ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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1話

 高度育成高等学校から入学案内が届いた。つまりは合格である。本当に良かった。

 既にネットで合格発表はされており、自分の受験番号は確認済みだ。なので合格したことは知っていたのだが、やはりそれだけだと中々実感が湧かないものだ。こうして合格を裏付ける物が届いたことにより、ようやく実感が湧いてきた。

 入学に向けて頑張っては来たが、なにせ倍率が倍率だ。俺の場合、入院もあって浪人状態なので、落ちる可能性は決して否定出来なかったのだ。

 嬉々として入学案内と書かれた封筒内の物を一通り取り出すと、『重要』とデカデカ印字された書類が目に留まる。

 真っ先に書かれていたのは、高度育成高等学校の独自システムについてだ。

 生徒は許可のない外部連絡が禁止であり、例外なく敷地内の寮での生活が義務付けられている。……これについては問題ない。パンフレットにも記載されていたことだ。

 だが、パンフレットには載ってなかったことも記載されている。それが現金や携帯の持ち込み禁止だ。持ち込んだ場合、発覚後即座に退学処分となる旨も記載されている。

 連絡手段のみならず様々なアプリによって便利ツールとしての側面も持っている、もはや必需品に等しい携帯やお金を持たずして、一体どうやって生活するのか? そして学校までの交通費はどうすればいいのか? それに対する回答もきちんと載っている。

 まず、合格者の場合、学校までの交通費は免除される仕組みになっているそうだ。よって現金を持って来る必要がない。

 そして入学後の生活についてだが、それを解決するのがSシステムという高度育成高等学校の独自システムだ。

 入学してから配られる学生証は一般的なそれではなく特殊な物らしい。この学生証には学校から無償でポイントが振り込まれ、日々の買い物に対してはそれを用いて支払いを行うそうだ。

 また、このポイントは他者へ譲渡する事も可能である。このポイント譲渡や外部連絡禁止に関わる事もあって、生徒には学生証端末と同時に専用の携帯が支給される旨が記載されている。

 まあ分からなくはない。いくら許可のない外部連絡禁止を謳ったところで、防げる保証はないのだ。こちらからかけなくとも、相手からかかってくる可能性は否定出来ないだろう。イタ電なり、疎遠の相手なりといった具合に。

 

「なるほど、良く出来てる。――けど、これ、いくら金掛けてるんだ……?」

 

 新入生全員に特殊な学生証と専用携帯を用意するなど、ましてお金――実際にはポイントだが、お金と捉えて問題あるまい――を無償で配るなど、考えるだにバカらしいほどの途方もない大金が必要となるだろう。

 いくら政府が運営する学校とはいえ、そしていくらルールを順守させるためとはいえ、俄かには信じ難い行いだ。

 

「いや、政府運営だからこそ……か?」

 

 今の世は平和だ。しかし、平和とは停滞でもある。そして停滞が永く続けば、それは必ず淀みを生む。

 そうなる前に、新しい風を入れることが目的だとすればどうだろうか。

 聞こえの良い謳い文句で人材を招き入れ、それを篩にかけることで精錬していく。耐えきれない者も出てくるだろうが、元より絶対など求められるものではない。脱落者が出るのは織り込み済みだろう。

 成果が出なければ叩かれるだろうが、この学校を出たことで有名になった卒業生は少なからずいる。彼らが第一線で活躍すれば活躍するほど、憧れ、後に続こうとする者たちも現れるだろう。ジャンル問わずだからこそ、一部の分野に偏る可能性もまた低い。長期的に見れば、赤字が黒字に変わる可能性は決して低くない。

 時代は違えど政治に携わった事があるからよく分かる。変革は一朝一夕では成し遂げられない。莫大な金と膨大な時間が必要なのだ。

 

「あ~、やめやめ」

 

