美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。   作:妖念

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8.優曇華探偵事務所 case.3~依頼人はかぐや姫

 

 もうすっかり聞き慣れた鐘の音が店内にこだました。にとりは形式的に「いらっしゃいませー」と言ってみる。が、看板も掲げてなければ店の名すらない──霖之助がいるので大抵『香霖堂』と皆呼ぶが、こんな所に来る客なんて大方幻想郷の住民だ。にとりは顔見知り相手に丁寧に接客するのも何だか馬鹿馬鹿しく思え、来客の挨拶にもあまり感情はない。

 手ぶらにも関わらず、乱雑に開けた戸を足で押さえる小さな影。そのままちょこまかとした小刻みな足取りで、てゐがカウンターへと駆け寄って来た。

 

「で、今日はどうしたんだい? パソコンの調子でも悪くなったかい?」

「いいや。プロジェクターっていうの? 何か映像をさ、壁なんかに映せる奴が欲しいんだけど」

「あー、はいはい。ちょうどジャンク品が入ってたはずだ。ちょいと修理すりゃあ使えるはずさ。待ってな」

 

 店の奥の工房スペースへと向かうにとりに後方から声が投げ掛けられた。

 

「どれくらいかかりそう?」

「さあねぇ。そんなにかからないとは思うけど保証はできないね、中開いて見てみないことには。この後用事あるのかい?」

「いいや、全然。テレビ観てていい?」

「好きにしな」

「リモコンは?」

「ほいっ」

 

 にとりはカウンターへと引き返し、黒い物体をひょいと放り投げた。フリスビーを咥える犬のようにてゐはリモコンを器用にキャッチする。にとりはそれを見届け、工房へと戻る。

 てゐがテレビをつけたのだろう、しばらくして静かだった店内に2人以外の声がし始めた。

 

『生放送でお送りしております......本日はこちらで開かれております、かの有名な佐藤氏の骨董品のオークションにですね、お邪魔を......』

 

 それとほぼ同時のことだった。

 

「後でまた来る! これ、返すねっ!」

「いって!?」

 

 捲し立てるようなてゐの声とにとりの頭に不意に帽子ごしでも分かる程度の軽い衝撃が走る。そばにはリモコン本体に、外れたカバー、そして乾電池が散乱していた。

 ガラガラ、とひどく乱暴に鈴が鳴る。

 

「何だってんだ、一体......?」

 

 転がる乾電池に追いついたにとりが、頭をさすりながら振り返った時には既に閉じゆくドアしか見えなかった。

 

 

 ◇

 

 

 ガチャリ、と事務所のノブが捻られる。転がり込むようにてゐが入ってきた。

 

「あら、お帰り......」

 

 てゐは鈴仙の言葉を遮って、ダッダッと鈴仙が座るソファーにダイブしてくる。所々破れた茶色の皮製のソファーがパンと音を立て、その拍子に座っていた鈴仙も縦に弾む。

 

「鈴仙、テレビ! テレビ! 早くっ!」

「何よ、てゐ。私今からお茶......」

 

 危うく手に持った湯飲みを落っことすところだった。

 

「いいからテレビつけなって!」

 

 にとりの店に向かったはずのてゐ。何か買い物をしに行ったはずなのだが手ぶらで息を切らしながら帰ってきた。それも普段飄々としたてゐが感情の波長を乱して、ここまで催促してくるのだ。何かあったことくらいは簡単に分かる。

 何よ、と一言漏らしながらも流石に鈴仙は湯飲みを机に置いて、テレビのリモコンを探しに行く。

 

「えー、と......あったあった。はいはい、観ればいいんでしょ、観れば」

 

 リモコンをてゐが普段使っているパソコンの隣に見つけ、電源ボタンを押してからソファーに戻る。

 

「8chにして!」

「はいはい、8......8いっ!?」

 

 チャンネルを合わせると同時に耳元でドでかい大砲でもぶっぱなされたような衝撃が鈴仙を襲った。心臓から送り出される血流の音が滝壺のごとく大きい。

 画面の中では何やら揉め事真っ最中らしい。

 リポーターらしき人物がマイク片手にただ慌てふためいている。

 

『フフフ、そんなもの売りつけるおつもり?』

『なにぃ......? 何者だ?』

『そんな偽物をこんな大仰な競売にかけてどうするの、ってお尋ねしてましてよ。えーっと、確か......佐藤先生、だったかしら?』

『面白い、どこが偽物なのかお尋ねしよう』

『カメラがあるのに言えるわけないでしょう? 世の贋作が真作に近づいてしまうわ。あなたは見抜いていないの? それとも......分かった上で高値で売ろうとしているのかしら?』

