華琳が正式に坂柳さんの養子となった後、最低でも月に一度は別荘へとお邪魔させてもらっている。移動の際、毎回坂柳さんのお世話になるわけにはいかないので普通二輪の免許を取った。交友関係が功を奏し、中古品ではあるがバイクは安く買うことが出来た。元級友の家が二輪ショップだったのだ。
やはり、思いっ切り身体を動かすにはこれ以上ないほどの環境だ。何より華琳という好敵手に刺激される事によって生まれる効果は常の比ではない。
無論、鈴音や及川を始めとする友人・悪友との付き合いも継続しているし、週に何度かは学園に赴いて先生方から勉強を教わってもいる。
今日もまた学校に来ていた。もはや高校入試までは半年しかないので気合も入るというものだ。
「しかし、こういった言い方はアレだが、入院する前と後で北郷は変わったよなぁ。今ほどの勤勉さを在学時から出しててくれれば、と思わずにはいられないよ」
「はは。こっちにしてみれば、寝て起きたら皆においてかれてるわけですからね。日本は学歴社会の面も持っている以上、いつまでも呑気にはしてられませんよ」
放課後。出された問題を解き終え小休止となったところで、思わずといった具合に先生が口を開いた。在学当時のクラス担任でもあったため、他の教師に比べて比較的仲が良いのだ。
口を開いたついで。学園に来てから感じていた疑問を訊ねることにした。
「ところで、今日は何かあったんですか? 何て言うかこう……学園の雰囲気がピリピリしている感じがするんですが?」
「…………分かるか?」
苦い顔をして暫く押し黙った後、先生が口を開いた。
何でも、複数の教室で問題が起こったらしい。クラスメイトへの悪口が匿名ブログに載っていたという。それだけならあってもおかしくない事だが、問題はその内容だ。単に『気に入らない』とか『ムカつく』といったものではなく、その人物の秘密に触れていたらしい。
秘密である以上は基本的に隠している筈で、普通に考えてそれを知る相手となれば、その人物にとって一定以上の友好を持つ相手のみ。『信じたい』という願望、『まさか』という疑惑。その板挟みによって、その人物は自然とピリピリしてしまうだろう事は想像に難くない。
加えて、それが一人ではないのだ。未だ数は少ないにしろ、複数人が匿名ブログ上で秘密に触れられている。
「ここだけの話。一応容疑者は分かっているんだ。これでも教師だからな。生徒ならクラスが違えば分からないだろう事も、教師ならばその限りではない。……まあ、その逆も然りだがな」
「それ、俺に言っていいんですか?」
「良くはないが、立場もあって俺たちからはどうしようもないのが現状だ。生徒から相談された後ならともかく、先んじて行動してしまえば強制となりかねん。……厄介なものだよ。
今だから言うがな。学のことも心配したもんさ。そりゃああいつは文句のつけどころのない優等生だったが、そのせいか自他共に厳し過ぎた。孤立するんじゃないかと危ぶんだよ。しかし、そうはならなかった。――お前がいたからだ。お前が周囲に対する緩衝材の役割となり、その内にあいつも柔軟性を身につけていった。
あいつの妹、鈴音だったか。受け持ちじゃないんだが、端から見ている分には学以上に危うかった。学にはお前がいたが、あの娘にはお前みたいな奴がいなかった。性差の違いや時期も悪かったんだろう。学以上に孤立し、それを気にも留めていない。歪だと感じたが、そうとでもならなきゃ折れていたとも思えるからどうしようもない。それだけ学は突出していて、そんな兄を持てばそうもなるかと納得出来ちまう。
教師だってのに、生徒に救いの手を差し伸べることすら出来ない。いや、やろうと思えば出来ただろう。だが、それをやっちまえば職を失う可能性がある。結局は我が身の安否を優先した俺の弱さだ。
やるせなさを抱いている中、お前が目を覚ましたという連絡があった。藁にも縋る思いでプリントを届ける役に彼女を推した。彼女がお前の見舞いに足繫く通ってるのは教師内じゃ有名だったからな、不思議に思われることはなかったよ。その後はお前も知っての通りだ。徐々に、だが確実に変わってきている。
二度あることは三度ある。もしかしたら、と期待をしてしまうんだよ。……ちょっと待ってろ」
言うだけ言って先生は部屋を出て行った。
過大評価もいいところ――とは思うまい。指導者、軍師、警備隊長……異なる立場であの時代を駆け抜けた。自己評価とのギャップなどもう慣れた。
「この生徒だ」
そして数分後。言いながら先生が出したのは一枚の写真だった。学園祭か何かの時の写真だろう。正しく『正統派美少女』といった女の子が写っていた。
「名前も所属するクラスも言えん。言えるとすれば、正しく『優等生』という事くらいだな」
「……やれやれ。俺も頑張ってはみますけど、あんまり期待しないでくださいよ。率直に言うなら、一度爆発させてしまった方が早いと思ってますし……」
「ふふ、やっぱりお前は察しが良いな。まあその時はその時で仕方が無いと結論付けるしかないだろうさ」
