美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。 作:妖念
「マリサッチ!」
『キリサメ』に突如としてあがった、若干息を切らしながらの叫び声。
魔理沙は突っ伏していた顔をはね上げた。魔理沙をそのあだ名で呼ぶのは1人だけだ。
黒いハットにたなびくマント、1度見たら忘れることなどできなさそうな奇天烈な格好。
「......菫子?」
あまり、駄菓子屋に訪れる年代ではなさそうな少女──宇佐見 菫子が駄菓子屋の入り口に立っていた。
「菫子じゃないか。何でここに?」
「何でって......こっちのセリフだよ!」
「あ、確かに。そりゃ言えてるな」
目を見開く菫子に魔理沙はケラケラと笑った。彼女はそもそも正当な外の世界の住人、ここにいるのが異常なのは魔理沙の方だと気づいたからだ。
「最近幻想郷にも行けなくなってるし、どうなってるんだと思ったら
何も知らされていないのがどうも気に食わないらしく菫子は頬を膨らませる。
「色々あってな。しばらくの間、紫に追い出されたんだ」
「皆こっちにいるの?」
「さあ? 私が知ってる限りだと......霊夢に香霖、じゃなくて霖之助、あと華扇も......大体こっちにいるんじゃないか? 紫以外は。あ、幽々子もいないって妖夢が言ってたな」
「ふーん......何か大変なのね」
「それよりお前はどうしてここが分かったんだ?」
「え? ああ、烏天狗の人がマリサッチの写真の新聞渡して教えてくれたの」
(文......いや、はたてか?)
幻想郷を出てからというもの文は数回見かけたが、はたてには会ってない。といってもはたては能力の都合上アリバイが成立しない。行動力的にも魔理沙は容疑者を2人に絞った。
(まあ、どっちでもいいか)
が、絞ったところで何をするわけでも、何ができるわけでもない。
「で、この辺りまで来てみたら......」
どうでもいい思考を放棄していると、ちょうどスマホを取り出した菫子が何かを感じ取ったのか、くるりと見返ったところだった。
「おお、ちょうど今菫子が来てるぜ」
魔理沙も2人目の来客と気軽に挨拶を交わす。
「知ってるよ。この辺うろついてるのを私が案内したんだから。よ、しばらく」
真っ白い長髪、人当たりのよさそうな口調。
本日2人目の来客は蓬莱の人の形──藤原 妹紅だ。妹紅は片手を上げ、2人に軽快に挨拶をした。
「で、聞きたいことってのは一体何なんだ?」
妹紅がここに訪れたのは何やら魔理沙に尋ねたいことがあるとのことだった。どう考えても魔理沙より遥かに長い
「駄菓子屋だし多少詳しいかなと思ってな。あー、何だその......」
やけにキレの悪い喋り方をする妹紅。頭を掻いてみたり、やたらと落ち着きがない。
「チョコレートの菓子ってのは......どうやって作るんだ?」
「ん? 何でまた......」
「手作りの......チョコ!?」
なぜか菫子の目がメガネの縁からはみ出そうなほど大きく見開かれた。
◇
「だから、鳴らしてすぐ開けたら意味ないでしょ。魔理沙──」
「レイムッチ! 久しぶり!」
「な、何よ......あら、菫子じゃない」
菫子は魔理沙が開けたドアから素早く顔を覗かした。部屋の中では霊夢が待ち構えていた。久々に、それも外の世界で会う霊夢は新鮮だったが、気だるげな目が驚きで丸くなっている他は変わりない様子であった。
そんな彼女に、妹紅がチョコレートのお菓子を作りたがっていること、菫子が魔理沙のもとを訪れたことを魔理沙が説明する。
「事情は分かったわよ」
「そうか」
「ちょっと待ちなさいって」
あがりこもうとする魔理沙の前に霊夢が立ちはだかる。
「で......何でうちなのよ?」
「いいだろ、お前んとこの台所広くて楽なんだから。ついでにお菓子にありつける訳なんだし悪い話じゃないだろ?」
「れ、霊夢の分も作るのか?」
「ん? 別にいいだろ? 溶かすためのチョコなら山ほど......でもないけどあるからな」
魔理沙は妹紅が握りしめている材料一式が入った手提げを指した。
「あ、いや......量の問題じゃなくて......」
なおもモゴモゴとする妹紅だったが、2人はお構いなしに話を進める。
「......まあ、いいけど。私は手伝わないわよ」
「ああ、そこでふんぞり返って待っときな」
「言い方よ、私が昔話の悪い地主みたいじゃない」
ようやく部屋主の許可を得て、3人は部屋に入る。
「何か広くない?」
最初に抱いた感想はやけに広い部屋の間取りに対してのものだった。魔理沙がわざわざ狭っ苦しそうなアパートの1室まで赴いたのを疑問に思っていたが、これなら十分過ぎる。
「あー、色々あんのよ、色々」
いかにも説明がめんどくさそうな霊夢の口調に菫子もそれ以上は突っ込まなかった。かわりに魔理沙の方を振り返る。
