ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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プロローグ 2

 その人が訪ねてきたのは退院が間近に迫った日だった。

 

「突然の訪問、申し訳ない。私は坂柳。とある学校の理事長を務めている者だ。北郷一刀くん、本日は君に確認したいことがあって来させてもらった。少しばかり時間を頂戴したい」

 

 スーツをピシッと着こなしたその姿。立ち振る舞いには微塵の疲れも感じさせない。『余裕のある大人』とはこういう人物を言うのだろう。

 用件の内容は未だ分からないが、その言葉で学の不可解な外部連絡許可の謎が解けた気がした。推測にしか過ぎないが、少しばかり鎌をかける。

 

「……ああ、どうぞ掛けてください。自分の事は知っているようですが、北郷一刀です」

 

 ここまで告げて、取り敢えず一礼。

 

「それで、高度育成高等学校(・・・・・・・・)の理事長が自分にどのような用事でしょうか?」

「……ふふ。学くんの言っていた通り、気が回るようだ」

 

 微笑を浮かべ、坂柳さんは遠回しに認めた。

 

「さて、早速だがこの写真を見てもらいたい」

 

 言うや否や、薄手の封筒を渡してきた。言葉通りなら、中に写真が入っているのだろう。

 

「失礼します」

 

 言って、封筒から写真を取り出す。中に入っていたのは一枚だけではなかった。合わせて五枚。一枚ずつ、食事用のテーブルの上に並べていく。人物を撮った物もあれば、そうでない物もある。

 

「ッ……!? なるほど」

 

 驚愕を言葉にするのを抑え、その一言を絞り出すので精一杯だった。それほどまでに、その写真に写っていた人物はこちらの意表を突いた。

 真っ先に風景を撮った写真の一枚を除外。立派な運動場と、おそらくは体育館だろう建物の外観が写っている。……が、現状これには何ら思うところはない。

 次いで人物写真の二枚――片方は杖を所持した美少女、もう片方は高度育成高等学校の制服を着た歩だ――を除外。

 残ったのは人物写真が一枚と、物を撮った写真が一枚。パッと見では何ら関連性がなさそうだが、俺に限っては関連性を見出してしまう。

 

「学が特例許可を出された事に納得がいきました」

 

 資料展でも目にした一品。俺が三国時代へと飛ぶことになったきっかけ。……まあ丸っきり同じでもあるまいが、古い鏡を写した写真を手にし――

 

「退院後、会わせていただけますか? この写真の人物――曹孟徳に」

 

 最後の人物写真。現代風の服装に身を包んだ金髪の少女を写した写真を手にしてそう言った。

 

「ああ、良かった。君が知っている可能性はあると思っていたが、それでも荒唐無稽な出来事だ。しらを切られる可能性もあったし、そもそもが偶然の一致に過ぎない可能性も否定は出来なかったからね。……彼女のためにも、ぜひ会って欲しい」

 

 それが坂柳さんの答えだった。心底から安堵したような表情を浮かべている。

 余談だが、写真はくれるとの事だったのでありがたく頂戴する事にした。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 ここは坂柳さんの所有する別荘だ。車でだいたい一時間ほどかかった。自然は豊かで、外の空気も美味しい。

 退院後、双方の都合を合わせてやってきた。部屋数もあるし、普段の住居からは距離もあるため一泊する予定だ。理由は坂柳さんが用意してくれた。立場ある人物の説明に両親も納得した次第である。 

 道中、坂柳さんには俺に起きた現象を軽く説明してある。普通であれば頭を疑われるところだが、それを呑みこまない事には曹操に対する説明が付かなくなってしまう。

 そして案内された一室。そこで待っていた人物が、俺の顔を見るなり口火を切った。

 

「ここに来たということは、挨拶としては『お久しぶり』でいいのかしら?」

「それで構わないと思う。久しぶりだな、曹孟徳。改めて、北郷一刀だ。……訊くが、こちらに来たのは君だけか? おそらく、俺が呉に属していた歴史から来たと思うんだが……」

「ええ、その通りよ。お久しぶりね、北郷一刀。……こちらも改めて。姓は曹、名は操。字は孟徳。真名は華琳よ」

 

 真名まで告げたことに驚きと納得を覚えた。

 

「ありがたく頂戴するよ、華琳」

「ええ、ありがたく受け取りなさいな」

 

 微笑を浮かべて、曹操――華琳は湯呑を口元へ運んだ。

 

「赤壁であなたたちに敗れ、新天地で天を目指す事を決めたその直後の事だったわ。いきなり現れた半裸の怪しい男が『ならば儂が案内しよう』とか言って、気付いたら私一人がこちらにいたのよ。……見慣れぬ場所と、見慣れぬ品々。側近たちも誰一人としておらず思わず取り乱してしまい、坂柳には申し訳ないことをしたわね。改めて謝罪するわ」

「お気になさらず。事情を聞けば無理からぬと理解は出来ます。こちらこそ、御身を閉じ込めてしまい申し訳ない」

「それこそ無理からぬことでしょう。あなたの協力もあって今でこそある程度理解するに至ったが、ここは私のいた時代とは余りにも違いすぎる。差異に気付かぬまま行動していれば、異常者として処理されていたでしょうね」

