ようこそ天の御遣いのいる教室へ   作:山上真

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明けましておめでとうございます。


4話

 初めて参加した入学式とやらは中々に興味深いものだった。

 静かな空間の中で、義父上を始めとした者たちの言葉を拝聴する。言ってしまえばそれだけのものだが、普段の義父上との違いも見え隠れして個人的には面白かった。

 その中には、生徒たちの代表という立場である生徒会長――鈴音の兄たる堀北学も含まれていた。

 話には聞いていたので期待はしていたが、あれは傑物だ。一刀や義父上が賞賛し、鈴音が尊敬するのも分かるというもの。

 まあ全員が全員入学式を楽しめているわけでもないようで、退屈そうに欠伸を嚙み殺している生徒たちがチラホラと見て取れた。

 拝聴が終わった後はクラス単位での移動となり、敷地内の説明を受けることとなった。食堂や売店、特別教室の場所や使用に当たっての注意事項などだ。

 それらが終われば教室へと戻り、あとはその場で解散となった。

 現在時刻はお昼前。教室を出て行く生徒が後を絶たない――と思いきや、そんなことはなかった。その大半は神妙な顔で席に座ったままだ。入学式前に言っていたことが、それだけ尾を引いているのだろう。

 

「取り敢えず、さっさと自己紹介を済ませちまおうぜ? 式前に言ってたことが気になりすぎて、このままじゃ昼飯を美味く食える気がしねえよ」

 

 そう言ったのは、私が窘めた生徒だった。

 

「そうだね。それじゃあ自己紹介を始めていきたいと思う。――けど、少し待ってもらっていいかな? ちょっと確認したいことがあるんだ」

 

 最初に自己紹介を提案した生徒が前に出る。流れとしては普通だろう。

 そのまま自己紹介が始まるのかと思えば、彼は私、一刀、鈴音、桔梗を前に呼んだ。共通点は考えるまでもない。入学式に間に合うよう、アラームをセットしていた者たちだ。

 

「トイレとかに行きたい人がいたら、今のうちに行ってきてほしい」

 

 クラスメイトへ呼びかけた後、彼は私たちに訊いてきた。

 

「このクラスから笑顔が失われないようにするには、どうすればいいと思う?」

 

 実に奇妙な問いかけだった。いや、言いたいことは分からないでもないのだ。しかし、私たちは出会って間もなく、然程の時間も共有していない。笑顔云々を気にするには時期尚早だと思う。

 そう思うのは一刀たちも同じなのだろう。私たちは揃って訝し気な顔を浮かべることとなった。

 目線を交わし合って頷き一つ。何故そんなことを訊いてくる、と無言のままに訊き返した。

 

「君たちなら既に気付いていると思うけど、おそらく僕たちは学校の評価基準で『問題児』や『劣等生』のレッテルを貼られている。中にはとてもそうは思えない人たちもいるけど、見て分かるだけが全てじゃないからね。取り敢えずはそう仮定させてほしい。実力で評価されているのだとしたら、クラス分けにも意味があって然るべきだから。……まあ、それは良いんだ。僕自身、納得している。

 中学時、僕は失敗を犯した。ある日、無秩序なままでは笑顔が失われると理解した。そして僕は秩序を齎した。――けれど、結局同級生からは笑顔が失われていた。

 僕は分からなくなってしまったんだ。皆が笑顔で楽しく過ごすためには、一体どうすれば良いのか。どうすれば良かったのか。

 ポンと大金を渡された直後の状況下、君たちは冷静に行動していた。そんな君たちだから、訊いておきたいと思ったんだ。……もしかしたら、僕が分からなくなってしまった『答え』を見出せるかもしれないから」

 

 そう言って、彼は口を噤んだ。

 具体的な内容にまでは触れていないが、それにしてもまぁ初対面にも等しい相手にぶちまけたものだと思う。

 個人の尊重とルールの順守。笑顔を求めて行動した結果、彼はその板挟みによってどこか壊れてしまったのかもしれない。……どこか劉備を思わせる。彼女には関羽と張飛(義姉妹)を始めとした頼れる仲間がいたが、彼にはいなかったのだろう。

 人は弱い生き物だ。独りで出来る事など高が知れている。強者であることを自負する私とて、夏侯姉妹を始めとする多くの仲間が必要だったのだ。

 