「でもいいの? お店の物勝手に持ってきて」
「ああ、何かが切れたとか」
「賞味期限?」
「あ、それそれ。で、処分するつもりだったんだと。だから大丈夫だろ」
それはそれでまた別の問題が生じる気がしなくもないが、魔理沙と妹紅はお構いなしに準備をし始めた。
「菫子、レシピは?」
魔理沙に尋ねられ、慌ててスマホを開いた。先ほど検索にかけたチョコレートクッキーのレシピが表示される。菫子も知らなかったが、今のご時世大抵のことはネットで調べればなんとかなるのだ。
「えーと、まずはチョコとバターを湯煎して......」
「霊夢ー、鍋借りるぞー?」
「どーぞ、お好きに。場所は......」
「右下の戸棚の1段目だろ?」
「何で覚えてんのよ......」
魔理沙が持ってきた駄菓子のチョコレートの個包装を片っ端から剥がし、道中買ってきたバターを鍋に放り込んでいく。菫子の指示通りに思ったよりもすんなりと作業は進んでいった。
「小麦粉はここか」
「だから何で知ってるのよ」
「どこに何がしまってるか把握しておくのが魔法使いの心得ってもんだぜ」
「泥棒の、でしょ」
軽口を叩きあう2人。これまでの人生、意図的に友人関係の形成を避けてきていた菫子は何となく、急にこの関係性が羨ましくなった。
「何だ? 菫子?」
どうやらかなり強めの視線を向けていたらしい。魔理沙が首をかしげる。
「いや、マリサッチも妹紅さんも料理できるなあって」
正直に言うのは恥ずかしかったので、適当に返す。といっても全くのでまかせでもなく、実際妹紅も魔理沙もかなり料理の手際が良かった。
彼女たちは素早く器用に体を動かしながら、およそ初めて作る料理とは思えないくらい大胆に手際よく進めていた。普通レシピも知らない料理を作る時は多少手探りになるだろうが、豪快にひとつひとつのプロセスをこなしていく。
「ずっと一人暮らししてるしな。勝手にそれなりにはなるぜ」
「独り暮らし......まあな」
あっという間にクッキーの生地が出来上がっていた。
「後は好きな形に生地を整形すれば......」
「形、か......別に何でもいいな」
何でもいいと言ったわりに、いや、何でもいいからこそかそれなりに悩んだ末に妹紅は手を動かし始めた。
「何の形にしてるの?」
「フフ、当ててみろ」
妹紅はヘラを使って綺麗に生地の形を整え、模様までいれ始めた。
「分かった、筍!」
「ああ、いつも食べていた物だからな」
「いっつも食ってた物か。じゃあ私はきのこ型にしようかな」
「なんか......戦争が始まる予感が」
「戦争? 何が?」
「いや、何でもないです......」
菫子は火種をそっと揉み消すことにした。
◇
「次はどうすんだ?」
「次は......えーっと、冷やせばいいのかな」
「霊夢、冷蔵庫借りるぞ」
「いいけど......入るかしら?」
「うわっ、酒ばっかり」
「紫がここに置いてくのよ......って何やってんの!?」
魔理沙はプシュッと缶を開けていた。魔理沙ぐらいの少女が酒をあおる絵面は菫子はやはり慣れないものである。ここが外の世界なこともあって尚更だ。
「ちょっとでも減らそうかと思って」
「......んなことしなくても普通に入ったぞ」
妹紅は閉まった冷蔵庫を指差す。
「......ただ飲みたかっただけじゃないの」
「へへ、バレたか」
◇
「いつまで冷やすんだ?」
「もういいかな」
冷蔵庫に生地をしまってからしばらく時間が経っていた。大体1時間くらい冷やせば十分だろう──とレシピには書いてあった。この部屋には時計がないのでスマホで時間を確認する。頃合いだった。
「まーだ、できないの?」
「もう、最後。オーブンで焼いて完成......なんだけど」
菫子はレシピの最後の過程を確認する。しかし、ここで問題が起きた。
「オーブン? そんなものないわよ」
「だよねぇ」
菫子は霊夢の部屋を見渡すが、空間が広いだけで物は少ない。キッチンにオーブンはついていなかったし、オーブンレンジなんてものもありはしない。
「じゃ、どうやって焼くんだ。これ。このまま食ってみるか? 案外いけるかも」
魔理沙が冷えただけの生地に手を出そうとした時だった。菫子の視界の端、メガネの縁あたりが明るく輝いた。
「任せろ」
妹紅が自信ありげな笑みとともに爪先に小さく──火を灯していた。
「アンタの任せろはまだ信じられる方ね」
◇
アパートの2階の手すりから魔理沙と菫子が雁首揃えて中庭に降りた妹紅を見下ろしていた。霊夢は中でゴロゴロしている。らしいと言えばらしい。
妹紅は器用に石窯を組むと、能力で着火させ、生地を焼き始めた。魔理沙と菫子は2階の廊下から手すりに持たれてそれを見守る。
(これって通報されたりしないかな......)
