美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。 作:妖念
インターホンが鳴った。
「はいはい、開いて......」
霊夢の返事が終わるよりも先に、ドアがバンッと乱暴に開く。
これでは何のためにチャイムを鳴らしたのか分からない。ただ、それをやるのが......
「よ、霊夢」
霧雨 魔理沙だ。
「私が返事する前に開けたでしょ」
「お前も同じ立場なら絶対やってるからな。ん?私が一番乗りか?」
「妖夢が買い出し行ってるわよ。他はまだ来てないわね」
「......あれ?」
ここで魔理沙は何か違和感に気付いたらしい。
「何かえらく部屋広くなってないか? 机も増えてるし。神社とあんまり変わんないじゃないか」
4人、5人座るのががやっとだった部屋が何と3、4倍に広がっている。
「ああ、ちょっと広げて貰ったのよ。除霊して欲しいものがあるからって交換条件で」
「咲夜か? アイツも呼べば良かったじゃねえか」
「一応誘ったけど、用事があるから行けそうなら行くって言ってたわ。どうせ、お嬢様次第でしょ」
「ま、それもそうか。しかし、こんな広くなってるんならもうちょい呼ぼうぜ」
「ちょっと待ちなさいよ。もうあんた何人呼んでると思ってるの。私に魔理沙、それからアリスに......」
霊夢は指を折りながら、食器を人数分並べていく。
ピンポーン、と再びチャイムが鳴る。
「お、帰って来たか」
魔理沙が勝手に扉を開ける。不意打ちで入ってきた寒気に霊夢は身震いした。
「頼むぜ。味はお前にかかってるんだ」
「別に魔理沙も霊夢も皆料理できるじゃないの」
「いやいや、咲夜も早苗も藍もいないってことは、だ。普段から誰かのために料理してるのは今日はお前だけだからな」
妖夢の肩を叩きながらバトンタッチのように部屋を出ようとする魔理沙。妖夢が咄嗟にその裾を摘まむ。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ああ、追加で片っ端から何人か呼ぼうと思ってな。その分新しく買ってくるよ」
「......そんなことだろうと思って多めに買ってきたわよ」
妖夢はギチギチのビニール袋を2つ持ち上げた。
◇
大晦日の11時半、誰しもが時計を意識し始める頃、霊夢家は新年を迎えることなく死屍累々の有り様になっていた。
そんな戦場の跡地の中で、にとりが霊夢に尋ねた。
「テレビのリモコンどこだい?」
「リモコンって......? ああ、あれね。どうしたのよ、急に」
「いや、外の世界ではテレビで年明けのカウントダウンをやるって聞いたからさ。ちょっと見てみたいと思って」
霊夢はテレビ台を指した。テレビの画面に立てかけてある。にとりに設置してもらってから1度もつけていない。
「......そんなところに置いたらリモコンの意味ないじゃないか」
リモートなのに、などとぶつくさ言いながら、好き放題転がっている酔っ払い共を押し退けながら、四つん這いになってにとりはテレビへと近づく。
「ここまで来たら本体で電源つけた方が早いな......っと」
テレビのランプが赤から緑に変化し、しばらくしてから画面がつく。
何やら、騒々しい画面が映し出された。
『現場付近は未だ緊迫した状況が続いており......』
切羽詰まったような音声に引き寄せられ、その場の視線がテレビへ集まる。
にとりはチャンネルをザッピングしてみせるが、全て同じ建物の映像が映っていた。
何が起きているかはまだ理解が及ばないが、大事だというのは霊夢でも分かる。
「何......?」
