佑介「……」
まだ日が高くなっていない早朝、外から雀の声が聞こえるほど道場内の静けさの真ん中にただ一人で目を瞑って立っている。
佑介「ふぅー…」
ゆっくりと息を吐きながら相手がいるイメージをし、拳法の構えをとる。
佑介「……ッ!」
ヒュッ、フォン!ビュ!シュッシュッ!
風切りの音を鳴らしながら拳を突き出し、リズムに乗るように足を動かす。
佑介「フッ!シッ!」
次第に舞うように横回転から空中縦回転の蹴り技を流れるように繰り出した。
佑介「ふぅ、ふぅ…ふぅー」
数分間休むことなく動き続け、限界と感じたところで構えを解いた。
佑介「……おはよう、恭兄さん」
一息つき、呼吸を整え終えてから俺の後ろ、正確には道場の入り口近くにいる恭兄さんに挨拶をする。
恭也「ああ、おはよう佑介。相変わらず精が出ている。だが、回転したときの軸足の力が少しズレているぞ」
朝のランニングを終えた恭兄さんから挨拶を返され、最初から見ていたであろう感想を貰う。あははは、よく見てますね…
佑介「恭兄さんも相変わらずのことで。美由姉さんはまだランニング中?」
美由姉さんの姿が見えないので恭兄さんに聞いてみる。
恭也「美由希ならもうすぐで来るだろう」
俺の質問に答えながら道場内へと移動する。その数秒後に
美由希「はあ、はあ…恭ちゃん置いてくなんてひどいよー。お、佑介おはよー」
軽く息をきらしながら美由姉さんが到着し、俺も「おはよう」と挨拶を返す。
恭也「美由希がまだまだなだけだ。それじゃ、時間も惜しいからそろそろ始めよう」
恭兄さんの言葉に、俺達はそれぞれ準備をする。
なのは「ふぁ~…眠いの…」
佑介「昨日遅くまでテレビなんか見てるからだよ」
なのは「だって、昨日は見逃せない番組があったから…ふぁぅ」
もう日課となっている鍛錬を終え、その後汗を流しにシャワーを浴びてから居間に行き、現在は朝食をとっている。
美由希「うぅ、打たれたところが痛い」
佑介「美由姉さんは慣れない動きをするから…」
俺と打ち合っている途中、美由姉さんはカウンターを決めようとしたがタイミングが合わずに逆に決められたことを思い出す。
恭也「美由希はもう少し考えながら攻めた方がいい、動きが単調すぎる」
朝食を食べながら今回の美由姉さんの悪いところを指摘する。流石にあの時の美由姉さん、狙っているのがバレバレだったと思う…
佑介「そういう恭兄さんはどう?膝の具合とか」
恭也「ああ、佑介のおかげで問題ない」
俺の質問に恭兄さんは軽く答える。まぁ鍛錬後は、軽くマッサージをしているからそんなに疲れはないとは思うけど
美由希「佑介ー、今日は私にもマッサージしてー」
佑介「はいはい」
若干涙声の美由姉さんに苦笑いで答える。そして俺はさっさと朝食を済ませて食器を流しへと持っていき、近くの時計を確認する。うん、いい時間だな。
なのは「……」ウツラウツラ
佑介「……寝るな」
なのは「にゃッ!?」
まだ朝食を済ませず、寝かけているなのはに軽くデコピンをかます。早くしないとバスに乗り遅れるぞ。
なのは「聞いてよアリサちゃん、すずかちゃん。佑介君ったら酷いんだよ!」
アリサ「いや、それはなのはが悪いでしょ」
朝のできごとの説明を聞いたアリサは、なのはにツッコミを入れる。
現在は昼休みなので、いつものように屋上で昼食を四人で食べている。
すずか「けど私はわかるかな。昨日のあの番組は見ていて面白かったよ」
なのは「うぅー、私の味方になってくれるのはすずかちゃんだけだよー」
自分の味方を見つけたなのははすずかに抱きつき、すずかは「あはは…」と苦笑いのご様子。そして俺はというと
佑介「(相変わらず桃母さんのご飯は美味いですなぁ。そうだ、今日はお菓子でも作るか、最近ご無沙汰だし)」
