ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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17話

 中間テスト当日を迎えた。

 突然の範囲変更に、一度は茶柱先生に対しクラスメイトから悪感情が高まったものの、桔梗が取り付けてきた約束を耳にするや即座にそれは取り払われた。むしろ『気前がいい』などと手の平を返す者が続出した。各科目一定ラインを超えた点数を取れば、誰もがポイントを貰えるとなれば無理もないだろう。

 肝心のラインや貰えるポイントは不明だったものの、それはヤル気の阻害には繋がらなかった。何故ならば、同じタイミングで過去問と解答を配ったからだ。現3年と現2年、どちらも1年1学期に受けた中間テストは同じ内容だった。それを鑑みると、今回の中間テストも同じ内容だろうことは想像に難くない。

 過去問が通用するのは今回限りと言い含めた上で、数日の猶予を以て渡したのだ。出てくる問題が分かり、解答が分かり、覚えるだけの猶予もあるとなれば、茶柱先生への怒りを持続させてなどいられない。誰もが時間の許す限り過去問に向かい合った。

 それぞれの基礎学力を思えば、本来ならあまり望ましいことではないだろう。役立つことに間違いはないが、基礎学力の上昇という点では阻害される要因にもなりかねないからだ。しかし、それも時と場合によりけりだ。

 過去問が甘い毒であることは否定しようのない事実だが、考えようによっては薬にも化ける。一夜漬けだと本当にその場限り――テストが終われば程なく忘れてしまうだろう――になりかねないが、数日間も問題と解答に向き合えば、一夜漬け以上に頭に刻まれるのは間違いないからだ。この問題の全てとは言わないが、一部くらいは後々まで覚えていられる可能性も高まる。

 一定ライン突破で貰える、ポイントという名のご褒美の存在がそれを助長してくれる。『退学したくない』という意識だけでは、赤点を突破出来る分だけ覚えた段階で良しとしてしまいかねない。そこに『ポイントを貰う』という意識が組み合わさると、隅から隅まで覚えようとするだろう。肝心のラインが不明だからこそ、ポイントを欲すればより高得点を取ろうとするのが人の性というものだ。

 ポイントを強請った桔梗もそうだが、聞いた話ではそうなることを望んでいたフシのある茶柱先生もまた、即物的な人間心理というものをよく分かっているように思う。

 流れ上、過去問についてはCクラスにも渡してある。最初は恐縮しきりに断ってきた一之瀬さんだったが、最後には根負けして受け取ってくれた。打算込みであるのは否定しないが、バカどもの勉強を見てくれたCクラスの有志には本当に感謝しているのだ。

 一之瀬さん自身は使わないことを明言したが、クラスメイトに関しては確認した上で希望者に配布するそうだ。それもまた一つの選択である。見たところ人の善性を信じる傾向が強く、そのためか正攻法に傾きがちな彼女だが、こういった点では融通を利かせるのがまた恐ろしい。

 念のため有栖にも確認してみたが、案の定彼女は『いりません』と言ってきた。そもそも、天才を自負する有栖にとって、この程度の問題など過去問が無くとも満点を取ることが可能なのだ。加え、彼女は現在のクラスに対して興味が薄いらしい。つまり、過去問を配布してクラスメイトから恩を集める理由もない、ということだ。

 仕方のないことではあるが、個人的には残念だ。ここでAクラスに恩を売れていれば、後々何かしらの布石になったかもしれないのだから。

 ともあれ、クラスの誰しもが自信に満ち溢れた顔をしている。テストに対する不安は微塵もないようだ。

 

「当然だが、欠席者はいないな。全員揃っていて何よりだ」

 

 教室にやって来た茶柱先生がクラスを見渡して言った。その顔には不敵な笑みを浮かべている。

 

「最初の関門に対して何か質問はあるか?」

「ご褒美、忘れないでくださいね!」

「櫛田、念を押さなくても分かっている。ただ、あくまでもこちらの定めたボーダーを突破した者に限るからな? ……ふむ、ここまで来たらボーダーを発表してもよかろう。ボーダーは90点。各科目ごとにこの点数を突破した者には、私からポイントをくれてやる。――しかし、だ。当然ながら私の用意出来るポイントも無限にあるわけではない。該当者が多ければ多いほど、1人頭のポイントが少なくなることは了承してもらう」

