「ふぅん、そんな事があったのね!」
「ああ、頼もしい娘だよ!」
毎度の如く、華琳の別荘近くの体育館にて。
今日もまた俺たちは手合わせをしながら近況を語り合っていた。このご時世、剣や大鎌に限らず、武器全般を用いての戦いなど出来るものではない。それ故互いに徒手空拳である。
素手での戦いはお互いに本領ではないが、だからこそいい訓練になる。向こうにいた際、護身程度に体術は身に着けたので錆び落としにも丁度いい。
俺と華琳の戦いは気による強化を行っている。そこでは体格差など意味を持たない。小柄な少女である華琳だが、強化した一撃であれば大の大人すら軽く昏倒させることが可能となる。それ故に今のご時世では使いどころを考える必要があるのだが、俺たちだけであるなら関係はない。
一本を取っては取られの繰り返し。それに合わせて技量とタフネスも成長していく。とは言え、手合わせの機会自体が少ないためまだまだ先は長い。精進あるのみだ。
何度目かの休憩を取った際、待ち望んでいた男が現れた。
「ハロー、華琳ガール」
「ハロー、六助」
流石は華琳というべきか。英語も既に使いこなしている。発音も問題ない。
そしてやはり俺は無視される。まあ問題ない。今日は彼に俺という存在を刻んでもらうとしよう。
「やあ、会えてよかった。華琳が認めるほどの人物だと聞いてね。是非とも名を聞かせてもらいたいな。そして俺の名前を覚えてもらう」
「フゥン、名乗るのは構わないが――果たして私が名を覚えるほどの価値が君にあるのかな?」
「試せばわかるさ」
「華琳ガールの手前だ。その挑発に乗るとしよう」
相対し、一泊の後に拳を繰り出す。様子見などしない。初手から本気で掛かる。……流石に気を用いるわけにはいかないので全力ではないが。
そして拳と拳がぶつかり合い、その一撃で否応なく悟った。
強い。華琳が認めるだけはある。それも想定以上だ。チートじみた成長をしていなければ、確実に競り負けていただろう。このご時世、一体全体どういった環境で育てばこうまで成長するというのか。
感嘆と驚愕が入り混じり、思わず口から洩れた。
「マジか……ッ!?」
「ほう……ッ!?」
だが、どうやらそれは向こうも同じようだ。分かりやすいまでに驚きを表情に出している。
拳が弾かれ合い、それに合わせてバックステップ。仕切り直す。『気を使わない』などとは言っていられない。今の俺では気を用いずしてこの男に勝つことは出来ない。――いや、正確には気を使っても勝てるかどうか分からない。
勝つことが重要なのではない。何より肝要なのは認めさせること。そんなのは分かっている。
しかし、実際にぶつかり合えば、そんな理屈など二の次となった。
そうだ。全力を出しても勝てるか分からない。そんな
思いがけない強敵を前に気分は高揚の一途を辿って行った。
拳を繰り出す。――捌かれる。
肘打ちが迫る。――身を逸らす。
蹴りを繰り出す。――躱される。
足を掴まれる。――前にもう片方の足で追撃を繰り出す。
有効打にはならず、距離もまた離れる。
そして――。
「目が覚めたかしら?」
覚えているのはそこまでで、気付けば体育館の床にぶっ倒れていた。
周囲を見渡す。彼の姿はない。
「六助なら帰ったわよ」
「……そうか。俺は負けたか」
悔しさもあるが、清々しい気分でもある。
「そうでもないわよ。六助から伝言を預かっているわ。……ゴホン。
『目覚めたのは私の方が早かったが、此度の勝負は引き分けが妥当だろう。久々に楽しませてもらったよ。報酬として、華琳ガールから私の名前を聞くといい。次もまた私を楽しませてくれたまえ。それではSee You ソードボーイ』……だそうよ」
「……そっか。世の中広いな、華琳」
なお、似てない物真似には突っ込まないでおく。俺だって生命は惜しい。
「そうね。私も初めて六助に会った時は驚いたものよ。この時代にこんな男がいるのか、と。……そうそう、彼の名前は高円寺六助。『高円寺コンツェルン』の一人息子だそうよ」
「なるほど、道理で……」
知っているのはその名前くらいだが、興味がなくても知れるほど『高円寺コンツェルン』の名前は轟いている、と言い換えることも出来る。
