カルデアに来てしばらく経つ妖精騎士トリスタン――改めバーヴァン・シーはカルデアに来てから悪夢にうなされていた。
 そんな悪夢を振り払ってくれたのは、いつも何かと気になっていたマスターだった。

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『貴方』と出会って掴んだ幸せ

「お母様ッ!将来ね、私、絶対に結婚するんだ!」

 

 それは、いつの記憶だっただろうか……?

 

「ふふ、お前ならすぐに相手は見つかるだろうな……」

 

 ぼんやりとした記憶の中で浮かんでくる玉座に座ったお母様の顔。

 その表情はとても穏やかで嬉しそうだった。

 そんな様子に私も嬉しくなってしまう。

 ――幸せだ……と心からそう思えた。

 

「しかし、お前が嫁入りとなると、私よりも夫に夢中になってしまって、私に構ってくれなくなるな……」

 

 少し寂しそうに語るお母様だが、もちろん寂しい思いはさせない。

 

「大丈夫!私はお母様が一番大事だから!」

「そうか……やはりお前は私の希望だ……バーヴァンシー……」

 

 お母様は再び表情を穏やかにすると、私の頭を撫でてくれた。

 やっぱりお母様は優しい、お母様は私が希望だと言ってくれたが、私も同様にお母様――モルガン陛下が唯一の希望だ。

 

「さて、そろそろ出かけなければな……」

「……?お母様、何処へ行くの?」

「……」

 

 私の問いに答えないまま、お母様は急に玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。

 

「お母様ッ!一体、何処へ――」

「……」

 

 お母様を問い詰めようと、顔をじっと覗き込む。

 すると、次の瞬間、だらり――と額に血が一筋走った。

 

「……ッ!?お母様……ッ!血が……ッ!血が出て……ッ――!?」

 

 半狂乱になって叫ぶが、既にお母様の目からは光が失われている。

 そして、よく顔を確認してみると、額だけではなく、口の端からも大量に血を伝わせていた。

 

「お母様……ッ!お母様……ッ!しっかりして……ッ!」

 

 虚ろな目をしたお母様を必死に揺さぶる。

 しかし――

 

「……私は理想の楽園を作りたかった……理想の楽園を作りたかった……楽園を作りたかった……」

 

 虚ろな目を崩さぬまま、お母様は壊れた人形の様に何度も同じことを繰り返し言い続けている。

 そんな異常な状態を私一人では何とかできないと、すぐに悟った。

 

「衛兵ども……ッ!早く来いッ……!!お母様の手当てをしやがれ……ッ!!」

 

 周りの衛兵達に吐き捨てるよう喚くが――

 

「「……」」

 

 まるで時が止まってしまったかのように衛兵達はその場を微動だにしない。

 

「くっ……ッ!殺されてぇのかッ……!こっちに来いってんだよ……ッ!!」

 

 射殺すような目で衛兵を再度睨みつけようと、再度衛兵の瞳を見つめると、ようやくその衛兵が瞳に光を宿していない事に気付いた。

 見渡せば、衛兵だけではなく、玉座の周りに居る者達全てが虚ろな目をし、その場で人形の様に固まっていた。

 

「ちくしょう……ッ!!使えねぇ奴らが……ッ!」

 

 周囲に助けを求める事は辞め、何とか自身の力でお母様を直そうと懸命に策を模索する……が。

 

「わ、たし……は……りそ、う……のらくえ、んを……」

 

 お母様の身体には次々と傷が出来ていき、血がシャワーの様に吹き出ていく。

 普通の妖精ならば倒れて然るべきなのに、お母様はその場に意思を持つかのように立っていた。

 

「どうして……?お母様は何も悪い事をしてないのに……」

 

 負の感情が私の心を蝕んでいく。

 

「もしかして……私のせいなの……?私の、わたしの……せい……?」

 

 足場が崩落していくような感覚に思わず座り込んでしまう。

 もう一度……お母様の方を見つめる。

 

「……」

 

 お母様は既に生命活動を停止し、ただの肉の塊として佇んでいた。

 