 

 今の言葉を聞いて、僅かながらガッカリした者が現れた。俺の席から見える範囲には限りがあるが、それでもいたのだ。見えない部分にもいると思っていいだろう。

 さて、なぜ茶柱先生はこの様な真似をするのか? 単純に考えるなら、俺たちを篩にかけているのだろう。茶柱先生の目的がどこにあるかまでは流石に分からないが、彼女には彼女でそうするだけの意図があるのだ。学校の求めるものとは、また違う意図が。

 例えば、範囲変更を伝え忘れたことに対する言及。桔梗は茶柱先生のミスをいいことに職員室内で堂々と脅迫じみた真似をしたらしいが、普通ならそんなことは中々出来ない。目上の者へ対する礼義、周囲からの視線、差し迫ったテストまでの期間、そういった諸々が実行に移すのを躊躇わせる。……たとえ心の中でどう思っていたとしても。

 そして今の言葉。茶柱先生はボーダーに対しては明確に言及したが、支給するポイントにまではそうしていない。最低○○ポイントとか言ってもよさそうなものなのにだ。

 それをしていない以上、俺たちはご褒美のポイントに具体的な目処を付けられない。裏を返せば、人数が多かろうと少なかろうとご褒美ポイントに変更はない、という可能性だって残っているのだ。……結局のところ、俺たちは貰ったポイントで納得するしかないのだから。

 言葉の表面だけを聞いて、ヤル気を無くすか。言葉の裏側までを読み取り、ヤル気を削げずにいられるか。……俺には、茶柱先生はそれを測っている様に見えた。

 

「話を変えるが、今回のテストと7月に行われる期末テスト。この二つを乗り越えられたなら、夏休みを使ってお前たち全員をバカンスに連れて行ってやろう。青い海に囲まれた自然豊かな無人島で、夢のような生活を送らせてやるとも」

 

 突然の話題変換。これは怪しい。

 ご褒美額の減少を聞いてガッカリした生徒のヤル気を取り戻すため、という体裁を取っている様にも思えるが、普通に考えて怪し過ぎる。

 しかし悲しいかな。Bクラスに上がったとは言え、そもそもが『問題児』や『劣等生』の集まりである。大半は聞こえの良い言葉に踊らされて気を良くしている。いつぞやの水泳授業で先生が言っていたことを思い出せば、そんな甘いものじゃないことぐらいは分かりそうなものなのだが……。

 まあ、それを覚えていられないからこそDクラスだったのだろう。

 内心で呆れていると、やがて問題用紙が配られた。

 中間テストの開始である。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 社会から始まり、国語、理科、数学と片付けて、現在は昼休みである。

 俺は弁当を持って洋介の元へと赴いた。

 

「よっ、そっちはどんな調子だ?」

「ああ、一刀くん。何とかってところかな。全部自力で解けたら良かったんだけど、過去問に助けられた部分も相応にあるからね。もっと精進しないといけないって思ってたところさ」

 

 昼食を取り出していた洋介は、俺の言葉に向き直った。その返事は十分に立派なものである。

 

「そう思えるなら、十分だと思うぜ? 今回の方法は暗黙の了解ってやつで、表立って言わないだけで学校側も認識してる筈だ。流石に入学早々の退学は望ましいことじゃないんだろうな」

「確かに、茶柱先生も『赤点を回避出来る筈だ』とか言ってたしね。……けど、だからこそ不安になるんだよ。今回の方法とは違っても、毎回裏技的なのが用意されてるんじゃないかってね。

 もちろん、『それを見つけ出すのも実力だ』と言われたらその通りなんだろう。だけど、もしかしたら、そういうのを探すのばかり上手くなって、学力とか運動能力とかの純粋な能力を鍛えるのがおざなりになっちゃう可能性を、どうしても否定出来ないんだ」

