雪ノ下雪乃は偽物である   作:恥谷きゆう

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アニメ準拠


どうしても雪ノ下雪乃は方向音痴である

 奉仕部の部室には、ここ最近のような騒がしさがなかった。少し傾いた日に照らされた部屋の中には、比企谷君と私のページをめくる音だけが寂し気に響いている。由比ヶ浜さんは、職場見学の日から一度も奉仕部に来ていない。

 ……そろそろ、聞いておくべきだろう。少し大きな音を出して、文庫本をパタンと閉じる。すると、比企谷君が顔を上げてこちらを見た。

 

「……由比ヶ浜さんは今日も来ないみたいね」

「ああ、またなんか用事でもあるんだろ」

 

 私の言葉に、比企谷君が気まずげに顔を逸らした。その態度は、何か知っていると言っているようなものだった。

 

「……比企谷君、由比ヶ浜さんと何かあったの?」

「何か?いいや、取り立てて話すようなことはなかったよ」

 

 比企谷君はあまり多くを話したがらなかった。その様子を見て私は、これ以上踏み込むことを少し躊躇う。

 元々、比企谷君と私の会話はあまりお互い踏み込んだことは聞いてこなかった。家族構成とか、趣味とか、そういうものは不思議と話題に上がって来なかった。

 

 その、近すぎず、遠すぎないような距離感に、私もどこか居心地の良さを感じていたのだろう。けれど、今から私は、少し踏み込む。

 軽く唾を呑み、しっかりと言葉を紡ぐ。

 

「比企谷君、私に何ができるのかは分からないけれど、試しに何があったのか話してくれないかしら?」

 

 彼の黒々とした瞳をじっと見て、話す。すると、彼は小さく溜息を吐いて、口を開いてくれた。

 

「いや、本当に大したことじゃない。──ただ、俺はあいつとの関係が間違って始まっていたってことに気づいて、だからそれを終わらせようとしたってだけだ」

「……曖昧な表現ね」

 

 本当は、全部知っている。彼が優しい彼女を拒絶した理由。そして、そうなった原因が何であったのか。きっと、知りながらそのいびつな関係を構築することに一役買ってしまった私にも、責任はある。

 だから、ほんの少しだけ踏み込む。

 

「比企谷君、由比ヶ浜さんが奉仕部に入ってからのここでの時間。私、それなりに気に入っていたみたいなの」

 

 最初は、単に好きな物語が目の前で見れる、という興奮だった。けれど、ここで過ごしていくうちに、それは少しずつ変わっていった。憧れから、親しみへ。物語から、現実へ。

 この空間を失いたくない。その想いは、もはや物語の整合性がどうとか、そういう枠を超えてしまっていた。私は、由比ヶ浜さんがいて、比企谷君がいる奉仕部がいい。

 

 ここ二か月の日々を思い出していると、不思議と言葉は出てきていた。

 

「だからね、比企谷君。──付き合ってくれないかしら?」

 

 

 その日、自宅にて。

 

 制服を脱ぎ、ハンガーにかける。それは私にとって、纏っていた雪ノ下雪乃という外皮を脱ぎ捨てるようなものだった。

 放課後家に帰り、制服を脱いでからは、私は雪ノ下雪乃ではない。それは張り詰めた精神を緩めて休憩させるための、自己暗示のようなものだった。

 ゆったりとした服に着替えると、ベッドへとダイブした。ボスン、という音と共に、うつ伏せに倒れる。

 

 満を持して、ボクは叫んだ。

 

「ちっがあああああう!なんでボク告白の台詞みたいなこと言ってんの!?」

 

 そんなつもりではなかったのだ。ただ、買い物に付き合って欲しかっただけなのだ。ボクは彼にも一緒に由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを買ってもらい、仲直りのきっかけにしてもらいたかっただけだったんだ。

 それが、なんで「付き合ってくれないかしら」になるっていうんだ!

 

「ウウウウウ!」

 

 ベッドに顔を伏せて呻く。思い出すだけで顔が暑くなってしまう。

 告白紛いの言葉を発した後の、比企谷君の顔を思い出す。最初は何を言われたのか分からないというような、きょとんとした顔をしていた。その後。理解が及ぶと顔を真っ赤にして、狼狽えていた。……まずい。思い出していたらまた顔が暑くなってきた。

 

 ちなみにあの後、正気に戻ったボクは、慌てて発言の意図を説明した。由比ヶ浜さんの誕生日がそろそろであること。プレゼントをするために買い物に付き合って欲しいこと。

 その結果比企谷君は納得してくれたが、顔は少し赤いままだった。

 

「フー……」

 

 ……少し、落ち着こう。深呼吸を一つ。ボクは雪ノ下雪乃。何事にも動じない、クールビューティー。そのはずだ。解いたはずの自己暗示をかけ直す。

 

 冷静になってくると、今後のことに考えが及んだ。

 

「でも、結局ボク、比企谷君と一緒に出掛けるんだよね……いや、デートじゃん!」

 

 うわあああ。分かっていたはずだけど、改めて考えるとすごいことだ。どうしよう。

 