「正直に言いましょう。万人に笑顔を齎すなど不可能に等しいわ。人はそれぞれに感情を持ち、優先する事柄も異なってくる。……である以上、衝突は必至。

 あなたの望みはとても素晴らしく貴いことだとは思うけれど、だからこそこう言われるわ。『理想論』……と。――同時に、理想だからこそ多くの者が共通して抱き得る。

 私たちのクラスのみ、かつ特定条件下に限定するならば、皆を笑顔にすることもやってやれなくはないでしょう。無理難題に等しくはあるけどね」

 

 少なくとも、笑顔を齎すために彼は立ち上がり、挑んだのだ。たとえ結果が失敗に終わったのだとしても、その事実は敬意を抱くに値する。

 だからこそ、私は素直に思うがままを答えた。

 

「……そうだな。集団行動で必須なのは、第一に共通の目的を抱くこと。それが出来なければ足並みを揃えることも不可能だ。

 よって、あくまで推測でしかないとした上で、Dクラスの現状を伝えるべきだろう。認めがたいし反論もあるだろうが、ぶつかり合わずして分かり合える筈もない。俺たちそれぞれがDクラスに配属されたと思しき理由を言えば説得力も生まれる。

 そしてどうすれば評価されるか。気を付けるべき部分は何か。無理強いは出来ないが、名前を名乗る際にそういったことも一緒に言ってもらうように提案しよう。

 一方的に言われるだけならばともかく、自分たちの口から出て来たことならば自発的に向き合ってくれる可能性も高まる。それは次第に協調性を生み、上手いこと減点を抑えられれば笑顔にもなれる筈だ」

「それは構わないけれど、私は優しく接するなんて出来ないわよ?」

「鈴音ちゃんにそこは期待してないから構わないよ。十人十色、千差万別。個人行動を好むタチであれば、逆に鈴音ちゃんみたいな接し方の方が良いだろうしね。要は結果的に同じ方向を向いていれば良いんだよ」

 

 一刀、鈴音、桔梗が言う。

 

「……ありがとう。協力して学校の評価を覆し、皆で笑顔になろう。僕も頑張るよ」

 

 彼は晴れやかな笑みを浮かべてそう言った。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「……っと、まだ自己紹介は始まってないよね? はいこれ。なんか話し合ってて喉も乾いたでしょ。あげる」

 

 教室に戻ってきた女子のグループがそう言ってペットボトルの水を差しだしてきた。

 

「ありがとう。いくらだった?」

「ああ、いいよポイントは。その水、無料だったし。売店然り、自販機然りね。気になったんで食堂もちょっと覗いて来たけど、無料の山菜定食ってのもあったよ」

 

 礼を告げてポイントを支払おうとすれば、返って来たのはそんな言葉だ。

 一般的な自販機でも水は他の商品より安く売られていることが多いが、それでも無料というのはやりすぎだろう。挙句の果て、食堂には無料の定食もあるらしい。確かに茶柱先生も華琳の問いに対して最低料金ゼロ円であることを告げていたが……。

 街中の店も見てみない事には結論を出せないが、もし無料品が最低限の生活を送れるようにするための物だったとしたら、支給されるポイントがゼロという可能性も出てきた。

 

「お手柄だ。自己紹介の際、是非そのことも一緒に伝えてくれ」

「え? そりゃ別に構わないけど……」

「よろしく頼んだ」

 

 そんなやりとりをしている間に、どうやらクラスメイトは全員戻ってきていた様だ。

 パンパンと手を叩いて、注目を集める。

 

「悪い、待たせた。それじゃあこれから自己紹介を始めようと思う。ちょっと厳しいことも言うが、落ち着いて聞いてほしい。そう推測した理由も説明するから。……それじゃ、そもそもの言い出しっぺから頼む」

「うん、分かったよ。僕から順番に名乗っていくわけなんだけど、皆にもお願いがある。ポイントが変動する可能性は分かってもらえたと思うけど、じゃあどうすれば良い評価がもらえるのか? どうすれば評価の減点を防げるのか? 或いは実際に校内を見て回ったりして気付いたこと。何でもいいから、名前を名乗る際に一緒に言ってほしいんだ。

 この程度、言うまでもなく分かっているだろう。そういった思い込みは止めてほしい。何故なら、僕らはクラス一丸となって、学校からの評価を覆していかなければならないからね」

「それは一体どういうことだ?」

「これから説明するよ。生徒を実力で評価するというのは、先生も言っていた通りだ。ならクラス分けにも評価が反映されている可能性がある。そしてクラスはAからDまで。単純に考えるなら、Aから順により良い評価を下されている事になるだろう。……彼や彼女たちと話し合ってみて、その可能性は格段に高まった。

