ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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21話

「さて、昨日の今日だが、早速にして我がクラスにトレード申請があった。申請者は2名。Aクラスの坂柳有栖とDクラスの椎名ひよりだ。お前たちには今日中に、この申請を受けるかどうか結論を出してもらう」

 

 朝のホームルームで茶柱先生から告げられたその一言は、各休み時間を過ぎ、昼休みを超え、放課後を迎えた今もなお、我がクラスに波紋を生んでいた。

 俺個人としては迷いもなく受け入れ確定なのだが、一般的な感性ではやはりそう簡単にはいかないらしい。

 有栖を受け入れれば、ポイントを使うこともなく合法的にAクラスに上がることが出来る。……が、それはたった1人だけ。

 特典に惹かれて入学した者たちは誰もがこのチャンスを逃したくはないと思い、それでいてその心根を知られるのは後ろめたい、といったところだろうか。

 友だちと別れたくない、などもあるかもしれないが、所詮はクラスが変わるだけ。努力次第で付き合いを続けていくことは十分に可能だし、結局のところは言い訳だ。

 では、それ以外の者たちはどうだろうか。

 少し調べれば、有栖の表面的な部分は簡単に分かる。杖を使わねば歩くことは出来ず、身体能力は人並以下だ。しかし、それでもなおAクラスに配属された事実が、その不利を覆して余りある優秀さを証明している。

 実際、先日の中間テストも、その前の小テストも、有栖はどちらも満点を叩き出している。その学力は十分に魅力的で――たとえ身体能力と相殺したとしても――それ以外の能力もAクラスに配属されるだけのものを持っていると判断された。

 普通に考えれば、これだけの有望株、受け入れるより他にない。

 それでもなお意見が出ないのは、卑しいと、自分が抜け駆けを狙っていると思われたくないからか。或いは状況の把握に努めているからか。

 この学校に入ってまだ2ヶ月ちょっとしか経っていないのだ。システムにしろ各々の実力にしろ、知らないことの方が多いのは否定出来ない事実。そんな状態で受け入れたところで上手くやっていけるのか。はたまたAクラスに移ったところで卒業まで維持出来るのか。

 それ故動くに動けないというのなら、それもまた無理からぬことだ。

 椎名さんの受け入れに関しては、有栖に対するものとはまた違う理由だろう。何せ彼女はDクラスだ。

 椎名さんを受け入れるということは、誰かがDクラスに行かなければならない、ということだ。そしてその『誰か』は自分になるかもしれない。……おそらくはそういったところで、自分に自信の無い者ほどそんな思いに囚われているのだろう。

 所詮は俺の推測だが、意外と外れてはいないと思う。

 しかし、このままでは時間をムダに消耗するだけだ。

 こういう時に仕切る華琳は書記に徹している。中立の立場に位置する生徒会役員は、他クラスが絡む場合、積極的に動くことを禁止されているらしい。あくまでも、クラスの一員としての分を超えない範囲にしなければならないのだとか。

 まあ、その匙加減も本人次第な部分が大きいらしいので動こうと思えば動ける筈なのだが、華琳に動く様子はない。彼女も彼女で何かしらの思惑があるのだろう。

 結果、未だ高円寺1人しか発言していないのが現状だった。唯我独尊な彼らしく、その際の発言も利己に満ちたものであり、周囲への説得力など無いに等しいものだった。……いや、核心を突いていればこそ、逆に動けなくさせてしまったのだ。一般的な人間は彼ほど強くはないのだから。

 とは言え、今日中には結論を出さなければならない以上、いつまでもこうしてはいられない。

 個人的には、普段とは違う誰かが自発的に発言してくれるのを期待していたのだが、こうなっては俺が進行するのも止む無しか。――そう思った時だった。

 

「……いいか?」

「どうぞ、須藤」

 

 何と須藤が手を挙げた。

 

「俺はDクラスの椎名ってヤツに関してはよく知らねえ。だからそっちに関しちゃ、正直言ってどうでもいい。だが、Aクラスの坂柳には中間テストの勉強を見てもらったりと世話になった。そんなヤツがうちのクラスへの移動を希望してるってんなら、受け入れてやりてえと思う。

 それに、俺は正直に言ってバカだ。学力に関しちゃ、学年でも下から数えた方が早えだろう。んでもってうちのクラスには、俺よりマシにしても、やっぱりバカが多いのは否定出来ねえ。小テストの結果でもそれは明らかだ。

