入学してから数日が経ち金曜日を迎えた今日この頃、クラスメイトからの視線がやけに生暖かく感じる。中学時代が中学時代だったので腫物を扱うような視線には慣れているのだが、だからこそこういった視線には慣れない。
(初日のあれが間違いだったとは思わないけど、クラスメイトの前でやったのは流石に失敗だったかしら……?)
兄さんに可愛いと言ってもらえたし、60万という高校生にしては破格のお小遣いも貰えた。ダメ出しもされたけど、十分に喜ばしい出来事ではあった。また、限定的ではあるが三年生の保有するポイントを把握するための一助にはなっただろう。
その点で鑑みれば、やはり間違いだったとは思えないし、思わない。悩んだ末ではあったものの、一刀さんの言葉を信じて実行に移したのは我ながら英断であったと言える。
けれど、その代償として、クラスメイトからの評価が望ましいものではなくなったように感じてならない。
私が直接確認したわけではないが、桔梗さん曰く『取っ付きづらいところがあるけど、お兄さんの前では可愛らしいところを見せる子』というのが、クラスメイトが私に持っている印象らしい。早い話がブラコン認定である。まあ、兄さんに認めてもらいたくて頑張って来たのは確かなので、否定はしきれないのであるが。……それはそれとして、嬉々として聞かせてきた桔梗さんはいつか〆る。
そんな一面があると知ったからなのかどうなのか。
中学までは私的に普通に接しているだけで離れていく相手が多かったのだが、今では何と言うか、こう、クラスメイトに話しかければ鷹揚な笑みで対応してくるのだ。特に女子。
「佐倉さん、いいかしら?」
「え、と、堀北さん、だったよね? 私に、何か、用かな?」
それは目の前の相手――佐倉愛里さんも変わらなかった。
眼鏡をかけた女生徒で、普段から割と伏し目がちで過ごしており、対人能力は私に負けず劣らずの劣等生。自分から誰かに話しかけることは基本的になく、話しかけられても大概は断りの言葉を入れて逃げ出す。
そんな彼女が、私相手には柔らかな笑みを浮かべ、か細く途切れ途切れではあるけどきちんと声に出して、逃げださずに対応したのだ。
彼女に用があった手前、助かると言えば助かるのだが、どこか釈然としないのもまた事実。
「ええ。単刀直入に言うけど、放課後に時間を作ってほしいの」
「私、に? ……うん、いいよ」
「ありがとう。それじゃあ放課後に」
用件を済ませた後は授業の準備を済ませて読書に入る。特に用事がない限り、自分から誰かに話しかけようとは思えないのだ。……そこが問題視されているのは分かっているが、私のコレは幼少期からの筋金入りだ。早々容易く矯正出来るのなら苦労はない。
「ごめん、堀北さん。ちょっと分からないところがあって、良かったら教えてもらえないかな?」
そう声を掛けてきたのは、クラスメイトの沖谷くんだった。華奢な身体つきにショートボブの青い髪。男子の制服を着ていなければ、女子と見間違う者も少なくはないだろう。一刀さん曰く『男の娘』だったか。
こうして彼に頼まれるのは、実のところ初めてではない。
学力が高い自負はあるが、同時に対人能力が劣等生な自覚もある。そんな私によくもまあ訊きに来るものだと思いもしたが、理由を聞けば納得もした。
沖谷くんは自分の容姿にコンプレックスを持っているらしい。外見的には『男らしい』という印象からほど遠い位置にいるのが彼だ。
そんな沖谷くんにしてみれば、一刀さんや平田くん、綾小路くんたちに教わるのはバツが悪いそうだ。苦手云々ではなく、沖谷くんが彼ら三人に憧れを抱いているのが理由らしい。仮に教わったとして、ちゃんと頭に入ってくるかが心配との事だ。
では、他の学力高い勢はどうかと言うと、彼に向けられる視線の中に、容姿への含みが感じられてならないそうだ。
まあ、確かに……と、思わず納得してしまった。華琳さんにしろ桔梗さんにしろ幸村くんにしろ、勉強自体はきちんと教えるだろう。だが、彼の容姿に対して気にせずにいられるか、と言えば判断に迷う。
まあ、十中八九、華琳さんは何らかの反応を示すだろうが。『その容姿を自分の武器としてみなさい』くらいは言うかもしれないし、或いはただ単に弄るだけかもしれない。……どちらにせよ、沖谷くんにとっては望むところではないだろう。
また、仮に教える側に問題が無くても、教わる側に問題がある可能性は否めない。如何せん我らがDクラスは勉強出来ない勢の方が圧倒的に多いのだ。華琳さんや桔梗さんのように教える側のコミュ力が高ければ、自然、他の誰かと一緒に教わることになる。勉強出来る勢の中ではコミュ力の低い方である幸村くんも、最近では綾小路くんや三宅くんと一緒にいることが多いらしい。
そんな感じに――内容を理解出来ているかどうかはともかくとして――クラスの誰もが真面目に授業を受けている。早朝や放課後に、勉強を教え合ったり教わったりと言うのも珍しい光景ではない。
沖谷くんもその例に漏れず、私から勉強を教わったことがある。その際に、言葉による当たりは強いが彼の容姿に対して何ら含むところはないこと、真面目に勉強する気概があるのなら、根気よく教えるのも吝かではないことを感じ取ったそうだ。
まあ、確かに初めて教えた際にはかなり強く当たってしまったのは否めない。なにせ私がまともに知る相手の誰もが誰も平均以上に勉強が出来るのだ。基準点を高く見積もってしまっても仕方ないと言えるだろう。
それによってへこみはしたが、容姿に対してどうこう思われながら教わるよりはよほどマシらしい。以来、沖谷くんは復習や予習で分からないところがあると度々私に訊きに来るようになった。
奇妙な感じではあるが嫌な気がしないのは、私なりに成長しているということだろうか……?