『ぐぬぬ......言わせておけば......ズブの素人が!!! 黙っとれ!!!』

 

 騒ぎそのものはどうだっていい。問題は騒ぎの当事者の方だ。

 

「姫......様!?」

 

 見紛うはずもない。画面の奥に映っているのは我が主人。

 見てそれと分かるこのオークションの主催者と口論を交わしているのは蓬莱山 輝夜──その人で間違いない。

 驚きで思わず立ち上がった鈴仙。そのまま硬直して何も動けない。

 再びドアが開かれる。からくり人形のようにギコギコと首を回した。

 

「あ、映ってるわ、私」

 

 生放送の画面を見る。いる。

 後ろを見る。ここにもいる。

 

 鈴仙は輝夜に挟まれていた。

 

 

 ◇

 

 

「あのー」

「どうしたの?」

「何されに来たんですか?」

 

 輝夜の顔色をうかがうように鈴仙は尋ねる。

 新たにお茶を入れ、自分が食べようと思っていたお茶請けを輝夜へ差し出す。

 

「何って......依頼だけど」

「依頼って言われましても......」

 

 鈴仙は何とも言えない疑念と不安に襲われる。

 主人から貰う依頼なぞほとんどお使いと変わらない。

 

「あら、依頼人の名前は聞かないの?」

「いえ......もう知ってますし。なんなら今朝お会いしましたし」

「まあ、残念」

 

 何が残念なのかさっぱり分からないが、輝夜は人差し指を顎に当てて首を傾げる。

 やたらと依頼という体にこだわる輝夜についに鈴仙は折れた。

 

「で、その、えーっと、依頼ってのは何なんですか?」

「ある場所にね、ついてきて欲しいのよ」

「えぇ......そんなのわざわざここまで来なくたって、朝私に言っていただければいいのに」

 

 自分でそう言ってから、鈴仙は次に輝夜が何を言うか簡単に予測がついた。

 

(でも、それじゃ......)

 

「でも、それじゃ面白くないでしょう?」

 

 鈴仙はこれでもか、というほど諦めの感情を詰めこみ、ふふ、と力なく笑った。

 

「報酬は......そうねぇ」

「姫様から報酬なんて頂けないですよ!」

「依頼に対して対価を払うのは当然のことでしょう?」

「いや、でも......」

「じゃあ、そうね......お小遣いみたいなもんだと思いなさいな」

 

 そういうと輝夜はソファーから立ち上がり、事務所を壁づたいにぐるりと歩く。

 

「この事務所、何にも置いてないのね」

「え、ええ。まあ」

 

 事務所にあるのは濁ったガラスの低い机と向かい合った古臭い皮張りのソファー、そして金属製で至るところがボコボコにへこんだデスクが1つ、そして小さなテレビ。お世辞にも綺麗とは言えないものばかりだ。

 

「ちょうどいいわ。私が箔をつけてあげましょ! 3000万円の美術品......なんてどう!?」

「3000、万っていうと......?」

 

 鈴仙は咄嗟に隣のてゐを見た。てゐはパキリ、とおかきをかじると鈴仙のお茶を勝手にすする。

 

「向かいの喫茶店で鈴仙がいっつも頼んでるオムライス5万皿分。あとは......家が建つくらい」

 

 てゐが事も無げに言ってみせた指標は鈴仙の脳天をフルスイングでぶん殴った。

 

「いーっ!? い、頂けないです! そんな高額なもの!」

「まあ、いいじゃん。貰えるものは貰っときなよ。身内なんだからさ」

「てゐ!?」

 

 鈴仙は思わずてゐの肩を掴んで揺さぶる。輝夜は小遣いだと言っていたが、お使いの余ったお金でお菓子を買うのとは訳が違う。

 

「ばかばかばかばか! あんた、何言ってんのよ!?」

「ちょ、溢れる、溢れる」

 

 心の動揺がそのまま肩を揺らす震度に直結した。てゐは中身が溢れる前に湯飲みを口に迎え、飲み干そうとする。

 

「あ、私、『香霖堂』に戻るから。後よろしくー」

「てゐ、待ちなさ......」

 

 てゐは湯飲みをダンッと机に置くと、文字通り脱兎のごとく部屋を抜け出していく。後を追って扉へと向かう鈴仙の前にふわっとクモの巣のように輝夜が立ち塞がった。

 