「どうしてよ……ッ!?なんで、なんで……ッ!お母様がッ!?うっ……ッ!うう……ッ!」

 

 ただの人形と化した衛兵の前で喚き散らすが、やはり衛兵は表情を一つも変えない。

 先程までの温かな雰囲気からの変わりように、私の心は全く付いていけていなかった。

 

「もう、いいや……お母様が居ない世界なんて、居る意味なんて……」

 

 所詮、他の妖精から疎まれる自分に居場所は無い。

 どんどんと私の表情は暗く、目も虚ろな物となっていった。

 そして、ふと衛兵の方を見ると、手元に短剣らしきものを握っている事に気付いた。

 

「えへへ……おかーさま…あ……今行くからねぇ……えへ……」

 

 フラフラとその衛兵に近づき、短剣を手から奪い取る。

 

「じゃあね……クソみたいな世界……」

 

 言葉を吐き捨てると、短剣を躊躇せず、喉元へ一気に向かわせる――

 

 それが、最後に見た場面だった。

 

 

 

 

 

 

 

――バーヴァンシー?居るのですか?

 

 ドンドンと扉の外から音がする。

 お母様の声だ。

 

――バーヴァンシー?返事をしなさい

 

 ここはカルデアの私の部屋、先程までの事は夢だったようだ。

 しかし――身体が怠い……とても悪い夢を見ていた気がする。

 正直、このまま突っ伏しておきたい気持ちだが、お母様に呼ばれている以上は無視するわけにはいかない。

 

「すぐ行くから待っててお母様!」

 

 とりあえずお母様に返事を返すと、身をベッドから起こした。

 何せ、お母様とのお茶会だ……行かないわけにはいかない。

 

「(まぁ、お母様と2人きりじゃないのは残念だけどね……)」

 

 お母様と妙に親しいハベトロットとかいう英霊が茶会に参加してくる。

 私としてはお母様と二人だけの時間が欲しいが、お母様はハベトロットと話している時は不思議と表情が柔らかい。

 お母様を取られてしまう事は嫌だが、お母様の笑顔が見れると割り切れば、あまり不快感は湧いてこなかった。

 

「(今日は、お母様のどんな顔が見れるのかしら……)」

 

 気持ちを弾ませ、急ぎ足で扉へと向かうのであった

 

 

 

 

 

 

 

「――それでね!あの驚いたマスターの顔が笑えてさ……!」

「我が夫は恋をしたことがあまり無いのでしょう……トト――いえ、ハベトロットから言われるとは想定外だったのではないですか?」

「うーん、そうかなー?マスターの周りには花嫁の候補が多いから、てっきり「好き」って言葉くらい言われてるかと思ったよ」

 

 お母様の部屋で現在、3人でテーブルを囲い楽しいお茶会をしている……のだが。

 

「(まったく、もう……ッ!アイツ(マスター)の事ばっかり話して……ッ!)」

 

 テーブルに置かれた紅茶を口を付けつつ、心の中で毒づくも、お母様とハベトロットは意にも介さずに話を進めていく。

 

「そうだ!今度、ウエディングドレスの試着を誰かにお願いしようと思っていたんだけど、モルガン……とバーヴァンシーにお願いしようかな!」

 

「「私達に?」」

 

 お母様と私は同時に首を傾げる。

 しかし、首を傾げる私達をよそにハベトロットは目を輝かせながら話を続ける。

 

「ボクの見立てだったら、バーヴァンシーはお嫁さん力高いんだよねー!多分、ウエディングドレスなんか着たら、ほんとに花嫁になっちゃうぐらいの……!」

「バーヴァンシーが?」

「うん!バーヴァンシーの素直なとことかは嫁ポイント高いよ!」

 

 まだ意中の相手すら出来ていないのに「花嫁になれる」と言われても、正直嬉しくない。

 しかし、お母様はハベトロットの話を聞いた途端に顔を綻ばせる。

 

「貴方に我が娘を褒められるとは、大変嬉しい限りです。バーヴァンシー……良かったですね」

「う、う……ん……!ありがとうお母様……」

 

 ハベトロットに小言の一つでも言ってやろうかと思った矢先でこれだ。

 でも――

 

