コミュ障ぼっち、ガイアを行く 作:犬西向尾
祝賀会、宴会、戦勝祝賀会、呼び方は何でもいいが
俺たちとのお別れ会も兼ねた立食パーティーが開かれた。
参加者は俺たち、新チュートン騎士団の人間、アイゼナハの住民の代表たちと言った所で
集まってみると結構な人数になる
非覚醒者であるため戦闘に参加出来なかった新チュートン騎士団の人も参加しているとか。
場所はアイゼナハの、比較的無事だったホテルとなった。
アイゼナハとヴァルトブルク城は平和な時はちょっとした観光地となっていて
城はとある著名な聖職者が宗教的に意味がある事業を行った城として、
そしてアイゼナハは、俺でも名前を知っているような音楽家の故郷として知られた街だ。
そのため宿泊施設は街の規模の割に整っており、その中で無事だった所という事である。
この街が攻略される前はむしろこの手の「無事な建物」は目を付けられやすいため
とても利用できる物ではなかったらしい。
天使が、そして多少知恵のある悪魔が待ち構えている事がよくあったのだそうだ
ここを利用出来る事が街の解放と安全を象徴するちょっとした行いになるのかもしれない。
ホテル一階の広間だか食事処だかを使った会場はそこそこ見栄えがするものだった
このホテルの妙に古くさい洋館っぽい見た目と
ランタンのような火を扱うのが上手な仲魔たちが魔性の火を灯りに使っている事
これらが合わさり奇妙なほどに前時代的な雰囲気を醸し出している。
準備時間が半日もないのに場所を選び掃除して、会場を整えた手際の良さにも感心した
これらの準備には少しは俺たちも手を貸したが
大体の事は新チュートン騎士団と住民たちが行った事だ。
お別れ会も兼ねて、という点を考えると彼らからの心尽くしと思って良い
慌ただしくさせて申し訳ないと思った。
向こうの騎士団長の開会の言葉を適当に聞き流し、
何も考えずにぼーっと突っ立って居られたのは僅かな時間でしかなかった。
入れ替わり立ち替わりで何やら挨拶を受ける、忙しい、食事をする暇もない
アイゼナハの住民はともかく新チュートン騎士団の方までそういう動きをするのが解せぬ
敬われている感じがするからまた居心地が悪い。
俺の役職が所詮はくじ引きで決まった程度の、便宜的なものだという説明はしていたはずで
そんな人間に挨拶なんかしなくても良いのに。
ようやくありつけた名前も知らない芋料理を食べながらそんな事を不機嫌に思った
ご飯っていうのは落ち着いて食べれなきゃいけないと思う。
通訳をしてくれてた少年も下がらせる、彼にも食事が必要だ
俺の通訳なんかさせて食べる機会を逃すべきじゃない
このパーティーでの食事が今日の晩御飯になるんだからな。
それに少年がいなければ「私ドイツ語分かりませーん」で逃げる事も出来る。
「どうされました?」
傍にいた<ライコー>に心配されてしまった、不機嫌なのが漏れたかもしれない
落ち着いて食べれないから不機嫌なんて、正直に言うと子供っぽい気がするので誤魔化した
「いや、やけに芋料理が多いと思ってさ」
ドイツ料理=芋!ソーセージ!ビール!はただの偏見だと思っていたんだが……
テーブルの上に並べられている様々な料理、その殆どが芋料理だった。
味は悪くないのもあるんだがやけに芋料理が多い、俺が芋を育てたからだろうか?
いや、でも準備中に【トラポート】で日本から食材を仕入れたはず
わざわざ芋料理ばかり作る必要はそんなには……
そんな事を思いながら、崩した芋を練って団子にしたらしき料理を齧る、ねっとりしてる。
なんでわざわざ団子にするんだ。
「ドイツは芋料理が多い国だからな。
芋の種類はやけに多いしこだわりもある、女子の教育で使う言葉で
「芋でフルコースが出来るようになれないと嫁にいけない」なんてのもあったと聞く
もちろん比喩表現なんだろうが、そういう国だ」
あっリーダーだ。
赤ワインで満たされたワイングラスを右手に持ちながらリーダーが来た
ワイングラスがこれほど似合わない人もそうはいないだろうなぁ
普段はお供をしている<ワン太郎>もこういう場であるからか居なかった、残念
今回、<ワン太郎>は偵察に出ずっぱりで殆ど触れる機会がなかった。
「今回は俺の見込み違いだった、悪かったな
もう少し収入になると思っていたんだが」
「いえ良いですよ、元々マッカ稼ぎのために来た訳じゃないですし」
今回はレベル30越えをした【俺たち】だけで構成されたメンバーだ
俺ですら30半ばを過ぎてるレベルで、それで一番高いわけではない。
その俺たちが普段から稼いでるマッカや経験値ほどは稼げないとは事前に言われていた
天使が特別稼げない敵という訳でもマッカにならない敵という訳でもない
ただ戦いやすい異界に籠り、適正レベルの敵を狩り続けるそれとは効率がはっきり違うのだ
マッカやレベルの事だけを考えるなら最初から参加するべきではなかった。
会議で決まった翌日に撤収という急な行動も「ここにいても大した儲けにはならない」
という収入面での現実を踏まえての事でもある。
特に今回は「好きな時に勝手に撤退出来るように」と
メシア教等からの報酬の申し入れを全面的に断ってすらいる
収入のあてが敵からの戦利品しかない遠征だった。
とはいえレベル45、霊脈からのバックアップ付きの天使というボスは
経験値という面ではそれなり以上に美味しい相手だったから悪い結果という訳でもない
倒して得たMAGというより、試練を乗り越えた事による魂の研磨という意味での経験だ
ゲーム的に言えば「強敵」や「地域の支配者撃破」補正でボーナスを得た感じかな。
天使【ドミニオン】の名は穏当な「支配」や「統治」を意味する
地域支配をするボスとしてはそれに相応しい存在だった、全然穏当ではなかったが。
「そう言ってもらえると助かる。