『警察は元従業員の男を逮捕しました。男は......』
「ん? 犯人はもう捕まってるんだろ? 何を騒いでんだ?」
「爆弾ですって。年明けと同時に爆発するようビルに仕掛けた、って犯人は言ってるみたいよ」
「1回小さな爆発はあったみたいだな」
「爆弾ねぇ......にとり、お前なら解除できるか?」
「無茶言うなよ、盟友。流石に簡単に手が出せる代物じゃないさ」
「ふーん......」
「まあ、でも建物の中の人は全員避難したみたいよ。ひとまず安心じゃないの?」
「いや、まだ誰か残ってるかもって!」
「嘘......12時までもう時間ないわよ......?」
倒れていた連中がゾンビのように蘇り、口々にニュースの感想をかわし始める。宴会当初のような口数が戻り、各々の情報が錯綜する。
その時だった。
一瞬何が起こったのかわからなかった。ちょうどドミノ倒しのように、音が連続してずれていく感じだった。複数の爆音が一定のリズムで連なり、ホテルの真ん中あたりが砕け散り、急に、鈍い音と共にガラスの破片がスローモーションで闇に降り注ぐ──一同が音に聞き、目にしたのはそんな映像だった。
「え?」
「あ......」
画面の中でただひたすら悲鳴がこだまする。
一同はただ、呆然とするしかなかった。
◇
「海だ......」
フランがポツリと漏らした。
長年、光も届かぬ紅魔館の地下深くで暮らしていたフランにとっては何も見えない夜の海でも新鮮に映るのかもしれない。
かくいう咲夜も海を見るのは本当に久しぶりだ。
咲夜たちは、大晦日にドライブを楽しんでいた。ハンドルを握るのは咲夜、後部座席のフランの隣にはその姉にして我らが主人、レミリア・スカーレットが座っている。
そのレミリアが昨日突然、ドライブに行きたいと言い出したので、体感だと3日くらいだろうか、咲夜は自動車の運転を覚えた。実時間ならコンマ1秒もかかっていないだろうが。
むしろ面倒だったのは車の調達の方だ。
「咲夜さん、咲夜さん」
「何、美鈴?」
助手席に座るのは紅 美鈴──一応、部下にあたるのだろうか、紅魔館では門番を勤めていた。その美鈴がどこか不安げに咲夜に囁く。
「この車、調べたらものすっごく高価だったんですけど......」
「それがどうかしたの? お嬢様方にふさわしいでしょう?」
「あのー、どうやって手に入れたんですか? まさか、盗んで......」
「ふふ。私が盗品にお嬢様をお乗せするはずないでしょう?」
「いや、まあ、それは信用......してますけど」
美鈴も窓から見える景色へ目をやる。が、窓の反射でまだ不安そうな表情がバレバレだ。
(......後で美鈴にも入手経路を説明しておきましょう)
ちなみにその入手経路だが、オーナーが次々に亡くなってしまういわくがあるとかで半ば押し付けるようにタダで貰った。むしろ引き渡される際に良心が痛むだとかで金まで積まれた。
当然、そんなことで怯えているようでは吸血鬼の下で働いてなどいられないので咲夜は何も感じない。
(一応、お嬢様方に何かあったらいけないと思って霊夢に除霊してもらったけど......問題なさそうね)
「ほんとは海にも行きたかったわねぇ......」
レミリアもフランの後ろから海側の窓を眺める。
「申し訳ありません。どうやら冬は入れないようで」
「でもこの自動車? 初めて乗ったけど悪くないわね。日光も防げるし座ってるだけでいいんだもの。幻想郷に持って帰りましょ」
「ちょっと遅いけどね。まあ、人間からしたら速いのだろうけど」
「まあ、フラン。たまにはいいじゃないの。こうしてのんびりと過ごす年末も」
