でも私はネイチャとトレーナーの関係はとってもマーベラスだと思っていますよ(マーベラスサンデー氏)
・必殺技、へろへろのトロフィー ほか
『ネイチャは、可愛いね』
目尻を緩めて、まぶたを細めて、家族への愛しさを言語化させたようなセリフを、ナイスネイチャはこの数年幾度となく聞いてきた。
それが妹か何かに向けるような感情から来るセリフであると、嫌でも理解してしまう。
この日のネイチャは商店街のど真ん中でそんな事を思い出してしまい、肉屋で足を止めて豚肉を見ながらむむむと唸りながら眉を潜めている。
「……ぃよっし!」
ネイチャは決めた。今日こそは、トレーナーに自分への感情を改めさせてやろうと。
かつてのトレーナーとその担当という関係を越えた二人になれたら……と、ほんの少しの淡い期待も込めながら。──しかし、そんな考えが杞憂だったと気付くまで、残り数時間。
──ナイスネイチャを担当していたトレーナーが彼女の事を心の底から愛していることを、ネイチャだけが気づいていなかった。
それもそうだろう。トレーナーは契約した当時から、学生と教育者という立場ゆえに、関係性を悪化させないように鋼を思わせる強靭な意志で彼女への想いを抑え込んでいたのだから。
しかしレースも一段落つき、数年の活動でいつしかネイチャも大人の仲間入り寸前まで育っていた。とどのつまり──
「──ネイチャが私の家に……来る……???」
その強靭な精神力にも、限界が訪れていた。ネイチャに鍋料理で温まろうなどと提案されてしまっては、断る理由は皆無である。
二つ返事で了承した数分前の自分の奥歯がへし折れるまで拳を叩き込んでやりたい衝動に駆られつつ、トレーナーは僅かに散らかった部屋を片付け、消臭スプレーを散布し、間を空けて換気してから暖房を点けて部屋を暖める。
それから少しして、ネイチャがインターホンを鳴らし、トレーナーは玄関の扉を開けた。
「……お、お邪魔します」
「み゜──ふふ、いらっしゃい」
「…………むむむ」
ネイチャを視界に入れた瞬間緩みそうになった表情筋を固めて、トレーナーは渾身の顔で彼女を迎える。その──ネイチャから見たら──余裕そうな雰囲気や表情が、自分は脈なしなのではないか、と思われている原因であることをトレーナー本人は知らない。
ネイチャもまた、トレーナーがどったんばったん慌てながら掃除をしていた事など露知らず。
早速と部屋に上がると食材を台所に持って行き、トレーナーに土鍋と卓上コンロを用意してもらう。そして材料を切ると、それを皿に乗せて出汁と共に居間に戻ってきた。
「ほいじゃあ、お鍋作りましょ。簡単なモノを自信満々に出すのはちょい恥ずかしいけど」
「私は、ネイチャの手作りならなんだって嬉しいよ。寒い時期だしピッタリじゃない?」
「……そ、そう」
──そうやってさらりと口説いてくる。
と、ジトっとした目を向けるネイチャは、そうしながらもてきぱきと鍋に出汁を入れ、肉や野菜、豆腐などを入れる。蓋をしたその中でグツグツと煮えたぎる音がくぐもって聞こえてきて、十数分煮込んでから、その蓋を開け放った。
「はい、ネイチャさん特製のお鍋ですよ~っと。柚子醤油と柚子ポン酢どっちがいい?」
「醤油をもらえるかな」
「ほい。私は柚子ポン酢派~」
ドレッシングとポン酢をそれぞれ小皿に注いで、早速と箸で肉を野菜でくるんで掴み、柚子醤油にくぐらせて一口で放り込む。
「……うん、うん。美味しいよネイチャ」
「そ、よかった」
「──ネイチャはきっと、いいお嫁さんになるね。貰い手には困らなそうだし」
「────。ソーデスネ」
すん、と、ネイチャの表情は虚無となった。──よりにもよってアンタがそう言うのか、と言外にこれでもかと思念を込めている。
鍋も食べ終え、洗い物を済ませたトレーナーは、じゃあと呟いてネイチャに言う。
「今日は何時頃に帰るのかな? 送ってくよ」
「……ん~~~と、デスネ」
「ん?」
「今日は……そのぉ……寮には外泊届けを出しておりまして……ですね」
「──はい?」
「であるからして」
「はい」
正座になったネイチャが、トレーナーに向き直り──頬を染めながらこう言った。
「お泊まりしても、イイデスカ」
「…………ぐっ、ぎっ……い、良いよ……っ」
「──! そ、そっか……!」
