美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。 作:妖念
パチッと目が開く。
起床するなり、文はシャーッとカーテンを開いた。冬の控えめな日光とは言え、こびりついた眠気を払うにはこれが1番いい。
そして、スマホを手にとると数回ボタンを押した。コール音が数回鳴った後に、はーい、と応答があった。
「あー、もしもし? はたて?」
『文?』
「起きてましたか。良かった良かった」
『......何?』
電話の相手は姫海棠 はたて。文と同じ鴉天狗だ。同じマンションの違う階層に住んでいる。というか、文とはたてが住んでいるマンションの住民は全員天狗だ。天狗の社会は厳しい管理社会、外の世界とて大金叩いてでも1つの場所に集めておきたいらしい。
もちろん、悪い面ばかりではなく、お陰で綺麗で広い所に住めているし、幻想郷の時ほど束縛もない。
「ちょっと頼みがあるんですけど」
『嫌よ』
「まだ何も言ってないじゃないですか!」
『あんたが"
「......分かったわよ。普通に喋るわ」
『そういう問題じゃないんだけど!?』
「ちょっと"念写"して欲しいものがあるんだけど......」
『話聞きなさいよ』
文は非常に不本意ながら、はたてに頼み事を伝えた。ゼロから何かを見つけるヒントを得ようという時に残念ながら彼女以上に適任はいない。
それは彼女の能力が原因だった。
『はあ? 古明地 さとりの居場所? 何でそんなもの......まあ、いいけど。そのかわり今度ランチ奢りなさいよ......うわ、スマホで念写するとこんな見やすいのね』
ピロン♪ と着信音と共に1枚の写真が文の携帯に届いていた。送り主はもちろんはたてだ。
『今、1枚送ったけど』
はたてはいわゆる"念写能力"を持っている。
何かワードをスマホ──幻想郷にいた頃はガラケーだったが──に入力するとそれに関連する写真が写し出される、というものだ。
はたてから送られて来たのは、薄暗い室内でさとりが1人でソファーに座っている写真だった。
余りいい印象を受けるようなものではない。
『まあ知ってるとは思うけど、私の念写じゃ詳しい場所までは分かんないわよ』
「ええ、百も承知よ」
『......何かはっきり言われるとムカつくわね。にしてもどこなのかしら?』
「うーむ......誰かと話してるみたいに見えるんだけど」
写っているのはさとり1人ではあるのだが、そのさとりは画面外の誰かと会話をしているようにも見える。
『あの、文?』
「何?」
『私携帯買ったばっかで......その......よく分かんない写真で容量埋めたくないんだけど』
「ええ、分かったわ。じゃ、後でまた頼むわね」
『え? 後で? あんた話聞いて......』
プツリ、と耳元で音がした。たまたま指が当たった赤いボタンは通話を終わらせる機能があったようだ。
スマホをポケットにしまいこむと、文はリビングへと向かった。
「さて、と。おはようございまーす」
文は未だすやすやと転がっている1人と1匹をつつく。お燐は床で寝ていたが、猫の形態なのでどう寝ていてもあまり不自然ではない。ソファーで寝ているお空は、腰から上半分をソファーから投げ出して、頭頂部を地面にスレスレにしながら口をぱっかり開けている。口から垂れるよだれが逆流して目の横を流れている様があまりにも滑稽で思わず文はカメラのシャッターを切る。ブン屋の性だ。
「うーん......? 排、除......」
何を刺激してしまったのか、不穏なセリフを吐きながら発光し始めた空を慌てて揺り起こす。空は神霊・八咫烏の力を操るのだ。こんなところで暴発されては洒落にならない。下手すればここら一帯が火の海だ。
「空さん、空さん、起きて下さい!」
「うにゅ? あー、おはよう、えーと?」
「......文です。鴉天狗の、射命丸 文」
まるで初対面のような反応を見せる空に文はため息混じりに自己紹介をする。
「天狗のお姉さん、おはよー」