レミリアは毎年年末は、というかほとんど毎日のんびり過ごしている気もするが、咲夜は決して口にはしない。主人が黒と言えば白いものでも黒になるのだから。
海以外にも基本夜間は真っ暗な幻想郷と違い、様々な光で照らされている街並みは吸血鬼2人を虜にするには充分すぎたようだ。
ドライブそのものは順風満帆、快適そのものだった。
何よりフランがこのドライブに参加したい、と言い出したのが咲夜にとっては意外だった。幻想郷ではほとんど地下から出る気のなかったフランだが、外の世界には多少興味があるのかもしれない。
「咲夜、あの建物は?」
レミリアが視界に入る限り、最も巨大な建築物に興味を示す。
「うわぁ、おっきい......見た目だけなら紅魔館よりも大きいかもしれませんねぇ」
美鈴の不安げな表情もいつの間にか消えていた。
「咲夜、行ってみましょう」
「承知致しました」
咲夜はハンドルを切った。
◇
一行はレミリアが指示した建物──高級ホテルの真下まで来ていた。
「近くで見るとよりおっきく見えますねぇ......」
美鈴は上を見上げている自分の口が半開きなのに気づき、少し恥じらいを覚えた。
「ねぇ、中に入ってみましょうよ」
レミリアがすたすたと入り口へと進む。慌てて美鈴が追いかける。
守衛が手前と奥に1人ずつ、2段階で置かれていた。
「申し訳ありません。本日は貸切りでして、招待状がない方にはお引き取り願います」
案の定、というかまずは手前の守衛に美鈴が止められる。
弾かれるのは火を見るより明らかだった。守衛に詰められ、レミリアとの板挟みに焦る美鈴に咲夜がボソリと耳元でささやく。
「美鈴、時間を稼いでおいて」
「え、一体何を......」
「ちょっと、招待状......用意してくるわ」
咲夜はそう言い残し──その場から跡形もなく消えた。
その間、レミリアとフランは何も気にしない風で、美鈴に隠れた為か1人目の守衛の前を横切ることができていた。しかし、それを許さない為の二段構え、当然ながら2人目に捕まる。
「申し訳ありません。今夜はVIPによります招待制のカウントダウンパーティーでして、立ち入りが......」
「......あら、私に気品が欠けているとでも?」
レミリアは守衛を威圧的に見上げた。
ここでとんでもないボタンの掛け違いが発生する。
「こ、これは。失礼致しましたっ!」
レミリアたちの日本人離れした顔つき、そして、あまりにも堂々たる態度から、2人目の守衛はなんとレミリアをパーティーに招待されたどこかのセレブだと勘違いしてしまったのだ。
さらに、彼女にとっては普段着であったのだが、レミリアはドレスコードを満たす気品漂うカクテルドレスに身を包んでいた。偶然とは重なるもので、2人目の守衛はレミリア一行が高級車から降りてくるのを目にしていた。
そして、幼い見た目故にチェックも甘くなる。
もちろんレミリアがそれを知る由もなく、当然の権利のようにホテルの中へと侵入する。
深々と頭を下げる守衛を尻目にフランも何の気なしにテクテクと後に続く。
「あんた、何者だ?」
「え、えーっと。あなたと同業者?」
美鈴はその事にまだ、気づいていない。
◇
美鈴は守衛の様子と咲夜がいつ帰ってくるかを伺いながらウロウロとしていた。
ジロリと睨む第1の守衛と目が合う。何か気まずさを覚え、取りあえず話しかけてみることにした。
「ほら、守衛さんって眠たくなったりしないんですか? 私もちょっと似たような仕事してたんですけどやっぱり段々まぶたが......」
「だから、何なんだあんた! いい加減にしないと......」
余計に怪しまれてしまった。
(咲夜さん、早くー!)