俺みたいな一般庶民とはそもそもの視点が違うのだろう。いわゆる帝王学の実践者ということか。だとするならば並外れた能力にも納得がいく。
そしてハイになったあまり肝心な部分を覚えていないにせよ、そんな人物と曲がりなりにも渡り合えたのだ。
「一歩前進だな」
紛れもなくそうなのだが、一つだけ気にかかる。
「なあ、年下にボーイ呼びされるってどうなんだ?」
「別にいいんじゃない。威厳なんて、あなたには縁遠いものでしょう?」
向こうでは一応指導者を務めたこともあるのだが……。
華琳の言葉に、俺は心中で涙を流した。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
更に月日は流れて元旦を迎えた。
知識としてではあるが、華琳とて現代の常識を大凡身に着けてきた。ならばいつまでも別荘で過ごさせるわけにもいかない。むしろ実践を以て知識との差異を埋める必要があるとの事で、彼女は先日から坂柳さんの本邸で暮らし始めた。
うちとの距離はあるが、それでも徒歩で30分圏内だ。車で一時間は掛かる別荘ほどではない。会おうと思えば気軽に会えるようになったのだ。
その証拠、というべきなのだろうか。自宅のチャイムが鳴ったのでドアを開ければ、そこには華琳
今日は鈴音や桔梗、及川たちと一緒に初詣に行く約束をしており、その集合場所がうちだったので、てっきり彼女たちの誰かしらが来たものだと思い、碌な確認もせずにドアを開けたのだ。
そしたらこれである。俺が驚き、固まってしまうのも無理はあるまい。
「あけましておめでとう、一刀」
「やあ、あけましておめでとう、北郷くん」
「初めまして。あけましておめでとうございます、北郷さん。有栖と申します。……お父様と華琳から話は聞いておりましたので、初めてという気がしませんね」
特に連絡も受けておらず意表を突かれた俺に対し、三者三様に言ってくる。
「……失礼。あけましておめでとうございます。坂柳さん、華琳、有栖さん、と呼んでもいいかな?」
「構いませんよ。お父様とも華琳とも知己を得ているのですから、それが妥当でしょう」
「ありがとう。取り敢えず入って下さい」
急な来訪には驚いたが、別に嫌なわけではない。声を掛けて家の中に入れる。
両親とも挨拶を交わした後で、急な来訪の説明をしてくれた。
有栖さんは先天性の心疾患を患っており、医師から一切の運動を禁じられているそうだ。それも歩行時には杖が必要なほど。
その様な事情があれば、最近になって本邸に移り住んだ華琳とて有栖さんを気にかけないわけにはいかない。……が、それで俺と華琳の付き合いが崩れるのも本意ではないそうだ。
物理的な距離が離れていれば会えないのが普通でも、距離が縮まればその限りではない。
華琳が近くにいるのなら、俺も今まで以上に会おうとするだろう事は簡単に想像出来る。
とは言え、俺と華琳は別に恋人というわけではない。ならば、そこに有栖さんも加えてしまえばどうだろうか、と考えたらしい。
言われてみれば納得だ。俺と華琳は身体を動かすのも好きだが、別にそれしかしないわけでもない。一緒に料理を作ることもあれば、チェスや将棋で勝負することもある。もちろん、普通に遊ぶこともある。
前者ならともかく、後者なら有栖さんも混ざれるだろう。実際、チェスは得意らしい。
(しかし、先天性の心疾患ね……)
華琳との事で坂柳さんには世話になっている。現代医学では無理でも、
そう思った俺は気を目に集中して有栖さんを視た。
(こ、これは……ッ!?)
何と厄介な病魔だろうか。今の俺では
(どうしようもないのか……?)
紛れもない現実を前にして諦観が俺を襲う。
(いいや、諦めるな北郷一刀! この程度で諦めてしまったら、俺に
だが、そんな俺を叱咤する俺がいた。
気を取り直し、頭を振って考える。
(手持ちの情報すべてを使って活路を見出せ! それが出来ない筈はない。何故なら俺は、名だたる軍師陣からその教えを受けたのだから!)
目を閉じた視界の奥。一筋の光が灯った。
(もしかしたら……!?)
この世界には本来在り得ざる気の習熟。そして龍殺しによる祝福――或いは呪縛。
(俺の気を有栖さんに流すことで、病魔を弱められるんじゃないか……?)
