美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。   作:妖念

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10.ふぇありーじぇらしーくれーんげーむ

(くっそー!)

 

 チルノは戦っていた。

 目の前で蠢き続けるバケモノと。

 いつもコイツに足止めされていたが今日こそ、突破してやるのだ。負ける訳にはいかない、いかないのだ。なぜなら──

 

(あたいは、さいきょーだから!)

 

 チルノは全身に力を入れた。しかし──

 

「ったく......何やってるの」

「ほえ?」

 

 急に心もとない感覚を味わう。ヒョイとチルノの体が不意に浮き上がった。脇の下から腕を回し、何者かがチルノを抱きかかえ、あろうことかなんとバケモノにチルノを乗っけてしまった。バケモノは脈打ちながら、チルノを上へ上へと連れ去ろうとする。

 

「お? おおー!?」

 

 チルノは驚きに満ちた声を上げながら、後ろを振り返る。みるみるうちに遠くなっていく家来(・・)たち。そして、チルノはそのうちの1人が犯人であることに気が付いた。

 

「う、裏切り者め!」

 

 チルノは小さくなるその姿に向かってその名を叫んだ。

 

「パルシー!」

「シーじゃなくてスィよ......」

 

 緑色の瞳が忌々しそうにチルノを見上げていた。

 

 

 ◇

 

 

 どう見てもチルノはエスカレーターを凍らせて止めようとしていた。水橋 パルスィはかじかんで茹でた海老のように赤みを帯びた両手をポケットに突っ込む。じわじわと暖かみと僅かな痒みが両手に染み渡っていく。少し触っただけでこのざまだ。油断も隙もあったもんじゃない。

 

「はあ......」

 

 チルノの冷気がまだ残っているのかエスカレーターの乗口で吐いたため息が白くなって消える。チルノは既に上の階層につくと、動く手すりを撫でて遊んでいた。放置しているとまたとんでもないことをしかねない。パルスィもエスカレーターに乗り込もうとしたときだった。

 

「チルノー! 大丈夫ー?」

 

 チルノ以外にもう1つ、幼さの抜けきっていない声がパルスィの耳を刺す。

 

「大丈夫だから。ほら、あなたも早く乗りなさい」

「全く......その無邪気さが」

「妬ましいわ!」

 

 パルスィが振り返ると金髪の少女が謎の得意顔でこちらを指差す。パルスィは多少イラッとした緑眼をその金髪の妖精──ルナチャイルドに向けた。

 

「あ......はい」

 

 別に威圧したつもりもなかったのだが、催促と受け取ったらしい。か細い返事の後、ルナは大人しくパルスィと共にエスカレーターに乗り込んだ。

 

(そんなに目つき悪いかしら?)

 

 パルスィは自分の目尻を少し人差し指で下げながら、エスカレーターのてっぺんで退屈そうにこちらを待っているチルノを監視する。

 

 パルスィの長い人生、いや妖怪生の中でもここしばらくはトップクラスに激変の日々だった。昼でも暗い地底から、夜でも明るい外の世界へと引きずり出され、何の因果か妖精に付き纏われる羽目になっている。今では褒められたものではない口癖まで真似される始末だ。

 パルスィの生活は180度ひっくり返ったと言っても過言ではない。 

 

 以前ならば、映画館......とか言ったか。その前で駄々をこねる少女たちの首根っこを押さえる様をどこぞの火車に仰天顔で見られることもなかっただろう。

 

 そう、以前ならば、例え幻想郷にあったとしても──

 

「ねぇ、チルノ。楽しみね」

「どんなのなんだろうな~、“ゲームセンター”って」

 

 ゲームセンターなどという遊戯場に赴くことはなかっただろう。

 

 

 ◇

 

 

「わぁ......」

「ここが......ゲーム、センター?」

 

 目を見開き、感嘆の声を漏らす妖精2人に対して、パルスィは思わず目を細め、片耳に手をやった。

 派手な色彩に、聞いたことのないような音源。綺羅びやかで何というか......目や耳に悪い。地底の温泉街も大概うるさいが、こちらは鼓膜に刺さる騒がしさだった。パルスィも外の世界では目立つ方の見た目だと自負しているが、ここでは霞みそうだ。どこにいても見つかりそうな外見のお陰で迷子にならなかった妖精2人も見失いそうになる。何とか2人についていくと、ガラス張りの箱の前で止まった。箱の中では機械仕掛けの蟹のハサミのようなものがぶら下がっていた。

 

「パルシー、これやろ! これ!」

「何よ、これ」

 