 現時点では所詮憶測に過ぎない。頭を振って思考を止め、書類を読み進める。

 入寮についても記載されていた。入寮出来るのはあくまでも入学式当日からであり、遠方の生徒の場合、指定の宿泊施設が用意されるらしい。これもまた無料だ。……まあ俺には関係ないが。

 制服の受け取りについての記述もある。何でもこの書類の末尾には合格証が添付されており、それを認定の洋服店なり呉服店なりに持っていくことで制服の受け取りが可能となるのだが、基本的に受け取りまではある程度の日数がかかるそうだ。……まあ複数の店が認定されているのだ。どの店にどれだけの生徒が訪れるのかなど分からない以上、これは仕方のない事だろう。

 また、その際に獲得した身長・体重などのデータは高度育成高等学校に送られ、それを基にして寮の部屋に授業で使う体育着や水着が用意されるそうだ。……なお、これら制服類も無料である。

 

「こうも至れり尽くせりだと、やっぱり裏を勘ぐってしまうよな……」

 

 零しつつ、件の合格証にも目を通す。まあよくあるタイプの物だが、配属されるクラスについても記載されていた。どうやら掲示板に張り出されているのを確認するとかではないらしい。楽ではあるが、どこか落胆してしまう。ああいったのを楽しみにしていたのも事実である。

 

「俺はDクラスか……」

 

 合格証には俺がDクラスである旨が記載されていた。

 鈴音に桔梗、華琳に有栖が合格しているかは非常に気になるが、それを確認する真似はしない。事前にそう取り決めてある。入学式当日での再会を待つしかないのだ。

 もやもやした気分になるのは確かだが、確認を取って誰かが落ちていたりすれば、気まずい事この上ないのも間違いない。

 取り敢えずは近場の認定店に向かう事にする。制服の受け取りまでどれだけかかるか分からない以上、早ければ早いほど良いだろう。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 狙い通りバス内は混雑とは無縁であり、余裕を持って椅子に座ることが出来た。迷わずに最後尾の端を確保する。

 高度育成高等学校には、学を始めとする中学在学当時の級友や後輩が何人か進学している。その中には俺の見舞いに来てくれた人たちもいるし、遅くなってはしまったがお礼をしないわけにはいかない。一人当たりノートとボールペンにハンカチの組み合わせだが、塵も積もれば何とやら。ラッピングもしてあるので、数の割には嵩張っている。

 座る場所もないほどに車内が混雑していれば、渡す前にボロボロになってしまいかねない。それを防ぐためにも、普段より早く家を出たのである。

 

「あら? おはようございます、一刀さん」

「おはよう、一刀。あなたがこんなに早いなんて珍しいんじゃない?」

 

 発車して何回目かのバス停から乗り込んだ有栖と華琳は、俺を見るなりそう言った。

 聡いと同時に嗜虐的な彼女たちだ。早いバスに乗っている理由など目星がついているだろうに、その表情と声音は俺を揶揄う気に満ちている。

 

「おはよう、二人とも。会って早々、揶揄わないでくれよ。見ての通り、見舞いに対する礼品を持ってきてるんだ。可能な限りに混雑を避けようと思えば、時間帯を狙いもするさ」

「……まったく、つまらない解答ね」

「本当に。……それはそうと、隣、失礼しますね?」

 

 好き放題に言って、有栖、華琳の順で腰掛けていく。本当にイイ性格をしている。

 

「まあ互いに合格は果たせたようで何よりだが、クラスは何組だったんだ? 俺はD」

「私もDね」

「残念です、私だけが仲間外れですね……。ちなみに私はAクラスです」

「あとは鈴音と桔梗か。あの二人の事だから受かっているとは思うが……」

「まあ着けば分かるでしょう。待つ事にはなりそうですが……」

 

 会話を重ねる内にもバスは進み、応じて人も増えていく。

 

「おはよう! その制服ってことは、高度育成高等学校の新入生だよね? 私もなんだ! それで、空いている様なら隣に座ってもいいかな?」

「構わないわよ」

「ありがとう!」

 

