ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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13話

 阿鼻叫喚の地獄絵図とまではいかなくても、クラス内は相応に騒がしかった。とは言え、10万でなくとも十分な大金を支給されたのだ。それぞれの顔に悲壮感は見受けられない。

 

「あ、みんなおはよう。朝から勢揃いなんて珍しいね。ポイントについて何か話し合いでもしてた?」

「おはよう、軽井沢さん。まあ、そうだね。と言っても、当然ながら出てきたのは推測ばかりだけどね。おそらく今日にでも学校側からネタ晴らしが入ると思うし、大人しくそれを待つことで一致したよ」

 

 俺たちが教室に姿を現すや、真っ先に軽井沢さんが話しかけてきた。……まあ、その視線が向いているのは洋介だったが。

 だからこそ、洋介が率先して答えた。とは言っても、当たり障りのない返答だったが。

 まあ仕方のないことだ。大幅な減点を食らったのは先日の小テストが原因だと、俺たちの見解は一致している。見ていた限りではあるが、クラスの素行にそれほど問題はないと判断出来る。ならば、それ以外の要因で最も大きいのは小テスト以外に考えられないのだ。

 実際、池の勉強を見た綾小路、軽井沢さんの勉強を見た洋介、そして須藤の勉強を見た華琳の言によると、当初の3人はとても高校生とは思えない学力だったそうだ。……まあ、流石に洋介はオブラートに包んだ言い方だったが。

 その3人も今でこそある程度学力が向上しているものの、ここで推測を声高に叫ぶ意味は薄い。クラスのヘイトが戦犯へと、そして戦犯からのヘイトが俺たちに向くだけだ。それではクラスそのものがガタガタとなる。

 どうせ遠からず学校側からの説明があるだろうし、せめて戦犯からのヘイトは学校側に引き受けてもらう。……今朝の話し合いでそう決まったのだ。

 

「ふぅん……。そっか、分かった。グループの皆にもそう言っとくね」

 

 軽井沢さんは暫し考えた後、あっけらかんと言った。洋介によると彼女は色々と気が回るらしい。或いは言葉にしていない部分までも読み取ったのかもしれない。

 席に着いて暫くすると、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。当然だろうが、遅刻者はいない。いつもは遅刻寸前に登校する池と山内も、今日は早く来ていた。

 程なくして担任の茶柱先生がやって来た。その手にはポスターかなんかの筒を持っている。

 表情はなんとも言い難い。嬉しそうでもあるし、嘆いている様でもある。感情がごちゃ混ぜになった結果、というところだろうか。

 

「これより朝のホームルームを始める。色々と気になっていることもあるだろうが、まずはこの言葉を送らせてもらう。……おめでとう。今日からお前たちはBクラスとなった」

 

 クラスの入れ替えが行われたことに俺が納得している一方で、理解の表情を浮かべている者は少ない。ほとんどが首を傾げたりしている。

 

「とは言え、それもいつまで持つかは分からんがな」

 

 言いながら、先生は筒から取り出した紙を黒板に貼り付けた。

 紙にはAからDクラスまでの名前が書かれ、それぞれの横に四桁の数字。

 Aクラス――900。

 Bクラス――650。

 Cクラス――490。

 Dクラス――720。

 以上が記載されている数字だ。

 十中八九、各クラスの成績で間違いない。初期が1000で10万だとするならば、今回振り込まれたポイントである7万以上8万以下とも合致する。

 

「さて、これを見て奇妙な点がないか?」

「うちのクラス以外、数字が綺麗に並んでる?」

「900、650、490……ホントだ!」

 

 茶柱先生の問いかけに、誰とはなしに答えが上がった。

 

「そう、その通りだ。この学校では優秀な生徒の順にクラス分けがなされている。……まあ、お前たちは初日から気付いたようだがな。正直、回されてきた映像を見た時は驚いたぞ。自分たちを指して、こともあろうに『問題児』に『劣等生』と宣ったんだったか? いやいや見事だ。その表現に間違いはない。もっとも、学校側としては『不良品』という言葉を使っているがな」

 

 茶柱先生は嫌らしい笑みを浮かべて拍手した。その様は、わざと俺たちを挑発している様にも感じる。

 

「平田、北郷、坂柳、堀北、櫛田、そして綾小路。理由は様々だろうが、本来ならば隠しておきたいだろう過去を入学初日から打ち明けたお前たちには、私としても感嘆の念しかない。

 それがあったからこそ、他の者たちに対して説得力が生まれたのは間違いないだろう。特に平田、北郷、坂柳に櫛田の四名は、AクラスやBクラスでもおかしくはない能力を持っているから尚更だ。……まあ、堀北と綾小路は行けてもCクラスが限度だったろうが。

 さておき、それにより早くからクラスメイトに最低限の協同意識と警戒心を抱かせることに成功した。その結果、我がクラスに遅刻者はなく、授業中の私語も数少ない。例年のDクラスとはえらい違いだよ」

 

 再びの拍手。しかし、今度は優しい笑みを浮かべて。

 偽悪的に振る舞ったかと思えば、次には態度を一転させる。……無理からぬことだが、茶柱先生の目的が見えてこない。

 