ボス天使のフォルマや城で接収した資料を売りに出す予定なんだが
どうも大した金額になるとは思えなくてなぁ」
「期待しないでおきますよ」
「すまねぇな」
城で接収したメシア教の資料、実験道具やデータが記述された紙の束は
【ガイア連合】に纏めて提出して評価額を決めて貰い、そのまま売りに出す形になる
それとは別に戦利品も当然あるがこれらも微妙だ。
ボスだった天使【ドミニオン】のフォルマは品質的にそこそこの値段が付きそうだが
天使由来のフォルマは全体的に微妙に人気が無いためそれもどうなるかわからない
低品質の物ならあり触れている為、趣味人な【俺たち】の食指が動かないのだ
今や【ガイア連合】は世界中から【天使の羽根】を買い漁っている。
そこそこレアなフォルマは【俺たち】向けのオークションに出す事になっているが
今の段階ではいくらになるかわからない。
これらは一度全てマッカに換えられ、それを分配する事となっている。
全体の金額としてそれなり以上の金額になると思うが
それを8人で分けるとなればそうでもないだろう。
「ところで言葉遣い、普通にしてますけど良いんですか?」
「今は構わねぇ、あそこにいる山田が俺とお前の周りの音を消してる
あいつは衝撃属性の魔法も使えるからな」
器用な事をするなぁ、そういうの羨ましい。
山田さんに視線を向けたら挨拶代わりに手をヒラヒラされた。
じゃあなと、別の人の所に向かったリーダーを見送り
さて、次は何を食うかと芋料理に思考を向けてたら山田さんが来た。
手に取った芋のオーブン焼きっぽい物を載せた皿をテーブルの上に置く。
「やぁ、実は聞き忘れていた事が2つありましてねぇ
少しいいですか?」
「良いですよ」
「リーダーが源氏さんの話を聞いて、方針を微妙に変えていたらしくてですね
【インド神話勢力】に関する事なんですが。
当初は【インド神話勢力】の方に遠征をするつもりだったそうです。
それでどんな話を聞いたのかちょっと興味を持ちまして
なに、本人の許可は取っています」
【インド神話勢力】?確かちょっと前にそんな話をしたような……
一瞬、話しても良いか考えたが別に口止めされた話でもないし今更だと思い直す。
あれは<シオン>が【シルフ】になり、【トラポート】を覚えてちょっとしたくらいの頃
せっかく覚えた【トラポート】の試し打ちという事で色んな所に【トラポート】で行った
そして国内では大体問題なく仕様通りに【トラポート】出来る事を確認したため
海外にも行けるか試してみたくなった。
【半終末】になってから俺が行った事がある唯一の海外、インドである。
今は【ハリティー】であるかつての雇い主にお土産で【COMP】を渡したら大層喜ばれた
噂には聞いていたが現物は中々回って来なかったらしい、喜んでもらえてよかった。
それじゃあ帰るか、と思ったところで知り合いの【スパルナ】がやって来て、色々話した
【インド神話勢力】の話ならその【スパルナ】との話だと思う
「源氏さん、意外と交友関係広いんですねぇ」
「交友関係なんですかね」
あの【スパルナ】と俺って交友してるんだろうか。
【スパルナ】の話を纏めるとこういう事になった
現在【インド神話勢力】は今後の方針を巡って荒れている
これの行方を探るための情報を得たい、という事だ。
あの対蝗害戦が終わってからの【インド神話勢力】には大きく分けて2つの方針があった
攻勢と守勢の2つである、どちらを選ぶかで勢力全体で活発な議論が続けられていた。
攻勢の場合では程々に守りを固めたら、一部の神たちにMAGを集中させて遠征
中東のどこかにあると推測されていた「メシア教のMAG工場」を攻撃するという作戦だ
これは近い将来、そのMAG工場からの補給を受けてやってくると予想される敵軍への
予防的攻撃、いわゆる攻勢防御という色合いが強い。
【アバドン】によって生まれる苦しみは「5ヶ月間」と決まっており
それがあの、億単位の人を飲み込んだ蝗害によって収穫された覚醒者の残された寿命となる
その寿命が尽きる前か直後にメシア教過激派は大攻勢に出ると予想、危機感を抱いており
そうなる前に「MAG工場」を攻撃、それを妨害するという意図だった。
既にある程度の場所の目星は付けており戦力さえあればいつでも実行できる。
守勢の場合では、インド北部にある程度戦力を集中し防衛
その間に亜大陸内に沸いた悪魔と【過激派】天使の全面的な掃討を開始するという作戦だ。
来る過激派の大攻勢に耐え切るには、インド内の安定こそが必須である
それを行う事で戦力の大規模かつ効率的な動員を可能とする。
そういう思惑の下に纏められた作戦だった。
守勢と言ったが内部の敵を積極的に討つ事から、言うほど守勢ではない。
彼らは日々侵され、汚されつつある霊地と氏子の安寧を憂いていた
一刻も早くインド内から敵対的な悪魔と天使の掃討を開始したいと焦れている。
この攻勢と守勢、どちらもそれなりの合理性を有し、どちらかに決まれば
【インド神話勢力】内の者たちはそれなりの納得が出来るはずだった。
しかしここに【ガイア連合】から懸念を示される
「【ガイア連合】から懸念が?」
「はい、1988年に西アフリカで蝗害が起こった事は知っていますか?
この世界でも、【俺たち】の前世でも起こっていたそうですが」
「……詳しい事はちょっと思い出せませんねぇ、興味なかったもので」
「それでバッタが西アフリカからカリブ海まで到達したそうです
普通の蝗害でのバッタが、4000キロを飛翔して」
普通の、生物的なバッタですら条件が整えば大西洋を横断しカリブ海へと渡る、
いわんや悪魔によって産まれたバッタなら。
アラビア海を飛んでインド南部を直撃するかもしれぬ、そういう想定はしているだろうか?