毒でも撃ち込まれたかのような呻き声を上げたトレーナーは、苦悶の表情をバレないように取り繕いながら許可を出した。
許されたネイチャが微笑を浮かべて喜ぶ様子を見て、(うおおお可愛い────っ)と脳裏で歓声を上げたことがバレなかったのは幸か不幸か。
──予備の布団をベッドの傍らに敷いてから風呂に入ったトレーナーは、熱いお湯を浴びながらぶつぶつと般若心境を唱えていた。
間違いが起きてはならない。起こしてはならない。ネイチャは大切な担当であり、いやまあ確かに恋人になれたら良いかも~とは思ったが──と邪念が混じる。般若心境は効果がなかった。
「…………出るかぁ」
キュッ、と。蛇口を閉めて、トレーナーは風呂から出た。彼女は髪の水気を拭いながら、今日のネイチャの態度に疑問を持つ。
まさか彼女から好意を持たれているとは一切想定できていないのは、自分の方から向けそうになっている感情を抑え込んでいる反動だろう。
「お待たせネイチャ……あら?」
今頃先に眠っていることだろうと思っていたトレーナーは、用意した布団にネイチャが居ないことに気がつく。そして、ふと視線を自身のベッドに向けた彼女は──妙な膨らみを確認する。
「……ぱかっ」
「…………にゃーん」
「なんだ猫か……」
布団を捲ると、やたらと大きな、パジャマに身を包んだ可愛らしい猫が転がっていた。
──そんなわけがない。改めてもう一度捲ると、そこに居たのは、ナイスネイチャであった。
「何をしてるのかなネイチャ」
「……いやぁ~その~……」
観念したように起き上がったネイチャは、一瞬暗い表情をして、それから頬を朱くしてトレーナーを潤んだ瞳で見上げて口を開く。
「──好き、です」
「…………なんて?」
「トレーナーが、一人の人として、好き」
「────」
それが、本心であることは、イタズラではないことは、トレーナーが一番よくわかっている。卑屈で、自信がなく、自分は脇役であると考えていた彼女は、こんな発言を冗談でする子ではない。
「ネイチャ」
「なん──ひゃっ」
──ここで、とうとう、トレーナーの中で張り詰めていた『なにか』が……切れた。
なんてことはない。面倒くさい少女と女性は、実は両片想いだっただけなのである。
とん、とネイチャの肩を押して背中からベッドに倒して、トレーナーはスプリングを軋ませて彼女の上に股がるようにして見下ろす。
「とれ、な」
「我慢していたんですよ」
「……へっ?」
「ずっと、ずっと、何年も、大事な教え子にこんな感情は抱いてはいけないと」
しかし、両想いだった。
ならばもう、我慢の必要はなくなった。片手間でリモコンを操作して部屋の明かりを消すと、トレーナーはネイチャの頬に指を這わせる。
メンコを外した耳がピクリと揺れ、潤む瞳からつぅ、と涙がこぼれる。しかしそれは、悲しみの涙ではないと、言われずともトレーナーは理解していた。そして、窓から射し込む明かりが作り出した二人の影が、一つに重なり────
──位置について、よーいどん!
う──── (うまだっち)
う──(うまぴょい うまぴょい)
う──(すきだっち)う──(うまぽい)
うまうまうみゃうにゃ 3 2 1 Fight!!
おひさまぱっぱか快晴レース(はいっ)
ちょこちょこなにげに(そーわっSoWhat)
第一第二第三しーご(段々段々出番が近づき)
めんたまギラギラ出走でーす(はいっ!)
今日もめちゃめちゃはちゃめちゃだ(ちゃー)
がち追い込み(糖質カット)
コメくいてー(でもやせたーい!)
あのこは(ワッフォー)そのこは(ベイゴー)
どいつもこいつもあらら(リバンドー)
泣かないで(はい)拭くんぢゃねー(おいっ)
あかちん塗っても(なおらない)(はーっ?)
──翌朝、パチっと目を覚ましたトレーナーが、起き上がりながら腰の痛みを訴える。
「う゛っ……あだだだ……」
年甲斐もなくはしゃぎすぎた、と腰をさすりながら独りごち、彼女は隣で眠るネイチャに視線を向ける。年相応の幼さがありながら、どこか大人の魅力をも兼ね備えた少女。
これからは、契約を交わした選手と教育者ではなく、人生のパートナーになるのだなと、そう考えて──トレーナーは口角を緩める。しかし、あえて一つだけ残念な点を挙げるとすれば。
「……風情のないキスだったな」
愛バとのファーストキスが、出汁の効いた鍋と柚子の味だったことは、少し不満である。