 パルスィは訝しげに隣でこの箱で遊んでいる客を見た。硬貨を入れた後、手元のボタンを押すと、それに連動して中の機械が動いていた。ハサミは閉じ、その下のぬいぐるみを掴む。

 

(ああ......なるほど)

 

 パルスィはすぐに仕組みを理解した。ルール自体は祭りの屋台の射的に近い。景品目当てにやることが弾を撃つのではなく、上手く機械を操作することに変わっただけだ。

 

「パルシー、お金! お金!」

「ああ、もう分かった分かった。少し......」

 

 静かになさい、と続けようとしてパルスィは喧騒に顔をしかめる。この空間でそれはあまり意味が無さそうだ。むしろ迷惑にならない程度に騒いでもらっていないと見失う。

 パルスィは妖精2人の小さな手のひらに小銭をいくつかのせると、興味本位に手近な箱に自らも硬貨を投入した。

 

 

 ◇

 

「見て見て、パルスィさん」

「パルシー、こんなに取れたよ!」

「パルスィさん?」

「あ、ああ......そう......良かった、わねぇ......」

 

 30分後、小さなぬいぐるみやお菓子をいくつか抱えた妖精たちに比べ身軽な橋姫。パルスィの成果は例の箱がクレーンゲームという名前であるのが分かっただけだ。

 こんなの子供だましのお遊びだと思っていたがこれがどうしてなかなか難しい。特にあのハサミ──アームというらしいが、そのアームの挟む力が貧弱すぎる。景品の縁をなぞっただけで一仕事終えたかのように元の位置に収まるのが尚の事腹が立つ。

 

(あんたは何も成し遂げていないわよっ!)

 

 心の中で機械に当たり散らしてみるが、そんなことは意味がない。この手のものは幼い精神故の吸収力がものを言うのだろう。分かっている。分かってはいるのだが......

 

「妬ま......し、い......」

 

 パルスィは妖精2人に普通に嫉妬の念を抱いていた。そんな自分の性分が嫌になって無邪気な妖精たちにまた嫉妬するの繰り返し、外の世界に来てからはこればかりだ。嫉妬心をエネルギー源にすらしてしまう、そういう妖怪なのだから仕方ないと割り切れればいいのだが、なんせそういう妖怪なので割り切れない。

 

「パルシー、次はあれ、あれ!」

 

 パルスィはそんな気を知ってか知らずか無邪気に裾を引く2人の手を軽く払う。と、不意に太もものあたりに振動を感じた。じくじくと嫌な予感がしたパルスィはジーンズのポケットから携帯電話を取り出すと、送られてきたメッセージを見て顔をしかめる。

 

 “用事は済んだ。今から返しにいく” 

 

 パルスィは小さく舌打ちをした。一応、妖精たちには聞こえない程度に。

 

 

 ◇

 

 

 しばらくして、チルノとルナから目を離さないようにしていたパルスィの背後から声がした。

 

「こんなところにいたとはね」

 

 パルスィは振り返ることなく顔を歪めながらケータイのキーを叩く。

 

 “わざわざ私のところにまで返しにこなくてもいいのに”

 

「この距離なんだからわざわざケータイじゃなくても直接会話すれば......って君、ちょっと待て」

 

 ニュっと伸びた白い手がパルスィの携帯を掴んだ。

 

「どうして私の登録名が“ネズミ講”なんだ!?」

「おんなじでしょ。怪しくて胡散臭いんだから......ネズミだし」

 

 パルスィが視線をやや下に向けると顔いっぱいの不満をあらわにしたグレーの髪の少女──ナズーリンがいた。ナズーリンは私は毘沙門天の弟子だぞ、などとブツブツ言いながらパルスィに携帯を突き返した。

 

「君との関係はそのー、あれだ。良好な......ビジネスパートナーというやつだ」

 

 ナズーリンはどもった挙げ句、他人事のように喋った。

 

「なーにが良好な、よ。体よくあの子達の監視役押し付けてるだけでしょ」

 

 パルスィは僅かに歪んだナズーリンの頭のあたりの輪郭を見た。ネズミ妖怪のナズーリンの人とはかけ離れた耳が本来ある箇所だ。しかし、今は全く見えない。本来の彼女を見慣れているものからすればかなり違和感を覚えるだろう。