それを受けた【インド神話勢力】は再び検討を開始、第三の選択肢を生む、現状維持だ
つまり今まで北部で蝗害対策をしていたように南部にも戦力を回すという事だ
それによって南部に飛来した時の即応体制を固める
北部にばかり戦力を集め、南部から蝗害が侵入して来たら堪ったものではない。
常識的な選択肢といっていい。
しかしこうなると攻勢、守勢、どちらもが当てにしていた余剰戦力が無くなり
現状維持のまま来る大攻勢と当たる事となる、これに難色を示す者たちが多かった
彼らは「現状のままでは厳しいのではないか」という思いの下
それを何とかする為に動こうとした結果が攻勢と守勢の計画だ。
今ある戦力を運用し、次の戦いに備えるというのが共通した意志だった。
「検討した結果動かせる戦力がなかったので今のまま当たります」というのは不安過ぎる
かといって攻勢守勢、どちらかの方針で行けば防衛の為の戦力が足らなくなる可能性がある
どれかを選ぶのであればどこかの方面のリスクを飲み込む必要がある
そこで……
「そこで?」
山田さんに俺が【スパルナ】にしたように続きを促された、
【スパルナ】もあの時困ったんだろうな、そんな事を思ってちょっと苦笑いしてしまった。
「そこで話が終わりです、結局意思統一が全然進まなかったようです」
【スパルナ】が俺に聞きたかった事、
それは「【ガイア連合】には何か話が行ってないかね?」という事だった。
足りない戦力を補うための傭兵契約を、あるいは蝗害対策等に有効なアイテムの購入を
そういう動きを【インド神話勢力】首脳部が見せているのではないか
それによってどういう方針で動くのかがわかるはず、そういうつもりだったようだ
特に【スパルナ】は何らかのアイテムの購入で打破を図る事を予想していたらしかった
再び行われた戦いでの【アバドン虫アポリオン】撃破がそれだけ目覚ましい物だったらしい
その時の戦いでは【ガイア連合】から購入した【アポリオンキラー】が有効に働いたそうだ
しかし俺の知る限りそういう話は来ていない
もしくは来ても断っているから表沙汰にはなっていないのだろう。
もしそれを受け入れていたら規模的に大きな話となって話題になっているはずだ。
そういうと【スパルナ】は残念そうな顔をしたのを覚えている。
「そういう話をしばらく前にリーダーとしました、多分この話ですね」
俺としてもここまで【スパルナ】が向こうの内情を語ったのだから
じゃあ多少は調べてやるか、そう思って色々調べて、それでリーダーにも聞いたのだ。
やっぱり【インド神話勢力】絡みの何かは何もなかったけれど。
「なるほど、それで我らがリーダーが考えを変えた理由がわかりました
政治案件化するのを嫌がったわけですか
どこもかしこも戦力不足ですねぇ」
多分そういう事なんだろうなぁ。
それに【インド神話勢力】は有力な勢力で
日本にとっては大陸で過激派からの盾になっている中華戦線、の外側の防壁に近い存在だ
そこの意思決定に変な影響を与えても責任なんて全く取れないしな。
「それでもう一つなんですが」
まだあるのか、ちょっと喋り疲れた
何か飲もうと思って適当に探すが手近な所にはなかった。
「源氏さんの異界に行った時に老婆を見かけましてね
畑に豊穣系の力を振るって草のようなものを生えさせていました。
あれって源氏さんの所のクシナダヒメですよね?」
なんて事を言うんだこの人は、祟られるぞ。
「多分それは<ホレのおばさん>ですよ。
亜麻を育ててたんだと思います」
【クシナダヒメ】様とお婆ちゃんな<ホレのおばさん>を間違えるのはどうかと思う。
「あれ、外れましたか」
外れた?
「私はクシナダヒメだと思ったんですがリーダーがあまりに否定するので
それじゃ賭けをしましょうとなりましてね、負けましたね
久々に勝てそうな気がしたんですが……豊穣神をダブらせるとは思いませんでした」
では、それだけ言って山田さんは去って行った。
【クシナダヒメ】様は日本書紀でも古事記でも「
そりゃリーダーも否定するわ、それだけはないもの。
とはいえあの方は童女という言葉のイメージほどは幼くはない。
この場合の童女はその漢字の印象よりも読みの「をとめ」の意味の方が理解しやすい
穢れなき若い女性の事だ。
最後に渋い顔をして適当な肴を摘まみながらビールを飲んでる聖女ちゃんに声を掛けて
俺は部屋に下がらせて貰う事にした、これだけ挨拶したんだしもういいだろ。
聖女ちゃんが渋い顔をしてたのは酒が好みに合わないからだった
重いビールはなんか違うらしい。
「あなた、起きてください、時間ですよ」
深夜、ホテルの一室で仮眠を取っていた俺は<ライコー>に起こされた。
一言礼を言い、俺を枕にしていた<シロ>や<ユキ>や<ピクシー>たちをどかす。
今日はこれからする事がある、そのために仮眠を取っていたのだ。
祝勝会の跡は片付けられ、笑い声がたまに響くどこか浮ついた空気があるホテルを出る
外の街はホテルの部屋から灯りが少し漏れる程度でそれ以外は夜の闇が覆っていた。
電気の灯りは文明の光、そんな事を思わされる。
確か【ガイア連合】の工場では最近は大型の【マグバッテリー】の生産もしていたはずだ
今にして思うとこういう拠点に電源を供給するための物だったんだろうな
MAGがあれば発電もできる【マグバッテリー】はこういう所にこそ必要とされるものだ。
そんな事にも気づかなかった、別に今回が初めての海外ってわけじゃなかったんだけどなぁ
自分の鈍さを感じつつ、ホテルの外に駐車してあった荷車の所に行く、うちの荷車だ。
持ち込んだのだ、これから先は俺個人としての行動になる
リーダーの一反木綿を借りるわけにもいかない。
<カーシー>と<ジャックランタン>を召喚する。
「あっ時間?時間?」「ヒッホー!夜食か?湯でも沸かすか?」
「そうだよ時間だよ、悪いな、付き合わせて。
ランタン、お前は明かりだ」
<カーシー>はうちの丘から離れたがらず、それを許した仕事をしてもらってるのに
今回は俺の都合でその節を曲げさせてもらった
その代わり帰ったら「骨付きのでかい肉」を与える事になっている。
「良いよ良いよ!早く乗りなよ!」
機嫌よく尻尾をぶんぶん振っている<カーシー>の様子に安心して荷車に乗ろうとした所
「お待ちください!団長閣下!」
