オーガの里で刀を打ち続ける鍛冶師 作:あSづいぐいあD
何度も、何度も刀を振り下ろす。
振り下ろしては砕け、振り下ろしては折れる。
なんて脆い刀だろうか、こんな鈍が俺の作品とは。
自然と笑いが零れてきた。
“ソレ”を足で踏み、見下ろしていた俺は自嘲するように口端を上げる。
いいだろう、こうなったらとことんヤり合おうじゃないか。
誰に向けたかも分からない言葉を呟きながら、使いものにならない刀を放り投げ俺は銀色に鈍く光る刀を手に取った。
そして、また振り下ろす。
甲高い金属音をたてながら刀は砕け散る。
何時間もかけて打った俺の刀は、“ソレ”を破壊するどころか掠り傷さえ作ることが出来なかった。
そのことに、俺は怒りにも似た悔しさを覚える。
それは不甲斐ない刀への感情ではない。
遥か昔、俺の先祖が打ったとされる“ソレ”に対しての感情であった。
何故だ?何故この刀は折れない?
製法は同じなのに、一体何が違うというんだ?
素材の問題か?いいや、違う。
感触も、臭いも、切れ味も、味も、全て俺が知っているどこにでもあるような鉄鋼石だった。
分からない、あるとすれば――――――――作った者の技力の差か。
「くそっ!」
分かっている。
分かっているとも。
これが何の意味もない、ただの八つ当たりであることを。
それでも俺は、ただ我武者羅に刀を叩きつけることしかできなかった。
そして、その身を輝かせる“ソレ”に腸が煮えくり返る。
怒りが俺の脳を支配する。
消えろ。
壊れろ。
折れろ。
何度念じても、何度刀を振るっても、現実は変わらない。
気づけば俺は、息を喘ぐように荒く吐いて、水たまりの上で膝を付いていた。
視界は汗と疲れで霞み、指先は痙攣するように震えている。
この症状を俺は知っている。
脱水症状、水分が欠如しているときに起きる身体の危険反応。
前世で経験したからこそ分かる、死ぬ直前のあの気持ち悪い感じ。
早く、何か飲み物で水分を取らなければ。
そうじゃなきゃ俺は死ぬ。
水分不足で死ぬとか、マジで笑えないから。
途方もない疲れで、冷静になった俺は急いで立ち上がろうとして――――――――――
カクン、と転げ落ちる。
意識が覚醒したときにはもう、俺は地べたに倒れていた。
マズい。
腕に力が入らない。肺に酸素が足りない。
視界が、真っ黒に染まっていく。
これは、かなりマズい。
途切れかける意識を繋ぎ止めようと必死に歯を食いしばるが、それもやがて限界に近くなっていく。
クソったれ――――――――――
消えゆく視界の中、最後に思ったのは、思い通りにならないこの世界への暴言だった。
「また無茶をしたんですか?」
「ははは……申し訳ないです。姫様」
脳震盪を起こしていた頭に、包帯を巻いてくれた姫様に俺は頭を軽く下げる。
倒れたときに頭を強く打ったみたいで、しばらくの間は安静にしておくとのこと。
本当に、申し訳ない。
あれから俺は、姫様のいる医務室に運ばれたようだ。
いやはやラッキー。
幸運の女神が俺についているのであろう。
……まあ仮にも大鬼族の一員なんだから、脱水症状如きでくたばるとは思っていなかったが。
それくらいなら何度も経験あるし。
「刀の鍛錬もいいですが、せめて加減を覚えて欲しいものです……。これで何度目ですか?ここに連れてこられたのは」
「うっ……それを言われると辛いですね」
「分かっているのなら自重してください。お兄様と違って貴方は女の子なんですから」
そう言いながらも傷のある箇所を包帯で巻いてくれるのは、やはり隠せきれない優しさというものか。
雪を連想させる真っ白な肌に汗を浮かばせて美少女が奉仕する光景は何度見たって眼福である。
こんなにも可愛らしいのに、妖術の扱いに長けているとか鬼に金棒だよね。
「そういえば、姫様は妖術に長けているんでしたっけ?」
「ええまあ。人並にですが」
「人並でも構いません。少し、ほんの少しお願いがあるのですが……」
手を合わせておねだりポーズをとると、姫様はその笑顔をもっと華やかにする。
「あらあら!何でも言ってちょうだい、私にできることなら何でもするから!」
曇り一つない、屈託の笑顔。
その笑顔で若様を連想してしまったことが悔しいが、そんなことはどうでもいい。兄弟なんだからそら似るだろうし。
これは俺の勝手なイメージだが、姫様は、簡単に言うと箱入り娘である。
ガラス細工を扱うように丁寧に保護されていて、外に出て遊ぶことも少ないと聞く。
里長の娘であるから願いは大抵叶うだろうし、何不自由ない生活を送っているのだろう。
だが、それゆえに他人から頼られることに過剰に喜ぶ。
こんな自分でも、誰かのためになれるんだと思うのだろう。
その気持ち、厳しい現代社会を生き抜いた俺も同感できるところがある。
誰かに頼られるのは確かにめんどくさいことだが、その反面心の奥底ではホワホワとした気持ちになるのだ。
だから、姫様は頼られたら断れない。
「では遠慮なく。そのお願いとはですね、姫様の妖術で鉄鉱石の純度を上げて――――――」
「嫌です」
ぴしゃりと拒絶する姫様。
なんでや、さっきまでチョロ姫だったのに。
「いやですね、姫様。これは私だけの問題ではなく」
「いいえ、貴方の問題です。ここまで貴方を連れてきたのは誰か知っていますか?……誰であろう、私のお兄様です」
「……う」
しまった、と心の中で毒吐く。
その件については毎度毎度お世話になっているので、俺は何も言い返せない。
「貴方を連れて帰ってきたお兄様の顔を想像したことがありますか?小屋で倒れている貴方を発見したときのお兄様の気持ちを想像したことがありますか?」
「…………」
「本当は楽しい話をしたいのに、傷だらけでいつもやってくる貴方を迎える私の身にもなってください」
「…………すみませんでした、もうしません」
姫様の連続口撃に、俺はただ謝ることしかできなかった。
そうだよな、若様だって、姫様だって、俺のことを大切に思ってるんだ。
俺はもし自分が死んでしまったとしても「しゃーない」としか思わないが、大事な人が死ぬのは絶対に嫌だ。
ましてや、その人が傷だらけで帰ってきたなんて、発狂するだろう。
それなのに、俺は……。
「―――――――――ですが、ボロボロになって帰ってくるのはお兄様も同じ。そこは大目に見てあげましょう。今度からは絶対に怪我はしないと約束するならば、ですが」
「安心してください怪我なんてしませんボロボロにもなりません」
「でも、ボロボロにならないと私の部屋には来ないんですよね……それはそれで悲しくなります」
「いいえ行きます一か月に一回は「一か月?」……一週間に一回は、少なくとも」
「ふふっ、貴方はすぐ調子に乗るんだから。それで、私の妖術で助けて欲しいことがあるんですよね?それについて聞かせてくださいますでしょうか」
「ははー!喜んでお話しさせていただきます!」
駄目だ、この姫様に勝てる未来が見えない。
この先、何度姫様に遊ばれるんだろうなと思いながら、しかし、心のどこかでそのことに喜びを感じながら。
俺は、数時間にも及ぶ鉄鉱石の純度向上方法についてのプレゼンを行ったのであった。
姫様「もういいから、もういいから!」
少しシリアスっぽくなりましたが、『若が連れて帰ってきたときの顔』は普通に真っ赤にしているので全然シリアスじゃないです。このラッキースケベ野郎め。