 たとえ代わりに誰かを出さなきゃならないにしても、頭のいいヤツを迎え入れるのは、うちのクラスとしちゃあ十分にアリだと思う。……俺からはそんだけだ」

「発言、ありがとう。まずは有栖の受け入れに一票ね」

 

 華琳が黒板に書かれた有栖の受け入れ賛成欄に横線を一本入れる。

 しかし、正直に言って驚いた。そして、それ以上に歓喜している。今の須藤の発言は、それほどに俺を揺さぶった。

 聞きようによっては、何の変哲もない1意見と思うだろう。だが、須藤はきちんと理由も言った。それも利己的な理由だけではない。クラスのためという、利他的な理由も加えてだ。

 責任を取りたくない。事なかれ主義。イエスマン。……理由は呼称は様々だが、流されるだけの者たちにとって今のは揺れる。特に利他的な理由も述べたのが大きい。『クラスのため』という合法的な理由が告げられたことで、自分の心情を知られたくない者たちも動き出すに違いない。

 実際、須藤の発言を皮切りに、ハイ、ハイ、と挙手する者が連鎖的に増えていく。

 ここで注目すべきは、手を挙げていない者たちだ。彼ら彼女らは、動かない何かしらの理由を持っている、と判断していいだろう。少なくとも、大半はその筈だ。

 

「あ~、はいはい。結局は今いる全員の意見を聞かなくちゃいけないんだから、そんな手を挙げなくたっていいわよ。……そうね、面倒だから前から順に意見を言ってってちょうだい。まずは有栖の受け入れに対してからね」

 

 手を打ち鳴らし、華琳がハイハイと喧しいヤツらをけん制する。……と同時に、勢いを殺しきらぬよう動きを誘導した。それは至極妥当な理由であり、この程度に動くことは問題ないようだ。

 賛成欄に正の字が刻まれていく。順当な流れだ。そもそもこの学校に入学した生徒の大半は、その特典が目当ての筈なのだから。タダでAクラス行きの切符を手に入れられるチャンスをむざむざと逃す筈もない。

 

「全会一致で有栖の受け入れは賛成ね。……では、代わりに誰がAクラスに行くかだけど、希望者はいるかしら?」

 

 華琳の言葉に手を挙げる者はいない。行きたくない筈もなかろうに、様々な理由が邪魔をして踏み出しきれないのだ。俺の席からでも葛藤しているヤツらは何人か見える。……俺とて向こうの経験がなかったら同じようなものだったに違いない。

 だが、そういった『勇気』や『覚悟』の無さこそが、凡人の凡人たる由縁だ。自分だけならば、目先の欲にも飛び込めないのだ。

 

「いないようね。では多数決で――」

「ふむ、希望者がいないのならば私が行くとしようじゃないか」

 

 華琳が多数決に移行しようとしたところで、高円寺が口を挿んだ。

 

「六助、あなたね……。希望するならもっと早くに手を挙げなさいよ」

「これはソーリー。だが、華琳ガール。私は人の上に立つ者として、時には下々の者に慈悲を示す必要があるからね。これほどのチャンスだ。逃す者などいる筈がないと思ったのだよ。……が、予想に反して希望者はいなかった。ならば慈悲を示す必要もない、とこういうわけさ」

 

 華琳が呆れながら高円寺を嗜めれば、彼はいけしゃあしゃあと反論した。その理由はとても彼らしく、同時に確かな理がある。受け入れない理由はない。

 

「……そういうことなら仕方ないわね。では、有栖との交換対象は六助ということで――」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! アリかよ、そんなの! 口にしてないだけで、誰だってAクラスに行きたいに決まってるだろ!」

 

 堪らずに池が口を挿んだ。その気持ちは分からないではない。

 しかし――

 

「はぁ……。『口にしてない』時点で、その意思がないと見做されてもおかしくはないのよ。正当な理由もなしに、後からの文句なんて通る筈がないでしょう。世の中はそんなに甘くなどない。――六助の論には彼の立場も鑑みれば一定の理があった。故に受け入れたのよ」

「だからって!」

「後から文句をいう位なら、希望者を確認した際に手を挙げればよかったじゃない。けれど、理由がどうあれあなたは――いえ、六助以外は手を挙げなかった。それが事実で、全てなのよ」

 

 ピシャリと、華琳は文句を封殺した。黙殺していないだけ、まだ優しい方だろう。

 