 率直に言おう。あくまで推測でしかないけど、僕たちDクラスは、学校から『問題児』や『劣等生』として評価されている可能性が高い」

 

 彼がそう言うや、クラス内が一斉にざわついた。しかし、それも長続きはしなかった。おそらくは、なぜそういう結論に至ったのかという疑問の方が大きいのだろう。一人の例外を除いて、誰もが彼の言葉の続きを待つ。

 

「まずは名乗ろうか。僕は平田洋介。気軽に洋介って呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特に好きなのはサッカーだね。この学校でもサッカー部に入るつもりだよ」

 

 まずは人当たりの良い、如何にも好青年といった態度で。

 しかし、次の瞬間。身に纏う空気を一変させて洋介は続けた。

 

「僕は皆が笑顔で楽しく過ごせれば良いと思っている。そこに嘘はない。――けどね、世の中、そんな上手くは出来ていないんだ。

 僕が中学生の時、学校で問題が起こった。よくあるイジメだよ。

 僕は最初、見て見ぬ振りをした。自分が標的になりたくなかったからでもあるし、どうせすぐに終わるだろうと思ったからでもある。

 そして、ある意味では確かに終わったんだ。イジメを受けていた子――僕の友達が自殺未遂で入院する事によってね。……そう、僕は我が身可愛さに友達を見捨てたんだよ。

 けど、そうまで被害を出しておきながら、翌日からもイジメ自体は続けられた。単に対象が変わるだけだったんだ。

 それに気付いたとき、僕は行動を起こした。これ以上放置しておけば、またも消えなくていい笑顔が消えてしまう。そう思ったら我慢が出来なかったんだ。具体的な方法は伏せさせてもらうけど、結果として僕は学年全体を支配下に置くことで秩序を齎した。……皮肉なものだよ。確かにイジメはなくなったけど、そこに笑顔は残っていなかったんだから。

 これが、僕がDクラスに配属されたであろう理由だよ。

 僕はね、自分が傷つく分には構わない。どう思ってくれても結構だ。だけど、消えなくていい笑顔が消えてしまうのは我慢がならない。

 僕がこうして過去を語ったのは、君たちに危機感を抱いてほしかったからなんだ。一つのミスが取り返しのつかない結果を生んでしまうことは、間違いなくあるんだ。君たちには、僕の二の舞にならないでほしい。

 茶柱先生による回りくどい説明と言い、どうにもこの学校は油断がならない。深く考えず、ただ漫然と日々を過ごしていれば、いつか必ず手痛いしっぺ返しを食らってしまう。……それを防ぐために、笑顔で過ごせる日々を無くさないために、どうか皆にも協力してほしい」

 

 そう言って洋介が頭を下げた時、教室内は静寂が支配していた。六助を除き、誰もが言葉を失くして洋介に視線を送っていた。

 それを見て、俺は彼に拍手を送った。華琳、鈴音、桔梗もまた同じく。

 洋介は理想のための第一歩としてクラスメイトに危機感を抱かせるため、敢えて隠しておきたい筈の過去を語ったのだ。その勇気は賞賛されて然るべきだ。

 

「……ヘッ、やるじゃねえか。ただの優男じゃねえんだな。見直したぜ」

 

 やがて、不良然とした赤髪のクラスメイトがそう言って拍手を送った。

 

「やり方はどうあれ、学校からイジメを無くした。その事実自体は、賞賛して然るべきだろう」

 

 幸村くんもまた、そう言って拍手する。

 それからも一人二人と拍手が続き、クラス内に響き渡った。

 

「さて、それじゃあ次は俺が自己紹介させてもらうよ。名前は北郷一刀。中学の時に長期入院してね、本来ならば今の三年生と同期だ。年齢についてはあまり気にせず、気軽に接してくれ。……そしてまぁ、入院の際に多方面に多大な迷惑を掛けてしまったからな。それが俺の問題点として捉えられたんだろう。

 そして支給ポイントについてだが、最低ゼロポイントという可能性が高まった」

 

 特段、隠す様なことでもないので気楽に言ってのけた。授業で資料展に訪れた際に意識不明となったことを。

 ついでに支給ポイントの最低額についても。

 

「確かに、茶柱先生も最低ゼロ円の物があると言っていたね。彼女たちによると、実際にこの水も無料だったらしいし。最初はポイントを使いすぎた人への救済処置かとも思ったけど、支給ポイントがゼロだった人たちへの救済処置である可能性も決して否定は出来ない……か。

 それにしても、災難だったね。オカルト的な理由となれば、止む無しなのかな……? 風評による被害はともかく、実際はどこに責任を求めるってものでもないだろうから。後遺症とかは無いのかい?」