ここでお燐も起床した。1つ欠伸をした後に、黒猫が赤髪の少女へと姿を変える。
とりあえず、朝の支度を1通り終えてから、文は2人にさとりの行方を告げた。
「とりあえず、さとりさんは見つかりました」
「え? ほんとっ!?」
「流石、天狗のおねーさん!」
場所が分かったのは同じ
しかし、文は嬉しそうな2人を軽くなだめた。
「喜ぶのはまだ早いです。ここ、どこかご存知ですか?」
文は携帯の写真を見せた。
顔を寄せあった2人はさとりの姿を確認して喜びの表情を見せたが、一転、すぐに顔を見合わせ、首を傾げる。
(......だと思った)
文は一息ついた。今度はさとりがいる場所を特定しなければならない。
分からないものをとことん追及する──文の清く正しいジャーナリズム精神に火がついた。
◇
はたてから送られてきた写真。その片隅に写っていたスーパーのチラシを頼りにその近辺を探して見たが、さとりは見つからない。写真の場所は恐らく古めのビル、そして光の加減から2階以上だと予想はつくが、そんなものは山ほどある。
軽く行き詰まった一行だったが、少し疲れたのと腹が減ってはなんとやら、ということで3人は喫茶店に入っていた。燐と空に思い思いに注文させ、文は一旦、店外に出る。
再びはたてに電話をかけるためだ。
「あー、もしもし、はたて?」
『さっき勝手に切ったでしょ!?』
「あー、ごめんなさい。ちょっと手が当たっちゃいまして」
『絶対わざとだったでしょ......で、何よ?』
「もう一度念写、お願いできる?」
『そう来ると思って5分前にもうしてあるわよ。今送ったわ』
文ははたてから送信された写真を拡大し、画面いっぱいに写す。
「これって......」
『何かよく分かんないけど......ややこしいことになってそうね』
はたてから送られてきた2枚目の写真。
さとりは木々に囲まれていた。確かこの町には植物園があったはずだが、誰かの手が入っているような様子はない。少なくとも町中でないのは確かだ。
そして、はたてが"ややこしいこと"と称した事柄に目を向ける。
さとりがしゃがみこみ、その背後に人がいるのが影から分かる。推測するに先程の写真でさとりと話していたであろう人物ではないか。それだけならともかく、影の手元の形はさとりへ銃を突きつけているようにも見える。やはり良いシチュエーションとは思えない。
『でも結局これも大したヒントにはならないわよねぇ。山なんかどこにでもあるし』
「いや、さっきの1枚目の写真、この辺りのスーパーのチラシが写りこんでたのよ。だから、そう遠くない場所だとは思うわ」
『チラシ......? あ、ホントだ。この辺で山っていうと大分限定できるじゃない?』
「そうね、では、早速......」
『でも、さっきの暗い事務所みたいな場所の次に写るのが、山だなんて......なんかヤクザみたいで怖いわね』
「ヤクザ?」
『ほら、よくあるじゃない。へまやらかしたり口封じのために山に埋める......みたい......な』
自分で言っていて恐ろしくなったのかはたては少しずつ口調がスローになっていく。
『これ大事になってないわよね?』
「まさか......古明地さとりは誘拐された?」
『誰によ、誰に。仮にも地底の大妖怪・覚よ? 人間がそうそう手を出せるとは思わないわ』
「いえ、人間でも組織立ってたら可能かも分からないわよ。何かの経緯で覚妖怪の読心能力を知って、それを利用しようと......」
『そう思うと1枚目の写真、ヤクザの事務所にしか見えないわね......』
「あるいは宇佐見 菫子のような超常的な人間が他にも外の世界に......」
元々、真偽不明の飛ばし記事の常習犯2人だ。話は熱を帯び、どんどん飛躍していく。
そんな時、え、と悲しい嘆声が文の耳に入った。
「さとり様、誘拐されちゃったの!?」
いつの間にか空と燐が、文の隣に立っていた。当然先程までの会話も2人の耳に入っていたことだろう。
「そんな! さとり様を助けに行かないと!」
空が悲痛な叫びと共に文に詰め寄る。