「(お母様が笑ってるからいいや……)」

 

 妖精国のクソみたいな奴らを相手にしていた時よりも朗らかな笑みを見せるお母様に思わず見惚れてしまいそうだ。

 

「そんじゃ決まりだね!また日程は知らせるから、その時になったらよろしくね!」

「ええ、楽しみにしていますよ――ハベトロット……」

 

 さらに目を輝かせるハベトロットにお母様は相も変わらず、楽し気に応じる。

 でも、気のせいだろうか?一瞬だけお母様の顔が……

 

「話は変わるけど、このケーキ美味しいよね!一体、誰が作ったんだろ?」

「我が夫に聞いた所、エミヤという英霊が作ったようですね……はむっ……確かに、これはかなりの腕前です……」

 

 イチゴが華やかに乗ったケーキを口に運んでいくお母様とハベトロット。

 二人の様子は穏やかで、もう一度お母様の顔を見ても、既に表情を明るくしていた。

 

「バーヴァンシーも食べなよ!すっごく、美味しいんだぜ!」

 

 どこか納得のいかない部分もあるが、とりあえずは水に流すことにし、ハベトロットの言われるままにケーキを口に運ぶ。

 

「はむっ…………これは……ッ!美味しい……!こんなケーキ食べたことない……ッ!」

 

 口に程よく溶けるクリーム、硬すぎないイチゴ、程よい柔らかさのスポンジ……作った者は匠の技を持っていると確信できる美味しさだ。

 気づけば一瞬にして、ケーキを完食していた。

 

「いい食べっぷりですね、バーヴァンシー……」

「あ、いや……っ!これは、このケーキが美味しかったからで……別に食い意地が張ってた訳じゃないのよお母様……!」

 

 慌てて弁解するが、お母様は不思議そうに首を傾げる。

 

「いえ、別に悪い事ではありませんよ……?むしろ、もっと食べなさい」

「う、うん!もっと、食べるね……!」

 

 お母様の満足げな顔に押され、ケーキを口に運ぶ手を動かす。

 やはり、気のせいだったのだろう……だって――

 

「(今のお母様が、夢で見た絶望した顔になるわけないじゃない……)」

 

 刹那に見たお母様の顔、それは一切の感情が消え、額から血を流した姿。

 それは今のお母様からは想像もできない……いや、想像すらしたくない悪夢だ。

 

「それでさ、今度のドレスは――」

「ふむふむ……」

 

 正直、どこか気持ち悪い感覚だ。

 しかし、お母様に打ち明ける事もできず、時が過ぎ去るのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……暇だなぁ……」

 

 あの茶会が終わった後、お母様は用事があると言って、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

 勇気を出して、夢の事を言ってみようかと思っていただけに残念な気持ちだ。

 そして、現在は廊下を目的もなく歩いている。

 

「ほんと……誰か私の遊び相手になってくれる奴はいないかな?」

 

 口に出してぼやいてみるものの、通り過ぎる英霊達は、どれも手を出したらヤバい分類の奴らばかりだ。

 バーサーカーや元ビースト等々、こちらからは近寄りがたい。

 

「大体、お母様は何の用事なのよ……私が一番って言ってくれてたのに……」

 

 ここに召喚されてからは毎日のように、お母様は私と時間を過ごしてくれた。

 妖精国とは違い気兼ねなく、お母様に甘えることができる……その事実に何度も幸せを噛みしめたか数えきれない程に。

 

「(もしかしたら、アイツ(マスター)が居るから――)」

 

 その邪念を吹き飛ばすかのように、前方から知らず知らずのうちに来ていた人物と真正面からぶつかってしまった。

 しかし、大した衝撃ではなかったため、その場に尻もちを付くだけですんだ。

 

「ったく……誰だ――!……よ……?」

 

「いてて……ごめん、僕も先を急いでたんだ……」

 

 睨みつけようとぶつかった人物に目を合わせた瞬間に思わず、言葉を詰まらせてしまった。

 のほほんとした顔、右手に宿した令呪……その人物は紛れもなく私のマスターである。

 

