約束をした相手は綾小路だけだったが、お約束と言うべきか案の定と言うべきか、それ以外の相手も当然の如くくっついてきた。いちいち名前を挙げるならば、洋介、華琳、鈴音、桔梗となる。女性陣はいつもの面子だし、洋介はクラスを引っ張っていく上で付き合いも増えていくだろう。そう考えればおかしくも何ともない。
開催時間には間に合ったが、第一体育館は人で混みあっていた。軽く見た感じ、一年生の過半数以上はいるだろう。どうにか空いているスペースを確保する。
場所を確保した後は、ただ待っているだけなのも暇なので時間潰しがてら雑談をすることにした。
「洋介はサッカー部に入るんだったか?」
「うん、そうだよ。自分の楽しみを求めていいのか迷ったけど、楽しんでる姿を見せなきゃ周りの人たちも素直に楽しめないと思ったから。……まあ、所詮は言い訳なのかもしれないけどね。結局のところ、僕はサッカーが好きなんだよ」
「良いんじゃないかしら、それで。理由が絡み合うなんて珍しくもないことよ。誰に迷惑を掛けるわけでなし、その『欲』を大切になさい。『欲』のない人間ほどつまらない者はいないわよ?」
「ありがとう。……それで、君たちは部活に入るのかい?」
「そこなんだよな。興味のある部活が無いわけでもないんだが……」
そう言って答えるのを保留にし、体育館入場時に貰ったパンフレットに目をやった。各部活動の成績や設備内容などが載っている。
洋介が入る予定のサッカー部、須藤の希望するバスケ部、他にもバレー部に水泳部、柔道部に剣道部など、一般的な運動部は揃っているみたいだ。それは文化部も同じようで、料理部に茶道部、新聞部に写真部などの名前が目に入った。
「凄いね。どの部活も高レベルみたいだよ。全国クラスの部活や個人も多いみたいだし……」
「運動部と文化部の組み合わせに限り兼部も可能みたいね。まあ兼部者が選手に選ばれることは少ないようだけれど……」
「緩く部活動ライフを楽しむも一本に絞るも本人の自由ということでしょう。取り組み方は人それぞれ。結果を出せるにしろ出せないにしろ、それが本人の実力という考えみたいね」
例えば華琳や綾小路みたいにハイスペックであれば、兼部をしても成績を残せるだろう。この二人ほどの人材は極めて稀だろうが、多少劣っても構わないのなら10の内に1いる可能性は否定出来ない。それらを組み込める可能性を考えれば、なるほど、兼部を許可する理由も分かる。
兼部を許可している理由を推測し終えた時だった。壇上脇に一人の人物が現れる。マイクを手にした女生徒だ。
「一年生の皆さん、お待たせしました。ただいまより、部活代表による入部説明会を始めます。司会進行は、生徒会書記・橘が務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
そう言って女生徒――橘先輩は一礼した。声に相応しい、可愛い系の美少女である。彼女がいるだけで俄然楽しくなってきた。
壇上にズラリと各部の代表が並ぶ。それぞれの部を連想させるコスチュームをしており、簡単に何部か分かる様になっていた。
入部説明会は滞りなく進んで行く。各部の挨拶はオーソドックスそのものだ。目新しさは特にない。新入生が相手であるため、言葉に出来ない部分もあるのだと思われる。……おそらくはポイント関連。
実力で評価するというこの学校のシステムを考えれば、部活動もまたその対象になって然り。だと言うのに、どの部活もそういった点には全く触れていない。
「お、章仁だ」
剣道部の代表は、我が親友、章仁だった。とは言え、これまた当たり障りのない説明で終始した。
「なんて言うか……あまり惹かれないね」
「ま、仕方のない部分もあるのでしょう」
桔梗と華琳の言葉が耳に入る。それには同感だ。正直な話、これで入部するような相手は、元よりその部活と決めていた者くらいだろう。
