ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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15話

 何度目かの勉強会が終わった後、俺は寮へと帰らずある場所を訪れていた。

 会員制の――それもV.I.P制度のあるカラオケ店である。この店を使用するには無料の会員登録をする必要があるのだが、会費を支払うことでノーマル会員からV.I.P会員へとランクを上げることが出来るのだ。

 V.I.P会員になると専用の部屋が用意されたり、優先的に予約をとれたりする。何だその程度か、と思いもするだろうが、この学校で生活するに当たり、そう決めつけるのは早計だ。特に専用部屋は殊の外重要だ。なにせ、この部屋には監視カメラがないのである。ノーマル会員が使える部屋とは大違いだ。それだけで会費を払うに値すると言うもの。……まあ、会費を支払ってV.I.P会員にならない限りは、監視カメラがないのも知ることは出来ないのだが。

 システム上仕方無いのだろうが、学園の敷地内はどこもかしこも監視カメラで溢れている。そんな中で、こういった場所は貴重だ。

 そして、こんな場所を使う目的など大凡限られる。……そう、密会だ。

 受付やドリンクバーなどがあるロビーの椅子には、1人の少女が腰かけて読書に勤しんでいた。現Dクラスの生徒で椎名ひよりさんといい、今回の約束相手の1人である。

 俺が視界の端にでも入ったのか、椎名さんは本から顔を上げた。

 

「こんばんは、北郷くん。受け付けは既に済ませてありますので、お部屋に案内しますね」

「こんばんは。ありがとう、椎名さん。今回は仲介役を引き受けてくれて助かったよ」

「お気になさらずに。彼とは同じクラスですし、この程度はどうということもありませんので……。それに、お礼を言うのはこちらの方だと思いますよ? 今回の部屋代だって、北郷くんが持ってくれるのですから。私はただ、約束を取り付けただけです」

「その『約束を取り付ける』のが存外難しくてね。椎名さんの前にも何人かに頼んでみたんだけど、どれも失敗続きだったんだよ。その事実を思えば、支払い程度はどうということもないさ」

 

 挨拶を交わした後も、部屋への通路を進みながら会話は続く。そうしている内に目的の部屋へと着いた。

 

「こちらです。……どうぞ」

「よお、お前が北郷か。Bクラスのリーダー格らしいが、断ってんのにしつこくラブコールを寄越しやがって。仕方ねえから会ってやることにしたぜ」

 

 部屋に入るなり、コレだ。声の主はソファにどっかりと座り、我が物顔で寛いでいる。

 龍園翔。Dクラスのリーダーであり、『王』を自称する男だ。これだけを聞けば単なるイタいヤツであるが、そうでないことは実績が証明している。半分を割っているとは言え、DクラスのCPが残っていることがその理由となるのだ。

 クラス評価というシステム上、よほどの優等生揃いでもなければCPが低下の一途を辿るのは明白だ。そして元々がCクラスであったことを鑑みると、とてもじゃないが優等生が揃っている筈もない。にも関わらずCPが残っているということは、無理やりにでも誰かが統制した結果に他ならない。

 その『誰か』こそが、俺の目の前で悠然とソファに腰掛けている男というわけだ。

 現在のDクラスは龍園の支配下にある。だからこそ、こうして面会が叶うまで総当たりすることになった。

 その一方で、完全な支配に至っていないこともまた証明されている。……こうして俺と面会している時点で。

 

「龍園くん、会って早々それは言葉が過ぎると思いますよ?」

「お前は黙ってな、ひより。コイツと俺が顔を合わせた時点で、今回のお前の役目は終わってる。あとは上に立つ者同士のやり取りだ。――で、何か言い返すことはないのか、北郷」

 

 諫めようとした椎名さんを一蹴し、龍園は俺へと挑発的な視線を寄越した。

 

「噂の自称『王様』に1度会っておこうと思ってな。何度も断られるんで存外臆病者かと思ったんだが、こうして会ってくれて安心しているよ。……ああ、俺のことは知ってるだろうが、北郷一刀だ。初めまして、龍園翔」

