美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。   作:妖念

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1.幻想少女の宴

 つい昨日までクリスマスとやらで一色だった町並みは、そんなものなど存在しなかったように年末年始への準備を粛々と始めていた。

 冬至を少し過ぎた冬真っ盛りとはいえ、日が沈むにはまだ早い時間だ。が、空はほの暗い。いつ降りだしてもおかしくない空模様である。

 

 霊夢はホッと一息ついた。息が白く広がり、冬の凍てついた空気の中に消えていく。

 手袋を外し、ほっぺをぎゅっとつねってみた。痛い。

 夢ではない。そう、まだ信じられないが、ここは──外の世界なのだ。

 

 

 ◇

 

 

 霊夢はえっちらおっちら大きな箱を抱えていた。

 箱の中身は掃除機──という絡繰(からくり)らしい。中古の物を譲って貰った。

 

 そのまま一軒の古ぼけたアパートの前で立ち止まる。

 ここが今の霊夢の自宅だ。

 部屋は2階の1室である。

 どうやら心霊物件との噂が広まっていたらしく、霊夢以外に住人はいない。厳密には霊夢が越してきた時には隣人(悪霊)がいたが、何のことはない。すぐに叩き出した。今は正真正銘ただのアパートである。

 霊夢はアパートの敷地に入ると、ふわふわと浮遊し、2階の廊下に飛び乗った。

 他の住人がいないということはこんな目立つ行動をしても騒ぎにならない、ということでもある。その点では気楽だ。

 自室の扉の前までくると、霊夢は片手を空けるために膝で箱を支えた。

 ポケットをまさぐり、鍵を取り出した。

 

(裸の鍵だと失くしそうで怖いわね。御守りでもつけとこうかしら)

 

 そんなことを考えながら、ドアノブに手をかけた時だった。霊夢の顔が歪む。

 

 ......鍵が、開いている。

 

 白いため息を1つ吐く。恐怖の感情はなかった。

 犯人は分かっている。

 ドアを開けるやいなや、霊夢は部屋の中へ向かって叫んだ。

 

「勝手に入るなって言ったでしょ! 萃香! 勇儀!」

「おー、霊夢ー」

「お帰りー!」

 

 霊夢の剣幕なんてなんのその、小柄な伊吹 萃香と大柄な星熊 勇儀──2人が顔をこちらへ向けた。

 2人ともこの寒さにも関わらずTシャツ1枚で、部屋の中に、ポツンと置いてあるテーブルを挟んで座っている。自分の家のようなくつろぎっぷりに霊夢はあきれ返った。

 

「お帰りー、じゃないわよ......っと」

 

 霊夢は1度箱を置いて靴を脱ぎ、部屋に上がる。

 

「何だい? この箱?」

 

 コートをかけていると、勇儀が興味津々に寄ってきて箱を指した。

 

「結構大きいなぁ」

 

 萃香に至っては勝手に箱を開けて、中身を取り出した。

 

「掃除に使う道具よ。霖之助さんに貰ったの」

「ふーん、どうやって使うんだ?」

「これをこうするのかい?」

「あんたら壊すから触らないでよ」

 

 ベタベタと好き放題に掃除機をいじり始めた萃香と勇儀。霊夢は軽くたしなめるがそんなのお構い無しだ。

 2人を尻目に霊夢は箱にポツンと残っていた説明書を手に取った。

 

(内容物の確認、えーっと、ノズルにブラシに......?)

 

 1つずつパーツを手に取りながら説明書に目を通していたが、全て読みきることなく説明書をその辺に放り投げる。もとよりこういうものをきちんと読むタイプではない。

 

「貸しなさい」

「あっ、ちょっと!」

 

 今にもプラグをひん曲げそうな萃香から、コードを奪い取り、コンセントに刺す。ざっくりとした使い方は霖之助に教えて貰った。

 

「えーっと、これ......かしら?」

 

 霊夢は慣れない手つきで、掃除機のスイッチを押した。ウィーンと機械音が響く。

 そのまま床を前後に滑らせてみた。

 よく分からないが先端が通過した場所が綺麗になっている......気がする。

 が、アパートの1室に3人もいるのだ。狭くて全く掃除が進まない。

 

「あんたたち、ここに何しに来たの」

 

 霊夢は掃除機を萃香にぶつけながら、掃除機の音に負けない声を張り上げる。

 