「じゃあ、行きましょうか。イナバ」

 

 

 ◇

 

 

「ある場所って......ここですか?」

「ええ、そうよ」

 

 鈴仙は銀色の建物を見上げた。我がボロ事務所と違って非常に前衛的なデザインで、なんと言うか、透明感のある建築物だった。

 

「これが、画廊......ってものなんですね」

「さ、入りましょ」

 

 初めて事務所のビルの前に立った時と同じく、鈴仙はためらいを見せていたが、輝夜はお構い無しに自動ドアを潜り抜けていく。

 鈴仙も紐で引っ張られるようにくっついて入る。

 

「お待ちしておりました」

 

 入ってすぐ、2人に声をかける者がいた。背広を着てネクタイを締め、威圧感のない銀縁メガネ、中肉中背の男だった。外の世界でのいかにも信用のおける風体といった感じだ。

 

「初めまして。私、当画廊の責任者でございます、画商の本田と申します」

「本田さんね。蓬莱山です。どうぞ、よろしく」

「ええ、ご高名はかねがね。最近我々の業界でも話題になっております。若いが確かな目を持った美術愛好家が現れた、とね」

 

 にこやかに輝夜に微笑む本田と名乗る男。

 が、鈴仙は分かってしまう。この男が余り性根のいい者ではないことが。感情の波長が短く、ひねくれている。じーっと、その赤い両の眼に警戒を宿らせる。

 

「そちらの方は?」

「え、あ、私は......」

 

 余りにも凝視する鈴仙を不審に思ったのか、男はやや眉をひそめる。慌てて名乗ろうとする鈴仙を輝夜は遮った。

 

「私の......従者ですわ」

「従者? はあ......さようですか」

「それで、件の物は?」

「ええ、こちらへどうぞ」

 

 3人は男を先頭に数珠繋ぎのように歩いていく。

 画廊というだけあって、サイズも色彩も様々な絵画が壁に掛けられていた。

 余り芸術には明るくない鈴仙から見ても見事に描写された美しい風景画もあれば、絵の具をそのまま叩きつけたような訳の分からない絵もあり、それぞれが鈴仙の足取りを重くする。少し目を奪われては、前方を行く輝夜との距離が開き、小走りで詰めては、また、目を奪われ、をしばらく繰り返した後だった。

 

「どうぞ。こちらへ」

 

 板チョコのような重厚な扉の奥、応接間に通され、破れていないソファーに着座を勧められる。

 

「少々お待ちください」

 

 男は2人が座ったのを見届けるとそそくさと部屋を出ていった。素性も知れぬ男、そして妙に格式高い部屋の様子に鈴仙はやはり落ち着かない。

 

「姫様......一体何を?」

「まあ、見てなさい」

 

 まだ事情を飲み込めない鈴仙は小声で輝夜にささやくも、輝夜はただ、真っ直ぐ前方を見据え、その顔に薄笑いを張り付けただけだ。

 鈴仙は仕方なく、向かい合う壁1面を覆う巨大な絵を眺めていた。鈴仙が描かれている天使を数え終えた頃だった。

 

「お待たせいたしました~」

 

 扉が開き、先ほどと違って白い手袋をはめ、紫色の平べったい風呂敷包を手にした男が帰ってきた。

 そのまま鈴仙たちの向かいに座り、間の机上で包みをほどく。

 中から姿を表したのは1枚の油絵だった。

 

「こちらです。かのクロード・モネの未発見の作品、無題のようです」

 

 鈴仙は率直に抱いた感想が漏れる。

 

「わ......綺麗......」

 

 風景画だろうか。先ほどこの部屋に来る途中で見たような写実的な物ではないが、率直に鈴仙はこの絵の前でなら、立ち止まる時間が惜しくない、そう思えた。

 

「完璧な状態であれば、15億はくだらないでしょうが未完成の可能性があること、保存状態が少々......なのでこれで」

 

 男は指を3本立てた。

 

「あら、随分お買い得ね。修繕費がよっぽどかかるのか、入手元を警戒して買い手がつかないのか......」

「ええ、お察しの通りでして......確かな筋から手に入れた物なのですが、私のような1画商にとっては余りに分不相応な品でして、やれ、闇オークションだの、やれ、盗品だのと警戒しかされないのです」

 

 男は哀れみを誘うように首を振る。

 輝夜はうんうん、と頷いてから、絵をじっくりと上から下まで眺める。

 

「......少し御手洗いをお借りしたいのだけど」

「ええ、そこの角を曲がって左手にございます」

 