聞かれたからにはしょうがない。今さら訂正するのも骨が折れそうだし、その体でいくことにした。
「そうですね、急ぎましょう!」
「さとり様が? ......ほんとかなぁ」
「......まあ、事情はともかくここにいるのは事実なんですからまずは行ってみましょ」
文はスマホを取り出し、地図のアプリを指し示す。映っているのはこの辺り唯一といっていい小さな山だ。
お燐は少し懐疑的なようだが、真実がどうであれ、ここへと向かう他に選択肢はない。
『面白そうになってきたじゃない! それなら私も行く......』
プツン
どうやらまたしても通話終了ボタンに指が当たってしまったようだ。
(こんな面白そうな特ダネ、横取りされてたまるもんですか)
場所は変われど文は狡猾そのものの天狗、そして、はたては文の永遠のライバルなのだ。
◇
山の麓の入口は立ち入り禁止の看板と共にご丁寧に金網と有刺鉄線で囲まれている。
が、飛べる3人にそんなものは関係ない。軽々と飛び越える。所々でうぅー、と低い唸り声のようなものが文の耳に侵入してくる。
「何だか、おかしな呻き声が、しますねぇ。まるで、妖怪の、山だ」
「離してよー!」
文が今にも突っ込んで行きそうな空を羽交い締めで止めていると、燐が鼻をひくひくと動かした。
「待って、ここ......さとり様の匂いがする」
猫の嗅覚は犬には及ばずとも人間の数十万倍はあると言われる。妖怪・火車の燐が厳密に猫かどうかはともかく、ひょっとしたらそれくらいに匂いには敏感なのかもしれない。
つまり、ビンゴだ。
それを聞いた空は一層強い力で文の腕をはねのけると、何のためらいもなく山の中に消えていく。
「さとり様ー!!!」
「お空! どこ行くの!?」
「空さん!」
猪突猛進という言葉がこんなにピッタリ来ることもそうそうあるまい。文なら追い付けるだろうが、追い付いた所で止められるとは思わない。なので、そっと空のことを頭の片隅に追いやった。
「ごめんなさい、お空、本当にさとり様に会いたがってて......」
振り返ると、お燐もやれやれ、と力なく笑っていた。
「主人を思う気持ちはよく分かります。あなたもホントはいてもたってもいられないんでしょう?」
「え......」
空の手前、平静を装おうとしていたのだろう。燐とて
万が一にも何かあったら、とさとりを心配している気持ち、そして主人に会いたい気持ちは空に勝るとも劣るまい。
「長年、取材してるとね、覚妖怪じゃなくたってある程度分かるもんなんですよ。さ、我々も行きましょうか」
「う、うん......」
照れやら何やらが複雑に入り雑じった表情て燐がコクリと頷く。
「待って! あと、さとり様とほぼ同じ時に通ったような匂いが......1つ」
「1つ? さとり様以外には1人だけってことですか? お燐さん」
この時点で文の仮説──仮説と呼べるかも怪しい与太話ではあったが、誘拐計画の線はもろくも崩れた。とりあえず、さとりが悪用されたり被害にあう最悪のケースはなさそうだ。
「うん、それにこの匂い、あたい知ってるよ」
「何ですって?」
「うーん、誰だっけ......」
「お燐さんが覚えがある時点でさとりさんと一緒にいるのは幻想郷の住人ですね。どうやら誘拐の線は薄くなったようですが......とにかく匂いをたどってみましょう」
「あ......お空を早く追いかけた方がいいかも。お空はまださとり様が誘拐されたと思い込んでるから......」
「から?」
「一緒にいる人、下手したら山ごと消し炭にしちゃうかも......」
頭の片隅だった空のことが一気に脳の支配領域を占めていく。話が変わってきた。文は燐を小脇に抱える。
「ちょ、おねーさん?」
「口閉じておいてください。舌噛まないように」
最悪のケースは今から起ころうとしている。
幻想郷、いや世界最速のスピードで文は空を追った。
◇
鈴仙はさとりの家があるという場所に訪れていた。
が、なぜか木々の間を進むはめにあっている。
(近くにこんな山あったのね......)