「確か、原作だとツインテールで……」

 

 鏡の前に立って、髪を手で纏める。上の方で纏めるツインテール。

 

「いや恥ずかしい!めちゃくちゃ恥ずかしいよこの髪型!」

 

 似合っていないわけではない。むしろ、普段よりも少し幼く見えるところにギャップなど見えていい感じだと、ボクの中の男の部分は囁いている。でも、なんか恥ずかしい。高校生にもなってツインテールなんて、とかそういう価値観が染みついているからだろうか。

 

「そうだ、服も選ばないと」

 

 約束をしたのは週末なのに、ボクはいそいそと準備を始めていた。その胸には、正体不明の高揚感があった。

 

 

 週末は、私にとって雪ノ下雪乃を演じる必要のない、貴重な休息の時だ。自宅でゆっくりとくつろぐ。そうすれば、誰にも自分を見せる必要がないので、非常に気が楽なのだ。

 

 でも、外出する時にはそうはいかない。人の目につく所に出ていく以上、雪ノ下雪乃らしく振舞わなければならない。ただでさえこの美貌は人の目を引くのだ。

 前世のだらしのない私のように、寝ぐせが立っているなんて論外。身だしなみを整えて、この美貌に相応しい服を見繕う。さらに出かけている間はずっと人の目を意識しなければならない。それなりの労力だ。正直、休日にわざわざ外出するのはあまり気が進まない。

 

 それでも、今日ばかりは私には行くべき場所があった。

 

 日曜日の昼過ぎのショッピングモールにはたくさんの人で混み合っていた。人混みをなんとか進み、待ち合わせ場所まで進む。なんだか買い物を始める前に疲れてしまいそうだ。

 

 少しショッピングモールをうろうろして、ようやく人混みの先に特徴的なアホ毛を見つける。

 

「お待たせ、比企谷君。……ああ、そちらが話にあった妹さんね。休日にわざわざ付き合わせてしまってごめんなさい。今日はよろしくね」

 

 比企谷君の隣には、中学生くらいの少女がいた。ぱっちりとした目。大きく露出した額。明るそうな雰囲気。そして頭頂部には、重力に逆らうようにピンと立ったアホ毛が存在している。

 ああ、比企谷小町だ。画面の向こうの存在だった彼女にこうして出会えたことに、高揚感を覚える。

 私の目の前にいる彼女は、元気良く挨拶をした。

 

「はい、比企谷小町です。よろしくお願いします!……お兄ちゃん、こんな美人さんと知り合ってたの?やるじゃん!」

「いや、本当に知り合っただけだぞ。というか会うたび会うたび罵倒されているから、お前の期待しているようなことはないぞ」

「比企谷君、初対面の人に私が性格の悪い女だと吹聴するのはやめなさい。あなたの目が腐っているからそう見えるだけでしょう」

「ほら、さっそく罵倒してきた!見たか小町。あれは薔薇みたいなものだからな。綺麗だなと近づいていったら鋭い棘に突き刺されるぞ。気をつけろ」

 

 綺麗……。

 

「雪乃さん、腐った目をしたお兄ちゃんの言うことはあまり気にしないでください!」

「小町、お前もか!?」

 

 ……仲が良さそうだ。少し、羨ましい。

 

「では、早速だけど行きましょうか。若い女性向けの商品はこっちよね」

「……雪ノ下、そっちはトイレだぞ」

 

 気まずげに比企谷君に指摘されて、足を止める。……仕方がないではないか!この体は元からひどい方向音痴だったのだ。私は悪くない!

 

 

「比企谷君は何を買うか目星を付けてきたの?」

 

 入ったのは、明るい色で装飾された、若い女性向けの雑貨屋だった。比企谷君に話しかけながら、商品を手に取る。……私にはあまり用途の分からないものばかりだ。実のところ私は買うものを決めているので、比企谷君待ちだったりする。

 

「いや、贈り物なんてさっぱりだからな。もらったことなんてロクにないし。だから小町に色々聞きたかったんだが、あいつどこいったんだ……?」

「まあ、比企谷君なんかよりずっとしっかりしてそうな妹さんならきっと大丈夫でしょう」

「一言余計だけどな。……大人しく()()で探すか」

 

 私の商品を物色する手がピタリと止まる。二人で。その言葉を聞いて、改めて比企谷君と二人きりであることを意識してしまった。まずい。意識しだすと何だか体が暑くなってきた。何か別のことに集中しないと。

 

「比企谷君、由比ヶ浜さんの好きなものとか知っている?」

「……いや、そういえばあんまり知らないな。……なんだ、料理が上手くなりたいってことくらいなら知っているが」

「そうね。では、少し調理関係のものを見てみましょうか」

 

 彼に顔を見られないようにクルリと回り雑貨屋を出る。そして少し足早に別の店へと向かうと、比企谷君が慌てて付いてきた。

 ……なんだか二人きりで近くを歩いていることが少し気恥ずかしくなってきたのだ。

 

「雪ノ下!そっち違う!トイレ!」

「……」

 

 ああ、本当にこの体は!

 

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