ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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19話

『1年Bクラス所属の坂柳、佐倉、堀北の3名は至急生徒会室まで来るように。繰り返す。1年Bクラス所属の坂柳、佐倉、堀北の3名は至急生徒会室まで来るように』

 

 中間テストが終わり、クラスの皆が安堵の笑顔を浮かべている状況下、帰りのホームルームが終わって間もなくその放送は流れた。

 声の主は間違いなく当校の生徒会長である学だ。

 俺の知る限り、本日、テスト以外に何かしらの行事はない。そして、放送部に頼むでなく、他の生徒会役員に頼むでもなく、わざわざ学自身が直接放送をしている事実。

 それらを鑑みれば、何かしらの問題が起こったと見るべきか。……それもうちのクラス絡みの。

 黙ってても生徒会室へ向かうであろう華琳をわざわざ呼んだことも、その推測を高めてならない。

 だとするならば、その『問題』の当事者は他に名前を呼ばれた鈴音と佐倉さんということになるのだろうが……。

 そこまでを考えて、俺は視線を動かした。向かう先は1人のクラスメイト――長谷部さんだ。

 俺の考えすぎならそれでいいが、どうにも鈴音と佐倉さんの名前を聞けば、長谷部さんも連想してしまう。それほどまでに、この3人が一緒に勉強している姿は印象深かった。――正確には、『鈴音が誰かと一緒にいる姿が』と言い換えるべきだろうが。

 学を経由して俺と。その俺を経由して桔梗や坂柳義姉妹と。鈴音の繋がりはこんな感じに本人以外が起点となっており、鈴音が自身の手で誰かと繋がりを持ったことは俺の知る限り無かったのだ。そんな彼女が初めて自身の手で繋がりを得た相手が佐倉さんであり、引いては長谷部さんにも繋がっていった。

 だからこそ、鈴音と佐倉さんが呼ばれて、長谷部さんが呼ばれていないことに違和感を覚えてしまう。――いや、学が自分で放送をしたのはそのためか? 

 そもそもにして、鈴音が絡んでいる以上、問題行為を起こしたとも考えにくい。歯に衣着せぬ物言いで相手を怒らせることはあるかもしれないが、その程度で生徒会が出張ることもあるまい。

 そのことを踏まえた上で考えると、当事者は当事者でも被害者側。それも、わざわざ華琳を呼ぶ辺り緊急性の高い問題だろう。生徒会――或いは学個人――の情報網に何かが引っ掛かったと見るべきか。

 長谷部さんが呼ばれていないのは、本当に無関係だからか。

 或いは、長谷部さんと鈴音たちを結び付けられていない可能性もある。

 人間関係なんて複雑なもの、隅から隅まで把握している者なんている筈がない。どこかで必ず漏れが出る。人間である以上、それは生徒会長たる学も同じだ。まして他学年とあれば尚更である。

 それ故の一手が、さっきの放送だったと考えればどうだろうか?

 放送をきっかけに俺がこうして思考を巡らせている様に、他にも大なり小なり思考を巡らせている者はいる筈だ。普通ならそこで終わりだろうが、ここは実力至上主義の『高度育成高等学校』だ。短いながらにここで過ごした者であれば、その思惑がどうであれ機と見て動かないとも限らない。

 問題に関与しているであろう、学の把握していない相手に対する一手。

 その意図が、さっきの放送に含まれていたとするならば? ――決まっている。その思惑に乗るまでだ。

 

「どうする北郷? あの2人が呼ばれた以上、長谷部が無関係とも思えん。見張っておくに越したことはないだろうが、距離を取るか? それとも直接張り付くか? 問題の内容が分からない以上、どちらにも相応のリスクはあるが……」

「綾小路もそう思ったか。満更俺の考え過ぎってわけじゃないらしい……。距離を取って当たろう。こういう言い方もどうかと思うが、見たところ長谷部さんには関与しているであろう自覚がないようだ。なら、張り付いたって効果は薄い筈だ」

 

 決断した俺に声を掛けてきたのは綾小路だった。コイツもまた俺と同じ結論に至ったらしい。

 そのことに僅かな安堵を覚えつつ、素早く方針を決め、距離を開けて長谷部さんの後を追う。

 

「しかし、なんだな。女の後を追いかける男が2人って、端から見たら相当ヤバいだろうな……。ストーカー扱いされても言い訳出来ん」

「……それを言うなよ」

 

 道中、ポツリと綾小路が呟いた。

 そう、それこそがこの方法の分かりやすいリスクであった。

 