さとりは山奥に暮らしているらしかった。引きこもっている、と言えばそうなのだろうが、地底の奥深くで人目を避けていた幻想郷時代に比べればまだ、出てきている方なのかもしれない。それに、時期が時期なのでほとんど葉は落ち、枯れ木ばかりで日は結構差し込んでいるため、それほど陰鬱な雰囲気はない。そもそも以前、迷いの竹林の奥で隠れ住んでいた鈴仙が言えた口ではない。
「ええ、こんな所でもないと私のペット達は人目につきますし、場所も足りないですから」
しかし、この少女には鈴仙が言えた口かどうかなど関係ない。躊躇なく鈴仙の心を読んで、それにさとりは応える。そろそろ鈴仙もこの奇妙な形態のコミュニケーションに慣れてきた。
場所をとる、人目につく、ということはどうも犬猫を1匹2匹抱えているだけではないらしい。
山の麓あたりで、既に不気味な鳴き声が聞こえていたのだが、あれもペットのものなのだろうか。だとしたら、余り......というか全然隠せてはいない気もするが。
何も変化がない風景に少し飽き始めていた時、不意に後ろでガサリと音がした。
「ひぃ!?」
鈴仙は振り返った後に後悔した。藪からものすごく大きなトカゲがぬっと顔を出し、鈴仙の方をじっと見据えている。
鈴仙は咄嗟に指鉄砲を大トカゲに向けた。
人差し指から今にも弾幕が放たれようかという時、さとりがすっとトカゲに歩み寄る。
「こちらは私のお客様です。心配しなくても大丈夫ですよ」
さとりは足を止めてかがみこむと、トカゲの頭を撫でながら優しく語りかけた。
すると、トカゲは何事もなかったかのように草むらへと戻っていった。
いい主人......なのだろうが少女が巨大な爬虫類と触れ合うその光景は鈴仙には少々刺激的過ぎた。
「......指、引っ込めて貰っても?」
「あ、ごめんなさい......すごいの飼われてるんですね」
鈴仙は慌てて手を後ろに隠した。
「驚かせたのなら......いえ、驚かせて申し訳ありません。皆余り来客には慣れていないのです。地霊殿に誰か来ることは滅多になかったので」
その後もしばらく山道をのぼる。時々、草木をかきわけ、道ならぬ道を進みながら。最早周囲を見ても何も変化はないし、来た方向すら怪しいので鈴仙は途中からさとりの背中以外視界に入れなくなった。よく分からない獣の呻き声も徐々に耳が雑音として処理し始めた頃、代わり映えしない景色の何を目印にしたのか、さとりが、もうすぐですよ、とこちらを振り返る。
その時だった。
再び背後でガサガサと藪が鳴った。
流石に鈴仙も2度は動じない。特に気にも留めないつもりだったのだが......振り返ったさとりの様子がおかしい。
心が先読みできるゆえにほとんど驚きそうにないさとり。そのほぼポーカーフェイスに近い表情が完全に崩れ去り、3つの目全てが見開いていた。
鈴仙もこれにはぎょっとして首を後ろに向ける。
「お前がさとり様をさらった奴だな!」
「さらっ......え?」
「吹き飛べぇぇぇ!!!」
何がなんだか分からないまま、閃光が鈴仙の視界を奪う。
「お空、止まりなさい!」
「お空ストップ!」
「空さん!」
枯れ木の山に皆の必死の制止がこだました。
◇
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
どこか折れてしまいそうなほどに頭を下げる空を鈴仙は両手を振ってなだめる。
「い、いや、いいのよ。一応、無傷ではあったから......」
鈴仙は丸焦げの帽子片手に後ろを振り返った。
(うわぁ......)