「その気持ちは分からんでもないさ。いっそ開き直れたら楽なんだろうけどな。……まあ、そういった恐怖心があるから、人間ってのは自戒するのさ。

 それに、俺からしたら洋介にその心配は無用だと思うけどな。だってお前、サッカーが好きなんだろ? 純粋にサッカーが好きで、部活にまで入っちまうお前なら、裏技ばかりにかまけたりはしないさ。練習の厳しさや苦しさなんかも承知の上なんだろ?」

 

 サッカーには個人技も必要だが、何よりもチームワークがモノを言う。いくら能力が高くても姑息な手段ばかり使うようなヤツが選手に選ばれることはないだろう。

 その点で鑑みれば、洋介が選手に選ばれる可能性は十分にある。まあ、1年なのですぐにというのは難しいだろうが。

 そういった考えを洋介に伝えると――

 

「ああ……そうか。そうだね」

 

 思い至らなかったようで僅かに呆けた後、安心したとばかりに良い笑顔を浮かべた。

 

「なになに、男の子同士で何か楽しい話でもしてるの?」

 

 横から覗き込んできたのは桔梗だった。片手に弁当箱を持ち、もう片腕に鈴音を引っ張っている。……引っ張られている当人は諦めの表情だ。

 空いているのをいいことに、桔梗たちもまた席を陣取った。自炊出来ない者にとって、昼食を取るには食堂か売店、カフェぐらいしか選択肢がない。それはテスト当日であっても変わらないのだ。

 

「洋介にテストの出来栄えを訊いていたのさ」

「うん、そうなんだよ。……そういえば、一刀くんの方はどうだったんだい?」

「自慢じゃないが、満点の自信がある」

 

 ニヤリと笑って俺は言った。

 

「自慢にしか聞こえませんよ、それ。要するに過去問を使っていないってことでしょう? 使ってれば、わざわざ『自慢じゃないが』なんて付ける必要はありませんからね」

 

 俺の言葉にツッコミを入れたのは鈴音だった。……こういったことで彼女の成長を実感する。

 出会った当時の鈴音であれば、『過去問を使ってるんだから当然』などという結論に達していただろう。よく知った俺相手だからこそ、という可能性もないではないが、言葉の裏を読めるようになったのは素直に喜ばしい。それは視野が広がったことを意味するからだ。

 如何に能力が高くても、それが飛び抜けたものでない限り、対処法など思いの外存在する。特定分野で敵わないならば、それ以外の分野で攻め立てればいい。それを突き詰めたのが『搦め手』であり、『策』というものだ。

 人は理性と感情を有するアンバランスな生き物だ。だからこそ、同じ内容でもちょっとしたことで結果がブレたりする。そのブレを出来る限り減らすためにあるのが復習や練習だ。繰り返すことで頭と身体に覚え込ませるわけだな。

 当然だが、万事が万事それでうまく運ぶわけではない。あくまでもブレを減らす効果しかないからだ。……が、それでも確実にブレは減る。ブレが少なくなれば、それは能力の上昇を意味し、当人は自信を持つ。

 ところで、人は群れの中で生活する生き物だ。いくら1人を気取ったところで、他人との接点を完全になくすことなど出来やしない。なればこそ、何に付けて『相手』というのは存在する。

 正攻法で敵わない場合、相手はどうするか? 当然ながら、勝つために『ルールに抵触しない範囲で利用可能なあらゆる手段』を用いるだろう。

 鈴音の場合、それに引っ掛かりやすい傾向があった。なまじ能力が高い分、引っ掛かっても正面から打破出来ることが多かったので、『引っ掛かった』という事実を省みることも少なかった。それがまた視野狭窄を招いていたのだ。

 

「う~ん、私も頑張ってはいるんだけど、それを聞くとまだまだ追い付けそうにないなぁ……」

 

 溜息を吐いたのは桔梗だった。彼女も彼女で成長著しいが、中学時代の大半を周囲とのコミュニケーションに割り振っていた弊害が如実に表れている。それがなければ、鈴音と同等の学力を手にしていた可能性は十分にある。