「固いこと言うなよー。私らの見た目で外の世界うろついたら大騒ぎなんだから。数少ない憩いの場所なんだよ、ここは。なあ、勇儀」

「コレをごまかせる帽子があるなら教えて欲しいねぇ」

 

 萃香と勇儀はそれぞれの立派な角を撫でた。

 萃香は側頭部に2本、勇儀は額に1本、顔と同じくらいはあろうかという鬼の証が生えていた。

 

「そりゃそうだけど......その程度ならいいでしょ」

「いや、紫と摩多羅神に結構強めに釘刺されたもんでね」

「摩多羅神......? ああ、摩多羅隠岐奈ね」

「そうそう。外の世界でも何かあると幻想郷に影響するからってな。まあ、でもおとなしくしてるかわりに......ほら」

 

 萃香はパッと立ち上がると部屋の備え付けの冷蔵庫を勝手に開け始めた。霊夢は掃除機のスイッチを切って、萃香を制止しようとする。

 

「ちょっ、何してるの!」

「まあまあ、見てみなって」

 

 勇儀に促されるまま、霊夢は冷蔵庫の中を覗き込んだ。冷気が顔を一斉に撫でていく。

 中には覚えのない酒が大量に入っていた。

 

「外の酒を融通してもらってるのさ」

「霊夢も、あれだろ? こっちじゃ酒、手に入らないんだろ?」

 

 人の家で勝手に酒を冷やす鬼共の傍若無人っぷりに呆れた。が、呆れながらも霊夢はゴクリと生唾を飲む。

 確かにこっちに来てから酒は呑めていない。こちらの世界では齢20を証明できるものがないと酒を買えないらしい。当然、霊夢はそんなもの持ち合わせていない。......そもそも20歳にもなってはいないが。

 

「私らもさぁ、一応霊夢が帰って来るまで待ってたんだからさぁ。追い出すよりも一緒に呑もうよぉ」

 

 萃香が霊夢の耳元で囁く。その吐息は既に酒臭い。呑まずに待っていたわけではないらしい。

 

「......肴は?」

 

 霊夢がボソリと呟くと、待ってましたとばかりに勇儀がスーパーのビニール袋を掲げる。

 

「......あんた外出歩けないのにどうやって買ったの?」

「ま、色々やりようはあるのさ」

 

 霊夢はしばし、口をつぐむ。

 自分の中の天秤がゆっくりゆっくり傾いていく。

 

「......ま、まあ、汚さないんだったらいてもいい、けど」

 

 露骨に折れた霊夢に、萃香と勇儀が顔を見合わせニヤリと笑う。霊夢にはそれが気に食わなかったが背に腹はかえられない。

 

「それはそうと、あんたらここに居座るならちょっとは掃除やら家事やら手伝いなさいよね!」

 

 2人は霊夢の要請など聞こえていないかのように、キャッキャとテーブルに酒を並べ始めた。

 

「しかし、いざ呑むとなると......3人だとちと寂しいねぇ」

 

 勇儀が顎をかきながら萃香に目配せする。

 

「萃香、あんた能力使って集めようとしてないわよね」

 

 霊夢は何か嫌な予感がし、じとーとした視線を萃香に向けた。

 

「......まだ」

 

 萃香はスーッと霊夢から視線を外す。

 後ろめたさがそのまま伝わってくる辺りは、嘘を嫌う鬼らしい。

 

「大体ここにそんな人が入れるわけないでしょ。せいぜいあと1人か2人よ」

「1人か2人......か」

 

 少し残念そうな表情を勇儀が浮かべた。どんなどんちゃん騒ぎをするつもりだったのだろうか。いかに大家の耳が遠くても追い出されかねない。霊夢は背筋がゾッとした。

 

「霊夢ぅー、誰か呼んで来てくれよぉ」

 

 萃香が甘えるような、呂律の回っていない口調で喋りながら、頭を下げた。というより、テーブルに突っ伏した。ダン、とテーブルが揺れる。

 

「はあ? 何で私が?」

「私らあんまし外に出てないから皆がどこにいるか知らないんだよぉ」

 

 頭をテーブルにつけたまま、くぐもった声で萃香が続ける。

 

「そんなこと言われても私だって......」

 

 かくいう霊夢も他の幻想郷の住人の居場所など数える程しか把握していない。

 

「いいだろー、酒もつまみも用意したし。鍋でも用意しとくからさ」

「鍋か! いいねぇ!」

 

 勇儀が舌なめずりをしながら指を鳴らした。

 

「鍋って言ったってうちに具材なんか......」

 

