正直に言って、オレはこれからどうするか悩んでいた。
ハッキリと言うならば、オレはこの学園に期待を抱いてはいなかった。所詮は一時の安寧に過ぎない。卒業すれば、どうせ連れ戻される定めにあるのだ……と。
元より束の間の自由なら、それまでの間に人並の学生生活というものを経験出来ればそれで良かった。
あくまで知識によるものでしかないが、人とは突出した存在を嫌悪するものらしい。だから入試問題でも手を抜いて、全教科を50点に揃えるような真似もした。平均ど真ん中の点数であれば、万一露呈したとしても嫌われることはあるまい……と。
一部の例外を除いて、オレの配属されたDクラスは愚物揃いだった。監視カメラには気付かない。茶柱の言い回しにも疑問を覚えない。ポンと大金を渡されても、驚くと同時に喜ぶだけ。裏を探ろうともしなかった。
そんな連中が大半だったから初めは安堵した。オレはあまり目立ちたくない。このクラスなら埋没していくことも可能だろう……と。
その路線を変えるかどうか迷っているのは、件の一部例外による自己紹介がきっかけだった。
まずは真っ先に自己紹介を提案した平田洋介。容姿端麗にして、口調も優しい。まるで絵に描いたような好青年だ。――だがそんな彼は、中学時代に学年全体を支配下に置いた暴君でもあったらしい。
色々と触れていない部分はあったものの、普通なら隠しておきたいだろう自らの所業を、彼はクラスメイトの前で言ってのけたのだ。
ただ、クラスメイトに危機感を抱かせるためだけに。……まぁ正確には、『来月以降もポイントを手に入れて、クラスが笑顔で過ごせるように』という理由みたいだが。
理由がどうあれ、俄かには信じ難い行いだ。
続いては北郷一刀。朝の時点で、自発的にオレへと話しかけてきた人物。
その際にオレが彼を観察する一方で、彼もまたオレを観察していた。
平田が自己紹介を提案した際の爆弾発言によるクラスへの牽制といい、茶柱への質問といい、観察力や危機意識が高い。その話しぶりからは十分なリーダーシップも見て取れる。
その次の坂柳華琳。彼女の言葉が最もオレを揺るがした。普通に考えるなら作り話も甚だしい内容であり、事実クラスの大半は話半分に捕らえたようだが、オレとしてはそうもいかない。
説明が正しいとするならば、その生い立ちは酷くオレに酷似している。オレもまたホワイトルームという施設で育てられた人工的な天才だ。そしてホワイトルームという例を知っている以上、同じような施設が存在しないとは言い切れないのだ。
では、施設が存在していたとして、実際に潰す事など出来るのか?
これに関しては、可能性としてはあり得る、としか言えないだろう。いくら似ていても、施設そのものには違いがあって然りだ。設備然り方針然り。
如何にオレがホワイトルームにおいて最高傑作と呼ばれていようとも、この短時間では坂柳の底まで見通すことは不可能だ。分かることといえば、坂柳には自信と自負が満ちていることくらい。
方針の違いを表す論拠として、坂柳には仲間がいたようだ。彼女が曹操という名を与えられたのと同じように、三国志の英傑の名を与えられた仲間が。
その一方、オレは一人だ。そして一人では出来る事など限られている。いくら能力が高くとも、オレ一人ではホワイトルームを潰す事など不可能だ。
それがある種の諦観に繋がっていたのだが、坂柳の言葉がそれに『待った』をかけた。
オレの意のままに動く『道具』ではない。たとえ意のままには動かせなくとも、確かな実力を持って協力してくれる『仲間』がいるのなら、或いはオレもホワイトルームの呪縛から解放されるのではないのか……?