用意された時間が終わり、その日は解散となった。
「なあ、及川。この娘、知ってるか? 中等部の生徒らしいんだけど……」
あの後、及川を誘って遊びに繰り出した。ファーストフードで一息つきながら先生から受け取った写真を見せる。
「知ってるかも何も有名人やで。鈴音ちゃんと同じ学年で、名前は櫛田桔梗。まあ、流石にクラスまでは分からんな」
「桔梗……ッ!?」
知っているとは思ったが、及川の口から出たその名前に驚いた。脳裏に一人の女性が浮かぶ。
「何や、知ってるんか?」
「……いや、以前にお世話になった人の中に同じ名前の人がいたからな。驚いただけさ」
そうだ。決して彼女とこの子を混同してはいけない。それは双方にとても失礼な事だ。――そう思う一方で、名前の響きからこの少女に親近感を持つ自分を否定出来なかった。
余談だが鈴音に訊くのは憚られた。多少マシになってきたとはいえ、他者バッサリガールである鈴音が知っているとは思えなかったからだ。……鈴音にはとても失礼な事だとは思うが。
(う~ん、取り敢えず接触するか。そうする事で見えるものもあるだろうし、それが重要だと感じてならない)
結論を迎え、学校帰りを狙って接触する事に決めた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
そして後日。
「櫛田桔梗さん……であってるかな? 俺は北郷一刀。一応ここの卒業生でね。君の事を聞いてちょっと気になったことがあったんだ。我ながら怪しい誘いだとは思うけど、よければ時間を作ってもらえないかな?」
「北郷一刀……ああ! 前に先生方の間で噂になってるのを聞きました! たしか長期入院されていた方ですよね?」
「まさしくその通り。……それで、どうかな?」
「ええ、大丈夫ですよ。今からでもいいですか? 私も受験生なので二、三時間位しか付き合えませんが……」
「それで構わないよ。カラオケで良いかな? それとも受験勉強の気晴らしに身体を動かす方が良い?」
「う~ん、その二択ならカラオケで!」
彼女とはこれが初対面だが、実際に言葉を交わせば予想以上に『欲しい』と思った。
初対面であるが故の警戒を抱きながらそれを隠し、校門前という場所を活かした対策を即座に打ってきた。場所柄、ここにいるのは俺と彼女だけじゃない。この後で何かがあったなら、その容疑者筆頭は間違いなく俺になるだろう。そうしておきながら快く時間を作り、それでいて尤もらしい理由で時間制限も付ける。即興としては見事な手だ。
「さて、こうしてカラオケに来たわけだけど……実のところ、別に歌いに来たわけじゃないんだ」
「……はあ。では、何でカラオケに?」
「思いっ切り叫べば、ストレス発散になるだろう? 音楽を流した上でマイクを使わなければ、外にバレるリスクも低い。少なくとも匿名ブログなんかよりはよっぽど効果的だと思うよ?」
そう告げれば、外向けの可愛い顔は一気に反転した。眼光を鋭くして睨みつけてくる。
「なに? 脅しでもしようってわけ?」
「別にそんなつもりは毛頭ないよ。誘う時に言っただろう? 気になったことがあるって。
他者から、それも複数の相手から秘密を聞き出す手腕はとても素晴らしい。優れたコミュニケーション能力を持っている証明だ。だが、そうして得た秘密を何の益もない匿名ブログに吐き出している。
まあ、そこからストレスでも溜まっているのかなと考えたわけだ」
「お褒めのお言葉どーも。馬鹿に付き合えばストレスが溜まるのは自然でしょ。まったく、どいつもこいつも、
「……そう、そこだ」
「あ、何が!?」
「周囲からの評価を求めるのはいい。したくない事をしてストレスが溜まるのも自然だ。疑問なのは、どうしてそこまでして周囲の評価を求めるのかが分からない事だ。……なあ櫛田さん。君の目標って何だい? 夢と言い換えてもいいけど」
「私の目標?」
「ああ、そうだ。人間ってのは往々にして夢や目標のためなら色々と頑張れるものさ。例えばプロのバスケ選手になりたい。だからバスケを頑張るのは分かるだろう? しかし、バスケが上手いだけでプロになれるなら何も苦労はない。色々とあるが、まあ当然にして普段の言動――いわゆる礼儀――も少なからず関わってくる。努力してバスケが巧くなっても、そこを考えに入れていない者の大半は夢と現実の壁に阻まれて挫折する。それでもなお食いしばった者の中から成功者は現れると言っていいだろう。
それを踏まえた上でだ。君がストレスを抱えてまで他人に優しく接する理由が何なのか分からないんだ」
「……まあ教えてもいいけど。私は承認欲求が強いのよ。小学生の頃は運動でも勉強でも周囲より優れた成績を取ることが出来た。けれど中学に上がってからは違った。平均以上だという自負はあるけど、所詮はそこ止まり。これじゃあ、私は認めてもらえない。褒めてもらえない。だから周囲に優しく接する事にしたってわけ」
不貞腐れた顔で彼女は言う。
(これは、もしかして矛盾に気付いていないのか……?)