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「それで、堀北、さん。用って、何かな?」
そして迎えた放課後。珍しいことに佐倉さんの方から話しかけてきた。理由があるなら自発的に話しかけられると知れたのは悪くない。……まあ、相手によるのかもしれないが。
「そうね……。悪いけれど、私の部屋に来てもらっても構わないかしら? あまり大っぴらに話したいことでもないし」
教室内を見渡し、残っている人数を確認した私はそう答えた。部活動に入った生徒は行ったようだが、無所属の生徒は大半が残っている。こんな状態で話したい内容ではない。
「……? うん、分かったよ」
「すまないわね」
理由が分からないからだろう。小首を傾げる佐倉さんだったが、分からないものは分からないとアッサリ見切りを付けたようだ。
快く頷いてくれた彼女に、一言謝辞を告げる。
寮までの道中、特に会話らしい会話はなかった。そもそも、私も彼女もコミュニケーション能力には難があるのだ。
一緒に帰っているには静かなままで歩を進め、けれど特に苦痛とも思わない時間を過ごしていれば寮に着いた。
「どうぞ」
「お邪魔、します」
佐倉さんを部屋へと招き入れる。彼女も一言断り部屋へと入った。
「適当にかけててもらえるかしら? いまお茶を用意するから」
「あ、おかまいなく」
私はキッチンへと向かった。自分から誘った以上、お茶菓子を用意するのは最低限の務めである。
佐倉さんは佐倉さんで断りの言葉を入れてきたが、まあこういうやり取りは暗黙の了解であるらしい。
「どうぞ」
「ありがとう」
周りが周りだけに、私の部屋にはコーヒーに紅茶、日本茶にジュースと揃っている。……凝り出せばキリがないのでペットボトルなりティーパックだが。
用意したのは無難にほうじ茶。個人的には緑茶よりもほうじ茶の方が好みである。
ほうじ茶を嚥下し一息ついたところで、私は早速切り出した。
「佐倉さん、私に『自撮り』というものを教えてくれないかしら?」
「…………え?」
対し佐倉さんは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔で、理解出来ないとばかりに一言零したのだった。
やはり、私の対人能力は低いらしい。またしても一刀さんや華琳さんを基準にしてしまった。
「順番に言うわね。まず、私は兄さんに認められたくて色々と頑張ってきた。学業に運動は元より、兄さんが学んだ空手に合気道も。まあ出来が悪い私は、必然として相応のものを犠牲にすることになった。平たく言えばオシャレや対人能力なんかね。……ここまではいい?」
「うん」
「残念ながらそれで褒められることはなかったのだけど、一刀さんのアドバイスを聞いた結果、この間、とうとう褒めてもらうことが出来た」
「入学式の日、だよね?」
「そう。今までのことを無駄だとは思わないけど、結果として私は『兄さんに認めてもらいたいくせに、兄さんが私に何を望んでいるか』を考えないまま行動していたことが浮き彫りとなってしまった。……まあ、今の私を客観的に見れば、兄さんのデッドコピーと言われてもおかしくないでしょうしね。
そこで兄さんの言葉から、私は自分の表情を変える努力をしようと思った。けれどまあ、今までが今までなのでこれが非常に難しい。そこで色々と調べてみた結果、『自撮り』というものに行き着いたのよ。色々と付加要素はあるでしょうけど、単純に言ってしまえば自分で自分の写真を撮るだけだし。そこに必ずしも他人を窺う必要は無いわ。
とは言え、自分だけでは最初の一歩が難しい。そこであなたに白羽の矢を立てたというわけよ」
「え、と、なんで、私に?」
順番に理由を述べれば佐倉さんは理解の色を示したが、佐倉さんを選んだことを告げた途端に躓いてしまった。……顔色を見るに、心当たりはある、といった感じか。対人能力が低い分、特別に佐倉さんが分かりやすいだけかもしれないが。
「これ、あなたでしょう?」
私は携帯を開き、とある画面を見せた。グラビアアイドルのホームページであり、トップ画面には簡単な紹介が載っている。
「グラビアアイドル、雫。所属事務所のホームページによると、一身上の都合によりしばらく活動休止する旨が載っているわ。その一方、雫がやっているブログの方では――コメントの更新こそないものの――写真が更新されている。そして近日に投稿された写真をよくよく見れば、うちの学校と思しき部分がチラチラと見える。制服の一部なり、寮部屋の扉なりといった具合にね。