その考えが頭から離れない。
作り話と切って捨てるか、真実と受け止めるか。実に難しい問題だ。
そもそもとしてオレは世間を知らない。能力が高い自負はあるが、社会的経験が圧倒的に不足しているのだ。
彼女の言葉を知識に当て嵌めるなら作り話だが、オレの数少ない経験に当て嵌めるなら真実となる。……判を下すための指針がない。それがオレを悩ませる。
「なあ、ちょっといいか? 悩み事があったとして、それを解決する際に知識に当て嵌めるか? それとも経験に当て嵌めるか?」
分からなければ聞けばいいとばかりに前の席の生徒に訊ねてみたら、多少煩わしそうにしながらも『どちらに期待するか次第』と答えてくれた。……流石にタイミングが悪かったかと反省する。
だが、おかげで腹は決まった。オレは自由を望む。
だからこそ、オレはオレの経験に当て嵌めて坂柳の言葉を信じよう。その上で協力を頼みこむ。その対価として遺憾なく力を振るうとしよう。それが『礼儀』というものだろうから。
そんな風にオレが一つの決断を下している間にも自己紹介は続いていき、それに伴って色々な意見が上がる。
テストで赤点だったら問答無用で停学や退学になるんじゃないか?
担任にそれぞれの入試成績を確認して、成績の良かった者が悪かった者に教える。
部屋を見てないからアレだけど、ルームシェアも一つの手じゃないか? 特に勉強とか食事とかの面で。
上級学年の教室を偵察して机の数を数えてみれば、退学が実際に起こり得るかどうかの判断を下す一助になるんじゃないか?
特別棟って監視カメラが無かった気がするんだけど。
他にも色々と、本当に当たり前のことから、現実的に考えてそれはどうよ? と、オレですらそう思ってしまう意見もあった。
そしてとうとう、オレの番がやって来た。
「綾小路清隆だ。オレもまた学校に通ったことはない。……坂柳と似た様な感じでな。ホワイトルームと呼ばれる人工的に天才を作り上げる施設で育ったんだ。そこで最高傑作と呼ばれていたので、能力は高い方だと思う。
ただ、その一方で社会一般的な経験が色々と足りていないんだ。人付き合いから何からな。個人技は高いが対戦経験が無い、と言えば分かりやすいか?
また、俺の場合は協力者の手筈で施設を脱走してきたんだ。だから施設のヤツらはオレを連れ戻そうと躍起になっていると思う。曲がりなりにも最高傑作だからな。
この学校にいる間は大丈夫だと思うが、卒業乃至は退学した後は間違いなく連れ戻されるだろう。ここは一時の平穏であり、それも仕方ない――と先ほどまでは思っていた。
坂柳、お前の言葉を聞いて気が変わった。この学校生活においてオレはお前に協力しよう。あまり目立ちたくはなかったが、能力を振るうのも辞さない。その代わり、お前もオレに協力してくれないか? オレが自由を得るために」
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
綾小路清隆。そう名乗った少年の視線が真っ直ぐに私を捉える。年齢の割には無機質な目だ。一般的とは言い難い生活を送って来ただろうことをその目が物語っている。
「それで、協力しないと答えたら手を抜いて生活する、ということでいいのかしら?」
「当然だな。この学校を出た後も自由を得られる希望が見えたからこそなんだ。お前の言葉を信じればこそ、お前の協力を得るためにオレは正直に過去を語った。一種の対価としてな」
私の視線と彼の視線が交差する。
「ふふ、良いでしょう! 礼には礼を、義には義を以て返すのが人というもの。あなたが私の協力を得るためにその力を振るうというのなら、私もまたあなたの協力を得るために力を振るいましょう! ――ただし、私は厳しいわよ。その力が言うに値しなかった場合、私の助力を得られることはないと思いなさい?」
「それはオレのセリフでもある。お前の力がオレの期待に添わなかった場合、オレは元の路線に切り替えるだけだ」
「了解したわ。精々見限られないようにするとしましょう。……ああ、それと私のことは華琳と呼びなさい。私もあなたのことは清隆と呼ぶから」