「有栖との交換対象は六助。これは決定事項よ」

「では、私はこれで失礼させてもらおう。明日からクラスが変わる以上、Dクラスとのトレードなど私には意味のないことなのでね。まあ、いずれはこのクラスに戻ってくるだろうが、それまでは別荘とでも思って過ごしてくるよ。使えるお金が多いに越したこともないしねえ。アディオス、諸君! ハッハッハッハッ……」

 

 最後に言い残し、高笑いを上げて高円寺は教室を出て行った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「えげつない制度だな。……が、この学校のシステムを思えば、これ以上ないほど理に適っている」

 

 去っていく高円寺を見送り、意気消沈している池を視界の端に捉え、オレは呟いた。

 

「確かにね。……けれど、とても華琳さんのやりそうなことよ。これでAクラスに行きたい生徒たちはどうあっても努力せざるを得ない。Aクラスの生徒たちもそれは同じ。追いやられたくなければ、やはり努力は必要不可欠。努力が空回ることもあるでしょうけど、それはそれ。あらゆる意味で『実力』を試される。それも学校にではなく、同じ生徒たちに。

 ただ、だからこそ一縷の希望がこの制度にはある。……CPでの逆転は不可能。PPでの移動も現実的ではない。そうして意気消沈していた2、3年生にとって、この制度はとてもありがたいでしょうね。さながら地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸かしら」

 

 隣席の堀北がオレの呟きに答える。

 それも事実。

 だが、そうしてAクラスに上ったところで、通用する保証もない。下位クラスの生徒には、学校側がそう判断したそれなりの理由があるのだ。交換トレードを受け入れられるだけの下地があったとして、卒業までの間、それが続くとも限らない。見限られれば、更なるトレード時の交換要員となりかねない。

 誰しもに一発逆転のチャンスがあり、誰しもに艱難辛苦が降りかかる可能性がある。

 しかし、『チャンスがある』という点では平等だが、『それを掴めるか』に関しては決して平等ではない。

 坂柳に関しては、勉強会の途中から須藤を見ていたため、参加していた生徒たちはほとんどが知っているだろう。……オレ自身は参加していないので知らないが。

 それに加え、Aクラスという、オレたち以上の実績がある。

 では、もう一方の椎名ひよりについてはどうか。

 まず、所属クラスはD。この時点で、大半は受け入れ難いだろう。

 容姿やら能力やらもよく分からない。……どこかで見ている可能性はあるが、結び付けられなければ分からないのと同じだ。

 普通に考えれば、十中八九にこの申請は却下される。

 当然、そのことは椎名とやらも分かっている筈だ。それでもなお申請してきたとなれば、可能性は大きく2つ。単なるダメ元か、その上で勝算があるか、だ。

 

「どうやら椎名さんを知っている人は少ないみたいだな……。『知られていない』というのもそれはそれで実力だが、時期を考えれば無理もない。なので簡単に説明しようか。

 読書好きの女の子で、外見は十分に可愛いと言えるだろう。確かにDクラスの生徒だが、学力面なら学年でも上位に位置する能力はある。本人曰く『運動は苦手』とのことだが、その真偽はまだ分からないな。ついでに言えば、俺が勧誘をかけていた生徒でもある。うちのクラスにとって、彼女の学力は喉から手が出るほど欲しいからな」

「あ、写真もあるよ。前に一緒に撮ったことがあるんだ!」

 

 クラスを見渡した北郷が起立して言い、櫛田もそれに続いた。

 リーダー格たる北郷の意見は、1個人としてのそれを超える発言力を持つ。

 女好きとして知られる北郷だが、普通に男とも遊ぶし、クラスのために色々と動いているのは否定しようのない事実だ。その事実と確かな実績があればこそ、クラスの女子も北郷を邪険に扱ったりはしていない。今もまた他クラスの女子に粉を掛けていたと聞いても、『またか』と若干の呆れを匂わせるくらいだ。それは『クラスのため』という利他的な面に繋がっているからでもあるだろう。

 北郷は利己的な行動と利他的な行動を結び付けるのが――周囲にそう思わせるのが上手い。

 そんな北郷と友好的な関係を築けているのであれば、なるほど、1人1人と顔繫ぎをするよりは遥かに効果的だろう。オレたちが入学して、まだ2ヶ月と少し。実力を知られている者など限られているのが現状で、だからこそ有効な手だ。もっと時間が経っていれば、自ずと発言力も分散し、北郷1人との交流だけでは足りなかった可能性もある。……まあ、実際にはそれでも大丈夫だったかもしれないが。櫛田とも交流を持っているようだし、北郷の実力はそこいらの高校生を軽く凌駕している。