「ただまあ、取り越し苦労ならそれでいいが、そうでない場合を考えると動かないわけにもいかないだろ。動かないで長谷部さんに何かがあったら、その方が俺は嫌だ」

「そうだな。その考えにはオレも共感する。その一方で、同じクラスの女子でも篠原あたりならどうなっても構わないと思っている辺り、我ながら不思議だが……」

「それだけ、お前の中で長谷部さんと篠原さんに対する比重の差が出来ているってことさ。素直に喜んどけよ。そのアンバランスさこそが、人間の証だ。……まあ、個人的には篠原さんの良さも探してほしいと思うけどな。

 世の中ってのは不思議なもので、平等を謳いながらも、人間は必ずどこかで差をつける。それはどうしても避けられないことだ。それが論理的なものであれ、感情的なものであれ、そこに『選択』や『理由』が存在する以上、真の意味での平等は生まれ得ない。

 男と女に分かれているように、人種の差がある様に、生まれつき五体満足な者と不満足な者がいるように、個人にそれぞれの意思がある様に、人間ってのはどうしようもなくアンバランスな存在なんだよ。そんな中で平等に向けて出来ることがあるとすれば、善きにしろ悪しきにしろ、可能な限りにその『差』を減らしていくことぐらいだ。……まぁ、元がアンバランスなんだから、平衡を取ったところでアンバランスに決まってるけどな。

 賢しらな人間ってのは、そこに目を向けないから――或いは目を向けても認めたがらないから――往々にして過激なことをやりたがる。お前の育ったっていう『ホワイトルーム』とやらだって、その目的自体はきっとご立派な物だと思う。真っ先に思い浮かぶのは『不可能命題』への挑戦かな。そんなでもないと、巨大な後ろ盾なんてのは中々在り得ないだろう。

 人間の平等さなんて、生まれたらいつか死ぬことくらいなのにな」

 

 俺は綾小路の変化が思いの外嬉しかったらしい。気付けば長々と語っていた。

 

「生まれたらいつか死ぬことだけが人間の平等……か。なるほど、道理だ」

 

 新しいことをやろうとすれば、トライ&エラーが発生するのは道理だ。難易度が高ければ高いほど、その量も跳ね上がる。件の施設で綾小路は『最高傑作』と謳われていたらしいが、それでもまだ目標には至っていないらしい。

 そこまでして――数多の人を実験体にしてまで何を目指しているのかは分からないが、俺は『ホワイトルーム』とやらには共感出来そうになかった。

 無表情のまま、ポツリと零した綾小路の姿が目に痛い。

 その後、暫く俺たちの間に会話はなかった。

 ただただ黙々と長谷部さんの後を追う。

 

「何も起こらんな」

「……だな」

 

 長谷部さんを追いかけてどれだけ経っただろうか? テストからの解放感もあるのだろう。彼女は真っ直ぐ帰るわけではなく、所々に寄り道をしていた。コンビニやら書店やらに寄っては雑誌を立ち読みし、かと思えば適当なファーストフード店に入ってドリンクを注文。立ち読みのついでに買っていたのだろう本を取り出して読み始めた。

 正直に言えば中々の苦行だった。俺たちの行動は、何ら確信や確証があるわけではない。推測に基づき、起こるかどうかも分からない『最悪』に備えているだけなのだ。もちろん、何も起こらないのなら、それはそれで幸いではあるのだが……。

 同時に、何もアクションが起こらないと、それはそれで困ったことになる。これからの目途が付けられないという意味で。俺たちだって、いつまでもこんなストーカーじみた真似をしていられる筈もないのだから。

 やはり、情報がなさすぎるというのも問題だ。これはやり方を変えるのも止む無しかもしれない。

 

「俺たちも何か買うか?」

「……そうするか」

 

 そう思ったのは綾小路も一緒だったらしい。

 テストの解放感に浸っているのは、何も長谷部さんに限った話ではない。どの席にも誰かしらが座っており、或いは話に華を咲かせ、或いは自由を満喫している。この状況下では相席も止むを得ないだろう。……そんな思惑の下、俺たちもまた店に入ることにした。

 満席を告げに来たスタッフに長谷部さんがクラスメイトである旨を告げ、相席がOKか訊いてもらう。それ次第ではテイクアウトで構わないとも。

 スタッフから声を掛けられた長谷部さんはこちらを見やり、その後、戻ってきたスタッフから相席OKの返事を聞いた。

 ドリンクを注文、受け取り、俺たちは長谷部さんの席へと向かう。

 

「やっほ」

「相席どうも、長谷部さん」

「感謝する」

 