 俺たちへと声を掛けてきたのは快活な女の子だった。ストロベリーブロンドの髪と整った顔立ちは魅力的だ。そして何より、制服の上からでも分かるたわわな胸部装甲が目を惹きつける。――と同時に、足へと奔る痛み。

 

「イテ……ッ!」

「失礼ですよ、一刀さん」

 

 有栖が思いっ切り足を踏んでいた。笑顔だが目は笑っていない。年齢の割に彼女は小柄であり、そのことを気にしているフシがある。そんな彼女の前であからさまに巨乳の美少女に目を惹かれれば、怒りの一撃を食らっても無理はない。むしろ杖による攻撃じゃなかっただけマシと思った方がいいだろう。

 とはいえ、こちらにも言い分はある。

 

「こちとら健全な男子だよ? 美人に惹かれるなって方が無理がある。十人十色、人それぞれに違った良さがある。有栖だって十分に魅力的なんだから、そんなに気にする必要はないさ。――そっちの君は初めまして。俺は北郷一刀。クラスはDだ」

「まったく、この人はこれだから……。私は坂柳有栖と申します。Aクラスに配属されました」

「坂柳華琳。クラスはDよ」

「ははは……。私は一之瀬帆波、Bクラスだよ! これからよろしくね!」

 

 俺たちのやり取りに苦笑いを浮かべていた一之瀬さんだが、割り切ったのかどうなのか、次の瞬間には笑顔で自己紹介を返してきた。

 それからは取り留めのない会話が続き、そうこうしている間に目的地へと辿り着く。人柄だろうか、道中では一之瀬さんが二人にターゲッティングされ揶揄われていた。おかげで俺への矛先が減ったのだから、一之瀬さんには感謝である。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 友人を待つ旨を告げて一之瀬さんとは学校の入り口で別れた。通行の邪魔にならないよう、脇に寄りつつ鈴音と桔梗を待っているのだが……。

 

「やっぱ一筋縄ではいかなそうだなあ~」

 

 零しつつチラリと上方を見やる。そこからは無機質な目――監視カメラが俺たちを見下ろしていた。それも一つではない。方向を変えれば、そこにも監視カメラがセットしてあった。

 華琳と有栖も既に気付いていた様で、あらぬ方向へと静かに指を向ける。そっと指差した方を見れば、別方向へと目を向ける監視カメラ。

 

「悪いけどちょっと預かっててくれ。トイレに行ってくる」

「はぁ……。仕方ないわね。早く戻って来なさいよ」

 

 バッグ自体は持っていくが、流石に礼品をトイレに持っていくわけにはいかないだろう。告げれば、溜息を吐きつつ華琳は了承してくれた。

 下駄箱は同学年男女問わず五十音順になっているようだ。然程の時間もかからずに自分のネームプレートを発見する。内履きは服飾店で申請したサイズそのままだった。

 トイレに向かう間にも、いくつかの監視カメラを発見する。これ見よがしに目立つ物もあれば、隅の方で目立たなく設置されている物もあった。

 用を済ませたら足早に戻る。『廊下を走るな』とは耳にタコが出来るくらいに聞いてきた。なので走りはしないが、まあ早歩きくらいなら許容範囲の筈だ。

 

「お待たせ。下駄箱は五十音順だった。それと中にもあったよ」

「おかえり。二人はまだ来てないわよ」

「あの二人の性格的に次か、その次のバスだとは思うのですが……」

 

 礼品を受け取り、腕時計を見やる。ある程度の余裕を持って行動していれば、確かに妥当な時間だろう。

 言っている間にも人の波がやって来た。おそらくバスが到着したのだろう。

 

「おや、華琳ガールにソードボーイじゃないか。グッドモーニング。君たちもここに進学していたんだね。ふむ、君たちがいるのなら、この学校も少しは楽しめるかもしれないねえ? ……ところで、そちらのリトルガールは君たちの知り合いかな?」