「え、いや、いきなりの名前呼びは……」
「悪いけど決定事項なの。あなたの答えなんて聞いてないのよ」
まったく、何と楽しい人物か。六助もいるし、この教室は人材の宝庫ではなかろうか。
「……まあ最後はバチバチしてたようだが、自己紹介はこれで終わりでいいだろう。あとは各自解散と――」
一刀が解散を促そうとしたところで、教室の扉が音を立てて開いた。
失礼する、と言いながら姿を見せたのは生徒会長――堀北学だった。
生徒会長の突然の訪問に、教室内が俄かにざわつく。
「……ほう? 誰かしらいるとは思っていたが、まさか全員が残っているとはな。早速クラス内の親睦でも深めていたか、一刀? ああ、今は敬語を使わなくて結構だ。仕事はまだ残っているが、休憩時間を使い、私人として親友に会いに来ただけだからな。
遅くなったが……退院おめでとう、一刀。共に卒業出来なかったのは残念だが、またお前の元気な姿を見られて嬉しく思う」
「そういうことなら遠慮なく。ありがとな、学。俺もまたお前に会えて嬉しいよ。
しかし、当時は驚いたよ。目が覚めたら病院のベッドの上で、年単位で時間が経ってるって言うんだからな。
ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ。俺もお前に用があったんだ」
生徒会長の言葉に対して気楽に応えながら、一刀は自分の席へと向かった。
「はい、これ。見舞いの礼品。実用品を選んだんで使ってくれるとありがたい。……他のヤツらの分もあるんだけど、教室とか分かるか?」
「ありがたく使わせてもらおう。確かに教室は分かるが、それぞれの都合までは流石に把握していない。……携帯を貸せ。フランチェスカ出身者のグループチャットがある」
一刀の携帯を受け取った生徒会長は手早く操作した。指捌きに迷いがない。
「そら。あとは自分で確認しろ」
「サンキュー。……っておい、学!? これはどういうことだ? なんか俺のポイントが凄く増えているんだが?」
「ああ、それか。お前が入学してきたことをチャットメンバーに伝えたら、快気祝いを渡そうという話になってな。その分を譲渡しただけだ」
「だからって、流石にこの額は……」
「お前の人望だ。素直に受け取っておけ」
「……分かったよ。ありがとな。他のヤツらにも都合の確認と一緒に礼を言っとく」
そのやり取りには遠慮というものがなかった。見てるだけでも二人の親密さが分かるというものだ。
「ちょっと兄さん。久しぶりに親友と会えて嬉しいのは分かりますが、実の妹には何も無いのですか? 可愛い妹が泣きますよ、えーんえーん」
そこに割って入ったのは鈴音だ。妹の特権だろう。
しかしその言葉は、普段の彼女からは考えられないものだった。そのくせして態度は冷静そのままだ。うそ泣きにも値しない。
「……お前、本当に鈴音か?」
実の兄にすら、愕然とした態度でこんなことを言われる始末。……まあ、これをさせたのは一刀なのだが。学に会ったら少しふざけた態度を取ってみろ、と以前に言っていたのを思い出す。
その時は難しい顔をしていたが、彼女なりの答えがコレなのだろう。
「まあ、可愛い妹に対してなんて言葉でしょう! 鈴音は傷つきました。よってお小遣いを所望します。手持ちの10%で構いませんよ?」
「…………。く、くくく、は、はははははは……ッ!」
相変わらずの態度で、彼女は更に続けた。これが桔梗なら演技もバッチリだろうが、鈴音にそんなものは望める筈もない。だからこそ、逆にこれはこれで面白い。
暫し言葉を失った後、生徒会長は堪え切れないとばかりに呵々大笑した。
「確かに、可愛い妹に対する態度ではなかったな。だが、お前ももう少し表情を変える努力をしろ。そうすればもっと可愛くなる。……携帯を貸せ」
生徒会長の言葉が胸に響いたのだろう。信じ難いとばかりに目を見開き、それでも嬉しさを露わにしながら鈴音は携帯を渡した。
「可愛い妹の成長した姿を見れたんだ。これからの成長にも期待するとして20%くれてやる。……努力は怠るなよ、鈴音」