 原因はパルスィに引っ付いて回る他の妖精(・・・・)にあった。

 パルスィはナズーリンから返却された2人の妖精に目をやる。そして、早速ルナやチルノとキャッキャと騒ぎ始めていることに辟易した。

 光を屈折させる妖精・サニーミルクと生物を探知できる妖精・スターサファイアだ。

 どうやらサニーの能力もスターの能力も非常にナズーリンと相性が良かったらしい。サニーのお陰で耳や尻尾は帽子に頼らずとも隠せ、スターのお陰でナズーリンの配下の小ネズミの動向が把握しやすい──と、いうことなのだろう。音が消せる能力のルナもたまに呼ばれる。チルノは全く呼ばれないが。

 

 要は何とかこの能力にあやかり続けたいナズーリンがたまたま4人の妖精に付き纏われていたパルスィを保護者に仕立て上げ、どこかへフラッと行ってしまわないように監視させている、というのが良好なビジネスパートナー(・・・・・・・・・・・・)のことだ。

 パルスィはつくづく損な役回りだと再認識し、マイナス感情を増幅させた。ナズーリンが実際ネズミと妖精たちで何をしているのかは知らないが、大方落ちている小銭だのなんだのを集めているのだろう。

 

「私の捜し物にあの妖精たちの能力は非常に有用なんだよ」

「あんたの所のお寺の住職様に頼めばいいじゃないの。お人好しだし何でもやりそうじゃない。あんなに慕われてるなんて妬ましいたらありゃしないわ」

「聖か? それができれば苦労はせんよ。彼女は彼女でその......忙しいんだ。妖精のことだ、少し目を離すとどこへ行くか、何をしでかすか分からないからな」

「はいはい、私はどうせ暇よ......」

 

 ふふふ、とナズーリンは癪に障る笑い方を始めた。

 

「何よ」

「いや、何、君。不満は口にするが......根はいいやつなのか?」

「何が言いたいのよ」

「正直この話を持ちかけた時はあまり君を信用していなかったんだ。言ってはなんだが地底の妖怪はイメージが悪い。それがどうだ、私とは関係無いチルノ(氷精)のことまでちゃんと見ているじゃないか」

 

 チッ、とパルスィは再び舌打ちをする。

 パルスィはどうにかしてこのやたらと尊大なネズミの鼻を明かしてやりたくなった。そして、何枚か小銭をズイと突きだした。

 

「ん? 何だ? くれるのか?」

 

 パルスィは例のアームのついた箱を顎でしゃくった。

 

 

 ◇

 

 

「ナズーリン下っ手くそだな!」

「ぐぅ......」

 

 こだまするチルノの笑い声にナズーリンは唇を噛み、パルスィは愉悦に浸っていた。1台のクレーンゲームが悲喜こもごもを生み出していた。

 

ナズーリン(こいつ)、私とどっこいどっこいね)

 

 いや、ひょっとするとナズーリンはパルスィよりも酷かった。アームはことごとく空を切る。景品に掠りすらしない。妖精たちで嫉妬心を補充し、過剰摂取になったらナズーリンで溜飲を下げる......案外悪くないサイクルなのかもしれない。

 それでもナズーリンの言動はさほど変化を見せなかった。これだけ下手でも尊大でいられるそのメンタルがある意味妬ましい。そんな時だった。

 

「おい、橋姫......何笑ってるんだ? 君はできるんだろうな......?」

 

 ナズーリンがパルスィに詰め寄ってくる。言動に変化はないように見えていたがその実結構、キテいたらしい。屈辱感が滲んだ彼女にパルスィは漠然と良くない予感がした。

 

「勝負だ! 勝負!」

 

 

 ◇

 

 

 ムスッとした顔のパルスィにナズーリンは人差し指を立てながら説明する。

 

「勝負はシンプルだ。何でもいい、先に景品を手に入れた方が勝ちだ。しかし、報酬がないと面白くないか。負けた方は......そうだな。この後夕飯でも奢るとするか? どうだ、文句あるまい」

「チッ......」

「舌打ちし過ぎだろ、君......」

 

 パルスィは不機嫌さを隠そうともしなかった。やはり、彼女もこのクレーンゲームとやらは苦手だったらしい。しかしながら、彼女は負けず嫌い......というか嫉妬狂いなので必ず勝負には乗ってくる。そう踏んだナズーリンの読みは正しかった。

 

 パルスィは険しい顔つきのまま、ふらふらと1台のクレーンゲームの前で止まった。

 パルスィは小さなぬいぐるみのストラップの台を、そしてナズーリンはお菓子の台を選んだ。 

 

 確かにナズーリンはクレーンゲームが上手くはない。パルスィがどれほどの実力か分からないが恐らく大差ない、もしくはナズーリンの方がやや劣っているだろう。それは認める。