 まあ、過ぎたことだ。それに、客観的に見てどちらが総合的に優れているかと言えば、間違いなく桔梗に軍配が上がるだろう。鈴音は周囲とのコミュニケーションを蔑ろにしすぎである。どうやらそれも改善はされてきている様だが……。

 今月のいつだったかに――

 

「どうやら鈴音にも友人が出来たらしい。クラスメイトで佐倉という娘だ。櫛田に関しては言うまでもないだろうが、よければお前も気を配ってやってくれ」

 

 などと、学が嬉しそうに伝えてきたのだ。

 電話口から聞こえた優し気な声は、レアものと言えばレアものだろう。録音しておけば高値で売れたかもしれない。その代償として友情にヒビが入るだろうが。

 まあ、思う程度は勘弁してほしい。あのシスコンは、昔から鈴音のことで一喜一憂しすぎなのだ。そのくせして当人には冷酷に当たるのだから始末に負えない。……一応、そちらも多少は改善されてきたみたいだが。以前の学であれば、間違っても鈴音の頭を撫でたりなどしなかった。

 ともあれ、今は学のことはどうでもいい。それよりも桔梗を慰めなければいけない。

 

「ま、そう簡単に追い付かれたら立つ瀬がないよ。けどまあ、俺の場合、結局は努力の成果でしかないからな。元々の才能は桔梗の方が優れてるんだし、遠からず追い付かれるさ。他ならぬ俺が保証する。――かと言って、そう簡単に追い越される気はないからな? そこは勘違いしないでくれよ?」

 

 慰めると言っても、こんな形でだが。甘やかす時は甘やかすが、こういう時は発破をかけた方が桔梗は成長してくれるのだ。

 こんな感じで食べる合間に会話を重ねていると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 最後のテストは英語である。

 全科目でご褒美を貰うべく、俺は気合を入れた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 中間テストは終わり、ホームルームもまた終わった。皆の顔には笑みが溢れている。出来栄えは十分、と言ったところだろうか。

 さて、私も生徒会室へ行くか。……そう思った折、その放送は流れた。

 

『1年Bクラス所属の坂柳、佐倉、堀北の3名は至急生徒会室まで来るように。繰り返す。1年Bクラス所属の坂柳、佐倉、堀北の3名は至急生徒会室まで来るように』

 

 流れたのは間違いなく学の声だった。……不思議なものだ。私に限っては、呼ばれなくとも生徒会室に行くというのに。

 無論、学とてそれは分かっている筈だ。にも関わらず私の名前も呼んだ意味はどこにある? ……少なくとも、私には思い当たるだけの心当たりがない。

 すなわち、要点となるのは私以外に呼ばれた2名――佐倉と鈴音だ。

 私の名前も呼んだのは2人と同じクラスだからだろう。……が、わざわざそうする必要があったということは、相応の大事が起こったか起こり得る、ということでもある。

 

「さて、呼ばれたことだし行くとしましょうか。ちなみに2人に心当たりは?」

「私には特に。確かに兄さんには以前に佐倉さんのことを話したことがあったけど、それだけで呼ばれる筈もないし、そうだとしても時間が経ち過ぎているわ」

 

 どうやら鈴音には心当たりはないようだ。言ってることも尤もである。

 だが、佐倉の方はそうでもなかったらしい。

 

「ゴメン、堀北さん、生徒会長には、なんて?」

「最近親しくさせてもらってるって、それだけよ?」

「それなら……けど、生徒会長だったら……? 2人とも、ごめんなさい。まだ確証はないけど、たぶん、私の問題に巻き込んじゃった」

 

 真剣な、それでいて申し訳なさげな顔で、佐倉は私たちに謝ってきたのだった。




テスト日って昼休み無いのかな? 原作だと4時間目の数学の後、休憩時間が10分って書かれてるんだけど……。
特殊な時間割の可能性もありますが、本作では普通に昼休みを過ごしてから英語のテストに移りました。
過去問も余裕を持って渡してあるので須藤の寝落ちもありません。

次話から新章に入ります。

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