 ともあれ、北郷の発言で天秤が揺れたところに、櫛田の撮った写真がダメ押しをした。

 櫛田の携帯を見たクラスの男子たちは、『いいじゃん』だの『確かに可愛いな』だの、揃って似た様な反応を示す。

 

「どうどう、綾小路くんも可愛いと思わない?」

 

 そう言って櫛田がオレに携帯を見せる。

 図書館の一角だろうか。櫛田ともう一人の女子が本を手に持って写っていた。必然的に、この女子が椎名ひよりだろう。

 

「確かに外見は可愛いと思うが……。櫛田って三国志なんか読むんだな。そっちの方が正直驚きだ」

 

 画面の中の椎名は『レ・ミゼラブル』を、そして櫛田は『三国志』を持っていた。画面の小ささもあり流石に出版社までは分からないが、どちらにしろアンマッチだとは思う。

 

「一刀くん、三国志が好きだから。それで私も読んでみようかなって思ってたんだけど、種類がたくさんあって、物によっては巻数も膨大でしょ? どれが取っ付きやすいかもよく分からないし、買い揃えるってなったらとお金もかかっちゃうからさ。結局、読まないままズルズルと来ちゃったんだよね。

 けどほら、順当にいけばどうせ3年間は敷地内から出られないし、この機会に読んでみようと思い直して、それで図書館をうろついている時に椎名さんと会ったってわけ。この三国志も椎名さんの推薦品だよ」

「なるほどな」

 

 その後も全員が櫛田の携帯を確認し、結局は北郷の推薦と椎名のビジュアルもあり、受け入れる方向で決定した。

 だが、問題はここからだ。椎名を受け入れるのであれば、誰かをDクラスに送る必要があるのだ。……紛糾するのは目に見えている。

 

「では、椎名ひよりも受け入れで決定……と。念のため確認するけど、交換希望者はいるかしら?」

 

 華琳の言葉に手を挙げる者は一人もいない。沈黙が教室を支配する。

 

「ま、分かってたけどね。それじゃあ多数決になるけど、他薦のある者はいるかしら?」

 

 希望する者がいないのであれば、誰かを生贄に挙げるしかない。交換である以上、椎名の受け入れを決めた時点でそれは防ぎようがない。

 後ろめたさもあるのだろう。隣近所で小声で相談し合う者たちはいるようだが、手を挙げる様子はない。

 暫くそんな状態が続き、やがて手を挙げる者が現れた。我がクラスきってのホラ吹き男――山内だ。

 

「では、山内」 

「佐倉でいいんじゃね。陰キャだし、こないだ生徒会長に呼び出されてたじゃん。なんか問題でも起こしたんじゃねーの」

 

 そしてあろうことか、そんなふざけたことを宣った。

 

「――だ、そうだけど、愛里は何か反論あるかしら?」

「私がクラスメイトの大半と交流を持ってないのも、先日に生徒会長から呼び出しを受けたのも事実ですし、そう思われるのも仕方ないと思います。なので、多数決で私に決まるのなら移動も受け入れます。――私に決まるのなら、ですけどね」

 

 華琳の問いかけに、愛里は意味深な笑みを浮かべてそう答えた。……横目にオレを見て。

 愛里をよく知らぬ者にとっては、らしくない態度と言えるだろう。実際、大半が訝し気な視線を愛里に向けている。……が、知る者にとっては話が別となる。視線を向けられたオレは尚更だ。

 愛里はオレに助けを求めている。オレに『動け』と言っている。それを悪いことだとは思わない。自分だけではどうしようもないのなら、どうにか出来る者に頼るのは普通のことだ。

 そして、愛里はオレにとって数少ない友だちだ。である以上、助けを求められたのならば動くのも吝かじゃない。……それが『友だち』というモノだろうから。

 

「発言、いいか?」

「どうぞ、清隆」

「愛里はオレの数少ない友だちだが、かと言って山内の発言に撤回を求めることは出来ない。反論に足る証拠を提示出来ない以上、ただの感情論でしかないからな。

 だからオレに言えるのはこれだけだ。……愛里が交換対象となってDクラスに移るのならば、オレは明日にでもDクラスへのトレードを申請することにする」

 

 オレの発言に、クラスが揺れた。




そんなわけで、早速突っ込んだ制度を活用。

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