「あ、バーヴァンシー!丁度、君を探してたんだ!」

「わ、私を?い、いや……そんなことより、今日はレイシフトするとか何とか言ってたじゃんか……」

 

 若干たじろぎながらも、目の前の青年に質問を返す。

 

「あー、その件は大丈夫……ダヴィンチちゃんに色々理由を付けてお休みもらったから、今日は召喚されたばかりのバーヴァンシーと話がしたいかなって……迷惑だったかな?」

「いや、迷惑じゃない……けど……」

 

 てっきり「レイシフトに一緒に付いてきてくれ」とでも言われると思っていただけに少し拍子抜けした。

 しかし、いざ2人きりで話すとなると少し気恥ずかしさもある。

 でもマスターが自ら私と話したいと言ってくる事は無いかもしれない……そう考えると、気恥ずかしい気持ちも何とか打ち消すことができた。

 

「分かった……私も貴方の事が知りたいから、仕方なくよ……?」

「良かった!それじゃ、早速僕の部屋まで来てくれるかな?あそこなら、しっかりとした話ができるから」

「ん、分かったわ……」

 

 相も変わらず笑みを絶やさないマスターを後目に、私の心は不思議な感覚に襲われていた。

 

「(マスターの顔を見てると、胸が苦しい……何なの……?)」

 

 静まれと念じるが、それでも鼓動を続ける胸に恐怖すら感じてしまう。

 おまけに頬も少し赤みを帯びている気がする……何故だろうか?

 

「バーヴァンシー?大丈夫……?頬が赤いみたいだけど……」

「な、何でもない!早く行くわよ!」

「う、うん……行こうか……!」

 

 不思議な顔をしつつも、マスターは私の声に押されてか足早に歩き始めた。

 

「(もうッ……!何なのよ!?何でマスターの顔を見たら顔が赤くなっちゃうのよ……ッ!?)」

 

 何とか下を向いて顔を見られないようにしているが、耳たぶを触ってみると顔と同じように熱を帯びているため、もはや隠すだけ無駄なのは明白だった。

 結局、このままの状態でマスターの部屋へと行くことになったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 マスターの部屋に着くと、中に案内され用意されていた椅子へと腰掛けた。

 一通り見渡してみるが、特に飾られた物は無く、あるとすればレイシフトの際に着用する魔術礼装が掛けてあることぐらいだろうか?

 

「アンタ、もっと部屋を飾り付けたりとかしないの?」

「いや……僕もやろうとは思ってるんだけど、時間が無くてね……あはは……」

 

 マスターは苦笑いを浮かべながら、部屋の奥へ行くと、2人分のティーセットを運んできた。

 

「今度、是非ともバーヴァンシーの部屋を見せてもらいたいね……はい、召し上がれ……」

「冗談言うな!だ、誰がマスターなんかに見せるかよ……大体――」

「ふふ、冗談だよ……冗談……」

 

 私の言葉を受け流しつつ、マスターは2つのカップに程よく温かい紅茶を淹れていく。

 正直、先程の茶会で紅茶は飲んだが、試しに口を付けてみることにした。

 

「っ……ふぅ、中々美味しいわね……」

「良かった、僕も久し振りに他人と茶を飲むからね……」

 

 紅茶の風味を楽しむ傍ら、少し寂しそうに紅茶を眺めるマスターの姿はどこか私を重ねてしまう。

 その姿は、お母様と会う前の私の姿に少し似ている気がする。

 

「(こいつも寂しいのかな……?)」

 

 いつも英霊達に囲まれている様子からは考えられない程に落ち込んでいるマスターの姿を見ると、こちらもどこか哀れみを覚えてしまいそうだ。

 

「……」

「……」

 

 互いにどこか気まずい空気が流れる。

 私もマスターに聞きたい事はいくらでもあるが、どうにも話しかけづらい状況になってしまった。

 何か話しかけるきっかけを作れないものかと思い、マスターの顔を少し観察してみる。

 先程話した時は分からなかったが、よく見ると目元に大きなクマがあることに気付いた。

 

「マスター、最近ちゃんと寝てる?」

「え?」

 