「はい、兄さん!」
微笑を浮かべながら鈴音の頭を軽く撫で、生徒会長は教室を出て行った。その背中に対し、鈴音は力強く応えた。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
良い話だったな~、で終わるわけがないのが現実である。
学の訪問から続く一連のやり取りに大半のクラスメイトは呆気に取られていたが、そうでない者も当然いるのだ。
「……ふむ。遅くなってはしまったが、そろそろランチを頂くとしようじゃないか。当然、御馳走してくれるだろう、ソードボーイ? なにせポイントが
終始我関せずな態度を貫いていたくせして、こんなことを言ってくる唯我独尊男が。
まあ高円寺がここまで残り、自己紹介にきちんと参加したことの方が正直に言えば驚きでもある。彼みたいな男が譲歩したことを思えば、今日の昼食を奢るくらいは許容範囲だ。
しかし、声高にこんなことを言われてしまえば、当然ながら高円寺だけに奢るわけにはいかなくなる。必然的に大半のクラスメイトが期待の視線を寄越してきた。
「仕方ないな。それじゃあ、今日の昼食は全員分、俺が奢るよ。場所は女性陣で決めてくれ。ただ、予算は五万以内に収めてくれると助かる」
俺の言葉にクラスメイトが喝采を上げた。勿体ない気持ちもなくはないが、これでクラス内の団結が高まると言うなら否はない。
携帯を片手に場所を話し合う女性陣に対し、外から一部男子が肉、肉、と声高に要求を述べる。
ほどなくして場所は決まった。そもそも、予約しているなら別だろうが、急な来店で一度に40人を収容可能な飲食店などそうありはしない。そういった要因や外野の要求を汲み取った結果、行き先はケヤキモールと相成った。フードコートならば、この人数でも収容出来るだろうという判断だ。
携帯のアプリマップを片手に持った女子を先頭にしてDクラス40人がぞろぞろ動くこの様は、端から見ればさながら大名行列だろうか。
当然ながらケヤキモールに着くまでにも様々な店の前を通るわけだが、それぞれの軒先には最早見慣れた物――監視カメラ――が設置されていた。
「やっぱりあるね」
「ああ。その内、それぞれの施設内も確認してみないとな。特別棟のように、これらの施設の中にもいくつかは監視カメラのない場所がある筈だ。あらゆる面で実力を測るというのなら、むしろなきゃおかしい」
「裏切りとか、暴力とかだよね? 考えたくはないけど……」
「それには同意だけどな。どうしても考えておかなきゃいけない。仮にクラスメイトに怪しい動きがあったとして、だ。疑わないのは信頼じゃない、単なる思考の停止だ。信じればこそ、それを確かなものとするために調べなきゃいけないこともあるだろうさ」
「世の中、もっと単純だったら良かったのにね。不意にそう思うことがあるよ」
「まったくだ。……けど、面倒で難しい世の中だからこそ、達成感は大きいものとなるんじゃないか?」
「……かも、しれないね」
洋介と話しながら歩いている内にケヤキモールに着いた。
フードコートには他の客がいないわけではなかったが、どうにか全員が席に着くことが出来た。麺類の店が多いが、ご飯ものや肉類の店が無いでもない。全国チェーンのハンバーガー屋もある。
男子陣は大半が肉を頼み、その反対に女子陣はアッサリめのメニューを頼む姿が多かった。加え、女子陣は他の店で出してるフルーツドリンクも目当てだったようだ。メインを頼んだら、出来上がるまでの間にドリンクを頼みに行く姿の多いこと。
「いただきまーす!」
「ゴチになるぜ!」
フードコートにDクラスの声が響き渡った。
と、いうわけで綾小路参戦(仮)です。
鈴音は学に対して真顔で言ってます。
とは言え、学が高度育成高等学校に入る前からは考えられなかった姿です。同時に、情報も探りに来てます。
成長に対する喜びとこれからへの期待の他に、その点を評価しての20%ですね。あくまで『手持ち』なのがポイントです。
感想・評価お願いします。