必死に心の中で助けを求める美鈴。その甲斐空しく守衛に青筋が浮かび始めた頃だった。
「ごめんなさい、私としたことが少し手間取ったわ」
「咲夜さん!」
突如として背後に気配が生じた。
少し手間取ったと咲夜は評したが恐らく3分も経っていないのではなかろうか。守衛に睨まれている時は物凄く時がゆっくりに感じたが。
咲夜の手には黒い封筒が2通、確かに握られていた。
「よっぽど限定されたパーティーが開かれているようね。直筆の招待状だったから偽造も楽だったの。封筒だけ落ちていたのを拾ってきたわ」
「......それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。
「いや、そういうことでは......」
「心配しなくてもお嬢様方のがあれば十分でしょう。私たちは付き人として入れるわ。私はセクレタリー、あなたはボディーガードってことにしましょう」
「あ、いえ、そういうことでも......」
美鈴が聞きたかったのはモラル面の話なのだが、どうやら咲夜には通じなかったらしい。
「で、お嬢様方はどこ?」
「......え?」
バッと後ろを振り向くとそこには虚無しかなかった。
咲夜、美鈴両名が明らかに歪んだ顔つきになったところで、もう1人の守衛がバタバタと駆け寄って来る。
「も、申し訳ありません! 私は招待された方かと思ってつい......」
「何だって!?」
咲夜と美鈴は守衛同士の会話で何が起きたのかを理解した。
「ひょっとして......黒いレースのドレスに青い髪の......」
「そうです! それからサイドテールの......」
「私どもの主人・スカーレット家当主のレミリアと妹のフランドールでございます。私が招待状を取り出すのに手間取ったばかりに......余計なご心配をおかけしました」
咲夜は直ぐに済ました表情を取り戻し、丁寧にお辞儀をする。これだけ恭しく接していてもやっていることは捏造と不法侵入なのだから人間というのは分からない。
「こちらがその招待状です」
「......確かに確認致しました。スカーレット様のお付きの方ですね。どうぞお通りください。先ほどは申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、さっきの私はどう考えても不審者でしたし......」
(今もだけど......)
「勝手に判断するんじゃない! もしも、危険な人物だったら国際問題だぞ! ......まあ、今回は招待状も確認できたことだ、不問にしてやる! 次はないぞ!」
人間より遥かに強大な力を持つ吸血鬼姉妹が危険人物でないかと言われれば疑問符がつくがそんなことをバカ正直に供述できるわけもない。
守衛の怒声と冷や汗を背中に、2人はホテルのロビーに入った。重厚な絨毯の上では咲夜のヒールもほとんど鳴らない。受付に招待状を見せ、先ほど同様付き人である旨を知らせる。どうやら2人はここも招待状無しで突破しているようだ。
「咲夜さん、まずいです。お嬢様たち、どういう訳かどんどん奥に入れちゃってます」
「......そのようね。美鈴、あなたはここでお嬢様方が出てくるかどうか見張っててちょうだい。意外と飽きてあっさり帰って来るかもしれないわ」
「咲夜さんは?」
「中を捜してくるわ」
「わ、分かりました! お任せください!」
胸を叩く美鈴。
咲夜が中央の階段を上がろうとした時だった。
突如として物凄い地鳴りが室内を揺らす。
「な、何事でしょうか?」
2人だけでなく、ホテルのスタッフもこれは想定外のことのようで、皆一斉に顔つきが険しくなる。
そして階段の先、エレベーターだろうか、チン、と大きな扉が勢いよく開き、わらわらと一斉に人が出てきた。濁流のごとき人波とあらゆる叫び声が静寂だったロビーに襲いかかる。