 霊夢は冷蔵庫の中身を再び思い返した。越してきたばかりともあって、中はほとんど空だった。今や酒でぎっしりではあるが。

 

「任せな、そこは何とかするから」

 

 勇儀がシャツの腕をまくりながら胸を叩いた。

 熱々の鍋に、冷えた酒をグイッと──なおも続く、2人の誘い文句に霊夢の脳内も段々とその気になっていく。

 気づけば霊夢は今しがた脱いだばかりのコートを再び羽織っていた。

 

「......ったく、しょうがないわね。分かったわよ。じゃあ、行ってくるから、そのかわり飛びきりの鍋用意しとかないと承知しないわよ」

「あーい」

「心得た」

「あと、余計なことするんじゃないわよ!」

「......ん」

「......んー?」

「返事はっ!?」

「......あーい」

「......はいよー」

 

 2人の分かりやすい生返事に一抹の不安が頭をもたげる。

 

(......大丈夫かしら)

 

 霊夢は日が暮れ始めた寒空に再び繰り出した。

 

 

 ◇

 

 

 霊夢は商店街の一番端にある店舗の前に訪れた。

 引戸を開けると、来客を知らせる鈴がカランカランと鳴る。

 が、誰も出てこない。

 さっきもこうだった。

 痺れをきらし、霊夢は店主の名を呼んだ。

 

「霖之助さーん」

 

 ようやく、カウンターの奥から多少くせっけのある白髪をかきあげながら1人の男性が現れた。

 名を森近 霖之助といい、道具の名と用途が分かる審美眼をその眼鏡の奥に持つ。

 

「何だ、また霊夢じゃないか」

「何だって何よ」

「......いや、悪気はないんだ。許してくれ。それで、どうしたんだい? 掃除機が動かなかったか? それとも忘れ物でもしたのかい?」

 

 霖之助はゆっくりとした動作で椅子に腰かけた。

 

「いいえ、ちょうど2人くらい呑み要員が足りないから霖之助さん来ないかな、と思って」

「ほう、そうかい。ありがたいお誘いだが......僕はやめておこう。今夜は少し作業があるんでね」

「あら、残念......」

 

 霊夢は心底残念がった。

 鬼2人はべらぼうに酒に強いし、むちゃくちゃな呑み方をする。

 1人くらいはまともなペースの人間──霖之助は人間と妖怪のハーフではあるが──が欲しかったのだ。

 

「済まないね」

 

 申し訳なさそうに謝る霖之助に笑顔で返し、霊夢は店内を見渡した。

 霖之助は幻想郷でも『香霖堂』という古道具屋を営んでいた。

 よく分からない物がたくさん並んでいる店内の雰囲気は『香霖堂』と瓜二つだ。霊夢が譲って貰った掃除機もそのよく分からない物の1つだった。が、妙に落ち着く。霊夢はこの何とも言えない空気が嫌いではない。

 ここで、霊夢はあることに気がついた。

 

「あら、にとりは?」

 

 この店にはもう1人、従業員がいる。

 河城 にとり──手先が器用な河童で、機械にはめっぽう強い。

 中古の家電を買い取ってにとりが修理し、それを物の名前と用途が分かる霖之助が売る──それがこの店のシステムだ。

 こういう店が近くにあると、外の機械に疎い霊夢にとってはありがたい。

 が、そのにとりが店内には見当たらない。

 

「ああ。彼女ならちょうど君と入れ違いで......血相変えて出てったよ。会わなかったかい?」

「いいえ。まあ、いいわ」

「彼女を誘うつもりなら電話してみればいいんじゃないか?」

 

 霖之助は耳元に拳を近づけるジェスチャーを見せた。

 が、霊夢はピンと来ない。今の霊夢の精神状態ではビールのジョッキを掲げたようにしか見えない。

 

「電話?」

「ほら、遠隔で会話できる道具だ。今日店でにとりに使い方習ってたろ? あの小さな箱さ」

「ああ、あれね......」

 

 霊夢はコートのポケットをまさぐったが、何も手にはかすらない。

 そういえば、コートを1度脱いだ時に物音がしたような気がする。あの時、ポケットからこぼれ落ちたのかもしれない。

 

(まあ、家にあるならいいか)

 

「家に置いて来ちゃったわ」

「......霊夢には向いてないのかもな」

 

 霖之助が静かに首を振る。機械に弱い古臭い人間と言われた気がして少しとさかに来たが、事実、その通りなので何も言い返せない。気を取り直して、呑み仲間を見つけることにした。