「クラス横の数字はクラスの成績であり、毎月振り込まれるポイントと連動している。これを(クラス)(ポイント)という。CPを100倍した数値がお前たちに振り込まれるポイントであり、これを(プライベート)(ポイント)という。

 またクラスの成績は、同時にクラスのランクにも反映される。今回720ポイントという評価を得たお前たちは4クラス中の2番目となり、DクラスからBクラスに移り変わったわけだ。それに伴い、BクラスはCクラスへ、そしてCクラスはDクラスへとランクが下がっている。

 早い話、お前たちは入学早々にして学校側からの前評判を覆したと言うことになる。――それだけなら、本当に喜ばしかったんだがなぁ……」

 

 嬉々として語った後、茶柱先生は深い深い溜息を吐いた。そして黒板にもう一枚、紙を貼り付けた。

 そちらの紙にはクラスメイト全員の名前が並んでいる。……が、出席番号順ではない。名前の横にはこれまた数字が記載されており、先頭に行くほど大きく、末尾にいくほど小さくなっている。

 俺の名前は先頭から二番目、数少ない100の数字の横にあった。他に100の数字が書かれているのは綾小路と華琳のみであり、丁度2人に挟まれる形だ。

 

「これは先日やってもらった小テストの結果だ。……実際にやってみてどう思った? 堀北、答えてみろ」

「ラストの3問を除けば非常に簡単でした。間違いなく入試よりも。――その分、ラストの3問はちょっとやそっとの予習では解けない程に難しかったですが……。私も全部は解けませんでした」

「素直な感想をありがとう。……ハッキリと言えば、この小テストは各クラスに対する最初のボーナスでもあったんだよ。堀北の言った通り、ラストの3問は普通に授業を受けているだけでは絶対に解けないようになっている。だからこそ、1問これに正答する毎にCPが増える仕組みだな」

 

 つまり、小テストで90点以上を取っている者が多ければ多いほど、CPもまた増えるというわけだ。

 そして100点とはいかなくとも、90点と95点を取っている者はそこそこいる。

 95点を取っているのは4人。鈴音と幸村に高円寺、そして中国からの留学生である王美雨さんだ。

 90点は3人。桔梗と洋介、そして軽井沢さんのグループに属している松下千秋さんだ。

 だが裏を返せば、これだけのプラス補正を受けて、それでも720ポイントという結果なのだ。……茶柱先生が嘆くのも無理はないだろう。

 

「同じように、ラスト3問以外は非常に簡単な問題となっている。つまりは解けて当然なんだよ。……それが出来なければどうなるかなんて、わざわざ言うまでもないだろう?」

 

 茶柱先生はクラスを睥睨しつつ、特に点数の低かった生徒に対して侮蔑の視線を向けた。

 

「今回の小テストで赤点を取った者はいなかったが、中間や期末で1科目でも赤点を取った場合は退学処分となる。

 また、進学や進路に対する恩恵を受けられるのも卒業時にAクラスだった生徒のみと決まっている。……個人でクラスを移動するのも不可能ではないが、必要ポイントは2000万と現実的ではない。なので、クラスで手を取り合うことが賢明だな。

 今月の下旬には中間テストがある。当然、難易度はこの小テストとは比較にもならんから、点数の低かった者は死に物狂いで頑張ってくれ。なに、お前たちなら赤点を回避出来ると私は確信しているよ。

 ああ、言い忘れていた。赤点の算出方法は平均点割る2だ。見ての通り、このクラスには学力面で優秀な者も多い。今回点数の低かった者は安いプライドなんぞ投げ捨てて、そいつらに教えを乞うことをお勧めするよ」

 

 そう言い残して、茶柱先生は教室を出て行った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、参ったわね……」

 

 茶柱先生が去っても黒板に張り出されたままの紙を見た華琳が深々と溜息を吐いた。

 

「先日――と言っても、小テストを受ける前だけど――有栖から誘われてね。その時に一つ提案をされたのよ。ポイントを融資してくれないかってね。彼女は現在のAクラスにあまり魅力を感じていないみたい」

「それは、キツイな……」

 

 その言葉が正しいとするならば、4月中、有栖はほとんど動いていない筈だ。最低限に動きはしただろうが、言い換えれば、このクラス評価にも彼女の力は最低限にしか現れていないことになる。だと言うのに、Aクラスは僅か100ポイントの減点に抑えているのだ。

 有栖を除いた場合、Aクラスのリーダー格として真っ先に思い浮かぶのは葛城という男だ。実際に会って抱いたイメージは慎重派。出来る限り危険を冒さないその方針は、ともすれば臆病とも取られかねない。……が、現状維持や守勢に回った場合は、得てして付け入る隙が無い。そのため、この上ない難敵となることが大半だ。それはクラス評価にも表れている。

 では、我がクラスはどうか。

 俺たちは割と精力的に動いてきた。入学初日から動き出した俺たちDクラス――現Bクラス――は、他のクラスに対して『初動の差』という絶対的なアドバンテージを有している筈なのだ。……その上で、この結果である。否応なく、他クラス全てとの『地力の差』というものを痛感させられた。