 

 坂柳さんとの謝罪合戦の後。

 

「それはそうと、先ほど気になることを言っていたわね。俺が呉に属していた歴史、とはどういうことかしら?」

 

 瞳を鋭くして華琳が問いかけてきた。

 

「言葉の通りだよ。向こうにいた頃にその自覚はなかったが、俺は何度もあの時代を繰り返している。時には呉に属し、時には蜀に属し、時には華琳、君の陣営に属したこともあった。その何れにも属さなかったこともある。また、たとえ同じ陣営であっても、周りの顔触れはその時々で異なっていたりもした。

 そして俺が呉に属していた歴史の大半において、君は赤壁で敗れ側近と共に姿を消した。後から風の噂で国を出奔し海を渡ったと聞くのがお決まりだったよ」

 

 俺のようにこちらから三国志の時代へ飛ばされた者がいるのだ。……である以上、その逆が無いとは言い切れない。そして現実として華琳がこちらにいるのなら、その最後が誰の目にも触れられていない歴史から飛ばされてきたと考えるのが妥当だった。

 そこまでは写真を見た際に考えが及んだのだが、逆に言えばそこまでしか予想出来なかった。一人なのか、他の者たちも来ているのか、そこまでは写真だけでは分からない。それ故の問いかけでもあったのだ。

 こんなことを理由までは流石に分からないが、『半裸の怪しい男』には心当たりがなくもない。推測通りの人物ならば、この様な事をやってのけてもおかしくはないだろう。

 

「……なるほど。私も大概だけど、あなたの方がよっぽどね」

 

 呆れたように言って、華琳は苦笑した。そんなでも様になるのだから美人は得だ。

 その後は終始取り留めのない話が続いた。華琳が三国の確執を口に出すことはなかった。

 

「さて、坂柳。以前にあなたから告げられた提案を呑むことにするわ。一刀と知己を得、言葉を交わし、その結論としてこれ以上固辞する必要は無いと判断した。今まで以上に世話と面倒を掛けるでしょうけど、どうかよろしくお願いするわね」

「畏まりました。では、早速手続きをして参ります。……一刀くん、彼女の相手をよろしく頼むよ」

 

 華琳に一礼し、こちらに一声かけて坂柳さんは部屋を出て行った。

 

「提案って?」

「坂柳の養子になる、ということよ。寄る辺のない私にとって、ありがたい事ではあるわね。固辞していたのは、結論を出したかったからよ。そしてあなたと言葉を交わすことで、あの時代は頭のイカレタ女の妄想ではなく本当のことだと納得出来た。……その点についても、感謝するわ、一刀」

「そっか」

 

 覇王たる鎧を纏っただけで、本当は寂しがり屋の女の子が華琳だ。一人こちらに飛ばされて、表には出さずとも心細かったのだろう。

 

「……さて。郷愁の念はあるが、それに囚われてばかりもいられない。そして語らいもいいけれど、座ってばかりだと身体が鈍ってしまうわ。こちらの世は平和な分、ただでさえ普段身体を動かす量が少ないのだし。それはあなたも同じでしょう? 少し歩けば伸び伸びと動ける場所があるのよ。少し身体を動かさない?」

「是非もないな。そのお誘い、乗らせてもらうよ」

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 華琳に連れて来られたのは、まるで学校のグラウンドだった。付近――と言ってもそこそこ距離はある――には坂柳さんの他にも別荘が幾らか建っているらしく、そこの使用者のために共同で用意されたそうだ。なお管理は各家の持ち回りとの事。

 初めて訪れるのに、どこか既視感を覚える光景。少し考え、坂柳さんからもらった写真に写っていた景色だと思い至った。

 この広さ、そして立地。そう簡単に人は近付かないだろう。他の別荘の使用者がいる可能性はあるが、街中よりは伸び伸びと身体を動かせることに違いはない。

 入院中に気付いたのだが、以前よりも能力の成長が早くなっている。ゲームでよくあるような成長率○倍とか獲得経験値〇倍、成長限界突破といったようなスキルがパッシブで働いている感じだ。まあ上限はあるだろうが、向こうで達した値までは割とスムーズに成長するのでないだろうか。

 疑問点があるとすれば、気も問題なく使用出来ることだ。確かに気を使用出来るようになった歴史もあるにはあるが、それでも習熟度合いはそれほどでもなかった筈なのだ。

 考えられる可能性としては、龍を殺したことだろうか。あの時は理由が理由だったので女性武将もいなく、数名からなるお供の男連中と共に戦ったのだったか。無我夢中で戦う内に習熟度合いが跳ね上がっていたとしてもおかしくはないだろう。

 ここまで来れば、龍殺しを成し遂げた事による恩恵――或いは呪縛――を受けていたとしても不思議はない。

 実際、医者にも治りが早いと驚かれ、当初の予定より遥かに早く退院をすることになった。退院が早まったのは素直にありがたかったが、人の目が多いところでは思うように身体を動かすことが出来ず、思いの外ストレスが溜まっていたのだ。

