美しく残酷にこの大地から......とまでは言わないのでちょっとの間幻想郷から出てってください。   作:妖念

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9.古明地さとりは映画が観たい

 古明地さとりは地底のさらに奥底に鎮座する館に住んでいた。

 そして、今、古明地 さとりは山奥深くに住んでいる。つまり、状況はさして昔と変わらない。

 

 結局、幻想郷の外であっても人目から離れた場所に落ち着いている地霊殿一行。さとりは元来の引きこもり資質であるし、ペットたちはいつものように敷地内を自由奔放に歩き回っている。そして、相変わらず(こいし)は自由奔放過ぎて行方不明。さとりの周囲に限って言えば、通常運転である。

 

 とはいえ、何ら変化がなかった、という訳でもない。

 

 代表的なものを挙げるとすれば、娯楽のレパートリーに『映画』が追加されたことだ。

 

 街中に出るのはやや億劫ではあるが、映画館の劇場というのは素晴らしい空間だ。

 

 さとりはスクリーンを見上げながら改めてそう思った。

 

 いかに映画に没頭できるか、その点に注力されて作られている空間。隣の顔や手が辛うじて見える程度の心地よい暗闇の中で、ゆったりとした柔らかい座席に腰掛けながら、今回さとりが観ていたのは──ゾンビ物のホラー映画だった。今回どころか前回もその前も観たのはのはホラーなのだが。

 

 さとりは両サイドのお燐とお空に目をやる。2人は食い入るように視野いっぱいの大画面を見つめていた。

 

『グオーッ!』

 

 空間中に響き渡る呻き声にとっさに顔を覆うお空。所々で軽い悲鳴が上がる場内に、身をすくめたせいか若干席が揺れる。

 

「ヒィッ......!」

 

 それでもやや怖いもの見たさが勝っているらしい。

 顔を覆うが、人差し指と中指の隙間からしっかり画面は見ている。心を読めばあまりストーリーは理解していないのが分かるが、リアクションそのものはゾンビ映画の正しい(・・・)楽しみ方と言えるだろう。少し目から入ってくる情報に従順過ぎるだとか、地獄鴉がここまでヒビることもないだとかは思うが。......で、問題はもう1人の方、もとい元凶だ。

 

 お燐も今にも悲鳴を上げそうな顔こそしてはいるが......悲鳴は悲鳴でも黄色い方だ。

 さとりは対照的な2人の反応を見守る。

 お燐が死体愛好家という──一般的には──歪んだ嗜好持ちなのはもちろん知っていた。死体を持ち去る妖怪・火車ならではなのかもしれない。別にそれをどうこうしようとも思わない。が、正直なところ、自分のペットとて歩く死体を目を爛々と輝かせながら見る様は流石に不気味だ。

 

 さとりも全く楽しんでいないわけではない。

 むしろ、映画は割りと気に入っている。前述した通り劇場の心地よさももちろんのこと、さとりは、人との会話では、どんなに秀逸な話であっても先にオチが分かってしまう。そういった意味では幻想郷にいたころから小説など創作物は好きだった。心を読めるさとりにとって予想を裏切ってくれる映画は外の世界ならではの格好のエンターテイメントだった。

 さとりもお燐がお使いがてらに買ってくる映画のチケットに密かに胸を踊らせていたものだ。

 

 しかしながら、だ。お燐がチョイスするものは全てゾンビ映画だったり、ホラー映画であった。そうなると、いささか話が変わってくる。

 本人に悪気はない。それに、お燐が折角選んできてくれているのだ、さとりも一応鑑賞はするのだが、当然のことながら同じジャンルばかりでは流石に飽きも来る。毎回映画の内容があやふやになっているお空と言わずもがなのお燐以外は。

 

 おどろおどろしい場面が画面いっぱいに映る。お燐が待ってましたとばかりに右手で小さくガッツポーズをするリアクションをとる。作り手の心は読めないが、恐らくこの反応は想定していないだろう。

 

 お空の顔を肩にうずめられながら、さとりはひっそりとある決意をした。

 

 

 ◇

 

 

 後日、さとりは初めて1人である場所を訪れていた。映画館だ。ここまで行動力が芽生えたのも珍しいものだ、と我ながら思う。

 

 映画館は決して大規模なものではないが、普段3人で入る時よりも心なしか大きく見えた。今日『第3の眼(サードアイ)』を隠しているのはダボダボのパーカーではなく、肩がけのポシェットだ。まあ、若干紐が多く見えているかもしれないが、本体の目玉が隠れていればあまり不審がられることもない。一応ポシェットの中からも隙間があるので、心は読める。

 

