ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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3話

 茶柱先生が去り、不意に大金を手にしたことにより浮つき始める生徒たち。

 帰りにお店寄ってこうよ、欲しかったゲーム機が買えるぜ……そんな声が聞こえてくる。高校生には過ぎた大金を渡されたことに何の疑問も抱いていない。

 私――櫛田桔梗はそれを冷ややかな目で見つめていた。

 

(これは、推測が当たったかな……?)

 

 そして半ば確信を抱く。私たちDクラスは『劣等生』や『問題児』といった評価を学校から下された者の集まりだ……と。

 私、一刀さん、華琳さん、有栖さん、そして鈴音。この中で有栖さんだけがAクラスであり、それ以外はDクラスだった。それを知った今朝の時点である程度の疑惑はあった。

 私は学級崩壊を引き起こした。一刀さんは浪人。聞いた話、華琳さんは施設育ち――それも俄かには信じ難い系統の――であり、学校自体通ったことが無い。そして鈴音は社交性が低すぎる。……社会一般的な目で見れば、マイナス評価は免れないだろう。

 有栖さんは身体が弱く運動が出来ないが、それは先天性の病気によるもの。本人自体に非があるわけではない。そしてその知能は同年代とは思えないほどに高い。

 疑惑止まりだったのは、一刀さんの浪人や華琳さんの施設育ちに関しては、決して本人に非があったわけではない事に起因する。そして私はともかく、ほかのメンバーは能力が高いことが挙げられる。

 一刀さんは言わずもがな。華琳さんはそんな一刀さんに負けず劣らず。鈴音だって学力と運動能力は十分に高い。私も色々と一刀さんに教わったので以前より成長している自負はあるが、純粋な能力でいえばこの中で一番劣るだろう事は間違いない。

 直接に相まみえれば異なる評価も出てくるだろうし、そのための面接だろうとは思うが、如何せんこの学校の倍率は高すぎる。一人あたりに割り振られた時間は決して長いとは言えず、そのような短い時間で分かる事など高が知れているだろう。

 さて、と思案する。この上で私が取るべき選択は何だろうか……と。

 以前までの私であれば、こうも考えが及んでいたかは分からない。可能性が無いとは言わないが、及んでいなかった可能性の方が高いだろう。

 結果、中学と同じことをしていた筈だ。決して満たされることのない承認欲求を満たすため、誰彼構わず優しくしていたに違いない。一刀さんという要因が無い分、或いは同じ中学の出身である鈴音を掌握乃至は退学させようと躍起になっていた可能性もある。

 まあ、IFはIFだ。いつまでも起こらなかったことに考えを及ばせておく必要は無い。

 推測が合っているならば、私たちにこの学校の謳い文句である進路100%云々は適用されない可能性が高い。いや、むしろ適用されるのはAクラスだけと考える方が妥当だろう。……高い合格率を謳って生徒を引き込み、その実適用されるのは塾内一部のクラスだけとかいう話は、真偽はともかくよく聞く話だ。

 では、私たちには適用される可能性が一切無いのか? そう決めつけるのも早計だろう。年次のクラス替えがなく、三年間ずっと同じクラスメイトという点が肝だと思う。何の理由もなくそんなシステムの筈はない。

 まあ、そうは思っても、私の頭ではそこから先が出て来ないのだが……。

 ともあれ、これからどうするかだ。

 路線は中学時と同じでいいだろう。ただし、ラインは見極める必要がある。優しく接するだけだと私のストレスも溜まる一方だし、それで寄りかかられたら意味がない。クラスの団結は大事だけど、個人の成長もしてもらわなくちゃならないのだ。

 

(しょうがない。ぶっちゃけるか……)

 

 学生という存在は思春期にして反抗期だ。私の所業を伝えた上で推測も合わせて話す。もちろん全てではないが。少なくとも、進路100%云々は言わない方が良いだろう。

 ともあれ、そうすれば学校から『問題児』や『劣等生』として認識されているという説得力が増す。鈴音を巻き込むのは当然として、バス内で見かけた唯我独尊男もいるし、場合によっては一刀くんや華琳さんも同調してくれるかもしれない。

 一人だけだと説得力が足りなくても、それが増えれば話は違う。表向きは40人中のたった3~5人でも、その実は大きく異なる。このクラスにいる以上、誰しも自分がDクラスたる要因に心当たりがある筈なのだ。たとえ自分では認めたくなくとも。

 それは同調圧力という見えない力となって『学校に吠え面をかかせる』という意思の統一を促す。

 そうすれば占めたものだ。一方的に言われるだけだとやる気が湧かない事も、そうするに足る理由を自分で抱けばその限りではないのだから。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 思考を終えるとほぼ同時、そんなセリフが聞こえてきた。視線をやれば、如何にも好青年といった雰囲気の生徒が手を挙げている。……まあ一刀くんには劣るが。

