「手を抜いていたな」
レース場から寮へと帰る途中。立ち塞がる男はそんな事を言ってきた。
筋肉だるまというのが相応しい風体。ボディビルダーか何かだろうか。
「今日最後のレースだ。最終コーナー、追い込みを掛けるには絶好の位置にいた。お前の脚なら、全員抜き去る事も可能だった筈だ。何故だ?」
詰問に怒りはなく、確信しか篭っていない。
この男にとって、今語った事は事実であり問い掛けは確認事項に過ぎないのだろう。
無視するか、否か。
いつもであれば無視だ。真面目にやれと抜かす口を芝で塞ぐのも手間だ。
たまには相手をしてやるかと、気が向いてしまった。
何故と聞かれたが、そんなものは単純明快。
つまんねーから。──言ってしまえば、それだけ。
どうせ本気を出したら誰よりも早い。負ける気がしない。
別に他の奴等をバカにしてる訳じゃないけど、そうとしか思えない。レースを見てても、私の追込に勝てる奴なんていないと分かってしまう。
そんな熱も味気もない勝負、本気を出すまでもない。
それに、1着を取ればワラワラ寄ってくるトレーナーとかいう奴ら。これも鬱陶しい。
共に、一緒に、なんて口では言うが、どうせレースでは一人で走るんだ。そんな奴らとお手々を繋いで、なんてアホらしい。
「ではお前は、1着は取れるが面倒だから辞めたと言いたいのか?」
先の質問と変わらないトーン。何のために聞いてきているのか分からない、色の褪せた問い掛け。癪に障る。
1着なんて、面倒に決まってる。
この学園に来てすぐの事だ。飛び入りで参加した模擬レース。先輩方を相手にしてみて、実際に勝った。勝ってしまった。
誰も彼も努力をしている。1レース1レース、ウマ娘としてすべてを掛けて勝負をしていると言っていい。
それを私は、簡単に追い抜いてしまった。
勝てれば嬉しい。勝ちは好きだ。
だけど。
なんの努力もしてない私程度が得られる勝利なんて、なんの価値がある。
それで勝ててしまう奴等と真剣に競り合うだなんて、ちゃんちゃらおかしい。笑ってしまう。
それで本気なんて出せるものか。
私は本気を出しちゃいけない。
私は、レースを楽しんじゃいけない。
「バ鹿者が」
男は炎を吐くように言う。一変した態度。耳先をさざめかせるような不快感を覚える。
「全力を出した事の無い奴が、何を甘っちょろい事を言っている」
何を言っているのか分からない。何を知った口を叩いているのか。
「どういったかたちであれ、1着は強者の特権で義務だ。並み居る猛者も取るに足りない弱者も噛み砕いて飲み込んで己が力にするべきものを、お前は逃げ出してしまっている」
なんだその口ぶりは。まるで、私が──
「何度でも言うぞ。お前が1着を
ウマ娘の力を、軽々しく人に向けてはいけない。
そんな常識は彼方へ飛び去り、私は目の前の存在に苛立ちをぶつける事にした。
二歩で十分な助走は得られる。三歩目で飛び、すかさず足を揃え──
男が手を叩く姿が見えた後、気付いたら私はそのままの姿勢で地面に座り込んでいた。
「足が資本の奴が痛めるような真似をするな」
背後から男の声が聞こえた。如何なる道理か、男は私のドロップキックを躱していたらしい。
「お前は自分を恐れ知らずとでも思っていたのか? 恐れを持たない者などいない。ただお前は、抱えていながら目を逸らしていただけだ。指摘されて逆上するのがその証左だ。誰も彼も、持ち合わせない想いを糧には出来ない」
だが、それでいい。そう男は語る。
「向き合え。排斥も忘却も解決には導かない。それが己が内にあると認め、飲み込め。たとえどれだけ小さく情けない性根であっても、受け入れなければ枷になるだけだ」
弱さを知れ。それを持って走れ。綺麗事でしかないのに、何故か突っぱねようとは思えない。
「俺たちは全身全霊で世界に存在している。それを理解せずに走る者が、どうして本気で走っていると言えるのだ」
その言葉を聞いた時。突き抜けていく風を初めて、体の隅々で受けられたのだと思った。
語り終えたのか、男は歩き始めた。
追い掛けるのは、多分違う。ただ、名前だけは聞いておきたかった。
「東堂葵だ。好きなタイプは、タッパとケツがデカい女」
背中で語り、男は去っていった。
後には、香水の匂いが残されていた。
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、ゴールドシップとのトレーニングに活かせるかもしれない!
「全身全霊」のヒントLvが1あがった
東堂葵の絆ゲージが5あがった