「助けてくれぇ!」
「殺されるぅ!」
「嫌よ! 私は由緒正しき......家の出なのよ!? 先に通しなさいよ!」
「皆さん、どうか落ち着いてください! 落ち着いてってば! 落ち着けぇぇ!」
怒号が鳴り響く中、明らかに高貴な出で立ち、それも様々な国籍の人物が我先にと階段を降りてくる。
ヒールを履いた西洋系の女性が1人、オロオロしている間に後続の人波に押され、階段を踏み外して宙を舞うのが見えた。
(......ったく)
──時よ、止まれ。
辺りの喧騒が一瞬にして水を打ったように静まりかえる。宙に浮いた貴婦人を抱きかかえるが余程豪勢なドレスなのかかなり重い。四苦八苦しながら、ロビーにそっとおろした。
──そして、時は、動き出す。
差し迫った空気感が再び取り戻される。
咲夜はそれを少し外れ、貴婦人の両肩を持った。
「日本語は分かる? Can you speak english? Sprichst du Deutsch? Stii sa vorbesti romaneste?」
「日本語......大丈夫よ。祖父が日本人なので......」
「混乱しているのは分かるわ。ただ教えて欲しいの。何があったの?」
「ば、ば......」
一瞬落ち着きを取り戻していた貴婦人は再び、怯えた表情へと変貌した。
「ば?」
「爆弾がこのホテルに大量に仕掛けられているって......じ、実際に爆発もして......」
さっきの地鳴りはそれか。
貴婦人は咲夜に謝ると、そのまま走り去っていった。
入れ違いに美鈴が駆け寄ってくる。
「咲夜さん、これってまさかお嬢様たちが......」
美鈴はレミリアたちが何かやらかしたのだと思ったのか、ひどく血色が悪い。
「......美鈴、あなた爆弾は解除できるかしら?」
「ば、爆弾? 無理ですよ! そんな!」
「このホテル、爆弾が仕掛けられているらしいわ」
「もしかしてそれで......」
美鈴は辺りを見渡す。ホテルの職員が総出で避難活動を始めていた。美鈴や咲夜も背中を押され、出入口へと誘導される。美鈴はレミリアやフランが原因ではないと知ってホッとしているようだった。顔にも直ぐに血の気が戻っている。
「まあ、好都合だわ。これでお嬢様方も出てくるはずよ」
「咲夜さん、冷静過ぎて怖いですよ......」
「当然よ。人よりシンキング・タイムが長いもの」
「分かりました。私たちもとりあえず流れに任せてここから出てから、お嬢様たちを捜しましょうか」
鬼のような形相をした人々の中、ただ2人あっさりとした表情で流れに身を任せ、咲夜と美鈴はホテルを後にした。
◇
「もっと下がって! もっと!」
咲夜と美鈴はホテルの全体像が見えるほど遠くまで避難させられた。既に外の世界の警察組織がホテルをぐるりと取り囲み、近づけないようになっている。ひとまず避難客の中からレミリアとフランを全力で捜す。
「お嬢様ー! レミリアお嬢様ー!」
「フラン様ー!」
そんな時不穏な会話が咲夜の耳に入った。
「まだ、中に人がいるらしいぞ......!」
「そんなバカな! リストは何度もチェック済みだ! 今日の来賓もスタッフも全員避難させたはずだぞ!」
そして──爆音が耳に連続して突き刺さる。
最早周囲はパニックを通り越して呆然としている。
しかし、咲夜と美鈴の2人だけ、ホテル内の人物の無事を確信していた。
レミリアたちは爆弾ごときで死ぬことは決してない。
そう、断言できる。吸血鬼は異常な生命力を持つ種族だ。
問題は爆発に巻き込まれても死なない少女2人である。
そんなの最早騒ぎになるな、という方が無理だ。
爆発が収まり、揺らめく人影、そこで五体満足の2人が発見されるのが最悪のケースだ。
(仕方ない......)