ここ数日で妙に恭しくなりついには閣下とか言い出すようになった少年に呼び止められた。
多分、天使を一匹狩らせたのが効果があったんだろうなぁ。
「何かね、これから私用だ。
そう伝えておいたはずだが?」
静止を掛けられる謂れなどない、ちゃんとリーダーたちにも伝えてあった行動だ。
「私も同行します!私は閣下がお帰りになるまでは閣下の従騎士であります!」
えぇ、ちょっと困ってこのでかい少年を見る、乗せると狭くなりそうだし暑苦しそう……
<カーシー>は大丈夫か?俺と<ライコー>たちに加えてこの大男だぞ
そういう気持ちを込めて<カーシー>を見たが何もわかってなさそうな顔をしている
この子はどうにもこういう所がある。
「今回の件は繰り返すが私用だ、団長としての仕事ではない
故に少年は私について来なくても構わないのだ」
「お供させてください!」
なんだってこんな事に、しょうがない
「扱いは雑になる、いいね?」
「はっ!」
ならいいや、適当に眠らせよう。
<シオン>に【トラポート】で【ドルミナー】持ちの<エルフ>を連れて来てもらい
眠らせて荷台に寝かせる事にする、これから少々突っ込んだ話をするのだ。
全くの他人に聞かせたくない。
少年に【ドルミナー】が効いた事を確認してから召喚する。
「【召喚】<ホレのおばさん>」
「付き合わせてすまないねぇ」
いかにも魔女然とした<ホレのおばさん>が召喚される、荷車の前の席に座らせた。
「別に良いさ」
仲魔なんだから。
「しゅっぱーつ!」
<カーシー>の声と同時に荷車が動く、何となく後ろを振り返った。
進む方向とは逆方向に「ヘルゼルベルゲ」がある。
あの山は「タンホイザー」においては別の名で登場していたな、
「ヴェーヌスベルク」と、その事を一瞬思った。
俺たちが向かう先はアイゼナハの街から北西におよそ50キロほど行った所にある
ドイツ、ヘッセン州の山の中にある池「Frau-Holle-Teich」だ。
Frau Holleとは【ホレのおばさん】の事、Teichはドイツ語で池の意味だ
「フラウホレの池」、こんな直訳で良いだろう、そこに向かう。
この、ちょっとした夜の観光は<ホレのおばさん>の頼みによるものだ。
【ホレのおばさん】に謂れの有るその池に行きたいらしい、俺はその頼みを聞き入れた
そして聞き入れたからこそ、いくつか聞きたい事、話したい事が生まれる
何をどう話すべきか、まずはそれに悩んだ。
一旦頭の中で情報を整理した方がいいかもしれない。
それらを纏めている最中、ふと疑問が湧き聞いてみる
「なあ、<ホレのおばさん>、俺はお前の事をなんて呼ぶべきだったんだろうな」
【ホレのおばさん】は当然だが日本語訳でしかなく、実際に呼ばれることが多い名は
「Frau Holle」だ、そしてフラウホレの日本語訳を素直にすれば
「ホレ夫人」とでもするような、敬いのニュアンスを多く含む言葉になる
この場合の夫人は誰かの妻という訳ではなく、貴婦人に対する敬称としての夫人だ。
フラウホレを【ホレのおばさん】と訳したのは、そういう意味を認めてもなお
訳者が【ホレのおばさん】の親しみのニュアンスを重く見た、そう解釈するべきだ。
そして【ホレのおばさん】という存在を考えた場合、これはそれほど的外れでもない
【ホレのおばさん】の伝説の中に「マーレン叔母さん」に扮するというものがある
これは個人名に近いが少し違う「身近にいる年の近いおばさん」くらいの言葉になる
親しみのある、だけど誰とも知れないおばさんが人々の善性を試し、善なる事を認めたら
その者に礼として金を、少女であれば健康を、そして子供であれば花やケーキを与える
認めなければ家と農地を焼き払う。
そういう存在として伝わる。
民話でよくある「親切にした相手が凄い存在で、そのお礼で幸せになった」類型の話だ
この話の場合、フラウホレは困ってるおばさんの姿で現れる。
この話における【ホレのおばさん】はまさに【ホレのおばさん】と訳すのに相応しい
他に日本で訳される場合は【ホレおばさん】か、ほぼ同じだな。
「Frau Holle」はその呼び名が複数あり、それぞれニュアンスが微妙に違う
日本語訳の【ホレのおばさん】はその中のいくつかの要素を強く抜き出しているが
それが適切であるのかどうかの確信が俺には得られなかった。
「婆の呼び方に拘るもんじゃないね、そういう細かい気遣いは別の子に回してやんな」
本人がそういうなら、まあいいか。
フラウホレに名前はいくつもある、その中で
フラウホレ、マザーホレ、オールドマザーフロスト、この辺りは=で結んでいい
そして呼び方違いのほぼ=なのがペルヒタ、スピンドルホレ、シャウアーホレ
特にペルヒタはドイツではフラウホレ呼びをしていない地方ではペルヒタと呼ぶ
そう言っても良い位にその範囲が被らない、そして伝わる話がほぼ同じだ。
やはりこれも同一の存在と見ていいだろう
違いと言えばペルヒタには二面性があり、美しいぺルヒタと醜いペルヒタが争う事だろうか
ドイツの山がちな地方を中心にこの存在は伝わる。
そしてフラウホレと同一、もしくはより古い形とされるのがホルダという存在だ。
フルダとも言う、天空の女神とも山の女神とも泉の女神とも伝わる。
紡績と織物を司り、洞窟に迷い込んだ農夫に亜麻の種と育て方を伝えた話が残る。
夏と冬の二回、山中の洞窟から出て人々の働きぶりと亜麻の育ち具合を確認し
翌年の収穫を決める、その際には働き者には多くし怠け者には減らす。
そういう存在だ。
働き者を愛し怠け者に罰を与える性質はホレとの繋がりが疑われる存在に多い特徴だ
またホルダの名自体がホレの語源、あるいはそれに近いのではないか?という説もある。
ホレの名前が古い言葉過ぎて語源とされる物が複数あるのだ、
そして更にそのホルダの語源かもしれないとされるものの一つに「hyld」がある
ニワトコの事だ、ニワトコの精フラウホレとの繋がりはここでも見る事が出来る。
もちろんこれはいくつもある説の中の一つに過ぎない
両者とも「優雅」を意味する古い言葉「huld」が語源ではないか?とも言われている。
大まかにはフラウホレ=ペルヒタと見て良いとされ、
それらの大本はホルダという女神ではないか、そういう話がある程度に捉えて良い
何せわからないのだ