あくまで可能性でしかない。だが、可能性としてはあり得るのだ。
とは言え、一気に流すのは危険だろう。徐々に、ゆっくりと浸透させなければ、病魔退治以前に有栖さんの身体が持たない筈だ。
しかし、うまいこと俺の気が有栖さんに馴染めば、時間こそ掛かるだろうが病魔を退治出来るようになるかもしれない。
「有栖さん、よければ手を重ねてもらってもいいかな? 俺は入院の一件を契機にして、体力とか頑丈さとかが色々と向上したからね。手を重ねることでそれを分けられたらっていう、ちょっとした願掛けとかおまじないみたいなものさ」
「ありがとうございます。……では失礼して」
俺の手に有栖さんの小さく柔らかな手が重なる。綿密なるコントロールを以て、ほんの、極僅かだけ気を流す。
「……なんでしょう? 身体がポカポカしてきました。もしかしたら効果があったのかもしれませんね?」
「だったら良かった」
微笑を浮かべて言う彼女に、俺も微笑を浮かべてそう返した。
家のチャイムが鳴ったのはその直後。
俺が出るよ。言い残して玄関へと向かう。
ドアを開ければ、今度こそ約束の相手だった。振袖を着た鈴音と桔梗が並び立っている。
「いらっしゃい。あけましておめでとう、二人とも」
「あけましておめでとうございます、一刀さん」
「あけましておめでとう、一刀くん!」
片や粛々と、片や元気一杯に。
「及川はまだ来てないんだ。入って待ってよう。連絡はなかったんだけど、いま俺の友人とその家族が来ているんだ。友人とはこれから会う機会が増えるだろうし、二人も仲良くしてくれると嬉しいな」
そう声をかけ、俺は二人を連れて部屋へと戻った。
「あら、鈴音ちゃんじゃない。久しぶりねえ。……えっと、そちらは――」
「初めまして。それとあけましておめでとうございます。櫛田桔梗と申します。鈴音さんの同級生でして、一刀さんには色々とお世話になっております」
「ご丁寧にありがとう。桔梗ちゃんね。一刀の母です。……それじゃあ改めまして。二人とも、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。お久しぶりです。……初めまして、堀北鈴音と申します」
部屋のドアを開けるなり、母さんが鈴音に声を掛けた。それを機としての挨拶合戦。
終わってから一息ついていると、再びチャイムが鳴った。
玄関のドアを開けると及川の姿。気安く挨拶を交わし、室内へ通す。及川もまた年始の挨拶を行い、それが済んだところで初詣へと向かう。
華琳と有栖さんが俺たちに同行。坂柳さんは両親と大人同士で話し合いをするそうだ。
「一刀、有栖の手を握ってあげなさいな」
「構わない?」
「ええ、よろしくお願いしますね」
外に出たところで華琳が言ってきた。彼女もまた気を認識出来る。先ほどの行為を見ての援護射撃といったところか。
本人に確認を取り、許可を取って手を握る。先ほども思ったが、その手はほっそりとしており小さい。
「かーッ! 羨ましいな~、かずピー」
「阿呆。そう思うなら付き合った彼女に対してもう少し真摯になれよ」
ヤジを飛ばしてくる及川を言葉の刃でバッサリと一刀両断し、有栖さんへと気を流す。先ほどと違い歩きながらなので、より慎重にならざるを得ない。
様子を見つつ、極僅かに流しては止める。
それを繰り返している内に目的地に着いた。
「やっぱり混んでるね~!」
「まあ急ぐわけでもなし。並んでいれば自然と進むでしょう」
二人組となって往路を進む。俺は有栖さんと。鈴音は桔梗と。消去法で華琳は及川と。
「ふふ……不思議な気分です」
「ん?」
「私は自分のことを『天才』であると自負しています。その一方で身体は劣等。それもあってか、私はひどく攻撃的なんです。……ですが、華琳やあなたに対しては攻撃性と同時に安息も覚えてしまう。それが不思議でなりません」
「同情が無いからじゃないか? 身体を自由に動かせないのは辛いだろうが、それはそれだ。君の言葉を信じるのなら、君の頭脳はそれを補って余りある。俺たちの目標を鑑みれば、同情するゆとりなんてありはしないよ」
「どのような目標なんです?」
「後世まで轟くほど、歴史に名を遺す。……笑うかい」
「まさか、笑いませんよ。むしろ協力いたします。敵としてか、味方としてかは分かりませんけどね?」
「結構。臨むところだ」
話している内に列は進む。それでもまだ長い。
それは目標に対しても同じ。もどかしくも一歩ずつ進んで行くしかない。
そんな俺たちを、晴れ空が照らしていた。
五斗米道の使い手たる者、情熱と勇気で大概は補える。
しかし、腕は鈍り鍼も無しだと、有栖を蝕む病魔には流石に敵わなかった。
よって、一刀はそこに智謀を加えることにした。
まあ、早い話が長期療養を狙うってことです。
気を以て有栖を中から一刀色に染め上げるとも言う。