パシャリ。写真を撮る。
対象を変えてはまたパシャリ。
今日だけで、それぞれが一体どれだけの写真を撮ったことか。
しかして、それが先方の要望だったのだから仕方がない。
「ふむ、撮られることには比較的慣れたものだが、自分で撮るとなればやはり違うな。実際にやってみると奥が深いことを感じられる」
「でしょう! 会長もこれを機に写真をやってみましょう! 自撮りでも風景でも構いませんよ!」
学が零せば、我が意を得たりとばかりに愛里が食いついた。
休日を迎えた現在、俺、学、章仁、洋介、綾小路の男性陣に加え、華琳、鈴音、桔梗、有栖、愛里に長谷部さんと椎名さんという女性陣は一塊となって動いていた。
そもそものきっかけは先日に章仁から頼まれた件にある。
『華琳と、それ以外にもめぼしい人物がいたら紹介してほしい』
というものだ。
うちのクラスで実力者と言われて真っ先に思いつくのは、洋介、綾小路、華琳、鈴音、桔梗、有栖、椎名さんとなる。幸村も学力面では実力者だが、俺との仲は可もなく不可もなくだし、対人能力も加味して考えると実力者からは外さざるを得なかった。
この内、章仁と鈴音は直接の面識がある。章仁は俺の親友であると同時に学の親友でもあるのだ。そのことを鑑みれば当然だ。
桔梗とはグループチャットでやり取りしているのを確認している。互いの人となりを考えれば、直接の面識を持っていてもおかしくはない。
人材、という点なら須藤や外村も候補に挙がるが、最有力は愛里となる。普段は地味な格好をしているが、その実は人気の高いグラビアアイドル『雫』である。彼女がその正体を露わにすれば、大半の男性陣には効果絶大だろう。
そこまでを考えたところで――
(どうせだったら1度に済ませてしまおう)
と思い至った。
普通に考えて、部活に入っていない連中は上級生と接点を持つ事すら難しい。まして章仁は上級生であると同時に剣道部の主将だ。そういった肩書を持つ人物との繋がりは作っておいて損はない。……そこに俺からの紹介が加われば、ある程度前向きに捉えられる見込みはあった。
互いを紹介するに当たってまずネックになるのは愛里である。彼女はストーカー問題にあってまだ間もない。章仁の人となりは信用出来るが、彼女が許容出来るかはまた別問題だ。
それと同時に、愛里も愛里で人脈を広げる必要があるのは理解している筈だ。今回はどうにかなったが、椎名さんとの交換で真っ先に槍玉に挙げられるほどに彼女自身の能力は低く、クラスとの交流もまた少ない。彼女の立場を鑑みれば仕方のない部分もあるが、それに理解を示せるのは彼女の正体を知る者のみだ。
自分を護るためには他者の協力が必要で、そのためには正体を晒さなければならない可能性が高い。何故なら、愛里個人の実力として誇れるものは未だそれしかないからだ。
信じよう。信じたい。――信じていいのか。信じられるのか。
信じることと疑うこと。……明確な出口などない、キリのないジレンマである。ストーカー被害に遭ったばかりの彼女であれば尚更に。
それでも停滞を続けるなど出来る筈もなく、多少のリスクを覚悟の上で踏み込む必要があることは愛里も分かっているに違いない。
問題は『誰』に踏み込むかであり、俺はその候補として章仁を挙げた、というわけだ。
結果、愛里もそれに理解と勇気を示し、そこにクラスとの交流を深める意味も込めて『彼女の正体を知っても騒がなそうな相手』を選別し、更には彼女の友人を含めた結果、今回のメンバーと相成った次第である。
とは言え、ただ会って話をするだけではいかにも味気ない。
そこで愛里の提案の下、大撮影会となったわけだ。
この広い敷地内、普段足を向ける場所は各々の目的意識によって大きく異なる。普通に生活するだけなら知らなくとも特に問題もないだろうが、ここのシステムを考えると足を向けない場所のことも知っておいて損はない。
また、互いに写真を撮り撮られすることで、自ずと交流も深められる。携帯は誰もが持っているので、最悪カメラがなくても構わない、という利点もあった。
「てか、こんな場所あったんだな。監視カメラもなければ人気もない。今まで全然気付かなかったぜ」
俺たちが今いるのは、林の中に備えられた遊歩道だ。……が、位置的なものもあってか章仁の言うように人気がない。全くいないというわけではないが、擦れ違った人も1人2人程度である。