比較的名が残ったフラウホレですらその存在への言及は800年近く遡る事が出来る。
それくらい古い存在だった。
これから向かう「フラウホレの池」はフラウホレへの祭祀の跡が見つかった場所である
古くから聖地とされた池で、後にローマ時代の金貨が見つかり中世以前の陶器も見つかった
これらは当然のごとく「フラウホレに捧げられたものだろう」そのように解釈された。
ドイツでは時折このように、池や泉に何かが捧げられた痕跡が見つかる。
思考をドイツから日本、東アジアへ一時的に移す。
黄泉という大変一般的な言葉がある、あの世の事だ。
この音、「ヨミ」こそ日本語であるが漢字の「黄泉」は中国の単語を借用したものだ
そして中国でも黄泉はあの世の事を指す。
この「黄泉」だがこれにもちゃんと意味がある言葉である
表意文字の文化はこういう所が分かりやすくて良い。
読んで字のごとく黄色い泉、黄色とは「土」を表す色である、その泉だ
字だけなら大地の泉とでも解釈して良いだろう、これで地下の泉を意味する。
日本でも「泉下の人となる」「泉下の客となる」、こんな言葉が生まれた
あの世の住人になる事、死ぬ事を意味する少々気取った表現だ、万葉集にも登場する。
この場合の泉は黄泉の事を指す言葉だ。
地下の泉、それだけなら地下水程度の言葉であるのに
中国人は「地下の泉」というだけであの世を連想した。
人が死に、埋めたら「土に還る」からだ
その土から新しい命が育まれる
土の神秘性をこれ以上なく感じる出来事だっただろう。
五行の中心が土行であるように中国人は土を重んじた。
そして人が死んだら土に還り、土の下にある黄河の水源へとその魂が向かうものだと考えた
その黄河が大地を潤し、新たな命が生まれる。
これが中国人の大昔の死生観の一つだ、ただなにぶん中国は広いゆえに
死生観一つとっても「全てがこうだ」と断言するのが難しい
そういう人たちもいた、その程度の話である。
おそらくこれと近い死生観を一部の「ゲルマン民族」は持っていたのだろうと推測される。
「赤ちゃんはどこから来るの?」
有史以来、子供にそんな事を聞かれて困った親はいくらでもいるのではないか
俺も<ピクシー>に聞かれて困った、<ピクシー>は俺を揶揄っただけだったけど。
これへの返答が実は民俗学的にはそこそこの重みがあるという事を知っているだろうか
まったくの完全な創作というのは中々なく、ある程度はその文化に
つまり世界観や死生観に影響されて紡がれる言葉となるからだ。
日本において良くあるパターンの一つはこういう事になるだろう。
「お前は橋の下から拾って来たんだよ」「川に流されてたのを拾ったんだよ」
本当に良くあるパターンなのだ、俺は前世も今世も聞いた。
これをどう解釈するか、何と結び付けるか、まあいくらでも説は生まれる訳だ。
「拾った児はよく育つ」という言葉がある、なんでそんな言葉が生まれたかはわからない
戦国時代くらいにはそれなりに普及していた言葉だったのだろう
そういう信仰があり、豊臣秀吉も子供を捨てたし徳川家康も子供を捨てた
捨ててすぐに家臣に拾わせ、それを貰い受け、その子の健康を願った。
これを「拾い親・拾い子」という、この二人が有名なだけでままあった話なのだ。
健康を願うだけでなく、親からの悪縁を断たせる為に行った、とする説もある。
これに着目したい。
つまり「お前は橋の下から拾って来たんだよ」というのはこれを言葉の上だけで行ったのだ
橋は古来より境でありある種の公権力の及ばぬ土地で
何処とも知れぬ人々が行き交う場所だった、川もまた身近な異界だった。
「お前は捨て子だから、橋の下の子だから、だから授かった子で、きっと元気に育つ」
「何かから授かった特別な子だから、きっと育つ」
そう願う土壌があったとそう想像する事も出来る。
子供の死亡率が高かった時代では、そしてそうでなくても子の親であるなら
我が子の健やかなる事を願い、そんな物にも縋りたくなる気持ちも生まれたのではないか。
そんな事もあり得るのではないか、そう俺は思う。
結局はわからない話だ、全部感覚で言ってるだけだからな。
ではドイツ人は子供に何と答えたのだろうか?
1920年代から40年代にかけての調査によればドイツにおいて多かったというのは
「
このシュバシコウ、日本にはいない鳥である為に意訳されてこの話は
「コウノトリが赤ちゃんを運んでくる」と伝わった、生物学的にコウノトリの仲間だからだ
「Storch」というドイツ語は「コウノトリ」と訳されることが多い。
他にも「泉から産婆が拾ってきた」というのもあったらしい。
なぜシュバシコウが子供を咥えて持ってくると伝わるのか
それにはまずシュバシコウの生態が関わってくる
シュバシコウは渡り鳥で、雛を育てる為に初夏に欧州に来てアフリカで越冬する。
そして家々の煙突や電柱、木々の上に巣を作る、こういう鳥だ。
この鳥は夏の間、巣と付近の泉や沼地の間を行き来する
泉や沼地には彼らにとって大切なご飯である蛙や魚が多数生息しているからだ。
シュバシコウは雄なら体長は100センチ、体重4キロにもなる大きな鳥だ
その身体を維持するのにも、そして作るのにも十分な栄養を必要とする。
彼らは夏に蛙や魚を食べ身体を養い子供を育て、秋になるといなくなる。
この家々の煙突から泉や沼地を行き来するシュバシコウの姿が
ホレのおばさんの伝承と結び付けられた。
人が死んだらその魂は天に昇り、雨に溶け地に降り注ぐ
そして地から湧く水と共に新しい魂が湧き出てくる
子供が母親から生まれる前は泉の中にいる
ゲルマン人とはおおよそこのような信仰、世界観があったのではないか?と語られる。
ここの部分は想像の余地が多く異説も多い、というのも
それを系統だって説明出来る存在など現代には残っていないからだ。
その当時を生きた人々の、理屈だけではない感覚から生まれたそれは
まったくの異文化、異文明の存在が理解するには、
残された断片を繋ぎ合わせてその全体図を想像するしかない。
逆に言えばこれを想像させるだけの断片がいくらか残っていた。
【ホレのおばさん】という存在がある。
それは泉と井戸の支配者で、「子供の泉」を管理するという。
生まれる前の子供の魂を「どこまでも深い春」の中で世話をしているともいう。
シュバシコウはその【ホレのおばさん】の使いとして