「ハッ、ヤワな顔して言うじゃねえか。……が、安心したぜ。仮にもクラスを引っ張る立場にあるってんだから、そんくらいじゃねえと潰し甲斐がねえってもんだ。……龍園翔だ。今後ともよろしく頼むぜ、北郷」

 

 一先ず前哨戦は終わった。取り敢えずの格付けは終わり、相対するに相応しいと判断する。……それは向こうも同じようだ。

 

「用件を聞く前に、先ずはドリンクでも持って来るとしようじゃねえか。話も長くなりそうだしな」

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

「私にはココアをお願いしますね、龍園くん」

「さっきのを根に持ってやがんのか……。チッ、ココアで良いんだな?」

「ええ、お願いします」

 

 席を立った龍園に、読書に勤しむ椎名さんからリクエストが入った。

 苛立ち交じりに舌打ちしながらも、素直に椎名さんのグラスを持った龍園を見て意外に思う。

 

「確かにひよりは俺の支配下には入ってねえ。基本的にマイペースだし、俺の方針に唯々諾々と従う素振りもねえ。その点で言えば、頭の痛い相手であることに違いはねえさ。――が、アイツは功を立てた。先日の小テストではクラスで一番だった。本人の思惑がどうであれ、功に報いることを忘れちまったら、王として失格だ」

 

 通路を歩きながら、龍園はそう言った。

 

「なるほど、ただの独裁者というわけでもなさそうだ。厄介だが、同時に喜ばしいな。そうでなくちゃ、この学校に入った意味がない」

 

 俺もまた、素直な感想を告げた。

 

「……で、だ。何だってまたしつこくラブコールを寄越しやがったんだ?」

「最初は単に顔合わせのつもりだったんだけどな。一応はクラスを引っ張る立場だし、他のクラスを気にしないわけにはいかないだろう? AクラスとCクラスは存外楽にリーダーの確認が出来たんだが、Dクラスは違った。実像は杳として知れず、クラスメイトから感じるのは、その大半がお前に対する恐怖か心酔だ。立て続けにそれが続けば、こっちも躍起になるってもんさ。

 暴君ってのは得てして有能さを兼ね備えている場合が多い。己が耳目で確認せずして放置しておけば、その内手痛いしっぺ返しを食らうことになる。そうと分かってて何の手も打たないなんて、バカのやることだろう?」

 

 V.I.Pルームに戻った後、龍園は再び多人数用のソファを独占して問いかけてきた。

 画面に流れるコマーシャルが思いの外煩い。音量を下げ、隠すことなく率直に答える。

 

「ヘタな鉄砲でもあるまいに、よくやるぜ。――いや、所詮はDクラスと眼中に入れてなかった俺の落ち度だな。結果としてクラスは入れ替わり、お前はひよりとコンタクトを取って俺との面会を叶えた。同時にそれは、俺の支配体制の欠点が浮き彫りとなったことを意味している。

 もっと早く――4月中にお前と会っていたら、今の結果は無かったかもしれねえ。CP然りな」

「所詮は仮定の話さ。それに、今になって会うことが出来たからこそ、こっちも欲が出てきた」

「あん、欲だぁ?」

「ああ、俺はうちのクラスに椎名さんが欲しくなった。おそらく、うちのクラスの学力は学年で最下位だからな。初動が良かったから今の結果があるだけで、小テストだけの減点で考えたら、たぶん俺たちが一番だ。

 そんなわけで、学力の高い人は1人でも多く欲しいのが正直なところだ。その点、椎名さんは可愛いし、最低限のコミュケーション能力はあるし、お前の支配下に入っていない、とあらゆる点で狙い目だ。機会があったら、是非うちのクラスに来てもらいたいな」

 

 正直な思いを告げた。これで2人の反応を見る。なにせ言うだけならタダだ。……ついでにポケットの中にある小型録音機を起動させる。このために音量を下げたのだ。

 

「下さいと言われて、はいどうぞ、とやるわけがねえだろうが。システム的にもやれねえしな。……まあ、お前が2千万を貯めて掻っ攫う分には勝手だぜ。どんだけ時間が掛かるか分からねえがな」