家に帰ったら絶対に作ろう、とそんなことを考えながら黙々と昼食を食べていた。
俺がこの学校に来てから数日が経った。もうこの生活にも慣れ、今はクラスメイトとのほとんどは仲良く出来ていると思う。が、中には俺のことを敵視している奴がいる。それもなのは達と一緒にいるときは何人ものの視線を感じた。…まぁ、理由はなんとなくわかってはいる。
アリサ「あんたらはいつまで遊んでいるのよ。早く食べないとお昼休み終わっちゃうわよ」
なのは「あ、すずかちゃんごめんね」
すずか「私は大丈夫だよ、なのはちゃん」
楽しそうな会話をしている三人を見る。確かに、俺の目から見ても三人はかなり可愛い部類に入ると思う。それだけでも、仲良くしている俺を恨んできても仕方ないだろう。
クラスメイトに聞いた話だが、アリサとすずかは結構なお嬢様らしい。授業を見ていてもそうだが、二人共成績は常にトップクラス。気が強くてリーダーシップのあるアリサに、男子すら簡単に追い抜くことができる運動神経を持っているすずか。この二人に憧れを抱いたり、好意を寄せている奴らがかなりいるとのこと。
なのは「にゃははは」
そしてなのはも成績は(文系は除いて)良い方だ。明るく元気に誰にでも平等に接することができる優しい女の子で人気も高い。……なのはの運動神経についてはあえて触れない。察してくれ
んで、この可愛い人気者の三人と楽しそうに一緒にいる俺は、まさに独占しているように見られている。別に俺のじゃないんだし、気になるんだったら声ぐらいかければいいのにな。未だに俺への呼び出しとかイジメがないのが不思議なくらいだよ。
アリサ「それにしても、起きられないなら佑介にでも頼めばいいじゃない。一緒に暮らしているんでしょ?」
佑介「嫌だよ。それくらい自分で何とかしてください」
アリサの言葉を素っ気なく返す。
すずか「いいなぁ、佑介君と一つ屋根の下で暮らしているなのはちゃん(ボソッ」
俺は既に食べ終えてゆっくりとしている。すずかが何かを呟いていたが、声が小さすぎなのと風が吹いていたせいで俺の耳には届かなかった。
ああ、一つ言い忘れていたことがあったな。ちなみにだが、学校では俺の両親が共に海外へ出張しており、仕事の都合上、俺を連れて行けないので、両親同士の仲がいい高町家にお世話になっている設定で通している。もちろん、なのはと話し合って決めた。
―――キーンコーンカーンコーン
佑介「ほら、予鈴が鳴ったぞ。これ以上話してないで、早く食べるかどうかしてくれ」
「それまでは待ってるから」と俺の言葉に三人はいそいそと残っている昼食を食べ始めた。
担任「それじゃあ俺から言うことは以上だ。事故に巻き込まれないようみんな気ィ付けて帰れー」
相変わらずやる気のない担任の号令で今日の授業は終わった。放課後になると同時に「今日は俺んちでゲームしようぜ」「一緒に部活行こう?」など、周りが動き始める。俺も特に学校にいる理由はないので、サッサと帰ることにする。
なのは「佑介君。一緒に帰ろ?」
教科書をカバンへとしまっているところになのはから声をかけられる。
佑介「ああ、わかった」
断る理由もないので了承をする。あ、そだ。帰ってから作ろうと思ったお菓子はなのはにでも試食してもらおうかな。
アリサ「あ、なのはー、今日は私の家に来ない?宿題も兼ねて遊びましょ?」
帰る準備が出来き、立ち上がったところにアリサがなのはに声をかける。そういえば、宿題あったな。すっかり忘れていた。
なのは「私はいいけれど…」
こちらを見てくるなのは
佑介「いってらっしゃい。あまり遅くならないようにな」
俺は軽く答える。くッ、実験体がいなくなったか…まぁ仕方ない。
アリサ「何言ってんの?アンタも来るに決まってんでしょ」
佑介「え?いや、俺は今日帰って」
お菓子を作るんだけど、と言い切る前に