子供を咥え、あるいは子供の魂を咥えて各家を渡り、その家に子宝をもたらす。
そして生まれて間もなく亡くなった子の魂を咥え、泉へと運ぶ。
そういう話が民話の中に残っていた。
シュバシコウは【ホレのおばさん】と結びつけられた、泉や沼地を行き来するから。
シュバシコウは初夏にやってくる、初夏とは実りの季節でありニワトコの花が咲く季節だ
【ホレのおばさん】は子供を齎す存在だ、子供をもしくはその魂を管理し
人々に受け渡す存在であると思われた。
故にセットにされて
「ホレのおばさんの使者であるシュバシコウが赤ちゃんを咥えて運んでくる」が生まれる。
人々はシュバシコウが自分の家の煙突や屋根に巣を作れば、それはめでたい事だと喜んだ。
結婚式の際には祝いとして「シュバシコウの花嫁」を描いた絵や
子連れのシュバシコウをモチーフにした帽子を花婿に贈る地方もあった
ドイツにてシュバシコウに弟妹を乞う童謡は今も残っている
シュバシコウは今もなお、ドイツやポーランド、リトアニアで「国鳥」として慕われる鳥だ
【ホレのおばさん】は「
穂が出る頃には受粉を助ける風を吹かしてくれと、麦の豊作を祈られた
泉の精霊だ、その泉では子供の魂が湧き出てくる
果樹と花が豊かに生い茂る庭園を持っており、迷い込んだ子供たちにそれらを度々振舞う。
子に恵まれない女性が縋る存在であり、願われる存在だ。
女性の仕事の象徴である糸紡ぎと織物を司る精霊であり、女性を助ける存在だ
良く糸紡ぎをした女性に来年の幸福を与えてくれる存在だ。
まるで妖精のように恩は忘れず、必ず報いる存在だ
万能の薬箱とありがたがれたニワトコに宿る精でもある。
「天の女王」と呼ばれクリスマスの日には民が食事を用意し、来年の幸を願った。
しかしながらそれだけではない。
働き者を愛し、怠け者を罰する存在だ。
冬の嵐と共にやってくる恐ろしい存在であり怠け者の畑に不作をもたらす。
布団や枕を叩けば雪が降り、シーツを干せば雲になる。
山を駆け、空を飛ぶ。
女たちの魂を率いて夜を闊歩する
幼いうちに死んだ子供の霊を率いて【ワイルドハント】を成した。
洗礼を受けていない幼子を連れて行ってしまう存在だ
糸紡ぎをしっかりしなかった女性には来年の不幸を告げた。
ユールの時期に糸紡ぎをサボった女のスカートを破った。
淫らであり泉で沐浴しては男を誘い込むとも言われた。
一神教によってダイアナやアルテミスと共に魔女として纏めて貶められた。
ゲルマン的世界観においては泉の奥があの世に繋がっているという事も考えれば
冥府の神とも解釈する事が出来る
ここまで来れば歪められ、貶められてもなおその本質が見えてくる
このような存在を精霊や魔女と呼ぶことは適切ではない
多神教的世界観に馴染みある日本人ならば、より適切な言葉が思い浮かぶはずだ。
女神、それも地母神だ。
フラウホレは、【ホレのおばさん】はゲルマンの地母神だった。
一神教がその地で隆盛を誇ってなお、その名を現世に留めた偉大なる地母神だった。
<ホレのおばさん>に掛ける言葉を考えていたら目的地に着いてしまった
これでは少年を眠らせた意味がない、悪い事をしたな。
蛙の鳴き声が聞こえる、「フラウホレの池」は蛙が多い事で有名な池だという
それが【ホレのおばさん】に相応しい池という事になるんだろう、きっと。
小高い山の中にある駐車場に荷車を停めて降りる
<カーシー>に眠ってる少年の事を任せて、池へと向かった。
「なんて言えば良いのかなぁ」
「何を言いたいのですか?」
一人でスタスタと先へ進む<ホレのおばさん>の後姿を見ながら出た俺のぼやきに
横を歩く<ライコー>が聞いてくる。
「色々考えてたらそれがわからなくなった」
誤魔化してるのではない、本当にわからないのだ。
【ホレのおばさん】という存在の事を知れば、この現世に対する思いを推し量ってしまう。
地母神でありながらまるで子供を連れて行く死神のように語られる所など哀れですらある
そして「洗礼を受けずに死んだ子供の化身」として語られる<ピクシー>達との仲の良さを
見てしまうと、思う所が生まれるのだ。
しかしそれを言う事が侮辱や失礼な事のような気がして言い方を考えてしまうし
考えている間に言いたい事がぼやけてくるような気がする、困ったもんだ。
そもそも言いたい事がそんなあやふやならば何も言うべきではないのかもしれない。
「着いたよ、ここさね」
着いた?ここが?思っていた所よりも手前だった、道中に見えた湖が目的地だと思った
そんな疑問を覚えてる俺に<ホレのおばさん>が答える
「あそこは私の池じゃないのさ、こっちだよ」
周りを見渡す、ちょっと暗いな、宙に浮かぶ火の玉を見る
「ランタン、明かりを強くしてくれ」
「ヒーホー!」という掛け声と共にランタンが生んだ火の玉が一回り大きくなり明るくなる
その時、森の奥から僅かに光が見えた【ウィルオウィスプ】か、鬼火だな。
鬱蒼とした森だ、その森の手前に小さな池がある、それほど大きくとも立派にも見えない
そんな第一印象であったか少し違うようだ、いうほどは小さくない。
ただ池の中から少し丈が高い雑草が生えている為、池が小さく見えただけだ
池の中……いや湿地なのか。
森の中に湿地があり、その湿地の奥の方には綺麗な水を湛えている池がある。
そういう池で実際よりも小さく見えただけだ、
あまり深くは無さそうで水の動きもほとんどない。
「ああ、やっぱり……」
その池の方を見ながら<ホレのおばさん>が落胆した声をこぼす。
何に落胆したのかがわからない
「どうしたんだ?」
「私がここにいないんだよ」
いるじゃないか、思わずそう言おうとした俺を先んじて<ホレのおばさん>が続ける
「この地は私の謂れの地で、弱くとも依り代になれそうなものもあったのさ
顕現するなら、あんたの異界よりもよっぽど条件が整っていた
なのにここに顕現した私がいない」
そういう事か。
「そしてここから見えるあの辺りに……」
<ホレのおばさん>が指を指し示す
「私を象った木像があったんだよ、それがないのさ」
それは……
「きっとそれを依り代に顕現したんだねぇ、そしてどこかで負けて消えた
おかげでこんな不始末をしている、嫌になるよ」
不始末?
「こういう事さね……
さぁ!【ホレのおばさん】が帰ってきたよ!
