からそのような態度では飛躍など叶う筈もない。

 故にこそ、今、この時期。

 俺たち新入生が入学したばかりで、色々と手探りな横ばい状態だからこそ、初動をどうするかが今後の動きに大きく関わってくるに違いない。

 何もせず、皆が学校から否応なく現実を叩き付けられた後で動くのも一つの手ではあっただろうが、俺としてもそれは御免被る。まともな生活が出来なくなる可能性に気付いていながら何もしないなど、選択肢として在り得ない。衣食足りて礼節を知る、だ。

 そもそも、俺がこの学校に来たのは目標を叶えるに当たっての人脈構築が大きい。ある程度の余裕を持って生活を送れるようでないと、行動に差し障りが出るのだ。

 だからこそ、確証も得ない内から動き始めた。そうでないと遅すぎる。確証はないが確信はあるのだ。……Aクラスの有栖やBクラスの一之瀬さんを知っている以上、早めに動きださないと手も足も出なくなってしまうという確信が。

 

「全く以て恐れ入る。純粋な能力で負けているつもりはないが、あのリーダーシップは俺には縁遠いものだな」

 

 俺の独り言に綾小路が応じた。手にはパンと無料の水。

 

「出来るヤツが出来ることを熟せばいいのさ。……ところで、綾小路は自炊しないのか?」

「やったことがないんだ。須らく他人は道具、なんてことを教えていた連中だからな。オレに食事という楽しみを覚えさせたくなかったんだろう。桂剥きやら何やらとやらされた記憶はあるが、食事自体はいつも栄養ブロックだった。まあ、そんなわけでレシピ通りに作ることは可能だと思うんだが……」

「気が乗らないってか。……俺の弁当、つまんでみるか?」

「……ッ!? 美味いな」

「ありがとよ、俺の手料理だ。……自炊してみろよ、綾小路。最初から美味くは出来なくても、その内にやれるようになるさ。日々弁当を買うよりは節約にもなるし、もしかしたら料理にハマるかもしれないぜ? 人間、何かしらの楽しみを持たないとな」

「なるほど、やってみるとしよう」

 

 そんな会話をしていると校内放送の音楽が流れてきた。

 

「本日、午後5時より、第一体育館にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、時間に間に合うよう、第一体育館に集合してください。……繰り返します。本日――」

 

 可愛らしい女性の声によるアナウンス。言葉を区切ることで、時間、場所、何を行うかを強調している。

 

「行ってみるか?」

「……そうだな。入るかは分からないが、興味はある」

「よし、決まりだ。放課後、一緒に行くとしよう」

 

 昼休みは限られている。綾小路と約束し、俺は昼食を食べる作業に戻った。    




春恋*乙女より主人公――早坂章仁を親友枠で抜擢。プレイしたのが随分前なので、言葉遣いとか性格とか記憶の彼方ですが。
なので、名前を借りたオリキャラとでも認識してください。
その他のフランチェスカ出身枠はハ行縛りで適当に考えました。

後は華琳様のターン。その陰で綾小路と親交を深めていく一刀。

六話も使ってまだ入学二日目、それも部活動説明会にも到達していないというスローペースですが、こういった描写も入れておかないと後々の説得力が生まれませんのでご了承ください。

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