「では、私はコンビニで酒盛り用の酒を買ってくる。気を付けて帰りたまえよ」
ラーメン屋を出て開口一番、平塚先生は言い放った。
……カッコよかった先生はどこに行ってしまったのだろうか。教師としてそれでいいのか、などと思っていたら、あっという間に先生は夜の闇に消えていった。
「じゃあ、帰るか」
「ええ」
短く言葉を交わすと、二人で歩き出す。私はゆっくりと歩く比企谷君の数歩後ろを歩く。
晩秋の冷たい風が頬を撫でたので、私は平塚先生のコートを首元まで引き上げた。薄着の比企谷君は寒そうだな、なんて眺めていたら、私はふと気づいた。
静かな夜の道を、比企谷君と二人っきりで歩いている。
そのことを意識するとなんとなく気まずくなった私は、少し足を早めて、横にいる彼に話しかけた。
「美味しかったね、ラーメン」
「ああ」
「でもボクはもうお腹いっぱいだよ」
「ッ……ゴホッゴホッ! まあ、晩飯後だったからな」
「何動揺してんの?」
ボクがジトッと見つめると、比企谷君は少し顔を逸らした。
「いや、急に別人かってくらい話し方変わったら、そりゃビビるだろ」
「ふーん。……顔赤くない?」
「いや全然。たとえ赤いとしてもそれは天下一品のホットなラーメンを食べたから俺の顔までホットになった結果であって、決して何か感情的な要因があるわけじゃないな」
「うわ、すごい早口……」
少し足を早めた比企谷君が前に行き、顔が見えなくなってしまう。
そんな彼を見ていると、なんとなくボクはさっき考えていたことを話したくなった。
「ねえ、比企谷君。ボクは決めたよ」
「なんだよ」
振り返りながらも、足は止めない比企谷君。
「君がどんな決断をしても、それをありのままに受け入れるってこと」
「……何の話だ?」
「ん? ……うーん、ボクたちの将来の話?」
「ボクたちの将来の話!?」
何を思ったのか、比企谷君はピタリと止まると突然大声を出した。
「うるさいよ比企谷君。近所迷惑」
「いやいやいやいや。その言い方だとまるで俺とお前の間に末永い将来があるようで……」
「は? あ──」
思わぬ言葉に、足を止めてしまう。冷えた体の中心が、激しい感情の影響でじんわりと暑くなるような感覚があった。
慌てた私は、早口で自分の言葉を意味を伝える。
「ち、違うから! 全然そんな深い意味なんてないから! そんな深い話じゃなくて、これからの付き合いの話っていうか!」
「つ、付き合い!?」
「違うよ! 全然違うよ! ボクそんな男女交際的な話全くしてないよね!?」
ぶんぶんと手を振って否定するが、比企谷君は納得できないと声をあげた。
「そういう誤解を招くような言い方しただろお前!?」
「ふ、ふん! 何言ってもすぐ色恋沙汰に結び付けるなんて比企谷君も案外子どもだよね!」
「いや、今のは絶対言い方に問題が! ……いや、いったん落ち着こう。お前顔真っ赤だぞ」
「いや、比企谷君も真っ赤なんだけど」
とはいえ、冷静ではなかったのも事実だ。なんか余計なことまで口走ってしまったし。
私は大きな深呼吸を一つした。冷たい空気が肺に入ってきて、心も冷静さを取り戻してきた。
深呼吸をするボクを見て、比企谷君は呆れたように声をかけてきた。
「なあ、前から思ってたんだけどなんでその口調の時そんな無防備なの? 普段のお堅い令嬢みたいな態度どこ行ったの? いや、普段も結構ボロ出してるような気もするけど……」
「いや、普段は常に気を張ってるっていうか言動にも気を付けてるんだけど、素のボクだとそういうの緩むっていうか。なんていうの? 自分が美少女なのをつい忘れちゃうっていうか」
「自信過剰なのは一緒か。嫌な共通点だな……」
自信過剰というか、事実だ。ボクは自分の容姿について、他の女性よりも遥かに客観的に見ていると自負している。なんたって男の意識があるし。
「あれ、ボク何の話をしようとしていたんだっけ」
「知るかよ。衝撃発言のせいで何言ってたか忘れたわ」