 中学時代は剣道部に所属していたこともあり、並よりは身体を動かせていたという自負はある。……が、それも一般的な運動部の枠を超えない範囲に限っての事。退院して早々、以前以上に身体を動かしていれば奇異の目で見られることは明らかだ。ある程度時間が経てば然程の問題も無かろうが、今しばらくの間は人目がある場所での運動には気を配る必要があるだろう。

 そんなわけで、この機会を逃す理由はない。

 グラウンドだけではなく体育館――なんと室内プールも完備――もあるそうで、そこには客人用の運動着も何着か用意されているそうだ。交代制で管理人も詰めており、言えば無料で貸し出してくれるとの事。ありがたく受け取ってササッと着替えを済ませる。

 グラウンドに戻って準備運動を済ませたら、あとはひたすらに走る(ラン)! 走る(ラン)!! 走る(ラン)!!! まず体力を戻さない事には、動きのキレを戻すことなど夢のまた夢だ。無論、適度に休憩を挿むことは忘れない。

 休んでは走り、休んでは走る。それを繰り返していたら、いつの間にか暗くなり始めていた。

 

「お疲れ様。大分集中していた様ね」

 

 いつの間にやら元の服装へと戻っていた華琳が呆れた表情で言いながら、何かを放ってきた。受け取るとスポーツドリンクの入ったペットボトルだった。ありがたく口に運ぶ。

 

「ここはそもそもが富裕層による使用を目的としたものだからか、基本的には丸一日使用可能らしいわ」

 

 その言葉には素直に驚く。金があればそういうことも可能になるのだろう。一般庶民には理解しきれない分野だ。

 まあそうそうある事じゃないようだけど、と付け足してカリンもまたペットボトルを口に運んだ。

 

「便利な物よね、これに限ったことじゃないけれど……」

 

 ペットボトルを揺らしながら。

 一般的に知られている三国時代に比べれば色々とぶっ飛んでいたが、それでも時代相応の部分もあった。もしこれがあったなら、と挙げればきりが無くなるだろう。

 

「ほら、さっさと着替えてきなさい」

「了解」

 

 応え、駆け足で向かう。いつまでも華琳を待たせるわけにもいかない。更衣室備え付けのシャワールームで軽く汗を流し、これまたササッと着替える。使用した運動着は専用の回収箱に入れておけばいいらしい。

 玄関に近付くと華琳と男性の話し声が聞こえてきた。

 

「おや、今日の所はお帰りかな華琳ガール?」

「あら六助じゃない。ええ、今日はもう帰るわ」

「フゥン、それは残念だ。どうやら出遅れてしまったらしい。君との勝負は心躍るのだがね。つまらない授業などより余程いい」

「そう評価してもらえるのは光栄ね。機会があったら、また勝負しましょう」

「心待ちにしておくよ。それではSee You」

 

 会話を終えた男性とすれ違ったので、目礼程度はしておく。向こうはこちらを欠片も気にしなかった。

 

「さっきの人は?」

 

 別荘への帰路を歩きながら華琳に訊ねる。

 

「あら、気になる? けど悪いわね。私から答えるわけにはいかないわ。会う機会はこれから先にもあるでしょうから、あなた自身の手で名乗らせてみなさい」

「……なるほど。華琳が認めるほどの人物、かつ己の価値を安売りもしない男ということか。名乗らせるにも先は長そうだ。……が、だからこそ成功した際は俺の目標を叶える上でも大きな力になりそうだ。気張るしかないな」

「あなたの目標って?」

「後世まで轟くほどに、この世界に名を遺す。君を始めとした人物と交流を持てば、そういう気概も湧くってものさ」

「……なら、私も一口乗らせてもらおうかしら。曹孟徳の名は既に轟いているが、それは私であって私ではない。私は負けず嫌いだもの。たとえ相手が自分であったとしても、そう簡単には負けてやれない。なればこそ、坂柳華琳として、私の名を後世まで轟かせてみせましょう」

「はは、流石は華琳だ。じゃあ、お互いに頑張るとしよう。準備期間の後、第一歩として高度育成高等学校へ踏み出そうか」

「……ああ。坂柳――いえ、義父上が理事長とやらを務める学校だったかしら。期待は出来そうね」

 

 言葉を重ねるうちに別荘へと着いた。坂柳さんは既に戻っているようで、彼の車が駐車スペースに止められている。

 

「一刀、あなた料理は出来る?」

「中華料理とゴマ団子なら。……まあ、設備から何から向こうとは勝手が違うんで擦り合わせている最中さ」

「よろしい。ならば今夜の夕食はあなたにも手伝ってもらいましょうか」

「華琳が評価するのか。これは失敗出来ないな」

 

 軽口を叩きながらドアを開ける。洗面所で手洗いうがいを行った後、共同作業に取り組んだ。  




現時点での恋姫ヒロインは一人だけ。増えるかどうかはまだ未定。

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