出ておいで!」
その声が不思議と山の中に響き渡り、そして
森から、泉から、山から、至る所から【ウィルオウィスプ】のような物が現れた
わらわらと薄く様々な色に光り点滅する鬼火のような何か
とても数え切れる物ではない。
悪魔ではなかった、それほどの力は感じない。
少し暖かく、そして寂しそうだった。
「これは……」
「ここら一帯の「洗礼を受けずに死んだ子の魂」さね
ここにいた私がいなくなってからも集めていた子がいたのさ」
<ホレのおばさん>の視線の先、そこには薄汚れた白い何かが倒れていた
「私の使いのシュバシコウだよ、私がいなくなってからも集めていたんだねぇ
天使どもの隙を突いてよくやったもんだよ」
白い何かは身動きもしない、死体だからだ、遠目にもその魂がここには居ないのがわかる
成仏だか何だか知らないが心残りなく現世から消えたのだろう。
たった一羽だけで子供の魂を集め続けて、悔いを残さずに死んだ
胸の内に震える物を感じた。
「蘇生、するか?」
あの鳥の遺体からMAGを感じる、覚醒した鳥だ
見た所、亡くなってから少々時間が経ってはいるがしっかり肉体があるし
あの鳥は魂を食われた訳でも、きちんと弔われた訳でもない
きちんと【サマリカーム】を掛ければきっと蘇生も出来る、その確信があった。
俺のその提案に<ホレのおばさん>は
「いや、眠らせてやっておくれ。
その子はもう十分頑張ったさ」
そう言った。
「ならせめて、弔ってやるか」
「そうしてくれると嬉しいよ」
最期まで子供の魂を守った功労者が、あの鳥だ。
「さあ、集まったね」
<ホレのおばさん>が周りを見ながら言う
辺りには微かに光る魂たちが集まり、まるで昼のように明るい。
「じゃあ行くよ、次生まれる時はもうちょっと幸せにおなり」
その声と同時に池に大きな渦が生まれ、魂を吸い込んでいく
あっと言う間にあれだけいた魂が無くなりそれに伴って徐々に暗くなっていった。
ここ、「フラウホレの池」には「底なし」の伝説があり
あの世に繋がっていると言われていた、
現世に残された子供たちの魂は無事にあの世へと渡ったのだ。
その為に、<ホレのおばさん>は今日この地に来た
ああ、そうかならば……。
「ふう、用件は済んだよ、まったく自分の尻拭いなんてするもんじゃないね!」
ランタンにシュバシコウの遺体を焼いてもらう
焼かねばその身体のMAGに釣られて亡骸を荒らされてしまうかもしれないと思ったからだ
覚醒者の遺体には常にそういう不安が生まれる。
このシュバシコウは覚醒した鳥であり、その身体には価値がある
もし持ち帰って売ればいくらかのマッカにもなったはずだ。
しかしこれは弔うべきであると思った、それが礼儀のように感じた。
シュバシコウを燃やす火を見つめながら横にいる<ホレのおばさん>と話す。
何となく目を合わせられなかった。
「<ホレのおばさん>、今なら俺はお前を【ゲルマンのヴィーナス】にする事が出来ると思う」
「……何を言っているんだい?」
「ゲルマンの地で、2匹の猫が曳いた戦車に乗り、嵐の中で【ワイルドハント】を率いる
「ヴェーヌスベルク」も近くにある、きっと狙った形で【悪魔変化】が出来るはずだ
【ホレのおばさん】、女神ホルダと繋がりがあるお前なら」
俺の言葉で<ホレのおばさん>がどんな顔をしているのかはわからない。
それを知る勇気がなかった。
「それをする理由が私にはないね」
「あるとも、お前は地母神としての愛を忘れられずにいる」
【ワイルドハント】を率いるとされる存在は幾通りもある
やはり有名なのは【オーディン】だが【ホレのおばさん】もその中の一人だ
しかし【オーディン】と【ホレのおばさん】には違いがあった。
【オーディン】の【ワイルドハント】を構成するのは精霊や妖精、悪魔とされる
【ホレのおばさん】であれば、それは「洗礼前に亡くなった子供の霊」とされるのだ
今、あの世へと見送った魂たちのような、そして【ピクシー】たちのような
そしてその【ホレのおばさん】の【ワイルドハント】は子供たちに贈り物をして立ち去る。
【ホレのおばさん】とはどこまでも子供から離れられない神格だった
俺はそれを<ピクシー>達に糸紡ぎと機織りを教える姿から強く感じた。
「お前がもし勢力を作りたいなら協力をしても良い、お勧め出来ないがこの地でも良い。
【北欧神話勢力】と合流するならそれも良いと思う。
神社を建て、お前を祀ろう
お前は人に頼られ人を助ける事が出来る存在に戻る事が出来る」
俺が作れるのは日本式の神社だけだから神殿っぽいのは無理だけど。
「Interpretatio romana」という言葉がある。
「ローマ解釈」あるいは「ローマ訳」と直訳される文化面に関する用語だ。
ローマ帝国時代のローマが国外の異教の神々を彼らなりに解釈し
自分たちのそれと同一化し解釈、あるいは宗教的に飲み込もうとする動きの事だ。
例えばローマ帝国時代の彼らに言わせれば
アルテミスはダイアナであり、イシュタルはヴィーナスであり、ゼウスはジュピターだ
比較できるような類似のものを「彼の地においては〇〇は△△という名で祀られている」
そういう風に纏め解釈をし、自国民になったそれらの信徒達に「実はそれ同じ神なんだぜ」
そういう形で宗教的な摩擦を弱めようという試みだ。
日本における本地垂迹とある意味真逆で、微妙に似ている行いと解釈しても良い。
それは今では北欧神話と言われる、当時では「ゲルマニア」の神々も例外ではなかった。
【ゲルマンのヴィーナス】とは北欧神話の女神【フリッグ】【フレイヤ】の事である
どちらを指すのかは解釈が分かれる。
あるいは同じなのかもしれない、【フリッグ】と【フレイヤ】は同じ存在だとする説が
特に根強いからだ、本人の逸話が重なりすぎて夫の名前も似ている。
余談だがこれによって金曜日を「フリッグの日」とするか「フレイヤの日」とするか別れる
ゲルマン語系ではこの二つのどちらかで、ラテン語系では「ヴィーナスの日」になる。
また【フリッグ】も【フレイヤ】も今に伝わる名が本当に神としての名だったのかも怪しい
【フリッグ】は「自由」と「最愛」を、【フレイヤ】は「愛人」もしくは「女主人」を
それぞれを意味する言葉であったとする説があり
これらは本来の彼女らの通称や別称だった可能性まであるからだ。
北欧神話の神々はそれぞれが持つ呼び名が多すぎる為、こういう事がまま生じる。
