人を襲う天使が蔓延る世界に生まれた、少年少女の断片的なおはなし。

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西条海斗は笑わない

西条海斗は泣かない。

いつしか聞いたことがある。殺めた天使の亡骸を校舎裏に埋葬してできた小さな墓地で、眉間にギュッと皺を寄せて泣きそうな顔をした彼に。

「泣きたいのなら泣けばいいじゃない。」

彼は、どうしようもなさそうな顔で言った。

「泣けないのさ。泣きたくっても一滴も出てこないんだ。きっと前世で泣きすぎたから神さまに取り上げられちゃったんだ、なみだ。」

ふうん、とかどうでもいい返事をした気がする。その割には何年後かの今日までしっかり覚えているのだけれど。

彼の母親も言っていた気がする。毎日笑顔でニコニコニヤニヤしている彼を冷めた目で見る私を見かねて、

「海斗くんね、泣けないからせめて笑っていようって、いつも笑顔なの。」

とかなんとか。なんだか長い話だったのでか全貌は覚えていないけれど要約すれば「泣くことや笑うことは数少ない動物しかせず、特に感情的に泣くのは人間だけ。それができないのであればせめて笑っていよう。」と、そういうことらしい。

ふうん、としか思わなかった気がする。今同じことを初めて知っても、同じ感想を持っていたと思う。

昔から気に入らないのだ。いわゆる天才の人種で、戦闘能力はピカイチ。生き物に、特に人間にめっぽう弱くて孤児を見つけては連れてくる。みんなから慕われて愛されて、当人もみんなを敬愛して大切に思って。頭こそ悪いものの、そんな身ぐまれた環境や能力を「みんなが持ってるステータス」、「むしろ自分は下の方」と思っているところが本当に嫌いだ。誰でも従えるほどの能力を持っていながら、誰にも従うところも本当に腹が立つ。

とりあえず、私の意見はどうあれ西条海斗はそういう人間である。

 

それがある日、彼の口角がピクリともしなくなった。十二の冬だったと思う。朝の食堂ですれ違った彼は眉ひとつ動かさず私におはようを言った。

理由は案外すぐにわかった。普段は冷静で落ち着いた友人が、泣きじゃくりながら私の元にやってきたのだ。西条海斗をおかしくしてしまったと。友人はいわば、学園カーストの下位に値する、特段書き留めることのないような子だった。

どうやら「いつもニヤニヤしていて気持ち悪い。」と西条海斗に言ってしまったらしい。西条海斗は、「そっか。」と返事をして以降、一切笑わなくなったと。

身震いがした。この学園一幸せ者と言っても過言ではない西条海斗が。たった一人の子どもの、たった一言で変わってしまうのがたまらなく滑稽に思えた。西条海斗の行きすぎた利他的な性格もここまでいくとただの異常でしかない。頭が弱いから極端な考え方しかできないのもひどいものだ。

その後その友人は戦死し、彼の遺骨は西条海斗と一緒に埋めた。その時の西条海斗も、眉間にギュッとしわを寄せていた。

 

それから五年ほど経つがいまでも西条海斗は変わらない。凍りついた表情筋を皮下に、冷たい顔で挨拶をくれる。

西条海斗は笑わない。


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