近代駆兵がアンロックされました!
渋い声『心臓をボイラーとし、筋肉を弾性鋼とする少女たちの脚こそ最速の戦略である――機動蹄響論』
……シヴィライゼーション風に。
ヒトは「国の為に」というインセンティブを空想して命を懸けることができる変な生物であるが、ウマ娘は「町の皆の為に(走って行ける範囲)」がせいぜいである。
このウマ娘の性質は分権的封建社会では非常な強みであったが、中央集権的国民国家にとっては甚だ不都合であった。
つまり、私的な絆を結ぶ主君に命じられれば「我が君の為に!」と頑張れるが、役場から急に言われても「huh?」となってしまうのだ。
19世紀中頃のヨーロッパ。
これをなんとか解消、啓蒙するため、近代国民学校――義務教育では「愛国作文を書きましょう」などの教育改革が盛んに行われたが、ウマ娘の全国平均成績は壊滅的であった。
(典型例:隣のパン屋さんはいつも一個オマケしてくれるから祖国は良い国だと思います!)
図らずも近代的教育改革は、ウマ娘と『愛国心』の相性は終わっている──ということを統計的に証明してしまった。
その事実に当局はすごくガッカリした。
しかし、そんなことでへこたれる人間さんではない。伊達に先史以来の蜜月関係ではないのだ。ビビるウマ娘ちゃんをマンモス狩りに引っ張り出したのはヒトの知恵と無鉄砲である。
少なくとも、ウマ娘に愛国教育を施してもほとんど無駄ということが分かった。その学びをどう活かすか? 教育委員会は脳を絞って考えた。
ヒントは意外な所から得られた。歴史上、先んじて強力な中央集権的官僚制を敷いていた《トルコ帝国》や《中華帝国》──時に斜陽の古帝国の手法である。
それは「ウマ娘を直接教育するのではなく、トレーナー側を教育する」というものであった。
中央政府主導の下『ウマ娘指導人養成機関』を設立し、厳しい入学試験を課し、合格者に政府肝煎りの教育課程を年単位で施し、更に修養水準でふるい分け、実力に応じた指導人免許を発行、ようやく各地に派遣、そして「いざとなれば自分は国のために千里の彼方からでも駆け付ける覚悟だ」と常日頃から言って聞かせる──というのだ。
義務教育と比して、いかにも迂遠、草の根的に思えた。
そもそもヨーロッパの『トレーナー活動』というのは駆士道にルーツを持つ、ある意味で神聖不可侵、かつ私的なものであって、国家権力が介入する領域ではなかった。トレーナーを『免許制』にするなど、とんでもない侮辱であった。
ましてアジアの手法なんぞ──と国の偉い人から小バ鹿にされるも、さして他に代替案も無い。
ものは試しと、小規模なトレーナー養成機関が設立された。養成期間は一年、派遣されたウマ娘学校は僅か五校に過ぎなかった。
果たして、劇的な効果があった。
進路希望に『国軍』を選択する一般学生ウマ娘が六倍以上になった(※元が少なすぎた)。
驚くべきことには、より高い視座から物事を考える資質を開花させ、高級将校に見出されるウマ娘をも輩出したのだ──僅か五校で!
画一に教育された愛国的トレーナーは、愛国的ウマ娘の育成に成功したのである。この成功を契機に『トレーナー養成学校』はヨーロッパ諸国で爆発的に普及した。最先端の科学、思想、芸術──各国はあらゆるリソースを競うように注ぎ込み、その人材育成術を洗練させていった。
以降トレーナーは、国家管理の高度な専門職へ転身し、愛国者の規範とされ、民衆に敬愛される仕事になった。
これが現在のトレーナー学校の直接の先祖である。
『トレーナー免許』の再発明は、旧来の「主君の為に」を、新時代の「国家の為に」へと巧妙にすり替えた。見事ヒトは知恵によって、ウマ娘の生来の認知の隙を突いたのである。
そして彼らは、危急存亡の秋には声高にウマ娘へ呼びかけるべし──と教え込まれていた。
《世界大戦》の
◆名トレーナー紹介
【伯楽(はくらく)】
中華は春秋時代の人、姓は孫、名は陽、字が伯楽。
『名伯楽』の語源になった人物、極めて相マ眼に優れたと歴史に残る。政府主導で教育された代表的なトレーナーである。
多数の名軍バを見極め推薦したとされるが、それはほんの一面に過ぎない。
彼はウマ娘の人生に真摯に向き合い、多くは畑や輓を勧めた。よく日頃の相談に乗り、病の治療に献身した。時に軍バに推薦する場合もあったというだけである。
伯楽は徹底したウマ娘第一主義で、全ウマ娘の活躍を願い、ひいては幸福を切に願っていた。
彼の姿勢はトレーナー業の見本とされ、今なお敬愛されている。
世有伯楽、然後有千里馬娘。
千里馬娘常有、而伯楽不常有。
世に伯楽有りて、然る後に千里のウマ娘有り。
千里のウマ娘は常に有れども、伯楽は常には有らず。
──とある人が伯楽に尋ねた。
「良いウマ娘と悪いウマ娘を見定める相マ眼の秘訣はなんですか?」
伯楽は不機嫌そうに答えた。
「
アグネスデジタルは深く頷いた。