 自動ドアを通り過ぎる。館内は昼間という時間帯もあってか比較的空いていた。

 右手の看板を見る。飲食物の持ち込み、タバコといった様々な禁止事項が並べられる中で犬猫の絵が赤い丸で囲まれ、斜めにぴっしりと赤い線が引いてある。"ペット類の連れ込み禁止"──この条項は初めは大いにさとりを悩ませた。

 が、お燐もお空も特に何の指摘も受けないのでそのままだ。2人とも外出時の外見は目立つことには目立つが、人間なので当たり前と言えば当たり前ではある。よく考えれば逆に何も知らない状態で2人をペットだと指摘してくる方が危険人物だろう。ペットよりそいつをつまみ出すべきだ。

 

 さとりはロビーに入るやいなや、映画のチラシが並べられているスタンドへと直行する。来るたびに気にはなっていたがこうして実際にチラシを手に取るのは初めてだ。

 色とりどりの謳い文句に目移りしながらもさとりはじっくりと品定めしていく。

 

 さとりの決心とは自ら新たなジャンルを開拓することだった──そう、ゾンビ以外の。

 

 最初に目にとまったのは派手なファンタジーものだった。

 

(うーん......)

 

 さとりは難色を示した。

 そういった系統は幻想郷の住民にとってはむしろ日常物に近くなる。食わず嫌いになってしまうかもしれないが、どうせなら外の世界が舞台の物がいい。

 

(こっちは......)

 

 さとりは別のチラシを手にとった。

 そうなってくるとアクションものもやや微妙か。ハラハラドキドキの躍動感が売りなのだろうが普段から空中戦を繰り広げているさとりたちにとってはどうも迫力に欠ける。

 

(あら、これは......?)

 

 学園モノがふと目に入る。

 陽の指している明るく白っぽいこの空間が『教室』というやつだろう。人里に寺子屋はあるらしいが、数百人規模で集団生活を行う学校は幻想郷にはない。悪くないだろう。

 

 どうやらこの学園モノは恋愛要素とセットらしい。が、さとりはこの手のモノも意外と嫌いではない。豊富な感情表現というのはそれだけで観ていて楽しいものである。特に、この世に生を受けた瞬間から恋の駆け引きなどと縁のない覚り妖怪にとっては。

 

 館内のポスター類にも目をやる。まだ、上映されていないものもいくつか混ざっていた。

 

 ミステリーもいい。幻想郷にもないことはないジャンルだが、外の世界ならではのトリックもあるだろう。理解できないこともあるかも知れないがそれも含めて興味深い。

 

 こういうのは選んでいる時間が1番楽しかったりするものだ。祭りの本番より準備の方で盛り上がったり、ウインドウショッピングとやらが行われる理由も頷ける。ワクワクしながらさとりが鑑賞する映画を絞りこんでいた時だった。

 

(!?)

 

 さとりの横を1人の客が通り過ぎた。視界にはっきりとさとりが手に取っていたチラシを捉えた状態で。

 

 既に鑑賞済みの作品に関する物──それこそ今さとりが手にとっているチラシのような物を見た時、人の頭に思い浮かぶのは何だろうか。

 もちろん、主人公など主要な登場人物、大まかなあらすじも連想されることだろう。だが、それだけしか思い浮かばないことはまずないと言っていい。連鎖的にその人物が関わる名場面、あるいは劇的なクライマックスシーンが思い起こされるものだ。

 桃太郎であれば鬼退治を成し遂げた、浦島太郎であれば玉手箱を開けて老化してしまう、その場面が。

 

 別に口に出さなければ普通はそれ自体がネタバレになることはない。そう、普通は。

 ただ、心の中で考えてしまう.....それだけでさとりにとってはアウトなのだ。

 

 完全に抜かった。

 悪意なきネタバレがさとりを襲う。

 創作だからと言って、人の心を経由した物は当然さとりには分かってしまう。

 

(犯人は主人公の父親、なのね......)

 

 さとりはそっと1枚のチラシを折り畳んだ。

 

 そしてこうなるともうどうしようもない。

 強力な能力故にそれに依存してきたさとりはどうしても他人の心を読むことが癖になっていた。それに見ないように、見ないように、と意識すればするほど逆に視線は向いてしまうものである。それは通常の眼でも『第3の眼』でも同じだ。

 

 さとりは残りのチラシを隠しながら、そそくさと映画館から退出した。

 

 

 ◇

 

 

 あえなく映画館から敗走したさとり。しかし、まだその目は3つとも(・・・・)諦めなどはしていなかった。

 

 さとりはただでは転ばなかった。何もネタバレの声しか拾わなかったわけではない。耳寄りな情報もまた掴んでいた。

 