壇上から一人去り二人去り、残るは最後の一人となる。……章仁と同じ我が親友にして、当校の生徒会長――学だった。
マイクの前に立っても学は喋らない。一年生と思しき誰かからヤジが飛んでも、ただただ黙して立っている。
「やはり、傑物ね」
学の狙いを読み取った華琳が感心したように呟いた。
そうしていくばくかの時間が経った頃。体育館内の弛緩した空気が、まるで正反対のものへと変わっていった。
誰が何を言ったわけでもない。学の態度が、生徒たちをそのように仕立て上げたのだ。
話してはいけない。静かにしなくてはならない。……そう感じた生徒たちが、自ずと口を閉ざしたのだ。
誰にでも出来ることではない。
静寂が体育館を支配して30秒ほど経った頃だろうか。ゆっくりと体育館内を見渡して、学がようやく口を開いた。
「私は、生徒会会長を務めている、堀北学です」
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「さて、どうする?」
橘先輩による説明会終了の挨拶を確認した北郷が口を開いた。誰に対する問いでもない。強いて言うならオレたち全員を対象としたものだろう。
「僕はサッカー部の申し込みに行ってくるよ。それじゃあ、またね」
元々サッカー部に入る意向を示していただけあって、平田はオレたちに一言断るや否や颯爽と申し込みに向かった。
「う~ん、私はいいかな。特にピンとくる部活もなかったし」
「私もね。空手部や合気道部があったら入ったかもしれないけど……」
櫛田と堀北は早々と部活に入らない意向を示した。……が、堀北の言葉にちょっとばかり疑問を覚えた。
「なんでまた空手と合気道なんだ?」
「兄さんは空手五段、合気道四段の有段者でね。私も兄さんの真似をして一時期習っていたことがあるのよ。兄さんには及ばないけれど、一応私も段位を持ってるわ。……まあ、そもそもが兄さんに褒めてもらいたくて始めたものだったし、褒めてもらえないと分かったらサッサと辞めた過去があるから、部活があってもやっぱり入らなかったかもしれないわね」
「ふ~ん、そういうものか……」
堀北の返答を聞いて、オレは一応の理解を示した。一応なのは、オレの社会経験の少なさと感情の未発達具合に起因するものだ。我が事のように置き換えて考えることは出来ないが、知識ではそういったパターンがあることを知っている。
「個人的には写真部も捨てがたいのだけど、やはり入るとしたら生徒会かしらね。……と言うか、私か一刀、清隆の誰かしらは生徒会に入っておかないと不味いでしょう」
「……は? オレもか?」
華琳の予想外の返答に、オレは思考を中断して訊き返していた。
「当然でしょう。……と言うか、昨日のあなたの言があったればこそ、生徒会に入る選択肢が増えたのよ?」
そう言われてしまえば、昨日オレが言ったセリフを思い返さざるを得ない。……が、そんな選択肢が増えるだろう言葉を言った覚えはなかった。強いて挙げればホワイトルームになるのだろうが、それと生徒会が結びつかない。
「悪いが分からない。おそらくホワイトルームが理由なのだろうとは思うが……」
「はぁ……。あなたの場合、やはり対人経験と社会経験の少なさがネックね」
素直に言えば、華琳は思い切り溜息を吐いて呆れを露わにした。返す言葉もない。
「あなたはホワイトルームで育ち、最高傑作と呼ばれるほどだった。そしてホワイトルームは表沙汰に出来ない教育を施している。……ここまではいいわね?」
「ああ」
「今の情報化社会において、その様な真似を隠すのは至難の業。しかし、現実として一般に知られていない以上、相応に大きな組織なりが後ろ盾となっている。そんな所からあなたは脱走してきた。……訊くけど、脱走の際に放火を起こしたりはしたのかしら?」
「いや、ある程度の細工はしたが、大掛かりなことまでは出来ていない。気付かれぬよう、逃げるだけで精いっぱいだった」