うっすらとした暗雲が菫子の中で渦巻いていたが、そんな不安はよそに、消防車の音が鳴り響くこともなくいたって順調に調理は進んでいた。
「妹紅さん、誰に渡すんだろう?」
やや漂うアルコール臭をなるべく吸わないようにしながら、菫子は魔理沙に尋ねた。
「菓子のことか? 自分で食うんじゃないのか」
「いや、だって今の時期にチョコ作る理由なんてバレンタインデー1択でしょ......」
「バレンタインデー? 何だそりゃ?」
「友達とか恋人とか好きな人にチョコを渡す風習......私はあげたことも貰ったこともないけど」
「うーむ......妹紅と仲が良い......普通に考えれば慧音あたりなんだろうが......輝夜か? なんて......まさ、か」
魔理沙の口が段々とスローになりやがてパッカリと開いたままになった。
「輝夜め......待ってろよぉ......」
お手製のかまどの前で顔を火照らせている妹紅が、魔理沙が口にしたのと同じ人物の名を発したからだろうか。
「おいおい、 マジかよ......」
「輝夜?」
「ああ、アイツの何というか殺し相......まあ、ライバルだ」
「どんな人なの?」
「何というか......まんま昔話のかぐや姫みたいな奴だ。見た目も中身もな」
「へー......ひょっとして黒いロングヘアーのすっごい美人の人?」
「ああ、そうだが......会ったことあるのか?」
「ううん、何かこの前テレビに映ってた人だから違うかも。何か揉めてたみたいだし」
菫子はたまたま見かけたテレビの中の人を思い返していた。かぐや姫、と聞いて最初に連想した人物だ。
軽い放送事故のようになっていたが、菫子はタレントに興味がないのであれが素人だったかどうかは分からない。クラスで交わされるやれ、俳優の誰々がカッコいいだのやれアイドルの誰々が可愛かったなどという会話には一切関与してこなかった菫子だが、あの時映っていた彼女に抱いた感想は綺麗だなぁ、であった。
「......いや、
◇
『キリサメ』にはいつもの小学生たちに混じって一回り大きな白髪の女性が訪れていた。
「前は世話になったな」
「妹紅か、今度はなんだ?」
妹紅は店内の適当な駄菓子と小銭を魔理沙の前に置いた。店を訪れたからには何かを買う、という彼女らしい実直さがその行動には滲み出ていた。
「いや、前のお礼を改めて言いに来ただけさ。あの後私はすぐにあの場を離れてしまったからな」
「そういやそうだったな。あの後3人で食ったんだが、中々旨かったぞ、あれ」
「そうか、なら良かった」
「しかし、何ですぐにいなくなっちまったんだ、お前。輝夜に渡しにいったのか?」
「何だ、知っていたのか......何か変か?」
「まあ、長年殺し合った仲だ。私ら普通の人間には分からん感性があるだろうし、変じゃないと言えばそうなのかもしれないがな」
「ちょっと待て、何か噛み合わん。おかしいな......」
妹紅は眉間に皺を寄せた。
「......バレンタインって積年の恨みの気持ちとしてチョコを贈るんじゃないのか?」
妹紅は随分と物騒なことを口にした。話が聞こえていたのか、店内の小学生がぎょっとして妹紅を見る。
「何だそれ。菫子はそんなこと言ってなかったぞ。外の世界では友情や恋愛感情の証らしいぜ」
「いや、違......え?」
妹紅の様子がおかしい。いつもの快活さは鳴りを潜め、急に言葉が出てこなくなっていた。みるみる内に顔が紅潮していくのも見てとれる。魔理沙はハハン、と合点がいくと同時ににやつく口角が抑えられなくなってきた。
「そうブン、屋が......い、言って......」
白髪なだけに余計に赤面が目立つ。しまいには発火しそうだ。本当に。
「......魔理沙、夕飯に招待しよう」
「一応メニューを聞いておこうか」
「献立は烏天狗の鍋だ」