 しかし、基本的にゲームは提案者が有利なものだ。ナズーリンはこの勝負の勝敗が我が意志に支配されていることが愉快でたまらない。ナズーリンには必勝法があった。

 

 見たところこのクレーンゲームの箱は簡単に部下の小ネズミが潜り込めそうだった。つまり、後は景品を好きなように動かせばどうにでもなる。先程までは単にプライドが許さなかったが、もうなりふり構っていられない。ナズーリンが本気でやれば勝負にならないのだ。

 ナズーリンがこっそりと合図を送ると、どこからともなく1匹の小さなネズミがひょっこり顔を出した。

 ナズーリンは指令を出し、ネズミを景品の取り出し口から潜り込ませようとしたのだが──ブルブルと震えて入ろうとしない。

 

「何、寒いだと? バカ言え、屋内だぞ。何の言い訳......あ」

 

 ナズーリンは取り出し口に手を入れると、反射的に手を引いた。冷たい。犯人はすぐに分かった。ナズーリンは隣でハッハッハと高笑いするチルノをじろりと見た。

 

「やっぱり見といて正解だったぞ! パルシー、コイツズルしようとしてた!」

「ぐ......」

「家来を守るのは主の役目だからな!」

 

 しかし、小さな賢将はこの程度ではへこたれない。まだ策はある。

 

(この私をなめるなよ......)

 

「サニーミルク......サニー」

「何? ナズさん」

「......手を出したまえ」

 

 ちょこまかとした足取りで駆けつけるサニー。

 不思議そうな顔をする彼女の手をとり、ナズーリンはチルノにバレないようサニーに袖の下......もとい駄菓子をいくつか渡した。ここに来る前にどこぞの魔法使いの店で買っておいて良かった。

 

「え? いいの?」

「ああ、その代わりに......」

 

 ナズーリンはこっそりとサニーに耳打ちした。

 

「任せて!」

 

 胸を叩くサニーにナズーリンはほくそ笑んだ。やはり勝ちは揺らがない。

 

 

 ◇

 

 

 パルスィは渋い顔をして、ボタンを押す手をとめ、ナズーリンの方へと目を向けた。チルノにナズーリンが子ネズミを使えないようにはさせたが、そもそもフェアに持ち込んだところで勝てる保証はない。それは重々承知なのだが、にしてもおかしい。

 余りにも自分の感覚とアームの挙動がズレすぎている。自分で言うのもなんだが、今のパルスィはナズーリンより下手くそだ。1度冷静に顎に手を当てて思考を巡らせてみる。

 

(何か......何かあるわね)

 

 そして次の瞬間、はっとしてパルスィは振り返ると何もない空間を足で小突いた。

 

「いてっ」

 

 そして、何もないはずの空間からは声がした。

 

「サニー......?」

「み、見つかっちゃった......!」

 

 何もない空間が揺らめき、橙色の髪の毛の少女の姿が歪みながら現れる。同時に、パルスィのアームもグニャリと歪み、そして元に戻った。サニーが視覚的に妨害していたのだ。

 

「あの~、ナズさんからお菓子貰ったからつい......」

 

 デヘヘ、と頭を掻くサニー。パルスィはふぅ、とため息をつくと、サニーではなくルナとスター──他2人の妖精にその翡翠色の瞳を向けた。

 

「ああ、そう、お菓子を貰った、のね......ねぇ、あなた達?」

 

 パルスィはルナの右肩を左手で、スターの左肩を右手で掴みながら2人の目を見つめた。

 

「どう......思う?」

「ず......ず......」

「ず......?」

「ズルい!」

 

 2人は同時に口を尖らせた。

 

「そうよねぇ、ズルいわよねぇ......じゃあ?」

「私たちもナズさんの所に行ってきます!」

 

 ルナとスター、そしてそれを追うようにサニーもナズーリンのもとへ駆け出した。

 橋姫の能力は何も嫉妬を糧にするだけではない。他人の嫉妬を煽ることもできるのだ。

 サニー以外のジェラシーの炎を燃え上がらせた──つもりだったのだが、精神が幼いからかそこまで強い嫉妬心は抱かないようだ。

 

(まあ、十分ね)

 

 パルスィはフンと鼻を鳴らした。これでも目的の達成には事足りる。妖精たちの檻にナズーリンはしっかり捕らえられていた。

 

「私もお菓子欲しい!」

「私も!」

「何だ? お菓子が貰えるのか!? あたいも!」

「分かったやるから、やるから!」

 

 彼女は小さき嫉妬と便乗する氷精への対応でてんやわんやだ。これでもう二度とイカサマはできまい。パルスィが安堵したのも束の間、ナズーリンの遊んでいた台の中が目に入る。いつの間にか、彼女の景品はもう今にも落ちそうなほど穴に近づいてしまっていた。サニーの時間稼ぎがしっかり効いてしまっていたのだ。

 

 パルスィは財布を開いた。あるのはお札と銅色や、真鍮、穴が空いている硬貨ばかり......100円玉がもう後1枚しかない。

 

(そういえば両替機って書いてあった機械が......)