考えても分からないので率直に訊ねる。
「なるほど。それで、そうまでして誰からの評価を求めてるんだい?」
そう問いかければ、目の前の少女は愕然とした表情を浮かべた。
「誰からの……評価……?」
「……うん、自覚がなかったわけか。評価ってのは意中の相手がいて然るべきだ。例えば尊敬する人。例えば志望校。こんな具合にね。
志望校からの評価? 求めてはいるだろうが、希望する相手ではない。バレた時にはこれまでの努力がおじゃんになる。リスクと釣り合わない。
では、尊敬する人か? いないわけじゃないだろうが、希望する相手とはまた別だろう。希望する相手に褒められているのなら、この件でそこまでストレスを溜めるとは思えない。
つまり、君は希望する相手が未だ定まらぬ中で、有象無象と切り捨てている相手にも優しく接していたのさ。希望する相手が定まっているのなら、君ならこうまでなる前に対応する。この路線では評価してもらえないと判断すれば、被ってる猫を薄くするなり、仮面を脱ぎ捨てるなりしてるだろう。
しかし、そうはなっておらず、ブログに悪口として吐き出すほどにストレスを溜めている。……言ってしまえば、報酬なく働いているようなものだ。何かしらの酬いがなければ、常人は耐えられない。耐えられる奴がいるとするなら、そんなのは人々の笑顔を動力源とする、正真正銘の聖人ぐらいだろうさ。
まあ、だとするなら行為にも納得がいく。優しく接してチヤホヤされる。そこまでなら問題はなかった。猫かぶりに対する苦痛も補えてはいたんだろう。……が、相手は自らの秘密を教えてきた。それは君にとって重い荷物となった。『承認欲求を満たすため』と自分に言い訳を重ねる影で、重荷はどんどん増えていく。そして君は耐えられなくなった。結果、匿名ブログに秘密を吐き出す形で荷物を軽くした。……これが俺の導き出した結論だ」
言うだけ言って飲み物を口に運ぶ。
櫛田さんは未だにフリーズ中だったが、やがて動き出し、絞り出すように口にした。
「…………あなたの目標ってなんなの?」
「俺は後世まで轟くほど歴史に名を遺すことを目標としている。まあ、個人で出来ることが多いに越したことはないが、同時に一人で出来ることなど限られているのが現実だ。ならば必然的に仲間が必要となってくる。今は自己研鑽と仲間集めの最中だな。そして君に目を付けた。直にあって『欲しい』と強く思ったよ」
「そうなんだ。……ねえ、連絡先教えてよ。たまにでいいから愚痴に付き合って」
「可愛い子の連絡先を知れるんだ。是非もないな。可能な限り都合はつけるよ」
「ありがとう。……それじゃ、歌おっか!」
そしてめちゃくちゃデュエットした。
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幾らかの月日が経ったある日のことだ。
涙声の櫛田さんに公園へと呼び出された。急いで向かう。可能な限り愚痴に付き合いはしたが、やはりスパンが長かったのだろうか。
公園に着く。ベンチに座っている彼女の姿が見えた。
「ゴメンね。今まで愚痴に付き合ってもらってたのに……私、耐えられなかった。学級崩壊、引き起こしちゃった。――ねえ、こんな私でも、まだ仲間にしたい? 欲しいって思える?」
俺に気付いた彼女は涙声で訊いてくる。悩むまでもない。返答は決まっている。
「勿論だよ。人間は失敗をする生き物だ。一度や二度の失敗で見切りを付けたりはしないさ」
「……なら、あなたが褒めて。こんな私でも『欲しい』と言ってくれたあなたなら、私の欲求を満たしてくれる! 今だからこそ分かる! 私はあなたを求めてた!」
「成長する努力を怠らないのならね。傷ついてる君にとって酷い言い草になるけど、甘いだけじゃあ『仲間』じゃない。苦言を呈する時もあるだろう。……その上で、櫛田さん。君は俺の仲間になってくれるかい?」
「うん! ……ねえ、一刀くんって堀北さんと仲が良いんだよね? 付き合ってるの?」
「いや、付き合ってはいないな。……我ながら最低な事を言うけど、俺は移り気だから。誰か特定個人と付き合う事は無いと思うな。求められれば、応えるけどね」
「うわ、本当に最低だね。……でもそっか。そうなんだ。ならアプローチを掛けるのは良いんだよね? 傷付いた女の子を口説き落としたんだから、覚悟してよね、一刀くん!」
涙を浮かべながらも、美しい笑顔で目の前の少女は宣言した。
「お手柔らかに頼むよ、桔梗」
俺もまた、笑顔を浮かべてそう言った。
アンチ対象となる事も多い桔梗ちゃんですが、本作ではこの様な設定に。
また、作中でも述べた通り本作の一刀は誰か一人を選んだりはしません。そんなことをすれば種馬ではなくなってしまうから。
誤字報告感謝です。投稿前に確認してるのにこれだからなあ……。