 最低限の挨拶を交わした後は、言葉もなく沈黙が流れるだけ。――そう思っていたのだが、長谷部さんの方から切り出してきた。

 

「訊きたいんだけどさ?」

 

 雑誌に目をやったまま、何の気なしに、といった感じであり、俺もまた気負わずに返した。

 

「何かな?」

「何だってまた、2人して私の後をつけてたの?」

 

 だが、ぶち込まれたのは思いもよらぬ言葉だった。

 相応に距離を取っていたし、細心の注意も払っていた。見た限り、気付かれている様子もなかった。……だというのに、実際には気付かれていた。

 素直に驚きである。

 

「……気付いていたのか?」

「ってことは、やっぱ2人だったんだ」

 

 綾小路も僅かに警戒した様子で問いかける。

 しかし、長谷部さんはそれに気付いた様子もなく、どこか納得した様子で頷くのみ。

 

「かまをかけられた、ってことか……」

「正解」

 

 俺が零せば、彼女は悪戯成功と言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

「私って他人の視線には敏感なんだよね。……ただ、今回は勝手が違ったっていうかさ。見られているのは確かなんだけど、いつもとは雰囲気が違う感じで。だから最初は気のせいかなって思ったんだけどね。あっちこっち行っても視線は感じるし、こりゃ気のせいじゃないなって。

 いつものような視線だったら、不快ではあるけど慣れてはいるから我慢は出来る。……けど、理由が分からなきゃ、嫌な感じはしなくても流石に怖いから。だから誘い込もうと思ってこの店に入ったんだよね。そしたら暫くして君たち2人が相席を希望してきたってわけ」

「……参ったな。脱帽だ。けどまぁ、まずは謝らせてもらうよ。怖がらせたみたいで申し訳ない」

「すまんな」

 

 俺と綾小路は長谷部さんへと頭を下げた。

 

「それで理由を訊きたいんだけど――って電話入っちゃった。ゴメンだけど、このまま出させてもらうね?」

「どうぞ」

 

 長谷部さんの相槌が聞こえるが、相手の声が聞こえないので内容の推測は立てられない。ただ、彼女の言葉遣いからして親しい相手だろうと判断することは出来た。

 そして、俺の知る限りだとそれに該当する相手は2人だけ。……そう、鈴音と佐倉さんだ。

 程なくして電話は終わった。

 

「ん~、私のストーカーしてたくらいなんだから、2人って暇なんだよね?」

「いや、事実だけど言い方は気にしてくれ。周囲の目が痛い」

「ゴメンゴメン。今の電話は鈴音からだったんだけど、周りに気を付けながら、今から生徒会室に来てほしいんだってさ。詳しくは着いてから説明するからって。愛里からも同じような内容のメールが届いたし。……これと2人の行動を結び付けないわけにはいかないでしょ? ってなわけで、2人も一緒に来てちょうだい」

「了解した」

 

 そんなわけで、3人して来た道を戻ることになった。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「さて、どうする佐倉愛里? 本件に関わりのある長谷部波瑠加は必然として、北郷一刀と綾小路清隆の同席を許すか許さないかはお前の決めることだ。お前のプライバシーが関わってくる以上、お前が決めなくてはならない」

 

 少し待て、と丙家に告げた後、再びドアを施錠して、学は佐倉へと向き直った。

 学の問いは至極当然のものだ。

 現在こうなっている原因、佐倉愛里――グラビアアイドル『雫』のブログに書き込まれたコメント。見るに堪えない妄言にも等しい内容のそれは、佐倉だけではなく鈴音と長谷部にも言及していた。それはつまり、この『高度育成高等学校』の敷地内という閉鎖空間の中にその人物がいることを意味している。……特定出来ていないので未だ可能性の段階だが、十中八九に間違いはあるまい。

 それだけでも最悪なのに、更に最悪なのは件のコメント主が佐倉のことをあくまでも雫として認識していることだ。実像(佐倉)あっての偶像()だというのに、コメント主の中ではそれが逆転しているのだ。佐倉(素顔)(仮面)の区別がついていないと言ってもいい。

 今はまだネットへの書き込みに留まっているが、そんな輩の理性をいつまでも信じられるわけがない。特にここ最近はテスト勉強もあって、佐倉による自撮り写真の投稿も滞っている。コメントへの返信がないことも合わされば、いつ痺れを切らして動き出すかも分からない。

