「五体満足で健康で丈夫な、恵まれた体を持ち合わせてない人が。恵まれた体じゃないっていうそのこと自体を、糾弾されるようなことは。――あっちゃいけないのに、ね」
※作中よりも過去における死ネタ、ブラックな展開が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※「ノベルアップ+」「NOVEL DAYS」「ステキブンゲイ」及び個人サイト「蓬生」でも公開しています。
危ないとこだとか、個人的に嫌な思い出があるとかじゃないんだけどね。ちょっとワケありの場所なのよ。
え? ああ、黙ってしれっと曲がっちゃえばよかったのか。この辺りの道なんて、君たちにわかるわけないものね。
……つっつきついでに、ちょっとお喋り聞いてもらっていい?
おまえに訊いたんじゃなくて。
うん、そう、君の方。ありがと。歩きながらでいいよ、全然。
さっきのとこをまっすぐ行くと、まあ
うん、妖怪騒ぎが。……あれ、話したことあったっけ?
ああ、ごめんて。
あるとき、その某村に旅の僧侶がやってきて。こういうことで困ってるんですって相談したら、妖怪
右手の甲に、ただ描けばいいやつでね。どんな妖怪が何をしてきても撃退できるってわけじゃないけど、そのとき出没してた妖怪は避けられるし、修行を積んだ人が描かないと駄目だとか、呪文を唱えながら描くんだとか、特殊な塗料を使うんだとかいうこともなくて。だから、その僧侶が一人一人に描いてあげなくてもよかったし、薄れて消えちゃっても自分で描き直せるわけ。そうして、僧侶はその村を去った。
退治してあげればよかったのに、なんて無茶言いなさんな。顔が言ってんのよ。安全な場所にじっとしてないで旅に出られるような腕があるからって、妖怪だって退治できるだろうってのは飛躍のしすぎでしょ。勝手に夢を膨らませるんじゃないの。その僧侶は十分ちゃんと、自分にできる限りのことをやってあげたと思うよ。
でもね。
その村には、生まれつき右手のない人と、怪我で右手をなくした人がいたの。
左手じゃ効かないってことは僧侶から聞いてたみたい。右
だから、右手のないその二人は、妖怪除けの紋を描こうにも描けなかったのよ。
その二人が妖怪を呼び込むんじゃないかと恐れて——村人たちは、その二人を殺したんだって。
その二人を狙って、妖怪が村まで来たとして。その二人が妖怪に食われたとして。他の村人が運悪くその場に居合わせてしまっても、手に紋を描いてさえあれば、そっちは襲われなかったはずなんだけどね。そうじゃなきゃ意味がないもの、妖怪除けとして。
でも、村人たちは恐れたわけだ。ひょっとしたら、妖怪らしく食い殺したり爪で切り裂いたりってことは紋で避けられても、岩を投げつけたり家に火をつけたりはできるかもしれないって思ったのかな。
さてね、わかんない。結局その後、その村に妖怪の被害はなかったっぽいし。
その僧侶が悪いやつで、紋が偽物で、逆に妖怪が寄ってきやすくなって村が全滅したとかいったらね。ああ、うん、それはそれでやりきれないけど。酷い村人に
知り合いが調べてたんだよ、戯曲にするんだって言って。うん、そう、あいつ。で、こんなの情感たっぷりに演じられたら見てらんないからやめるってさ。事実を淡々と読むだけでたくさんだって。
よそで話すな?
何、裏があんの? ……裏じゃなくて、続き?
妖怪除けの。うん、体に描くタイプの。
十個一組? 昔はなかった?
……ああ、それだと時期的に……その事件を知って、同じことが起こらないように新しい紋を開発した、ぐらいのタイミングになるかな? 計算は合うね、うん、そうかもしれない。右手に描けなくても左手に描けるように、左手にも描けないなら手じゃないどこかに描けるようにって。
ってことじゃなくて? ……ダミー?
ああ、そうね。左手用を作ろうと思ったら作れるようなものなのかしらとは思ったよ。右手用しかなかったのは、右手じゃないといけない理由があったからだろうし。この人は妖怪除けの紋を描けない、ってことを
ちゃんと聞いてたよ、おまえの推測ね。でも、その推測が当たってたら、確かに——あの某村の話が知れ渡って、本当に効き目があるのは右手の紋だけだってことがバレたりしたら台無しだわ。
ん、了解。別に、自分にそんな影響力があるとは思ってないけども。自分が高を
怖かった? ごめんね。うん、訊くことは訊いたけど。こういう話だとは、思わなかっただろうなって。
——そうね。ただでさえ、不便で。なのに、紋まで描けなくて。自分だって怖かっただろうに、そのことを周りから責められて。挙げ句の果ては、だもんね。
右手がないのは、その人たちが悪いからじゃないのに。罪じゃないのに。
五体満足で健康で丈夫な、恵まれた体を持ち合わせてない人が。恵まれた体じゃないっていうそのこと自体を、
まあ、俺らにはこれを酷い話だと感じる感性があるわけで。右手に紋を描けない人が、今後同じ目に遭わないといいなって思う気持ちもあるわけでさ。だから——。
君は、君の体のことで人に遠慮しなくたっていいし、君の体のことに巻き込んだなんて思わなくていいし、よしんば面倒事が持ち上がったとしても、自分がこういう体だからなんです、なんて説明して回ることはないんだよ。
俺らが知ってて、対応できるからね。誰も彼もに一切合財打ち明けなくちゃいけないなんて法はないんだし。
小さい女の子が大男に腕を掴まれたら、振りほどけるわけがないじゃない。本気でやればできるはずだとか、
ううん、そういう話をするつもりだったわけじゃないんだけどなあ。当ったり前のことだもの。
もし君が自分の体に紋を描けなくても、俺らが描いて一緒にいればいいだけでさ。助けてやったなんて大きな顔をするほどのことでもないし、助けさせたなんて負い目を感じるようなことでもない。本人が紋を描いてないじゃないか、なんて横から咎められる筋合いもないしね。
ふふ、そう言ってくれると思った。うん、だから勝手に頭数に入れたよ。おまえはいいやつだもの。素直に受け取ってよ、からかってるんじゃないよ。
うん。……あっは。いい道連れだよ、君たちは。
俺らが、君を守るからね。
君は自分の体のことだけ心配していらっしゃい。