「むしろ倒れる前より調子がいいくらいだ」

「はいはい、ちゃっちゃと終わらせましょう。もうお昼を回ってるし、人数だってまだまだいるんだから。そんなわけで次は私がさせてもらうわね。

 私は坂柳華琳。Aクラスの坂柳有栖とは義理の姉妹よ。私が養子の方ね。……私の問題点を挙げるとすれば、まぁ学校に通ったことが無い点でしょうね」

「学校に通ったことが無いってどういうことー?」

 

 女子の誰かが問いかけた。

 

「そのままの意味よ。私は施設で育ったわけなんだけど、そこがまぁ俄かには信じ難い施設でね。身寄りのない子供を引き取って~と言えば聞こえは良いけど、その実態は天才とかスペシャリストの作成に他ならないんだもの。名前なんて知った事かとばかりに番号で呼ばれて、成果を出せたら名前を付けられる。そんな場所よ。

 ちなみに、そこで私は曹操と呼ばれていたわね。他にも荀彧とか程昱とか色々いたわよ。何故か全員が女性だったけど。とは言え、伊達や酔狂で英傑の名前を付けられたわけじゃないわ。それに相応しい能力があったればこそよ。

 そしてある時、私たちは思ったわけよ。『大人とはいえ、何だって自分たちより劣っている奴らの言うことを聞いていなければならないんだ?』って。そこで協力してその施設をぶっ潰して、晴れて私たちは自由の身になったってわけ。ま、他の子たちとはそれっきりだけどね。施設自体、表沙汰にし難いことをしていたとはいえ、纏まって動くのも問題があるし。

 その後、紆余曲折あって現在の家に養子に迎えられたってわけよ」

 

 勿論のこと、作り話である。これは華琳のハイスペックさに理由を付けるためだ。そして、他にもあの時代から来る者が現れた際に備えてである。

 それに全てが全て噓ではない。華琳が曹操と呼ばれていたこと、荀彧や程昱と呼ばれていた者たちがいたこと、性別が女性なのは紛れもない事実なのだから。

 端から聞けば作り話もいいところの信じ難い内容ではあるが、そのことを華琳自身も認めている。信じるも信じないも相手任せということだ。

 

「堀北鈴音よ。極度に人付き合いの少ないことが、問題点となったのでしょうね。在学時の友人も、強いて挙げれば彼女ぐらいのものだし」

「はーい! 強いて挙げられました鈴音ちゃんの友人、櫛田桔梗です! 私も平田くんと同じで、仲良く楽しく過ごしていきたいので、みなさんよろしくお願いします!」

 

 冷淡な態度のまま簡潔に鈴音が言い、満面の笑顔で桔梗が続けた。

 だが、次の瞬間――

 

「あ、けど最低限のマナーとかデリカシーとかは守ってね。私、我慢が限界を迎えた結果、中学の時に学級崩壊を引き起こしてるから。……ま、途端に誰も彼もが離れていったけど。あれだけ人に寄っかかっておいて、誰一人として傍には残らないんだから薄情なものだよね」

 

 洋介同様、暗く重い空気を纏って桔梗は続けた。

 

「え? じゃあ堀北さんが友人っていうのは?」

「嘘じゃあないよ! ただ、鈴音ちゃんと知り合ったのはその後ってだけでね! いやぁ、気兼ねなく接することの出来る相手って本当にありがたいよ!」

「こちらとしては堪ったものじゃないのだけれど。普段からこんな態度だから虫唾が奔ることこの上ないし」

 

 おずおずと誰かが問えば、空気を戻した桔梗が答え、苦虫を嚙み潰したような表情で鈴音が続けた。

 

「友人……なんだよね?」

「そうだよ!」

「おそらくは」

 

 世間一般でいう『友人』に該当するかは分からないが、気の置けない間柄という点では間違いないだろう。彼女たちは互いに遠慮しない。常日頃から言いたいことはハッキリと言い合っているのだから。




自分以外にクラスを引っ張れる人物がいたため、平田は遠慮なく過去をぶちまけました。
どっか壊れちゃってる彼にとってはクラスの笑顔が第一なのです。自分の過去を明かすことで、クラスが笑顔になれる可能性がより高まるのなら彼は躊躇いません。

桔梗は桔梗で過去を吹っ切ってます。彼女にとっての承認欲求対象は一刀と化してますので、クラスメイトに無理して優しく接するつもりはありません。
彼女は『どうやったら一刀に褒められるか』を基準に行動しています。

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