 その危険性もあり、中間テストが終わって早々にも関わらず、学は自ら校内放送を使ってまで佐倉と鈴音――ついでに私――を呼び出したのだ。

 ここで及ばぬ点があったとすれば、学がコメントで言及された3人目――長谷部を絞り込めなかったことだろう。……学年も違う以上、無理からぬことではあるのだが。

 私たちに呼び出した理由を説明し、話の流れから3人目が長谷部であると分かり、時刻やら何やらを考慮して鈴音と佐倉に長谷部を呼ぶよう協力を依頼した。

 その後も長谷部が到着するまでの間に話を詰め、漸くにして待ち人が現れた。……のだが、彼女は一刀と清隆という予定にない同行者を連れていた。

 これが簡単な現状である。

 

「……あ……う……私……は……」

 

 問われた佐倉は即答出来ない。……それが私をイラつかせる。

 人の話題に上がるというのは、それだけで『力』なのだ。なのに、その『力』の持ち主であると知られることを恐れている。そのくせして『力』の持ち主であると知られかねないことを平然と行っている。……擬態能力の高さは認めるが、それは佐倉の『力』と真反対に位置しており、それだけでは何ら役に立たないのが悲しいところだ。

 考えが足りないと言ってしまえばそれまでだが、やっていることがチグハグなのだ。そしてそれが、現状を招いた一端となっている。

 

「まどろっこしい! 時間は有限なのよ。1人で決めきれないのなら、簡単な2択を提示してあげるわ。

 鈴音と長谷部の安全よりも己が心の安寧を選ぶのならば、一刀と清隆を追い返しなさい。己が心の安寧を捨ててでも鈴音と長谷部の安全を選ぶのならば、3人一緒に入れなさい。……ほら、簡単な2択でしょう?」

 

 佐倉がこの調子では、1人で決断し終えるのを待っている余裕はない。

 故に私は、簡単な――それでいて残酷な――2択を佐倉に提示した。

 

「そ……れは……」

「人は何かを選択せずして生きることなど出来やしないのよ。そして『選ぶ』とは『切り捨てる』こと。だから、どちらを選択するにせよ、覚悟を決めなさい。他人の意見など気にせずに……ね」

 

 私が提示した2択は、その実2択ではない。そう見せかけているだけの言葉のマジックだ。言葉に含まれていない部分にも、当然選択対象は存在する。何を選び、何を捨てるのかは、あくまでも当人次第なのだ。

 

「………………3人を入れてください」

「それでいいのだな?」

「はい。……酷い人だね、坂柳さんって。けど、ありがとう。どっちを選んでも、きっと私は後悔する。なら、私は友だちと一緒にいることを選ぶ。そう、決めた」

 

 悩んだ末に、佐倉は絞り出すように答えた。学の確認にも頷きを示す。そして私を見据えるその目には、確かな意思が込められていた。

 解錠し、ドアを開く。3人を入れた後で再び施錠する。

 

「なんか時間が掛かってたようだけど、俺たちも一緒でいいのか? ダメな様なら俺と綾小路は出直すが?」

「大丈夫だよ。散々迷ったし、悪いとは思うけど、北郷くんと綾小路くんには思いっ切り巻き込まれてもらうって決めたから。――だから、その前に私と友だちになってくれますか? 私は佐倉愛里。そして、グラビアアイドルの雫でもあります。私の問題に、巻き込まれてください」

 

 一刀の問いかけに答えたのは佐倉だった。言いながら一刀と清隆の前に進み出る。その間にも髪をほどき、眼鏡を外して、たったそれだけで見事なイメージチェンジを果たした彼女は、そっと片手を差し出した。

 

「は、はは……。美人だとは思ってたけど、まさかグラドルの雫だったとはね。まったく、今日は驚かされてばかりだな。

 喜んで友だちになろう。俺のことは一刀でいい。俺も愛里って呼ばせてもらう」

「オレはまだ『友だち』というモノをよく知らない。それでも良ければ友だちになろう、愛里」

 

 一刀と清隆はそれぞれに答え、佐倉の手を取った。

 

「事情はよくわかんないけど、私も友だちだからね、愛里」

 

 2人と一緒に来ていた長谷部もまた、そう言って手を取った。

 

「うん。……鈴音ちゃんも華琳ちゃんも生徒会長も、この場の全員、皆私の友だちだよ。だって、私がそう決めたから」

 

 そう言ってこの場の全員を見渡す佐倉――愛里は、先刻までの姿とは雲泥の差だった。外見の話ではなく、纏う空気が違っている。

 

「ちゃんは止めてちょうだいな」

 

 その変化を好ましく思いつつも、私は頭を押さえてそう言った。




佐倉の覚醒回でした。
予め言っておきますと、佐倉は一刀のヒロインではありません。

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