 

「僕らは今日からクラスメイトだし、一日でも早く皆が友達になれたらと思う。なので入学式まで時間もあるし、今から自発的に自己紹介を行わないかい?」

 

 クラスの注目を集める中、好青年(仮)はそんなことを言った。

 正直に思う。チャンスだ。こんな統一性の欠片もない連中の中で口火を切るのは並の胆力では無理だ。少なくとも私は積極的にやろうと思わない。何故なら労力と報酬が見合わないから。まして多少なりと裏の顔を見せるとなれば、自分から言い出すわけにはいかなかった。

 

「提案には賛成だけど、その前に一つ。……理由はさておき、この中には自己紹介に乗り気でない者もいると思う。だけど最低限、名前だけは名乗って欲しい。――でないと、来月に振り込まれるポイントが減る可能性が高い」

 

 好青年(仮)の提案に賛成しつつ、一刀くんが牽制という名の爆弾発言を行った。……なるほど、上手い。

 クラスの中には見るからに不良という生徒や、これだけの騒ぎの中で机に顔を伏せている生徒もいれば、苛立ちを露わにしている生徒もいる。不必要に慣れ合うことを望んでいないだろう彼ら彼女らが自己紹介に参加するとは思えない。最悪、空気をぶち壊しにする可能性もある。

 だが、一刀くんの言葉がそれに『待った』をかける。いくら粋がろうと、いくら拒もうと、お金がなくては生活は出来ない。貧乏生活に慣れているならともかく、一般的な生活をしてきたのであれば、ある程度自由に使えるお金は常に欲して然るべき。10万という大金を得たばかりの今月はまだ良いだろうが、来月以降を考えると二の足を踏む。

 また、茶柱先生の説明を受けたのは今さっきのことだ。どれだけバカでも、流石にこのタイミングならば記憶を漁るのも容易い筈だ。

 当然ながら、牽制対象以外にも生徒たちは騒ぎ出す。まあ無理もない。

 

「そう思った理由を説明してもらえるかな?」

 

 やはりここでも好青年(仮)が口火を切った。冷静に、一刀くんへと訊き返す。

 

「理由はいくつかあるけど、まず第一に中学までと高校からの違いは何だと思う?」

 

 好青年(仮)の問いに直接は答えず、一刀くんはクラス全体へと問いを発した。……これもまた上手い。好青年(仮)には失礼だが、クラス内に自発的に考えることを促している。

 少しの間をおいて、先程まで苛立ちを露わにしていた生徒が答えた。

 

「……義務教育かそうでないか、ということか?」

「そう、その通りだ。意識することは少ないだろうが、その根底には『自分たちが高校に進学することを望んだから』という前提がある。中学時には縁遠かった停学や退学に見舞われる可能性も当然あり得るだろう。……ここまではいいかな?」

 

 いつしか騒ぎは収まり、誰しもが一刀くんの言葉を聞いている。……まあ、一人だけ我関せずな態度を貫いている唯我独尊男もいるが。

 

「そして先ほど茶柱先生は言った。『この学校は実力で生徒を測る』と。そして俺の問いに対しては――」

「『実力を評価されたポイントが支給される』……そう言っていたね。なるほど、確かに来月も10万ポイントであるとは言っていない」

「ああ、そうだ。では『実力』とは何か? 学力が高い? 運動が出来る? それは確かに実力だろう。

 だが、学力が高くとも運動能力が人並以下であれば? 身体能力が高くとも粗暴であれば? 勉強運動共に出来ても常に人を見下した態度を取っていれば? 果たしてそれは実力があると評価されるのか? 

 答えは否だろう。実力の高い人物――すなわち『優等生』とは、客観的に見て欠点が少なかったり目立たない人物を指す。

 そして、ここで答えの二つ目になる。……みんな、上を見てほしい。何がある?」

 

 一刀くんの指が天井を指す。釣られ、クラスメイトも上を見る。

 そして誰かが言った。

 

「あれって、監視カメラ……ッ!?」

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「そう、監視カメラだ。教室内だけで複数あるし、もちろん廊下にも仕掛けてあった。まだ校舎の入り口からこの教室までしか確認してないが、あらゆる場所に仕掛けてあると思って間違いはないだろう」

「そうか! それによって直接的間接的問わず、常に素行を評価されている。……君はそう言いたいんだね?」

「いや、ちょっと待ってくれよ! 監視カメラで評価されてるってのは、まあ分かったけどよ。それでなんで名前を名乗らなかったらポイントが減らされるんだよ? そりゃ俺だって名乗られなかったらムカッとするけどよ。中には人付き合いが苦手な奴だっているだろ? これから三年もあるし、クラス替えだってないんだ。個人個人のペースで、ゆっくり知り合っていきゃ良いだけじゃねえのか?」

 

