ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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改めて原作を確認したところ、1巻の水泳授業の描写によると、欠席者16人、カナヅチ1人、競争参加者が男子16人、女子10人となってます。
つまりDクラスは16+1+16+10=43人なんですよね。
ただ、本作では以前の話において1クラス40人と設定してしまったため、そのまま通させてもらいます。

今後もこういった確認ミスが出てくると思いますが、ご了承ください。



10話

「おはよう山内!」

「おはよう池!」

 

 部活の朝練を早めに切り上げて教室に入った僕を待っていたのは、満面の笑顔で挨拶を交わす池くんと山内くんだった。……正直に言おう。何とも珍しい。

 入学式から一週間。華琳さんによる薫陶が行き届いた我らがDクラスは、確かに真面目に授業を受け、無遅刻無欠席をキープ出来ているが、それは何も全員が優良生徒になったことを意味しない。

 何故なら、それは出来て当然のことだからだ。当たり前のことを当たり前にこなしているだけで優秀だと評価されるのであれば、世の中そんなに苦労はないだろう。

 朝や放課後に予習復習をせずにおしゃべりに興ずる人はもちろんいるし、遅刻寸前での登校だって珍しくはない。特にこの二人はそれがデフォルトと化していた。

 それをどうこう言うことは出来ない。授業中はともかく、朝や休み時間、放課後の行動は基本的に生徒の自主性に任せて然るべき。確信はあっても確証がない現状では、強制的な真似は出来ないのだ。

 早い話、それぞれが持つ危機感の違いが行動に現れているのが現状だ。

 そんな状況で池くんと山内くんが余裕を持って登校しているのだから、驚愕や疑問の視線を向けているのは僕に限ったことじゃなかった。

 いったい彼らに何が……?

 

「いやぁ、今日の授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさぁ」

「分かる分かる。周りの雰囲気的に苦痛続きの日々だったけど、今日だけは話が別だぜ。まさかこんな時期から水泳があるなんてな!」

「そうそう! 水泳と言ったら女の子! 女の子と言ったらスク水! ほんと、水泳の授業が楽しみだぜ!」

 

 疑問の答えは、遠からぬ内に彼らの口から語られた。

 教室内に響き渡るほどの大声で喋るのはどうかと思うが、その一方で僕は彼らが平常運転であることに安堵した。

 綾小路くんから聞いた話だが、池くんは何度か彼に勉強を教わりに行ってるらしい。毎日ではなく、それとて夜の短い間だけだそうだが、その行動が池くんに多大なストレスを生んだ可能性は否定出来ない。或いは脳に異変を齎した可能性だって考えられたのだ。

 それが杞憂だったと分かったのだ。僕が安堵するのも無理はないと言えるだろう。

 

「おーい、博士ー。ちょっと来てくれー」

「んん、なんでござるかな?」

 

 呼びかけに応えて二人の元に向かったのは外村くんだった。学業はともかく、コンピュータ知識が豊富な彼がパソコンに向かって作業している姿は、なるほど『博士』と呼ばれても不思議はないように感じる。……その語尾が致命的なまでに博士感を台無しにしているけども。

 

「博士ってコンピュータが得意なんだろ? この機会に女子のおっぱいランキングとかって作れないか?」

「いや、流石にそれは勘弁願うでござるよ。女子の水着姿に興味があるのは拙者も同じでござるが、その様な真似をしようとすれば必然的に授業を休まねばならぬ。また、その様な理由での授業不参加となれば間違いなく減点されるでござろうし、後々のバッシングも目に見えている。……どう考えても割に合わぬでござる」

「そこを何とか!」

 

 外村くんが二人の無茶ぶりに否を示し、それでも彼らが食い下がっている時だった。

 

「おはよう」

「みんなー、おはよー!」

 

 教室に一刀くんと櫛田さんがやってきた。

 それだけなら別に珍しくはないのだけど、今日はいつもと違った。

 いつもであれば――早めに切り上げているとは言え朝練に参加している――僕よりもこの二人は早く登校している。それだけならそこまで気にすることもないのかもしれないけど、櫛田さんは異様にハイテンションだし、挙句の果てには一刀くんの片腕に抱き着いているのだ。

 流石にここまで普段と違っていれば、僕としても気にはなる。

 

「ええっ!? もしかして櫛田さん、北郷くんと付き合い始めたの!?」

「ううん、付き合ってはないよ! 一方的に突かれただけだし……

 