「私は構いませんよ。金田くんを除けば、うちのクラスには本を読む人がいないのでお話する相手もいませんし。その金田くんも龍園くんの参謀ポジションで忙しそうですし。――もっとも、2千万なんてポイントは用意出来そうにありませんし、あくまでも『今現在は』と頭に付けさせてもらいますが……」

「なるほど。では、頑張って出来るだけ早く椎名さんをうちのクラスに貰い受けるとしよう。気が変わらない内にね。……ああ、そうだ。受け取れ、龍園。現2年と3年が1年の時に受けたテストのコピーだ」

 

 思いの外色よい返事を貰えたので、少しばかしサービスすることにした。

 華琳経由で学と丙家から受け取った、それぞれが1年だった時に受けたテスト問題と解答のコピー。それを更にコピーした物を龍園に渡す。

 龍園は別に借りとも思わないだろうが、それは別に構わない。そもそもにして俺の目的は人脈作りであり、そこにはクラスの違いなど関係ないのだ。

 初期クラスがCであった以上――俺たちよりマシにしても――Dクラスだって全体的に勉強は苦手だろう。場合によっては次の中間テストで退学者が出るかもしれない。それは俺にとっても旨くないのだ。

 だからこそ、最初からDクラスには過去問のコピーを渡すつもりだった。単に多少はポイントを貰うつもりだったのを無料にしただけだ。そもそもが無料で手に入れた物なので、タダで渡したところで俺の懐は痛まない。

 

「ヘッ、借りとは思わねえぜ? 精々後悔するんだな」

「気にしなくていいさ。いずれ俺が椎名さんを頂くための手付金代わりだ。椎名さんの価値には遠く及ばないが、何もしないのもアレだからな」

「……あら、私、もしかして今プロポーズされました?」

「ま、そう取ってもらっても構わないよ。ただ、俺は相手を1人に絞るつもりもないけどね。望まれるなら、何人でも相手にするさ」

「プロポーズ直後に割と最低なことを言われてしまいました……」

「言ってな、このスケコマシが」

 

 俺の言葉に椎名さんは落ち込み、龍園は呆れを見せながら部屋を出て行った。

 これでいい。直に会って確信を得た。

 龍園は確かに暴君だ。……が、一定の誇りは有している。

 未だ2千万を支払う以外に椎名さんを頂く算段はつかないが、上手いこと頂けた場合、龍園の矛先は俺に向くことになるだろう。椎名さんに向くことはない。

 さっき龍園は『システム的にやれない』と言った。俺たちの知る限り、確かに現時点ではそうだ。しかし、未来は分からないし、もしかしたら俺たちの知らない、それを可能とする制度があるかもしれない。

 また、続く『2千万を貯めて掻っ攫う分には勝手』という言葉から、龍園は『システム的に可能ならば許容する』とも言っている。……少なくとも、そう捉えることが出来る余地はある。

 椎名さんにしても、今現在はクラス移動に異論がないことを明言している。

 ならば、今回の結果は上々と言えるだろう。

 龍園が知らず、俺が分かっていることがある。それは華琳の人となりだ。

 あの華琳が生徒会に入ったのだ。何をするつもりかまでは分からないが、遠からずしてこの学校に波紋を巻き起こすことは間違いない。その一点に対する心構えが出来ているかどうかで、その後の動きに差が出ることになるのは明確だ。

 そして独裁者であるが故に何から何まで自分で指示を下さねばならない龍園と異なり、こちらにはリーダー格が複数いる。場合によりけりではあるが、必ずしも俺自身が目下の対応に気を割く必要はない。つまり、先々のことについて思考を巡らせることが出来る。

 

「悪く思うなよ、龍園」

 

 1人となった部屋で、俺はドリンクの残りを嚥下する。

 Dクラス――正確には龍園、及び椎名さんとの密会はこうして終わった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 放課後。

 相も変わらず勉強会を開くのだろう。ご苦労なことだ。……そう思いながら帰宅の準備を進めていたオレの動きを止めたのは櫛田だった。

 

「はーい、皆ちゅうもーーくッ!」

 