「……そう。火でも放ってくれてればまだマシだったのだけれどね。……ともあれ、そんなあなたが今ここにいる。
さて、どこかおかしいところがあるのだけど、分かるかしら?」
堀北と櫛田の方を向いて華琳は問いかけた。
「え!? そこでこっちに振る!? え~っと……」
「学校に通ったことが無い、という点でしょう? 華琳さんの場合はまだ分かるのよ。理事長の養子なのだから」
「そっか! 事情を知らない限り、普通なら入試で落とされてもおかしくないんだ! ――って、えぇッ!? それってつまり……」
二人のやり取りに微笑を浮かべ――
「脱走後は義父上があなたの後ろ盾となった。そうでなくても、義父上との面識はある。……違う?」
華琳はオレへと問いを放った。……誤魔化すのは、不可能だな。
「正解だ。協力者の手配で坂柳理事長に匿ってもらった。……とは言え、いくら彼でも個人では限界がある。よって政府が運営元であり、ホワイトルームも容易に手が出せないであろうこの学校に通うことになった」
「だからこそ、私たちの誰かが生徒会に入らなければならないのよ。それだけの後ろ盾があるのなら、遠からず件の連中はあなたがここにいることに気付く。仮にここに入っていなくても、遠からずあなたの居場所は掴まれていたでしょう。結局のところは早いか遅いかの違いでしかない。……ならばこその『高度育成高等学校』という選択であった筈よ。
結果、あなたはここという防壁に守られることとなった。……が、連中があなたに仕掛けるのは無理でも、義父上にならば不可能ではない。基本的に私たちはこの陸の孤島に閉じ込められているけれど、義父上はその限りでないのだから。
そして義父上に何かがあれば、連中がこの学校に干渉する事も不可能ではなくなる。理事長に何かがあれば、必ず代わりが必要になるもの。そこに息のかかった者をねじ込むくらい、あなたの話を聞いた限りではやってやれなくはないでしょう。
分かる? あなたを守るためには、まず義父上を守る必要が出てきたのよ。そしてそのためには義父上との綿密な情報のやり取りが必要不可欠になる。……が、流石に一般生徒が理事長と頻繁に会うなど不可能に近い。
その不可能を可能にするために最も手っ取り早いのが『生徒会役員』という肩書なのよ。先ほどの演説で生徒会長も言っていたでしょう? 『生徒会には規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている』……と。規律を変えるにしても、上の承認は必要不可欠。その際には理事長との面会も叶う筈よ」
そう言われれば、理解も納得も出来た。『他人は道具』と言い聞かされて育ったオレには思いつきもしなかった。オレにとっては理事長もオレを守るための道具でしかない。だからこそ、
「感謝する。あらゆる意味で、経験の少なさを実感させられた」
それに気付かせてくれたからこそ、オレは素直に礼を言った。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「ん~、ちょっとした疑問なんだけどさ。そもそも今の時点で一年生が生徒会に入れるの?」
部活に入るつもりもない以上、いつまでも体育館にいる理由はない。洋介を待つのもありだったが、むしろ次の目的地を思えば今度は彼に待ちぼうけをさせてしまいかねない。そんなわけで、俺たちは彼を待つこともなく目的地――生徒会室へと向かっていた。
桔梗が顎に人差し指を当てながら小首を傾げて呟いたのは、その道中のことだった。……いい着眼点だ。
「どうしてそう思ったか聞かせてもらえるかい?」
「うわ~、その笑みが逆に怖いよ、一刀くん。いや、期待の笑みなんだろうとは思うから嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、間違ってても呆れないでね?