反射的にかわした火の玉は大木を数本えぐり倒していった。皆の制止によって威力は弱まったようだが、直撃していたら寝正月ルートまっしぐらである。山火事になっていないのが奇跡だ。
「ほら、さとりさんの所へ」
鈴仙は空を促す。
燐はまださとりに抱きついて離そうとしない。空もその輪に加わり、今にも泣きそうだ。外の世界で主人とはぐれるのはそれだけ心細く、再会できたというのはそれだけ感極まるものなのだろう。
自分が永琳や輝夜とはぐれていたらと思うと鈴仙の目も思わず潤む。
(......まあ、私何にもしてないけど)
何故鴉天狗がいるのか、よく分からないこともあるが、何はともあれ仕事は終わったのだ。
◇
文はパシャリ、とシャッターを切った。どんな記事がいいか今から起案していると、さとりがペット2人を振りほどき、ズイと文の方へ寄ってきた。
「あなた、私の誘拐をだしにして記事を書こうと画策していたのでしょう......それが真実か虚構かなど気にせずに」
「え、いや......」
否定しかけて文は目の前にいるのが古明地 さとりであることに気がつき、諦めた。意味がない。
「別に構わないのですよ? お空に"古明地さとり誘拐事件"の真犯人はあなただと伝えても」
「ご、ご冗談を......」
文は真っ黒い何かに変わり果てた鈴仙の帽子を尻目に苦笑いを浮かべていた。
空は主人の言うことならば間違いなく信じる。
文が嫌な汗をかき始めていると、背後からドンと体に衝撃が走った。空と燐だった。不意に好き勝手に飛び付いて来た2人に思わずバランスを崩しかける。
「ありがとう、鴉天狗のおねーさん」
「やっぱり鳥に悪い人はいないよねっ!」
さとりはフフっと笑った。
「まあ、今回はどうやらお宿までお世話になったようですし、この子達に免じて見逃してあげましょう。むしろ、私からもお礼を申し上げます。鈴仙さん、文さん」
「え、は、私も!?」
「当然です。私が依頼したのはあなたなのですから。あなた方2人のお陰でこうしてまた会えたわ。ありがとう」
深々と頭を下げるさとり。
鈴仙と文は揃って頬をかき、顔を見合わせた。
「あやや、何だか......変な気持ちですねぇ」
「あら、あなたこういうの、慣れてないのね」
「お互い様でしょう......」
「ああ、あとそれから。もう1人の鴉天狗さんにもお礼を」
文は頭をかきながら頷いた。流石にこのむず痒さを1人では抱えておけない。
◇
「でも、お空。よく、適当に突っ込んでさとり様の場所まで行けたね。」
「うーん、
「全く......ひょっとしたら今度はお空を捜すことになってたのに」
「お燐こそ、何であの鴉天狗の人の場所が分かったの?」
「......何でだろ? あたい、何となく歩いてたら......ま、いっか」
◇
鈴仙は事務所に到着したのは午後6時を回った程度だが、時季が時季なので外はもう暗い。
冷たいドアノブに手をかけるが、回るだけで扉は開かなかった。
下から見たときに電気はついていたので恐らく中にてゐはいる。
鍵を取り出すのが面倒だったので、てゐに開けて貰おうと電話を取り出した時だった。
鈴仙の電話が鳴る。番号は非通知だ。鈴仙とてゐは普段はアプリを利用した通話しかしていないのでてゐでもない。
鈴仙は無言で電話をとり、耳元へとあてた。
『もしもし』
くぐもった幼げな声色がコンクリートの廊下に響き渡る。
『私メリーさん』
メリーさん。電話と共に近付いてくる怪物。何かの気配がする。
『今......あなたの後ろにいるの』
崖っ縁に立たされたような恐怖。身体中の血液が逆流するような戦慄。背中を氷で撫でられたような恐ろしさ。これらが一挙に襲ってくる。
......のだろう。普通の人ならば。
「あのねぇ、私は"あなた"が見えるのよ」
鈴仙は
「......ちぇっ。折角みんな電話出来るようになったから驚いてくれると思ったのにな」
「人を選びなさいよ、人を」
鈴仙は呆れ気味に"彼女"の頭をポンポンと叩いた。
「......あの3人を再会できたのは本当は"あなた"が『無意識』に誘導したんでしょ?」
「んーと......分かんない!」
"彼女"は屈託のない笑顔で笑った。
つられて鈴仙も少し微笑む。
「じゃあ、またね。バイバイ!」
「たまにはお姉さんの所へ帰ってあげなさいね」
『無意識』の中へと消えていった"彼女"はわずかに頷いたように見えた。