その割には整備が行き届いており、通路は歩きやすく、雑草などもきちんと刈られている。れっきとした設備の1つということだろう。
緑が齎す空気、木々の隙間から差し込む日光、身体を撫でる涼やかな風、とこれといって敬遠する要素は感じられない。個人的には時間を見つけてここを歩くのも候補に入れるほどだ。
人が少ないことに関しては、散歩するだけならば街中でいくらでも出来る、という点も大きいだろう。身体を動かすにしても、運動部に所属していたり、そうじゃなくても街中にはスポーツジムもある。わざわざここまで足を延ばす理由はあまりない。
或いは、単にこんなところを練り歩く余裕がない可能性もある。
いずれにしろ、目的がなければ近付かない、という人の意識的な盲点を突いた穴場だった。
「自撮りの出来る場所を探して、色々と動き回っている時に見つけたんです。私の場合、そこかしこでパシャリとはいかなかったので……」
答える愛里は、いつもの地味な格好ではない。動きやすさを優先しているものの、その上でオシャレに決めている。人目を惹く要素は十分で、簡単に『雫』と結び付けることが可能だった。
「そりゃ納得だ。女は化けるとは耳にするけど、佐倉ちゃんの場合、最初に現れた時とは印象が違い過ぎる。『ちょっと着替えてきます』ってトイレに入って、出てきたらグラドルの雫が目の前にいるんだからな。……あれほどの驚きは早々ない」
「僕も同感です。僕は別段グラビアアイドルとかに詳しいわけじゃないけど、それでも雑誌とかを見れば目に入るからね。まさかそんな人物がクラスメイトにいるなんて思いもしなかったよ。
ただ、おかげで納得出来た部分もある。椎名さんの交換申請で揉めた際、綾小路くんの行動がどうしても腑に落ちなかったんだ。長谷部さんだったら『友だちだから』でもおかしくないと思ったけど、綾小路くんの場合、それだけじゃ理由が薄すぎると感じてならなかった。『友だちだから』を否定する気はないけど、それ以外にも大きな理由があると思ってはいたんだ」
「はは、ゴメンね平田くん。……最初は鈴音ちゃんにバレて、それから何やかんやあって華琳さんたちにもバレて。
いっそのこと開き直って、まずはうちのクラスにバラそうかなとも思ったんだけど、私は『雫』であると同時に『佐倉愛里』だから。バラした結果、『雫』としてしか見られなくなる可能性を考えたら、どうしても踏ん切りがつかなくて。それで皆にも内緒にしてくれるように頼んだんだ。
ただ、今回追加された制度で、私は山内くんから槍玉に挙げられたでしょ? 私自身に大した能力はないからそうなるのも無理はないと認めてるし、山内くんに対して怒ってるってこともない。……けど、1度あんなことが起こっちゃったら、自分でもどうにかしないといけないなとは思うわけで。
じゃあ私に何が出来るのかってなったら、有力者に正体バラして庇護を受けるしかないなって。……自分でも情けないとは思うけどね」
「僕は自分を有力者だとは思ってないけど、佐倉さんの信頼には応えたいと思うよ」
「同じくだ。こう見えて顔は広いからな。何でもかんでもとはいかないが、手を貸せる部分においては協力を惜しまないさ」
見ている限り、事は上手く運んでいる様だ。
愛里も変に緊張せず章仁や洋介と接することが出来ている。
「時に鈴音よ。お前、意中の男性はいるのか? 贔屓目もあるが、俺としては一刀辺りがオススメだが……」
好調な愛里の様子にウンウンと頷く俺の耳に、そんな声が届いた。
「いや、いきなり何を言い出すんですか、兄さん? ボケには早すぎますし、暑気あたりにしては時期が合いませんよ?」
鈴音の返事はにべもない。それほどまでに、学が発したとは考えられないセリフだった。
「あ~、鈴音ちゃん? その反応も無理はないと分かるんだが、学の言葉も別段おかしくはないんだ。この学校では男女間の問題ってのが割と起こるんだよ」
「……それはどういう? 説明願えますか、章仁さん?」
「ああ、勿論だ」
頷き、章仁は表情を真面目なものへと変えた。
「実力を評価されるシステム故に、俺たちは早熟を余儀なくされる。……が、それと同時に未成年の子供であることも間違いない。恋に恋するお年頃ってヤツだ。酸いも甘いも嚙み分けた、何てのには断然早いのは分かるだろう?