こうなってしまえば、雫とうちの新入生を結び付けることは大して難しくないわ。そして池くんたちの様子を見ていると、雫がいるとなれば声高に叫ばれていてもおかしくはない。しかし現実としてそうはなっていない以上、大半の生徒から雫は雫として気付かれていない可能性が高い。
それらを踏まえた結果、私はあなたが雫であると考えた。
まあ、あなたが雫であっても違っても、私にとってはどうでもいい。重要なのは、あなたがこの写真のように自撮りをやっているかどうか。そして私に教えてもらえるかどうかよ。……実を言うとね、最初は桔梗さんに頼もうかとも思ったのよ。けれど、彼女に頼むと確実に言いふらされるに決まってるから。ただでさえ慣れない視線を浴びているというのに、そんなことをされたら我ながらどうなることか……。いくら私の社交性に対する荒療治と分かっていても、手を出さない保証はないのよ。
その点、あなただったら人付き合いが少ないから、その点は心配いらないでしょう?」
暫しの間を置いて、佐倉さんは唐突に眼鏡を外し、束ねていた髪もほどいた。
「……本当に、堀北さんはそう思ってるんだね。結構ひどいことも言われた気がするけど、ハッキリしすぎていて傷つくより先に清々しいや。……うん、そうだよ。グラビアアイドルの雫は私。諸々の理由は教えなくてもいいよね? 堀北さんはそこら辺を気にする人でもなさそうだし。私もまだそこまで教える気もないし」
淀みなく言葉が紡がれる。そこには先程までのおどおどした部分は欠片もない。
「それで、自撮りだったよね? 良いよ、私で分かる部分なら教える。所詮私のは趣味だから、カメラとかについて深く訊かれても困るけど。――ただ、私が雫であることについては黙っててもらえる?」
「了解したわ。そちらも、私の自撮りについては内緒にしてもらえると嬉しいわ」
「交渉成立だね」
「そのようね」
ここに、私と佐倉さんによる『自撮り同盟』が結成されたのだった。
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言うは易く行うは難し。後悔先に立たず。……そういった言葉が浮かんでは消えていく。
率直に言って、佐倉さんは鬼講師だった。
確かに本人の言っていた通り、カメラ選びは適当だった。――けれど、それ以外では一切の妥協が無かった。平たく言えば、私に関する部分で。
佐倉さんに言わせれば、私は素材がいいらしい。そのままでも十分にいい画は撮れるらしいが、最終的には兄さんに見てもらうことを考えれば、手を抜くことなど有り得ないそうだ。
いざ行動するに当たり、まずは私服を見られ、次にケア用品を見られた。
私服についてはダメ出しとは言わずとも苦言を呈され、ケア用品では叫ばれるに至った。
「なんでこんな無料品でその艶が出せるの!? 素材か!? 私とは素材が違うと言うのか!?」
適当に買った無料品を手にそう叫ぶ佐倉さんは普段の様子からはとても考えられず、率直に言って怖かった。
カメラを買った後に向かったのはブティックだった。私はオシャレをするに当たって組み合わせ可能な私服が少なすぎるらしい。ムダに高い服を買う必要は無いが、ある程度のバリエーションがなくては話にならないとの事。
ありのままを撮るのも手法としてはアリだそうだが、『可能な努力をしない人をあの生徒会長が認めるとは思えない』と言われてしまえば、私としても大人しく佐倉さんの着せ替え人形になるしかなかった。幸い、兄さんからお小遣いをもらったのでポイントには余裕がある。
買う物を買ったら、今度は佐倉さんの部屋へと向かった。まずはお手本を見せてくれるらしい。
流石に手慣れてるだけあってササッと用意を整えた。
構図を考えポーズを取れば、あとはタイマーセットされたカメラが撮ってくれる。彼女はパターンを変えて、それを何通りかやってくれた。
今回は着ている服装的に笑顔一択だったが、組み合わせによっては表情も変えるらしい。実際にコロコロと表情を変えて見せてくれた。教室とはえらい違いである。
「じゃ、実際にやって見よっか!」
笑顔で告げる佐倉さんとは対照的に、私の気分は死刑台に上る囚人もかくやといった有様だった。
その後、何度もダメ出しをされてはようやくOKを貰え、かと思えばパターンを変えての繰り返しとなった。……自分で選択したこととは言え、私は早くも挫けそうになってしまった。
これからは、ちょっぴり他人に優しく出来そうな気がする、そんな一日となったのだった。
鈴音回。またの名を佐倉登場回。
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