 私の鋭い声に顔を上げるマスターだが、その顔にはやはり余裕が無い事が伺えた。

 

「ちゃ……ちゃんと寝てるに決まってるじゃないか!僕はいつも元気だ!」

 

 マスターは取り繕ったかのような笑顔で私に笑いかけるが、その笑顔からは哀愁しか漂ってこない。

 実際カルデアに来てから薄々は気付いていたのだ、マスターはどこか壊れていると。

 自分の身体はとっくに限界に来ているのに、頑なに休もうとしない、いつも”大丈夫”と笑みを浮かべてレイシフトへ向かう。

 肉体的な疲労ではない疲労、つまり精神的な疲労が積もっているにも関わらず、それを誰にも悟られないように日々レイシフトを行っている姿を見ると、それに気づかない周りにも苛立ちを覚える。

 だからせめて、私だけは――

 

 

「バーヴァンシー?何で席を立って……?って、うわッ!?」

 

 私がやってやれること、それはせめてもの抱擁だった。

 

「大丈夫よ……マスター、たまには休んでいいのよ……」

「あ、ぅ……バーヴァン……シー……?」

 

 まさか抱き付かれるとは思っていなかったのか、マスターは困惑の表情を浮かべる。

 だが、私はそんな様子を気にせずマスターの身体を抱きしめた。

 

「少し無理をし過ぎてる……休まないと……」

 

 目を細めつつ背中をさすると、硬くなっていたマスターの身体がすぐに柔らかくなるのが分かった。

 

「私はね、貴方に感謝してるの……」

 

 今でも覚えている記憶。あれは、まだカルデアに来て間もない頃の話……

 

 

 

 

 

 

 召喚された当初は他の英霊とそりが合わず、孤立することが多かった。

 原因としては私の荒々しい口調や態度のせいだろうと薄々気づいてはいたが、頑固だった私はその姿勢を変えることをしなかった。

 お母様がフォローを入れてくれたりもしたが、そんなお母様の厚意を無下にするように私は孤立を極め続け、遂に私に寄ってくる英霊は一人も居なくなる。

 

「はぁ……ほんと、退屈……」

 

 唯一の憩いの場であった食堂でも、あまりいい目では見られなくなり、角の席に一人で座る様になっていた。

 

「(どうせ……私なんか、お母様が居ないとダメなんだ……)」

 

 ”今日もどうせ誰も私には話しかけてこない”と諦めかけていると、こちらに向かって迫る足音があった。

 このまま通り過ぎるかと思った足音は私が座っていた席の前でピタリと止まる。

 どんな奴が声を掛けてきたかと顔を上げると、その女性の美しさに思わず息を呑んでしまう。

 

「貴方がバーヴァンシーですね?私はガラテアと言います、以後お見知りおきを……」

「あ、うん……よろしく……」

 

 突然挨拶を交わしてきた白髪の女性に戸惑いを覚える。

 原因は顔だ……彼女の顔からは表情の変化があまり感じ取れず、言葉も淡々としているせいか少し怖さを感じていた。

 

「早速ですが、貴方は靴作りがお好きでしょうか?」

「ま、まぁ……好きだけど……」

「それでは私と一緒に靴を作りませんか?貴方の腕はかなりの物だと聞いていますので、是非とも……そして、できればなんですが――」

 

「ちょ、ちょっと待って!?話が急になり過ぎて頭の整理が……」

 

 見た目に寄らず、ぐいぐいと迫るガラテアに私も思わずたじろいでしまう。

 話を整理するとガラテアは私と靴が作りたい、それだけの話だ。

 

「(でも、何で急に私に声を掛けてきたのかしら……?)」

 

 私の趣味を知っている英霊などお母様ぐらいしか居ないはず。

 事実、このカルデアでは未だに他の英霊達との交友関係を持っていないため、尚更知れるはずが無いのだ。

 

「何で貴方は私が靴作るのが好きって知っていたの?私の事を知っている奴なんて、早々居ないと思うんだけど……?」

「私も、最初は貴方の事を全く知りませんでした……しかし、マスターが『バーヴァンシーは靴が好きだから仲良くしてあげて』と頼みこんできましたので、私もマスターの意を酌む形になった。という訳です」