すずか「お待たせ、アリサちゃん」
カバンを持ったすずかがきた。
アリサ「よし揃ったわね。じゃあ行きましょうか」
佑介「俺の意見は聞いてくれないんですねわかります」
せっかく今日は久しぶりにお菓子を作ろうと思っていたのに…。と思いながら俺達は教室を出て、アリサの家に行くことになった。あ、俺ってなにげにアリサの家に行くのって初めてじゃね。
佑介「デケェ」
アリサの車で家に到着し、大きい豪邸の前でまず第一声がそれだった。
アリサ「ふふん。どうよ」
アリサは俺を見て、誇らしげに胸を張ってみせる。改めてお嬢様なんだなぁー、と思った。
鮫島「ではお嬢様方、こちらへどうぞ」
と、ここに来るまで車の運転をしていたアリサの執事、鮫島さんが扉を開けて俺たちを中へと案内する。
アリサ「―――でさぁ、この前買ったゲームがね、これまた面白くて」
なのは「へー、それは楽しみだね」
アリサ「じゃあ早速それで遊びましょう!」
なのは「うん!」
すずか「もう、二人共。まずは宿題を終わらせるんでしょ?」
移動中、俺の前で楽しそうに会話をしているなのはたち。
佑介「(あぁ、クッキーとか作りてぇ)……ッ!?」
本来だったら、家に帰って楽しくお菓子を作っていたのに…やばい、一度考えたら作りたくてたまらねぇ。くそぉ、この想いを一体どうしたらいいんだ!と、思いながら歩いていると、若干扉が空いているある部屋が視界に入った。
アリサ「どうしたのよ?厨房なんか見て」
何時の間にか立ち止まっている俺に気づいたアリサ。そしてそれに釣られるようにみんなが立ち止まって俺の方を向く。
佑介「うぅ…」
俺は胸を手で抑え、その場に膝をついた。
アリサ「ど、どうしたのよ突然!?」
佑介「すまない、最低でも一週間に一度はお菓子を作らないといけない病という不治の病が発症してしまったようだ…」
アリサ「なによそのどうでもいい病…」
いきなり何を言い出すんだという顔をしながら呆れているアリサがツッコミをする。
佑介「アリサ!」
俺の顔を覗くように前へと来たアリサの両肩を掴む。もう駄目だ、この衝動は抑えきれない!
アリサ「は、はい!?」
いきなり両肩を掴まれ驚くアリサに俺は
佑介「厨房をお借りしてもよろしいでしょうか!!」
と、顔を見つめるように近づけてお願いをした。もうこの際だ、どこでもいいからお菓子が作りたい!
アリサside
佑介「アリサ!」
アリサ「は、はい!?」
突然厨房の前でしゃがみこみ、何かどうでもいい病を言ったかと思ったら、いきなり私の肩を掴み出し
佑介「厨房をお借りしてもよろしいでしょうか!!」
と、真顔で言ってきた。私の掴んだ拍子に若干顔が近い…
アリサ「へッ!?あ、さ、鮫島?」
私はじっと見つめてくる目から逃れるために顔を逸らし、咄嗟に鮫島に聞いた。
鮫島「はい、お嬢様がよろしいのでしたら」
鮫島は微笑みながら淡々と答える。
アリサ「べ、別にいいわよ」
落ち着くのよ私。と冷静を装うとしたらいつもより若干声が高く出てしまった。
佑介「いいのか!ありがとな!」
声が高くなったことは気にしていなかったのか、ニッ!と眩しい笑顔を向けてくる佑介。私はその笑顔を直視することができず、俯いてしまった。
鮫島「では秋月様、これをお使いください」
鮫島がどこから出したのか、何時の間にか持っているエプロンを佑介に渡す。
佑介「どうもありがとうございます」
鮫島「それでは、食材がどこにあるのか等のご説明をいたしますのでこちらへ」
佑介「はい、お願いします」
私の肩を離し、佑介は鮫島から渡されたエプロンを受け取ると、一緒に厨房へと入っていった。
アリサ「はぅ…」
何時の間にか力を入れていた肩の力を抜く。は、恥ずかしかったわ…だ、だって、いきなり顔を近づけてくるんだもの…