 一刀さんが言えば、自己紹介を提案したクラスメイトが納得を口にした。

 短い時間で見た限りではあるが、言葉は柔らかく、協調性を重んじるタイプ。それでいて理解力もある。Dクラスに配属されたからには彼にも何かしらの問題があるのだとは思うが、流石に現時点で分かるわけもない。名前もまだ分からないし、取り敢えずは男性版の桔梗さんと認識する。

 そこに食って掛かったのは見るからにお調子者と言った態の男子生徒。理解力が足りない様ではあるが、その一方でコミュニケーション能力は高く感じる。いろんな人がいる、ということを実体験で知っている様な口ぶりだ。

 

「それが最低限の礼儀というものだからよ。あなたの言うことは確かに間違ってはいないし、美徳でもあるでしょう。けれどね、今回は通用しない。他のクラスの生徒相手であればまだしもね。

 あなたも言ったように、私たちは三年間を同じ教室で共に学ぶ。……名乗られたら名乗り返す。挨拶されたら挨拶を返す。そんな最低限の礼儀も持ち合わせていないような相手と、毎日顔を合わせて一緒にやっていけると思う? ハッキリと言いましょう。無理ね」

「まあ、厳しい言い方だがその通りだ。趣味や目標、人となりなんかは、それこそ時間をかけて知っていけばいい。そのためにも、まずは最低限の礼儀を示していく必要がある」

 

 華琳さんが言った。厳しい言い様ではあるが、常識として間違ってはいない。

 当然、少なからず反感を抱く者も出てくるだろうが、すかさずカバーする様に一刀さんが続けた。

 

「そして件の評価だけど、クラス単位だと考える方が妥当だろう。その方が学校としても楽だからね。一例として考えるなら、いくつかの減点項目――廊下を走るとか授業中の私語とか――を用意しておいて、そこに引っ掛かった生徒のクラス評価を下げるだけだ。

 個人評価式の可能性もなくはないけど、手間と労力を考えるとやはり低いだろうな。……まあ、あったとしても優秀な生徒にボーナスポイントが支給される可能性くらいかな」

「……なるほどね。新入生に一律10万。それが40人×4クラスで160人。毎月1日に支給される以上、個人評価式だと時間が足りなすぎるだろうね。特に月末最終日分。寮での生活義務に敷地内からの外出禁止を含めて考えると、学校内だけでなく、それこそ敷地内全ての行動が評価され得る。たとえ複数人でチェックするにしても、クラス評価式でギリギリくらいじゃないかな?

 ボーナスに関しては、確かに可能性としてはあり得るだろうね。今月は無いにしても、いずれ中間試験や期末試験は避けられない。仮にクラスの誰かがいい点を取ったとしても、クラス平均が低すぎて評価を落とされてしまったら、その『誰か』のモチベーションが上がらなくなってしまう。実力で生徒を測ると言うのであれば、その『誰か』のモチベーションを維持するシステムはあって然るべきだ。

 けど、人間は利己的な面を捨てきれない生き物だ。普段からボーナスシステムを取り入れていたら、クラスで協調する土壌が無くなってしまう可能性は捨てきれない。それもまた学校の臨むところではないだろう。

 僕の結論としては、ボーナス制度の可能性は五分五分。それもテストや体育会といった特定の場合のみ、と言ったところだね」

 

 思いの外、男性版桔梗さんは出来るようだ。一刀さんの推測に対し、ただ迎合するでなく、きちんと自らの意見も語っている。それも分かりやすい理由まで添えて。――と、ここで無機質なアラームが鳴り響いた。

 時刻は入学式の15分前。念のため、携帯でセットしておいたものだ。10分前でもいいかと思ったが、何せ初めての場所だ。加え、他のクラスも移動することを考えて、更に5分余裕を持たせておいたのだ。

 しかし、音源は複数あった。アラームをセットしていたのは私だけではないらしい。教室内を見やる。私以外に一刀さん、華琳さん、桔梗さん、男性版桔梗さんが携帯を取り出して操作していた。それに合わせて、次々と音が消えていく。

 私たちの視線が重なり合う。浮かんでいるのはほとんどが納得の表情。男性版桔梗さんだけは、僅かな驚きと、これは喜びだろうか?

 

「入学式の15分前になったみたいだ。自己紹介をする余裕はなくなっちゃったけど、それは後でも出来る。まずは移動しよう。慌てず、走らずにね」

 

 笑顔を浮かべたまま、クラスメイト達へ向けて男性版桔梗さんがそう言った。暗に『廊下は走るな』と言い含めて。




一刀や華琳を突っ込んだからこその変化。
鈴音と桔梗も地味に成長しています。
好青年(仮)とか平田の扱いが悪く感じるかもしれませんが、Dクラスに対する推測と、この時点では名前を知らないことが重なった結果ですね。
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