 

 マスターと言われてすぐに平和ボケした顔が浮かぶ。

 いつも呑気で、そして危なっかしい奴……そんな認識だが、一人一人の英霊の趣味を把握しているのをすっかり忘れていた。

 

「カルデアでは靴好きの英霊が中々いませんからね……だからこそ貴方のような同志を見つけることができたのは喜ばしい事です……」

 

 先程までの変化しなかった表情が一変し、ガラテアの顔が少し綻んでいるのが分かる。

 ガラテアの少女のように純粋な表情を見ると、こちらも悪い気はしない。

 

「……分かった、一緒にいい靴作りましょう?ガラテア?」

「本当ですか!良かった……!それでは、これから靴を作る『友』として頑張りましょう!」

 

 私の手を取り、感極まったかのように目を煌びやかにさせる彼女は本当に心からの喜びだったことが見て分かる。

 でも、何故だろうか……?『友』と言われた瞬間から、目尻が熱い物がこみ上げてきている。

 

「それでは、また後ほど私の部屋でお会いしましょう……!」

「了解したわ、またね……」

 

 ステップを踏むように踵を返していくガラテアを見つめていると、先程まで目尻にこみ上げていた熱い物が落ちる感覚がした。

 

「あれ……?なんでだろ?なんで、涙なんか……」

 

 疑問を持てば持つほど、何故か目尻からは一つまた一つと涙は零れ落ちてしまう。

 腕で拭っても、やはり零れ落ちてく。

 

「(でも、胸はすごくあったかい……)」

 

 悲しい時には涙を流した、妖精国に居た時は悲しみや怒りと言った感情しかないと言っても過言では無かった。

 しかし今の私に悲しみの感情は無く、どこか穏やかで満たされた気持ちでいっぱいだ。

 

「(まぁ、ありがとう……マスター……)」

 

 この場に居ない青年の顔をふっと思い出す。

 なんやかんやで危なっかしくて、トロい所もある奴だ。

 それでもこの時ばかりは、そんなマスターを”守ってやりたい”そんな気持ちが芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……貴方のおかげなのよ?ガラテアと友達になれたことも、他の英霊と仲良く出来たのも……だから――私ね、楽しいの!」

「……ッ!」

 

 それは心からの言葉だった。

 妖精国では友達と言える奴は居ないに等しかった私にとってカルデアは、すごく居心地のいい場所だと思える。

 ガラテアと靴作りに励め、お母様に思う存分甘えられる……

 これほどの幸せを噛みしめれたのは、陰で見守ってくれていたマスターのおかげだ。

 

「でも、僕は大したマスターじゃないよ……だって今までだって救えない物があった、だからこそ……僕が犠牲になってでも――」

 

「ふざけないで……ッ!!」

「ッ!?バーヴァンシー……?」

 

 私の一喝にマスターは首を驚きと困惑の表情を見せる。

 そう、これなのだ……マスターが歪んでいる部分は――

 

「マスターは十分、働いてるじゃない……ッ!それに、数々の特異点を解決したっていう実績もあるし、マスターとしての実力も十分ある――なのに……ッ!」

 

 ぐっと息を吸い込み、呼吸を整え、そして口を開く。

 

「どうして、自分の事を救おうとしないのよ……ッ!!いつも、他人の事ばっかりで自分に無頓着……そんなんじゃ……本当に――」

 

「壊れちゃうじゃない……ッ!」

 

 言葉を言い切ったと同時に目から滴る涙、その涙はマスターの頬を濡らす。

 マスターはしばらく呆然とした表情でいたが、すぐに我に返ると、少し苦笑した様子で口を開いた。

 

「バーヴァンシー……君はそんなにも僕の事を想ってくれていたんだね……ありがとう……僕はそんな想ってくれる人に気付かずに『世界を救う』なんて息巻いてたわけだ、本当に情けないよ……」 

「でも、君のおかげで目が覚めた……僕にもマシュやダヴィンチちゃん、それに君も僕の身を案じてくれている。だから、僕も簡単には死んじゃいけない……そのことを改めて認識できた……重ねて礼を言うよ――ありがとう、バーヴァンシー……」