すずか「だ、大丈夫?アリサちゃん」
なのは「にゃははは、なんかごめんね?」
心配して近づいてくるすずかとなのは。
アリサ「って、なのはは何か知ってるの?」
なのは「えっとね、佑介君は一週間に一度くらいお料理をしていないとたまにああなっちゃうの」
た、たまにって…
なのは「でもね!佑介君が作るお料理はすっごく美味しくて、この前作ってくれたプリンは絶品でお母さんも美味しいって言ってたの!」
そんなに!?……やばい、ちょっと聞いてて食べたくなってきたわ
すずか「そうなんだ。じゃあ出来るの楽しみだね」
すずかもなのはの熱弁を聞いて楽しみっといった顔になっている。
アリサ「そうね、なら先に行って出来るのを待っていましょ」
そう言って私たちはいつもの部屋へと歩き出した。
佑介「よし出来た!」
カチューシャとエプロン姿の俺の前には多種多量のクッキーが出来ていた。ケーキか迷っていたが、気分的にこっちにした。
佑介「ふぅー、満足満足♪」
エプロンを脱ぎながら一息をつく。流石お金持ちの厨房、様々な調理器具や食材があって少しはしゃいでしまった。
鮫島「お疲れ様です、秋月様。あまりお役に立てず申し訳ありません」
佑介「いえ、鮫島さんが手伝ってくださったおかげで、時間もあまりかけずに済みましたし」
鮫島「こちらこそ多くのことを学ばせていただきました。よければまたの機会にご指導のほどをお願いしたいです」
佑介「あははは、そこまで褒めるようなことじゃないですよ。でも自分でよければ喜んで」
お互いに次の約束をし、鮫島さんの案内のもと、多種多量のクッキーをなのはたちが待っている部屋へと運び出す。
佑介「お待たせー」
なのは「まってたの!」
クッキーを持って部屋に入ると、なのはたちはテレビゲームをしていた。
佑介「おろ、宿題はどうした?」
アリサ「いつの話をしてるのよ、もう終わらせたわよ」
すずか「宿題が終わったあとはみんなでゲームをしてたんだよ」
佑介「そうだったか。まあクッキーを作ったから食べてみてくれ」
と、俺は先程に作ったクッキーをみんなの前に出し、鮫島さんは紅茶を入れる。
なのは「美味しそうなの♪」
すずか「すごくたくさんの種類だね」
アリサ「少し多すぎな気が…」
と、まずは見た目の感想を述べる。ごめん、量が多いのは、はしゃぎすぎたせいです…
なのすずアリ「いただきます(なの)」
それぞれクッキーを一つずつとり、口へと運ぶ。
なのすずアリ「美味し~♪」
無事に喜んでもらえたようだ。うん、よかったよかった。
なのは「ココアクッキー美味しいの♪」
すずか「このチョコチップクッキーも美味しい♪」
アリサ「甘すぎず、くどすぎず。絶妙なバランスね…これ全部一人で作ったの?」
佑介「いや、鮫島さんにも手伝ってもらったよ」
「そうなの?」と、アリサは鮫島さんの方を向く。
鮫島「はい、微力ながら。ですがほとんどは秋月様がお作りになられ、私は学ばせておりました」
アリサ「へー、鮫島にここまで言わせるとわね…って、佑介どうしたの、そのカチューシャ」
アリサは俺が未だにつけているカチューシャに視線を送り、なのはとすずかも俺の方を向く。
佑介「あぁこれか?前に桃母さんから貰ったんだよ。料理するときは必ず着けてるんだが、似合ってるだろ?」
冗談っぽく笑いながら聞いてみる。
アリサ「ま、まぁ似合ってるんじゃない?…いつもより違う感じでいいかも(ボソッ」
紅茶を飲みながら素っ気なく答えるアリサ。後半がよく聞こえなかったけど、気にする必要はないか
佑介「そうか。ありがとな」
なのすず「………」
俺がお礼を言うと、何故かなのはとすずかはジーッとアリサを見ていた。
鮫島「応援しておりますぞ、アリサお嬢様」
何の応援だ?と、思いながら俺も紅茶を飲む。うん、美味しい。