ああ、そうだ。ボクが偽告白を阻止するのかしないのか、そんな話だ。
「まあ、君に話す必要のあることでもなかったかな。忘れて」
「そうか」
そして、二人の間には再び沈黙が下りた。静かな夜の京都を歩く。ゆっくりと歩く彼の背中を見ていると、ボクの中で再び決意が固まった。
偽告白を阻止する必要なんてない。そのことで頭を悩ますなんて、馬鹿げたことだったんだ。
問題はその後。奉仕部内での関係性の方だ。
たとえ今回の件がどんな形で解消されようとも、ボクがその後の三人の関係を取り持っていればいい。ボクの結論とは、簡単に言ってしまえばそういうものだった。
平塚先生の言う通り、ボクは偽告白を阻止するかしないかの二者択一こそが問題だと思い込んで、そのことばかり考えてきた。
でも、違う。ボクにとって大事なのは、そんなことじゃなかった。本当に大事なのは、大切な奉仕部三人の関係性。
温かいあの部屋の中に存在する、ガラス細工のようにキラキラと輝くあの時間こそが、ボクが気に掛けるべきものだったんだ。
であれば、告白の結果がどうであれ、ボクは三人の関係性を保持することを考えるべきだったんだ。
どうして、他人の行動に口を出したりしようなんて考えていたんだろう。ボクはもっと、原作がどうとか関係なく、ただ自分にとって大事な人たちとどう付き合っていくのか、それだけを考えていれば良かったんだ。
「……きのした、雪ノ下! 着いたぞ」
「……うん」
比企谷君の声に顔を上げると、いつの間にか夜の闇は遠ざかり、ホテルのロビーの人工的な照明の下にいた。
どうやらボクは、周りの景色すら見えなくなるほど思考に集中していたらしい。
ここから自分の部屋まで戻るので、彼とはここでお別れだろうか。
「悪かったね。ボクのペースに合わせてもらって」
道中、比企谷君はずっとゆっくりと歩いてくれていた。それはきっと、後ろを歩くボクを気遣ってのことだったのだろう。
少しだけ笑って礼を言うと、彼は少し顔を逸らして答えた。
「……別に、良く妹と外出するから、その時の歩くペースがくせになってただけだ。どうってことねえよ」
「そっか」
そんな様子が彼らしくて、ボクはまた少し笑った。
「送ってくれてありがとう。じゃあまた──」
「雪ノ下、さん……?」
唐突に、ホテルのロビーに第三者の声がした。
何かとんでもないところを見られてしまった予感に、ボクはゆっくりと振り返った。
「綱島さん……」
そこにいたのは、私のクラスメイトの一人だった。
明るくて、恋愛話に目がない彼女は、ゆっくりと何かを確かめるように私たち二人を交互に見ると、やがて目をキラキラ輝かせながら部屋へと向かっていった。
「待って綱島さん! 何か勘違いしてないかしら!?」
慌てて、私はその後を追う。
部屋のドアを勢いよく開けた綱島さんは、開口一番こう言った。
「み、みんな! 聞いて聞いて! 雪ノ下さんが、夜の逢瀬してた!」
噂話好きの女の子たちが、なんだなんだと顔を出してくる。
「ち、違うの綱島さん! たまたま会っただけで!」
「しかも彼氏のコート着てた!」
「本当に違うから! このコートは……本当に違うから!」
「しかも見たことないような顔で笑ってた!」
「……違うから!」
私の反応を見た女の子たちは、だんだんと目を輝かせていった。
こうして、私の長い長い夜の弁明が始まった。
Q.綱島さん誰?
A.今回限りの登場予定のオリキャラ、モブです
Q.雪ノ下クラスメイトと距離近くない?友達?
A.原作でも恋バナを追求される程度の間柄ではあったみたいなので、今回みたいな話になりました。
後はまあ、修学旅行の夜という特別な時間でいつもより遠慮がなくなったとか、そんなところです。
雪ノ下とクラスメイトの距離感はあまり描写がなかったので、これが正解だったのかは謎です。
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