 

 マスターは礼を言い終えると同時に自身の腕を私の背中の後ろへ回す。

 抱きしめていた私の手が自然と緩まり、マスターは両腕で私を胸元へと手繰り寄せて抱きしめる。

 その感覚はまるでお母様に抱かれてている時のように優しく、温もりを感じるものだった。

 ――なんだろう?……眠い……

 

「マスター……私、眠いの……寝てもいいかな……?」

「ああ、いいよ……ゆっくり眠って……」

「ん……」

 

 突然来た眠気に身を任せ、マスターの胸にもつれる。

 

「(やっぱり、安心する……あったかい……)」

 

 とても穏やかな気持ちだ、こんな気持ちはいつ以来だろうか……?

 私がいつも他の妖精共にいじめられボロボロになって帰ってきた時、お母様はいつも私を抱きしめて慰めてくれた。

 お母様に抱きしめられると怒りや悲しみの感情は和らいでいき、いつの間にか穏やかな気持ちへと変わっていったのだ。

 

「おか……あ、さま……」

 

 意識がまどろんでいくのが分かる。

 目も徐々に閉じていき、身体から力が抜けていく。

 ああ……眠りというのは、こんなにも気持ちが良く穏やかな物だったのかと改めて認識ができた。

 

「(おかあ、さま……好き……でも――)」

 

「ます、た……あ、だいすき……よ……」

 

 その一言が私の覚えている最後の一言だった。

 

 

 

 

 

 

「おお……!2人とも似合ってるよ……!ボクの見立ては完璧だったみたいだ……ッ!」

 

 ハベトロットの自室にて、私とお母様はハベトロットの約束通りウエディングドレスの試着を行っている。

 

「流石ハベトロット……服の作り込みはお手の物と言ったところでしょうか?」

 

 特に恥じらう様子もないお母様の姿は白を基調としたドレスだ。

 お母様は黒が似合うとばかり思っていたが、純白のドレスに身を包むお母様も輝いて見えた。

 

「流石、お母様……!とても似合ってる……」

「バーヴァンシー……貴方も夢のように美しいです……」

「お母様……!」

 

 今の私のドレスも白を基調とした物で見た目はお母様とあまり変わらない、しかし私のドレスはお母様のドレスに比べて裾の部分が長く、装飾品として赤い薔薇が付けられていた。

 正直、気恥ずかしい所もあるが、こんなに美しい服を着れるという感動の方が大きかった。

 

「改めて感謝します、ハベトロット……こんな娘の姿を見れたのは貴方おかげです……」

「いやいや……!ボクが礼を言いたいぐらいだよ!2人のこんなにも綺麗な花嫁姿を見れてボクも喜ばしい!」

 

 ハベトロットの上機嫌な様子を見ていると、部屋の扉がノックされた。

 私とお母様は誰だろうと首を傾げるが、ハベトロットはノックの主が誰か知っているらしいようで、尚も上機嫌でノックに答える。

 

「入っていいよ!マスター!」

 

 驚く私達をよそに、一人青年が心躍る様子で部屋に入り、すぐに私達へと視線を向ける。

 

「おお……!バーヴァンシーもモルガンも、すっごく綺麗だ……」

「ちょ、ちょっと!ハベトロット!何でマスターが居るのよ!」

「何でって……どうせならマスターにもウエディングドレスの姿を見てもらいたいじゃん!だから、敢えて君達には伝えずにサプライズでマスターに来てもらったのさ!」

 

 予想外の出来事に頭の回路がショート寸前になるが、そんな私に追い打ちを掛けるようにマスターは私の姿をまじまじと見つめる。

 

「やっぱり、バーヴァンシーはウエディングドレスが似合うね……本当にお嫁さんみたいだ……!」

「マスターは分かってるねー!モルガンからのお願いもあったけど、今回一番手が込んだのはバーヴァンシーのドレスなんだよね!」

 

 顔を真っ赤にして恥じらう私を前にして、尚もマスターは嬉しそうに私の姿を眺める。

 