 それが"いんたーねっと"なるものを使って券を手に入れる方法だ。これならば何も映画館でなくともチケットが買えるらしい。幻想郷の住民の大半にその手の知識はない。さとりもその例に漏れずさっぱりだ。しかし、幻想郷にも外の世界に匹敵する技術力がある者、何らかの理由で外の世界との接点を持つ者もいるにはいる。

 

 さとりは候補の中で河童を選択した。

 扉を開くとドアの上部に備えられた小さな鐘がカラコロと鳴る。

 

「いらっしゃい......おや? 初めまして、かな?」

 

 名もなき店の店主 森近 霖之助は思いもよらない、といった感じで僅かな笑みを浮かべた。

 

「用があるのはにとりの方だろう?」

 

 開口一番、霖之助はさとりの図星をついてきた。

 

「ははっ、なぜ分かったんだ、という顔をしているね。簡単な話だ」

「......ここに来るのは幻想郷の住民ばかり。目的は2種類。外の世界の物を買いに来るか、外の世界の物の使い方を聞きに来るか。前者はまず商品に目をやり、後者は店員を探す。私はまずカウンターに目をやったので用があるのはにとりさんの方だと」

 

 が、図星をつくことに関してさとりの右に出るものはいない。

 

「いや、うん......まあ、その通りなんだが。待ってくれ......"その通り"? おかしいな......」

「言い当てたのは僕の方なのに......ですか?」

「ん......彼女は今留守にしているんだ。まあ、言わずとも分かっているだろうが」

 

 霖之助は首を捻りながら受け答えをする。

 さとりは軽く思考を巡らせ始めた。

 河童に頼ればなんとかなるだろう、と思っていたが留守は流石にさとりでも読めない。確かに外の世界(こちら)では、より引く手あまたであろう。店主もどこにいるのか、いつ帰ってくるかまでは知らないようだ。

 となると、"いんたーねっと"を使わずに何とかして映画館でチケットを購入するしかない。

 

 第3の眼を例えば、布か何かで完璧に塞いでしまえば恐らくネタバレは食らわずにすむだろう。ただ、それは妖怪・覚りとしての沽券に関わる。それに人の心が読めないということは周りの人間が全てこいしと化す。結構不安だし、困る。

 

「用件があるなら、彼女に伝えておくが......」

「いえ、また今度で......それは何?」

 

 諦めて帰ろうとしたさとりはふと1つの商品に目を──皆持っている2つの目の方を留めた。といっても棚に並ぶ商品ではない。霖之助がたった今、手にとっているものだ。

 

「ああ、これは......」

「“DVDプレーヤー”? 用途は......映像を、あら映画も見れるのですね」 

「あ、ああ。電池式だから電池と、DVDという円盤が必要だが」

 

 こういう奴だよ、と1枚霖之助はさとりの前に差し出してみせる。中心に穴が空いた薄く、円い板だ。表は白く、裏は虹色に輝く不思議なテカり方をしていた。さとりからすれば物凄く貴重に見えるが、霖之助の心を読むにそこまででもないらしい。

 

「なるほど、円盤の中身によって観れるものも変わる、と。それはどこで手に入るのかしら? ......借りられる場所があるのですね。そのプレーヤー、売り物なのでしょう? 頂くわ......お代です。ええ、今あなたが思い浮かべた金額、ちょうど......」

 

 さとりは会話らしい会話をしないまま、財布を開いたところであ、と呟いた。これが良くない癖なのだ。一方的に思考を読めば最初は意思疎通ができるが、段々向こうが混乱し始め、結局こちらもクエスチョンマークしか読み取れなくなる。

 さとりは一呼吸置いてから、霖之助からプレーヤーを受け取った。

 

「まいど、あり......?」

 

 なおもやや困惑気味の霖之助に軽くお辞儀をしてから、さとりは店を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 さとりは霖之助から読み取ったレンタルDVD店を訪れた。が、

 

「本屋じゃないの......?」

 

 案の定、店内は紙の匂い、それもやや古びた匂いが充満していた。本屋、それも古本屋か貸本屋だ。本当にこんなところにDVDとやらがあるのだろうか。

 

「あ、いらっしゃいませ〜!」

 

 カウンターで本を読んでいた店員がメガネをずらしながら、顔を上げた。柔らかい褐色──飴色と言うやつだろうか、そんな髪色の店員が1人だけ、カウンターから疑心暗鬼なさとりへ呼びかける。外見に関してはさとりが言えたものではないが、子どもにしか見えない。というか、心を読めば分かるが実際に子どもだった。

 

「DVDが借りられると聞いたのだけど......」

 