そういう点も含めて【フリッグ】と【フレイヤ】は同じ女神だとする説が唱えられた。
女神【ホルダ】は北欧神話の主神の妻である女神【フリッグ】だとする説が古くからあった
【ホルダ】とは【フリッグ】の別名である、とする説だ。
この解釈と繋がりのせいで【ヴィーナス】の名は妙にドイツの山の通称の中に残る事になる
ドイツにはいくつも「ヴェーヌスベルク」、「ヴィーナスの山」と呼ばれる山が生まれた。
ヴァルトブルク城より東に10キロほどにあるヘルゼルベルゲはその代表例の一つだ
民話においてタンホイザーがヴィーナスと愛に満ちた日々を送った場所として語られる
ヘルゼルベルゲはニワトコが自生し、【ホレのおばさん】の隠れ家とも伝えられる山だ
女神【ホルダ】は【
まあ正直、フリッグ=フレイヤの繋がりまではともかく
ホルダ(ホレのおばさん)=フリッグ(フレイヤ)は個人的には弱いかなと思う。
別名に亜麻があるフレイヤ、亜麻を伝えたホルダ、亜麻糸を紡ぐホレ
夫を探して涙を流し黄金をばらまいたフレイヤと、礼をする際には黄金をばらまくホレ
巫女に崇められていた魔術の神フレイヤと、魔女であるホレ
豊穣の女神であるフレイヤと、穀物を実らせる精であるホルダとホレ
織った布が雲になるフリッグに、布団を干せば雲に、叩けば雪になるホルダとホレ
クリスマス(冬至)の夜に豊作の代わりにリンゴを持っていくフレイヤに
ユール(冬至)の時期にワイルドハントを率いるホルダとホレ
女性の恋の相談であればいつでも聞いてくれるフレイヤに、女性を健康にするというホレ
沼地もしくは水場に宮殿を構えたとされるフリッグと、沼地や泉にいるホレ
ニワトコの茂みを住居としたと伝えられるフレイヤと、ニワトコに宿るホレ
オーディンの妻フリッグ、愛人フレイヤと、
これくらいだろうか、近い要素を見出すのであれば。
少々、決定打に欠ける印象がある。
ホレの話ばかりだがそれもしょうがない、ホルダの話はあまり残っていないのだ
しかしそれはどうでも良い事だ、解釈の余地があり繋がりらしきものがあればそれでいい
別に学会で発表するわけでもない。
それで<ホレのおばさん>が繋がりを辿って【フリッグ】や【フレイヤ】となれば、
女神として名が通った存在として人々の前に出る事が出来るのだ。
穀物の精、ニワトコの精、泉の精、そんな一神教に配慮され隠された表現ではなく
一柱の女神として。
それは断じて魔女などではない。
子供の魂を気にかけていた<ホレのおばさん>にとってはその方がきっと……
「よしてくれよ、私は【ホレのおばさん】さ
それ以外にも、それ以下にもそれ以上にもなる事はないね」
「しかしだな」
「女の古傷をえぐるもんじゃないよ」
やはり古傷なのか、強く言われてしまい黙り込む俺に対し
<ホレのおばさん>はほぼ灰になったシュバシコウから視線を動かさずに言う。
「例え私がこの地で、あるいはもっと良い所で女神面した所でいったい何になるのさ
このゲルマンの地はもう一神教に染まりきっているんだよ
それなのに人の子の団結も連携も乱して、私を崇める為の王国を作れって言うのかい?」
ましてや、そう吐き捨てるように言う
「【北欧神話勢力】なんて冗談じゃないよ、
そこは本来の【フリッグ】や【フレイヤ】が納まるべきなのさ」
本来の、か。
やはりフリッグとホルダは結び付かないのだろうか。
「気持ちは嬉しいけどね、私はあんたの所も居心地が良いと思ってるのさ
追い出そうなんて思わないでおくれよ
娘っ子たちの腕もまだまだだしね」
その後焼き終えたシュバシコウの遺灰を泉に流し、手を合わせた。
流れる遺灰は不自然に生まれた小さな渦に吸い込まれどこかへ消えた。
手持ち無沙汰になってしまい池を眺める、多分二度とは来ない場所だ
見納めにするつもりで眺めた
夜の森に囲まれた池の水は暗く冷たそうで、どこか本能的な恐怖を覚えさせる
その池を見ながら<ホレのおばさん>に掛けた言葉を後悔した。
相手の気持ちを勝手に想像し決めつけた自分に、嫌いなタイプの傲慢さを強く感じた。
恥ずかしくてたまらない。
「ほんのちょっと前まではここに娘っ子たちがやってきてね」
<ホレのおばさん>が柔らかい声で俺に語る。
「水面に映った自分の顔を見て「マザーホレの子供たちだ!」って叫んだものだよ
願掛けさ、子供をいっぱい産める様な、そんなお母さんになりたい娘っ子たちが来たんだ」
私はホレの子供だから良いお母さんになれる、そういう願いを込めて生まれた文化だろうな
【ホレのおばさん】の話で度々出てくる「女性を健康にするor肥沃にする」は
「子供をしっかり産める身体に」というニュアンスになる。
その話は俺も知っている、だからこの池に行く事が決まった時思ったんだ
<ホレのおばさん>がその頃の事を懐かしんでいるのであれば、と。
「だけどもうそんな事をしなくなって久しい。
でも人の子の数は増え続けた、私は不要になったわけさ、良い事だよ。
ちょっと寂しいけどね」
良い事、良い事なんだろうな、神頼みをする必要がなくなったって事なんだ
ちゃんとご飯を食べれて健康な体になって、発達した医療で安全に子供を産める時代が来た
そんな時代では信仰が弱まるのもしょうがない事なのかもしれない。
もっともどちらも過去の話だ、現代医療を生かせるのは日本と穏健派くらい。
食うに困っていない所は日本くらいじゃないか?そして今は信仰に価値がある。
池を眺めて思う。
池には改修の跡があった、この池はちゃんと手入れをされていた池なのだ
<ホレのおばさん>の木像もあったという、この地は忘れられ捨てられた地ではなかった
ここに来る途中の道路も案内板らしき物があり獣道というわけでもなかった。
もはや信仰はなくとも、ここは憩いの場として存在していたのかもしれない
そして<ホレのおばさん>にはそれだけで良かったのかもしれない、
訪れる人の子を眺めるだけで
だけど、それはもう……
「これからこの地は一神教で、特にメシア教で人の子は纏まるんだろうね
一神教は強いよ、私たちを追いやったくらいなんだから。
私はあいつらが嫌いだけどね、それでもその強さを必要としているのもわかるんだよ」
<ホレのおばさん>は微笑みながら言った
「それを寂しいからって邪魔するわけにはいかないだろ?お母さんなんだから」
俺には何も言う事は出来なかった。
翌日、俺たちは不快な城をぶっ壊してから日本へ帰った。