 輝夜は鈴仙に目配せをした。ついてこい、ということらしい。鈴仙は黙ってついていく。

 応接間の扉を閉め、輝夜は指示通り角を曲がり、トイレへと入った。本当にトイレなのか、判別がつかない鈴仙が入り口でもたついていると手を引かれ、そのまま引きずり込まれる。

 

「イナバ、あなたあの絵を見てどう感じたかしら?」

 

 鈴仙を引き込むなり、輝夜は手洗い場に腰をよっかけて鈴仙に問う。

 輝夜のことだから、頓知でも始めたのかと思ったが、

 恐らく考えても分からないので素直に抱いた感想を呟いた。

 

「すごく何というか......綺麗な絵でした」

「ええ、そうね」

 

 鈴仙は自分のボキャブラリーを恨んだが、輝夜は目を閉じて、頷く。

 

「見事なものだったわ。とても見事な......」

「ですよね!」

 

 輝夜と意見が合ったのが嬉しくてつい、食い気味になる鈴仙。

 しかし、輝夜が再び目蓋を開いた時にはうってかわって厳しい目つきになっていた。

 

「贋作よ。とっても精巧な、ね」

 

 ポカン、という擬音が顔に書いてあるような自分が、輝夜の背後の鏡越しに見えた。

 

「え?」

 

 表情に遅れて声がやってくる。

 

「キャンバスに絵の具......画材まで古いものを使用していたわ......凝ってたわねぇ。あら、顔を隠してどうしたのかしら?」

 

 鈴仙は言い知れぬ羞恥の情に駆られていた。身体中が燃えるようにいたたまれなかった。

 よく出来ていると輝夜は言うものの、いわば偽作に心奪われていたのだから。ちょっと食い気味に輝夜に同調した数分前の自分を張り倒してやりたい、そう思っていた。

 

(は、恥ずかしい......)

 

 輝夜はそんな鈴仙を気にも止めない様子で、手洗い場から腰を外した。輝夜の瞳に映る鈴仙の姿が大きくなる。

 

「はい、手出して」

 

 輝夜は鈴仙に言われるがまま差し出した手のひらと同じくらいのサイズの機械を手渡した。

 

「え?」

「イナバ、ここまでが従者の仕事」

 

 急に手の上に感じた重力の正体はビデオカメラだった。

 

「ここからが探偵(・・)の仕事よ」

 

 輝夜はどの美術品よりも魅惑的な声でささやいた。

 

「あの本田って画商を尾行しなさい」

 

 

 ◇

 

 

「やっとか......」

 

 波長をずらし、男は鈴仙に干渉できなくなっている。つまり、姿も見えなければ今発した声も聞こえてはいない。

 

 輝夜が帰ってはや数時間、画廊に取り残された鈴仙は思わず安堵が声に出る。男がようやく帰り支度を始めたからだ。退屈過ぎて、ここに飾ってある絵という絵を見漁った。尊厳を捨てて床に寝っ転がっていようか考えたほどだ。

 

 画廊を出ると、どこかへ向かおうとする男。意気揚々とついていったが......

 

(何だ、コンビニか)

 

 男が入ったのは何の変哲もないコンビニエンスストア。おにぎり数個とタバコを買っただけで、このまま家に帰る勢いだ。

 そういえば明日以降も尾行し続けるのだろうか。

 何もおかしな様子は見せない男に、先の見えない尾行生活を案じ始めた頃だった。

 

 あの絵と同じような匂いが漂っている。倉庫だろうか、廃工場だろうか。夜であることを加味しても随分とさびれた場所だ。

 

 何か起きるに違いない。待ってましたとばかりに鈴仙の下腹の辺りに力が入った矢先、男はその敷居を──通り過ぎた。

 

 先走っただけに大きく肩を落とす鈴仙。

 

 しかし、男は今度は──消えた。

 

 慌てて男がいた辺りを捜索する。

 近くの小さな茂み、そこに隠れたフェンスに人1人がギリギリ通れるサイズの穴が空いていた。

 燻りかえっていた鈴仙の心は再び燃え始めた。

 間違いなくこの向こうは、少なくともスーツ姿で帰りすがらに訪れるような場所ではない。それも人目を憚るように。

 鈴仙もフェンスを飛び越え、中に入り込む。

 

(......っ!?)