 ホームルームが終わるや否や、誰よりも早く動いて教室の前に立ち、声をかけ手を打ち鳴らして注目を集めたのだ。

 

「今日の勉強会からはご一緒する相手がいます! Cクラス有志の皆さんと、Aクラスの坂柳有栖さんです! 特にCクラスの皆さんには、ポイントを支払いアルバイトという形で来てもらうことになってます! ちなみにそのポイントは鈴音ちゃんが払ってくれました! 教わる皆は感謝する様に! ……で、なんでポイントを払ってまで勉強会に来てもらうかと言うと! そんなの理由は一つしかありません! うちのクラス、勉強が出来なさすぎです! それだけならまだしも、それぞれでムラがありすぎます! ぶっちゃけ自分たちの勉強もある以上、私たちだけじゃ回りません! 手が足りないのです! 数日勉強会を開いた結果、教師陣はその様な意見で一致しました!」

 

 そして、櫛田はそんなことを宣った。

 

「マジか?」

「マジよ」

 

 隣の席に座る人物――堀北がバイト代を支払ったと聞いて、思わず確認してしまった。

 それに対し、堀北は真顔で肯定した。

 だからこそ、オレは困惑せずにいられない。何故なら、クラスのヤツらには知らせてないだけで、中間テストにおける赤点回避手段は既に北郷が確保しているからだ。

 先々を見据えれば、この勉強会もムダにはならない。それは認める。――しかし、生憎とうちのクラスは劣等生が多すぎるのだ。断言するが、この勉強会の成果を中間テストで発揮出来るヤツなんぞ2割もいれば良い方だ。それほどに学力が追い付いていないのが実情だ。

 それ故の赤点回避手段だと言うのに、他クラスにポイントを払ってまでアルバイトに来てもらう? そこに何の意味がある?

 オレは勉強会にこそ参加はしてないが、リーダー格の話し合いには割と参加しているのだ。そこで零れる愚痴やら意見やらを耳に入れれば、勉強会の現状も大凡想像出来る。

 だからこそ、『教師陣の手が足りない』という櫛田の言葉に理があるのは認めよう。

 認めはするが、『では、何故そんなことをするのか』がオレには分からなかった。 

 

「どういうことだ。こんなムダなことをして何になる? 無償でポイントを支払うほど、お前は優しいヤツじゃないだろう?」

「中間テスト、という点で捉えれば確かにムダでしょうね。それに、あなたの言う通り、私は誰彼構わず優しく出来るほど人間が出来てはいない。――それでも、結局はドブに捨てることになる可能性もなくはないけど、『私にとって居心地のいいクラスにするための費用』だと思えば、この程度はどうということもないわ」

「なおさら分からんぞ。個人でのクラス移動は2千万。それ以外の方法がないとは言えないが、あったとしてもそう安い筈はないだろう」

「そうね。だから私の目論見が上手く運ぶ確信も確証もないわ。――ただ、私はあなたよりも華琳さんの人となりを知っている。あの人が生徒会に入った。それだけで、この程度の額をベットするには十分なのよ。手持ちに余裕もあることだしね」

「人となり……か」

 

 そう言われれば、オレは引き下がるしかない。論理的思考だけでは見通せないモノであり、必ずと言っていいほど感情が絡んでくる。

 未だ感情の理解が薄いオレには分からない分野だ。

 

「……そうね、あなたの感情の幅を広げるためにも、今日は――場合によっては以後も――私たちと一緒に勉強しましょうか」

「何だと?」

「場所はあなたの部屋でいいわね。ほら、サッサと幸村くんたちに連絡しなさい。私は佐倉さんたちに連絡するから」

 

 華琳といい、女というのはこういう存在(モノ)なのだろうか。オレの意思などお構いなしに決めていく。

 それを不満に思いながらも、嫌だと思いきれない自分自身が不思議だった。 




龍園とひよりの登場回です。
隙あらば粉をかけておきます。

一之瀬クラスは人の良い人物が多い印象。Cクラスに下がっても、バイト代さえ払えば普通に勉強を見てくれそうです。

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