ただでさえ千差万別なのが人間だ。適応具合に差が出てくるのもまた然り。よって損得に比重を置いて動くヤツもいれば、感情に比重を置いて動くヤツがいるのも無理はないんだ。
問題はここからでな? この学校では『色事』もまた実力と見なす傾向があるんだよ。避妊さえしっかりとしていれば、そして表立ってバレなければ、セックスしようが口煩くは言ってこない。暗黙の了解ってヤツだ。……一般的な学校とはえらい違いだが、特殊性故致し方なしってところかな」
「だが、それ故の問題もある。知っての通り、我が校はクラス単位で評価し、それに応じたポイントを支給している。
その結果、クラスでの勝利のために、或いは自らの利益のために、モラルに反する行為が行われることも珍しくはないのだ。証明出来なければ、その様な事実は無いも同然だからな。……そういった狡賢さを磨くのもまた実力ということだ」
この実力至上主義の学校における先達。それも上位たるAクラスに籍を置く2人の言葉には確かな重みがあった。
「正攻法だけに拘るのは片手落ち、ということですね?」
「ああ。無論、正攻法を否定はせんし、それだけで乗り越えられたら最上だろう。だが、だからと言って詭道邪道の類をただ否定するのは無能の行いだ。学べるだけ学んで損はない。それは対抗策へも繋がるのだからな。
恋愛――引いては性行為に関してもそれは同じだ。お前が一刀に恋をしたとして、それが成就するかどうかは分からん。しかし、少なくとも一刀であればお前を弄ぶことは無いと断言出来る。兄としては、その一点だけで一刀を推したくなるのだよ」
「いや、そう言ってくれるのはありがたいが、俺はかなりの女好きだぞ? そりゃあ鈴音が俺に恋愛感情を抱いてくれるんなら嬉しくも思うしキチンと向き合うが、だからと言って鈴音を選ぶ保証もない。まして端からすれば、数ある遊び相手の一人、なんて目で見られかねんぞ?」
流石に口を挿むことにした。学の言葉は嬉しく思うが、こと女性関係に対しては過大評価に過ぎると感じてならない。
「臆面もなくそう言ってのけるお前だから、俺としては逆に信用も信頼も出来るのだ。
周りの目も大事だが、より重要なのは本人がどう感じるかだ。恋が実るにしろ失敗するにしろ、或いは恋愛感情のない身体だけの付き合いになるにしろ、結果として本人が納得出来るのならそれに越したことはない。……個人的には恋愛感情を育んでもらいたいが、『性欲』という言葉がある様に、性に対する欲求はまた別物だからな。
ともあれ、お前であるならば、そこらの有象無象よりも良い結果を齎すと俺は踏んでいる。……ただ、それだけだ」
学もまた、臆面もなく言ってのけた。
「まったく、過大評価もいいとこだ」
俺は、そう答えるしか出来なかった。
華琳に桔梗に有栖、現時点でも3人と性的な関係を持っている。そんな俺を相手にしたところで、納得いく経験になるとはとても思えない。
だが、自己評価と他者による評価は異なるのが常だ。学がそう言うのであれば、もしかしたらそうなのかもしれない。
「ふむ。……では、今度デートをしましょうか、一刀さん? 恋愛感情によるものかは分かりませんが、私があなたに対して好ましさを持ってるのも確かですし」
「オーケー。学の信用信頼を裏切らないためにも、精一杯務めさせてもらうとするよ」
そんなわけで、今度鈴音とデートをすることになった。
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3年生2人の案内の下、現在オレたちは遅めの昼食を取りに来ていた。喜ばしいことに先輩たちの奢りである。
入店し、今いる小広間に案内されるまでに見えた客数は、店の造りと比較して明らかに少ないように思える。時間もあるのだろうが、モール街からある程度離れていることも理由だろう。味に問題があるため、という理由も考えられないではないが、それはないと信じたい。
一般席は洋風だったが、小広間は和風の造りとなっている。
初めて嗅いだが、畳の匂いが心地いい。座り心地も上々だ。座布団がなくても問題ない。……ポイントに余裕が出来たら、和室に引っ越すのも一つの手だろうか。
リラックスしているのはオレ以外も同じようだ。
堀北に生徒会長、愛里たちは今日の成果――撮った写真を互いに見せ合っている。