え~と、さっきの華琳さんじゃないけど、『生徒会には規律を変えるだけの権利と使命が――』なんでしょ? けどほら、私たち新入生ってこの学校のシステムについて表立った部分しか聞かされてないじゃない。クラス分けが優劣順とか、来月の支給ポイントが素行も含めたクラス評価で左右されるとかって、あくまでも推測でしかないわけでしょ? そんな状態で、必然とシステムのもっと深いところまで関わるだろう生徒会に入れるのかな~って」
素晴らしい。掛け値なしにそう思う。
俺が出会った時点で、既に桔梗は平均以上には優れていた。しかし、自分で自分の能力に見切りを付けているのも間違いなかった。それを悪いとは言わないし、それによって得られたものもある。
だが、何かを優先すれば、その分だけ犠牲になってしまうものが出てくるのも否定しようのない事実だ。結果的に桔梗は突出した能力が無くなってしまった。言い表すならば『平均的に優れている』タイプだ。バランスタイプや万能タイプと言い換えてもいい。
その、なんと恐ろしく、なんと頼もしいことか。桔梗は突出した能力が無くなった代わりに、穴も少なくなっているのだ。集団で動く上では、なくてはならないタイプの人間なのである。
ましてDクラスは――あくまで自己紹介からの推測となるが――特定分野に突出してるであろう生徒が集められているから尚更だ。幸村は学力特化、外村はコンピューター特化といった具合である。
確かに突出したタイプよりは即戦力になり難いが、平均値が優れているのならばその限りではない。
万能タイプと言う点では俺も華琳もそうだろう。平均値と言う点で鑑みれば、優に桔梗を超えているのも間違いはない。しかし、人間である以上はやはり得意不得意があるものだ。そんな俺たちの補佐として、桔梗ほど打ってつけの人物はいないのである。
それに、今はまだ補佐止まりだが、俺たちと並び立てる将来性も十分に期待出来る。……むしろ抜かされないかが心配だ。いや、まあ、俺を超えていく分には素直に祝福するが、先輩としては見栄を張りたい部分もあるのだ。
「心から思うよ。あの時、君を仲間に加えられたのはこの上ない幸運だった」
「ホントに!? 嘘じゃないよね!?」
「嘘なんか言わないさ。俺も負けていられないと思うほどに、君の成長は著しいよ」
「じゃあ、ご褒美代わりに今度デートして!」
「承った、お姫様」
「やったー!」
「あら、私はデートに誘ってくれないのかしら?」
「そうですね。男性の方から誘うのが甲斐性というものだと思いますが?」
桔梗が喜ぶその一方、華琳と鈴音から向けられる視線が痛い。
「なるほど。知識としては知っていたが、これがハーレムというものか。男の夢だという話だが、まさかお目に掛かれるとは思わなかった」
フムフムと頷きながら零された、綾小路の言葉もまた痛かった。
視線から逃れるように足を速め、さっさと生徒会室に向かう。
なお、現時点で生徒会に入ることは出来なかった。
推測通りと言うべきか。新入生が生徒会に入るのを認められるのは五月以降になってから、と規則で決まっているようだ。
遠回しに『五月になれば学校側からネタ晴らしが入る』と言っているようなものだが、学は特に気にしなかった。
「既に色々と察している相手を誤魔化すなど、時間と労力のムダでしかないだろう? 五月になったら改めて生徒会室に来い。お前たちなら誰であっても歓迎してやる」
とは学の言である。
これもこれで注意が必要だろう。
生徒会室に入ったのは俺、華琳、綾小路の三人であり、鈴音と桔梗は廊下で待っていた。よって学の言葉は俺たち三人に向けられたものとなる。……普通に考えれば、俺たち三人は学から生徒会入会の内定をもらったようなものだ。
だが、ここで注意すべきは『誰であっても』の部分だろう。この部分は特になくても言葉としては問題がない。それを敢えて加えた意味を考える必要がある。
「……やれやれ。ほんと、一筋縄ではいかない学校だ」
「だからこそ楽しい。……でしょう?」
「世間一般の『楽しい』とはかけ離れている気がするがな……」
生徒会室を出た俺たちは、三者三様に呟くのだった。
実際、高度育成高等学校の部活ってどこからどこまであるんでしょうね。
正式な生徒会入りは学校側からのネタ晴らしが入る五月以降という設定。四月中は新入生である限り、誰が申し込んでも断られます。
ただ、ある程度システムの秘密に気付いた上での申し込みであれば、見どころアリとして内定が貰えます。
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