「モルガンのドレスも気合入れて作ったんだよ!見て見て……!」

 

 マスターはお母様に視線を移すと、私同様にまじまじと見つめた。

 

「おお……!モルガンも似合ってるね……!普段の雰囲気と違って、清廉な雰囲気がある……!」

「ふふ……ありがとうございます……我が夫、いつかはこの姿で結ばれたいでものです……」

 

 そう言ってお母様は朗らかに笑う、いつもはそんな姿に心癒されるが、何故だろう……?心の奥底から何とも言えない感情が沸き立ってくる。

 本来であればお母様の笑顔を見るのは嬉しいはずなのに、マスターと仲睦まじい様子で話している姿を見ると怒りが湧いてくる。

 これが嫉妬という奴なのだろうか?

 

「よし……一通りに皆のドレスは見れたし、そろそろ――」

「ちょ、ちょっと待ってよ……ッ!」

「ん……?まだ見て欲しい所があるの……?」

 

 私の言葉にすっとぼけた顔で平然としている様子を見る限り、私のドレスに足りない所がある事を分かっていないようだ。

 

「私のドレスに足りない所があるって分からない?」

「そんなところは一つもない気がするけど……」

 

 マスターに分かるよう、必死に頭を向けるが依然として首を傾げるばかりだ。

 

「(もう……ッ!早く気付きなさいよ……ッ!)」

 

 マスターであればすぐに気づいてくれると思いアピールを続けるが、やはり伝わらないようで、困惑した表情を浮かべ続けるだけだった。

 諦めて素直に言おうかと思い始めていると、背後でハベトロットが自身の頭に布を乗せマスターにアピールをすると、ようやく足りないものに気付いたようだ。

 

「ああ、なるほど……!ヴェールを僕に被せて欲しかったんだね……!」

「そうよ!まったく……ッ!鈍感なんだから……!」

「あはは……ごめんごめん……」

 

 怒り心頭でマスターを責め立てるが、私の頬には少しばかり赤みが差していた。

 

「んじゃ……マスター!お詫びを兼ねて、花嫁になったバーヴァンシーに愛の言葉を言いながらヴェールを被せて上げよう!モルガンも賛成だよね?」

「ええ、それならば我が娘も納得するでしょう……」

 

「うーん……まぁ、2人がそう言うなら……」

 

 マスターは何のためらいもなく、すぐに了承し、ハベトロットから白いヴェールを受け取る。

 そして、満を持したかのような顔で私の前に立つ。

 

「(え、え……ッ?まさか、お母様とハベトロットの前でやるつもりじゃ……!)」

 

 再度顔を見るが、どうやら本気らしい事は伝わってきた。

 このまま止めるという事もできず、もうどうにでもなれという気分にすらなってくる。

 でも、不思議だ……マスターに愛の言葉を言われると考えたら、すごく嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 

「(ああ、この感覚が恋っていう物なのね……)」

 

 ついさっきまでの恥じらう気持ちが一気に消え、顔も覚悟が決まった物に変わった気がする。

 今一度、マスターの方を見つめると、不意にマスターと目が合った。

 その瞳を覗き込むとやっぱり純粋で、優しくて温もりのある瞳であった……私はそんなマスターの瞳がとても好きだ。

 マスターも私の瞳を覗き込み、心の準備が出来たことを察すると意を決して言葉を紡ぎ出す。

 

「バーヴァンシー……僕は君が大好きだ、これからもそれは揺るぐことはないと誓うよ……愛してる……」

「私もよ……マスター……愛してる……」

 

 柔らかなヴェールの感触、それはマスターに被せられた事で天使の羽にも勝る程に温もりを感じる。

 今までのどんな出来事よりも幸福に感じるこの時間は、時が止まったかのように長く感じた。

 お母様しか愛してくれる人は居ないと絶望した日から時間は経ち、場所こそ変わってしまったが、こうして私を理解して愛してくれる人と巡り合えて、恋をすることが出来ている。

 マスターの戦いはこれからも続いていく、それでも私は愛する人を守る為や友達の為に全力を尽くそうと心に誓いつつ、この瞬間の幸せをもう少し噛み締めるのであった……




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