「──ぅ~~~、ぉお~ん……」
「……しっかりしてください」
夜遅くに、ガチャリと開けられた扉の中に滑り込む二つの人影。玄関マットの上に座らされた青年は、自分に肩を貸していた女性──マンハッタンカフェを酔いの回った瞳で見上げる。
「カ~~フェ~~」
「……はい、ここにいますよ」
カフェはブーツを脱いで上がり、トレーナーの隣に腰を下ろして、うんうんと唸る彼の足から靴を脱がす。急に立たせては倒れるだろうと考えて、彼女は相槌を打ちながら顔を見合わせた。
レースという名の激闘を終えて数年、成人を迎えたカフェの為にと雰囲気の落ち着いたバーに訪れたトレーナーは、ほんの少しばかり、見栄を張って──ものの見事に失敗していたのだ。
「……全く。格好つけて度数の高いものを選ぶから……そうやって悪酔いするんですよ」
「…………ぅぃ」
「……お風呂……はやめたほうがいいですね。取り敢えず水を飲ませて、お布団に──」
「カフェ」
「んむ」
──おもむろに、酔ったトレーナーが顔を近づける。唇に柔い感触が当たり、彼の顔が近くにあって、ぶわりとアルコールの香りが鼻腔をくすぐる。冷えた玄関の空間に、ちゅ、ちゅ、と短いリップ音が静かに響いた。
「……ん」
口を離したトレーナーとカフェの間に、つつ……と糸が繋がり、ぷつりと途切れる。
とろりとした瞳でカフェを見て、トレーナーはふにゃりと笑いながら言った。
「ふへ、コーヒー味」
「……そういう貴方は、ウィスキー味ですよ」
もう良いだろう、と休憩も終わらせ、カフェは立ち上がるとトレーナーの肩に腕を回して持ち上げるように立ち上がらせた。おぼつかない足取りのトレーナーを連れて、リビングに連れて行くと、彼女はソファに座らせる。
キッチンに向かったカフェがコップに水を入れて戻り、トレーナーの口許に持って行く。
「……お水を飲んでください」
「やだ」
「……飲まないと明日に響きますよ」
「やーだ」
「……一緒に寝てあげませんよ」
「…………ぅ~ん、それも、やだ」
子供のような駄々をこねるトレーナーに僅かばかり語気を強めたカフェ。ようやく言うことを聞いた彼は、コップについばむように唇を近づけて、傾けられて流れてきた水を少しずつ飲んだ。
「……飲みましたね」
空になったコップを流し台に置いたカフェが戻ってくると、トレーナーは自分の隣にストンと座った彼女の艶やかな尻尾を手に取り、梳すように指で撫でながら呟く。
「カ~フェ~」
「はい」
「好き」
「……はい」
「愛してる」
「わかっています」
「……やすっぽい?」
「……ふふ、まさか」
酔っている人の言葉は安っぽいのか否か。少なくとも、マンハッタンカフェという一人の女性は、トレーナーの言葉を安っぽいと思ったことは、当時の契約の段階から一度として無い。
酒に酔い、心が緩んだからこそ、さらりと出た言葉には本音が混じっているのだ。
ウマ娘ゆえに
「──カフェ」
「……なんでしょう」
「ごめん、みっともなくて」
「……覚めましたか?」
「ちょっとだけ、スッキリ」
先程よりも理性的な目付きとなったトレーナーに、カフェは笑みを浮かべて返す。
「おれは先にねるけど、カフェは?」
「……もう少し、起きています。貴方は、ベッドまで歩けますか? お手伝いしますよ」
「だいじょ──ぶです。へーきへーき」
「……真ん中で寝ないでくださいね」
うい、と返して、トレーナーはふらふらとした足取りで寝室へと向かう。
扉を開けたと思い込んでそのまま歩こうとして額をぶつけ、「おぅふ」と呟くと、彼はなんとか改めて扉を開けて部屋の奥へと姿を消した。
「……学園にいた頃はしっかりした所しか見ませんでしたし、アレはアレで、新鮮ですね」
見送ったカフェが、冷蔵庫から牛乳を取り出し、マグカップに注いでレンジに入れる。数分温めて、湯気が立ち上るそれに、砂糖を入れてかき混ぜ、椅子を引いて窓際に座ると外を見た。
しんしんと、雪が降っている。目尻を緩めて、ホットミルクを静かに啜りながら、白い吐息をほうと吐き出すと、彼女は歌う。
「──初雪の日、青い夜空。街明かり、貴方の手の温度、コーヒーの匂い……」
そんな、大切な思い出たちを紡ぐ。
かつての日々が、支えてくれたトレーナーが、これからの日々が、愛おしくて。
「──ふふ」
無意識のうちに、マンハッタンカフェは、マグカップを握る左手の薬指に鈍く輝く指輪を、右手の指の腹で優しく撫でていた。
──目が覚めたトレーナーは、寝室から出ると、リビングに広がる深いコーヒーの香りで完全に眠気を飛ばす。彼のワイシャツを羽織っているカフェが振り返ると、その手には、淹れたてのコーヒーが注がれたカップがあった。
「……お早うございます」
そう言って薄く、しかし彼には満面に見える幼くも美しい笑みを向けられながら、トレーナーは彼女からコーヒーカップを受け取った。