不死身の少女よりかは音もなく消える人間の方がまだ目立つまい。
「美鈴、車に乗っておいて」
咲夜は美鈴に車の鍵を放る。
「お嬢様をお迎えに上がるわ」
(到底間に合わないでしょうけど)
2人を見つけ出し、連れ出さなければならない。もし、塵が収まり、あらわになった場にたまたまレミリア達がいれば......終わりだ。粉塵はあと僅か数秒で収まるだろう。
(──私以外は)
咲夜の辞書に"タイムリミット"という言葉はない。
◇
「今の爆発は中々悪くない演出だったわね。次は何をやるのかしら?」
皆我先にと逃げ回る中、1人キャッキャと楽しげに笑うレミリア・スカーレット。呑気に拍手までしている。
「ただ、そうねぇ......食べ物を粗末にするのはあまり褒められたものではないわね」
レミリアは不愉快さを全面に押し出した顔になった。
「お姉様ー、皆帰っちゃったし私たちも帰りましょーよー」
もう1人取り残された彼女の妹は飛び散ったガラス片や食事を踏まないように避けながら退屈そうに後ろで手を組む。
(あーあ、もったいない)
そして、テーブルに残っていたプチシューを物欲しげに見つめ、レディのマナーとやらにうるさい姉にバレないようパクリとつまんだ。
(ん、おいし)
流石豪勢なパーティーに提供されていたとあって、口どけの良い上質な生クリームの甘味が口いっぱいに広がる。
「パーティーはもう終わりなのかしら? まだ、年明けまでは時間があると思うのだけど......仕方ないわね、帰りましょうか」
気が済んだのか、レミリアは帰ることを決めたらしい。熱しやすく、また急激に冷めるのもレミリアらしいといえばらしい。
「ああ、それから......」
レミリアは半分だけ振り返ると口元の左を指でトントンつく。
「つまみ食いを隠す気があるのなら口の周りは舐めておきなさい」
「あ......」
フランは親指で口元を拭い、ペロッと舐める。
そして、どこかへ向かうレミリアの後を、もう1つだけプチシューを頬張ってから追った。
◇
「ホントに誰も......いないわね」
上質な絨毯の上をさ迷う2人。よく考えればレミリアは成り行きで前を行く人々についてきただけだ。自分がどこを通りながら、ここまで来たかなど何も覚えていない。
素直に来た道を戻れば良かったのだが、近道のつもりで当てずっぽうに進み続けたばかりに、自分がどこを歩いているのかわからなくなってしまった。
おまけにどこも同じような装飾で何も目印がない。
「お姉様......ここ、さっきも来たわよ?」
疑惑の瞳が2つこちらを向いている。
鋭い刃物のような視線が首筋に冷たい。
「まさか迷ったんじゃないでしょうね?」
フランのどストレートな言葉がレミリアを貫く。
ついてきたことを明確に後悔している、見限る1歩手前の声色だ。
「この私が? まさか。紅魔館の装飾の参考にしようと色々見学してるだけよ。え、えーと、この照明、いい形してるわねぇ......」
が、姉として、当主として、迷子になりましたなぞ口が避けても言えない。意地でフン、と鼻を鳴らしてみたりもする。が、妹の目は揺らがない。
「次は、えーと......あっち! あっちよ、フラン」
「......もういいわ」
「フラン?」
レミリアがさす指に一瞥もくれずフランが顔を伏せた。
「壁が全部無くなれば出られるよね?」
もう一度顔を上げたフランは紛れもなく悪魔の妹 フランドール・スカーレットの顔になっていた。
右手をゆっくり開き──
「フラン!? 待ちなさ......」
「キュッとして......」
握った。
ドカーン! ドカーン! ドッカーン!
◇
「あら?」
「申し訳ありません。誠に勝手ながら車へとお運び致しました」
夢でも見ていたかのようにレミリアの視界は突如車内へと引き戻されたことだろう。しかし、誰が何をどうやったかを把握できたのか、レミリアは大して動じることはなかった。フランも同様である。
「......構わないわ。意外とあのパーティー何もなかったし。ね、ねぇ、フラン?」
「ええ......目印が無さすぎて迷ってしまいそうなくらい。ところでお姉様、装飾のアイデアは思い浮かんだのかしら?」
しかし、フランとレミリアの間に流れる空気がおかしい。大方何があったのかは予想がつくが。
「あら、年が明けてますわ」
「あら、そう? コホン......美鈴、咲夜、えーと......フランも。明けましておめでとう、みんな。今年もよろしく頼むわよ」
「ええ。こちらこそ」
「もちろんです。お嬢様!」
フランの口角がつり上がる。
「パチェには......帰ってから言っておきましょ」
『怪我人は3名確認されており、いずれも避難の際の転倒が原因で3名とも軽症とのことです。犯人はホテルの元従業員......で、設置したのは脅し用の小さな爆弾1つのみであると犯行を一部否認する供述を......』
後は喘息で留守番中の魔法使いがこのニュースの真実に気づいて、体調を悪化させないことを願うだけだ。