 そして当然ながら、気になったのは僕以外にもいたようだ。軽井沢さんが驚愕も露わに櫛田さんに訊けば、当の櫛田さんは満面の笑みで否定する始末。……致命的なまでに態度と言葉がかみ合ってない。

 ボソリと何事かを付け加えたようだったが、生憎と僕には聞こえなかった。

 

「え、でも、ええ……?」

 

 問いかけた軽井沢さんも困惑している。……良かった。軽井沢さんに昨日のことを引き摺っている様子はない。

 昨日、僕は軽井沢さんに『相談したいことがある』と呼び出され、話し合いを行った。

 それによって僕は彼女の意外な過去を知り、それと同時に凄く救われた気分になった。他ならぬ彼女から言われた『ありがとう』の一言が、僕の重荷を軽くしてくれたのだ。

 それはそれとして、今の僕には他にも気にかかることがあった。

 一刀くんには櫛田さんの他にも仲の良い女子がいる。そう、華琳さんと堀北さんだ。

 

(この場面を見た彼女たちはショックを受けないだろうか……?)

 

 若干の不安を覚えながら様子を窺ってみると、華琳さんと堀北さんにその様子はない。堀北さんはいつものように授業の準備を済ませて読書に勤しんでいるし、華琳さんは笑みを浮かべながら一刀くんたちを弄っていた。

 

「おめでとう、とでも言っておけばいいのかしら? どう、気持ち良かった?」

「ありがとう。とっても気持ち良かったよ! けど、私だけじゃ身が持たないね。次は華琳さんどう? 鈴音ちゃんでも良いとは思うけど……」

 

 そんな会話が聞こえてくる。直接的な単語は出していないにせよ、少し深読みすればなんとも生々しい会話だ。

 女子は大半が顔を赤くしているし、男子の大半は嫉妬の視線を一刀くんに向けている。

 

「――と、桔梗は言っているけれど?」

「華琳が望むなら俺は構わないよ。――いや、何も華琳に限ったことじゃないけどね。俺はもう吹っ切れたんだ」

 

 嫉妬の視線に気付いていないわけもないだろうに、一刀くんは気にも留めていなかった。望むなら誰でも相手をすると、言わば『ハーレム宣言』を堂々と行ったのだ!

 女子陣の黄色い歓声が教室内に響き渡る。これが池くんや山内くんが言ったものなら顰蹙を買って終わりだったのだろうけど、なにせ言ったのが一刀くんだ。

 入学してからまだ一週間。――されど一週間だ。

 その期間に、一刀くんはその能力の高さや人柄の良さをところどころで示してきた。顔だけではない、本当の『出来る男』という姿を見せてきたのだ。

 それが『一刀くんなら仕方ない』という説得力を生み、女子陣の歓声に繋がっているのだろう。

 

「それでこそ、と言っておきましょうか。見れば分かるわ。今のあなたは昨日までとは大違い。それほど覇気に満ちている。――しかし、あなたを見て気付かされたわ。いつの間にか、私も周りに気を遣い過ぎていたようね。

 ふむ、桔梗? 良ければ私とも遊んでみないかしら? 一刀とはまた違った気持ち良さを与えてあげるわよ?」

 

 華琳さんの矛先が変わったところで、一刀くんは櫛田さんをその場に置いて動き出した。向かう先は池くんたちのところだ。

 置いてかれた櫛田さんは堪ったものじゃないだろうが、チラリと一刀くんの行き先を見て理解を示していた。

 

「えっ!? それは……遠慮しておきたいかな~って」

「そう? それは残念ね。はぁ……。どこかに私と遊んでくれる娘はいないかしら……?」

 

 華琳さんと櫛田さんのやり取りが耳に入ってくる。……が、僕は出来る限り聞こえないふりをした。

 それから僅かな間をおいて、一刀くんが池くんたちの元に辿り着いた。

 

「おいおい、どうした二人とも? なんだってまた外村に掴みかかってるんだ?」

「うるせえぞ、このイケメンが! チクショウ! 俺の櫛田ちゃんがあぁ……ッ!」

「あっちへ行きやがれ! イケメンは敵だ!」

 

 訊ねる一刀くんに対し、池くんと山内くんは噛みついた。

 

「……一体どうしたんだ、外村?」

「はぁ……。拙者も二人のような反応を返したいところでござるが、北郷殿はこの学校で初めての友でござるからなぁ。勉学でも世話になってるでござるし、無下には出来ぬでござるな。実は――」

 

 外村くんへと訊き直した一刀くんに対し、外村くんは溜息を吐きながらさっきの出来事を話した。

 