 確かに『初動の差』は現れている。Bクラスに上がれたのが何よりの証明だ。『例年のDクラスとはえらい違いだ』と茶柱先生も言っていた。その点ではあの人も太鼓判を押しているのだ。

 だが、結果としては720ポイントまで落ち込んでいる。それはつまり、小テストにおけるマイナス分がそれだけ大きいことの証明でもあった。

 おそらくあの小テストは、ラストの3問を除いての全問正解が基準となっている。入試問題よりも簡単な内容なのはそのためだ。つまり、クラス全員が85点を取ることがポイントを減らさないための絶対条件。

 しかして俺たちのクラスはどうか。確かに90点以上を取りプラスに導いた者もそこそこいるが、全体としては85点に到達していない者の方が圧倒的に多い。酷いヤツになると50点以下という有様だ。

 以前に華琳はクラスメイトに対して『己が才を磨け』と言ったが、これではそれもままならない。学生の本分たる学力が、学校側の用意した最低基準にすら達していないのだ。

 いくら勉強が出来ないといっても、流石にここまでとは思わなかったのだろう。少数の例外を除けば、85点を取れる者が大半だと思っていたに違いない。それほどまでに、あの小テストは簡単だったのだ。……華琳の溜息には、己が見通しの甘さも含まれている筈だ。

 

「一刀、洋介、それに桔梗、この状況を放り投げるようで申し訳ないけども、これからはあなたたちが中心となってこのクラスを率いてちょうだい。私も可能な限りは手伝うつもりだけど、おそらく肝心な時には役に立てないでしょうから」

「え? それはどういう――」

「なるほど、生徒会か」

 

 疑問が抜けきれない洋介に被せる形で、横から綾小路が口を挿んだ。

 

「ええ、そうよ。ここから先、クラス対抗が行われるのは目に見えている。そして、それは定期試験だけとは限らない筈よ。十中八九、そのための特別な試験なり行事なりが用意されていると見ていいわ。努力と創意工夫、それから運次第ではクラスの逆転も起こり得るようなものがね。……そうでないと、この学校の趣旨に反してしまう。

 現時点ではその程度しか予想を立てられないけれど、生徒会に入ればそうもいかない。今までにどのような試験や行事があったかを知る機会は必ずある。必然的に、その口外、ないしは積極的な介入を防ぐためのシステムも用意されていると見ていい。

 生徒会に入らないのであれば私がこのままクラスの中心に立ち続けてもいいのだけど、清隆のことを鑑みると、私、一刀、清隆の誰かは生徒会に入っていた方がいい。

 ただ、ここで問題が生じる。この1ヶ月間見ていたのだけど、清隆は人間の感情というものを理解しきれていない。あくまで論理的な思考を優先してしまいがちなのよ。これでは清隆1人が生徒会に入っても意味は薄い。

 では一刀はどうか? 別に問題はないでしょう。しかし、私と一刀の決定的な違いが一つ。……一刀は根が優し過ぎる。厳しく振る舞えないこともないでしょうけど、どうしても優しさを優先してしまう。それが悪いとは言わないけれど、そもそもの生徒会に入る目的を考えるとあまり旨くないわ」

 

 そう言われると、ぐうの音も出ない。

 生徒会に入る最大の目的は、理事長との連携を取ることにある。……が、生徒会に入るだけでそれが易々と叶うなら苦労はない。面会出来ないこともないだろうが、回数は極々限られる筈だ。

 現時点でそれを合法的に覆そうと思えば、生徒会の役割を利用するのが一番だ。つまり、Sシステムへの介入である。実際にSシステムに加えられるかどうかは別にして、議論するだけの価値がある提案をすればいい。価値ある提案ならば、提案者の意見を確認しないわけにはいかないからな。

 とまあ、話だけなら簡単だが、『じゃあ実際にどんな提案をすればいい?』と訊かれると困るのが実情だ。少なくとも、現時点だと俺に案らしい案は浮かばない。

 

「話は理解した。オレに何か希望はあるか?」

「クラスメイトだけじゃなく、他のクラスとも積極的に関わりなさい。CPシステムが発表されたからこそ、多種多様な感情に触れることが出来るでしょうしね。そうして感情を学んでいきなさいな」

「……努力はしよう」

 

 そうして休み時間は終了した。




CPの結果はこんな感じ。有栖が積極的に動いていないので、Aクラスは原作よりもCPが落ちています。それでもトップには違いないですが。

小テストにおける補正は独自設定です。……が、特段おかしくはないかと。原作でも『受験問題より2段階くらい低い』とか描写されてますし。
当たり前のことを当たり前にこなせなくて減点されるなら、解けて当然の問題を解けなくても減点対象になると思います。
原作ではそこまで説明されてませんが、そもそもDクラスの素行が酷すぎたため、茶柱先生がそこまで言及しなかった可能性もありますし。

本作における一番の被害者は茶柱先生かもしれない。優れたヤツらが多くて喜んでいたら、他のヤツらが学力で足を引っ張るというね。見事に上げて落とされた感じです。

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