 

 両替とあるくらいだ、お札を小銭に替えられるはずだ。

 が、パルスィが慣れない機械でもたもた両替している間にいくら下手だといっても流石にナズーリンは景品を落とすだろう。パルスィは軽めの深呼吸をしてからラストワンプレー、運命の100円玉を投入した。

 一方で、パルスィのストラップはというと絶望的に遠かった。

 状況的にこれがラストチャンスだというのに、だ。

 その事実を認識してしまったことがパルスィを焦らせた。慌ててボタンを押す。これが失敗だった。

 やらかしたとは思ったがもう遅い。ド素人のパルスィでもすぐさま分かるほど、明らかにタイミングが早かった。間違いなくアームは何にも当たらない。その上もう再トライは間に合わない、パルスィが憂鬱な暗雲に包まれ始めていた時だった。

 

「え?」

 

 ぬいぐるみはふわりと浮き上がる。

 よくよく目を凝らすと、ストラップ用の紐でもなんでもなくぬいぐるみについている小さなタグにアームが引っ掛かっていた。無論パルスィにそれを狙ってできるほどの技量はないあれよあれよというまにアームはストラップを運んでいき、そのまま景品はポサリ、と乾いた音を立てて落ちる。

 

「え......?」

 

 余りの呆気なさにしばしパルスィは呆然としていたが、ハッと我に返ってナズーリンの方を見る。まだ、景品の菓子は箱の中だ。慌てて取出口に落ちたストラップを引っ掴む。

 驚きと共にパルスィは──勝利した。

 

 

 ◇

 

 

 一応取れたらしい大きなお菓子の箱を小脇に抱えて、ナズーリンは首を振った。

 

「やれやれ仕方ない、私の負けだ......」

「あら、案外潔いのね」

「毘沙門天様の沽券に関わるからな。約束通り、夕飯はこの私が奢ろう」

 

 腕を組みながらくたびれたようにフッ、とこぼすナズーリン。その笑い方も流石に少しばかり力なく映る。イカサマは沽券に関わらないのかとも思ったが、会ったこともない神様のメンツなんてどうだっていい。

 ここからがパルスィにとっては本番だった。

 

「で、君は何が食べたいんだ? あいにくこれで少しばかり使い過ぎてしまったからな、大したものは......」

()......? 天下の毘沙門天のお弟子様がそんなけちくさいこと言わないわよね?」

「ん? ......お、おい、まさかっ......!?」

 

 どうやら何かに感づいたらしい。ナズーリンの表情が、顔色が、石膏みたいに固く、白くなっていく。わざわざ苦手なクレーンゲームの勝負に乗ったのも全てこのちょっと偉そうなネズミに一泡吹かせるためだ。

 

君たち(・・・)でしょう? さあ、あなた達何が食べたいのかしら?」

 

 パルスィは手を横に広げて、さながら反乱の首謀者のごとく扇動した。あなた達、とはもちろん妖精4人衆のことだ。

 そもそも妖精の本懐とは“悪戯心”である。4人は互いにあどけない顔を見合わせると、獲物を前にして舌なめずりをするような意地の悪い顔に変わった。

 

「「「「焼肉ッ!!!」」」」

 

 4人が声を揃える。望み通りの回答にパルスィも口角をつりあげる。何も示し合わせていないのに全く大した団結力だ。

 

「待て待て待て! 焼肉って高いんだろう!?」

「いくぞー!」

「でもサニー、まだ晩ごはんの時間じゃないわよ」

「じゃあ、それまで逃げられないようにしないとね」

「任せなさい!」

「ちょっと待て! 待てって!」

 

 妖精たちに囲まれて連行されていくナズーリンの後をパルスィはスタスタと歩きながら呟いた。

 

「そこまで仲が良いなんて、妬ま......いえ」

 

 今度は本当に、絶対に、誰にも──自分にすら聞こえないように。

 

「......羨ましいわ」

 

 

 

 

 

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