「なるほどな。……池、山内、このバカ野郎が! 確かに男として巨乳に惹かれるのは分かる! 理解が出来るとも! しかしな! おっぱいランキングは流石に聞き逃せん!」

 

 外村くんから理由を聞いた一刀くんは、一定の理解を示しながらも池くんと山内くんに怒鳴った。

 これを聞いた女子陣もウンウンと頷いている。

 しかし――

 

「どうせランキングを作るなら、なにも胸の大きさに限るな! どうせなら全部やれ!」

「……は? そりゃどういうこったよ?」

 

 続く言葉を聞いて、池くんのみならず女子陣も首を傾げた。それは僕も同じだ。

 

「言葉通りだ。……時に二人とも、お前たちは華琳や鈴音を可愛いと思うか? 美人だと思うか?」

「え、そりゃあそうだろ」

「性格にキツイところはあるけど、美人だし可愛いだろ」

 

 何を当然のことをと言わんばかりに二人は答えた。

 

「だろう? しかしな、あの二人は別にそこまで胸が大きいわけじゃない。……つまり! 女子の魅力は何も胸に限ったことじゃないということだ! 髪が魅力の女子もいる! 尻が魅力の女子もいる! 全体的なバランスが魅力の女子もいれば、性格が魅力の女子もいる! 

 どうせランキングを作るなら、そういった総合的なランキングを作れと俺は言ってるんだ。……『女性は見られることで魅力を上げる』とも言うだろう? それはうちの女子も例外じゃない。

 それぞれに力を入れている部分が違うんだ。そして女子の視点と男子の視点もまた異なる。力を入れている分野が、男子から見て芳しい反応ではなかったら? それは力の入れ方を間違っていると言うことだ。

 総合的なランキングであれば、そういったことを知れる可能性もある。一分野だけなら女子の反発も大きいだろうが、総合であれば女子にも利があるんだ。カレカノ関係に夢を見てるのは、なにも男子に限ったことじゃないだろ? 無論、興味のない人も当然いるだろうけどな」

「なるほど……」

 

 一刀くんが力説すれば、池くんと山内くんは目から鱗とばかりに頷いた。

 

「分かってくれたか?」

「ああ!」

「俺たちが間違ってたぜ!」

 

 三人はグッと親指を立てた。いわゆるサムズアップだ。

 

「さて、ご高説は終わりましたか?」

「言ってることは尤もだし、理解も出来るのだけどね」

 

 そんな一刀くんの肩に、背後から手を置く女子が二人いた。華琳さんと堀北さんであり、その顔には満面の笑みを浮かべている。

 

「いや、二人とも? ちょっと肩が痛いな~って」

 

 降参とばかりに両手を挙げながら、一刀くんが力なく呟いた。

 

「胸が小さくて悪かったわね!」

「胸が小さくて悪かったですね!」

 

 当然ながら聞き入れられる筈もなく、そんなことは知るかとばかりに二人は怒鳴るのだった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「まったく、まだ肩が痛いよ。……まあ確かに、デリカシーに欠けていたきらいはあるから、文句は言えないんだけどさ」

「はは……。けど意外だったよ。一刀くんがあんなことを言うなんてさ」

「あ~、やっぱそんな印象持ってたか。別に隠してもないんだけどな。仲間内じゃ、女好きを公言して憚らないし。むしろ、だからこそ華琳に鈴音、桔梗といったタイプの違う女の子たちと上手くやってけてる面もあるし」

「へえ、僕は女の子と付き合ったことが無いからよく分からないけど、そういうものなのかい?」

「まあ、あくまで一意見として、だけどな?」

 

 昼休み。僕たちはそんな会話をしながら更衣室で着替えていた。次の授業は池くんたちの待ち望んだ水泳である。

 雑談をしながらも身体は止まらない。水着を取り出し、バスタオルを腰に巻いてサッと着替える。

 

「堀北さんは空手と合気道をやっていたって話だったけど、やっぱり一刀くんも何かスポーツをやっていたのかい?」

「実家が剣道場をやっててな。幼い頃から剣道はやってたよ。退院後はそれ以外にも手を出したけどな。入院中に中学は卒業扱いになってたから時間だけはあったし」

「何に手を出したか訊いても?」

「ん~、秘密にしとこう。ミステリアスな部分があった方がカッコいいだろ?」

「はは、確かにそうだね」

 

