美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。 作:妖念
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「もしもーし?」
萃香はガチャガチャとドアノブをまわしながら扉の向こうへ呼び掛けるが応答はない。ちなみに萃香にインターホンを鳴らすという概念はない。
そして、彼女にとってこのドアノブというのも厄介だ。あまり力を入れすぎると捻り取れてしまう。簡単なことの例えに『赤子の手を捻る』ようなものというが、萃香にとっては『ドアノブを捻り取る』ようなものだ。むしろ、か弱き赤ん坊の手なぞ捻れない。
このことわざを考えた奴は鬼か──いや、鬼はそんなこと思いつかない。それは萃香自身が保証できる。
この程度の扉、吐息でも吹き飛ばせるが流石に他人の家の扉を粉々にするほど萃香も無法者ではない。
というかそんなことをすると後が怖い。
が、扉1枚に阻まれて終わるほど"小さな百鬼夜行"はやわでもない。
「ふんっ!」
少し気合いを入れると自分の存在が希薄になっていくのを感じる。段々と、体の"密度"が下がり、もやのように広がっていく。
しばらくして完全に霧状になった体を鍵穴からスーッと忍び込ませ、再び肉体を再構築していく。
(私にとってドアノブを捻らずに侵入するなんて『ドアノブを捻り取るようなもの』......何言ってるんだ、私は)
あまり深く詰めると狂いそうな思考を早々に切り捨て、いつものように冷蔵庫の中を物色しようとした時だった。
「あんた、いっつもそうやって入ってたのね......」
薄暗い室内、萃香が頭を上げると鰯の頭と柊の枝を掲げる鬼......ではなく、博麗の巫女が立っていた。
「霊夢......? どうして、ここに?」
たらりと流れる冷や汗。
「私がここにいるのは当たり前でしょ。私の家なんだから」
「そ、それは......そうだけど」
霊夢は無言で枡を取り出した。
中身をじゃらじゃらとかき混ぜながら、ジリジリにじり寄ってくる。
「鬼にはこっちの方が効くでしょう? 特に......今日は、ねっ!」
「まさか......」
邪気を祓うためとして古くから執り行われてきた行事、文献上の最も古い記録は1426年に遡る
枡に突っ込んでいた霊夢の手に力が入り、そのまま振りかぶった。
至近距離から放たれる
「何、よりによって節分の日に来てんのよ! 鬼は外ーっ!」
「イタっ、イタい、イタいってー! この鬼ー!」
「鬼はアンタでしょうがっ!」
◇
商店街の一角に1つの暗い建物があった。
元は喫茶店だったらしいが、最近店がたたまれてしまった。残っていたテラスのテーブルや椅子は「死ぬまで借りるだけ」と金髪の少女が持ち去っていったらしい。今はがらんどうで年季の入ったただの箱だ。電気もガスも切れている。しかしながら、沈黙の建物というわけではなかった。
「おーい、勇儀ぃ、勇儀ったら.....聞いてるのかぁ?」
顔を赤らめ、一回り大きな勇儀の肩を組む萃香。何も羞恥心ではなく、アルコールの賜物だ。いわゆる酔っての"だる絡み"という奴なのだろうが、相手も酒に染められた鬼、大して意に介さない。
「ん? あー、聞いてる、聞いてる。要は霊夢に豆撒かれたからお前さんは霊夢を撒いてきたって話だろ」
「違っ......くはないけどさ」
「そもそも何しに行ったんだ?」
「冷蔵庫見に行っただけさ。紫がお酒置いてくれるのがあそこだからな。まあ、無理だったけど、私には一応こいつが」
萃香はちゃぽん、と鳴る紫色の瓢箪を掲げた。酒が無限に湧くという呑兵衛垂涎の宝、『伊吹瓢』だ。
「肴はあるんだろ?」
「ああ、頼んどいたよ。アイツに」
「そんなことより酷いと思わないかい? 見てよ、こんなに水ぶくれが......」
萃香は勇儀の前に腕を差し出す。
「治ってるじゃないか」
炒り豆をぶつけられた箇所は何事もなかったかのように既に白く、綺麗になっていた。
「心の問題!」
「節分に追い出されない鬼なんていないだろ」
快活に笑うと勇儀はくるりと首を後ろに向ける。ちょうど扉が開く瞬間だった。カツ、カツと靴の音が廃店舗で反響し、徐々に2人に近づく。
「なあ、華扇よ」
「何が言いたいのよ、何が」
ビニール袋片手に若干ムスッとした顔の桃色の髪の女性──茨木 華扇の姿があった。
「おお、来たか華扇」
「悪いねぇ。いっつも頼んじゃって」
勇儀は片手だけ立てて、取りあえず"謝った感"を出す。
「ほら、買ってきてあげたわよ。全く人使い荒いんだから」
「"人"使いねぇ......」
萃香が地べたに頬杖をついて、横になるとニヤニヤと華扇にちょっかいをかける。
「萃香、あなたにはあげなくてもいいのよ~?」
華扇はふん、と鼻を鳴らし一種の威圧的な笑みで萃香をギロリと睨み下ろした。
「悪かったって。で、何を買ってきてくれたんだい?」
「地べたで食べる気? お行儀悪い」
「花見だってそうじゃん?」
「屋内じゃない」
「机も敷物もないんだからしょうがないだろ」
「もう......」
渋々ながらも華扇は、ビニール袋に片手を突っ込むと2つの容器を取り出し、それぞれ2人の前に置いた。
「んー? 巻き寿司か?」
「恵方巻きよ、恵方巻き」
「恵方巻き? 何だい、そりゃ?」