 店員はさとりの頭のてっぺんからつま先までひと通り視線を動かした。

 

「......ええ、あなたの思っている通り。私は妖怪、幻想郷の住民よ」

「あ、やっぱり? ですよね~」

「あなたも、なのね」

「はい! ......妖怪ではないけど。で、里で私の両親が貸本屋やっててそれでたまにお手伝いしてたんですよ」

 

 嘘をついていないのは分かるが、里の人間にしては妖怪への危機感や警戒心が薄すぎる。

 そんな店員はカウンターを立つと、スタスタと店内を歩き始めた。さとりもそれに続く。

 

「まあ、危ない本もあるしそんなにこっちに持っては来れなかったので、ここにあるのはほとんど外来本と......」

 

 店員は入り口からみて1番遠い棚の一角で足を止めた。さとりはその棚を見上げた。

 

「これです」

「凄い......!」

「全然少ない方なんですけどね」

 

 さとりはガラにもなく目を輝かせた。霖之助が見せてくれた円盤が収まったケースがピアノの鍵盤のように所狭しと並んでいた。

 作品の宝庫だ。選び放題である。店員の言う通り、外の世界の一般的なレンタルビデオ店に比べれば決して作品数は多くないのだが、さとりからすれば十分過ぎるほどだった。当然端から選択外だが、ゾンビ映画もあった。

 

(うーん......)

 

 いいのか悪いのか店内に他に客がいる様子もない。

 ネタバレに怯えることもなく、思う存分さとりは悩み抜いた末、その中から1枚を選んだ。さとり達にとって最も縁遠い、いや縁遠かったもの──海を題材にしたものだ。パッケージによると海洋ドキュメンタリー映画というジャンルにあたるらしい。幻想郷には海がないし、地底には海どころか湖もない。あるのは赤くて不気味なだけの血の池しかない。さとりが食指を動かすだけの理由があった。

 さとりはそれを持って、店員の待つカウンターの方へと戻った。

 それにこれなら──

 

「あ、決まりました?」

 

(これ海の奴だ〜! 綺麗だったよなぁ......)

 

 例え店員が既に鑑賞済みであったとしても、大したネタバレを食らわずに済む。さとりは静かにほくそ笑んだ。

 

「あ、そうだ。これもどうぞ」

 

 店員はDVDと共に四角いカードを差し出してきた。

 

「これは......?」

「会員証です、ウチの」

「こういう貸本......じゃなくてDVD屋か。こういうとこって会員にならないといけないらしいんですよ、外の世界だと」

「へぇ......そうなの」

「外の世界のお店だとそれ作るのにえーと、身分証って言うんですか? そういうのが要るらしいんですけど......まあ、ウチはそういうの要らないです。なんとなーく真似して作ってみただけですし、幻想郷のお客さんってそういうの持ってる人少ないですしね」 

 

(でしょうね......)

 

 つまりここは幻想郷の住民が気兼ねなくDVDを借りられる唯一の店だということだ。さとりは霖之助が最初にここを思い浮かべたことに感謝し、また来るわ、とだけ言って店の扉を開いた。

 

 

 ◇

 

 

 部屋を真っ暗にして......さとり達の住む山奥には電気が通っていないのでこの時間は放っておいても暗くなるのだが。明かりは部屋の床にぽつんと置かれたプレーヤーの四角い画面だけだ。さとりは壁によっかかるように座った。お空とお燐が興味津々で挟み込むように座る。

 

 さとりは暗い中をやや手探りで再生ボタンを押した。

 おー、と感嘆の声が聞こえた。

 部屋の色が青く変わる。目が痛くなるほど鮮やかな瑠璃色が画面に映し出された。

 

 小さな画面に映る大きな世界は、むしろ没入感をもたらした。

 

 

 ◇

 

 

 やがて、部屋の中が再び暗くなる。

 あっという間に映画を見終わった後、お空とお燐はペチペチと小さく拍手していた。さとりもホッと一息吐く。映画館の空間を味わえないのは少し残念だが、気楽に楽しめた。ストーリーものではなかったが、動物の心も読めるさとりは海の生物たちに思いを馳せるだけで十分ストーリーを感じられたし、何よりここしばらく凄惨な死体をひたすら観てきた心が浄化された気がする。クジラもイルカも皆かわいい。

 

「返すのは誰でもいいんですよね。さとり様、私明日返して来ますよ」

 

 お燐はケースにしまい直したDVDをひょいと拾い上げた。

 

「本当? 助かるわ」

「いえ! ついでに私も何か借りてみたかったので!」

「あ......え?」

 

 にこやかに笑うお燐。

 翌日からゾンビ三昧が再開したのは言うまでもない。

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