 僕は恵まれている。心からそう思う。

 僕の過去を知って、それでもなお受け入れてくれる人がいるとは、受験当時は思わなかった。

 そして、それでもいいと思っていた。罪には罰が必要だ。クラスメイトから笑顔を奪ってしまった僕には相応しい罰だ……と。

 だけど、実際はどうか。

 僕の醜い過去を知って、それでも受け入れてくれた人たちがいる。感謝を述べてくれた人がいる。……その事実に凄く救われている。

 こんな何気ない会話が、本当に心地いい。

 

「へえ、立派なプールじゃないか! 流石は政府運営ってとこかな」

「本当だね。まさか学校のプールでこのレベルの物が出てくるとは思いもしなかったよ」

「屋内プールだから天気の影響も受けないし、見た限り水も澄んでいる。泳ぐには最適の環境だな」

「フゥム。確かに学校の物としてはまあまあじゃないか。どうだいソードボーイ、どちらが速く泳げるか競争するというのは? それとも、水泳は不得手かな?」

「……ッ!?」

 

 びっくりした。いつの間にか一刀くんの隣に高円寺くんが立っていたのだ。……全然気付かなかった。やはり高円寺くんも並の実力者ではないのだろう。

 僕とは違い一刀くんは気付いていた様で、驚くこともなく返事を返していた。

 

「別に苦手ってわけじゃないけどな。あくまで授業なんだし、俺たちの一存で出来ることじゃないだろう。……ま、先生の方からそういったことを提案されたらだな。その時は潔く受けて立つさ」

「やれやれ、面倒なことだ。では、提案されることを願うとしよう。今回も、私を楽しませてくれたまえよ?」

「そりゃ微力は尽くすがな。楽しませる断言は出来ないぞ?」

「フ、謙遜と受け取っておくとしよう」

 

 そうこうしている内に女子たちもプールに姿を現した。途端に男子から歓声が上がる。

 パッと見たところ、欠席している子はいないみたいだ。……男子からの歓声に不快感を露わにしている子は少なくないが。

 

「待たせたわね」

「待たせました」

「お待たせ!」

 

 大半の女子が仲の良い子たちでグループを組み一塊になっている中、彼女たちは関係なしに僕たちに近付いてきた。いつも通り、華琳さん、堀北さん、櫛田さんだ。だけど、今回はそこにプラスαが加わっていた。佐倉さんと長谷部さんである。

 

「あ~、視線ウザ……ッ!」

 

 長谷部さんが髪をかき上げながら、心底不快そうに零した。

 

「選択ミスったかしら……? けど、一人でいると余計だろうし、その点で考えればこっちの方がまだマシだろうし……」

 

 ブツブツ言っている内容から察するに、彼女がここに来たのは打算的消去法の様だ。

 一週間という短い時間で分かったことを述べると、長谷部さんは一人でいることを苦としないタイプだ。もっと言えば、慣れ合いや上辺の付き合いが苦手の様なのだ。

 何事もハッキリさせたがるタチ、とでも言おうか。誰かに遊びに誘われても、バッサリと断っていたのを見たことがある。……ただ、それで相手が憤慨すれば謝ってもいたので、ムダに和を乱すことを好むタイプでもない。

 強いて言えば堀北さんに似たタイプになるだろうか。

 ただ、堀北さんとの明確な違いが一点だけある。そして、それに関する視線を厭っている。……どこがどうとは言わないけど。

 最低限の和を乱さないために授業に参加したが、一人でいれば視線が集まる。それを防ごうとすればどこかのグループに混じらざるを得ず、その結果が僕たちだった。……こんなところだろう。

 では、佐倉さんはどうなのだろうか……?

 僕の知る限り、佐倉さんもまた人付き合いが得意ではない。ただ、やはり最低限度の和を乱すタイプでもない。だから授業に参加したのは分かるのだけど、僕たちのところにきた理由までは見当がつかない。

 

「眼鏡がスイッチかと思っていたのだけど、そうでもないのね」

「いや、そんなわけ、ないから。基本、私は、引っ込み思案だからね?」

「とてもそうは思えないのだけれど?」

「いや、あれは、あくまで、堀北さんが、相手だからだよ」

 

 疑問に思う僕の耳に、そんなやり取りが届いた。

 正直に言うが意外だ。どうやら堀北さんと佐倉さんは仲が良いらしい。

 

「よーし、お前ら集合しろー」

 

 そこで先生が現れ――意外な事実に驚く僕を余所に――授業の開始が告げられるのだった。  




ようやく水泳授業回まできました。まあ本番は次話ですが……。

いくらカッコ良くても、どこか締まらないところがあってこそ一刀だと思います。

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