勇儀はしげしげとパックの中を覗く。
「あれだよ、外の世界で節分に食う巻き寿司だ」
萃香が頬杖を外して、座る体勢へと戻った。早速パックの蓋を開けている。
「そう。歳徳神のいる恵方を向いて、福徳を祈りながら食べるのよ」
「ハッハッハ、こいつは面白い」
「追いやられる側の私たちが節分に今年の幸運を祈るわけだ」
盛り上がる萃香と勇儀を見下ろしていた華扇は2人をよそに、静かにくるりときびすを返した。
「おーい、どこ行くんだ?」
少し体がよろける華扇。
萃香が咄嗟に華扇の足首をひっつかんだからだ。
「ほら、早く座れよ。それとも高尚な仙人様はここに座るの嫌かー?」
萃香が振り返った華扇の背中に向かって、床をバシバシ叩く。
「......私はお使いが済んだから帰るのよ」
「......その袋。まだ、何か入ってそうだけどな」
萃香はいたずらっぽい視線を華扇の手に提げている袋に向けた。既に2人の恵方巻きを取り出したにも関わらず、まだ風になびくほど軽そうではなかった。
「例えば、そうだな。もう1人分の恵方巻きとちょうど3人分の酒......とかな」
「あー、もう、そうよ!」
華扇はぐるんと180度向きを変えた。
「あなたたちと呑もうと思ってたわよ。その通りよ!」
捲し立てるように華扇は袋の中身をぶちまけ、勢いよくその場に胡座をかいた。勇儀の角、萃香の眉間に缶ビールがクリティカルヒットする。
「いてっ」
「イタっ」
カラカラと2つの缶が転がる。
「たく、霊夢といい華扇といい素直じゃない上に手が早いんだよ」
萃香は眉間をさすりながら、缶を拾う。
「お前も似たようなもんだろ」
「何だぁ、勇儀? 喧嘩なら買うぞ?」
「何だい、やる気かい?」
「はぁ......くだらないことしてないで、いいから早く乾杯しましょうよ。折角買ってきたんだから」
華扇の仲裁に血の気多めの鬼2人も一瞬で剣呑な雰囲気を引っ込めた。
「じゃあ、私たちだけの節分を楽しむとしようか! 乾杯!」
勇儀の音頭に続いて、プシュッと缶から炭酸が抜ける音が2つ続く。しかし、萃香はまだ開けない。
「あら、萃香。どうしたの?」
「まあ、見てな」
萃香は指で缶の側面を勢いよく突く。それから、缶のプルタブを引くと、底に空いた穴からダムが決壊したように勢いよくビールが吐き出される。萃香はそれをコッコッと喉を鳴らしてものの数秒で飲み干してしまった。
「ほう、おもしろそうな呑み方するじゃあないか」
常人ならとんでもない勢いで酒が回りそうだがそこは鬼、ケロッとした様子で物惜しげに最後の1滴まで缶を揺らす。
「うーむ、流石に缶1本だと物足りんな」
挙げ句に口を拭って出る言葉がこれだ。
「全く......呑兵衛共が」
華扇は呆れた様子で2人を見た。いつの間にか勇儀の缶も既にカランと乾いた音を出すようになっていた。
「恵方巻きは決まった方角を向いて、無言で食べるそうだけど......どっちか分からないし普通に食べましょうか......ってもう勝手に食べてるわね」
「具材が多くてうまいね、こりゃ」
「うん。
一心不乱に恵方巻きを頬張っていた勇儀がふと華扇に目をやった。
「
甘い香り、巻かれた生クリーム、黄色いスポンジ生地。華扇が今まさにかぶりつこうとしているのはどこをどう見ても恵方巻きではない。
「......ロールケーキだもの」
「何だって?」
「ロールケーキよ、洋菓子。知らない? 旧都にもあったはずよ。節分のコーナーにこれも置いてあったの」
「へぇー、そんなのでもいいんだねぇ」
勇儀がしげしげと見つめるロールケーキを華扇は一口齧り、恍惚の表情を浮かべる。
「別にいいんじゃない? 恵方巻きに似てるもの。月見で団子、おせちの食材......日本の風習なんてたくましい連想力の賜物ばっかりだしねぇ」
萃香はそう言ってから、恵方巻きの最後の一欠片を口に押し込み、酒で流し込んだ。
無茶苦茶な食べ方をしてから、萃香は何かを訴えるような目付きで華扇を見上げた。
「......はいはい、買い足して来るわよ」
「流石華扇!」
「私にはロールケーキとやらも頼むよ」
華扇は呆れ気味に笑いながら腰を上げた。
◇おまけのおまけ
「咲夜? これは?」
「納豆巻きです」
「......どうして?」
「節分には炒り豆を年齢の数だけいただくそうですが、お嬢様は炒り豆は召し上がれないと思いまして」
「え、ええ。そうね」
吸血"鬼"ゆえにレミリアもまた節分に肩身の狭い種族の1人であった。
「お嬢様がお好きでしたから代わりに納豆を」
「あ......そう」
「ええ。それなら、と恵方巻きと合わせて納豆巻きにした次第です。お気に召しませんでしたか?」
(恵方巻きと......合わせて?)
「ご安心ください。きちんときっかりお年の分の納豆です」
(納豆を......500ちょうど数えたの?)
「どうぞ、お飲み物です」
コトリ、と置かれたティーカップ。明らかに中身は紅茶だ。
(納豆巻きと......紅茶?)
変わらず微笑む従者にレミリアは得体の知れない恐怖心のようなものを感じた。
そんな2人をはたから見守る2つの影があった。
「パチュリー様、咲夜さん、何というかたまにズレてますよね」
「どうかしら? あれは抜けてるのか......レミィで遊んでるのか......あるいは両方か......」