 

「霖之助さん、他に誰かいないかしら?」

「そうだな......魔理沙も近くに住んでるはずだ。今日店に来たからな。どこかまでは知らないが」

「今から探す気にはならないわねぇ......」

「どこで呑むんだい?」

「私の家」

 

 霊夢の返答に霖之助は目を丸くした。

 理由は霊夢も分かりきっている。

 

「君の? 言っちゃ悪いが......少し狭くないか?」

「しょうがないでしょ。萃香と勇儀が家から出ていかないんだから」

「......鬼と呑むのか。流石、博麗の巫女だな」

「褒めてるの?」

「いや、にとりが少し気の毒になっただけだ。ま、彼女が帰ってきたら君の家に向かうよう言っておくよ。ああ、もちろん......鬼がいることは伏せて、ね」

「......霖之助さんも人が悪いわねぇ。まあ、頼むわ」

 

 いたずらっぽく笑う霖之助に見送られながら霊夢は店を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 霊夢はアパートへ1人で帰ってきた。

 結局、霖之助以外は誰も誘わずに直行で帰ってきた。

 鍋が待ちきれなかったというのが本音だが、やれることはやった、と自分に言い聞かせた。

 霊夢はさっきと同じように2階へと飛び上がり、ドアノブに手をかけた。

「アッハッハ」と陽気な笑い声が既に聞こえてくる。予想はできていたが、どうやら既におっ始めているらしい。

 寒さで凝り固まった霊夢の口角も自然と綻ぶ。

 

「ただい......」

 

 扉を開け、霊夢が久方ぶりに口にする帰宅の挨拶をしようとした時だった。

 

「盟友ぅー!」

 

 悲痛な叫び声と共に猛然と誰かが飛び付いてきた。

 

「な、何よ。......って、にとりじゃない」

 

 黒いキャップからはみ出る青い髪。幻想郷にいた時にツインテールだった髪型は後ろで1つにまとまってはいるが、間違いない。行方不明だった河城 にとりだ。

 

「何よ、じゃないよ! ケータイ、置いてったでしょ!」

「ケータイ......? ああ、電話のこと?」

「霊夢からの電話に出たら鬼だったんだけど!?」

 

 にとりは後ろを振り返った。

 

「ああ、あの2人が勝手に使ったのね」

「霊夢、多分私以外とまだ電話してないから履歴から適当にかけたんだろうね......」

 

 ──血相変えて出てったよ。

 

 うなだれるにとり。鬼は河童のいわば元上司にあたる。そんな鬼から召集がかかったのだ。にとりが必死な顔で霖之助のもとを飛び出したのも頷ける。

 

「いきなり5人分の鍋の具材買って来いって言ったって......」

 

 悲しげな顔で財布を振るにとり。

 音がしないのは何も札束が詰まっているからではあるまい。

 

「はいはい、分かったから部屋戻りなさい」

 

 が、霊夢には関係ない。

 呪文のごとく怨み節をぶつくさと呟くにとりを押し退け、霊夢は部屋に上がった。

 

「よお! お帰り、霊夢!」

「よお、じゃないのよ。あんたら私のケータイ勝手に使ったでしょ?」

「気を付けまーす」

 

 シシシと笑う萃香。恐らく実行犯はこちらだろう。が、勇儀もサラサラ止める気がなかったのは想像に難くない。

 

(こりゃあ、またやるわね......)

 

「霊夢、それで誰を呼んだんだ?」

「いえ、霖之助さん誘いにいったんだけど駄目だったわ。用事があるって」

「ふーん、そうかい」

 

 萃香が少し面白くなさそうな顔を浮かべたが、すぐにそんな表情は消える。

 

「まあ、何でもいいや。河童も来たしな。呑もう呑もう」

「それより、河童は? 帰ったのか?」

 

 振り返ると扉は閉まっているが室内ににとりの姿はなかった。

 本当に帰ったのか、そんな疑問が出てくるよりも先にドアノブが捻られ、ドアが開く。

 

「やだなー、帰るわけないじゃないですかー」

 

 張り付けたような笑顔を浮かべながら、扉の隙間からにとりがひょっこり顔を出す。

 それから、にとりは霊夢に耳打ちをした。

 

「明日休むって霖之助に電話しておいた」

「あら、どうして?」

「鬼と呑んで翌日まともに過ごせる訳ないじゃないか!」

「......それは否定できないわ」

 