 

 鈴仙は無言でビデオカメラの電源を入れた。

 

 

 

 ◇

 

 

「この度はありがとうございます」

 

 ヘコヘコとお辞儀をする男。鈴仙たちは翌日、再び画廊を訪れていた。

 

「詳しい話は是非、奥で」

 

 鈴仙は今度は絵に目を止めることなく、真っ直ぐ輝夜の後をついていく。昨日飽きるほど見たからではない。最早この場所で絵を見て楽しめる気がしないからだ。

 応接間で輝夜がまず座り、ごますり顔の男が後から件の絵を持ってその正面に座る。

 

「ご購入ということでよろしいでしょうか?」

「ええ、3000万円で買わせていただきますわ」

「ありが......さ、3000万っ!? け......」

「桁が違うと、そう......言いたいのかしら」

 

 メガネの奥の両目をひんむく男。

 鈴仙は3000万が安い、として驚く人もいるのだと思った。

 

「もとよりあなたにびた一文払うつもりはありませんわ。お金はこの絵の作者に直接払います」

「え? しかし、モネは既に......」

 

 男は眉をひん曲げる。作者は既に死んでいる、と言いたいのだろう。

 

「イナバ」

「え? あ、はい!」

 

 ビデオカメラをてゐがいつの間にか手にいれていたプロジェクターへと繋ぐ。

 応接間の巨大な絵が飾られていない方、輝夜の背後の壁に映し出されたのは月明かり差し込むほの暗い倉庫であった。

 

「何を......」

「黙って見てなさい」

 

 明らかにうろたえる男を輝夜がキッと制す。

 尚も進み続ける映像では1人の痩せた男が、複数の男性に囲まれ、うなだれている。

 そこに、スーツ姿の本田がひたひたと歩み寄り、痩せた男の胸ぐらを掴んだ。

 

『てめえの親父が借金残して消えた時にゃ頭抱えたもんだが』

 

「何だコレは......」

 

『あの佐藤先生のお墨付きの作品を偽物呼ばわりしてたんだ。金だけ持て余してる見る目のないバカに違いない! 画材ももう何だっていい! クオリティーなんてもうどうだっていい! 早く描け!』

 

「止めろっ!」

 

『今週中にもう1枚仕上げさせろ! いいな!』

 

「おいっ、止めろぉぉぉ!!!」

 

 絶叫とともにブチリ、とケーブルを引っこ抜かれる。フーッと肩で息をする男。が、後の祭りである。

 

「あなた、昔話は読んでこなかったのかしら? ──かぐや姫は目利きなのよ」

 

 輝夜は指で片目を開いてみせた。その黒真珠のような瞳にガクリと項垂れる男が映った。

 

「ここから先は外の警察の仕事ね、行きましょうか。イナバ」

「はい、姫様......」

 

鈴仙はうめき声を上げる本田を尻目にその場を後にした。

 

 ◇

 

 

 輝夜の前にコトリ、と湯気立つ湯呑みを置き、輝夜の傍らに立つ。

 

「あのー、お尋ねしたいことが」

「何かしら?」

 

 後日、輝夜は本当にあの作者にお金を払っていたのだ。3000万もの大金を。金の出所を何度聞いても「永琳」としか言わないのでそれはもう鈴仙は気にしないことにした。鈴仙が気になることは他にもある。

 

「......いいんですか? 偽物にあんなに払っても」

「イナバ、あなた最初にあの絵を見たときなんて思ったのかしら?」

「え? えっと......その、綺麗だなーって」

「そう。絵の価値ってのは絵そのもので決まるの。綺麗だから買った、それだけよ」

「あ、それって......」

 

 輝夜はいつの間にかあの絵を手にしていた。

 

「それに......これはモネの贋作じゃなくて、彼の真作よ」

 

 輝夜は絵を撫でながら、ウインクしてみせた。

 

「さてと、じゃあ、この絵はここに置いていくわね」

「え?」

「事務所に飾っときなさいな。それが今回の報酬よ」

「言ったでしょ? 3000万円の美術品が報酬だって。ま、私がつけた価値だけど」

「まさか......最初からこうするおつもりで......」

 

 何の拍子かカタン、とリモコンが落ちた。テレビの電源がつく。

 

『速報です。古美術商で鑑定家としてTVにも出演し、人気を博していた佐藤氏が詐欺罪の容疑で逮捕されたとの情報が入ってまいりました。先日開かれたオークションにて、佐藤容疑者は骨董品数点を贋作だと知りながら本物だと偽って販売し、.....』

 

「だから言ったのにねぇ」

 

 輝夜は鈴仙の質問には答えず、ニュースを見てくすくすと笑っていた。

 

 

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