有栖に椎名、波瑠加たちは話に華を咲かせている。
「入学式以降も生徒会長の姿を見ることは時折ありましたが、まさかあのようなことを言われる方だったとは……。少しイメージが崩れましたね」
「場所とメンバー――すなわち状況に依る部分も大きいとは思いますが、概ね同意見です。それにしても恋愛ですか。若干の興味はありますが、よく分からないのが実情ですね。それよりは様々な本を読んでいたいのが本音です」
「恋愛がよく分からないってのは同感。……まあ、ありがたい話ではあったのよね。活かせるかどうかは別にして」
同じ室内だ。小広間とはいえ、教室ほどには広くない。敢えて声を潜めない限り、どうしたって漏れ聞こえる。
そして、その内容には同意せざるを得ない。いや、むしろ教えたところで活かせるかも分からないからこそか。
何かの本で読んだ記憶がある。それによると『恋愛は堕ちるもの』らしい。気付けば好きになっているそうだ。その対象は千差万別で、普段から顔を合わせている相手の場合もあれば、初めて顔を合わせた相手――いわゆる『一目惚れ』だ――の場合もある。
厄介なのは、その対象が1人だけとは限らないこともある点だ。対象Aを好きな筈なのに、いつの間にか対象Bも気になっている。……恋愛を題材にした作品でよく使われる手法だが、現実でも起こり得るのだ。
果たしてオレはどうなのだろうか?
オレは愛里や波瑠加を友だちと認識している。しかし、本当にこれは友愛なのか判断が付けられないのだ。或いは恋愛感情を抱いている可能性も否定は出来ない。いや、もしかしたら本当はどうとも思っていない可能性だってある。
いくら考えても分からない。『ホワイトルーム』では色々と学ばされたが、『コミュニケーション』が関わってくる分野については学んでいないのだ。学んでいたとしても、一方的な見方だったりで参考とするには心許ない。脱走しなかった場合はこれから学ばされた可能性は否定出来ないが、そんな『もしも』に意味はない。
だが、『分からない』とは、すなわち『未知』だ。
そして、だからこそ面白い。心が躍る。
色々と冷めてしまっているオレだが、『未知』に関してはまた別だ。どう対処するのが正解かの判断が付けられないからこそ、慎重に当たらざるを得ない。
相手の反応に期待し、その結果に一喜一憂する。そんな一般的なことが、オレにもまだ出来るのだ。
オレは誰かを好きになることが出来るのか。誰かを愛することが出来るのか。出来るとして、そんな相手に巡り合うことが叶うのか。それとも既に出会っているのか。
全く以て分からない。そして分からないからこそ、この『未知』を思う存分味わいたい。そのためには――
(ああ、そういうことか……)
この瞬間、あの日、華琳の言っていたことが、本当の意味で分かった気がする。
この『未知』は自分だけでは完結し得ない。対象となる『誰か』――相手が必要なのだ。
オレは『ホワイトルーム』を脱走してきた。である以上、そのカリキュラムは未だ途上。如何に『最高傑作』と言われていようと、全てを学び終わってはいないのだ。必然、あの父がそれを良しとするわけがない。必ずオレを連れ戻そうとする。
そこまでは分かっていた。――分かっている、だけだった。
そうなってしまえば、『未知』を追究出来る保証はない。
この高校にいる間に限り、オレだけならば後手に回っても対処出来る自信はある。しかし、『未知』の探究に必要な『誰か』までもがそうである保証はない。
では、その『誰か』に被害が及ぶのを防ぐにはどうするか?
そこまでを考慮して動く必要がある、ということだ。
ならば、今のオレに出来ることは――
「早坂先輩、でよかったですよね? 改めて、綾小路清隆です。今更ですけど、オレと連絡先を交換してもらえませんか?
オレはちょっと面倒な出自でしてね。不動グループとの繋がりは是非とも作っておきたいんです。卒業後も、自由を保持していくために……」
「へえ、『売り込み』か? 面白いな、お前。……いいぜ。在学中、色々と無茶ぶりしていくから応えてみせろよ、綾小路」
「微力を尽くしますよ」
学園外でも確かな『実力』を持つ有力者――大財閥・不動グループ。
その令嬢と交際関係にあるという目の前の男――早坂章仁と繋がりを深めていくことだろう。