 霊夢も明日に予定がないからこその行動だ。

 結局、観念したのか大人しくにとりも着席した。隣に霊夢も続く。頬に突き刺さる萃香の角を払っていると、にとりが衝撃の発言をした。

 

「あ、それからもう1人来ます!」

「お、本当かい?」

「やるなあ、河童! 誰だい?」

「それは来てからのお楽しみということで......」

 

 萃香と勇儀が一様に顔を輝かせる。

 対して家主の霊夢は気が気でない。もともと2人までなら呼ぶつもりだったが、いざ座ってみると──主に鬼連中の角のせいで──思った以上に圧迫感が凄い。

 そんな霊夢の心情を知ってか知らずか、にとりはニヤリと笑った。

 

「大丈夫、物壊すような奴じゃないからさ」

 

 ◇

 

 ピンポーン。

 

 少し酒の空き缶が増えてきたころ、来客を知らせるチャイムが鳴る。霊夢は我が家のこの音を初めて聞いた。隣で酒を水みたいに流し込み続ける小鬼をじろりと見る。部屋に入る前に呼び鈴を鳴らすような行儀の良い客は未だ来ていなかったからだ。

 

「お邪魔しまーす......」

 

 扉が開かれる。最初に目についたのは目深に被った帽子だった。そこから白髪がチラリと覗く。霖之助にしては小柄だ。帽子を脱ぐと、犬のような獣の耳がひょっこり出る。

 霊夢が立ち上がるよりも先に、にとりが嬉しそうに玄関へと駆けて行った。

 

「やあ、椛! よく来てくれた!」

 

 白狼天狗の犬走 椛だった。にとりとはよく将棋をさす仲らしい。奇しくも日本三大妖怪──鬼、河童、そして天狗が一つ屋根の下に集合したことになる。それもただのボロアパートの1室に。

 

「にとり......」

 

 一瞬、綻んだ椛の顔がすぐに険しくなる。

 

「にとりっ!?」

 

 明らかに名前を呼ぶトーンが変わった。

 はめられたことに気づいたらしい。

 友人の背後に角が3本見えたからだろう。

 にとりの表情は見えないが、道連れを見つけてほくそ笑んでいるのは間違いない。

 

「ほう、哨戒天狗か」

「いいねぇ」

「お......お久しぶりです」

 

 本来狼であるはずの椛が逆に2頭の大狼に狙われる構図になっている。

 が、日頃から天狗の縦社会に揉まれているからか、椛は腹をくくるのが早かった。

 スムーズに部屋に入り、ちょこんと正座する。

 

「さあ、夜はまだ長いぞ!」

 

 萃香の音頭で5人に増えた宴会が再開された。

 

 ◇

 

 鬼2人組は変わらぬペースで酒をかっくらっていた。

 あれだけ躊躇ってはいたが、それでも妖怪、酒は強い。にとりと椛は何とか耐えている。

 霊夢はそろそろ限界だ。酔いざましに窓を開け、ベランダに出た。冬の夜風が火照った顔に心地よい。

 空を見上げると、雲はいつの間にか晴れて星が瞬いていた。ただ、幻想郷の夜空ほど星は見えない。

 

 ここに来てからはや数日。少しずつ、本当に少しずつではあるが、外の世界に慣れていく自分を感じる。それと同時に幻想郷が何か遠いものに感じる時もあるのだ。

 

「いつまでこの生活が続くのかしらねぇ」

 

 思わず、懸念が口からこぼれ落ちる。

 ポツリと漏れた一言を聞いていたらしい。勇儀が同じように顔を出してきた。

 

「紫の話じゃそう長くはかからないって話だけどなぁ」

「妖怪の時間感覚なんてあてになるわけないでしょ。寿命、どれだけ違うと思ってるのよ」

「フッフッフ......確かに。ただ、まあ何だ。まだここの生活は始まったばかりだし、折角の機会だ。もっと楽しみな」

 

 わずかな、本当に小さな不安であったが勇儀は何か感じ取ったらしい。笑ってその大きな手の平で肩をバン、と叩いてきた。

 

「痛いわよ......ま、そうね。息抜きだと思って楽しむわ」

「息抜きはいつもしてただろ」

「......うるさいわね」

 

 勇儀はヒラヒラと手を振って、再び部屋の3人に絡みに行った。

 

「皆、今頃何してるのかしらねぇ......」

 

 もうすぐ、幻想郷以外で迎える初めての年明けだ。

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