「リトルガール……初対面の相手に対して失礼な方ですね。まあいいでしょう。私は坂柳有栖。こちらの華琳とは義理の姉妹になります。どうぞよろしくお願いしますね、唯我独尊ボーイ?」

「ハッハッハッ、小さくともレディに名乗られたのなら名乗り返さないわけにはいかないねえ。私の名は高円寺六助。よろしくお願いするよ、リトルガール」

「はぁ……。その内にチェスでの勝負でもしなさいな。そうすれば六助も有栖の名を覚える気になるでしょう」

「ほぅ、華琳ガールのお墨付きとはね。その時を楽しみにしておこう。……さて、私は先に行かせてもらうよ。それではSee You」

 

 高笑いを上げて高円寺は去っていった。相変わらず強烈な男である。

 

「はぁ……。嫌味が通じていないのか、気にも留めていないのか。あの方は二人のご友人ですか?」

「友人と言えば友人なのかもしれないが、何を以て『友人』とするかで変わってくるだろうな。……ま、自発的に名乗ってもらえただけ有栖はまだマシだよ。俺の場合、ぶつかり合って漸くだったからな。おまけにボーイ呼びだし、俺の名前を憶えているのかどうかも怪しいし」

 

 確かに俺の名前は一刀なのでソードでもおかしくはないが、普通にカズトと呼んで欲しいところだ。ボーイについては諦める。

 

「おはよう! 良かった。大丈夫だとは思っていたけど、三人とも受かっていたんだね!」

「おはよう。まったく、桔梗さんと一緒になるなんて、乗るバスを間違えたわ」

「え~、ひどいなあ、鈴音ちゃん!」

「私に対してその態度はやめてもらえないかしら? 正直に言って虫唾が奔るわ」

「なおさら止められないよ~。仲間なんだし、ストレス発散には協力してもらわないと!」

「仲間だというのなら、私のストレスについては考えてもらえないのかしら?」

 

 バチバチと火花を散らす少女が二人。相変わらず仲が良いやら悪いやら。協力しあえば頼もしい事この上ないのだが、普段はこんなものである。

 まあ仕方ないだろう。ある意味この二人は同族嫌悪だ。互いが互いにとっての合わせ鏡。『IF(もしも)の選択肢を選んだ姿』と言うべきか。

 鈴音が桔梗のように周囲へ対して優しい態度を取る様に努力していれば、学もあそこまで冷淡な態度を取ることもなかっただろう。

 桔梗が鈴音のように周囲を気にしないタイプだったら、そもそもストレスで潰れることもなかっただろう。

 どちらにせよ過ぎた事で、同時にこれから変えていくのも可能な事だ。

 

「はいはい、じゃれ合うのもいいけれど、動かないと遅刻するわよ?」

 

 パンパンと華琳が手を叩いて二人を促す。この様な光景、魏を率いていた彼女には見慣れたものだ。一例として『魏武の大剣』と『王佐の才』とか。

 

「おっとそうだった。みんなは何クラス? 私はDだったよ!」

「はぁ……。私もDよ」

 

 桔梗が言えば、それを聞いた鈴音が溜息を吐いて嫌そうに続いた。

 

「なんと……ッ!? この面子の中、私だけがAで他はDとは……」

「これは推測が信を帯びて来たかしらね」

 

 ここにいる面子は互いが互いをある程度知っている。

 そんな中で四人ともがDクラスなのだ。偶然といえば偶然なのかもしれないが、監視カメラの存在も含め、裏を勘ぐるには十分な要素でもある。

 しかし、だからこそ面白いとも言えた。

 それは全員が同じようで、それぞれの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。




高度育成高等学校の学生証とか携帯とかがよく分からない。
原作だと学生証カードと書いてるのにアニメだと端末だし。
携帯だって原作初期のDクラスなんて自前の物を持ち込めばルールを守るとも思えない有り様だし。
なので分からない部分は色々と独自設定です。
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